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【第26話】軍服

 シンディはピョートルに案内されて、船尾の艦長室へと通された。

 パタンッ、と艦長室の扉が閉まると、ピョートルはスルスルと着ていた馭者服を脱ぎ始めた。

 とっさの出来事に、思わず身を固くするシンディ。

 一気に顔が赤くなり、咄嗟(とっさ)に顔を両手で覆う。

 ピョートルはシンディの様子を(さっ)して、


「おい!考え過ぎだ!君に手を付けようなんて考えていない。ただ俺は海軍服に着替えるだけだ!」


 と慌てて言った。


 シンディとしては、いきなり異性が服を脱ぎ始めたことに単純に驚いただけだったので、


「い……いや!ただ私はただ男性の着替えるところって見たことがなくて、少し戸惑っただけ!」


 と慌てて否定する。


「そうなのか?ここは軍艦だ。今は船乗りも服を着ているが、嵐になったり、海戦が始まったりしたら、みんな服なんて着ていないからな。今のうちに慣れておけ」


 ピョートルはシンディを無視して、そのまま着替えを続ける。

 シンディはそっと指の間からピョートルを眺める。


 ピョートルの身体は、綺麗だった。

 細く引き締まった身体に、血管の浮き出た両腕。

 適度に日焼けした肌に、軍人の個人識別をする銀色のドッグタグだけが、キラリと光る。

 ピョートルは軍服に袖を通して、ボタンを()める。

 軍服を着たピョートルの姿を見て、シンディの心は揺れ動いた。

 凛々しさと勇ましさを兼ね備え、王族らしい気品が混ざった姿は、馭者(ぎょしゃ)の姿の時とはまるで別人だ。

 服は己を表現する手段で、古の時代から女性が夢中になって来たものだ。だが、この凛々しさと勇ましさは、いくら女性が着飾っても表現しきれないものだろう。


 着替え終えたピョートルは、艦長席につく。

 そして背中をグッと()らした。


「シンディも、そこら辺の椅子に適当に座ってくれ。何から話せば良いのか……まずは君のお姉さんのアイリス王太子妃のことから話そうか?」


「うん……じゃ、本当に……本当にアイリスのお姉さまは、もう亡くなっているの?」


「俺が間諜(スパイ)から聞いた限りでは、アイリス王太子妃はもう天に()されているようだ。君にとっては(つら)いことだろうが」


 シンディは胸がズキンと痛んだ。

 大広間で聞かされたとは言え、第三者からもそのように聞かされると信じるしかない。

 目頭が熱くなるのを懸命に耐える。

 (しば)しの沈黙の後、ピョートルが口を開いた。


「あと君が気になっているのは、スペンサー王子のことだろう?」


「うん……スペンサー王子のことも……心配してる」


「朝、君を学院に送り届けた後、王城から厳重な警備で監獄の方向に向かう馬車を見た。スペンサー王子は、おそらく今頃は監獄の中だ」


 シンディは深くため息をついた。

 何もしてあげることがなくて、もどかしい。


「スペンサー王子さまは、無期投獄ではなく、断手刑に処せられるっていうのは?」


「そうなのか……それは聞いていなかった。しかしいくらなんでも強引過ぎるな。謀反(むほん)とかいう、ありもしないでっち上げで自らの弟を断手刑とはね。そして懲罰(ちょうばつ)のために侯爵家に向けて挙兵するなんて、イェルハルド王太子も、頭がおかしくなったとしか思えない」


「ピョートルもそう思うの?」


「ああ、イェルハルド王太子はそれほど評判は悪くなかった。少なくともデガッサ伯爵家の令嬢が側妃になるまでは」


 ピョートルはやや興奮した口調になっていた。


「私も不思議に思ってた。お姉さまからの手紙でも大変良い方だと書かれていたし……」


「いずれにしてもスペンサー王子とカレンベルク侯爵家への断罪は尋常(じんじょう)じゃない。権力を盤石(ばんじゃく)なものにするための、見せしめなのかもしれないが……こんなことをしていれば、貴族の心はますます離れるだろう。国のバランスが崩れれば、敵対国とのバランスも崩れる。そうならば戦争の危機だ。この船の連中は命に(さら)され、国土も乱れていく……」


 そう言ってピョートルはため息をつく。隣国が安定しないのは隣国の軍人からすれば心配の種になるのだろう。

 (しばら)くの沈黙の後、ピョートルが口を開いた。


「ところで……シンディ、これからのことだけど」


「うん……」


 シンディは、力なく相槌(あいづち)を打った。



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