【第12話】絵を飾りましょう
「それで……明日は学院には行かず、試験農園、とかいう場所に行かれるのですか? 明日の朝食は如何致しましょう?」
「9時くらいに試験農園に行かなきゃならないから、朝食は、朝の8時頃にお願い出来る? それと、明日は農作業を手伝えるように、動きやすい服も用意しておいて欲しいの」
ルーシーは、ふう……と少しため息をつくような感じで息を漏らし、
「了解しました。お嬢様。朝は私も結構忙しいので、少し準備が遅れてしまったら、申し訳ありません」
シンディーは注がれた紅茶に口をつけながら、
「うん、わかってる。ルーシーってよくやってくれてるよ! 感謝してる」
「感謝して頂けるのはありがたいのですが、メイドと執事を兼務してるのなんて、このガーラシア城下町で当家ぐらいなもんですよ……そろそろ専任の執事を置いて頂けませんか?」
ルーシーの言うことも、もっともだ。
普通の侯爵家ならば、執事に数人のメイド、そして用務員と警備員が数人いるのが普通だ。
なのに、このカレンベルク家のガーラシア邸では、ルーシーが執事とメイドの仕事をやり、もう一人……カールという男が用務員兼警備員をやっていて、たったの二人で邸宅の管理をしている。
質素倹約を旨とするカレンベルク家では、王都の別邸にそんな何人も人を配置する必要はない、という考え。
当主であるお父さま……カレンベルク4世が王都にやってくる時は、自国領から必要な人材をお供として連れてきて対応している。
必要な時に、必要な人数だけ、という考えが徹底しているが、それにしても、メイドと執事の兼務は、かなりのハードワークな感じがする。
シンディーは飲み終えた紅茶を自分で洗い場まで持って行く。少しでもルーシーの仕事を減らしてあげたかった。
「そういえば……お持ちになられたその、大きい額縁は何なんですか? 学院の美術の授業で書かれた絵か何かなんですか?」
「あ、そうそう!これなんだけど、スペンサー王子さまから頂いたの! ほら! 見て見て! この絵」
包みを開けて額縁をルーシーの方向に向ける。
「あ……」
ルーシーは一瞬、時が止まったかのように、動きを止めた。絵に吸い寄せられているようだ。
「これ……アイリス、さま……の絵ですよね? お美しく、そして、この世の中で一番幸せなのは自分だけだと確信しているような、幸せな表情で……」
ルーシーの目から、はらりと涙が溢れた。
その涙を見て、シンディも、もらい泣きしそうになる。
「お姉さま……今は本当に心が傷ついているはず……はやくお姉さまに会って、少しでも力になりたいのに……」
ルーシーも、お姉さまのことをここまで思ってくれている。
やはり一刻も早くお姉さまに会わなくては……シンディは決意を新たにする。
「この絵は……どちらに飾りましょうか? やはり応接間に飾るのが良いかと。もともとこの屋敷の応接間は、酷く殺風景でしたし……」
「食堂の間の方が良くない? お食事をする時、みんな一緒に食べている感じがして良いと思うのだけど……」
「ああ、確かにそうでございますね! では、食堂の間に飾るよう手はずを整えておきます」
「うん、ルーシー、ありがとう」
そうお礼を言い残して、シンディは自分の部屋へと戻って行った。
部屋に入って窓を開けると、春の暖かな風が優しく吹き込んで来て、部屋のカーテンがゆらゆらと風に呼応した。
「お姉さま……」
一人きりになると、ますます姉のことが恋しくなって来る。
お姉さまも、この春の風を、あのお城の何処かで感じておられるのかしら……。
そんなことを考えながら、シンディは机の引き出しの中から、アイリスから貰った最後の手紙を取り出した。