【第21話】反撃
「カイン王子さま、お……お待ち下さい!」
貴族令嬢の集団の中から声がした。
クラウディア……シンディは息を呑んだ。声の主はクラウディアだった。
クラウディアは、シンディの近くに駆け寄り、
「私の方から声をかけるのをお許し下さい。私はグーゼンバウアー侯爵家長女、クラウディア・グーゼンバウアーと申します」
とカインに自分の名前を告げた。カインはギラリとした眼で睨みつける。
「グーゼンバウアー侯爵家の娘が、一体何の用だ?」
「お恐れながら申し上げます。カレンベルク侯爵家は、我がグーゼンバウアー侯爵家以上に、只々、王家に尽くして参りました。シンディのお父上、カレンベルク卿は忠義にかけては王国随一であります。そのカレンベルク卿が謀反とは、何かの間違いとしか思えません……」
クラウディアは、震えながら話を続ける。
「そしてスペンサー王子さまは……この学院の教授の中でも一際お優しく、穏やかな先生です。絵をお描きになるのがご趣味で、とても謀反を起こすような野望を持っていたとは思えません……もう一度……もう一度だけ真偽をお調べ頂けませんでしょうか……?」
「これはイェルハルドの兄上が全てを調べ尽くして出した結論だ……クラウディア、これは王令だぞ。王令に歯向かう意味を分かって言っているのか?」
その言葉を聞き、クラウディアは力なくガックリと肩を落とし、貴族令嬢の集団の中へと戻って行った。
いいのよ……クラウディア……私の味方をしてくれる友人がこの学院にいてくれたってことだけで、私はもう十分だから……とシンディは心の中でクラウディアに謝意を送る。
それまでカインの隣で黙って様子を窺っていたイザベラが、口を開いた。
「シンディさま、先週この場所でカイン王子さまから婚約破棄をされましたが、すぐにスペンサー王子さまと親しくなられたとかで……自由の身になったとはいえ、随分とお手が早いようですわね?」
嫌味がたっぷりと込められた言いっぷりに、さすがのシンディもイラッとする。
そして、カインもイザベラの発言に被せるように、
「婚約破棄されたとはいえ、すぐにまた王族に近づこうとするとはな……それとも、謀反の相談でもしていたのか?」
とやや声を荒げて言うと
「スペンサー王子さまとは、試験農業のお手伝いをしていただけに過ぎません。スペンサー王子さまより、素敵な絵を送って頂いたお礼をしていただけにございます。謀反の相談のような恐ろしいことは、一切ございません」
とシンディは冷静に答えた。
「それにしても、シンディさまもご不幸なお方ですこと。婚約破棄されて、その後、懇意になったスペンサー王子さまは、謀反計画の首謀者とは、いくらなんでも境遇がお可哀想かと……」
イザベラは悲しげな顔を作っているが、明らかにシンディを馬鹿にしたような眼をしていた。
イザベラの態度に、流石にシンディもイラつくが、ここで反論しても意味がない。
「それにシンディさまのお姉さま、アイリス王太子妃さまのこと……大変ご不幸なことですけど、流産せずに子供を産んでいれば、結果も違っていたかと。お世継ぎも産めない役立たずな人生で終わってしまったのは……ああ、私、少し失礼なことを申し上げてしまいましたねぇ…」
許せない。
絶対に許さない……今の言葉は。
アイリスお姉さまを役立たずな人生などと呼ぶ侮辱は、何があっても許せない……!
