第八章 梵踊七 Victims⑩
何だ……?
この音……
ザァァァァ……
ガジャァンガシャァン……
激しい雨音に混じって聞こえて来る金属音。
やけに荒々しい。
「ナナオ、何が音を出してるかは解るか?」
【そんなもの、我に解る訳が無かろう。
……どうやら人間共が騒いでいる様だ……
出て来いだの何だと喚いておるな……】
踊七の耳には聞こえない。
湧いて来る胸騒ぎ。
置いていたコートを素早く纏う。
そしてナナオの鱗に手を添えた。
魔力補給。
「ん~~?
踊ちゃん、ど~したの~?」
お茶を淹れて来た眠夢。
両手でお盆を持ちながらキョトン顔。
「ちょっと外に行って来る。
お茶はもういい。
眠夢、お前は自分の部屋に戻ってろ」
ス……
お盆を持ったまま静かに目を閉じる。
再び開くとその眼差しは真剣な色を放っていた。
「踊ちゃん……
そんなんじゃ解らない……
ちゃんと説明して……」
眠夢の真剣モード。
静かだがその言葉には重い感情が乗っかっている。
その迫力に少し気圧される踊七。
「…………外が騒がしいんだよ。
だから様子を見て来ようと思ってな。
もし竜排会の連中ならお前は自分の部屋に戻っておいた方がいい。
訪ねて来たらずっと音楽を聞いて本を読んでたとでも言っておいてくれ」
踊七は眠夢に知らぬ存ぜぬを通せと言っているのだ。
外の喧騒は只ならぬ雰囲気。
こんな雨の中、外で騒いでいる人間なんて竜排会ぐらいしか考えられない。
巡回ならばこのアパートにもやってくる可能性がある。
だから眠夢に自室へ戻れと言ったのだ。
自分との繋がりを知られる訳にはいかない。
「そう……
解ったわ。
その代わり約束して……
18時までには絶対電話する事」
眠夢は嫌がると思いきや殊の外すんなり受け入れた。
眠夢も現在の横浜の状態は解っている。
自分と踊七の関係を知られるとまずい事も重々承知。
自分もついていく?
完全に足手まとい。
ここで待っている?
ナナオと一緒に目撃されたらアウト。
従って眠夢は一人で部屋に戻るのが一番良いのだ。
「解った。
ナナオ、お前は適当にキャンプ地……
塒に戻ってろ。
俺は様子を見てから戻る」
【フム……
そうか……
解った】
「眠夢。
まずお前から部屋を出ろ。
コッソリとな」
「うん~~
わかった~~」
既に眠夢は真剣モードを解除していた。
静かに音を立てない様に扉を開け、外に出る。
物音一つ立てず扉を閉めた。
ガシャン……
隣から扉を閉める音が聞こえた。
眠夢が部屋に戻ったのだ。
踊七は雨合羽をコートの上から着込み、ナナオと共に外へ。
ザァァァァ……
一階に降りると雨音が大きくなる。
「ほんじゃあ俺は行くわ。
ナナオ、後でな」
【ウム……】
アパートの外に出たナナオ。
降りしきる雨の中、緑の大翼をゆっくりと広げる。
バヒュンッッッ!
そのまま瞬時に真上へ飛び出し、曇り空に消えて行った。
「雨とか気にしねぇのかよ……
笑い事っちゃねぇ……」
ナナオと別れた踊七はひとまず金属音が聞こえた方向へ向かう。
通りは早歩きで。
曲がり角は前後左右を警戒しつつ、壁に隠れながら通りの様子を確認し進む。
ガヤガヤ
ザワザワ
だんだん喧騒が聞こえて来る。
「殺っちまえェェェェッッ!」
「悪魔の親子を殺せェェェェェッッ!」
「キュゥエアオアエオアエエエエッッ!」
近づくにつれハッキリと聞こえる声。
奇声も混じっている。
尋常じゃない。
狂った様な大声。
次の曲がり角。
その先だ。
狂った声の発信源は。
ゾクゥゥゥゥゥッッ!
曲がり角を曲がった踊七の目に映ったものは……
十数人の集団が角材や鉄パイプ等の凶器を一点目掛けて振り下ろしている様。
何に振り下ろしているのか?
それは雨に濡れた地面を染める紅が物語っていた。
その紅は人間の血。
これは集団私刑。
凶器を振るっている連中は傘を差していなければ合羽も纏っていない。
雨曝しなのも忘れ、一心不乱に殴り続けている。
ベキィッ!
ボコォッ!
陰惨な打撃音が次々と踊七の耳孔に飛び込んで来る。
「スゥーッ……
ハァーッ……」
踊七は深く深呼吸しながら集団へと近づいて行く。
落ち着け。
落ち着け。
こいつらを追っ払う事は簡単だ。
だからこそ、何を護って何と敵対するのかハッキリさせないと。
ただの仲間割れと言う可能性もある。
「おい……
アンタら、こんな雨の中何してんだ……?」
最後尾にいた傘を差している中年女性に声をかける踊七。
(ん?
あぁ、悪魔の家族が判明したからみんなで駆除してるんだよ)
そう言う中年女が見つめる先には……
「やめろぉっ!
やめろよぉっ!
おじさぁぁんっっ!」
「やめてぇぇっっ!
やめてよぉぉぉっっ!
おばさぁぁぁぁんっっ!」
泣きながら訴える幼い男児と女児の悲痛な叫び。
その声はこんもりとなった小さな山から聞こえて来る。
ゾクゥゥゥゥゥッッ!
踊七、二度目の悪寒。
あれは山などでは無い。
あれは……
人。
人間だ。
人間二人重なって蹲っているんだ。
血塗れの上、雨水でビショビショになっているから遠目では解り辛かった。
ベキィィィッッ!
ボコォォォォッッ!
ドカァァァァッッ!
必死の訴えをまるで聞かず、大きく振りかぶって振り下ろされる鉄パイプや角材。
ニチャリと赤い糸を引いて持ち上がる角材には乱雑に釘が打ってあった。
しかも折れ曲がっている。
何度も。
何度も。
何度も打ち据えられたのだ。
刺さった釘が喰い込み、折れ曲がる程強く。
(やあねぇ、早く終わらないかしら?)
中年女が呟く。
その呟きを聞いて。
呟いた中年女の顔を見て。
踊七は驚愕する。
何だ?
こいつは何を言っている?
今目の前に起こっている集団リンチをまるで無表情。
嫌らしい笑みを浮かべる訳でも無く、冷ややかな視線を向ける訳でも無い。
何も感情の乗っていない。
やり慣れたゴキブリやネズミを駆除しているかの様な顔で見ている。
嫌だと言うのは凄惨なリンチ現場を見てられないと言う意味では無い。
単に面倒で嫌だと言っているのだ。
異常。
明らかに常軌を逸している。
もはや横浜と言う土地の倫理観はここまで醜く歪んでいた。
チャパ……
踊七はゆっくり気付かれない様に後ろへ下がる。
生順破棄。
第一顕現、水波能売命。
ビビビビビシュッッ!
踊七の掌から撃ち出される水球群。
(死ねッ!
しねっ!
しウオォッ!?)
振りかざそうとした凶器。
暴行を加えている輩の顔。
肩。
腰と次々命中。
水波能売命自体に殺傷能力は無い。
が、暴行の手を止めるには充分の威力。
(誰だァッ!?
水ぶっかけたやつァッ!?)
グッ
踊七は雨合羽のフードを深く被り直した。
人相を悟られない為だ。
生順破棄。
第一顕現、水波能売命。
ズザァァァァーーッッ!
再び五行魔法発動。
右掌から極太の水流射出。
(プワッ!?)
(ぶわぁっ!?)
ズデェッ!
周囲の人間がどんどん倒れて行く。
よし、道が出来た。
ダダッ!
踊七は暴行を加えている現場に向かって走り出す。
走っている最中、踊七は自分の判断ミスを後悔していた。
状況確認なんて悠長な事を言っている場合では無かった。
この現場に遭遇した瞬間から行動に移すべきだった。
中年女の言う悪魔の家族とはおそらく竜河岸一家の事。
雨が降る中、暴行を加えているという異常な光景。
ここは横浜。
竜と竜河岸に対する憎しみの街。
ならば一刻も早く暴行を止めるべきだった。
踊七は水波能売命は発動したまま。
解除しない限り際限なく放出される水流。
その様はまるで消火栓からの放水。
(ななっ……!?
なんぷわぁっ!?)
(なんだこのみぶわぁっ!?)
ドテェッ!
ズデェッ!
ガランッ!
ガラガラァッ!
暴行を加えていた連中も唐突に現れた水流に戸惑い、モロに被ってしまった。
水の勢いに敗け、吹き飛び倒れる。
手から放たれた凶器が辺りに散乱。
ここで踊七は五行魔法解除。
発動
ドコォッッ!
ドカァッ!
ベキィッ!
倒れた所に三則を発動させた右足で蹴りを叩き込む。
素早く三連発。
倒れていた暴漢達が横に吹き飛ぶ。
まだ踊七の動きは止まらない。
雨合羽の隙間から素早く右手を差し入れた。
手に掴んだのは小さな木の棒。
左手でL字を象り、一回転。
バシャッ!
