【第14話】空が澄み渡っていますね
次の日。スペンサー王子との約束の日だ。
雲一つない澄み渡った空。
道を行き交う王都の住民も、時折、空を仰ぎ見ながら、この包み込まれるような春の陽光を楽しんでいる。
シンディは、お屋敷の一階から二階にバタバタと駆け上がっては、また、二階から一階へと駆け下りる。
ゆっくりと朝食を準備しているルーシーは、シンディの段取りの悪さに呆れ顔だ。
髪を編みながら、シンディはルーシーに問いかける。
「ねえ、ルーシー?私の赤いリボンって何処に置いてたっけ? 三つ編みにする時に必ずつけてたあのリボンなんだけど…」
「それはシンディさまが個人の机の引き出しに保管されていたはずでしょう?私は触ったりしてませんよ」
「ああ、もう、何処に行ったのかしら…。
髪を編む時は、必ずあのピンクのリボンをファッションの仕上げとして髪につけないと、何か中途半端な感じで、一日の最初からテンションが上がらない。
シンディは、振り子時計をチラリと見た。7時50分を回ったところ。
馭者のペーテルさんは、8時過ぎに屋敷に来ることで約束している。
ああ……もう……なんで、見つからないのよ!
リボンなんて関係のないはずなのに、付けてないだけで、何かその日の一日の運気までが下がるような気がするのだ。 運気が下がった感じがすると、楽しいはずの日でもゴキゲンな日を過ごせないような予感がして嫌だった。
部屋の中を、くまなく探す。鏡台の後ろに、一際、赤いものが隠れるようにして、置かれている。
「あ、あった! あった!」
シンディは思わず声が漏れ出た。 でも、一体なんでこんなところに……?
シンディは、はっと、前に髪を解いた時に、鏡台の上が片付いてなくて、鏡台の後ろに仮置きしたことを思い出した。
大切なものほど、ついつい、おざなりに扱ってしまう。シンディの悪い癖だ。
結った髪の先にリボンをつけて、鏡台に自分の姿を映す。
麻織物を濃緑に染めたサロペット。農作業を手伝うには、こんな服装がちょうど良いだろう。
地味な濃緑に真っ赤なリボンは、とりわけ目を引いて、シンディの小さな顔を引き立たせた。
自分なりにコーディネートは完璧だと、シンディはつい自画自賛してしまう。
「お嬢様、朝ごはんは食べられないんですか?もうとっくに準備は出来ていますよ」
部屋の外から、ルーシーの急かす声が聞こえて来た。
「はーい、もうすぐ行くって!」
壁に掛けてある麦わら帽子をサッと取って、シンディは颯爽と食堂に向かった。
ハムと卵のサンドウィッチ、そして入れたての紅茶。ルーシーが準備してくれた朝食だ。
紅茶からは、湯気が立ち上っていて、部屋全体に、紅茶の芳しい匂いが漂っていた。
シンディは、椅子に座りもせず、サッとサンドウィッチを手に取ってかぶりついた。
ハムの冷たさと卵の濃厚な味が、口いっぱいに広がった。
「おやまあ……シンディお嬢様……美味しそうに食べられるのは、大変結構なことなんですけれど……せめて座ってお食べになりませんか?立ったままお食事とは、お行儀が悪いですよ」
「だって、馭者のペーテルさんに、8時過ぎに来てって、約束してるんですもの…待たせたら悪いでしょう?」
サンドウィッチを頬張りながら、シンディは反論する。
「馭者なんて、待つのには慣れておられますよ。それに、到着する前にお客さんが家の前なんかに立っていたら、逆に申し訳ない気持ちにさせてしまいます」
ルーシーの言うことはもっともだ。
でも、シンディは、未だにこの貴族的な考え方に馴染めない。約束より少し早いくらいに相手を待っていても良いじゃないの……平民的かもしれないが、シンディはついつい、そんな風に考えてしまうのだ。
サンドウィッチの最後の一切れを口に放り込んで、
「んじゃ、先に外に出て、ペーテルさんを待ってるね」
そう言って、飛び出すように食堂を後にした。
スペンサー王子さまとどうこうあるわけじゃないんだけど……こうやってお外に出て一緒に何か出来るのって物凄く楽しみだ……。
少しばかりデートに行く気分になったのか……シンディは少し鼻歌を奏でながら、廊下を軽快に歩いて行った。




