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【第10話】名前で呼んでください

 スペンサーから(もら)った絵を(かか)えながら、シンディは階段を降りて行く。

 シンディは、途中で何度も絵を見てしまう。絵の中の姉の絵は生き写しのようで、絵の中に話しかければ、返事が聞こえて来そうな感じがすらする。


 階段を下り終えるとそこは学院の玄関。そして玄関前には、沢山の馬車が列を連ねて待機している。

 学院の貴族令嬢は授業が終われば、各々(おのおの)の屋敷には、この馬車に乗って帰って行くのだった。

 シンディは絵を落とさないよう注意をしながら、一番前の馬車に乗り込んだ。


「お嬢様、カレンベルク(てい)までで宜しいんですかい?」


 馬車の馭者(ぎょしゃ)が振り返ってシンディに話しかけた。


「あ、今日の馭者さんはペーテルさんなんですね。はい! カレンベルク家の屋敷までお願いします」


「了解でさあ、お嬢様」


「ペーテルさん、お嬢様じゃなくてシンディさんって呼んで下さいませんか? お互い、名前で呼びあった方が良いでしょう?」


「はいはい……そうでしたね、シンディさん。では、お屋敷に向けて出発しますよ」


 ペーテルは手綱(たづな)でポンと馬に合図を出すと、馬はパカパカとゆっくり歩き出した。

 馬車の窓から首を出して遠ざかって行くガーラシア城の姿が目に入る。

 いつ見ても、この桁違(けたちが)いの壮観な城の姿には圧巻(あっかん)される。このお城の何処(どこ)かに、お姉さまがいる……そう思うと会いたい気持ちが更に高まって来る。

 シンディは再び絵に視線を向けた。


「シンディさん、その絵は何なのだい? 随分(ずいぶん)と大事そうに持っているけれども……」


「ペーテルさん、この絵、スペンサー王子さまが描いて下さった姉上……アイリス王太子妃の絵なんです!」


「ああ、前に言っていたね。シンディさんのお姉さんは王太子妃さまってねえ……」


 馭者のペーテルは時折(ときおり)振り返りながら話しかけてくる。

 見た目は、かなり若い。

 年齢は、20歳前後だろうか……?


 ホワイトブロンドの長めの髪を無造作(むぞうさ)(たば)ねて、口から(あご)にかけて無精髭(ぶしょうひげ)がある。

 その髭が陽光に反射して、金色にキラキラと輝いていた。口調は少し老けた話し方をしているが、それはおそらく馭者、という職業柄でそうなのだろう。


「あ、そうだ! ペーテルさん、私、この学院を辞めることになったんです」


「おお、なんか……急な話だねえ」


「私、さっきまでカイン王子さまの婚約者だったんですが、カイン王子さまから婚約破棄破棄を告げられました。花嫁修行で来てたので、もう来る必要がなくなりました」


「そうなんですかい……いやあ、残念ですね……シンディさんって、馭者の間じゃあ、ちょっとした有名人だったんですよ。馭者の名前を覚えて、必ず名前で呼んでくれるって……この他の貴族の皆様は、行き先を告げる以外、何も話したりしねえもんで……」


 ペーテルの話は本当なのだろう。

 ここの貴族は馭者を貴族社会の付属品のように扱っている人がほとんどのようだからだ。


「あ、でもペーテルさん、私、来週のお昼に所用で学院に行かなきゃならないんです。当日のお昼前にカレンベルク邸まで迎えに来て頂けますか?」


「シンディさんの頼みとあれば、私はどこでもお連れしますよ。では、来週、シンディさんのハイヤーとしてお迎えにあがりますわ」


「あ、それと……明日なんですけど、朝の9時までに、ガーラシア城の試験農園に行かなきゃならなくなったんです。明日も予約しても(よろ)しいでしょうか?」


「農場ですかい? シンディさん、本当に変わったお嬢様ですなあ……土まみれになるような場所に好んで行かれるとは……では明日の8時過ぎには屋敷の前で待機しておきますわい」


 とペーテルは穏やかに微笑(ほほえ)みながら答えた。


 馬車は王城の丘を下り、(ふもと)の貴族屋敷が立ち並ぶエリアへと進んで行った。その中でも特に質素な(たたず)まいのカレンベルク邸が見えてきた。


 シンディは明日約束があることが、たまらなく(うれ)しかった。

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