そのまましゃがみ、木の棒を持ったまま右掌を濡れた地面に叩き付けた。
生順破棄。
第三顕現、沙土瓊尊!
ボコォォォォォォォンッッ!
踊七の足元から樹が物凄い勢いで競り上がる。
今回踊七が出したのは壁と言うよりかは足場。
直径四メートル弱の丸い木の足場。
そのまま競り上がり、暴行されていた二人と踊七を天高くリフトアップ。
(うおっっ……!?
何だこりゃぁっ!?)
(くそぉぉぉ…………
降りて来やがれ…………)
どんどん遠ざかる喚き声。
ガンガンッッ!
ドンドンッッ!
現れた大木を折ってやろうと凶器でぶっ叩いたり押したりする市民達。
が、ビクともしない。
四メートルもの太い大木。
重機や斧でも持ち出さない限り、折れたり倒れたりはしない。
伸びに伸びたその大木はおよそ十メートルにもなる。
大木は大木なのだが五行魔法の出す木は我々が普段見ている木とは少し違う。
樹皮や葉等が全く無い。
木部のみの加工された様な状態で現れる。
触るとカンナにかけられた材木の様な触感。
十メートル上空の様子はもはや地上からは解らない。
晴天ならまだしも激しい雨が降っている状態だととてもじゃないが確認出来ない。
「ふう……
どうやら上手く行ったか……」
ザァァァァ……
ようやく周囲から耳障りだった暴力の音が消え、雨音だけとなる。
「ヒック……
ヒック……」
微かに聞こえて来る泣き声。
声は蹲って微動だにしない重なった身体の下から聞こえる。
「おい……
アンタ達……
大丈夫かよ……?」
返事は無い。
グイ
ビリビリに破れ、血と雨水でグシャグシャになった肩口を押してみる踊七。
グラァ……
ドシャァア……
一言も発さず、床に倒れ伏す身体。
それに倣ってもう一つの身体も倒れ伏した。
「………………笑い事っちゃねぇっ……」
踊七は解った。
二人共、既に息絶えている。
暴漢共は相手が人間と思わず、やたらめったら凶器を振り下ろしていたんだろう。
二人共、頭から足まで血塗れだ。
おそらく傷を負っていない箇所は無い。
伏した遺体はもはや性別すら判別が困難。
辛うじて一体の体格と衣服から女性だと解る。
何だこれは?
俺達が何をした?
ここまで徹底的に傷めつけられる様な事をしたのか?
圧倒的な悪意。
膨大な害意。
怒涛の様に襲い来る人間の負の感情に晒された二人の凄惨な結果を見て言葉が続かない踊七。
奴らは悪魔の家族と言っていた。
となるとこの二人は竜河岸?
だが抵抗した跡が見られない。
スキルを使わなかったのだろうか?
そもそも竜河岸なのだとしたら竜は何処だ?
あらゆる思惑が踊七の頭の中で錯綜する。
倒れ伏した二人の身体の下にあったのは三人の小さな身体。
覆いが取れて少し明るくなったせいかゆっくりと起き上がる。
「へ…………?」
その泣き腫らしても尚、両瞼に涙を溜めて呆けているその顔を見て顔が歪む踊七。
何故ならその幼い顔の至る所に血痕が付いていたから。
額に。
こめかみに。
頬に。
眼鏡の端に。
赤い血が付いている。
おそらくこの二人は三人を護る為だけに全ての力を使ったのだろう。
眼鏡をかけた少年は無言で立ち上がり、ヨロヨロと歩き出す。
倒れている二人の元へ向かっているのだ。
「…………父さん……
……母さん…………」
亡骸となって倒れ伏す二人を見てポツリと呟く。
下唇を力いっぱい咬み、眉をしかめ、我慢しても溢れる涙を止められずにいる。
眼鏡をかけ、センター分けの髪型。
薄汚れてはいるが理知的で上品な雰囲気。
この子の名前は山門雅久。
後に梵雅久となる三人のディレイドの1人。
「……だ……
誰……?」
少し落ち着いたのか。
踊七を見上げ、おずおずと話しかけて来るもう一人の男児。
髪は黒い短髪。
くりくりとした大きな眼に丸い鼻。
大きめの口から快活そうな印象を受ける。
が、今はその快活さは見る影も無く怯えている様子。
大きな瞳は激しく潤み、幼い頬には涙が伝った跡が見える。
そしてこの男児の顔にもポツポツと血痕が付いている。
雅久の下にいたせいか量は少ない。
この男児は野中健児。
後に梵健児となる男の子。
健児もディレイドである。
「ヒック……
ヒック……」
未だ泣き止まないのは女児。
栗色の髪をヘアゴムで止めている。
可愛らしいポニーテール。
健児よりも大きい眼をいっぱいの涙で滲ませて泣いている。
余程怖かったのだろう。
この子は佐々木陽菜。
後に梵陽菜となる女子。
雅久、健児、陽菜。
後々、踊七と家族になる三人の子供との初めての出会いだった。
ゆっくりとしゃがみ目線を健児に合わせる踊七。
「……とりあえず、安心してくれ……
俺は何もしない……
お前達の味方だ……」
「み……
かた……?」
健児はキョトン顔。
表情には未だ怯えと恐怖が拭い切れていない。
「貴方は……
一体……?」
少し冷静さを取り戻した雅久が踊七に尋ねる。
「俺の名前は梵踊七。
竜河岸だ」
【踊七よ……
さっきから見ていたが一体何をしているのだ……?】
ドキンッッ!
「うわぁっっ!?
ナッ……
ナナオかぁっ!?
お前、キャンプ地に帰ってたんじゃねぇのかよっ!?
笑い事っちゃねぇっ!」
突然後ろからナナオが声をかけてきた。
驚き、絶叫を上げる踊七。
帰るとは言いつつ、踊七が何をするのか興味が湧いたのでコッソリ雲の切れ間から眺めていたのだ。
もちろん雅久も健児もナナオは見えていた。
が、先の暴行のショックが大き過ぎて驚く事も出来ない程、消沈していたのだ。
陽菜は依然として泣いている。
「驚かせてすまん。
こいつはナナオ。
俺の使役している竜だ。
色々聞きたい事とかあるだろうけど、一先ずはこの雨だ。
移動したいんだがどうだ?」
「い……
どう……?」
「い……
移動って言ってもこんな所からどうやって……?」
健児は状況が理解出来ていない。
雅久は理解出来ているがむしろそれが原因でここから移動なんて不可能だと思っている。
何故ならここは直径四メートル程の丸い木の上。
一歩でも踏み外そうものなら10メートルを真っ逆さま。
「そこは心配しなくて良い。
俺の言う事を聞けるなら移動は可能だ。
お前達が了承するかどうかだ。
了承もせずに連れて行くつもりはない。
俺は人さらいじゃ無いからな」
「そ……
その翼竜に載せようと言うのですか……?」
ナナオを見上げる血痕が付いた眼鏡。
【小さき者よ……
我は許した者しか背に載せぬ……
貴様は我に何をもたらしてくれるのだ……?】
ナナオがゆっくり低い声で搭乗拒否。
「ナナオ。
こんな子供に凄んでんじゃねぇよ。
笑い事っちゃねぇ。
違う違う。
こう言うのは解ってるからな。
ナナオじゃ無くて俺が運ぶ」
「わ……
わかりました……
こんな雨の中にずっと居ても風邪をひきますしね……」
雅久は自信に溢れた踊七の言葉を聞き、移動の可否。
この点だけは踊七を信用する事にした。
言う通りこの雨に濡れたままだと体調に悪い。
「よし、じゃあ移動するか。
その前に……
ナナオ、亜空間を出してくれ」
【こんな所で何をする気だ?】
ギュオッ
踊七の行動は理解していないがとりあえず亜空間を開くナナオ。
「ガキども……
ちょっとすまねぇな……」
踊七は骸となった二人を持ち上げ、亜空間に格納する。
「ちょ……
ちょっと何するんですか!?」
雅久が声を荒げる。
「心配すんな。
どうもしねぇよ。
これは竜の亜空間っつってな。
中に色々、格納出来んだよ。
それじゃあ行くか。
おい、お前ら俺に掴まれ。
背中におぶさってもいいぞ」
「え……?
は……
はい……
健児……
お前は背中におぶされよ」
「う……
うん……」
言われるまま健児は背中に。
雅久は右腕に。
「ヒック……
ヒック……」
だが、陽菜だけは依然として泣き止まず動こうとしない。
「……しょうがねぇな……
ちょっと右腕から離れてくれるか?」
右腕から一時離れる雅久。
踊七はゆっくりと歩み寄り、陽菜を両手で抱き寄せた。
瞬間。
「イヤァァッァァァァァッッ!」
陽菜が絶叫を上げて暴れ出した。
「ちょ……
おい暴れんな!
