表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/62

【第31話】復讐

「全ての手続きは完了した。これから外に出でも構わない」

 

 約二ヶ月の軟禁生活は、このピョートルの言葉で、終止符(ピリオド)を打った。

 戦艦の中で話し合った通り、ピョートルはルーテシア海軍提督名義で、ラークシュタイン王府に、二人は沢に飛び込んで死んだ、との嘘の報告を伝達。

 そして、それが受理されたとのこと。


 ついこの間まで、ルーテシア・タウンの街中の掲示板には、お(たず)ね者として、シンディと『馭者のペーテル』の似顔絵が張り出されていた。

 それも撤去(てっきょ)され、人々の間でこの指名手配人のことは、過去のことになっている……というのがピョートルの説明だった。

 これで、やっと自由に動ける……とシンディは安堵(あんど)した。

 官邸には、色々な本があって、軟禁生活中も、本を読んで過ごしていたが、それでも自由に外に出られないのは、かなり苦痛だった。


 ピョートルが穏やかな顔をして、シンディに尋ねた。


「せっかくの外出の初日だ。二人で少し遠くまで行ってみないか?」


「え?本当にいいの?私、外国の街に出るのは、初めてなんだ」

 

 シンディの言うことは本当だった。

 ラークシュタイン王国の中でも、カレンベルク領とガーラシアの街しか行ったことがない。

 こちらに来ても、ずっと海軍基地内の官邸での軟禁暮らしだったので、外国に来たという感じがしなかったのだ。


「シンディ、馬には乗れるか?」


 とピョートルが訪ねる。


「カレンベルク領で、外出する時には、馬に乗って出かけたから、乗馬の(たしな)みくらいはあるわよ。ねえ、どこに連れて行ってくれるの?」


「ルーテシアは最果(さいは)ての国。その最果ての国の、最果ての地に連れて行ってやる」


 そう言われて、シンディは急いで身支度(みじたく)をした。


 外に出ると、季節はすっかり初夏になっていた。


 照りつける太陽は、ラークシュタインのそれよりは優しく、からりとした気候で、日陰では少し肌寒さを感じるような北方の夏の季節。

 空気も()み切っていて、ラークシュタインとは全く違う夏だ。


 官邸の出口には、馬が二頭、準備されていた。

 シンディとピョートル、それぞれが馬に乗る。

 ピョートルは馬に(またが)るとすぐに、軽快に馬を走らせ始めた。慌ててシンディも、それについて行く。

 馬は、海岸沿いの街を進む。

 濃紺の海の向こうには、いくつかの船がゆったりと航行している。


 ルーテシア・タウンは、本当に美しい街だ。


 ガーラシアの街に比べれば、規模は遥かに小さいが、立ち並ぶ木造家屋はカラフルに(いろど)られ、どの家庭の小さなガーデンが必ずあって、庭先で精彩を放っていた。

 ピョートルの話では、ルーテシアは冬になると、雪で真っ白になるので、白の世界でも、自分の家が分かりやすいように、家ごとに色が違うらしい。


 海岸沿いの街を抜け、突き出た半島の切り立った(がけ)に沿った小道を行く。

 右手には、延々と海の風景が続いていた。


「ねえ!最果ての地まで、まだ遠いの?」


 シンディは、前を走るピョートルに大きな声で尋ねた。


「あともう少しだ。この崖の道の先に、岬がある。そこが、この世界の最果てさ」


とピョートルは振り向きながら答えた。


 崖の下に撃ちつける波濤(はとう)は力強く、海岸線をえぐり取るかのようだ。

 暫く馬を走らせると、遥か前方に、灯台が見えて来た。

 どうやら、あの灯台の辺りが岬らしい。

 起伏に富んだ道を更に進んで、灯台の(ふもと)で馬を止める。


 半島の西端の岬。

 目的地の『最果ての地』だ。


 眼下には一面の海が広がり、目の前は、海と空と水平線だけの世界だった。


「シンディ。ここがルーテシアの一番西端の場所。そして世界の端、最果ての地だ」


「ここが……世界の最果てなのね……」


「いにしえの時代、ここから先に何があるのかと、多くの船が旅立った。戻って来た者は、(いく)ら行っても、海が続くだけで何も無かったと言い、伝説でも、無限の海が広がっていると言う」


