【第35話】勝負
シンディ、ピョートル、ライディーンの3人は、黒壁の邸宅を出て、邸宅前に広がる砂浜へと、場所を移した。
ライディーンは、シンディの方向に視線を向けて話しかける。
「この勝負は、あくまでも、君の実力を、試すためのものだ。それほど強い攻撃魔法は、仕掛けない。でも、攻撃を受ければ、それなりに手傷を負う。分かっているね」
「分かった。でも、全部かわせば問題ないでしょ?どれだけかわせば良いの?」
「5分間ほど、黒魔術で攻撃させてもらう。ついでに言っておくと、俺のマントは魔術封じや、眠りの魔術は跳ね返す。それらの魔術を使えば、跳ね返って来て、君がその魔術にかかってしまうからな」
「分かったわ。では勝負を始めましょう」
とシンディは落ち着いて答える。
砂浜の上で、二人は距離をとって対峙した。
ピョートルは少し離れた場所で、腕組みをして立ったまま、その様子を眺める。
ライディーンが一本の棒を取り出し、シンディの目の前に放り投げた。
砂浜の上を、杖がコロコロと転がる。
「魔法の杖だ。杖無しで指先で魔術を使っていたら、魔力がすぐに枯渇するだろう?杖を使えば、魔力の消費を抑えられる」
「ありがとう」と短く言ってシンディは杖を拾い上げ、ライディーンに向かって構える。
それに呼応するように、ライディーンも杖を持って構えた。
砂浜に打ち寄せる波の音だけの世界で、距離をとって二人は向かいあったまま、動かない。
「では、早速行かせて貰うぞ!」
ライディーンは、自分の杖でシンディに狙いを定め、杖の先に神経を集中させた。
「火炎飛球!」
杖の先から放たれた無数の火球が、真っ直ぐにシンディに向かって降り注ぐ。
シンディは落ち着いて、杖の先に神経を集中させる。
「天空驟雨!!」
シンディの目の前に滝のような雨が降り、火球は雨に打たれて鎮火していった。
ライディーンはその様子を冷静に見つめる。
余裕の表情のまま、シンディに語りかける。
「火球攻撃には雨……教科書通りの防ぎ方だな!では、これなら、どうかな?」
ライディーンは、再び杖の先に、神経を集中させた。
「火球炎束!」
魔法の杖の先から一直線に伸びる火炎放射攻撃。
ただの雨では消すことが出来ない、強力な火炎魔法だ。
シンディはサッと後ろに二歩後退し、新たな呪文を唱える。
「冷雪龍嵐!」
火炎放射の炎は、吹雪の竜巻に巻かれて上昇していく。
これで2回目の攻撃もかわした。
ライディーンは今度は少し感心した様子だ。
「攻撃にも守備にも使える嵐の魔法……今の使い方は、見事だな。では、こちらも同じ氷属性で、攻撃させて貰おう」
ライディーンは、再び魔法の杖の先に神経を集中させ、呪文を唱える。
「嵐雪砲火!」
杖の先から激しい嵐雪が一筋の帯のようになり、猛烈な勢いで、シンディに襲いかかる。
シンディは呪文を唱えなかった。
その代わり、その場に伏せて、嵐雪をかわす。
うつ伏せのシンディの真上を、嵐雪の強風が吹き抜けて行く。
そしてシンディはうつ伏せのまま、それまで神経を集中させたものを、魔法の杖の先から一気に解き放つ。
「魔力奔強!」
魔力奔強は魔術師の魔術を、より強化させる魔術だ。
そして魔術防御のマントは、強化魔術や回復魔術は透過する。
シンディは、わざとライディーンに、その魔術を使ったのだった。
嵐雪砲火で攻撃することに気を取られていたライディーンは、自分に強化魔術をかけて来るとは、思っていなかった。
杖の先から雪崩出る嵐雪の威力は凄まじい。
自らも踏ん張っていないと、吹き飛ばされてしまう魔術だ。
魔術をもろに受けたライディーン、嵐雪砲火の勢いがいきなり数倍になり、制御不能になる。
「な……なにい……!!」
自ら放った魔術の勢いで、ライディーンは真後ろに吹き飛ばされ、後ろのめりに倒れた。
シンディの動きは速かった。
魔術をかけるとほぼ同時に、うつ伏せからすぐに立ち上がり、ライディーンのもとへ、走り込んでいた。
そして、仰向けで倒れているライディーンの額に杖の先をピタッと当て、ライディーンを見下げながら話しかける。
「魔術防御のマントを身につけていても、魔法の杖が直接、身体に触れていれば、効果はないよね?私の魔法封じの魔術、食らってみる?」
砂の上に仰向けでひっくり返ったまま、シンディを見上げるライディーン。そして、フッと笑って、
「私の、負けのようだな。まさか、敵を相手に魔法強化の魔術を使って来るとはね……」
「正直、賭けだった。あのままじゃ、いつか攻撃魔術でやられちゃうと思ったから」
と言って、ゆっくりと魔法の杖をライディーンから離す。
ライディーンは上半身を起こし
「明日から、毎日ここに来い。あんたに、黒魔術を教えてやる」
と口元を緩めながら言った。
シンディの顔が、険しい表情から、ぱああと明るくなり、ライディーンに
「あ、ありがとうございます!」
と礼を述べる。
ライディーンは、身体についた砂を落としながら尋ねた。
「それで、どんな魔術を学びたいんだ?」
「残虐な魔術……より残酷な方法で、敵を倒す黒魔術を……」
とシンディはキッパリと言った。