第八章 梵踊七 Victims⑧
横浜市民皆検診。
文字通り、横浜市民全員が受ける検診の事。
検診とは特定の病気を発見する為に行う検査の事を指す。
これは横浜市民の健康を憂いて実施するのでは無い。
ならば一体何を調べると言うのか?
決まっている。
竜河岸かどうか調べる為だ。
そもそも竜河岸かどうかを調べるのは一体どうするのか?
それは竜河岸のスキルによって執り行われる。
国に依頼すれば竜河岸を派遣して対処。
採血し、その血液をスキルに通す事で判明する。
大量に確認する場合はアメリカの竜河岸。
つまりドラゴンテイマーに打診する。
横浜市総人口はドラゴンエラー後でおよそ360万人。
確認はアメリカに依頼する事となる。
理由として大量と言うのもあるが、目の届く所で竜河岸の手を借りたくないのだ。
もちろんこれは林市長の意向。
360万人から分布的に考えて100~200名の竜河岸を見つけ出す。
割合的に18000分の1。
まさに炙り出し。
費用は全部で8億6千万ドル。
日本円で1000億円弱に達する。
これを林市長は自腹で払ったのだ。
税金等は一円たりとも使っていない。
何故これだけ天文学的な資金を持っているかと言うと林市長は中東のいわゆる石油王の遠縁にあたる。
もともと全く親交は無かった。
が、ドラゴンエラーが起きた事により初めて連絡を取る。
経緯は解らないが会見を許された林はそこで横浜に何が起きたのか。
自分がどれだけ竜を恨んでいるかを語る。
中東では竜河岸は極めて少ない。
何故なら竜は悪魔と忌み嫌われ、それを使役する竜河岸は悪魔の使いとされているからだ。
元々抱いている竜と竜河岸の印象も手伝って話を聞いた石油王は全面バックアップを約束する。
中東のオイルダラーが使えるとなると極東の一市区町村をまるまる改造するなど容易い。
こうして湯水の様に金を投入。
横浜をみるみる内に憎しみの街へと変貌させて行く。
粛正隊の大募集、ケーブルテレビや新聞社の変革など。
竜と竜河岸に大きな怨みを持つ林市長の動きは止まらない。
2015年 2月 早朝
「ゼィ……
ゼィ……
あ~~疲れた……」
【フム……
踊七よ……
我には最近お前が何をやってるのか良く解らんのだが。
何をクルクル回っているのだ?】
この頃、踊七は時間を見つけてブレイクダンスの練習を行っていた。
今日も朝の練習を終えて、帰宅した所。
「ブレイクダンスっつーんだよ。
ずっと家ン中じゃ息が詰まっちまうからな。
始めたらだんだん楽しくなって来てよ」
【だんす……?
あの音に合わせてクルクル回るのの何が楽しいのか理解出来ん……
本当に人間のやる事は良く解らん……】
ブレイクダンスの凄さはナナオには理解出来ないらしい。
「あ~~、踊ちゃん~~
おはよ~~
早いねぇ~~またダンス~~?」
「おう、おはよう眠夢」
部屋に入ろうとすると入れ違いに眠夢が隣から出て来た。
「朝ご飯まだでしょ~~?
後で作って持って行くからね~~」
「おう、すまねぇな」
パタパタ
愛音のモノマネも徐々に板について来ている。
パタパタと走って降りて行く後姿も愛音が蘇った様だ。
踊七も部屋に戻り、熱いシャワーを浴びて汗を流す。
20分後。
ピンポーン
インターフォンが鳴る。
ガチャ
ドアを開けると眠夢が立っていた。
両手にタッパーを二つ抱えて。
一つは中型。
その上に乗っかってるのは大型。
おそらく下が眠夢と踊七の朝ご飯。
上のタッパーはナナオのものだろう。
「眠夢、いつもすまねぇな」
「いいよ~~、踊ちゃんにはお家賃とか~~
色々出して貰ってるんだし~~」
朝食開始。
眠夢と踊七は焼き立てのパン、卵焼きとサラダ。
ナナオのは吹かした大量のジャガイモにカレーをかけたもの。
カレーは先日の残り。
【フム……
これはなかなか……
カレエとは何と汎用性に富んだウマイなのだろうか……
コメにかけてもウマイし、じゃがにかけてもウマイ……】
ガツガツと黄色くなったジャガイモを食しながらいつもの様にブツブツと独特な食レポを展開するナナオ。
「あ~~そうそう~
踊ちゃん、こんなの届いてたよ~~」
そう言って一枚のプリントを渡す眠夢。
そこにはこう題目が記されていた。
横浜市民皆検診のお知らせ(中区長者町)
踊七達が今住んでいる場所は中区長者町。
角度的にドラゴンエラーから免れた中区の町にアパートを借りている。
ここを選んだ理由はまず通う予定の高校に近いと言う点。
それと地下鉄である伊勢佐木長者町駅が近いから。
「……ん?
何だこりゃ?
……皆検診……?
モグモグ」
齧ったパンを咀嚼しながらプリントに目を通す。
日付は今日から一週間後。
場所は横浜スタジアム。
仕事がある場合は補償金を振り込む等記載されていた。
ひとしきり目を通した踊七。
「……妙だな……」
踊七の咀嚼が止まる。
書かれている内容に奇妙な点を発見したからだ。
「ん~~?
踊ちゃん~~
どうしたの~~?
……モグモグ……」
眠夢はプリントに目は通さず朝食を食べている。
「ホラ見てみろ。
日付や場所は書いてあるけど、何の検診をするかは全く書いてねぇ」
「え~?
あら、ホント~~
一体何の検査をするんだろうねぇ~~?」
「…………お前どうするんだ?」
「う~ん……
別に行っても良いかな~~って感じ~~
別に何にも予定無いし~~
それに~~
ホラ、対象の所、長者町の住民全員って書いてあるしね~~」
皆検診の名が示す通り対象は住民全員。
踊七は無言でプリントを見つめながら考えている。
上に気になった箇所を発見したからだ。
それはこのプリントの発行元。
横浜市政策局竜・竜河岸対策課となっていた。
「………………眠夢、お前は行って来い。
俺は止めとくわ」
「えぇ~~?
何で~~?
一緒に行こうよう~~」
「…………行かねぇ人間が居た時にどうするのかが見てみたい。
んでお前が行って何をやったか教えてくれや」
「なぁにその理由~~?
よく解んないよう~~」
「何となくこの検診、キナ臭い気がする……
頼む」
朝の平凡な会話に似つかわしくない真剣な目で眠夢を見つめる踊七。
「…………も~~しょーがない子だなぁ踊ちゃんは~~
解りましたよ~~
私だけで寂しく行って来ますよ~だ。
ヨヨヨ」
ドラゴンエラーが起きてそろそろ三ヶ月。
忘れようとして忘れられるものでは無い。
眠夢は必死に新たな日常を取り戻そうとしているのだ。
やがて朝食完了。
「ふう、眠夢ごちそうさん。
美味かったよ」
【ネムよ……
最近ウマイの質が上がって来ておるな……
見上げた心掛けよ……】
「踊ちゃん~~?
ナナオちゃん、何て~~?」
「お前の料理の腕が上がってるってよ。
ナナオ、竜の癖に最近舌が肥え出して笑い事っちゃねぇ」
「ウフフ~~
ありがとうね~~、それじゃあまた後で~~」
そう言いながらタッパーを手早く片付けて隣りに戻る眠夢。
【フム……
ネムの奴、もう立ち直ったのか……?】
「いや、あれは無理してるな。
多分、周りの環境を昔みたいに戻そうと頑張ってるんだろうよ」
踊七はさっそくPCを起動してネット接続。
検索ワードは竜河岸と判定方法。
「ふうん……
判定するのって竜の魔力を吸収させないと判んねぇのか……」
だが、魔力は一般人にとって猛毒である為、仮に吸収した人間が一般人であれば死の危険がある。
HPはそう締めくくられていた。
「だよなあ……
ん?
何だ、あるなら勿体付けねぇで早く教えやがれ」
文の下に安全に判別する方法と書かれたリンクがあった。
「ふうん……
判別できる竜河岸がいるのか……
ん?
へえ、アメリカに血液を送って判別する事も出来るのか……」
ネットではある程度の竜河岸の情報は確認出来る。
もちろん個々のスキル情報などは一切アップされていないが。
「フム……
俺の気のせいかな……?」
踊七は得た情報から抱いた懸念はとりあえず払拭された。
踊七は抱いた懸念とはこの検診の目的が横浜にいる竜河岸の炙り出し。
全員採血して誰が竜河岸なのか。
竜河岸に成り得るのか確認しようと言うのでは無かろうかと。
そう考えたのだ。
が、すぐにその案が余りにも現実離れしていると考えを改めたのだ。
中区で10万人単位が消失したとしても横浜人口はまだ300万人は居る。
国に打診して判定するにしても、これだけの規模をおいそれと受けるのか?
しかもドラゴンエラーが起きた直後に。
そもそも新生児や児童なら解らなくも無いが、市民全員を判定するなんて。
となると、アメリカに空輸となる。
だが判定と言ってもタダじゃない筈。
それほどの量を判定となるとそれこそ莫大な金が必要となる。
それを何処から出す?
俺達の税金か?
憎い相手を炙り出す為と言って?
