【第11話】期待してはダメなようです
「ただいま! ああ、もう、今日は本当に疲れた……ルーシー? 何処にいるの?」
ガーラシア城下のカレンベルク邸に入ったシンディは、玄関から奥の部屋に声をかけた。今日はほとんど早退したようなものなのに……。
色々なことが起こり過ぎて、一日が長く感じるのよね……などとシンディは考える。
この邸宅、ガーラシアの街ではそれなりの規模だが、侯爵家の邸宅としてはかなり小さい方だ。
シンプルで素朴、華美な装飾がほとんど無いこの建物は、カレンベルク家の質素倹約の家風を現している。
「あれ? お嬢さま! もうお帰りなんですか? 今日は随分と早いご帰宅なんですね!?」
奥の部屋から玄関に現れた「ガーラシアカレンベルク邸執事兼侍女」のルーシーは、少し驚き顔。
普段なら夕方に帰宅しているのに、お昼過ぎに帰宅したのだから、驚くのも当然だろう。
「ねえ、ルーシー。わたし、もう学校には行かないことになったの……カイン王子から、婚約破棄されちゃって……正直ウザかったから、すぐに婚約破棄を受け入れたのよ!」
「シンディお嬢様……婚約破棄って……そんなに簡単に決められてしまって宜しいのでしょうか……? 王族貴族の婚約は両家にとって一大事かと……」
それは確かにそうだろう。
しかしこの婚約破棄は、カイン王子から一方的に告げられたものだ。こちらからどうこう出来るものではなかった。
「まあ、お父様には事情をお手紙で知らせておくわ。ルーシー、便箋ってまだあったっけ?」
「執務机の引き出しに入っていると思いますけど……ところで、アイリス王太子妃さまとの謁見はどうなったのですか?」
心配そうな顔をしながらルーシーは尋ねる。とにかく、今のカレンベルク家にとっての一番の心配事は、アイリス王太子妃のことだ。流産したということ以外、何の情報も得られていない。
具合が悪いのであれば、一度この邸宅で療養することも提案したいのに……。
一体どうなっているのか、カレンベルク家の人間は誰も分からないのだ。
「カイン王子さまのお話では……お姉さまは誰にも会いたくない。私とも会いたくないとか言っているらしいのだけど……来週にカイン王子さまから、正式な回答を貰うことになったのよ,でも、あんまり期待出来ないかも……」
「婚約破棄されたのに、アイリスさまの件をお願いされたのですか?」
「少し脅してやったら、言うこと聞いてくれたわよ。まあ、あまり期待出来そうにないんだけどね……あ、そうそう、今日、凄い人と出会っちゃったの!
シンディは部屋着に着替えながら、声を弾ませて話を続ける。
「学院の廊下をね、急ぎ足で歩いてて、曲がり角で、ある男の人とぶつかってしまって、なんとその人は第三王子のスペンサー王子さま! ねえ、凄いと思わない?」
「なんだかありきたりの恋愛小説の出会いの場面、そのままじゃないですか……? それで、何かあったのですか?」
「その後にね、スペンサー王子さまの研究室でお話して、凄く意気投合したのよ! そして、明日、試験農園のお仕事を手伝うことになったの! これって、新しい出会いって感じ! なんだかワクワクするわ!」
ルーシーはシンディの顔をじぃ……と見つめ、
「お嬢様……貴族の婚儀は王族との縁戚関係を結ぶことで、貴族同士のパワーバランスで決まるものです。当家……カレンベルク家は、アイリスさまが王太子妃になられている以上、王位継承権の高い王子との結婚は難しいでしょう。当家が貴族の中で力を持ち過ぎることになります」
あまりに真剣なルーシーの眼を見て、シンディはゾクッとした。
そうなのだ。
貴族の家に生まれた以上、結婚は政治的な動機で決定される。自由な恋愛結婚なんてのは、立場的に無理なのだ。
「そんなこと、分かっているわよ。ただ、色んな人と知り合ってお話して、新しい世界を知るのが楽しいだけよ」
「それならば、宜しいのですけど……第三王子さまとご結婚のようなことは、ゆめゆめ、お考えなさらないように……!」
聞きたくない現実をルーシーから改めて告げられると、少し寂しい感じがする。
が、今は婚約破棄で、自由の身だ。色々な人と交流するのに躊躇うことはないし、これが何か新しい出会いに繋がれば、それはそれで新しい世界が待っている感じがするのだ。
とにかく何か楽しい未来が待っているんじゃないかというドキドキ感をしばらく楽しんでも、バチは当たらないだろう。




