第三章閑話 元 前編~名も知らぬ女ったらし~
短編も早いもので三作目。
今回は三章で登場した不良、鮫島元のお話です。
竜司と出会う元は一体どんなんだったのでしょうか。
楽しんでいただけたら幸いです。
後、作中で広島弁が出てきますが“たいぎぃ”というのはめんどくさいという意味です。
ではどうぞ。
2012年 五月 とある病院 手術室前
手術を待つ老婆と少年。
かれこれ待って六時間になる。
この少年が鮫島元。
当時十二歳である。
老婆は鮫島フネ。
元の祖母。
当時八十四歳。
やがて上の手術室ランプが消灯する。
中から医者が出てくる。
表情は暗い。
医者は重い口を開ける。
「申し訳ありません……
我々では手の施しようが無かった……」
それを聞いた元は力無く両膝をつく。
「何でや……
何でや……
うわぁぁっぁぁぁ!」
両膝をつき、倒れこみ大声をあげて泣き叫ぶ元。
「元……」
フネが側へ寄る。
元は両手でフネを掴み、感情のままこの世の理不尽さを問う。
「ばあちゃんっ!
助かるゆうたやないかっ!
父ちゃんは強いから平気やって!
何でやっ!
何とかゆうてくれやぁぁぁぁっ!」
「元……
堪忍な……」
泣きながら自分を掴む元を見てフネは静かに泣いていた。
これは昔の夢。
元の十二歳の誕生日、父親が勤務中の大事故で急逝してしまう。
翌日、元の元に遺品として血塗れでしわくちゃになったプレゼントが届けられる。
それを見て父親の死を痛感する。
翌日から元は変わった。
ガムシャラに体を鍛えるようになった。
フネに頼み竜儀の式も執り行う。
使役する竜は父親に付いていた震竜。
名をベノムと言う。
本名はベンダ・ノ・ムール。
父親は要人警護の職に就き、SDPとして活躍していた。
今回の事故も身を挺して要人を護った結果だった。
元の父親はよく言っていた。
「ええか元。
強うなるんや。
周りの人を色んな脅威から護れる様にや」
と。
元は父の死を痛感した時からこの言葉を金言とし、言葉通り実践する事になる。
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2017年 七月 鮫島家縁側。
元は目を覚ます。
「夢か……
気持ちようなって寝てしもたみたいやな……」
今日は月曜日 午前十時。
元は出かける事にする。
「ベノムー行くぞー」
体が灰色の竜がのそりと起き上がる。
無言で黙ってついてくる。
現在元は十七歳。
近辺の高校をまとめる大番長だ。
先日も暴走族を一チーム壊滅させた。
物凄く強くなった元だったが、どこでどう間違えたのか
今では近辺の不良三百人強をまとめる大番長になってしまった。
「もうワイの敵はおらんなあ」
最近では普通の喧嘩に飽きてしまった元だが、最近思いついた事がある。
「そうや、竜河岸なら強い奴いっぱいおるやろ」
元は先日から竜河岸を見かけると喧嘩を吹っ掛けるようになっていた。
しかし戦闘用のスキルを持つ竜河岸が早々に居るはずもなく
ただただ元が殴って病院送りにしていただけだった。
「ちゃうなぁ……」
ここで元はやり方を変える。
自分に付き従う不良を使って情報を集めるようになる。
今日出向く先は茨木市。
情報によると茨木市に強い竜河岸がいるらしい。
阪急電車 梅田駅
「ところでその竜河岸ってどんな奴なんや?」
元は付いてきた舎弟に聞いてみる。
(ヘイ鮫島さん。
聞くところによると北摂あたりの高校で一番強いやつらしいですよ)
「へえ、なかなかやるやないけ」
(でもそいつ変わったやつらしくて
鮫島さんみたいに近辺の高校を制圧するとかじゃなくて別の事に興味があるらしいですよ。
それってなんだと思います?
鮫島さん)
「んなもん知るか。
何や?」
(オンナですよオンナ。
そいつめっちゃ女ったらしらしいですよ)
「何やタレ、カくんに忙しい奴か。
そいつホンマに強いんか?」
(強さはホンモンらしいですわ。
北摂でそいつにケンカ売るやつおらんって言いますもん)
「まあええわ。
とりあえず茨木行くで」
元と舎弟は電車に乗る。
揺られる事三十分。
(茨木ー茨木ー)
「お、着いたか。
降りるで」
駅から外に出る三人。
(さて、どうします?
鮫島さん)
「ばーちゃんが言うには竜河岸同士惹かれ合うらしいからな。
とりあえず歩いてれば出会うやろ」
元、舎弟、ベノムの三人は歩き出す。
茨木心斎橋商店街
元は体格がかなり大きく、尚且つベノムも連れているため目立つ。
大阪のおばちゃんがグイグイ話しかけてくる。
(兄ちゃん、ええ身体しとんなあ。
何やこの竜、兄ちゃんのか?)
大阪のおばちゃんが数人ペタペタベノムを触っている。
「そうや」
(何や目がミカンみたいな色やな。
アメちゃん食べるか?)
おばちゃんが包み紙を広げ飴玉をベノムに差し出す。
無言で長い舌を出し飴玉を掬い口に入れるベノム。
何も言わないが口に広がる甘さに顔がほころんでるようだ。
(ハハッこの竜、喜んどるわ。
どや?