そんな馬鹿馬鹿しい金の使い方に誰もYESと答える訳が無い。
「いけねぇな……
どうもドラゴンエラーが起きてから最悪の場合を考えちまう様だ……
笑い事っちゃねぇ……」
とりあえずこの事に関しては眠夢からの報告待ちにしよう。
踊七はこの件に関して考える事を止めた。
だが、心の中はまだ引っ掛かったまま。
竜河岸の炙り出しじゃないなら何故皆検診なんか行う?
魔力汚染を確認する為か?
それにしてはタイミングが遅過ぎる。
それぐらい魔力の毒は強力な筈。
金がかかり過ぎて馬鹿馬鹿しい。
が、それ以外考えにくい。
そんなジレンマを抱きながら日々を過ごし、すぐに一週間後はやって来る。
一週間後。
「それじゃあ~~
これ片付けたら私行って来るね~~」
朝食を終えた三人。
テキパキと後片付け。
「おう、気を付けろよ。
何かあったら連絡しろ」
「うん~~わかった~~」
こうして眠夢は皆検診に出掛けて行った。
「さて……
これでどう出るんだか……」
【踊七よ……
何やら最近色々と荷物が塒に来ていたがアレは何なのだ……?】
「もしもの時の為って奴だよ。
何も無けりゃあ使う事もねぇ」
【……お前が言ってるもしもの時と言うのは先日から不穏な目で我らを見ている人間共が何かをすると言う事か?】
別に踊七は安穏と日々を送っていた訳では無い。
来たるべき日に備えて準備を行っていた。
と、言うのも踊七は薄々断定していた。
今日行われる検診はやはり竜河岸を炙り出す為だと。
何故なら日を追うごとに周囲の目が変わって行っている事に気付いたからだ。
踊七がナナオを連れて日課のダンストレーニングに出向いた際、だんだん周囲から突き刺す様な視線で見られている事に気付き始めた。
込められている感情は憎しみ、軽蔑、侮蔑の類。
特別な技能が無くても解る。
嫌なものに向ける視線。
ナナオも気付いてはいたが、踊七から構うなと言われていた為、特に気にせず暮らしていた。
しかし、そう言ったものの踊七はこれを深く捉えていた。
皆検診のプリントが送られて来た辺りからまるで転がる様に周囲の目がキツくなった。
明らかに街の雰囲気が変わりつつある。
そう考えていた。
「そうは言ってねぇよ。
あくまでも念の為だ」
ジジジジジ……
ギ―ガシャンガシャン
踊七はナナオと話しながらあるHPの内容をプリントアウトしていた。
それはキャンプ生活のハウトゥーが記載されているページ。
「よし、こんなもんだろ。
ナナオ、亜空間を頼む」
ギュオッ!
無言で亜空間を開くナナオ。
その中にプリントアウトした紙面を挟んだバインダーを格納。
【フム……
まぁお前のやる事だから何か意味はあるのだろうが……
我にはどうにも理解が難しいな……】
「人間ってのは今まで色んな経験をしてるからな。
それを使わせて貰おうってこった」
何やら意味深な事を言う踊七。
それを聞いたナナオはキョトン顔。
「時刻は……
11時……
検診が始まったな」
しばらくそのまま動かない踊七。
10分後。
ピンポーンッ!
インターフォンが鳴る。
ピクンッ
踊七の身体が反応。
ピンポーンッ!
ピンポーンッ!
ピンポーンッ!
ピンポーンッ!
インターフォンが連続して鳴る。
【踊七よ……
この音はお前を訪ねて何かしらが来たのでは無いのか?】
「まあ……
そうなんだけどよ……
ちょっと待ってな……」
ガンガンッッ!
するとドアを叩き始めた。
(梵さーんっ!
居るのは解ってるんですよーっ!?
今日は皆検診の日だって解ってますよねーっ!?)
外から聞こえる荒々しい声。
敬語を使ってはいるが声色はまるで闇金の取り立て。
「とりあえず出て見るか……」
ガチャ
踊七は玄関を開ける。
「ふわぁぁあ……
どちらさん……
ムニャ」
欠伸をしながらさも眠たそうに応対する踊七。
もちろんこれは演技。
玄関の前に立ってたのは七三に眼鏡をかけ、スーツを着た笑顔の男。
顔を見た途端、癇に障った踊七。
何故ならこの男の笑顔に見覚えがあったからだ。
そう、父親。
虚往の笑顔と同質。
いわゆる貼り付けた様な笑顔だったからだ。
(梵さん……
でお間違え無いですかぁ~?)
「そうっすけど……
おたくさん達、どちらさん?」
男の後ろには複数人いる。
お世辞にも人相は良くない。
(我々はこう言うものでしてぇ~……)
そういって名刺を差し出す男。
名刺にはこう書いてあった。
NGO団体 竜を排斥する会。
「…………ふうん……
何かよくわかんねっすけど、そのNGO団体サマが何の用で……?
ふわぁ……」
踊七はとことんすっとぼける気である。
(いやだなぁ~~
長者町の住民全員に通達したじゃないですかぁ~~
今日、検診があるってぇ~~)
「あぁあぁ……
そういや、そんな紙が来てたなぁ……
わりーわりー、すっかり忘れてたよ。
ほんじゃ、準備して行くわ。
ごくろうさん……
ふわぁ~……」
そう言って扉を閉めようとする踊七。
ガン!
が、素早く間に足を差し入れて来た男。
(いえいえ~~
私達もご一緒しますよぉ~~
車をご用意してますのでぇ~~)
「……何でだよ?
場所は横浜スタジアムだろ?
行き道ぐらい知ってるぞ?」
(いやぁ~~
何分、皆検診は会長の改革、第一歩なんでねぇ~~
来てない人達を一所に集めて全員連れて来いとのお達しなんですよぉ~~
NGO団体と言っても宮仕えとあんまり変わらないんでねぇ~~)
「…………解ったよ。
着替えて来るから待っててくれ」
(ハァイ、ではお願いしますゥ~~)
こうして一旦扉を閉める。
「あぁ、うさんくせぇったらありゃしねぇ。
どっかのクソオヤジにソックリだ。
笑い事っちゃねぇ」
そう言いながらナナオの待つ部屋に戻る。
【踊七よ……
何が訪ねて来たのだ?】
「あぁ、ただのクソだ。
それよりも出るぞ」
ジィーッ!
竜排会の人間をクソと斬って捨て、奥から取り出したコートを着込み、ジッパーを上げる踊七。
このコート。
内側にポケットが五つついている。
その中には何か入っている模様。
それぞれ、水が入った小さな醤油さし。
100円ライターの横車と火打石部分。
爪楊枝。
小さな針金。
そして土。
どれも大量に入っている。
これは全て五行魔法用。
生順破棄の憑代として使う。
■生順破棄
五行魔法の機能の一つ。
ナナオに指摘されたスキル発動時間の遅さを軽減する為に設けられた。
これにより発動時に呪文詠唱を破棄しても使用可能。
代償として発動する行をイメージ出来る物体が必要。
例)
水行:水の入った醤油さし。
木行:爪楊枝。
等
大小は問わない。
これを憑代と言う。
一度使用する毎に憑代は消失。
使い分けとしては戦闘時など喫緊の場合は生順破棄。
特に急ぐ必要が無い場合は呪文詠唱となる。
更に部屋着から履き替えたミリタリーカーゴパンツのポケットにも憑代が仕込まれている。
準備完了。
「……へへっ……
さぁ奴等、どうすんのかね……」
最初、窓から逃げようと思っていた踊七。
だがここで半ば嫌がらせに近い妙案を思いつく踊七。
「おい、ナナオ。
行くぞ」
何とそのまま玄関に向かう踊七。
ナナオを連れて。
竜排会の前に敢えて堂々と出るつもりなのだ。
ガチャ
(さぁ~~
梵さ……)
クルリと振り返った男の発言がピタリと止まる。
視線は明らかに後ろ。
人相の悪い連れの男達も全員踊七の後ろのナナオを凝視。
そんな視線をまるで意に介さず横を通り過ぎる踊七とナナオ。
「ふあぁ……
ん?
何してんだよ。
行くんじゃ無いのか?」
竜排会の面々が驚いている理由も解ってる。
が、演技の欠伸を見せつけふてぶてしい踊七。
(え……
えぇ~……
じゃ……
じゃあ行きましょうかぁ~~?)
踊七、ナナオを先頭にアパートを降りて行く。
「俺が先頭歩いてどうすんだよ。
笑い事っちゃねぇ。
集合場所なんか俺は知らねぇぞ」
(あ……
あぁ、すみませんネェ~~……)
背中越しに後ろを振り返ると男はスマホを見ていた。
「おい、スマホ見ながら歩くと危ねぇぞ」
通り過ぎて前に行こうとする男に声をかける。
(えっ!?
あっはいっ!
いいえっ!
すみません~~……)
そう言いながらもスマホから目線を外さない。
男がしきりに見ていたのはSMS。
―――
蝋崎:こちらB班。
梵踊七は竜河岸だった模様。
どうしましょう?
―――
(蝋崎さん、どうするんです?
竜河岸だったら連れて行っても意味無いんじゃ……?
