【第36話】山賊
ルーテシアの夏は短い。
照りつける太陽は暖かく、日陰ではかなり涼しい夏はルーテシアの国民に愛されている。
しかし、名残惜しんでいる間も無く、早めの肌寒い秋が訪れる。
シンディが黒魔術の修行を開始してから、2か月。
季節はすっかり、秋になっていた。
青々としていた森の木々は、黄や赤に衣替えし始め、日向にいても、少し肌寒さを感じ始めるようになっていた。
「雷電鋭刃!」
シンディが呪文を唱えるや、魔法の杖から巨大な稲妻が放出され、巨大なクスノキを真っ二つにした。
「苦手な雷属性の黒魔術も、かなり上達したな」
ライディーンが感心したように言う。
「でも、かなりの魔力を、消費してしまいます。雷属性の魔術は、まだ、多用は出来ません」
シンディはここ二ヶ月間、休まず黒魔術の稽古をしている。
今日も3時間以上、ライディーンの手解きを受けて、黒魔術の稽古に励んでいる。
さすがに稽古の疲れが出て来ているようだ。
「まあ、もうかなりの黒魔術を習得していると言えるな。これだけマスターしていれば、復讐には、十分使えるだろう……しかし、本当に、残虐魔術で復讐するつもりなのか?」
「そのつもりです。ただ殺すだけでは、意味がない。より残虐な方法で殺そうかと」
「まあ、好きにすれば良いさ。ただ、人を残虐魔術で殺すと、後味が悪い。精神的におかしくなるからと言って、自ら封印している黒魔術師もいる。それを覚悟しておくんだな」
シンディは何も答えなかった。
覚悟……今更、仇を残虐に殺害することに、なんの覚悟が必要だろう。
むしろ自分に必要なのは、自分が仇に残虐に殺される覚悟の方だ。
「今日の稽古は、これで終わりだ。俺は明日から、離島の警備で船に乗る。離島の漁村の村長から、用心棒を頼まれてるんだ。黒魔術を練習したければ、自習しておけ」
「では明日は、魔法薬の調合に必要な龍隷石を探しに、アスタロト山に入ります。龍隷石を粉状にすれば、氷属性の魔法を、強化できると学びましたので」
「アスタロト山だと?あそこは、山賊の根城になっている場所だ。女の子1人で入るのは、危険だぞ」
「山賊に会えば、学んだ黒魔術で、倒すまでです」
ライディーンは、何も言わなかった。
確かに、今のシンディの黒魔術の技術は、ただの山賊の集団などは一人で退治出来るレベルだった。
「ライディーンさん、今日もご指導ありがとうございました」
シンディは礼を述べて、その場から立ち去った。
日が明けて翌日。
シンディは朝、ピョートルを見送った後、アスタロト山へと向かった。
アスタロト山はルーテシア・タウンからかなり内陸に入った高原地帯の岩山。
巨大な岩が壮観な風景を作り上げている。
その山奥の河原で、シンディは龍隷石を採集していた。
アスタロト山は、噂通りの龍隷石が豊富な山で、河原にはゴロゴロと龍隷石が転がっている。
ほんの数時間で、結構な数の龍隷石が集まった。
「今日はこれくらいで良いか……」
とシンディは一人呟く。
今から帰れば、夕方までには市場に行って、ピョートルのディナーの準備も出来る。
シンディは、集めた物の中から、質の良さそうな物をバッグに入れて、下山することにした。
山の天気は変わりやすい。
空を見上げると、やや曇りがちになっている。
山の中は薄暗くなっていた。
気味の悪い人気のない山道を、少し早足で下って行く。
「……!!」
最初は、気のせいかと思った。
しかし間違いないようだ。
馬の蹄の音。
明らかに、こちらに近づいて来る。
それも一頭ではない。
2、3頭の馬が駆け寄って来ているようだ。
後ろを振り返ると、後方から3頭の馬に乗った男たちが、こちらに向かって、駆け寄って来ているのが分かった。
柄の悪い風貌は、明らかに山賊だと分かるものだった。
3頭の馬は、あっという間にシンディの側にやって来て、山賊らしき男たちは馬に乗ったまま、シンディを取り囲む。
「あなたたち、何者?私をどうするつもりなの?」
シンディは、表情一つ変えずに尋ねる。
男たちは馬から降りて、それぞれが剣を抜いて、シンディを威嚇し始めた。
山賊のリーダー格らしい男が口を開く。
「こんな危険な場所を、一人でうろつくとは、良い度胸してるな、お嬢さんよ。ババアなら、身ぐるみを剥がして逃してやるところだが、若くて綺麗とは、運が悪かったな」
手下らしい太い男が、言葉を続ける。
「全くだ。どこかの国の娼館に売れば、高く売れそうだ。そうだ。娼館に売っ払う前に、俺たちが可愛がってやろうぜ」
もう一人の隻眼の男も、会話に加わって来た。
「おお、それが良いな。娼館で男を取らされる前に、男の喜ばせ方を、叩き込んでやろうぜ!」
面倒な相手に出会ったものだ……早く市場に行って、ピョートルのためにディナーの準備をしなきゃならないのに……とシンディは山賊のことよりも、ピョートルの晩ご飯のことを心配していた。
「ねえ、どいてよ。早く帰らなきゃ、市場が終わっちゃうでしょ?」
シンディは、山賊たちの言葉を、全く無視するような言葉を発した。
隻眼の男が、苛ついた表情をした。
「こいつ、自分の身に何が起こってるか、分かっていないようだぜ!」
リーダー格の男が、怒りを込めた口調で、命令した。
「ふざけた小娘だな。おい!お前ら、こいつに女であることを、思い知らせてやれ!」