第二章閑話 カンナ 後編
校舎外
【この辺りですか……】
校舎の裏手に回る。
居た。
さっきの不審者が屈んでいる。
左手には古新聞。
右手にはジッポライターを持っている。
(フィヒヒィ……
ぼぼっ……
僕はげげっ……
現場に火まで付けてしまうんだな……
そそっ……
そしてあと七人供物を捧げて……
宅間神を超えるんだな……)
下卑た薄笑いを浮かべゆっくりと新聞に火を近づける。
「そこで何をしているのですか?」
グースが後ろから声をかける。
不審者の背中がびくっとなる。
(ななっ……
何の話なんだな?
ぼぼっ……
僕は偉業を成し遂げようとしているんだな……
だからっ……
じゃじゃっ……
邪魔をするなぁっ!)
不審者は勢いよく振り向き、素早く持ち替えたナイフをグースの太腿に突き立てようとする。
が、そのナイフは瞬時に赤茶色くひび割れる。
太腿には当たるがナイフは錆びた粉になり霧散する。
(へ……?)
グースは溜息をつく。
「全く下種な人間が……
カンナ様のご学友を傷つけた罪は重い……
さて……
どこから腐り落ちたい?」
グースの目が緑色に光る。
(ヒエッ)
不審者はたまらず手荷物を投げつけ脇から逃げようとする。
「くっ……
無駄な足掻きを……」
グースの目の光が輝きを増す。
ギュオッ
不審者の左腕が一瞬で痩せこけ腐り落ちる。
だが左腕を押さえたまま不審者は走り去っていった。
「逃がしません」
グースは追う。
不審者は体格と左腕の痛みで歩みは遅い。
そのまま校舎内に入る。
グースも校舎内へ。
不審者は家庭科室へ向かっている。
「え……?」
何故か外に出ていたカンナと鉢合わせる不審者。
顔が紅潮し、色めき立つ。
(フヒィィィィ!
供物供物供物供物ゥゥゥ!)
カンナに真っすぐ飛び掛かる不審者。
突然の事と恐怖からカンナは身動き出来ない。
(フヒィィィィッッッ!!!)
片手でカンナの首を絞める。
「う……
やめて……」
遅れてグースが到着。
その光景を目の当たりにする。
「貴様……」
ゴゴゴゴ
グースの怒りは瞬時に頂点に。
空気が震える。
怒りの余りグースの顔半分が竜に変化。
人の姿が解けかける程グースは怒っている。
グースの体は光線の様に瞬時に前に飛び出す。
そのまま不審者の襟首を強引に掴み、校舎の外へ連れていく。
校舎裏手
ドサリと不審者を地面に置くグース。
ようやく状況を理解した不審者は見上げる。
上に半分人の顔。
半分竜の顔の白スーツを着た何かが立っている。
(ヒェッ……
バケモノッ!)
まさしくその通りである。
その姿ははグースの怒りの度合いを表していた。
「フー……
フー……
下種な人間よ……
よもや楽に死ねるとは思うまいな……」
グースの目が緑に光る。
ボトリと右腕が腐り落ちる。
(あぎゃぁぁぁぁ!
痛いっ!
痛いぃぃぃ!)
両腕を失った不審者はダルマ状態だ。
不審者は立ち上がり逃げようとする。
「無駄だ」
グースの目が更に緑に光る。
(あぎゃっ!
痛い痛い痛い痛いぃぃぃ!)
右足が根元からごっそり腐り落ち、不審者はたまらずつんのめって転ぶ。
(ヒィィィィ……
助けて……
助けて……)
芋虫の様に這いつくばりながらそれでも逃げようとする不審者。
ゆっくりと近づくグース。
「芋虫の様に這いつくばりながら自分の愚かさを悔い、そこでかわいてゆけ」
その言葉を聞いた不審者が這いつくばりながら後ろを振り向く。
そこには両目が緑に輝く怒りに震えるグースが居た。
それが不審者の見た最後の景色だった。
数分後
不審者は消えていた。
腐りきって塵になり風に乗って霧散したのだ。
怒りの矛先が消えてグースの顔は元に戻っていた。
するとグースは後ろに人の気配を感じた。
【ん……
誰かいたような気が……
まあいいでしょう。
さて戻りましょうか】
校舎内 家庭科室前
気を失って倒れているカンナの側で屈み、手をかざす。
優しい緑の光がカンナを包む。
「う……ん」
【大丈夫ですか?