ゴショ)
人相の悪い一人が小声で話しかける。
どうやら尋ねて来た男は蝋崎と言うらしい。
(ゴショ……
だから今確認してるんだからちょっと待ってなさいっ……
ゴニョ)
―――
堀江区長:ならば連れて来る必要は無い。
戦闘は極力避けるのが望ましいが、少なくとも竜の類別は行う様。
なお何も成果無しの場合は減給に処す。
いい結果を期待している。
―――
(はぁ……
類別確認するんだったら結局、戦闘になるでしょーが……
ホント堀江さんて典型的なクソ上司なんだからァ~~……)
(堀江さんは何て?
……ゴニョ)
(一応返事は来ましたヨォ……
何かしらの成果が無いと減給ですってェ~~
とりあえず何人か車に送って獲物を持って来させなさい……
この辺りに広い所は……
駐車場ぐらいですかねェ……)
ひそひそ話を続ける竜排会の面々。
「へっ……
丸聞こえだっつーの。
それにしても類別って何だ?
もう少し泳がせるか……」
踊七は何も言わずそのままついて行く。
もちろん数人別れて行ったのはちゃんと気付いている。
が、敢えて何も言わなかった。
エコロパーク横浜長者町第一
ここは長者町にあるコインパーキング。
停車している車は1、2台。
どちらも軽自動車。
この段階でおかしい。
人を集めて車に載せ、送り出すなら少なくともワゴン車がある筈。
が、踊七の目に映っているのはたった二台。
「なぁアンタ。
用意した車ってのはもしかしてアレの事じゃねぇよな?」
さすがに目撃してしまったらすっとぼける訳にもいかない。
(ん?
あぁちょっと待ってくださぁい)
踊七の言う事は流し、何処かに電話をかけている男。
(……あぁ、もしもし。
エコロパークさん?
今からちょっと駐車場が破損するかも知れませんのでェ~
出た損害については横浜市に直接請求して下さいねぇ。
場所は横浜長者町第一ィ。
それじゃあ)
プツッ
電話を切る。
(ふう……
で、何ですかァ~?
梵さぁん?)
全く話を聞いてなかった男。
「……いや、何かもう良いわ。
んで取りに行った二人はまだか?」
(……ん~~?
聞いていたんですかァ~?
全く竜河岸ってのは行儀が悪くてイケませんねェ~~)
踊七の発言で状況を把握していると判断した男。
「笑い事っちゃねぇ……
んで闘んのか?」
(えぇ、まァ。
でもアタシじゃなくて後ろの粛正隊が……
デスガねぇ~)
(へへへ……)
後ろにいた人相の悪い連中の目がギラつき出す。
一度や二度の修羅場では無い。
数多くの危険を潜って来た雰囲気。
「ふうん……
んで粛正隊って何なんだよ?」
多数の屈強な男が殺気を漲らせて見ている。
にも関わらず平然としている踊七。
殺気なんて今までいくらでも感じて来た。
別段、特に何も感じない。
(粛正隊ってのはですねェ~~
会長が集めた少々、手が速いやんちゃな連中ですよォ~
我々はバケモノ相手が日課なんでねェ~~
血生臭い事を専門とする人達がいるんですよォ~)
蝋崎はやんちゃな連中と言っているが要はゴロツキやヤクザ崩れの類。
「そういや竜排会って新しい市長が会長だったよな?
何処の世界にチンピラ囲ってる市長がいんだよ。
笑い事っちゃねぇ」
(笑い事では無いのはアナタ達の方ではァ?
スキルなんていう超能力がチラホラ見えるこの世がおかしいんですよォ~)
ガチャガチャ
(蝋崎さん、お待たせしやした)
と、そこへ獲物を取りに行っていた粛正隊が戻って来た。
持って来た武器はどれも長尺の刺股。
手早く周りに配っている。
(へへ……
さぁ、やるか)
ガシャッ!
刺股を一斉に向けて来る。
だが向けているのは踊七だけ。
【ククク……
踊七よ、これは人間の言葉で言うピンチと言う奴では無いのか?】
「バーカ、俺がこんな奴等に敗けるか。
笑い事っちゃねぇ」
(フウン……
これは丁……
いや丙類ですかねェ~?)
耳ざとい蝋崎は踊七達の会話を聞き逃さなかった。
言っているのは竜排会で取り決めている竜の類別。
乙丙丁と三種に分かれる。
乙類:竜と竜河岸の繋がりが充分見受けられ、竜河岸の危機に救援する可能性大。
丙類:竜と竜河岸の絆がある程度見られるが竜河岸の危機に手を貸さないと言う見立て。
丁類:竜河岸と竜との絆が皆無の為、竜河岸がどうなろうと手は貸さない可能性大
主に類別は竜と竜河岸との絆を強弱を区分けする事に使う。
この絆と言うもの。
一般人の竜に対する行動指針となる為、重要な情報とされる。
まず乙類の場合、相手は最高レベルの危険物と断定。
戦闘は全力で避け、情報収集に専念。
後日情報をばら撒き、物資を売らない様通達。
徹底した兵糧攻め。
丙類の場合、基本は竜河岸のみを注視。
場合によっては竜も加勢する可能性もある為、会話などから判断。
臨機応変に対応。
丁類は完全に竜は無視して竜河岸のみに対処。
大雑把に言うとこの様な形に分類。
要は規格外である竜がどれだけ脅威になるかで闘い方も変わると言う事。
蝋崎の見立てではナナオは丙類か丁類。
従って狙うのは踊七のみ。
粛正隊の竜河岸に対する戦術は昔から同じ。
刺股の様な長い獲物で距離を取って攻撃。
もちろん切っ先には毒が塗ってある。
距離を取るのはスキルを警戒しての事。
ジリ……
ジリ……
少しずつ近づいて来る。
毒が塗られた刺股の棘がギラリと光を放つ。
「大体…………
15……
いや20メートルもあったら足りるかな」
スッ
ピタッッ
踊七がコートの中にゆっくり手を差し入れた。
同時に動きが止まる粛正隊。
(皆さんッ!
何らかの武器を出す可能性がありまァすッッ!
気を付けて下さァいッ!)
踊七が獲物を出したのかと警戒を強めた。
ニヤッ……
警戒している粛正隊を尻目に薄く口角を持ち上げる踊七。
ゆっくりと出したその手には。
いや厳密には指に挟まれていたものだが、それは…………
小さな醤油差し。
中に水が入っている。
(プッ……
ワーッ!
ハッハッハッ!)
取り出した物を見た粛正隊の1人が大笑い。
余りに拍子抜けした為、緊張していた心が緩和したからだ。
無理も無い。
どれだけ危険な凶器が出て来るのかと思ってたら何の変哲も無い醤油差し。
蓋が赤い弁当や寿司などでお目にかかるスタンダードな魚型。
(ハーッハッハッ!
何だ?
てめぇ貧乏なのかよ?
空になった醤油差しを何で大切に持ってるんだよ!
ハーッハッハッ!)
水は無色。
少し離れた連中には中身が入っていない様に見えている。
こいつら、揃いも揃って馬鹿ばかりだな。
笑い事っちゃねぇ。
これが無言で見ていた踊七の思惑。
生順破棄。
第一顕現、水波能売命。
フッ
右手に持たれていた醤油差しが消失。
(あれ?
何処行った?)
ゴシゴシ
目を擦る粛正隊の1人。
(ん?
何か地面が……
ユラユラ……
キラキラして……)
また別の粛正隊が地面の影に違和感を感じた。
まるで水の入ったビニール袋を太陽に透かした様な。
それにしては大きい。
こちらの陣営をスッポリ包む程大きい。
思わず見上げてしまう。
!!!?
(何だありゃぁぁぁぁぁっっっ!?)
驚嘆の絶叫。
目に映るのは巨大な水球。
ユラユラと水が揺れ、乱反射した太陽光が駐車場のアスファルトを照らしている。
「気付くのがおせぇんだよ。
バーカ」
フイッ
踊七は左手を縦に振る。
バシャァァァァァァァンッッ!
巨大な水音。
圧倒的水量が同時に竜排会の連中に降り注ぐ。
余りの勢いに全員ぶっ倒れてしまった。
(な……
何だ?
一体何が起きた……?)
突っ伏してしまった粛正隊の1人がゆっくりと起き上がって来た。
全身ずぶ触れ。
ポケットの中身まで全て水浸し。
(な……
何か上から大量の水をぶっかけられた様な……)
そのままその通り。
だが、ダメージは無い。
ただ水を被せただけだからだ。
次々と起き上がって来る粛正隊の面々。
(ペッペッ……
何ですかァ~?)
蝋崎も普通に起き上がって来た。
ご覧の通り、全く殺傷力は無い。
この第一顕現は特に勢いは付けていない。
移動は落下に任せ、その分水量を増やした。
それは目的が敵を倒す事では無く別にあるからだ。
既に踊七は次の段階に移行していた。
右手には爪楊枝。
下げた左手がL字を象り、回転。
生順破棄。
第三顕現、沙土瓊尊。
ボコォォォォンッッッ!
堅いアスファルトを突き破り、四方から厚い木の壁が競り上がる。
途端に竜排会の連中を取り囲んだ。
その高さ凡そ七メートル。
普通の人間がよじ登れるものでは無い。
しかも分厚い為、折る事も穴を開ける事も難しい。
工具があっても時間がかかる。
(……なぁっ!