シンディは怒りに震える。しかしそんなことを全く気にかけないカインが更に、
「ともかく、だ。そういうわけで、シンディ・カレンベルクよ、お前は謀反人の娘ということになる。残念だが、暫く監獄に収監されることになる……」
と言ったかと思うと、大広間の扉がバタバタと開く。
シンディがそちらの方向に眼を遣ると、王府の兵士がなだれ込んで来た。
剣を抜き、銀色に鈍く輝く刃でシンディを威嚇し始めた。
貴族令嬢の間から、ざわつきの声が漏れ始める。
「ここに至っては、無駄な抵抗はやめろ。大人しく縄に打たれれば、こちらも手荒な真似はしないつもりだ」
カインとイザベラは壇上で余裕の表情だ。
一方でシンディはこの状況を如何に対処するか、ひたすら悩んでいた。絶体絶命か……仮にこの大広間から抜け出したとしても、すぐに追いつかれ、最後は捕まってしまうだろう……。
そんなことが頭に浮かび、諦めかけていた時….ふと、ここに来る前のペーテルとの会話を思い出した。
「もし……何かあった時には、その一本道沿いを使って逃げて欲しいんだ」
ペーテルは確かにそのように言ったのだ。まるで、この出来事を事前に知っていたかのようだ。
シンディは落ち着いて考える。
この絶望的な窮地、黙っていても捕らえられるだけだ。監獄に連れて行かれ、そのあとどんな目に合うかも分からない。
ペーテルの言う通り、一本道沿いに逃げれば活路は見出せるかも知れない……ここはそれに賭けるしかない!そう思ったシンディは、冷静に周りを見渡す。
決心すれば、後は実行するだけだ。
カインが一瞬、視線をイザベラに向けた時、シンディは指先に力を込めた。
「薄霧駆散!」
瞬時にして、大広間が白い濃い霧で覆われる。突然の出来事に、貴族令嬢が悲鳴を上げ始める。
カインの叫ぶ声が大広間に響いた。
「しまった!シンディは白魔術を使えるんだった」
大混乱になる大広間。
霧で視界を遮られ、王府の兵は何事かと周囲を見回すだけで動けず、貴族令嬢は出鱈目な方向に逃げ回り、ぶつかって倒れる者、頭を柱にぶつけて流血する者が続出する凄惨な現場と化した。
シンディは腰を低くして、周りの様子を伺う。
目の高さでは濃い霧で目の前が真っ白だが、足元は比較的薄い霧になるよう魔法を調整したのだ。少し屈めば、人の足元の動き程度なら十分に分かる。
壇上でヨロヨロと揺れ動く赤いヒール。
それを見つけると、壇上へ駆け上がり、腰を低くしたまま赤いヒールのもとに駆け寄って、思いっきりビンタを喰らわす。
「ぎゃああああ!!」
イザベラの絶叫が大広間に響き渡る。
真っ白な世界で、なんの前触れもなく誰かにビンタされたのだ。イザベラの恐怖は言葉に表せないだろう。
しかし憎たらしい相手をビンタするのは、なぜこんなに快感なんだろうか……少し手のひらがヒリヒリするのも爽快な感じすらする、などと考えていると、
「イザベラ!イザベラよ!一体どうしたのだ!」
声を頼りに駆け寄ってくる男……カインだ。
シンディは右手に力を込めて、拳で殴りつける。
「ぐあああああ!!」
イザベラの絶叫に続いて、カインの叫び声。
シンディはゆらゆらと壇上をさまよう赤いヒールに、わざと脚を引っ掛ける。
「きゃああああ!」とイザベラの悲鳴が、再び響き渡ったかと思うと、ドタン!と地面に倒れる音が轟く。
これはちょっとしたご挨拶。これだけで済むと思わないでね……シンディは霧の中でもがく赤いヒールに、心の中で語りかけた。
霧で覆われた真っ白な世界では、相変わらず貴族令嬢や兵士がゾンビのようにゆらゆらと歩いては、誰かと衝突し、悲鳴が鳴り渡る、阿鼻叫喚の地獄絵図へと化している。
そろそろ逃げなければならない。しかし扉から逃げるのは危険だ……そう思ったシンディは腰を低くしながら貴族令嬢の歩みを避け、窓の方向を探り当てる。
窓を見つけたシンディはゆっくりと窓を開け、窓枠に足を掛ける。
そして勢いよく窓からジャンプして、大広間から飛び出した。




