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【第23話】魔法

 ペーテルは馬上でシンディを抱きしめたまま語りかける。


「この石畳みの坂道、一気にこの馬で()け下りるからな!」


「は……はい、でもどちらまで逃げようと……?」


「詳細は後で説明する。あんたは馬から振り落とされないように、しっかり俺の身体にしがみついておいてくれ!」


馬はなだらかな坂道を雪崩(なだれ)のように駆け下りて行く。むしろ、滑り落ちて行っていく感覚だ。

 馬車の時にはのんびりと流れていたいつもの風景が、今は嵐の中の木葉のように流れて行く。

 

 しかし後ろからは、また別の(ひづめ)の音が近づいて来た。王府の兵隊だ。数騎でこちらを追いかけて来ている。


「その馬、止まれい!」


「王府の兵隊から逃れられると思うなよ!!」


 ペーテルの馬は、王城の麓の貴族邸宅の立ち並ぶ大通りを走っているが、王府の兵隊は徐々に距離を(せば)めながら近づいて来る。


「ペーテルさん!後ろ!」


「ああ、分かっている。王府の奴らだろう。一気に蹴散(けち)らすぞ!」


 ペーテルは邸宅街の角を曲がって、マーケットの方向に向かって馬を疾走(しっそう)させる。

 人通りが増え始めた道、そこを歩く人々は、爆走する巨馬とそれを追いかける王府の兵隊の馬が走り去るのを見て、ただ喫驚仰天(きっきょうぎょうてん)していた。

 シンディが叫ぶ。


「こっちは道はマーケットの方向よ!道が狭いわ!」


「それだから良いんだ!」


 マーケットの通りでは、買い物客やら行商やら大道芸人やらが道に溢れている。

 天幕を張った仮設店舗では、野菜や果物、その他日用品が色とりどりに並べられ、かろうじて人の往来が出来る程度に狭まっていた。

 

