【第30話】上陸
「おい、シンディ。ルーテシアだ。ルーテシアの王都が見えるぞ」
早朝。
朝日が客室の窓に差し込み始めた頃、ピョートルが軍艦の客室で寝ているシンディを起こした。
シンディは髪の毛をサッと整えて、ピョートルと一緒に甲板に向かう。
朝焼けの空のオレンジ色の世界は、空気が透き通るように澄んでいる。
船首に行って、向こう側を見ると、大きな山の麓に、色とりどりの家が立ち並ぶ街が見えて来た。
「あれがルーテシアの首都の街なの?」
「そうだ。ルーテシアの首都、ルーテシア・タウンだ」
船が陸に近づいて、その町並みがはっきり分かるようになって来た。
家の多くは木造だが、一軒一軒が、違う色で塗られている。
まるで水彩画のパレットのようで、とても色彩鮮やかな町並みだった。
そして船は、街から少し離れた海軍基地に接岸した。
海軍基地は、石造りの庁舎を中心として、複数の埠頭があり、大小様々な軍艦が停泊していた。
「シンディ、今から下船するぞ。念のため、変装代わりに少しメイクをしておけ。普段とはちょっと違うメイクで、印象を変えておくんだ。それで海軍の庁舎まで行くぞ」
ピョートルに諭され、シンディはかなり濃い目のメイクをする。
メイクをするなんて随分久しぶりだが、変装代わりでも美しく装うのは楽しい。
そしてメイクが完了。
いよいよ下船となった。
初めての外国で、シンディはなんだかワクワクする。
鞄を待ち、甲板に姿を現したピョートル、シンディの顔を見て、ギョッとしたように驚く。そして、
「おい!メイクが濃過ぎるぞ。変装しろとは言ったが……それじゃ逆に、目立ってしまうだろうが!」
と呆れるように言った。
シンディは、少し気合を入れ過ぎていた。
アイシャドウを使い過ぎて、目元がレッサーパンダのようになっていたのだった。
海軍の庁舎は、埠頭から歩いて数分の距離らしい。下船して、歩いてピョートルと海軍庁舎に向かう。
建物の雰囲気がラークシュタインとは随分違い、シンディは改めて外国にやって来たのだと、実感した。
到着した巨大な海軍庁舎は、すこぶる大きい建物だった。
シンディは、驚きの声が漏れそうになったほどだ。
ルーテシアは海洋国家で、海軍が充実していると噂では聞いていたが、こうして実物を見ると、改めて納得してしまう。
シンディは庁舎の二階に案内された。
庁舎の二階は、バルコニーが続いていて、バルコニーに出てみる。
広いバルコニーからは、海軍基地が一望出来て、その向こうの海には、多くの船が行き交っていた。
そして庁舎の上空には、大きな鷲が、何羽も春の青空の中を、悠々と旋回している。
「この辺りって、随分と鷲が多いのね」
とシンディが尋ねると、
「そうだ。ここには鷲が多い。でも、それには訳がある」
そう言ってペーテルは、色の付いたカードを取り出し、ピーと口笛を吹いた。
すると、1匹の鷲がピョートルのもとへ真っ直ぐ降りてきた。
その鷲の脚には、紙が巻かれている。
紙には、不思議な暗号のらしきものが書かれていた。
「この鷲はルーテシア・イーグル。ルーテシア原産の鷲だ。そしてこの鷲は、何より知能が極めて高く、伝書鳩よりも、飛ぶスピードが速い。だから世界中に放って、間諜などとの通信手段として使っている」
「じゃあ、今のラークシュタインの様子分かるの?」
「ああ、俺たちが航海していた間のことは、こいつらが既に情報を運んでくれている。報告書が、もう執務室に届いているはずだ」
シンディはピョートルと一緒に、執務室は行く。
ピョートルは、机の上に置かれた書類に目を通して、
「最新のラークシュタインの状況だが、俺たちがガーラシアの港を離岸してすぐに、ユリウス国王が亡くなったようだ。国葬で葬られ、既に葬儀は完了。そしてイェルハルドが、ラークシュタインの正式な国王に就いたようだな」
「ユリウス国王陛下が?」とシンディは、驚きの声を上げる。
「そして、イェルハルドは王位に就いた途端、いきなりガーラシアに凱旋門を作るとか、言い出しているらしい。各地の貴族にも、建築に協力を求めているようだ。凱旋門建築のため、税金も上がっているようで、領民からも、不満の声が上がっているようだな。今のところ、ラークシュタイン関連で分かっている情報は、それくらいだ」
シンディは頷いて聞いていた。
「じゃあシンディ、今から提督の官邸……俺の住んでいる所に行くぞ。と言っても、この庁舎のすぐ裏、歩いて5分もかからないけどな」
シンディはピョートルに案内され、官邸へと連れて来られた。
提督官邸はさすがに海軍提督のお屋敷、とあって、かなり大きなものだったが、官邸内はかなり質素で、豪奢なものは何もない。
官邸の部屋をぐるっと見て回って、シンディが尋ねた。
「ピョートルに、侍女っていないの?」
不思議なだった。
普通、海軍提督で、この規模の邸宅ともなれば、侍女や使用人の一人や二人いてもおかしくないからだ。
「俺には侍女はいない。ここに一人で住んでいる。君は一応、侍女ってことで、ここに住むことになるから、俺にとって最初の侍女ってことになるな」
「分かったわ。じゃあ私、侍女として頑張るね。宜しくお願いします。ご主人様!」
とシンディは少し戯けて答える。
「あくまでも名目上だぞ。それに、シンディ・カレンベルクが死んだことにするのに、2ヶ月くらいの時間がかかると言っただろう。暫くは、ここで軟禁生活ってことになるな」
こうしてシンディの軟禁生活が始まったが、意外と時が流れるのは速かった。
あっという間に二ヶ月が経ち、シンディの軟禁期間は、終わりを告げた。