笑い事っちゃねぇ!」
「ヤメテェェェェェェェェェッ!」
踊七の言葉など耳に入っていない。
暴行の恐怖に縛られた陽菜は触れるもの全てを害と認識し、藻掻き暴れる。
そんな陽菜に踊七は……
ギュッ……
力強く両手で抱きしめる。
抑え付ける様に。
「イヤァァッァァァァァッッ!」
踊七の胸の中に押さえつけられても叫び続け、拘束を解こうと藻搔く陽菜。
「……頼む…………
俺は何もしない……
味方だ……
信頼しろとまでは言わねぇ……
ただ今だけは信用して……
じっとしてくれ……」
静かに。
ゆっくりと。
気持ちを込めて語りかける踊七。
すると……
ギュッ……
叫びがピタリと止み、踊七の雨合羽を掴んだ陽菜。
「ふう……
待たせたな。
捕まってくれ。
ナナオ、キャンプ地へ戻るぞ。
ついて来い」
【解った】
雅久も陽菜と共に踊七の胸の中に納まる。
二人を強く抱えた。
背中には健児。
両腕には陽菜と雅久。
全員が踊七に捕まった状態。
発動ッッ!
心の中で強く念じる踊七。
魔力注入発動。
全身に集中させた魔力が一斉に起爆し、身体能力を飛躍的に上昇させる。
ダァァァァァンッッ!
両脚に力を込め、思い切り跳躍する踊七。
瞬く間に分厚い雨雲に突入。
(うわぁぁぁっ!)
おぶさっている健児の叫び声。
雅久と陽菜は何も叫ばず、ギュッと踊七の雨合羽を硬く掴んでいる。
踊七達は大きな放物線を描き雨雲の中を掘る様に進む。
雲を抜けた先は大きな通り。
「あれは本牧通り……
なら」
現在地を把握した踊七。
ボコォォォォンッッ!
踊七着地。
落下速度に加え、高校生1人に小学生三人の重量。
着地点のアスファルトはひび割れ凹む。
「もういっちょっっ!」
ダァァァァァンッッ!
更に踊七は跳ぶ。
今度は南方向。
再び描かれる大きな放物線。
続いて落下する箇所は首都高湾岸線。
ズダァァァァァンッッ!
踊七達着地。
周囲は車一つ走っていない。
整備も何もされていない朽ち果てた高速道路が続いている。
ドラゴンエラーが起きたあの日から湾岸線は全面封鎖となっている為だ。
ダンッッッッ!!
三度跳び上がる踊七。
今度はそんなに高くない。
既に暴行が起きた長者町から遠く離れている上に眼下は荒野。
ドラゴンエラー跡地。
既に一般人が入れない領域。
さほど周囲の目も気にしなくて良いのだ。
ザシャァァァッッ!
踊七着地。
目的地付近に到着。
ザァァァァ……
未だ雨は降っている。
「おっといけねぇ。
早く屋根のある所に……」
ダダッ
踊七は三人を抱えたまま走り出す。
目指すは荷物置きテント。
ようやく屋根のある所まで辿り着いた四人。
「よし、お前ら。
もう降りても大丈夫だぞ。
……二階さんのライト使わせて貰うか」
踊七はしゃがみ、三人を降ろそうとする……
が、離れない三人。
両眼を瞑り、両手でギュッと雨合羽を硬く掴み、身体を強張らせている。
無理も無い。
生まれて初めて味わった魔力注入の効果。
常識では考えられない。
まさ超人と呼ぶべき跳躍に晒されたのだ。
身体が強張っても仕方が無い。
ちなみに踊七が言っているライトとは現場で使っている光源ライトの事である。
「……おいお前ら。
いつまでしがみ付いてんだ。
笑い事っちゃねぇ。
もう大丈夫だっつってんだろ?」
「へ……?」
まず最初に気が付いたのは雅久。
顔を上げるとそこは薄暗い。
屋根があるのか雨が当たる感覚は無い。
ゆっくりと踊七の胸から降りる雅久。
「おい、大丈夫ならこいつらも降ろしてくれ。
こうしがみ付かれたままだと何にも出来ない」
「あ……
はい……
おい、健児……」
「へ……
が……
雅久……?」
続いて気が付いたのは健児。
「もう大丈夫だって。
降りろよ」
「う……
うん……
ここどこ……?」
「さぁ……?
とりあえず大丈夫みたいだよ」
恐る恐る踊七の背から降りる。
残るは陽菜。
だが……
「おい、陽菜。
もう大丈夫だよ。
降りろよ」
雅久の呼びかけに反応しない。
踊七の胸に顔を埋め強くしがみ付いている。
「……おい、陽菜ってば」
再び呼びかける雅久。
だが反応は無い。
しょうがないと強引に陽菜を引き剥がす。
ドテッ
仰向けに倒れた陽菜は掴んでいた体勢のまま硬く目を瞑っている。
「………………え……?」
恐る恐る目を開ける陽菜。
飛び込んでくるのは白いテントの屋根。
「ふう……
これで解放された。
ちょっと待ってろ。
すぐに灯りを持って来るから」
踊七はテントの外へ行き、ライトを被っている防水シートごと持って来る。
パチッ
テントの中を煌々とLEDの眩い灯りが照らす。
「ホレ、タオルだ。
これでまず身体を拭きな」
大きなバスタオルを三人の子供に渡す。
雅久と健児は受け取って頭と身体を拭き出した。
が……
陽菜は受け取らない。
両眼が死んだ様になり茫然自失。
「あ、陽菜は僕が拭きます」
雅久が代わりに受け取り、ガシガシと身体を拭き出す。
とりあえず三人共拭き終わり、落ち着きを取り戻した模様。
「さて……
風呂も用意してやりてぇ所なんだけど、すまねぇが風呂は……
一応準備はあるんだけどな。
ナナオが帰って来たら試してやっから今は暖かい飲み物で勘弁してくれ」
そう言いながらテント下の竈で湯を沸かす踊七。
もちろん五行魔法を使って。
「あ、しまった。
砂糖は外だけど牛乳はナナオだ……
くそっあいつ、早く帰って来やがれ」
【呼んだか?】
突然後ろから声がかかる。
いつの間にかナナオが戻って来ていた。
「うわぁっっ!!?
ナッ……
ナナオォッ!?
お前ェッ!?
戻って来てんならとっとと顔出しやがれェッ!
笑い事っちゃねぇっ!」
【何を急に喚いておるのだ……?
訳が解らん】
「……もういいや。
とりあえず亜空間出してくれ……
ってお前ずっと雨に濡れてて何ともねぇのか?」
【ん?
雨に濡れるのが何だと言うのだ?】
「いや……
まあいいや。
それより亜空間を頼むわ」
竜は基本病気にはかからない。
体温が上がろうと下がろうと病気にかかると言う事は無い。
且つ、竜の鱗は濡れてもすぐに乾く速乾性も持っている。
従って濡れると言う事象に対して何とも思わないのだ。
ギュオッ
開いた亜空間の中から取り出すのは牛乳。
湯が沸くまで誰も口を開かない。
やがて湯が沸く。
テーブルに置かれた四つの紙コップに注がれた激甘ミルクコーヒー。
「ホレ、出来たぞ。
聞きたい事は飲みながら話そう。
お前達からでもいいぜ。
何か聞きたい事はあるか?」
こう踊七が問いかけるも三人共無言。
ゆっくりとミルクコーヒーを啜っている。
ガシガシ
やれやれと言わんばかりに頭を掻く。
「……じゃあ俺から聞くわ。
……一体何があった?」
「…………多分、僕らの事をTVで見た人達が押しかけて来たんだと……」
雅久が静かにその口を開く。
「……お前ら三人共竜河岸か?」
「……らしいです……」
「らしいです?
また妙な言い方をするな。
お前らの親は少なくともどっちかが竜河岸だろ?