カンナ様】
「うん……」
カンナはゆっくり起き上がる。
「……あの人はどうしたの……?」
カンナは心配そうにグースの顔を見上げる。
【さぁ?
私は知りませんね。
もうどこかに逃げたんじゃないですか】
この返答はカンナに対するグースの優しさだ。
カンナも自分のために嘘をついてくれている事を薄っすら気づいていた。
「……そう……」
【さあ、家庭科室に戻りましょう】
家庭科室の扉を開けるとそこはもぬけの空だった。
同時にカンナが叫ぶ。
「あぁっ、そうだった!
みんな校庭へ避難してるんだった!」
カンナが外に出たのは校庭に避難が決まり、グースを呼びに行くために外に出たのだ。
【そうですか。
では校庭へ向かいましょう】
鳴尾小学校 校庭
そこは全校生徒が集まっていた。
今起きている事に動揺しざわついている。
カンナらは四年二組のグループを発見。
そこに向かう。
「皆さんご無事ですか?」
(おっ先生?
無事だったか。
しっかしえらい事になったなあ。
ウチの彩は無事だったから良かったけど)
「被害に逢われたご学友は?」
(安心しな。
もう救急車で搬送されたよ)
【そうですか。
それは何よりです】
(ヒェッ!)
グースの後ろで声がする。
振り向くグース。
そこにガタガタ怯えながら腰を抜かし、へたり込んでいる中年女性が居た。
「どうしたのですか?
大丈夫ですか?」
グースが手を差し伸べる。
その瞬間。
(イヤァァァァッァ!
バッ……
バケモノォォォ!)
その中年女性は泣き叫びだした。
この女性は先生だが先程の不審者とグースのやり取りを一部始終見ていたのだ。
顔が半分竜になっているグースも。
その取り乱し具合にグースの差し伸べられた手も止まり、場も凍り付く。
グースの側へ寄りズボンの裾をギュッと掴むカンナ。
「グースゥ……」
カンナはどう声をかけていいかわからなかった。
だがグースが自分や友達を助けてくれた事は確信していた。
(バケモノ……?)
ザワザワ
(あの人、竜なんだろ……?)
ザワザワ
周りからの視線に畏怖と疑惑が入り混じる。
カンナは以前の凛子とのやり取りを思い出す。
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「カンナ、竜河岸は竜と人間の懸け橋にならないと駄目なのよ」
「架け橋ってー?」
「竜の言葉ってね普通の人は解らないのよ。
だから竜が何を言っているのか皆に教えてあげないといけないの」
「ふうん」
「後ね竜は凄い力も持ってるの。
それを見た人は怯えてしまう。
そんな時も間に私達竜河岸が入って怖くないよって教えてあげないといけないの。
わかった?」
「うんっ!」
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「……バケモノなんかじゃないもん……」
意を決したカンナが今度はグースを助けようと声を上げる。
「グースはバケモノなんかじゃないっ!
哲君もユリちゃんも私も助けてくれたもんっ!
助けてくれたもんっ!」
感情のまま必死に叫ぶカンナ。
目には涙が零れていた。
「うわぁぁぁぁぁん!」
カンナはとうとう声を上げて泣き出してしまった。
周りはカンナの鳴き声が響く。
それを見ていた彩の父親がフォローを入れる。
(そうだそうだ!
先生は俺っちの腰痛も治してくれたぜ!
バケモノの訳あるかいっ!)
「おじさん……」
カンナは涙をぬぐいながら見上げる。
(カンナちゃん、安心しなっ。
俺っちはバケモノなんて思ってないぜ)
彩の父親は上から元気にサムズアップを見せる。
(そうよ!