なんだこりゃあ……)
ドンドン
唐突に四方を木壁で囲まれた竜排会の連中。
訳も解らず、叩く事しか出来ない。
が、ビクともしない。
アスファルトを突き抜けて出て来た分厚い木の壁は微動だにしない。
聞こえてくる声もまるで遠くで叫んでいるかの様。
「こんなもんか。
後はこいつらの携帯が防水で無けりゃあ大成功なんだけどなぁ。
ナナオ、終わったぜ。
行くぞ」
【フム……
踊七よ。
殺さずにするというのは不便なものだな……
我の時に出した炎の竜巻を出せば簡単であっただろうに……】
「こんなトコで加具土命なんか出せるかよ。
笑い事っちゃねぇ。
それに目的は達したから良いんだよ」
集中。
両脚に魔力を集中する踊七。
別に踊七は相手を痛めつけようとは思っていなかった。
とりあえず全員無力化出来ればそれで良かったのだ。
最初の水波能売命は対象の携帯を壊す為。
連絡手段を断つのと自分の新たな情報を消滅させる事が目的。
よしんば写メを撮られていたとしても、スマホを壊してしまえば削除される。
運が悪い事に持っているスマホは全て非防水。
大量の水に衣服はおろか財布の中の紙幣までビショビショ。
簡単に全部オシャカとなる。
これで木の壁に囲われた竜排会の面々は外部と連絡は取れない。
踊七が解除しない限りずっとそのままなのだ。
【フウム……
何かと不便だな人間は】
「しょうがねぇよ。
人間は竜と違って一人じゃ生きて行けねぇんだから。
自分と考え方が違うからと言って殺してたらあっという間に絶滅すらぁ」
そう言いながらナナオの鱗に手を添える。
軽い魔力補給。
集中。
両脚に魔力を集中。
【それはそうと踊七よ……
囲うだけなら木を出すだけで良かったのではないのか……?
何故水球を落とす必要があったのだ……?】
「それこそ人間は一人じゃ生きてけねぇって事だよ……
ナナオ。
話は後だ。
とりあえず行くぞ」
ググッ
踊七は深く腰を落とした。
発動ッッ!
ダァァァァァァンッッ!
思い切り力を入れ、大地を蹴る。
瞬時に大空へ跳び上がる踊七。
方角は南南東。
踊七は目的地を定めて跳び上がっている。
「笑い事っちゃねぇ……」
眼下に見えるのは寸断されたままの首都高。
そして何処までも広がる荒野。
ドラゴンエラー跡地。
鋭利な刃物でサックリ斬られた様な建物もそのまま。
壊滅した中区の街は起きた当初のまま。
滞留した魔力のせいで復興作業も始められない。
魔力滞留の境界線には警察と組合が設けたバリケードが聳え立っている。
まるで幽世と現世の境。
ザシャァァァーッッッ!
踊七着地。
辿り着いた所は海際。
首都高の外側。
ちょうど石油コンビナートがあった辺り。
特に爆発痕などは無い。
幸か不幸かドラゴンエラーにより丸々消失したからだ。
「さて、ここ……
…………うっ……」
ガクッ
急に力が抜け片膝を付く踊七。
【これはまた派手に……
ム?
踊七、どうした?】
「急に力が抜けて……
これが魔力汚染…………」
【何だ、だらしの無い。
これしきの魔力で動けなくなるのか人間は】
「……………………よし、OK。
もう慣れた。
大体2~3割減ってトコか。
まあキャンプの準備ぐらいなら余裕だろ」
スックと立ち上がる踊七。
元々魔力耐性を持っている竜河岸。
且つ魔力滞留の濃度は竜界の大気魔力に比べ薄い。
その場から動かず身体能力の認識を改め、四肢に意識を集中すれば対処は可能。
若干弱体化はしてしまうが日常生活ぐらいは出来る。
「ナナオ、亜空間を頼む」
ギュオッ
無言で亜空間を開くナナオ。
目線は踊七に。
何をするのか興味深々と言った様子。
ズル……
取り出したのはワンタッチで建てれる大型テント。
地面に敷く為の大型グランドシート。
【何だ。
結局使うのか】
「あぁ、思った以上に事態は深刻みたいだからな。
それならとっとと動いた方が良い。
えーっと……
ここがこうなって……」
取り出したバインダーを捲りながらあれよあれよとテント完成。
「よし、まあこんなもんだろ。
時間は……
げっ!
眠夢から着信が山程……」
慌てて電話をかける踊七。
「もしもし?」
「あ~~、踊ちゃん~~
今何処に居るのよ~~?
家にいないの~~?」
「わりーわりー、ちょっとゴタゴタしてな。
んでお前は検診終わったのか?」
「うん~~
終わって今帰って来たトコ~~」
「結局何やったんだ?」
「ちゅーしゃ~~
アイテテテ~~」
恐らく採血の為。
皆検診は竜河岸を見つけ出す為のものと確定。
「そうか……
笑い事っちゃねぇ……」
「そうナノだよ~~
笑い事っちゃねぇぐらい痛かったのダヨ~~」
踊七は炙り出された竜河岸の行く末を。
眠夢は注射の痛さを。
認識がズレている。
「……まぁいいか。
眠夢、昼飯食ったか?」
「ん~ん~、踊ちゃんと食べようと思ってたからまだだよ~~」
「ちょうどいい、アパートに戻るから一緒に食いに行こうぜ」
「うんわかった~~
待ってるね~~」
通話終了。
「ナナオ。
俺は今から出掛けて来る」
【それより、これは一体何なのだ?】
ナナオが見つめる先には大型テント。
「えっとこれはテ…………
……お前ら風に言うと塒だ」
【何だ。
結局、塒を変えるのか】
「あぁ、そうだよ。
多分もう元の場所に住めねぇだろうからな。
んで、お前はここで待っていてくれ。
ここなら人間は寄って来ねぇから」
【それは構わん……
が、何処に行くのだ?】
「昼飯がてら眠夢にこれからの事、色々話して来る」
【ムムッッ!?
ヒルメシと言う事はウマイを喰らうのだなァッ!?
我を置いて行くなんて許さんぞぉっ!】
飯と言うワードに反応していきり立つナナオ。
「ンな事言ってもお前も見ただろ?
多分、竜が辺りをウロついてたらさっきみたいな奴等がウジャウジャ寄って来るぞ」
【そんなもの蹴散らせば良い……
我のウマイを阻む者は何人たりとも許さん……】
「だから言ってんだろ?
お前が暴れたら人間なんて簡単に死ぬんだよ。
そんな事を繰り返したらあっという間に人間なんてウマイと一緒に絶滅しちまわぁ」
【ム……?
そ……
そうか……】
「だから今日の所は大人しくしとけ。
土産もちゃんと買って来てやるから。
亜空間の中にまだ食いもん入ってんだろ?
それでも食べてろ」
【ムゥ……
致し方あるまい……】
「さて……
五行魔法」
左手でL字を作り一回転。
宙に浮かぶ蒼い太極図。
「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。
さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じる……」
タンッッ
勢いよく大地に右掌を付けた。
「第三顕現っ!
沙土瓊尊ォッ!」
ボコォォォッ!
ボコォォォッ!
ボコォォォッ!
建てたテントを囲う様に次々と地面から競り上がる木の壁。
「……まんま木の壁だと目立つかな?
念の為……
太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。
さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、残った陰気が西に移動して金行を生じた……
そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じた……
第五顕現、大苫姫尊」
ドサドサドサドサァァッ!
空中に突如現れた土塊が木の壁の上から大量に降り注ぐ。
見る見る内に木の壁は土によって覆い隠されてしまう。
「こんなもんかな?
これで外側からは何か良く解んねぇだろ」
見た目は小高いコの字の丘がテントを囲っている形。
ちなみに踊七の五行魔法。
呼び出す量と魔力量とは比例しない。
魔力を使うのは起動時のみ。
普通はスキルや能力の威力に比例して魔力量は増えるものだが、そのルールから逸脱してしまっている。
五行魔法は踊七の魔法で組まれた理に則している。
まさに驚異の魔力技術。
「ほんじゃ行って来るわ」
集中。
発動。
ドンッッッッ!
大地を強く踏み、踊七は跳び上がる。
方向は北西。
長者町の方角では無い。
さっきの跳躍程、高度も無い。
比較的小さいアーチを描きながらすぐに落下。
ザシャァァッッ!
踊七着地。
周囲は青々とした深い芝生と森林。
ここは根岸森林公園。
踊七は用心深く、中継して街に戻る方法を変える事にしたのだ。
「……周りに誰も居なくて良かった……」
だがいくらアーチが小さいと言っても常人離れしている事は違いない。
目撃されればすぐに竜河岸だとバレてしまう。
「もうちょっと考えて動く様にしねぇとな……
笑い事っちゃねぇ」
とりあえず公園内は普通に歩き、外へ。
発動。
タンッッッ!