教えてくれなかったのか?」
「……いえ……
ウチの両親は一般人です……
健児も……
陽菜も……」
この発言を聞いた瞬間、踊七の顔が激しく曇る。
全てを察したからだ。
この三人は皆検診で判明したディレイドだと。
■ディレイド
世界各地で突発的に生まれる竜河岸。
元来両方か片方かが竜河岸で無いと生まれないが、ディレイドは両親が一般人から誕生する。
別名、遅れた第一世代と呼ばれる。
別段、身体能力など一般人と差異は無い。
両親も一般人の為、気付かずに一生を終えるディレイドも存在する。
竜河岸である為、魔力耐性と竜言語理解能力を有している。
ふと街を歩いていた時に竜の言葉が解り、ディレイドだと判明するケースもある。
ディレイドが何故生まれるかは不明。
そしてTVで現住所が公表された結果。
竜排会の連中が……
いや、普通の市民も混ざっていたのだろう。
狂った暴徒が押し寄せて私刑を仕掛けた。
反吐が出る。
ディレイドが生まれた家族とは言わば一般の家族と違いは無い。
それを寄ってたかって嬲り者にしたのだ。
横浜に蔓延している歪んだ悪意に胸糞が悪くなる踊七。
確かにドラゴンエラーで近親者を亡くした無念は解る。
が、この家族がやった訳では無い。
と言うよりか出来る訳が無い。
暴徒共は抱え様の無い怨み、憎しみを手近にぶつけているだけだ。
その様たるや何とも無様で醜い事か。
数で押し寄せ、無抵抗の家族を一方的に嬲る。
横浜市の方針をまるで殺人の免罪符か何かと勘違いして。
無抵抗の人間に暴力を振るう事に何も心を動かさず。
自分達が正義だと過信し。
暴虐の限りを尽くしていたのだ。
「…………そうか……
お前達は兄妹か……?」
「いえ……
健児も……
陽菜も近所の友達です……」
「……えらくタイミングが悪い時に二人が家に来ていたな。
親はどうしたんだ……?」
「……陽菜の両親は何処かへ行ってしまったらしくて……
健児の親は……
暴力が酷いって……
ウチに来てたんです……」
皆検診の結果が各家庭に届けられた日から二人の生活は激変。
健児の父親は地元の運送会社に勤めていたが、即日解雇。
母親のパート先でも陰湿な虐めが勃発。
結果父親は酒に溺れ何で健児なんか産んだんだと激しい夫婦喧嘩を連日起こす。
その飛び火はもちろん原因の健児にも及ぶ。
更に学校でもあからさまな虐めが始まる様になる。
しかし基本負けん気の強い健児はやり返したりして何とか凌いでいた。
だが明くる日、母親が男と共に家出。
その日に父親から受けた暴力は筆舌にし難い程激しいものだった。
到底堪え切れるものでは無く結局健児も家を飛び出し、雅久の家に逃げ込んで来たのだ。
陽菜の方はと言うと両親共、一日中泣いていた。
父親は仕事も行かず。
母親は家事もせず。
お互い言葉も交わさず、ただひたすらに泣いていた。
陽菜の境遇を憐れんでか。
はたまたディレイドなんて子供を産んでしまった事に対してか。
それは解らない。
結局、明くる日に忽然と姿を消した。
いわゆる蒸発。
両親共々陽菜を捨てて何処かへ消えてしまった。
書置き一つ残さず。
そして泣きながら雅久の家を訪ねたのだ。
この三つの家族は近所で懇意にしていた。
それに応じて年の近い三人の子供も仲良くしていた。
雅久の両親は健児と陽菜の事情はTVで知っていたが倫理観は歪んでおらず、快く二人を受け入れた。
二人共、自分で見たものを信じる性格。
健児も陽菜も優しい良い子。
いくら竜河岸だと判明したとしても性格が変わる訳では無い。
こう言う思考の持ち主だった。
……が、それが悲劇を産み出す結果になろうとは。
「…………そうか、おいナナオ。
ちょっとこいつらに話しかけて見てくれ」
【???
何だ急に……】
「いいから。
ちょっとした確認だ」
【話せと言われてもな……
おい、そこの小さき者どもよ……】
「あ、はい……」
雅久が応答。
「これで間違いないな。
この三人は竜河岸。
……ディレイドってやつか」
「……ディレイドって……
確か一般人から生まれる竜河岸の事でしたっけ……?」
「……そうだ。
よく知っているな」
「……父さんが……
教えてくれました……」
グッと下唇を噛む雅久。
泣くのを堪えているのだ。
父親が亡くなったからだろう。
親が亡くなったから哀しいと言う感覚は到底理解出来ないが眠夢の取り乱し方を見ている為、察する事ぐらいは出来る。
余程良い家庭だったんだろうな。
そう思う踊七は雅久の事を憐れむと共に羨ましくも感じていた。
「……あぁ、そうそう。
そういやお前らの名前、聞いてなかったっけな。
改めて自己紹介でもするか。
俺は梵踊七。
よろしくな」
「……僕は山門雅久……
ホラ……
健児……
自分の名前言えるか?」
「…………野中……
健児……」
「うん……
ホラ、陽菜は……」
雅久が陽菜の顔を覗き込むが未だ茫然自失の状態。
踊七が淹れたミルクコーヒーを持ちはするが一口も口にしていない。
「…………この娘は佐々木陽菜です……」
見かねた雅久が代わって紹介する。
「ガクにケンジにヒナか。
……お前ら、他に……
例えば他県とかに頼れる人間はいるのか?」
「……僕の方のお爺ちゃんお婆ちゃんは両方共、もう亡くなってます……
ケンジとヒナの方は知りません……」
「そうか…………
……う~ん…………」
踊七は腕を組んで考える。
頭を項垂れて思案。
しばらくその体勢のまま唸っている。
やがて……
「よし決めた」
お互い言葉を発さず。
どれぐらい経っただろうか。
長くも感じれれば短くも感じる。
ただ踊七の唸り声だけが微かに聞こえる場。
その沈黙を破る様に踊七が発する。
ピクン
その言葉に反応する雅久。
「お前ら全員、俺んトコ来るか?」
「え…………?」
唐突な申し出に目を丸くする雅久。
「いや、もちろん。
お前らが了承するならだぞ?
さっきも言ったけど俺は人さらいじゃねぇ」
「で…………
……でも……」
「ん?
あぁ、テント暮らしだとか思ってんのか?
違う違う。
ホレ、ガクの後ろに今一軒家を建ててる所だ。
すんげぇ広いからお前らガキ共三人来たぐらいじゃ何ともねぇよ」
バッ
素早く振り返る雅久。
眼に映るのは薄暗い中に見えるブルーシート。
踊七の言っている事が真実だと解る。
だが、雅久が言いたい事はそう言う事では無い。
「いや……
そうじゃなくて……
僕ら見ず知らずの人間ですよ?
何でそんな僕らに良くしてくれるんですか……?」
「……まぁそりゃそうか。
普通はそこ疑問に思うわな。
う~ん…………
……確かにお前ら三人はさっき会ったばかりで全く知らねぇ。
けどな……
こうして知り合っちまった。
仮にじゃあ出て行けと突き放してもお前らに待ってるのは野垂れ死にだ。
そんな寝覚めの悪ぃ事出来るかよ」
「で…………
……でも……」
「お前の両親だって他人のケンジとヒナを護っただろ?
俺はそこまで強い気持ちはまだねぇけどよ。
お前らを匿って食わしてやるぐらいは出来る。
ここなら一般人が来る事もねぇしな」
雅久は一度、健児と陽菜の方を見る。
健児は辛うじて受け答えは出来るがまだショックから抜け出せていない様子。
陽菜に至っては依然として茫然自失状態。
確かに踊七の言う通り、ここで申し出を突っぱねても行く所が無い。
金も無ければ寝る所も無い。
「……ど……
どうしてここに一般人は来れないんですか……?」
「ここは魔力が滞留しているからだよ。
知ってるだろ?
去年の暮れに起きたドラゴンエラ―。
ここはその跡地なんだよ。
お前ら、身体が怠くなったりとかは無いか?」
「…………いえ、別に……」
平然と答える雅久に驚く踊七。
「……おい、ナナオ。
こりゃ一体どう言う事だ?
本当にこの辺り、魔力が滞留してるのかよ?」
【……何故、我がそんな事を偽らないといけないのだ……?】
「……いや、まあそりゃそうだけどよ。
じゃあ何でこいつらは何とも無いんだよ」
【そんな事、我が知る訳無かろう……】
この場合、正しいのはナナオ。
言う通り現在踊七達のいる所には魔力が滞留している。
一般人が踏み入ろうものなら、瞬く間に全身が黒く変色し死に至る。
ならば何故雅久達三人は平気なのか?
それは魔力耐性が高いからである。
三人共高い魔力耐性を持っている為、滞留した魔力の影響を受けても普通に行動出来るのだ。
真っ当な竜河岸の家に生まれていれば高いレベルの竜河岸に育ったであろう。
幸か不幸かディレイドとして生まれ落ちた為、竜河岸としての才能は発揮出来ずにいた。
「おい、ガク……
お前、本当にナナオが何言ってるかわかんのか?」
「あ、はい……
今はそんなの解る訳が無いって言ったんですよね……?」
合っている。
当然だ。
雅久は竜河岸なのだから。
「……って事はこいつら俺よりも魔力耐性が高いってのか……
笑い事っちゃねぇ……
あぁそうだ、風呂でも作るか。
ナナオ、亜空間を頼む。
口は大き目で」
【フロ……
前に踊七が言っていた湯浴の事だったか……
フム、興味あるな】
ギュオッ
亜空間を開くナナオ。
口は人一人入れるぐらいの大きさ。
そそくさと入って行く踊七。
すぐ出て来たと思えば右腕にはドラム缶。
左腕には薪を抱えている。
「よっと」
ドォンッ!
ドラム缶を降ろした踊七。
太鼓の様な音を立てて地面に沈む。
薪も置いた踊七は再び亜空間へ。
ガシャガシャ
亜空間から出て来た踊七。
手に持っていたのはアルミ製の足場。
「とりあえずこんなもんか……」
テキパキと竈にドラム缶や薪をセッティング。
早々に五行魔法で水を溜め、火を点ける。
「ふう、こんなもんだろ。
ガキ共、湯が沸くまでちょっと待ってな」
パンパン
軽く手を払いながら再びテーブルに戻って来る踊七。
「あ……
あの……
今の水とか火って一体何処から……?」
狐に摘ままれた様な顔でドラム缶風呂のセッティングを見ていた雅久が尋ねる。
「ん?
