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【第34話】海賊

 翌日、ピョートルは午前中だけ海軍の仕事をして、午後には官邸に戻って来た。

 前の日にシンディと約束した黒魔術師に会いに行くためだ。

 

 ピョートルは官邸に戻るとすぐに、シンディに向かって言った。


「シンディ、いくぞ。馬で1時間くらいの距離だ」


 二人は馬を使い、海岸沿いの街を走って行く。

 今日の道は、最果ての地とは、逆方向の海岸の道。

 こちらは、一面の白い砂浜の海岸で、多くの子供たちが、白浜に打ち寄せる波の中で(たわむ)れていた。

 

 馬を更に進めると、人気(ひとけ)もほとんどなくなった。

 浜辺沿いの道の先に、一軒の黒壁の屋敷が見えて来る。

 そばの浜辺には、中型の帆船が停泊していた。

 船を見て、シンディが前を走るピョートルに声をかける。


「ねえ!ピョートル、あれも海軍の船なの?」


「あれは違う。一種の私掠船(しりゃくせん)だ」


「私掠船?」


「まあ、海賊船みたいなものだな。今から向かう黒魔術師の船だ」


 黒塗りの建物の前に馬を止め、玄関を一緒に入る。

 玄関では警備兵が厳重に警備していたが、ピョートルが敬礼すると、警備の兵隊もサッと敬礼のポーズを取った。


「その黒魔術師の人って、どういう知り合いなの?」


「俺の昔の友人だ」


と、ピョートルは簡略に答えた。


 屋敷の奥の執務室らしい部屋に通されると、一人の若い男が正面に、机に向かって座っていた。

 机の上に両肘(りょうひじ)をついて、指を組んでピョートルに話しかけて来た。


「提督自らが、こちらに来てくれるとは珍しいな。それで……どういったご用件で?」


 ピョートルと同い年くらいだろうか……小柄だが、厳しい眼光が特徴的な男だ。


「こいつに、黒魔術を教えてやって欲しい」


 とピョートルは親指で、シンディの方向を指した。


「また、面倒そうな依頼だな。断ると言ったら?」


「私掠船の取り締まりを、強化するだけだな」


 若い男はチッと軽く舌打ちをして、


「そう言われたら、仕方ないな。で、こちらさんの名前は?」


 シンディは自分の名前を言うべきか、躊躇(ためら)った。

 ほんの数週間前まで、お尋ね者だった身だ。

 迷っている間に、ピョートルが代わりに答えた。


「ラークシュタイン王国カレンベルク侯爵家の令嬢、シンディ・カレンベルクだ」


「何? 今、なんて言った?シンディ・カレンベルクといえば、ラークシュタインからこの国に逃げて来て、自殺したって奴じゃないか?君が生かしたのか?」


「もう一人のお尋ね者の馭者(ぎょしゃ)が、俺だったからな」


「どおりで……街中に貼られていた似顔絵が提督に似ているなと思ったんだ。なんだか面白そうじゃないか!俺の名前はライディーン。奥の部屋で、詳しく聞かせてもらおう」




 奥の応接室で話を聞き終わったライディーンは、腕組みをして考え込んでいるような表情をしている。


「イェルハルド国王とカイン枢密卿(すうみつきょう)、それにシャナイア王妃とイザベラ妃、四人への復讐か….」


「黒魔術が復讐に必要なんです。是非(ぜひ)、ご指導下さい」


 シンディが強い語気で頼み込む。


 シンディに視線を向けたライディーンは、ニヤっと笑って、


「そいつは面白そうだな。俺もシャナイアとイザベラの実家、デガッサ伯爵家には、恨みがある」


 えっ……とシンディが驚くと、ライディーンは、


「俺は、デガッサ領で生まれ育った。あんたと同じ、ラークシュタイン王国の人間さ」


「デガッサ領……私が復讐しようとしているデガッサ姉妹の……デガッサ伯爵家領の人なんですか?」


「だから、面白いのさ。さっき言っただろう。俺はデガッサ伯爵家には恨みを持っていると」


 ライディーンは話を続けた。


「俺の親父は、黒魔術師の教官だった。ある時、黒魔術で税金を払えない領民の刑罰として、黒魔術で嬲れとの命令が下った。親父は税を払えないだけの民に、そのようなことは出来ないと断った。それで監獄に入れられたんだ」


 ライディーンの目には、憎悪の光が輝いていた。


「そして母親は自殺した。姉貴は娼婦として、どこかの外国に売られて行った。家庭を潰された俺は、海に入って死んでやろうと、海岸をぶらついていた。その時、俺は海賊に誘拐された。むしろ、好都合だった。生きる気力を、失っていたからな。俺の境遇を知った海賊の船長に、俺は気に入られ、海賊の一味に、加わることになった」


 シンディの横に座っていたピョートルが、少し身を乗り出し、口を挟んだ。


「そしてその海賊船は、後日ルーテシア王立海軍の取り締まりで拿捕されたが、少年だった君は無罪。帰る場所もないということで、海軍が保護したのが、この国での生活の始まりだったな」


「そうだ。俺には黒魔術と、航海技術しかなかった。ちょうどこの国では、離島の海賊被害が大きく、海軍だけでは、対処出来ていなかった。そこで俺たちは、離島の島主から依頼を受けて、海賊船の取り締まりを行う仕事を始めた。海賊船に海賊行為をするのは、法律でも裁けないからな。あとは敵国の商船を襲う。これも事実上、黙認されているからな」


 ライディーンが更に身を乗り出して、自分の顔をシンディの顔に接近させる。


「だから、シャナイアとイザベラ……デガッサ姉妹に復讐するなら、俺も協力してやっても良い。デガッサ領の生活は、地獄だった。あそこは重税と苦役で、領民は伯爵家の奴隷のようなものだ。デガッサ姉妹が政治の中心に居座っているのなら、ラークシュタイン全土が、デガッサ領のような地獄になっていくだろう」


「じゃ……じゃあ、黒魔術師を教えてくれるんですか?」


 シンディは、目を輝かせている。

ライディーンはシンディから少し視線を()らして、


「いや、条件がある。正直言って、あんたのようなお嬢さんが、高度な白魔術の使い手とは信じられない。素質のない奴に黒魔術を教えても、無駄だ」


「え……では……?」


「この俺と勝負するんだ。君の白魔術で、俺の黒魔術にどこまで対抗出来るか……それで判断する。この勝負を受けるか?」


 (しば)し、沈黙が続いた。

 重苦しい静寂の中、沈黙を破ったのはシンディだった。


「その勝負、受けて立つわよ」


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