【第32話】娼館
ガーラシア城。王の間。
ラークシュタイン王国の政治の中心であり、この国の王権が存在する場所。
イザベラはカインと共に、王の間に通される。
王座に座るイェルハルド国王の隣には、シャナイア王妃が並んで座っている。
カインは黙礼で国王に挨拶し、それに合わせるように、イザベラがカーテシーで国王夫妻に挨拶した。
上機嫌な表情のカインが、口を開いた。
「イェルハルド国王陛下、シャナイア王妃陛下、おめでとうございます。ルーテシアに逃亡していたシンディ・カレンベルクが、沢に身を投げて自殺したとのこと。カレンベルク城も落城し、ついに、カレンベルク家が滅亡しましたな」
イェルハルドも、満足げに笑みを浮かべながら答える。
「ああ、ルーテシア王国の海軍提督殿より、親書が届いた。一緒にいた馭者と、自殺したそうだな。これでカレンベルクの血を引く者は、全ていなくなった。喜ばしいことだ」
何が喜ばしいものか……シンディにはたっぷりと辱めを与えた上で、死に追いやってやろうと考えていたのに……。
外国で自殺したのであれば、それも叶わないではないか……とイザベラは内心不満だった。
しかし国王夫妻の前で、露骨に不満を表すわけにはいかない。カインの横で、ニコニコしながら聞いていた。
カインは少し真面目な顔をして、話を続ける。
「国王陛下、今日は凱旋門の建設について、ご相談したいと思い、お伺い致しました。やはり、まだまだ現場で働く奴隷の人数が、足りません。また、重労働を忌み嫌って、逃げ出す者もいる始末……どこからか、奴隷を調達せねばなりません」
イェルハルドの横で、静かに聞いていたシャナイアが
「あら、奴隷が足らないのなら、ちょうど良いのがいるではないですか?カレンベルク家に仕えていた、カレンベルク領の捕虜……この捕虜を、奴隷の身分に落として使いましょう」
と答え、一息置いて、
「それに、逃げ出す奴隷については、管理を厳重にし、逃亡をし損なった者は公開で、鞭打ち刑に処せばよいのです。アメとムチの、文字通り鞭です」
と涼しい顔をして答えた。
それを聴いたカインが尋ねるように言う。
「アメとムチならば、奴隷にアメの方も準備してやらんといけませんな」
「それでしたら、良い案がありますわ」
と、それまで黙っていたイザベラが口を開く。
「カレンベルク家の捕虜の中には、侍女などの若い女性も、多く含まれていますよね。それらを娼婦の身分に落とさせ、奴隷専門の娼館で、働かせれば良いのです。成績の良い奴隷が使える娼館の設営を、アメとして提案しますわ」
「しかし、今から娼館を作るとなると、その建築資金も掛かるが……」
とカインはイェルハルドとシャナイアの表情を気にしながら話す。イザベラは、それに答えるように、
「今ある建物を使えば良いだけです。ちょうど良い場所がありますわよ。ガーラシア城下にある、旧カレンベルク邸。あそこなら、娼館として活用するには、ちょうど良いですわ」
イザベラとシャナイアは、カレンベルク家に関わるものには容赦がない。
カレンベルク家の侍女や捕虜、さらには屋敷までも辱めを与えるという徹底したものだった。
そうよ……シンディ・カレンベルクがいないのなら、生き残った侍女や捕虜、屋敷を辱めたら良いのよ……。
カレンベルク家に関するものは、全て汚れてしまえ……とイザベラは怒りをカレンベルクに関する全てのものに向けることにした。
「カレンベルクの侍女を娼婦に、邸宅を娼館に、ということか……それは、いくらなんでも、やり過ぎなのではないか……」
カインは迷いが生じているようだった。
奴隷相手の娼婦は、この国では奴隷以下の存在だ。
いくらカレンベルク家の関係者であっても、侍女をそこまで貶めることに躊躇いがあるのだ。
煮え切らない態度のカインを見たイザベラは、じわっと涙を流す。
「凱旋門を作るために……カインさまのお役に立てるようにと、発言しました……でも、カインさまは、いつも私の意見を否定するばかり……私の意見なんて、つまらないですよね?結局、カインさまのお役には立てないのですよね……このイザベラは……」
突然、涙目になったイザベラに、カインは慌て、取り乱し始めた。
「おお、イザベラよ。泣くな……泣くではない。そなたの意見は非常に良い考えだ。そうだ!そなたの言った通り、旧カレンベルク邸を娼館にしようではないか……さあ、涙をお拭き……」
上手くいった。
今回も涙で上手くいった。なぜ男というのは、女の涙に弱いのだろう……?
女は自由だ。
好きな時に泣いても、咎められない。
それに比べて、男のくせに泣くんじゃないと叱られる男という生き物は、なんて可哀想なんだろう。
女の涙というものは、特別に熟成されたホワイトワインのようなものだ。
このホワイトワインに酔った男は、男どもは魔法にかかったかのように、素直になり、こちらの要求を聞いてくれる。
但し、このホワイトワインに酔うのは男だけだ……。
イザベラは涙を拭きながら、今日のディナーはなんだろう……と考え始めていた。