俺のスキルからだよ。
……あぁそうか。
お前らは知らねぇか。
竜河岸にはスキルってのがあってな……」
踊七は竜河岸のスキルについて簡単に説明する。
「へぇ、これが……
TVで見た事ありますが本物を見るのは初めてです」
竜河岸の事は時折TV放送される事がある。
が、そんな大体的に放映はされない。
少し遅い時間にポツポツと単発でやる程度。
これは竜河岸組合の理事である源蔵らの方針。
竜河岸の能力は人間社会では異端。
従ってそんな大体的に触れ回るものでは無い。
あくまでも社会は一般人の手で成り立っていなければならない。
こう言った方針の為、基本非協力。
民放各局は番組を制作し辛いのだ。
バラエティで披露などもっての外。
創られるとしてもお堅いドキュメンタリータッチとなってしまう。
ビンワンを使役している竜河岸等は局のディレクターを勤めているがそこら辺のルールは弁えている。
雅久が見たのはたまたまやっていた竜河岸の番組である。
「俺のはその中でもちょっと特殊なやつだけどな。
火、水、木、風、雷、土。
この辺りなら多分無限に出せんじゃねぇかな?
試した事ねぇから解んねぇけど」
「なるほど……
じゃあお風呂の水は水のスキルで。
薪を燃やしたのは火のスキルと言う事ですね……」
大分落ち着きを取り戻した雅久。
両親の非業の死を目の当たりにしたにも関わらずである。
子供とは思えない冷静さ。
三人の中でも一番年上だからと言う理由だけでは無い。
どんな時にもクールでいろ。
冷静に。
周りを見て。
何をすべきかを考えろ。
弾き出した行動が間違いなら何故間違えたかをとことん考えろ。
これで大抵の困難はクリア出来る。
これは亡き父親からの教え。
雅久は教えを遵守しているのだ。
今は父さん母さんの死を哀しむ時じゃ無い。
これからどうするかを考えないと。
僕が一番年上なんだ。
健児と陽菜を引っ張って行かないと。
そう考え、踊七の申し出を了承したのだ。
唐突に訪れた過酷な状況は急激に雅久の精神を成長させた。
とは言ってもまだ年齢は10歳。
健児は8歳。
陽菜は7歳。
正真正銘の子供。
まだ誰かに頼らないと生きて行けない事は解っている。
「……合ってはいるんだけどな。
別々のスキルみたいに言うな。
水のスキルも火のスキルも一つのスキルからやってんだよ」
踊七の頭の中には五行魔法考案までの悪戦苦闘の日々が蘇っていた。
ボコボコボコ
そうこうしている内にドラム缶内の水が湯に変わり、気泡が泡立って来ている。
「お?
風呂が沸いたみたいだな」
踊七はドラム缶の側へ寄る。
ボコボコ
もうもうと湯気を立てて、気泡が次々と上がって来ている。
「あの……
これ、沸騰してませんか?」
後から付いて来た雅久。
湯気で若干眼鏡が曇っている。
「…………だな」
沸騰している湯などに浸かれる訳が無い。
とりあえず踊七は薪の火を消す。
バシャッ!
バシャッ!
料理に使うボウルで何杯か湯を捨てる踊七。
ジョボボボ
続いては五行魔法。
水波能売命で水を足し、温度を下げて行く。
「…………物凄く便利ですね……
そのスキル……」
「……まぁな。
元々はこんな使い方するつもりじゃ無かったんだけどな……」
やがて湯気の量も落ち着いて来る。
「ガク、手を入れて温度を確かめてくれ」
「あ、はい」
チャポ
静かに手を入れる雅久。
「……はい、これぐらいで大丈夫ですね」
「よし、じゃあすのこを沈めて……
はい、完成。
へぇ、下で火を炊いたのにドラム缶の縁って熱くないんだな。
よし、ガキ共。
順番に風呂入れ。
着替えに関してはワリィが今晩は俺ので我慢してくれ。
明日、三人分何枚か買って来るから」
「すいません……
色々と……
お金まで使わせてしまって……」
「バーカ。
お前らを招き入れたのは俺だ。
だから世話する為に金を出すのは当たり前だ。
ガク、お前はガキの癖に変に気を使い過ぎなんだよ」
「これは……
っ父さんがっ…………
いつも言ってた事で……
冷静に周りを常に見て……
するべき事を考えろと……」
「へぇ……
その子供らしくない気遣いは父親からか。
立派な事言うな。
ウチのクソオヤジとは大違いだ」
「踊七さんの……
お父さんは……?」
「ん?
いねぇよ。
まぁそこら辺の話はおいおいな……
でだ。
ヒナの風呂をどうするかだ……
何せ女の子だからな」
「あ、それなら僕が……
別によく一緒に入ってますので」
「お?
そうか?
解った、じゃあ任せるわ。
適当に着替えと替えのタオルも置いておくから何かあったら呼んでくれ」
再び亜空間から替えのバスタオル三枚と着替え一式を三つ出して、踊七はテントの中へと入って行く。
「おっとそういや、眠夢に電話しとかねぇと」
踊七はスマホを取り出し電源ON。
電話をかける。
プルルルル
ガチャ
「もしもし~~?
踊ちゃん~~?
も~~遅いよ~~
心配したんだから~~」
「あぁワリィワリィ。
まぁとにかく俺は無事だから安心してくれ。
んでちょっとゴタついててよ。
明日ちょっとそっちに行って説明するわ」
「えぇ~~?
今日来たのにまた明日も来るのォ~~?
まぁ~~別に良いけどォ~~」
何だかんだ言うが嬉しそうな声色の眠夢。
「まぁ詳しい話はまた明日な。
ほんじゃあ」
プツッ
通話終了。
一時間後
ポフポフ
ジッパーが閉じられているテントの入口が微かに揺れる。
ジィ~~
ジッパーが上から降ろされ、中から顔を出したのは踊七。
眼に見えるのはブカブカのトレーナーとズボンを履いて頭から湯気を立てている雅久。
「踊七さん、ありがとうございます。
いいお湯でした」
礼儀正しく風呂上りを告げる雅久。
無言で見上げる踊七。
何か薄笑いを浮かべている。
「……何ですか?」
妙な薄ら笑いに気付いた雅久。
「いや……
見事にサイズ合ってねぇなって思ってな」
「そんな事言ってもしょうがないでしょう。
僕ら子供が貴方のサイズを着こなせる訳無いじゃ無いですか……
……ってだから何ですか?」
薄ら笑いから微笑みに変わる踊七。
「言い返すぐらいには持ち直したんだと思ってな」
「……僕も落ち込んでたら誰が二人を引っ張って行くんですか……」
雅久だって落ち込みたい。
中に溢れる負の感情に沈み、身を任せて動かなければどれだけ楽だろうか。
だが雅久はそうしない。
自分は三人の中で一番年上なのだから。
踊七に自分達がどうして行くのかきちんと説明出来ないといけない。
血こそ繋がって無いが雅久は二人の兄の様な気持ちを持っている。
だから我慢しているのだ。
「……そうか。
悪い。
無神経な発言だったな。
お前ら三人はテントで寝ろ。
布団はすまねぇが枚数が無い。
手持ちは全部貸してやるからそれで寝てくれ。
俺とナナオは外で寝るわ」
「解りました。
ありがとうございます」
踊七は寝袋を外に出し、大型テントを三人に明け渡す。
三人はそのまま朝まで顔を出す事は無かった。
【踊七よ……
人間とは不思議なものだな……】
寝袋に入り、眠ろうとしている踊七にナナオが話しかける。
「ん?
どした?
急に」
【いや、貴様の動きを見ていてな……
人間は本当に他に介入したがるのだと思ってな……
マサシゲといいアイネといい……
そして貴様の今日の行動だ……
あの小さき者共はこれから我の塒で一緒に棲まうのであろ……?】
「まぁ……
何て言うか……
三人の事は成り行きだな。
同じ竜河岸として三人をあのまま放っておくなんて出来ねぇしよ」
【フム……
同胞だからと言う事か?
ネムならば馴染みと言う事でまだ解らなくは無いが……】
「……眠夢の時とはちょっと感覚が違うな……
何だろうな……
あの身寄りの無い三人を見てたらなぁ……
何かこう……
護ってやらねぇとって気がしてな」
踊七が抱いた感情はもちろん境遇を憐れんだ同情の気持ちが強い。
が、それと同等に湧いた感情は恩愛、慈愛。
解り易く言うと親子愛、家族愛に近い。
両親からの愛情と言うものを知らない踊七は自分の中に湧いた感情の正体を説明出来ずにいた。
【竜の場合は基本他を護る為に動いたりはせんからな……
どうにも他に介在したがる人間の感覚は理解出来ん……】
「もともと俺とお前じゃ生物として全然違うからな。
俺のやってる事を全部理解しろとは言わねぇよ。
まぁ面白がって見てろ。
俺もこの先、どうなるかは解んねぇけどな」
【フム……
ではそうするとしよう……】
「でもまー、その内お前もこの気持ちが解る様になるかもな。
竜界には竜しかいねぇんだろ?