周囲に誰も居ない事を確認し、疾風の様に跳び上がった踊七。
今度は高さよりも速さ。
瞬く間にビルの屋上へ着地。
「こんな感じかな……?」
そのままビルの屋上伝い。
小刻みに跳躍を続け、長者町に辿り着く。
ここからは徒歩。
普通に歩いてアパートへ。
踊七達のアパート
到着。
カンカンと足取り軽く上階に上がって行く踊七。
ピンポーン
眠夢の部屋のインターフォンを鳴らす。
「はいは~~い~~」
中から間延びした声が聞こえて来る。
ガチャ
ニコニコほんわかした顔が覗く。
眠夢。
もはや顔つきすら母親に似て来ている。
ドラゴンエラーが起きる前の眠夢は快活な雰囲気。
例えるなら太陽や向日葵。
だが出て来た顔は角がまん丸で温かい。
例えるならタンポポの綿毛。
現在では誰も居ない所でも愛音のモノマネを続けている眠夢。
いや、染み付き出したと言っても過言では無い。
「お……
おう、待たせたな」
一瞬、眠夢の母親がフラッシュバックした踊七は言葉を詰まらせてしまう。
「ん~~?
どしたの~~?」
「いや……
一瞬おばさんが出て来たと思ってよ……」
「………………そお~~?
私もママみたいなステキレディに近づいたのカナ~~?」
ほんの少し。
少しだけ顔が曇る。
が、すぐにニコニコ顔に戻り愛音の様な返しをする眠夢。
「バッカ。
そんな事、俺に解るかよ。
笑い事っちゃねぇ。
それより行くぞ」
「ぶ~~、踊ちゃんてばノリ悪いゾ~~
ちょっと待っててね~~」
パタパタと一旦奥に消えて行った眠夢。
手早く身支度を終えてすぐに出て来る。
「うお、早えな」
「そりゃあさっきまでお出かけしてたんだもの~~」
「あ、そっか。
そんじゃあ行くぞ。
ガストで良いか?」
「おっけー~~」
そう言いながら両手で大きく丸を作り、腰を傾かせる。
愛音がよくやってたポーズ。
「…………笑い事っちゃねぇな……」
踊七の口癖。
眠夢の取ったポーズに愛音の姿を見た。
まさに憑依とも言える眠夢の豹変っぷりに驚いたからだ。
そして二人は昼食を食べにガストへ向かう。
ガスト横浜長者町店
奥のテーブルに座る二人。
「ほれ、メニューだ。
何でも好きな物食いな」
もちろんここの代金は踊七が出すつもりだ。
「いいよいいよ~~
毎回踊ちゃんに出して貰うのも悪いし~~
私も今はそこそこお金あるんだから~~
これぐらいヘッチャラなのデスよ~~」
「ん?
そうか?
悪りぃ、何か最近お前と店に入ったら代金は俺持ちだって自然となってたわ」
眠夢の言っているお金とは国と横浜市から振り込まれた遺族補償一時金と災害弔慰金の事。
合わせるとかなりの額。
家賃、光熱費を省くと眠夢が高校三年間普通に食えて更に文系私立大学四年間の学費まで賄う事が可能。
二人はとっとと注文を済ませて昼食開始。
「モグモグ……
で、その検診はどんな感じだったんだ?」
「モグモグ……
んっとね~~
やきゅーやる所にいっぱいテントが建ってて~~
あの運動会とか見る様な奴ね~~
モグ……
それでその中でぷすっと~~」
「へぇ……
待ち時間とかあったのか?」
「私はそんな待たなかったよ~~
でも後からどんどん人が増えてったみたいだから~~
遅れて来た人達は随分待ってたみたいだよ~~
……モグモグ」
「モグモグ……
やったのは採血だけか?」
「うん~~
ちゅーしゃして~~
今の住所と名前と書いて終わり~~」
「んで何の検診か説明あったのか?」
「モグ……
あれ~~?
そう言えば説明無かったナ~~」
やはりそうか。
もし竜河岸の炙り出しが目的ならわざわざ説明する訳が無い。
求めても適当に用意された説明ではぐらかすんだろう。
そう思った踊七。
「ふうん……
まあいいや。
大体解った……
モグモグ」
考えている内容は決して口に出さず、昼食を頬張る踊七。
「そ~言えば私の事より踊ちゃんの方はどうだったのよ~~?
おサボりした踊ちゃんの方こそどうだったのサ~~?」
あ、しまった。
確かに眠夢の立場ならそりゃ聞くわな。
黙っていた事にあまり意味は無かった。
それに眠夢はドラゴンエラーの被害者。
なら横浜の現状を知っていた方が良い。
その権利がある。
カタ
ゆっくりとフォークを置く踊七。
「……えっとな……
何でか解んねぇが30分もしねぇ内にやって来たよ。
ガンガン扉叩きやがってな」
「え~~?
来たの市役所の人達でしょ~~?
エラくランボーだねぇ~」
「いや、来たのは市役所の人間じゃねぇよ。
竜を排斥する会って言ってた。
……いや、今の横浜市長は竜排会の会長って話だからある種、訪ねて来た連中も市役所の人間って事になるのかな?」
「ん?
ん?
踊ちゃん、何言ってるのかよく解んないよ~~」
「それにしても何で俺が行ってねぇって解ったんだろうな。
眠夢、お前行くまでに何かあったか?」
「ん~~……
あ~~そうそう~~
名前と住所、二回書いた~~
ちゅーしゃの時と球場に入る時と~~」
「入る時も……?
…………あぁなるほどな。
それで解ったって事か」
「え?
え?
ど~ゆ~事~?」
「いわゆる選挙でやる出口調査と同じ要領だよ。
球場に来た人らの名前と名簿を照らし合わせて来てない人をピックアップしたんだろうな。
それにしても動きがめちゃくちゃ速ぇ」
「ひょえ~~
何気なく書いた名前でそんな事してたんだねえ~~
んで踊ちゃんはどうしたの?」
「ん?
へっ……
どうもこうもねぇよ。
ナナオを連れてそのままついていった。
連中、車を用意してるとか言うからな」
「ん?
結局行ったんだ~~
それなら連絡ちょ~だいよ~~
…………って何でそんなイヤらしく笑ってんのさ~~」
眠夢は踊七が連中の思惑を解った上で取った行動だと解っていない。
「ん?
あぁ、あいつらの目的は竜河岸の炙り出しだからな。
だから行く前に竜河岸だと解ったらどうすんのかなって思ってな。
案の定、俺に襲い掛かって来やがった」
踊七の発言を聞いた眠夢は絶句している。
少しの間、お互い沈黙。
「……そ……
それで大丈夫だったの……?」
驚きのあまり愛音のモノマネも取れてしまう眠夢。
「…………バカ野郎。
何かあったら俺はここに居ねぇだろ。
俺があんな奴等にやられるかよ。
五行魔法で返り討ちにしてやったよ」
ニコッ
すると一転ニコニコ顔に戻る眠夢。
「そっか~~
良かったぁ~~
そ―言えば今は魔女っ子踊ちゃんだったねぃ~~」
「魔女っ子って言うな魔女っ子って。
笑い事っちゃねぇ」
「それで電話に出た時は何処に居たの~~?」
「あぁ、その話だな。
スマン、眠夢。
多分俺は高校に行けねぇ」
「…………どう言う事……?
ちゃんと説明して……」
また愛音のモノマネが消えた。
ほのぼのしていた雰囲気は立ち消え、ピンと張り詰めた様な真剣な顔。
コロコロと表情が変わる眠夢。
まるでライトの明滅の様に陽と陰の表情を繰り返す。
「…………まず俺が考える横浜の現状から話す……
多分俺らが思っている以上に竜と竜河岸に対しての憎しみが溢れている……
市長が竜を恐ろしく怨んでるからな……
んで多分、竜を使役してる竜河岸も同じぐらいにな。
だから急に詳細不明の皆検診なんか始めたんだろう。
これで誰が竜河岸なのか誰が一般人なのか把握しようとしてんだよ」
「……市長は竜河岸を把握して一体何をしようとしてるのかしら……?」
「さぁな。
んでも俺に襲い掛かった所を見ると良からぬ事を考えてんのは確かだな」
「解った……
それで踊ちゃんはどうするの……?」
「俺はもうアパートには戻らねぇ。
ひとまずはドラゴンエラー跡地にテント張ってそこで暮らす。
あそこなら一般人は寄り付けねぇからな」
「……そんな事を聞いてるんじゃない……
学校も行かないでどうやって生きてくのって聞いてるのよっ……!」
声は荒げないものの怒気を孕んでいるのは解る声。
「…………ンな事言ってもしょうがねぇだろ?
ナナオ連れて暮らせねぇトコになっちまったんだから。
かと言って横浜を離れる訳にもいかねぇしよ」
「どうしてよ……!?