「無限の海なんて、あるのかしら?」


「さあな。今の航海技術で、船を進めれば、この先に何があるのか分かるかも知れない。ただ誰もそうしないだけだ」


ピョートルは、真っ直ぐ海の方向を見たまま、話を続ける。


「この二ヶ月間、色々な情報が手に入った。君に伝えておこう」


「うん。教えて」


「まず……側妃のシャナイアが正王妃になった。そして、カイン王子はイザベラと正式に結婚し、枢密卿(すうみつきょう)に任命された」


「事実上、カイン王子は、ラークシュタインのNo.2の権力者になったのね……そして、イザベラはその(きさき)


 シンディは、顔色一つ変えずに言った。


「そしてスペンサー王子だ。スペンサーは監獄に収容された後、断手刑が執行された。断手刑を決定したのは、カインと言われている。右手首から先を切り落とされたスペンサー王子は、王籍を剥奪された。そしてラークシュタイン辺境、シュバルツ岬にあるシュバルツ(とりで)の城代として、送り込まれた。事実上の流刑のようなものだ」


 シンディは無言で頷く。ピョートルは話を続けた。


「そして、シュバルツ砦に送り込まれたスペンサーは、毎日、精霊酒(ソーマ)を浴びるように飲んで、廃人のようになっているそうだ。スペンサーに付き従った家臣も、見捨てるように離れ始めているらしい」


「スペンサーさま……おいたわしい……」


 とシンディは水平線の向こうに視線を向けたまま、呟くように言った。


「そして……君の父上、カレンベルク卿だが、ラークシュタイン王府の兵隊と、デガッサ伯爵の兵隊が、カレンベルク領内に侵入し、カレンベルク城を攻撃。激しい戦いの後、カレンベルク卿と君の母上は……」


「ピョートル、それ以上言わなくてもいい。父がどういう選択をしたのか、娘の私が、一番分かっている」


「そうだな」


とピョートルが短く答え、話を続けた。


「ラークシュタイン王国は、イェルハルド王、シャナイア王妃、カイン枢密卿、イザベラ妃の4人が、権力を掌握(しょうあく)したようなものだ。他の王族や貴族は、ただこの4人を恐れて何も言えなくなっているらしい」


 海を見ていたピョートルは、シンディに視線を向ける。


「それで……君はこれからどうする?」


 シンディはピョートルをじっと見据(みす)える。

 そして冷静な声で答えた。


「そんなこと……それぐらい……。ピョートル、聞かなくても分かるでしょう。私がどうしたいか」


「おおよそ答えは分かっているが……言ってみな」


「復讐よ。イェルハルド王、シャナイア王妃、カイン枢密卿、イザベラ妃。この4人に対する復讐。地獄の底に(たた)き落とす復讐よ」


「覚悟は出来ているのか?」


「答えるまでもなく」


 ピョートルは、シンディの方向に向き直って、声を低くして話し始める。


「覚悟というのは、復讐に失敗し、ただ八裂きにされる覚悟だ。この4人の警護は厳重だ。かすり傷を負わせる程度の復讐ですら、実現出来る可能性は低い。致命傷を負わせるレベルの復讐は、ほぼ不可能。死に追いやるのは……絶対不可能だろう」


「それも含めて、覚悟の上。ただ私は実行するのみ。復讐を」


「では俺に見せてみな。その覚悟というものを」


 シンディは懐から短剣を取り出す。

 そして自らの髪をギュッと握り、その長い ー貴族女性にとっては命の次に大切なー 髪をザクザクと短剣で切り落とす。

 空中に放り投げると、ブロンドの髪はバラバラになりながら、太陽の光に反射して、キラキラと輝き、風に乗って散り去って行った。


「この髪の毛、ピョートルに預ける。私が復讐を()げるまで」


「その覚悟、気に入った」


ピョートルがフッと笑う。そして、


「出来る限りの協力はする。復讐が終わるまで、俺の家で侍女ということにして置いてやる。君の復讐まで、俺たちは一緒だ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