地球には色んな生物がいるからな」
【我が人間の様に他に介入するとでも言うのか……
フッ……
笑わせる……
その様な事、竜が一人残らず滅びようとも有り得ん話よ……】
当作品をお読みの読者ならお気付きかも知れないが、近い内ナナオの言う竜が一人残らず滅びるより有り得ない出会いを果たす事となる。
翌日
「う……
ううん……」
雅久の目がゆっくりと開く。
両隣りには健児と陽菜。
身を寄せ合って重ねた一つの布団に入っていた。
手探りで眼鏡を見つけ、装着。
身体を起こす。
まだ現状が理解出来ていない。
少しの間、呆けている雅久。
あ、そうか……
ここは踊七さんのテントだ。
現状を思い出した雅久は布団から這い出て入口のジッパーを下げる。
次第に差し込んで来る陽の光。
どうやら外は晴れらしい。
テント外
「こら、ナナオ。
行儀悪ぃだろ。
つまみ食いすんな」
【良いでは無いか……
我からしたら少ないが人間共からしたら多いのであろ?
その中の一つぐらい構わぬではないか……
モグ……
微かにプツッとした感覚がウマイと言う事だな……
量を食べたらまた違うのかもな……】
外では踊七が竈の上に鉄板を置いて食材を転がしている。
朝食の準備。
えらく大量に焼いている。
この頃になるとナナオはあまり食べ物を食べて唸る事は少なくなっていた。
食べても冷静に美味しさの秘密を探るぐらいしかしない。
ちなみに今食べたのはウインナー。
「これは二階さん達の分も焼いてんだよ。
お前の分は別で作ってやるから食うなよ。
……お?
ガク、起きたか。
おはよう」
トングで食材を転がしながら、横目で雅久を確認。
「……何をしてるんですか……?」
「見りゃ解んだろ。
朝食つくってんだよ。
メニューは焼きポテトとウインナーとパンだ。
簡単なモンでワリィけど我慢してくれ」
「いやそれは別に構わないんですが……
それにしては量が多くないですか?
今の話だとナナオさんのは別で作るとしても四人分でしょ?」
「へっ……
なかなかイイトコに目を付けてるじゃねぇか。
笑い事っちゃねぇ。
そうだ、これは四人分じゃねぇ。
六人分だ。
お前らと後で来る建築士さんのもあんだよ」
「建築士……
って後ろの家を建ててるんですよね?
昨日何か言ってませんでした?
ここは一般人が来れないって」
「普通の建築士が来るかよ。
てか横浜でこんな所に家、建てる大工なんていねぇよ。
来るのは竜河岸の建築士だ」
ギュオッ
そんな話をしている所に亜空間が二つ開く。
中から出て来たのは赤いニッカポッカを履いた二人と赤と緑の陸竜。
竹中兄弟とエルゥ、アルゥ。
(おはようございます。
おや?
また朝食を作ってくれてるんですか?
お気を使わなくても宜しいのに。
……何ですか兄御……?
フン……フンフン……
いや、それはクライアントに失礼……
フン……フンフン……)
挨拶をしている途中から一階が耳打ち。
二階の視線が雅久に向く。
最初に気付いたのは一階だった。
(踊七さん、そちらの子供は?
まさかご子息じゃないですよねぇ)
「馬鹿な事言わないで下さいよ。
そんな訳、無いじゃ無いですか二階さん。
こいつは昨日知り合ったばかりです。
ちょっと故あって昨日から俺が世話する事になったんですよ」
それを聞いた二階は口を開けてしばらくそのまま。
驚いて言葉も出ないのだ。
くい
やがてメガネの位置を直す。
(…………ま……
まぁ踊七さんの事だからもう何が起きても驚かないつもりでしたが……
正直これは驚きました…………
えっと……
ここにいるって事はこの子も竜河岸ですか?)
「はいそうです。
確かに驚くのも解りますが、既にそう言う土地だって事ですよ。
この横浜は」
踊七は既に横浜が見ず知らずの子供を保護するぐらいの危険な土地になっていると言いたいのだ。
(そ……
そうですか……
私達が来てまだ二週間も経って無いのにそこまで……)
「いや、多分既にそれぐらいになってたんだと思いますよ。
ガク達を見かけたのは偶然ですし」
ピクン
踊七の発言に二階の動きが止まる。
(……達……?
って事はこの子以外にもいるんですか?)
「はい、テントの中に後二人います」
再び二階の動きが止まる。
(……踊七さん……
ちなみに子育ての経験は……?)
「そんなもの無いですよ。
けどどの道、こいつらは俺が世話しないと野垂れ死にですからね。
やった事無いって言って投げ出す訳には行かないですよ」
(この子の親は……
いや……
やめときましょう……
あの……
何か私達に出来る事があれば言って下さいね。
我々も子育ての経験は無いし工事が終わるまでですので何が出来るかは解りませんが……)
唐突に訪れた生活の急変に二階は精一杯の気遣いを見せる。
「気遣いありがとうございます。
さぁ、朝食が完成しましたよ。
しっかり食べて今日も宜しくお願いします」
(はい、では頂きましょうか兄御)
竹中兄弟は踊七が作った朝食を食べ始める。
「ん?
ガク、食わねぇのか?」
「いえ……
二人がまだなので……
もう起きてるとは思うのですが……」
そう言いながらチラリとテントを見る雅久。
健児と陽菜は未だ出て来ない。
「そうか……」
(モグモグ……
踊七さん。
私はこの子供達の事情は解りませんが起きてても出て来ないのは理由があっての事だと思います。
こういう時は出て来るまで待つ方が良いと思いますよ)
朝食を食べていた二階が進言。
「そうですかね。
じゃあそうします」
「気を使って貰ってありがとうございます。
けど、せっかく作ってくれたんですし、ケンジとヒナの分も中に持って行って三人で食べます」
ぺこりと二階にお辞儀をして紙皿に二人の分も取り分けて行く雅久。
「じゃあ二人の事はガクに任せる。
俺はバイト先と買い出しに行って来るわ」
「踊七さん、アルバイトされてたんですか?」
「まぁな。
でも今日で最後にするつもりだから辞める事を伝えに行くだけだがな」
「えっ?
辞めちゃっても大丈夫なんですか?」
雅久が言っているのは金の問題。
「ん?
まぁバイト先には迷惑かかるけどなぁ。
でもこちとらそんな事言ってる場合じゃねぇからな。
しょうがねぇよ」
「いや、そう言う事では無くてお金の問題ですよ」
「あぁそんな事か。
ンな事心配いらねぇよ。
別に金が欲しくてバイトしてた訳じゃねぇしな」
(フフフ……
ガクくん……
と言いましたか?
アルバイトの収入だけで一軒家なんて建てられる訳ないでしょう?
つまりそう言う事です)
ゴクリ
雅久は生唾を呑み込む。
「わ……
解りました……
踊七さん……
貴方は一体何者なんですか……?」
「ん?
ただの15歳だよ。
竜河岸のな」
あっけらかんと答える踊七。
(フフフ……
ただの15歳がネット株で巨万の富を築いたりしませんよ。
いや、失礼しました)
朝食を終えた二階が踊七に軽いツッコミを入れる。
「わ……
解りました。
いや、よくは解りませんが……
お金の心配が要らないって事は解りました」
雅久は頭が良いと言ってもまだ小学生。
株取引の事は解らないのだ。
「まぁそう言う事だ。
ほんじゃあ俺は行って来る。
服のサイズは三人共Sで良いのか?」
「はい……
多分……
いってらっしゃい」
こうして踊七はバイト先に向かって行った。
数時間後。
眠夢のアパート
コツコツ
テーブルの前に右手で頬杖を突きながら、イラつきを表す様に左人差し指で何回も叩いている踊七。
向かいにはむくれっ面の眠夢。
ぷうとホッペを膨らまし、怒っている様子。
「……だからしょうがねぇっつってんだろ?
いい加減、納得しやがれよ。
笑い事っちゃねぇ」
「そんな事言っても~~
簡単に納得出来るものじゃないデショ~~?
昨日おひっこしの手伝いしたと思ったら今日は三人の子供の世話をするだなんて~~」
眠夢は雅久達三人を預かる事に納得いっていない様子。
が、愛音のモノマネが抜けてない辺り真剣に怒っていないのが解る。
「だからって見捨てるなんて出来ねぇだろ?」
「そ~~だけど~~
昨日の今日で子供が三人おりますねんみたいな事言われてもさ~~
踊ちゃん一人でお世話出来ないデショぉ~~?」
確かに踊七の言う通り見捨てる事は出来ない。
それは眠夢も解っている。
踊七からすると雅久の両親の死を目の当たりにしているので尚更。
眠夢が納得いっていないのは道理の部分では無く感情の部分。
要は気持ちの整理がついていないだけなのだ。
ちなみに子供が三人おりますねんとは1979年にリリースされた西川きよしのシングルだが、それを眠夢が知っていたかどうかは定かでは無い。
「俺一人でやれる訳ねぇだろ。
女児もいるんだし。
お前も手伝ってくれよ」
「え……
え~~?
踊ちゃん、私達まだアレとかしてないのに~~
もう子育てとかしちゃうの~~?
いくら何でもステップアップし過ぎだよ~~」
「バッ……
バカッ!
何ヘンな事言ってんだよ笑い事っちゃねぇっ!
後で服とか買いに行くから付き合えっつってんだよっ!