引っ越しして他県に移るとか……」
「お前が居るからだろうがよ」
眠夢の言葉を遮る様に踊七が発言。
それを聞いた眠夢の頬が赤くなる。
それを見た踊七の頬もほんのり桜色に。
ガシガシと頭を掻きながらそっぽを向く。
「……でっ……
でも学歴が中学中退になっちゃうし……
それに勉強だってっ……」
「心配いらねぇよ。
別に勉強なら今はネットがあるんだからどうにでもなんだろ。
んで落ち着いたら大検でも受けっから」
「……もういい……」
確かに踊七の言ってる事が上手く行けば学歴のデメリットはカバー出来る。
眠夢も踊七の言っている事は理解している。
しているが普通では無い事も解っている。
別に家庭環境の問題や経済的な理由で高校に通えない訳では無い。
敢えて通わないのだ。
可能かも知れないが普通じゃ無い。
一般人の眠夢は近しい人が異常な道を進もうとしているのが我慢ならなかった。
が、踊七は感情で説得できる人間じゃ無い事も知っている。
だからもう諦めた。
内心自分の為に横浜に留まってくれるのが嬉しかったというのもある。
「別にお前はそのままアパートに住んでていい。
家賃と光熱費も差し止める訳じゃねぇ。
ちょくちょく顔も出すつもりだしよ」
「解ったわよ……
もう、昔から言い出したら聞かないんだから……」
「おい、眠夢。
素に戻ってるぞ」
「あ、いけない…………
……で~~
踊ちゃんの部屋はどうするの~~?」
「折を見て解約する。
ひとまずはキャンプ生活がどんなもんか確認しねぇとな。
やった事ねぇから勝手も解んねぇし」
「キャンプか~~
楽しそうだけど私は行けないしな~~」
「ナナオの話だと魔力は時間が経ったら消えるらしいぞ。
だからもし消えたら教えてやるよ」
「お願いね~~」
こうして眠夢と別れた踊七。
一週間後
のそり
大型テントの中、シェラフに入っている踊七がゆっくりと身体を起こす。
踊七起床。
「朝か……
ふあぁぁ……」
大欠伸をしながら寝袋から這い出る。
ムク
踊七につられて次はナナオが長い首を持ち上げる。
歯ブラシと水の入った醤油差しを持って外へ。
「クア……
五行魔法……」
寝ぼけ眼の踊七は外の荷物置きテントに置いてある洗面器を拾う。
左手でL字を象りながら一回転。
宙に現れる蒼い太極図。
「生順破棄……
第一顕現、水波能売命……」
ジョボボボボ
右手から清流が流れ落ち、洗面器の中を満たして行く。
バシャッ
バシャッ
その水で顔を洗う。
「ふう……
サッパリした。
あ、タオル忘れた……」
再び荷物置きテントからタオルを取って来て、顔を拭く。
ゴシゴシゴシゴシ
そして歯磨き。
ガラガラガラ……
ペッ……
うがい。
これが毎日、踊七が目覚めて行っている日課。
「さぁーて……
朝飯でも作るか。
……今度こそ上手く炊けると良いな」
そう呟きながら三度荷物置きテントへ。
持って来るのは大分焦げ付いた飯盒とこれまた焦げているバット網。
朝食の準備。
辿り着いた先は大苫姫尊で作った竈。
「ナナオー、ちょっと出て来てくれー」
ナナオを呼び付ける。
のそり
テントの中から長い首だけ覗かせるナナオ。
【……またか……
またマズイを作ろうと言うのか踊七よ……】
「しょうがねぇだろ。
こう言うのは試行錯誤を繰り返すモンなんだよ。
つべこべ言ってねぇで早く亜空間を開きやがれ」
【わかったわかった……
貴様の作ったマズイは喰わんからな……】
ギュオッ
グチグチ言いながらも亜空間を開く。
中から取り出したのは米袋。
そして卵と醤油。
この一週間、飯盒で米を焚いていたが悉く失敗していた。
毎回焦げてしまう。
その理由として一つは火力が強過ぎると言うのがある。
五行魔法、第二顕現である天火明命の調節が難しい。
それともう一つ。
「ヘッ……
今に見てろ。
俺には秘密兵器があるんだからな」
飯盒と一緒にビニール袋も持って来ていた。
中に入っているのは眠夢から借りて来た計量カップ。
踊七は今まで目分量で炊いていたのだ。
結果、炊けたご飯は全ておこげがほとんどの散々たるものとなる。
だが、今日は違う。
きちんとカップを用意している。
米をきちんと二合計り、再び水波能売命で満たした清水も計る。
準備OK。
薪は沙土瓊尊で用意済み。
手早くティビー型に組み上げる。
さぁ点火。
「五行魔法……
太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた……
弱く……
弱く……
第二顕現、天火明命」
ボッ
薪の先端が発火。
酸素を吸入した火がみるみる広がり炎となる。
「おっ火加減、こんなもんでいいんじゃねぇか?」
そのまま見守る踊七。
やがて……
プクプクプク……
飯盒の蓋から泡が噴き出始めた。
内部の水が沸騰したのだ。
「よしよし。
後はこれで位置を調整して……」
薪の位置をズラし、火勢を弱く。
その状態で待つ事13分。
踊七の頭の中はもう美味しい卵かけご飯でいっぱい。
最後は蓋をしたまま裏返し蒸らす事約10分。
完成。
「おっしゃっ!
炊けたーっ!
どうだっ!?」
パカ
蓋を開けると真っ白な白米がお出迎え。
無言でガッツポーズの踊七。
さぁ喰うぞと言わんばかりに茶碗へ炊き立てのご飯をよそい、卵を割って白身の上から醤油を回しかける。
透明な白身の上から黒線が円を描く。
ほんのり湯気を立てて卵かけご飯完成。
ゴクン
思わず唾が湧いて来る。
久々のまともな食事。
パンッ
勢いよく手を合わせた踊七。
「いただきます」
ガバッ
大量にご飯を持ち上げ、一気に口へ。
食欲の赴くまま一気に咀嚼。
美味い…………
と声を上げると思いきや、微妙な表情の踊七。
確かに醤油の味は美味いのだが、それよりも大きい違和感。
それもその筈。
何か硬いのだ。
一口喰った踊七は無言で箸を置き、荷物置きテントへ。
今朝四回目。
その場でバインダーを拾い、捲り始める。
見ているのは飯盒での炊飯方法。
どこを間違えたのかチェックするつもりなのだ。
何処だ?
分量もバッチリ。
火加減も問題無かった筈だ。
「あ…………」
踊七は気付く。
工程が抜けていた事を。
踊七が忘れていたのは米を炊く前に30分程吸水させる事。
計量カップを持って来た事で舞い上がり、すっかりその事を忘れていた。
結果芯が残る形で炊き上がってしまったのだ。
この様に何かとキャンプに悪戦苦闘している踊七。
いざ、住んでみると何かと問題が噴出する。
数日ならば何とかなるが、ずっと住むとなるとキツい部分が出て来てしまう。
差し当たって問題なのはトイレ、風呂、洗濯。
トイレはまず魔力注入全開で縦穴を掘る。
その深さたるや凡そ50メートル。
最後の方は窒息しかけたので50メートルで断念。
その上に沙土瓊尊で生成した厚い板を被せ、伊斯許理度売命で出した日矛鏡で穴を開け、その周りを板で囲う。
最後は穴を板で蓋をした簡易的なもの。
いわゆるボットン便所。
数日ならば構わないが、一週間もすると悪臭が漂って来る。
他人の排泄物からの臭いであれば怒りを発散する事も出来るが自分で出したモノなだけにやり切れない。
【ムウ……
踊七よ……
この鼻にクる臭いは何なのだ……?】
「……俺のウンコだよ。
言わせんな。
笑い事っちゃねぇ」
【うんこ……?
うんことは何なのだ?
地球に来て一番我を不快にさせる臭いだぞ……?】
「…………良かったよ。
匂いに関する基準が若干人間と似通ってて。
この臭いをもっと嗅がせろとか言って来たら笑い事っちゃねぇ。
とりあえず、臭いに関しては早急にどうにかしねぇとな」
結果、便所の側にファブリーズを。
穴から大量にトイレ用ファブリーズをぶら下げる事で対処。
続いての問題は風呂。
踊七は風呂に入らず、2,3日過ごしていた。
なかなか疲労感が取れず眠っても疲れがあまり取れない。
最初は生活環境が変わったせいだと思っていた。
が、それが入浴していないからだと気付く。
一先ずは夜、こっそりと銭湯まで出向き入浴したがどうにも面倒。
ドラム缶風呂でも作ろうかと思案中。
続いて洗濯。
一週間もキャンプをすればそれなりに溜まる。
最初、武美名別命で水の竜巻を出し、洗えないかと試してみた。
……が、失敗。
水の竜巻に洗濯物を入れた途端、螺旋状に天高く舞い上がる。
最初は意外と上手く行くのではと思われた。
が、失敗。
解除するとそこにあったのはビショビショになってビリビリに引き裂かれた布片が辺りに散らばるだけ。
要は威力が強過ぎるのだ。
現在の踊七の環境ならば大人しく金ダライに洗濯板で地道にやるのが正解であり正道である。
結局の所、洗濯に関しては眠夢を頼る事となる。
カッコ良くキャンプ生活をすると言ったのは良いが色々とままならない。
思い切りが良いのも踊七の長所ではあるが、今回はマイナスに働いてしまった感がある。
「まぁ……
ちょっと硬いけど、前に比べたら大分マシか……」
キャンプの資料は用意したが読むのとやるのとでは段違い。
書物を用意しただけで完璧に出来るのなら世話が無い。
最初から上手く行かないのは解っている。
もともと家庭環境が控え目に言っても最悪だった踊七。
それに比べたら幾分か精神的にマシ。
従って慣れるのも早いのだ。
踊七は芯のある卵かけご飯を早々にかきこみ、朝食終了。
更に日は進み、2015年3月
眠夢のアパート
「踊ちゃん、はい~~
これが洗濯物ね~~」
「おう、すまねぇな……
……お?