おいなりさん食べるか?)
おばちゃんの一人が稲荷寿司が入ったタッパーを取り出し、ベノムに向ける。
飴玉が入ってるのにも気にせず食べる。
「おっ旨そうやないか。
ワイも一個もらうわ」
元は稲荷寿司を一つ食べる。
「ごっつ旨いやないか。
おばちゃん料理上手やないけ」
(兄ちゃん、オジョーズやないか。
煽てても何もでーへんで)
場がどっと沸く。
(どや?
きんぴらさんもあるで)
(ようかん食うか?)
おばちゃんらが次々とタッパーを取り出す。
それぞれの食べ物をベノムに与える。
あっという間に人だかりが出来る。
ちょこちょこ元も摘まんでいる。
「どれもこれも旨いなあ」
元は親指についている汁を舐めながらご満悦だ。
(鮫島さ~ん、今日の目的忘れてません?)
舎弟がウンコ座りで屈みながらブー垂れる。
「あっいかん。
忘れとったわ。
じゃあなおばちゃんら、ワイ用があるからそろそろ行くわ」
元ら三人は歩き出す。
「しっかしおらんなあ。
ばーちゃんウソついたんか?
なあベノム」
元はベノムの方を向くが、いつの間にか居なくなっている。
「あれ?
ベノムがおらん。
ベノムー」
(あ、鮫島さん。
あそこですわ)
舎弟の指さす方にベノムが居た。
店先をじっと見つめている。
「何や、どうしたんや」
ベノムがいる所まで戻る二人。
元が上を見る。
おもちゃのつじ
上にそう書いてある。
ベノムは店先にあるおもちゃに夢中だ。
テンテケテンテンテンテケテンテン
ピヨピヨピヨピヨ
マーチングバンドの衣装を着たクマが小太鼓を叩き、笛を鳴らす。
ただそれを繰り返すだけの変哲のないおもちゃだがベノムはずっとその動きを見つめている。
【…………良い】
ぽつりと一言。
ずっとそのまま見つめている。
二十分後
まだ見つめているベノム。
そろそろ業を煮やす元。
「もうええやろベノム。
いこーや」
【…………良い】
おもちゃに夢中になったベノムとは会話にならない。
ついに元はそのおもちゃを買うことを決めた。
「おっちゃん、これくれや」
そのクマのおもちゃを持って中に入る。
数分後元が袋を持って出てくる。
「ほらベノム、買うたったで。
これでええやろ。
ほな行くで」
ようやくベノムは動き出した。
本来の目的の竜河岸探し再開。
「おらんなぁ……
ん?」
向こうの方に赤い竜が見える。
その前に何人か居るようだ。
「おっ、いたいた。
よし行くで」
その赤い竜を目印に元達三人も動き出す。
五メートル後ろまで近づく。
元は少し様子を見る事にした。
(やーだー。
カルちゃんたらー)
(ねぇ~ん、カルカル~ぅん。
次のお休みどこ行こっか~ぁ)
「へへへ、アケミちゃん相変わらずええチチやのう。
またおっきなったんちゃうか?
ヨーコちゃん、次の休みは海遊館にでも行こうか」
(やっぱりそうかなぁ?
ずっとカルちゃんが触ってるからだよぅ)
(やったぁ。
アタシ、マンボウ見たいー)
赤い竜が邪魔で良く解らないがおそらく前は三人歩いているのだろう。
そんな三人の会話に元は手で顔を覆う。
「オイ、ホンマにあいつ強いんか?」
(そ……
そのはずなんスけどねぇ……)
元はまだ見ぬ相手の振る舞いに疑問を持つ。
とりあえずついていく事に。
茨木市中央公園
前の三人は公園のベンチに腰掛ける。
ようやく対面だ。
男は茶色のパーマヘアでサングラスをかけ、座っていて良く解らないがおそらく身長は百九十ぐらいあるだろう。
七分丈のアロハシャツを着こなし、シルバーチェーンを付けた黒いズボンを履いている。
「よう兄ちゃん」
元は話しかける。
「アケミちゃん、チューしようや。
ん~~……」
男は無視して右の女性に口を近づける。
(いや~ん、カルちゃんたらぁ。
人が見てるってばぁ)
この態度に元はブチ切れた。
「無視すんなやっ!
このダボがぁっ!」
男の顔面に元の右ストレートが炸裂。
豪快に吹っ飛ぶ男。
ベンチを飛び越し、地面に倒れる。
両隣の女性が悲鳴を上げる。
(キャアッ!)
「あれ?
何や弱いやんけ。
どうゆう事やお前っ!」
元はギロリと舎弟を睨む。
(ヒエッ!
こんなはずじゃあ……)
そんなやり取りをしていると男がむくりと起き上がる。
「痛ったぁ……
お前……
何晒しとんのじゃあっ!」
男はそう言い終わるが早いか飛び上がり
余所見をしていた元の右頬に右飛び蹴りを喰らわす。
ジャンプ力の高校生平均が凡そ五十八センチ~六十四センチ。
この男は少なく見積もってもその三倍は高く飛び上がっている。
余所見をして油断していた元は強烈な右飛び蹴りを喰らい、意識が断ち切れる。
第一戦 元VS名も知らぬ男 元の敗北(右飛び蹴り)
中編に続く