それに魔力が消えたらお前も一緒に住むんだろうがよっ!」
「そ……
そぉかぁ~~
じゃあしょ~~がないなぁ~~
じゃあ、SHIPSでも行こうかぁ~~?」
踊七が自分も含めて考えてくれてたのが思いの外、嬉しかったらしく気持ちの整理も強引にしてしまった眠夢。
こうして半ばなし崩し的に眠夢は雅久達の事を了承する事となる。
ちなみにSHIPSとはアパレル店の事である。
数時間後。
ドラゴンエラー跡地
踊七はキャンプ地を目指し、爆走していた。
両手には紙袋をいっぱい持っている。
強烈な風圧に煽られながらバタバタと縦横無尽に激しく揺れている。
踊七は現在魔力注入発動中。
蹴り上げる両踵から急激に立ち昇る土煙がそれを物語っている。
途中青く大きな正方形のフィールドに侵入。
ガコンッッ!
バコンッッ!
途端に大きな音が響いて来る。
この青い正方形は二階のスキル、騒音遮蔽。
現在作業中である証。
ズザァァァァーーッッ!
右足で急ブレーキ。
キャンプ地到着。
「ちょっと遅くなっちまった。
ガキ共、腹空かせてんだろうな。
昼飯にマック買って来たけどホントにこれで良いんだよな……」
昼食にマクドナルドを買う。
これは踊七のアイデアでは無く眠夢のアイデア。
子供はね~~
みんなみ~~んな、マックのハンバーガーが大好きなんだよ~~?
眠夢の言っている事はあながち間違ってはいない。
幼い頃に食すマクドナルドの味は余りにも魅惑的。
その強烈な味は年を経ても脳内に刻み込まれている。
かくゆう筆者も幼い日に食べたフィレオフィッシュの味は忘れられない。
が、踊七はハンバーガーに良い記憶など無い。
あの虚往との食卓で食した食べ物の味なんて覚えている筈も無い。
物心ついてからもさして美味いとは思わず食していた。
あくまでも強烈に記憶されるのは普通の家庭での普通の食事では無いのかと筆者は考える。
「……へぇ、じゃあ貴方達は魔力の塊だって言うんですか?」
【何かカーチャンがそう言ってたぞ。
な?
アルゥ】
【うん、カーチャンが身体ン中で魔力を寄り集めて出来たんだってよ。
二人分だから時間かかったって言ってた。
な?
エルゥ】
「……なのに二人は双子では無いと……?」
【そもそもフタゴってのが何なのかしらねーよ。
な?
アルゥ】
【うん。
何だそりゃ?
何かの建築資材か?】
何やら雅久はエルゥとアルゥと話している。
「すっげーっ!
オッサン、スゲーなっ!
あんな高い所までひとっ飛びなんてよっ!
すんげーでっけー板とかも持ってよっ!」
(おうよっ!
竜河岸たる者っ!
己の腕二本で何でも建てなきゃなァッ!
ボーズッ!
お前も俺っちみたいな立派な竜河岸になりやがれよっ!)
こっちはこっちで何と健児がテントから出て興奮している。
おそらく現場の騒がしさに興味を惹かれ出て来たのであろう。
それよりも何よりも話しかけてるのは二階では無い。
竹中一階。
極度の人見知りで超毒舌家の兄の方なのだ。
「な……
何だこりゃ?
何でこんな笑い事っちゃねぇ状況になってんだ?」
唖然としている踊七。
(おや?
踊七さん、おかえりなさい。
……これまたえらい荷物ですね)
気が付いた二階の目に映るのは両肩口に何重も手提げの紐を下げ、両手に大型のマクドナルドの袋を持っている踊七。
「……色々とガキ共の服を買って来ましたので……
それよりも一体どう言う状況ですかコレ……」
(服……
あぁなるほど、だから二人共えらくブカブカの服を着てるんですね。
いや、ガク君は竜に興味を持ったみたいでずっと二人に質問攻めですよ。
フフッ……
それよりも面白いのは兄御ですね。
珍しく人と話してます。
いやー、兄御が家族以外と話しているのを見たのはいつぶりぐらいでしょうか。
あの子は工事を始めたらヒョッコリとテントから顔を出しまして。
やっぱり男の子ですね。
我々の作業に興味深々で。
兄御が何かする度にスゴイスゴイと騒いでましたよ)
「な……
何かすいません。
工事のお邪魔じゃありませんでしたか?」
(いえいえ、それどころか兄御が張り切っちゃって。
上手く行けば明日の午前中ぐらいには完成して竣工式が出来るかも知れませんよ)
「そうですか……
それならよ……
って明日ですかっっ!?
まだ十日も経って無いですよっ!?」
(兄御が頑張りましたからねぇ。
多分、あの子ずっと付いてると思いますから頑張りは今日一日続くんじゃないかとね)
「専門竜河岸の力を甘く見てましたよ……
あ、そうそう。
二階さん、マクドナルドはお好きですか?」
(え?
あ、はい……
まぁ嫌いでは無いですが?)
「昼飯にと思って大量に買って来たので宜しければどうぞ」
(ありがとうございます。
頂きます)
そんな話をしている中、雅久が駆け寄って来る。
「おかえりなさい踊七さん。
……本当にすいません。
そんなご面倒をかけて……」
雅久の目線は踊七の持っている大量の荷物に行っている。
「あのなガク……
これから一緒に暮らして行くんだぞ?
俺のやる事にいちいち申し訳なくなってたら身が持たねぇぞ?」
「で……
でも……
僕ら本当に昨日知り合ったばかりだし……」
「だから言ってんだろ?
お前らを世話する事を決めたのは俺だ。
だから別に気にしねぇで良いっつってんだろ。
あ、そうそう。
昼飯まだだろ?
マック買って来たから食え。
好きだろ?
マック」
マクドナルド独特の香りが雅久の鼻孔に飛び込んで来る。
くい
眼鏡の位置を直す雅久。
心なしか動揺している様子。
「ま……
まぁ……
嫌いじゃありませんけどね……
所でありますか……?
フィレオフィッシュ……」
どうやら雅久はフィレオフィッシュが好きなようだ。
それを見ていた踊七はにこりと笑う。
昨日から今日にかけて全然子供らしい所を見せなかった雅久が初めて見せた子供らしい部分に嬉しかったのだ。
「へっ……
ちゃんと買って来てるぜ。
さぁいっぱい食って大きくなれよ」
「あっっっっ!
マックだっ!
マックッ!
なぁなぁにーちゃんっ!
俺も食っていいのかっ!?」
健児がこっちに駆け寄って来た。
一階の働きぶりを見てすっかり普段通りに戻っている。
「あぁ、ケンジ。
すんげぇいっぱい買って来たからな。
いっぱい食え」
「やったぁっ!
俺、ダブルチーズバーガーッ!」
こうして和やかな昼食が始まる。
が……
「……なぁガク。
ヒナは……」
陽菜がまだ起きて来て無い事に気付いた踊七が雅久に尋ねる。
それを聞いた雅久は食べる手を止める。
「……ヒナは……
まだ布団の中です。
踊七さんが作った朝食は無理に食べさせたんですが……
外が怖いみたいで……」
「そうか……
明日には家は出来るらしいが、テントはまだそのままの方が良いかも知れねぇな。
ガク、すまねぇがもう少し看てやってくれ」
「解っています。
あの……
踊七さん、マック少し分けて貰っても良いですか?
ヒナの奴、チーズバーガーが大好きなんで」
「もちろんだ。
ヒナの分も買って来てるんだからよ」
健児は性格的な部分もあり、立ち直りは早かったが陽菜の方は思いの外重症。
一軒家が完成し、竹中兄弟が横浜を去っても。
踊七と雅久、健児が新住居で新生活を始めても。
テントの中から出て来る事は無かった。
その日数は既に新居の竣工式を終えてから十日経っていた。
ちなみにトイレは竹中兄弟が置いて行った夜に簡易トイレでしている模様。
新居があるのだから別に必要ないのだが置いておいたのは踊七の計らいである。
ある日の梵家 食卓
広いリビングに六人掛けの大きなテーブル。
これは竹中二階が備え付けたもの。
そこに座ってる雅久と健児。
傍にはナナオ。
ゴトッ!
そこへキッチンから出て来た踊七が大皿に盛られた料理を持って来る。
「よぉーし、ガキ共。
メシが出来たぞ!
さぁ食いやがれっ!」
「あっ!
俺、にーちゃんが作ったこのよくわかんねーやつ好き!
いっただっきまーすっ!」
「健児、これは青椒肉絲って言う中華料理だよ。
頂きます」
時間は夕食時。
二人は食事を始める。
健児は元気に。
雅久は行儀よく。
それぞれ食事を進める。
【ガツガツ……
フム……
これはアマイとカライとニガイが一体となってウマイを形成しているのだな……
まずまず……
踊七よ、最近ウマイを創る機会が増えて来たでは無いか……
見上げたものよ……】
もちろんナナオにも振る舞われる。
「うるせぇ、お前があーだこーだ言うから嫌でも上手くなってんだよ」
最後に踊七が席について食事開始。
「モグモグ……
お前ら、明日買い出しに行くけど何か欲しいモンあるか?」
「モグモグ……
ゴックンッ!