これを売って……
これは買いだな……」
眠夢の机に座りながら株売買をしている踊七。
この日は眠夢の所へ頼んでいた洗濯物を取りに来るのとついでにネットも使わせて貰う為にアパートへ訪れていた。
「あ~そうそう~
洗濯してる時に思ったんだけど~~
そろそろ私、高校が始まっちゃうよ~~?
お洗濯、ど~~するの~~?」
別に眠夢は洗濯専門でここに暮らしている訳では無い。
あくまでも踊七の洗濯は家賃や光熱費の代わりにしている事。
言わば善意で行っている。
踊七はキーボードを打つ手を止め、振り返る。
「あ、そうか。
ならどうすっかなぁ?
まあ順当に考えりゃコインランドリ―に切り替えって所かな?」
別に洗濯をそのまま眠夢に任せても横暴だとは思わない。
何故なら踊七が眠夢の部屋の家賃や光熱費を払っているのだから。
洗濯ぐらい代価として頼んでも悪い事だと筆者は思わない。
が、踊七はすぐに代案を提示。
踊七にとって優先すべきは眠夢の暮らし。
自分の頼み事で阻害する訳にはいかない。
自身の成長にストイックな考えを持っている踊七は眠夢に対して悪いと言う気持ちを常に持っていた。
眠夢の都合が悪ければ、こちらが合わせて対応するだけだ。
「そぉ~~?
じゃあ~~
学校が始まるまでは私がやるからね~~」
「あぁ、いつもすまねぇな」
「も~~
何言ってるの~~
踊ちゃんにはお家賃とか色々出して貰ってるんだから~~
洗濯ぐらいしないと、も~しわけないよぉ~~
それよりもバイトの方はどぉ~~?」
「仕事自体は特に問題無い。
それよりも横浜の状態が笑い事っちゃねぇ」
踊七はバイトを始めていた。
別に金欠と言う訳では無い。
目的は横浜の実情を把握する為。
情報収集の為、始めたのだ。
「私にはよく解らないけど、そんなに酷いの~~?」
「あぁ、皆検診の結果が出て、次々と竜河岸が横浜から離れて行っているんだってよ」
「でも、竜河岸さんって踊ちゃんと一緒で魔法使えるんでしょ~~?
強いんだったらイジワルされてもやっつけちゃうんじゃないの~?」
「魔法じゃ無くてスキルな。
ンなもんやりようならいくらでもある。
簡単な所で言うと留守中、家に嫌がらせ。
あと竜河岸には物を売らねぇとか。
要は横浜で住みにくくすりゃあ良いだけだからな」
「えぇ~~
酷い~~」
「俺も見て来たけど、ホントに笑い事っちゃねぇ……
家はペンキで落書き。
壁一面、罵詈雑言だらけでよ。
玄関や庭先は汚水や生ゴミで溢れかえっていてな。
ありゃ子供の陰湿な虐めと変わりねぇ……」
それを聞いた眠夢は静かに目を閉じる。
再び開けると同時に雰囲気がガラッと変わる。
「酷い……
けど、踊ちゃんはどうしてその人の住所を知っていたの……?」
愛音のモノマネが消え、素の眠夢に戻っている。
眼を閉じる所作は眠夢のスイッチ切り替え。
いわゆるルーティン。
この話は真剣に聞かないといけないと判断しての行動。
「あぁ、それなんだけどな。
横浜は今TVでずっと竜河岸の情報を流してやがんだ。
住所と名前付きでな。
個人情報保護なんて関係ねぇ。
もう横浜じゃあ竜河岸にプライバシーってのは存在しねぇらしい」
現在、横浜の主流チャンネルはケーブルテレビとなっている。
横浜のケーブルTV局は横浜ケーブルビジョン株式会社。
JCOM株式会社の連結子会社だが、林市長はそこを買い上げ、規模を拡大。
更に横浜親局、みなとみらい中継局、根岸岡村中継局、笹上中継局。横浜にある放送局も全て林市長が買い上げ、子会社化してしまう。
更に飲食店や街頭にTVを置いている電気屋等へ午後6時から午後8時までと午後9時から11時まではケーブルテレビ局の自主放送を流すよう通達。
一見横暴そうに聞こえるかもしれないがあくまでも推奨レベルで且つ協力してくれた店舗にはCATV月額料金割引などのメリットも提示している。
林市長は別に一般人に圧政を強いて独裁したい訳では無い。
ただ、憎いだけ。
途轍もなく憎いだけ。
竜と竜河岸が。
怨みに怨み抜いてもまだ足りない。
身を引き裂かれそうな程、怨みを抱いているだけなのだ。
竜と竜河岸を日本から根絶する。
これが林市長の悲願。
手始めは自身の街。
愛娘と暮らした愛すべき横浜から竜と竜河岸を排除。
その為ならばどれだけ金をつぎ込んでも構わない。
その為の意識操作ならば躊躇無く実行する。
指定した時間帯に放送しているのは竜がいる社会がどれだけ歪か。
どれだけおかしい事なのか。
竜河岸と言う存在がどれだけ危険な存在か。
それを歴史学や統計学、防災工学等を使って説明する番組を放送している。
決してドキュメンタリ―の様なお堅い番組では無く、芸能人をゲストとして呼び、客も入れてバラエティっぽく仕上げている。
要所で多数決等を取り、いかにも竜否定派が世間の常識である様に見せている。
加えて言うとスタジオにいる客は全て竜排会のメンバー。
つまり多数決はやらせである。
この竜へのヘイト番組は一時間で終了。
残り一時間は横浜内における現時点での竜河岸と竜の数、残っている竜河岸の実名と住所を地区別に分類して放送している。
何度も何度も。
具体的にどうしろとは言っていない。
そこは住民の判断に任せている。
結果、起こった事が家への落書きであったり不買行為だったりする。
まるで学校の陰湿な虐めの様に。
人間の中に湧いた負の感情が原動力でやる行いなど子供も大人も変わりないと言う事である。
ちなみに眠夢が番組の事を知らないのは部屋にTVが無いからだ。
スマホで動画やラジオを聞くのを好む。
「酷い…………
そんな事をされたら踊ちゃんとか暮らしていけないじゃない……」
「な?
とっとと住む場所変えて正解だったろ?
まぁ今の場所なら一般人は入って来れねぇから嫌がらせのしようもねぇしな。
一先ずは暮らしていけてる。
んで眠夢。
もし万が一、俺との関係を疑われたら知らぬ存ぜぬで通せよ」
再び眠夢は目をゆっくり閉じる。
そして目を開ける時にはまたニコニコ顔に戻っていた。
「え~~、何で~~?
私は踊ちゃんの妻です~~って言いたいのに~~」
眠夢はもうこの頃になったら踊七への恋心を隠さない様になっていた。
愛音が正成への愛を隠さなかったように。
あの陽だまりの様な日々に。
優しい両親が見守ってくれていた幸せな日々に。
少しでも近づける様、眠夢は努めていたのだ。
「馬鹿野郎。
それで俺と親密な関係とか疑われたら絶対竜排会が何かやって来るに決まってんだろうがよ。
例えば人質とかな。
それと誰が妻だ誰が。
俺とお前は幼馴染だろ?
笑い事っちゃねぇ」
当の踊七はまだ公言して認めてはいない。
が、踊七も自分が言った事を忘れた訳では無い。
内心、眠夢と一緒になるだろうとは思っていた。
しかし、気恥ずかしさが抜けないのだ。
「ぶ~~、何よ~~
踊ちゃんのいけず~~」
「やかましい。
あと竜排会は竜河岸を同じ人間だと思ってねぇ連中だ。
充分発言に気を付けて過ごしてくれ。
……もしお前に危害加える事なんかあったら……
笑い事っちゃねぇ目に遭わせてやる……」
「その言葉は嬉しいけど~~
あんまりブッソーな事しちゃダメだよ~~」
「へっ……
ンなもん、相手の出方次第だよ。
……よし、こんなもんか」
株取引終了。
さっさとノートPCを片付け、バッグに格納。
「もう帰るの~~?
ナナオちゃんは元気~~?」
「元気も元気。
ようやく最近、俺の作ったメシを喰う様になりやがってな。
そんで昨日のはマズイだの今日のは微かにウマイだの言いたい放題だよ。
そんじゃ俺、行くわ。
じゃな、洗濯ありがとよ」
「そんじゃ~ね~……
あ~~そうそう~~踊ちゃんの部屋ど~するの~~?
もう二ヶ月ぐらいほったらかしじゃない~~?」
「あ、キャンプ生活に追われてて忘れてた。
近い内、解約して家財道具取りに来るわ」
こうして踊七は再びドラゴンエラー跡地に帰って行った。
更に時は進み2015年5月
のそり
大型テントの中。
寝袋に覆われた踊七が目を覚ます。
「朝か……
クア……」
軽い欠伸をして、寝袋から這い出た踊七は側に置いてあった着替えに袖を通す。
キャンプ生活を初めてはや三ヶ月。
踊七も大分慣れた様で動きが自然になって来ていた。
五行魔法の威力も自然と微調整が出来る程、熟練度が上がっている。
スキルは使用すればするほど精度が増す。
一番手っ取り早く熟練度を上げるには生活にスキルを密着させる事。
生活必需までスキルを自分の暮らしに密着させるとみるみる内に熟練度は上がる。
とっとと洗顔、歯磨きを終え朝食。
【踊七……
何やら香ばしい匂いが……
今日はぱんか】
「お?