ウチのユリだって助けてもらったもの。
その節はありがとうございました)
ユリの母親は頭を下げる。
グースを擁護する輪が広がっていく。
やがて場は収まり、全員下校する事になる。
カンナはグースと一緒に下校。
カンナは浮かない顔。
【どうかされましたか?】
「……何でもない……」
蘭堂邸
カンナは何も言わず自室に閉じこもる。
カンナは考えていた。
何でみんなあんな酷い事を言ったのだろう。
グースは私たちを護ってくれたのに。
解ってくれた人もいたけどこれから先もグースを怖がる人が出てくるのかな。
そんな事を考えている内少し居眠りをしてしまう。
トントン
【カンナ様】
扉をノックするグース。
「ん……
むにゃ」
目を擦りながら起き上がるカンナ。
扉を開ける。
「グース……
どうしたの?」
【私と少し外へ行きませんか?】
「……いいけど」
カンナとグースは外へ出る。
その折時計に目をやるカンナ。
午後五時半
カンナは一時間強ほど寝ていたらしい。
外はすっかり夕方になっていた。
「……何するの……?」
カンナが心配そうに声をかける。
【では……】
グースが優しい光に包まれる。
やがて光の中から大きな竜が現れる。
全身は抜けるような白。
瞳は優しい緑色。
全身の毛が夕方の光に照らされてキラキラ光っている。
大きな翼を少し羽ばたかせるグース。
「わぁ……」
グースの余りの美しさに息を呑むカンナ。
【さて……
では乗って下さいカンナ様】
「え……
いいの?」
【いいですよ。
さあどうぞ】
「んじゃあ……
よいしょっと」
カンナはグースの背中によじ登る。
背中の柔らかい毛がカンナのお尻に当たり気持ちいい。
【じゃあ、行きましょうか。
しっかり捕まっていて下さい】
グースは翼を最大限広げ大きく羽ばたかせる。
バサッ
カンナは下から大きな力で押し上げられるのを感じる。
周りの景色が下へスライドする。
グースの体が浮いているのだ。
それに気づいた刹那。
物凄い勢いで空へ舞い上がる。
カンナはたまらず目をつぶる。
大きな力での浮遊感が数秒続いた。
やがて止み落ち着く。
カンナが恐る恐る目を開けるとそこには絶景が広がっていた。
カンナは空に居た。
眼下に広がる街並み。
夕日に照らされ赤く染まっている。
近くの甲子園球場が小さく下にある。
遠くに六甲山も見える。
「わぁ……」
カンナは目を丸くして驚く。
【どうですかカンナ様?】
「うんっ!
すっごいよグースっ!
私今空を飛んでるっ!」
数時間前の浮かない顔はどこへやら。
カンナはいつもの元気を取り戻していた。
「グースっ!
あっちいってあっちっ!」
【お安い御用です】
「わぁー」
グースは翼をはためかせ急旋回。
風圧に飛ばされないようにギュッとグースの背中を掴むカンナ。
【気分は晴れましたか?】
「うん……
ありがとねグース」
【懐かしいですね。
主の小さい頃、落ち込んだ時によくこうして背中に乗せて飛んだものです】
「へぇ、ママにもそういう時があったんだ」
【ええ父様……
カンナ様のお爺様に叱られたとかで。
主もこの夕方の景色が大好きでしたよ】
「うん……
すっごい奇麗……」
【カンナ様、先程の件はそんなに気にしなくても宜しいですよ。
ああ言った畏怖の目線には慣れていますので】
「でも……」
【私はどこまで言っても竜。
人間とは相容れぬものです】
「でも……
皆とは仲良くしてほしいよ」
【私は自分の生活圏内に理解者がいればそれで】
「決めた!
私、竜と人間のかけはしになるっ!」
【架け橋……
ですか?
まあ良く解りませんが目的があるのは良い事です】
「うんっ!」
この一件がキッカケでカンナは“竜マニア”として青春を送る事になる。
それはまだまだ先の話。
今カンナの大きな瞳に映るのは自分の育った街。
眼下に広がる夕焼けに照らされた自分の街だった。
完