俺、グローブとボールが欲しいっ!」
健児はやはり身体を動かす事が好きな様だ。
「モグモグ……
僕は勉強道具が欲しいです」
対称的に雅久はインドア系。
「よし、解った。
……それとガク。
……まだヒナは……?」
「ええ……
まだ……」
さっきまで和やかだった食卓の空気が重くなった。
元気だった健児も箸の動きが遅くなる。
「……そうか。
悪い、食事を続けてくれ」
こうして夕食は終了し、また雅久は食事をテント内へ持って行く。
何とかしなきゃな。
甲斐甲斐しく食事を持って行く雅久の背中を見つめながらそう思う踊七であった。
翌日
ポツ……
ポツ……
買い出しを終えた踊七。
そろそろ帰宅しようかと思った矢先、雨が降り始めて来る。
「お?」
サァァァッ……
すぐに本降り。
雨足こそ強くないが空は一転曇り空に覆われ、視界もぼやけて来る。
「こりゃ笑い事っちゃねぇ」
急遽進路変更。
コンビニに寄り、大型の傘を購入。
バサッ
すぐに傘を差し、どうにか濡れる事は免れた。
「……別に良いんだけど……
こう言う余計な出費って何かムカつくよな……
……ん?」
ぶつくさ文句を言いながら再び帰宅しようとしていた所、何かが聞こえた。
それは小さく。
微かに。
まるで踊七にしがみつく様に耳孔に滑り込んで来た。
クゥ~ン……
クゥ~ン……
犬。
犬の鳴き声だ。
引き寄せられる様にその弱々しい声の発信元へ歩み寄って行く踊七。
クゥ~ン
クゥ~ン
辿り着いた先には踊七を縋る様な眼で見上げる仔犬が居た。
助けを懇願する様に弱々しく鳴いている。
野良……?
いや、捨て犬か。
小さな段ボールにお世辞にも綺麗と言えないタオルケット。
それと空の薄汚れたカップ。
水が入っていたのか餌が入っていたのか解らない。
一体いつからここにいるのだろうか?
まだ鳴き声を出せると言う事は日が浅いのか?
どんどん雨に濡れて体毛が萎びて行く。
おもむろにスマホを取り出す踊七。
今はもう新居の為、常時電源は入っている。
かける先はもちろん眠夢。
プルルルプルルル
ガチャ
「もしもし~~?
踊ちゃん~~?
どしたの~?」
「おう、眠夢。
お前、今ヒマか?」
「ん~~?
別に今日は学校早かったし何も無いけど~~?」
「ちょっと仔犬が捨てられててな。
今から連れて行く。
離れてるから今から一時間後ぐらいに着くと思う」
「も~~、最近子育てを始めたと思ったら次はワンちゃん~~?
そんなに家族増やしてど~すんのさ~~?」
「うるせぇ。
俺にも考えがあんだよ。
ただの同情だけじゃねぇ。
それよりか、少し弱ってる。
風呂とエサを買って来てくれないか?」
「しょ~がないな~、解ったよ~
一時間ぐらいだね~~?」
「おう、よろしく頼む」
雨晒しで捨てられていた仔犬はこうして踊七に保護される事となる。
眠夢の部屋で風呂に入り、食事を摂り、少し眠るとある程度回復し、体力を取り戻しかけていた。
わんわん
「うふふ~ワンちゃん、ちょっと元気になったねぃ~~」
だが、まだ鳴き声に弱さを感じる。
「よし、これでとりあえず死ぬ事は無いな。
眠夢、悪ぃがもう少し付き合ってくれ」
「良いけど何処行くの~~?」
「ちょっとな」
ヒョイッ
仔犬を持ち上げ、着込んだコートの胸元へ仔犬をしまう。
胸に目がクリクリの仔犬の顔がある何とも愛らしい姿になる踊七。
「何か踊ちゃん、ふぁんしーになったねぃ~~
カワイイんだけど~~……
踊ちゃん、今初夏だよ~~?
そのカッコ暑くないの~~?」
「……それな……
これ内ポケットが多くて大きいから五行魔法使う時に重宝すんだけどよ……
これもまた考えないとな」
「う~しんって踊ちゃんの魔法でしょ~?
てかだた着なきゃいいだけデショ~?」
「念の為だよ。
今の横浜だと用心せずに歩けねぇだろ?
ほんじゃ行くか」
踊七がコートを着ているのは用心の為。
内ポケットには第一~第五顕現までの憑代がたくさん入っている。
いつ竜排会の連中や狂った市民と事を構えるか解らない。
常に臨戦、迎撃体勢を取れるように。
今の横浜は竜河岸にとってそれほど危険な土地と成り果てていた。
胸に仔犬を携えた踊七と眠夢は外へ。
一時間後
JR根岸線関内駅から山手駅で下車。
そのまま南方へ徒歩で向かう。
すっかり辺りには人気が消え、踊七と眠夢二人しか居なくなっていた。
「ね~~踊ちゃん~?
いったいどこに行くの~~?」
眠夢も周りに人気がいない事に気付き、少々不安になって来た。
「……この辺りで良いかな?」
目の前には高いバリケード。
目的地はドラゴンエラー跡地の際。
「こんな所で何すんの~~?
キスしたいなら別に部屋でやれば良いのに~~」
「バッ……
馬鹿な事言ってんじゃねぇっ!
ちげぇよ!
お前にはちょっと仔犬を持っててもらいたいんだ。
ナナオを呼んで来るからよ」
踊七は仔犬を迎え入れるにあたって滞留魔力の影響を懸念していた。
打開策が何か無いかナナオに相談してみようと言うのだ。
何故そうまでして仔犬を飼いたいのかと言うと理由がある。
それは陽菜の為。
いわゆるドッグセラピー。
子犬と戯れる事で少しでも気持ちが上向きになってくれれば。
そう考えていたのだ。
踊七は子犬を眠夢に預け、一旦住居に戻ってナナオを呼んで来る。
数分後
バッ
高いバリケードを一足飛びで飛び越える踊七。
スタッ
軽やかに着地。
「おい、眠夢。
待たせたな。
俺だ」
ヒョコッ
物陰から眠夢が顔を出す。
わんわん
仔犬も一緒。
「この子、賢いねぇ~~
電車の時もおぎょーぎ良かったし~~」
「本当だな。
何か無駄に吠えない良い犬じゃねぇか」
ブワッッ
そんな話をしている中、上から大きな風圧が降りて来る。
ドスッ
ナナオ着地。
【踊七よ……
一体何だと言うのだ……?
突然我を呼び付ける等……】
「いやな……
相談ってのはこいつなんだよ。
お前、何年か前にビデオ見てちょっと興味持ってただろ?
眠夢、ちょっと貸してくれ」
そう言って踊七は眠夢から仔犬を受け取り、ナナオの鼻先に突き出す。
【ん?】
わんわん
ペロッ
愛らしく鳴き声を上げた仔犬がナナオの鼻を舐める。
【ぬおぉっ!?】
ズデェッ!
突然の事に驚いたナナオは慌てて後ろに倒れてしまう。
あの万の竜が恐れ、異界で天災と称されている卿の衆の一角。
七尾がである。
「はっは。
驚かせてすまねぇな。
話ってのはな。
こいつをウチで世話しようかと思うんだけどよ。
魔力が滞留してるじゃねぇか?
だから何とかならねぇかなって」
【こっ……
これはもしや……
イヌかっっ!!!?】
目を見開くナナオ。
最近は美味しいものを食べても静かだったナナオが久々にいきり立っている。
「いや、もしかしなくても犬だよ。
仔犬。
で、どうなんだ?
何とかなるか?」
踊七が問いかけるがナナオは返事しない。
地球に来て初めて触れ合う人間以外の生物。
しかも仔犬。
ビデオで見た時よりずっと小さくか弱く感じるナナオ。
まじまじと凝視。
恐る恐る人差し指を出す。
あの七尾が震えている。
仔犬。
そのちっぽけな存在が竜界最強の種とまで言われてる竜を震えさせているのだ。
自分の様な強者が触れたらそれで壊れてしまうのではないか?
このか弱き命は散ってしまうのではないか?
それを恐れている。
そう、この段階でナナオは仔犬に心を奪われかけていた。
仔犬は失いたくない。
護って行きたい。
親も兄妹も解らない竜に芽生え始めた慈愛……
いや偏愛の心。
ペロッ
わんっ!
プルプル震える大きな人差し指を再び小さな舌で舐めて元気に吠える仔犬。
何とも愛らしい。
ちなみに小さな尻尾は可愛らしく左右に振っている。
!!!?
ズデェッ!
再び後ろに倒れたナナオ。
「おいおい、さっきから何やってんだお前。
笑い事っちゃねぇ」
確かにナナオからすると笑い事では無い。
完全に心を奪われたのだから。
竜界三大勢力、卿の衆の一角。
七尾が完全に陥落した瞬間だった。
この仔犬。
地球上のどれだけ美味な食べ物よりも愛おしい。
護る為ならどんな敵でも屠る。
ナナオにとってそんな存在となる。
名をぽちぽちと言う。
続く