ナナオ、おはよう。
そうだぜ。
昨日バイト帰りに買って来たんだ」
火が燃え盛ってる竈の上には黒く大きな鉄板。
上に乗っかってるのはフランスパン一斤と食パン一枚。
時折転がしながらフランスパンの表面を焼いている。
パンから漂う香ばしい香りが食欲をそそる。
「ほれ、焼けたぞ。
五行魔法……」
竈の前に座っている踊七。
右手で太極図を描く。
左手には小さな針金。
「生順破棄……
第四顕現、伊斯許理度売命……」
パンッ!
両手を勢いよく胸元で合わせ、引き離す。
バチィッ!
軽い火花を放ちつつ現れたのは銀色に光り輝く銅矛。
日矛鏡。
チャキッ
右手に日矛鏡。
左手にフランスパン。
「よっと……」
器用に切っ先を使い、フランスパンに切れ込みを入れる。
ポイッ
役目を終えたと言わんばかりに日矛鏡を空へ投げる。
フィンッ!
左手を横に振り、日矛鏡を消した。
「あとは……
ほいほいの……
ほい。
ホレ出来たぞ」
あらかじめ作っておいた具材を載せる。
特製オープンサンドの完成。
【ほほう……
今日はサンドウィッチか……
ウム】
長いフランスパンで作ったオープンサンドを受け取ったナナオは端からガブリ。
踊七も焼けた食パンの上に具材をのっけ、一口ガブリ。
「ナナオ。
周りの魔力はどうだ?
まだ残っているか?」
【モグモグ……
今日のはまあまずまず……
ん?
そんな早く消える訳が無かろう。
まだまだ滞留している……
何故そんな事を気にする?】
「モグモグ……
いや最近一層、街の様子がキツくなって来たからな。
眠夢もこっちに呼んだ方がいいのかと思ってな」
【ムウ……
そう言えば久しくネムのウマイを喰らっていないな……】
2015年五月段階。
眠夢は普通通り高校へ通学し始めていた。
通う高校は横浜市立みなと総合高等学校。
眠夢は高校でも愛音のモノマネで通している。
新しく知り合った友人は全てそれが眠夢なのだと勘違いしていた。
特に問題無く、滞り無く高校生活を送る眠夢。
平凡な日常。
そんな言葉が相応しい暮らし。
だが、それは眠夢が一般人の為。
竜河岸や竜にとってはすこぶる住みにくい土地となっていた。
ホテルや旅館などの宿泊施設は軒並み門前払い。
飲食店は全て入口にポスターが貼ってある。
竜、竜河岸は来るな!
バケモノ共に売るものは無い!
もはや竜と竜河岸はお客の様に敬う存在で無ければ同列の隣人でも無い。
排除すべき存在。
排斥すべき者。
そんな連中に使う敬語なんて持ち合わせいない。
食料品店などの販売店も同様。
とにかく竜と竜河岸には何も売らない。
そんな土地に居座ろうと考える者は皆無で、ドラゴンエラーが起きる前は189名居た竜河岸がもう、48名にまで減少していた。
(これは式を行っていない竜河岸、ディレイドも含めた人数です)
竜排会も恐ろしいスピードで規模を拡大し始め、既に会員数は1万を越している。
横浜18区の三分の二に支部を設立。
これが発足されてまだ半年強しか過ぎてない団体の動き。
異常な成長速度。
街では竜排会の連中が巡回し始め、竜や竜河岸の目撃情報を集めている。
それとは別に対魔力対竜河岸鎮圧武器開発局も設立し、研究を始めた。
粛正隊が使用した刺股もこの開発局が制作したもの。
厳密には刺股の棘に塗布されている毒だが。
踊七は気付いていなかったが向けられた刺股にはたっぷりと毒が塗ってあった。
これが開発局が出した結論。
いかに竜河岸がスキルを駆使し、魔力注入を操る超人だろうと、素体は人間。
ならば毒が有効だろうとなったのだ。
開発した毒はかすり傷でも付ければ全身が痺れ、激しい嘔吐に見舞われスキルを使う所では無い。
そして倒れた所を複数人で更に刺股を突き刺し、毒殺。
使役していた竜は死んだ竜河岸の亡骸を見て、何処かに去ってしまった。
この様に成果をあげた為、粛正隊の対竜河岸戦闘手段は刺股装備で複数人となる。
ちなみに使用している毒を開発したのは以前少しだけ登場した獏良と言う研究員である。
参照話:本編 百四十二話
街は頻繁に竜排会のメンバーが巡回し、竜や竜河岸の目撃情報を集めている。
僅か半年で横浜は偏り、歪んでしまった。
激しい差別意識、排斥意識を向けるのは竜と竜河岸のみ。
一般人には皆、良識をもって接しているだけ恐ろしく気味の悪い。
歪んだ倫理観が蔓延する街と化してしまった。
踊七はそんな差別意識の溢れる街で目下暮らしている。
キャンプから出る時には慎重に毎回ルートを変え、湾岸寄りのポイントから街に侵入している。
日中は極力魔力注入の使用は控え、なるべく目立たぬ様目立たぬ様行動していた。
バイト先も企業では無く個人経営している定食屋や八百屋など。
長期でバイトはせず長くても二ヶ月。
場所も区を跨いで離れた場所を選ぶ。
名前も山田田山、戸津撃太郎など適当に踊七が考えた偽名を使用。
転々と横浜中を巡り、常に各地の情報を収集。
そんな暮らしを続けて更に二ヶ月が過ぎようとしていた。
2015年七月の初め。
「クア…………
ようやく梅雨が明けたって所かな……?
それにしても雨が降ると笑い事っちゃねぇ事になりやがるな……
ホームレスの人とかってどう暮らしてんだ……?」
踊七がキャンプしている地点。
長雨により土壌はぬかるみ、やがて荷物置きテントの内部まで浸食し始める。
寝ている大型テントは敷いているグランドシートのお陰で浸水は免れていた。
が、外は頻繁に雨が降り、日に日に雨汚れが酷くなる。
踊七はその処理に右往左往する羽目になる。
バイトをして、帰りに防水グッズを買い、とにかくテントや荷物が濡れない様必死だった。
最近ようやく梅雨が明けて落ち着いた所。
【モグモグ……
最近、雨が良く降っていたな……】
「ヒムって竜界で言う雨の事だったっけ?
そうだな、梅雨って言ってな良く雨が降る季節ってのがあんだよ……
モグモグ」
朝食を食べながら他愛無い会話を交わす二人。
【フム……
最近の踊七はウマイを作る頻度が高くなって来たな……
今日のもなかなかだったぞ……】
「そりゃあ半年近く作ってりゃあ上手くもなる。
笑い事っちゃねぇ……
よし、ほんじゃあ行って来るわ」
準備運動をしながらナナオの賛辞を受け流す踊七。
今日は朝からバイトなのだ。
仕事は3時間程で終了。
横浜市南区横浜橋通商店街 とある肉屋
(お?
田ちゃんじゃないか。
しばらくだね。
いつ横浜に戻って来たんだい?)
踊七はここで短期のバイトをしていた。
名前は山田田山と言う偽名。
「帰って来た訳じゃ無いんですけどね。
最近ちょこっとだけ寄る事になりまして。
あ、豚バラ1キログラム貰えますか?」
(毎度……
って相っ変わらず沢山買って帰るんだねぇ)
「大食漢がいますのでね」
(ま、ウチとしては儲けてありがたいんだけどね。
はいどうぞ)
一キロの豚バラを受け取る踊七。
ズシリと重い。
「ありがとうございます。
それじゃあ」
(田ちゃん、また働いておくれよ。
ウチならいつでも大歓迎だよ)
「ハハ、また時間がありましたら」
この通り踊七は一般人と認識されている為、周囲の人間は普通に接する。
が、ここは横浜。
どの店にも竜排会のポスターが貼られている異様な光景。
もうそんな光景見慣れている踊七はまるで意に介さず通り過ぎる。
踊七はその他必要な食料品を買って帰宅の途に就く。
今日は西側。
ENEOSガス化複合発電所のガスタンク跡地際を通って帰るルート。
半年以上たった今でもガス爆発の焦げ跡はそのまま。
広範囲に広がった煤だらけの光景が痛々しい。
魔力汚染への懸念から復興の手は未だ入っていない。
寸断された首都高下からバリケードを飛び越え、ドラゴンエラー跡地に入る。
「よし……
発動」
ドンッッッ!
跡地内に入ってしまえば後はこっちのもの。
魔力注入を使用して南東へ爆走する踊七。
すぐにキャンプ地が見えて来る。
到着……
すると思われた。
だが本日は少し違う。
「ん……?
誰だ?」
踊七の設けたカモフラージュ用の小高い丘の前に誰かいる。
(弟よ、妙な盛土があるぞ。
何でぇこりゃあ?)
(兄御。
確かにこの妙な盛土もヘンだがそれ以前に横浜は何かおかしい……
入ってから周りの視線が大きく変わっている……
それにこの大きな荒野……
地図によるとこの辺りはガスタンクの筈だぞ?
一体何が起きたんだ……?)
何とそこに居たのは人間が二人。
そして竜が二人。
続く




