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【第18話】なんだか様子が変ですね

 滝のような激しい雨は、あっという間に過ぎ去り、雲の隙間(すきま)から、陽光が大地を照らし始めた。


(すご)い雨だったね!シンディさん、身体は冷えてない?とても寒そうだけど……()れてない木で、火でも起こそうか?」


 タオルを肩から巻いたままのシンディに、スペンサーは優しげに語りかける。

 違う。寒くはないの……服が雨に濡れて透けてしまっているのが、恥ずかしいのよ……とシンディは心の中で(つぶや)く。


 通り雨が、空の(ちり)を綺麗に洗い去って、遠くの山並みの木々の枝まで見えると思うほどに、空気が()み切っている。


「そう言えば……君から頼まれてたことなんだけどさ……アイリス義姉さんの侍女のエドナなんだけど……」


「え? スペンサー王子さま、侍女のエドナに会うこと出来たんですか?」


 シンディは、思わず身を乗り出して聞く。


「それが……おかしなことに、数日前に身を(くら)ましたらしいんだ……僕にも事情はよく分からない」


 スペンサーは、(ひたい)に残った雨の(しずく)をまた腕で(ぬぐ)い、


「最近、兄 イェルハルド王太子の周辺が、何かおかしくなっているような気がする。アイリス義姉(ねえ)さんのこともだよ。義姉(ねえ)さんの周辺に、義姉(ねえ)さんについて、何か聞こうとすると、(みな)、恐れたような顔をして逃げて行く……一体どうなっているんだか……」


「そう……なんですか……アイリスお姉さまについては、まだ何も分かりませんでしたか……」


 シンディは肩を落とした。


 しかし元々スペンサーに無理なお願いをしていたの自分だと気が付いて、スペンサーに対して申し訳ない気持ちになった。


 しかし……一体何が起こっているのだろう?エドナはアイリスお姉さまを思い(した)い、お姉さまを捨てて何処(どこ)かに行ってしまうような侍女ではないはずだ。

 それに、スペンサー王子さまですら、お姉さまのことが分からないなんて……本当に何が起こっているのかさっぱり分からない。


「力なれなくてゴメン。でも…。これはあくまでも僕の提案なんだけど、少し、時間はかかるかもしれないけど、君のお父さん……カレンベルク卿から、国王にお願いすれば良いかもしれない」


「私の……父上からですか?」


「君のお父上、カレンベルク卿は、ラークシュタイン王国の枢密卿(すうみつきょう)だった」


「そうですけど……枢密卿を辞して、もう数年になりますよ」


 枢密卿はラークシュタイン王国では国王を補佐する最高位の役職だ。

 いわば、国の宰相と言っても過言ではない。


「枢密卿を辞めたのは、権力を長い間、有するのは良くないと、カレンベルク卿自らが辞退したものだった。親父……国王はとても残念がっていたよ。貴族の中で一番信頼を寄せていたからね」


 スペンサーは話を続ける。


「国王も最近、身体の調子が思わしくないんだ。夏まで持つか微妙だと思う。今はイェルハルド王太子が国王の職務を代行してるんだけど……最近は、シャナイア側妃を溺愛していて、国政を(おろそ)かにしてるのが心配の種なんだけどね」


「シャナイア側妃さま……ですか……?」


 シンディはシャナイア側妃についてはよく知らなかった。舞踏会の時に、遠目で見たことがあるだけだ。

 そして、学院のいじめをでっち上げたデガッサ伯爵家次女のイザベラの姉である、ということくらいしか知らない。


 シンディは、王太子が流産した姉を気遣(きずか)いせず、側妃を寵愛(ちょうあい)していると聞いて、胸が痛くなった。

 姉からはイェルハルドさまは心のお優しい方……などと聞いていたが、流産で豹変(ひょうへん)してしまったのだろうか……?


 遠くから、パカパカと馬の(ひづめ)の音が聞こえて来る。

 ペーテルが迎えに来たらしい。

 もうお昼前なのかと、シンディは少し驚く。


「お迎えが来たようだね。今日はありがとう。でさ……もし良かったら、明日も手伝ってくれないかな?二人で作業すると楽しいし……」


いつもの(さわ)やかな笑顔で、スペンサーが聞いて来た。


「ええ、喜んで!明日も宜しくお願いします!スペンサー王子さま」



*********************************************************


 国王ユリウスは、イザベラの方には目を向けない。

 少し呼吸が荒くなり、ぼんやりと、天井に視線を向けて、虚空(こくう)を見ている。


 意図的に無視しているのか、話しかける気力が無いのか、周りから見ても分からない。沈黙を破るかのように、イェルハルドが口を開いた。


「我が側妃シャナイアも、カインの新しい婚約者のイザベラも、デガッサ伯爵家のご令嬢。私の代になりましたら、デガッサ伯爵家と共に、この国をますます発展させてみせますぞ」


 国王は、眼だけイェルハルドの方に向け、(しぼ)り出すような声で、イェルハルドに語りかける。


「イェルハルド……近う……もう少し、近う……寄れ……」


「は!国王陛下。なんでございましょうか?」


 イェルハルドは、国王の口元に耳を近づけた。国王はか細い声で、耳元に語りかける。

 

「国王の……継承は……スペンサー……カレンベルク侯爵家……」


 国王の声は、か細く、力もなく、周りの侍従たちもシャナイアもイザベラも、国王が何を話しているのか、分からないほどの小さな声だった。

 国王の言葉を聞いていたイェルハルドの顔色が、一瞬、(くも)る。しかし、すぐに作ったような笑顔の表情を変えた。


「侍従諸君、シャナイア、イザベラ。今、国王陛下から重大な発言があった。国王から、自分は既に国王の職務を担うことは出来ない。国王の地位をこのイェルハルドに譲る、とのことだ。これからは、このイェルハルドが、ラークシュタイン王国の国王となるのだ」


 侍従たちの間でざわめきが起こった。

 シャナイアとイザベラだけが、落ち着いた表情でイェルハルドの宣言を見ている。


 イェルハルドは、やや呼吸を整え、言葉を続ける。


「そして、もう一つ、ゆゆしき事態が起こっているとのことだ。第二王子のスペンサーが、カレンベルク侯爵家と結託(けったく)し、謀反(むほん)(たくら)んでいるとのこと。王国の平和を乱す、許せぬ横暴!直ぐに、スペンサーを捕らえる手筈(てはず)を整えよ!そして、カレンベルク領への出兵の準備だ」


侍従たちのざわめきが、更に大きくなった。


「お……お前は……」


 眼を大きく見開き、怒りの表情をした国王の呻き声のような言葉は、ざわめきにかき消さられた。


 その中で、シャナイアだけは、ニヤリと笑みを浮かべて(つぶや)いた。


「これで、カレンベルク家も終わりね……」


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― 新着の感想 ―
[一言] 王太子が国王に王位を早く寄越せと言っているのに、後継者の変更という重要な事を王太子に言ったのが信じられない。 なんで宰相とか他の人に言わなかったのかしら。 国王、自業自得ですね〜(^_^;)…
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