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【第38話】騎士

 ラークシュタインの夏は、ルーテシアのそれに比べて長い。

 初秋になっても、残暑が長く続く。

 夜は少し涼しくなっても、昼の照りつける太陽は夏のそれと、さほど変わらない。

 

 ラークシュタイン王国の辺境、シュバルツ岬。

 この季節には海が少し荒れ、着岸するのが少し難しい。

 ピョートルの軍艦は、左右に横揺れしながら辛うじて桟橋(さんばし)に横付けした。

 桟橋に、ピョートルが降り立つ。


 低い雲が、丘の上にあるシュバルツ(とりで)の上空を、ゆっくりと流れて行く。

 多くのカラスが、砦の周りを不気味に旋回し、あたかも廃城のような、雰囲気を(かも)し出していた。


 ピョートルはシュバルツ砦の城代の間に入り、部屋の中央で直立して黙礼をした。

 壇上から、その様子を見ているのは、片手を切り落とされ、王籍を剥奪されたスペンサーだった。


「なんだ? 馭者のペーテルとしてルーテシアで沢に落ちて死んだんじゃなかったのか?ピョートル提督」


 スペンサーはヒノキの義手で器用にグラスを持ちながら、精霊酒(ソーマ)(あお)る。


 ピョートルは、表情変えずに、口を開いた。


「久しぶりだな。スペンサー。馭者(ぎょしゃ)のペーテルとしては、シンディを運んだ時に会ってはいるが、ピョートルとして会うのは、何年ぶりだろう?」


「わざわざ、そんな話をしに、ここに来たのか?それとも、僕の無くなった右手を、見にでも来たのか?」


「友の様子を見に来ただけだ。最近は精霊酒(ソーマ)(おぼ)れていると聞いていたが……酷いようだな。城が荒れ放題だ」


 ピョートルは、大袈裟(おおげさ)に部屋の周りをぐるっと見る素振りをした。


 スペンサーは肩をすくめる。


「ここは辺境の岬で、対岸の遥か先に、君の祖国のルーテシアがあるだけだ。砦を守る意味すら無い。少し荒れてるくらいが、僕の流刑地らしくて良いだろう?」


「生きたまま死んでいるとは聞いていたが、スペンサー、まさに今の君が、それだな」


「何をつまらないことを言っている?君も一緒に飲まないか?この精霊酒(ソーマ)は、格別だ」


 ピョートルは軽く目を伏せた。


「そうか……スペンサー、君はそこまで落ちぶれたか……ならば」


 ピョートルは上段に駆け上がり、抜刀した。


「この死に損ないが!ならば俺の剣で死ねば良い!死ね!スペンサー!」


 ピョートルが抜刀した刀を、振り下ろそうとした刹那、

 スペンサーの抜いたレイピアが、ピョートルの首筋に、一筋の赤い血の線をつけた。

 レイピアは、ピョートルの首筋に、ピタリと当てられたままだ。


 ピョートルはフッと軽く笑う。


「やっぱりそうだ。君は絵を描くのは右手だが、剣を使うのは左手。君の騎士魂(ナイトソウル)は、左手に込められている。腕も落ちていない。相当、稽古しているようだな」


 つられてスペンサーも軽く笑う。


「やれやれ、やはり君には、全て見透(みす)かされてるな。そうだ、ピョートル。君の言うとおり、僕は武器を左手で扱う。剣術の腕を落とさないために、毎日、稽古を欠かしていない」

 ピョートルは剣を(さや)に納めながら話す。


「スペンサー、君と初めて立ち合ったのは、7年前にガーラシアで挙行された、貴族王族の少年剣術大会だった。俺は剣術には、誰にも負けない自信があったが、君の剣技には、圧倒された。結局、優勝は君で、俺は準優勝だった。しかし俺たちは、あの大会で、永遠の友情を誓い合った」


「そうだったな。しかし大人になれば、そう簡単に、気楽に会える立場ではなくなった」


 暫しの沈黙が流れ、ピョートルが沈黙を断ち切る。


「それで……これからどうするんだ?やるのか?」


「ああ。僕はイェルハルドとカインを許せない。酒に(おぼ)れたフリをしていたのも、奴らを、油断させるためさ。秘密裏に、僕と運命を共にしてくれる同志を、集めている。あとは、機会を(うかが)って、実行するだけさ」


「復讐のために、本当の謀反人になるわけか?」


「ああ、戦いの中で死んでやるさ。そして、あの二人に一矢報いてやる」


 スペンサーの真剣な眼差(まなざ)しを押し返すように、ピョートルがスペンサーを見つめながら話す。


「その復讐、しばらく待ってくれ。もう一人、復讐を考えてる者がいる」


「ひょっとして、それは……」


「そうだ。シンディだ。カレンベルク侯爵家令嬢シンディ・カレンベルク」


「そうか……君が助けたと聞いていたから、生きていてくれればと思っていたけど、生きていてくれたんだ……」


 スペンサーは、ホッとしたような表情をした。


「彼女は今、復讐を実行するために、黒魔術を学んでいるところだ。きっと、君の力になれるだろう。あと、機会を着実にとらえろ。ただ無闇に王城に突っ込めば、ただの犬死にだ」


「ああ、分かっている。こちらも反乱を起こすなら、少しでも勝てる可能性のある反乱を起こすつもりだ。それと……この機会だから紹介しておこう」


 と言うと、大きめの声で、奥の部屋に呼びかけた。


「ピョートルとの男同士の話は終わった。こちらに出ておいで」


 薄暗い廊下の向こうから、1人の女が歩いて来る。

 現れたのは、グーゼンバウアー侯爵家令嬢の、クラウディアだった。


「ピョートル提督閣下、わざわざこの砦にまで来ていただき、ありがとうございます。ガーラシアで、馭者をされていた時には、シンディと一緒に街に出る時、馬車に乗せて頂きましたが、提督閣下として会うのは、初めてですね」


 ピョートルは黙礼をして、


「お久しぶりです。クラウディアさん。まさかこちらに来ているとは……」


「スペンサーのことが心配で、親の反対を押し切って、こちらに参りました。シンディは今ルーテシアに?」


「ええ、元気にやっています。名目上は、私の侍女ということにしていますが」


 クラウディアが、少し笑みを浮かべながら、


「シンディが侍女?なんだか、(にぎ)やかになっていませんか?」


 ピョートルはフッと笑う。

 確かにシンディが来てから、官邸は騒がしくなっていた。


「ピョートル提督、実はもう一人、紹介したい人物がいるのです。もうすぐこちらにやってきますが」


 奥の廊下から、足音が近づいて来た。

 そして、姿を現したのは、「ガーラシア・カレンベルク邸執事兼侍女」のルーシーだった。



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