「どいてくれ!!」


 とペーテルが叫ぶ。馬は狂った猪が猪突猛進(ちょとつもうしん)するように、マーケットの人混みの道を突き抜ける。

 走って来る馬に驚いて急いで避ける者、避ける途中で倒れる者がいるかと思えば、馬と側面衝突して屋台が倒れ商品が地面に散乱する。


 嵐に巻き込まれたようなマーケットは大混乱になった。


 ペーテルは手際良く懐から銀貨入ったの袋を取り出して、馬の上から振り向きざまに投げた。

 地面に落ちた衝撃で、袋の中の銀貨がバラバラと石畳みの道に散らばった。


「悪いな!屋台の修理代や商品の代金代わりだ!被害を受けたみんなで分けてくれ!」


 とペーテルが叫ぶ。


 マーケットはすっかりパニックに陥っていた。

 道に落ちた屋台の商品を拾う商人や、こけたまま立ち上がれない者、袋からこぼれ落ちた銀貨を拾い上げる者……と道は完全に(ふさ)がれている。


「お、お前ら、どけ!王府の兵隊だぞ!」


「犯罪人を追いかけているのだ!道を開けよ!」


 なんとか人混みをかぎ分けて馬を進める王府の兵だったが、一人が「うわああ……」と悲鳴を上げたかたと思うと、馬がドシンと地面に横倒しになった。

 なんとか身を起こした王府の兵隊、一枚の銀貨を拾い上げる。


「畜生!馬がこの銀貨で滑って倒れた!奴らが投げた銀貨だぞ、これは」


「石畳みの道に硬貨が落ちてると、馬は滑りやすいからな……おい!もうこの馬はダメみたいだ。脚を痛めたようだ」


王府の兵が恨み言を言っている間にも、ペーテルの馬は遥か先の道を駆けていた。


「畜生!もうあんな先まで!」


「なあに、あの馬は人を二人乗せて走ってるんだ。いずれ馬も体力の限界がくるさ……おい、その倒れた馬では追いかけられない。俺たち二騎で追いかけるぞ」


 そんなことを口々に行っては、脚を痛めた馬以外の兵が、再びペーテルの馬を追いかけ始めた。


 一方で先を走るシンディは、敵を振り切ったで少しホッとしていた。ペーテルにしがみつきながら、声をかける。


「かなり振り切ることが出来ましたね!これでもうなんとか……」


「いや、そうとは言えないな。この馬も二人分の重さでかなりバテて来ている。このままじゃ、いずれまた追いつかれるさ」


 馬は街を抜け、丘陵の麦畑を駆け抜け、森の中の道へと進んで行った。

 春先の森の新緑で、森の中はひんやりとした爽やかな空気で満ちている。


 木々の間を、馬はまるで鳥が翔破(しょうは)するような速度で、一気に駆け抜けて行く。


「どうだ?奴らが追いかけて来るのが見えるか?」


「かなり後方に2頭……ほとんど距離は変わってないので、追いつかれてはいないようですが……あ!その後ろから別の一騎が、猛然と追いかけて来ています。白馬に乗った……カイン王子みたいです……」


 この人、こんなところにも来るのか……ご丁寧にも後ろにイザベラを乗せて……と、シンディは(あき)れる。

 婚約者の前で格好をつけたいのか、それともイザベラがこの大捕物(おおとりもの)を見物したくてついて来たのか……カイン王子にしても、後ろイザベラがしがみ付いていたら、騎馬にも不便だろうに。


 とは言え、さすがは王家の白馬だ。電光石火(でんこうせっか)のスピードで、シンディたちの馬との間合いを()める。

 シンディが再び振り向くと、もうカインの顔がはっきりと分かるくらいにまで近づいていた。


「ペーテルさん、カイン王子がもう後ろに……!」


「そうか、じゃあ俺を助けろ」


「え……?どうやって?」


「それはあんたが考えてくれ、今の俺は、馬を飛ばすしか出来ない。考えるんだ!どうすれば、俺を助けることが出来るのか……」


 そう言われても急には……などと悠長(ゆうちょう)なことは考えていられない。

 カインは既に剣を抜いて、後ろから斬りかかろうとしているのだ。

 少し時間が経って魔力も少しは回復している。ええい、一か八か、もう()けてみるしかない!


 シンディは指先に力を込める。


猛撃龍嵐(バイオレントストーム)!」


カインの馬の周辺に、小さな竜巻が噴き上がる。

森の小道の砂や小石が渦を巻きながら、カインとイザベラに吹き付けた。


「うお!……うぬぬぬ……!」


 砂がカインの目に入りたじろいだカインは、思わず手綱を引いて馬の速度を落とす。

 砂利混じりの竜巻の風は、イザベラにも容赦なく吹き付け、イザベラの細かい装飾を(ほどこ)した服をバタバタと波打たせる。

 ネックレスがうねり、さらにひと吹き強い風が吹いたかと思うと、髪の毛は激しく乱れ、その髪を(いろど)っていた髪飾りはイザベラの髪から外れ、天空へと舞い上がって行った。


「ああ、私の髪飾りが、髪飾りが……!」


 泣きそうな声でイザベラが訴える。


「馬を止めて!髪飾りを探して!」


「こんな時に、髪飾りなんてどうでも良いだろう!?今度買ってやるから、(あきら)めろ!」


 カインは少し苛立(いらだ)った表情で答える。その言葉遣いがしゃくに触ったイザベラは、やや声を荒げて、


「何言ってるのよ!あの髪飾り、高かったのよ!オーダーメイド品で、南の島の真珠を施したものなのよ!お願い、探してよ」

 とカインの耳元でやかましく言った。


 カインは仕方なく馬を止め、馬から降りた。

 そして一人で馬から降りられないイザベラを抱え込んで、馬から降ろす。

 イザベラは、カインに礼も言わず


「どこ?どこに行ったの?私の髪飾り。ねえ、あなたも探してよ!絶対どこかに落ちているはずだから!」


と言って、地面に目を落として、()き立てるようにカインに訴えかける。

 カインがヤレヤレといった表情を浮かべていると、王府の兵隊が追いついて、馬を止めると


「カイン王子、どうされましたか?」


 と言って、次々と馬から降り始めた。


「馬鹿。馬から降りなくて良い!さっさとあの2人を追いかけろ!」


 と憮然(ぶぜん)として答えた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] おもしろくなって来ましたね! 続きが楽しみです!
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