【第20話】断罪
「シンディ・カレンベルク、久しぶりだな。そう言ってもこの場で婚約破棄を宣言したのは、一週間前か……どうだ?自由な生活は?」
元婚約者のカインが、傲慢さを含んだ声色でアイリスに尋ねる。
一週間前まで、この第二王子が婚約者だったのか……今、改めてこの男を眺めても、本当に『どうでもいい男』にしか見えない。
おそらく婚約していた時でも、この男を全く愛していなかったのだろう。
シンディはそんな考えを頭から払って、落ち着いた声でカインに挨拶する。
「ご機嫌麗しゅうございます。カイン王子さま。お元気そうで、何よりでございます。単刀直入にお伺いしますが、我が姉、アイリス・カレンベルク王太子妃との面会は、いつ可能でしょうか?」
シンディを凝視していたカインは、少しの沈黙を置いて、口を開いた。
「アイリス・カレンベルク王太子妃は、先日亡くなったよ」
「は……? 今、なんとおっしゃいましたか?」
「お前の姉のアイリス王太子妃は死んだと言ったんだ。すでに故人の希望により密葬が執り行われ、遺骨は海中に散骨されたのだ」
「…………!」
シンディは絶句した。
そんなバカなことがあるものか……!お姉さまがもう死んでいないなんて……絶対、何かの間違いに決まっている!
そう思いながらも、頭の中が、真っ白になる。制御不能な震えが身体を蝕み始めた。
「そ……そのようなこと……到底信じられませぬ……」
かろうじて、それだけは口に出してみるも、言葉が続かない。心臓が激しく鼓動し、耳の鼓膜を響かせる。
カインは更に言葉を続けた。
「信じられぬかも知れぬが、これは事実だ。せいぜい姉上の冥福を祈ることだな」
嘘だ……嘘だ……嘘だ!嘘だ!
お姉さまが亡くなられたなんて……そんなの嘘に決まっている!
お姉様、まだ生きておられますよね?この変な王子が、悪趣味な冗談を、言っているだけですね?
今すぐにでも会ってシンディはお話がしたいのです。アイリスお姉さま……と心の中で、アイリスに問いかける。
小刻みに震えるシンディを見下しながら、カインは更に言葉を続ける。
「それよりも重要なことがあるぞ。シンディ・カレンベルクよ。お前の父親、カレンベルク卿のことよ」
「は……?父上が、何か?」
「お前の父親、カレンベルク卿は、第三王子スペンサーと結託し、謀反を起こそうとしていたことよ。国王とイェルハルド王太子は大変お怒りだ。すでに懲罰の軍隊が、カレンベルク領に向かっているところだ」
「い……今、なんと……?」
シンディはカインの言っていることが、何かの悪い冗談としか聞こえなかった。
しかしカインは怒りを込めた眼差しのまま、
「謀反だ。謀反。お前の父親が、まさかスペンサーと手を握っていたとはな。お前とは、婚約破棄して正解だったわい」
嘘だ!でたらめだ!
全くの欺瞞、歪曲、捏造だ。
ありえない虚構のでっち上げ話だ。
一体、何の為に話しているのか?そもそも王太子に長女を嫁がせ、次女を第二王子に嫁がせようとしていた時点で、王家への反逆の意思が無いのは明白ではないか……そんな思いが、頭を巡る
懸命に冷静さを取り戻そうとしてみるが、頭は真っ白なままで、全く考えがまとまらない。
やっとのことで呼吸を整える。
カインの言葉に、貴族令嬢がざわめいているが、好き勝手にお喋りしていれば良い……そんなことを考えていて、ハッとした。スペンサーのことだった。
スペンサー王子が、お父さまと結託して謀反?そんなことはありえない。
この一週間だって、この国の食料事情を改善しようと、ずっと農園でビート馬鈴薯の栽培に汗を流していたではないか……と考えるが、じっとしてられない。
シンディはカインの目を真っ直ぐ見据えながら尋ねる。
「そ……それで、スペンサー王子のご処分は?」
「謀反企図は大罪だ。とはいえ、スペンサーは第三王子。王族は死刑には出来ない。よって右手断手刑のうえ、王籍剥奪と決まった」
「…………!?」
シンディは耳を疑った。
右手断手……ありえない……!
そんなこと、絶対にあってはならないことだ!
断手刑は悪質な盗賊などに科せられる、手首から下を切り落とす刑罰だ。
それをスペンサー王子に科すなんて……絵を描くことを至上の趣味とするスペンサー王子に、死刑以上の生き地獄を味合わせるつもりなのか……!?
あの繊細で細やかな指先は、今でもはっきりと思い出すことが出来る。それを手首から切り取ってしまうというのか……?
シンディは怒りが沸沸と湧いて来る。
一体王室は何を考えているのか?こんな王室があって良いのか……?
シンディは怒りで身体が震え始めているのが、自分でも分かった。懸命に怒りの感情を抑え、シンディはカインに向かって話す。
「国王陛下にお会わせ下さい。今のお話は、全くの作り話でございましょう。カレンベルク家は歴代、王室に忠誠を尽くした来た家系でございます。スペンサー王子の件も、何かの間違いでございます。私から国王陛下にお話申し上げます」
「父上は、体調悪化のため、イェルハルド王太子に王位を継承させることを決めた。今話したことは、全てイェルハルド新国王陛下の、最終決定事項だ。新国王陛下の最初の王令である!」
イェルハルド新国王の最終決定事項……そんな馬鹿な……。
シンディは、眩暈に似たものを感じた。




