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【第39話】毒薬

「ルーシー!ねえ!本当にルーシーなの?良かった。生きていたんだ!」


 シンディは、ルーテシアの官邸で歓喜の声を上げる。


「お嬢さまこそ……よくぞご無事で……ルーテシアで亡くなられたと聞いておりましたので……本当に良かったです」


 シュバルツ砦からピョートルと共にルーテシアにやって来たルーシーも、涙を流して再会を喜ぶ。

 シンディはまだ、興奮が冷めやまない。


「あの日……私がピョートルに助けられたあの日、ガーラシアのカレンベルク邸はどうなったの?やっぱり王府の兵隊が押し掛けていたの?」


「大変でした」


 ルーシーは一息置いて、遠くを見るような表情をした。


「あの日、お嬢さまをお見送りしたあとです。私がカレンベルク邸の家の前で、掃き掃除しておりましたところ、いきなり、数十人の王府の兵に取り囲まれました。謀反人の邸宅を捜索するのだと言って、邸宅に踏み込んで行きました」


 シンディは真剣に聞き入る。


「私は執事兼侍女ですが、掃き掃除をしていたせいでしょうね。下女と思われたようです。追い出されて、特に捕まらずに過ぎました。しかし、これはただならぬことが起こったと思い、(しばら)くガーラシアの知り合いの家に、匿って貰いました」


「そうなんだ……シンディも大変だったのね……」


 ルーシーは言葉を続ける。


「カレンベルク邸は、王府の兵隊に、完全に占拠されてしまい、シンディお嬢さまも海外逃亡で指名手配、そしてアイリスお嬢さまも、亡くなられたとお聞きし……いつかまた、シンディお嬢さまと再会出来ると信じて、ガーラシアで出来ることを探しました……その後、シンディお嬢さまもルーテシアで亡くなられたと聞き……ゆかりのある人と言えばスペンサーさましかいないと思い、シュバルツ(とりで)に身を寄せていたのです」


 シンディは真剣な表情で頷いた。


「ガーラシアにいた時は、いつも邸宅の様子を、窺っておりました。当初は封鎖されていましたが、のちに奴隷専用の娼館として、使われるようになっていました」


 ルーシーはシンディをじっと見つめる。


「本当に……口惜しいのが…… 娼館の前で客引きをしていた娼婦が、かつてのカレンベルク領の、侍女たちでした。そして……そして、アイリスお嬢さまのご懐妊された時の絵が、娼館を利用する奴隷の間で、『(はら)んだ娼婦の絵』と噂されていたことが、本当に悔しくて……絵を飾った部屋が、娼館を利用する奴隷たちの待合室になっているとかで……」


 ルーシーはスカートをギュッと握った。

 その悔しさを、我慢しているようだった。


「邸宅の様子は以上です。そして私は、アイリスお嬢さまの遺品になるようなものはないかと、毎日、王城のゴミ捨て場を(あさ)りました」


「ゴミ捨て場を?」


「カレンベルク侯爵家が、反逆者の家柄とされてしまった以上、遺品も、ぞんざいに扱われると思ったからです。なんとか見つけ出したものが、これです」


 そう言って、ルーシーは割れた皿をテーブルの上に置いた。


「カレンベルク家の紋章の入った、お皿の破片です。これは、アイリスお嬢さまが、嫁入りされる時に持って行かれた、嫁入り道具の一つです……幾つかの破片のうち、状態の良いこの一片だけを、持ち帰りました。すいません。これくらいしか、見つけることが出来ませんでした」


「良いのよ。ルーシー。これだけでも十分。ありがとう。探し出してくれて……」


「そして……もう一つ気になるものを、発見したんです」


「気になるもの?」

 

 シンディは怪訝(けげん)な顔をする。


「捨てられていた食器類と一緒に捨てられていたのがこれです」


 ルーシーはテーブルの上に金属製のスパイスボトルを置いた。


「これです。調理場や食卓で調味料などを入れる、金属製のボトルですが……割れたお皿などと一緒に捨てられていました」


「中には何か入っているの?」


「薄い黄色の粉が……毒物かと思って、野良犬に食べさせてみましたが、何も起こりませんでした」


「貸してみろ」


 それまで側で聞いていたピョートルが、ボトルを受け取る。

 そして、マッチを擦って燃えるマッチを皿の上に置き、その上にサラサラと粉を振りかけた。

 すると、黄色い炎がボアッと大きくなり、緑色の炎へと色が変化した。


 それを確認したピョートル、粉を指先につけて舐める。


「やっぱりな……」


「ピョートル、それって、一体……」


「こいつは毒薬だが、単独では毒性を持たない。ブドウなどと一緒に摂取してやっと毒性を持つ、遅行性の毒薬だ」


「え……?」


 シンディが小さく声を漏らした。


「アイリスお姉さまは、干しブドウが大好きだった。食後にもデザートと言っては食べていた。もしかして……」


 ピョートルが頷いた。


「そうだ。干しブドウをよく食べるのを知っていて、誰かが食事に、この調味料を混ぜていたんだろう」


 ピョートルは一呼吸置き、そして、


「そして、この毒薬は、ただの毒薬ではないな。最も効果があるのは、堕胎効果だ」


「堕胎って、まさか……」


「ああ、恐らく、誰かにこの毒を盛られて、流産。流産して身体が弱っているところに、更に毒薬を盛られて、衰弱していったんだろう」


「ひどい……」

 

 シンディは両手で顔を(おお)う。

 ルーシーは冷静な態度のまま、口を開いた。


「私も、このボトルが気になって、色々調べてみました。ボトルに打刻されているエンブレム、これについて、調べてみたところ、デガッサ領出身の料理人の、ガリクソンという男が、グーゼンバウアー・シティで大きなレストランを開いていた時に使使っていたボトルのようなのです」


「デガッサ領の料理人が、グーゼンバウアー領の首府でレストランを?」


 とシンディは少し驚いたような声で問い返した。


「ガリクソンは宮廷料理人として、シャナイア王妃にスカウトされた時に、そのレストランを閉めたようです。アイリスお嬢さまが亡くなられた後、宮廷料理人を辞めて、グーゼンバウアー・シティのカジノに入り(びた)っているようですが」


「グーゼンバウアー・シティ……」


 シンディがそう呟くと、視線をピョートルの方に向ける。


「ねえ!私をシュバルツ砦まで連れて行って!クラウディアが、そこにいるんでしょ?彼女に、お願いしたいことがあるの」


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