【第13話】お懐かしゅう存じます
親愛なる妹、シンディへ
シンディ、最近如何お過ごしですか?
カレンベルク領の檜桜はもう満開になっているのかな?覚えてる?カレンベルクのお屋敷のすぐ後ろにあった、裏山のこと。
幼い時に、あの山の上の巨大な檜桜を二人一緒に登ったことです。最近、あの時の、遠くの海を眺めたりしてたことを思い出したりします。
あの頃は、二人とも、かなりお転婆でしたよね!
あ、シンディは今でもお転婆だよね!
檜桜の上から遥か遠くに見えたあの海。
あのキラキラと輝く海は、私のカレンベルクの思い出の中でも、とりわけ煌き、輝いている思い出です。
あの海の果てには、何があるのだろう……?そんな想像にふけては、冒険を夢見たりしていました。
女として生まれた以上、冒険なんて危険な行為は、あり得ないのだけど、簡単には捨て去ることの出来ない夢だったのですね。女と生まれた定めとして、そんな夢想は捨てました。
人はそれを成長と呼ぶのかもしれませんし、諦めだというのかもしれません。
ただ、諦めたなら、とことん諦める、完全に捨て去って、振り向かない…そうしてこそ、新たな夢を追いかけることが出来るようになり、そこに成長があるのだ…と何かの本で読んだことがあります。
カレンベルク家の長女として生まれて、何か出来ないか…?
そんなことを考えていたら、結局はこの大好きなカレンベルク領を守ること……という結論に行き着いて、そして私は世界で最高の人、イェルハルド王子さまの下の嫁入りしました。
王家と縁戚関係を結ぶ、ということは、カレンベルク領の安定には欠かせないものですから、私の夢は達成出来たことになりますね!
シンディはどうするのかな?
お転婆なのは、全然治らないようですから、もっと自由に動いた方が、良いのかも知れませんね。
色々なことをやってみて、そして本当にしたいことを探してみて下さいね。あ、なんだか、私が嫌なことをやらされているみたいになってしまいましたけど、大丈夫。
私は今、とても満ち足りた生活をしています。これでも、第一王子の王太子妃なんですからね!
とは言え、こちら……ガーラシア城の生活は風習の違いもあって、なかなか王家の生活には馴染むことが出来ません。しかし王家に嫁入りした以上、この王都の風習に染まっていくのは当然のことですよね。
でも、私は幸せです。
結婚生活を維持している人には、二つのタイプがあるそうです。
この結婚は幸せだ……と何の疑問もなく、幸せを受け入れている人。そして、この結婚は幸せに違いないと、幸せだと思い込もうとしている人です。
私は間違いなく前者です。
だって、本当に幸せなんですもの……旦那様のイェルヘルドさまも、大変お優しい方で、本当に良い方ですもの。
だから、シンディも、絶対にそんな幸せを掴んで下さい。
イェルハルド様からは輿入れ以来ずっと変わらない愛を貰って、私は最高の幸福の中にいます。
そして……お腹の中の赤ちゃんもスクスクと育ってくれているようです。
宜しく頼むわよ。シンディは、この子の叔母さまなんだからね!
あ、いま、おなかの子供が動きました。
またお会いできる日を、楽しみにしています。お元気で。
あなたの永遠の応援者、アイリスより。
シンディの頬に涙が伝う。
手紙を涙で濡らさないよう、そっと閉じて机の引き出しに戻した。
大好きなアイリスお姉さま……この時は本当に幸せそうな言葉が綴られている。
しかし……イェルハルド王子からもいまだに何も説明もないし、お姉さまは王宮の奥深くに引きこもったままだともいう……。
一体何があったのだろう……?
流産してしまって、イェルハルド王子の態度が急変したのだろうか……?
とにかく、一刻も早く、お姉さまに会いたい……!
そんなことを考えていると、ルーシーの声がした。午後のティータイムだ!
一際大きな春の暖かな風が、ふわっとカーテンを揺らした。