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第八章 梵踊七 Victims⑤



「ちょっと、俺と手合わせしてくれよ」



 不意にナナオを見つめ、踊七が提案。


 それを聞いたナナオは面食らった顔。

 頭の上にハテナが浮かんでいる様子。


【???

 誰がお前と手合わせすると言うのだ……?】


 堪らず尋ねるナナオ。


「ンなもんナナオに決まってんだろ。

 ここにはお前と俺しかいねぇじゃねぇか。

 笑い事っちゃねぇ」


 ブァンッッ!


 踊七の発言を聞いた瞬間、ナナオから噴出する強風。

 強者の圧。


 ガラァッ……

 ドサドサドサッッ!


 噴出した圧で段ボールの山が崩れ、転がる。

 ナナオが出す強者の圧は魔力が強過ぎる為、実在の猛風として吹き荒れる。


【……踊七よ……

 最近、我が人間のウマイにうつつを抜かしていると言って……

 ……ナメておるのか……?

 我は(ロード)の衆、七尾(ロード・セブンス)……

 竜界で天災と恐れられている存在ぞ……?】


「ンな事、わかってるよ。

 お前が笑い事っちゃねぇぐれぇ凄ぇ竜だって事はな」


 相当な突風が周囲に撒き散らされた。


【それが解っていて……

 我と一戦交えようとは……

 しかも竜では無い……

 人間風情のお前が……

 死にたい……

 死なせてくれと言ってるとしか思えぬぞ……】


 だが、踊七はその中で微動だにしない。

 それ所か自分が何故ナナオとの手合わせを希望したのかを語り出す。


「それも解ってる。

 でも俺は五行魔法(ウーシン)を早く実戦で使って手応えを確認してぇんだよ。

 今はお前しか居ねぇだろ?

 それに五行魔法(ウーシン)は下手したら周りに被害が出るかも知れねぇ。

 亜空間で無いと思い切り検証出来ねえんだよ。

 んでお前、俺の事まだ主人マスターだって認めてねぇだろ?

 だからついでに認めさせてやろうと思ってな」


 軽い。

 確かにナナオはまだ踊七を主と認めてはいない。


 だが……

 だからと言って命懸けでやる様な事か?


 いや、有り得ない。

 普通に考えたら解る事。


 普通の竜河岸であればコツコツと竜との絆を構築し、次第に主と認めさせるもの。

 いくら五行魔法(ウーシン)の形が出来たからと言っても余りにも性急過ぎる。


 これは踊七の生き急いだ性格から来ている。

 ()()父親の元で育った踊七。


 早く大人になりたい。

 早く自立したい。

 早く一人前になりたい。


 有体に言えばせっかちな生き方なのだ。


 自立に関してはクリアした。

 何故なら踊七は既に株で収入を得ていて、且つ家事も一通りこなしているからだ。


 大人になる部分に関してもクリアしていると自負していた。


 あとは一人前の竜河岸になると言う事。

 いつまでも使役している竜に認められていない様では一人前とは言えない。


 それで今。

 五行魔法(ウーシン)を身に付けた。


 これを機に認めさせようと言うのだ。

 だがそれにしても無謀が過ぎる。


 相手は普通の竜では無い。


 竜界三大勢力の一角。

 (ロード)の衆の七尾(ロード・セブンス)


 並の竜達から天災だと恐れられている様な存在。

 小指をゆるりと動かすだけで脆弱な人間は命を落とす程の相手。


 それにケンカを売っているのだから。


【…………まぁどうしてもというのなら闘らん事も無いがな……】


 意外や意外。

 この話を受けたナナオ。


 これは言うなら蟻からケンカを売られた人間が了承している様なもの。


 例え蟻が強者の圧に臆しなかったとは言え両者の格差は歴然。

 普通なら無視するか取り合わない。


 だが、受けた。

 これには理由がある。


 踊七の創った五行魔法(ウーシン)

 これに興味が湧いたのだ。


 いつしか見た水の大竜巻。

 亜空間には水など存在しない。


 となると踊七がスキルを使い魔力を形状変化させたか。

 もしくは水を物質生成したかどちらか。


 普通考えると前者。

 魔力を形状変化させて作っている。


 後者の可能性もあるが、魔力を使って物質生成するのは難度が高い。

 それはナナオも良く知っている。


 更にあれ程巨大な水の竜巻を生成するとなると更に難度が跳ね上がる。

 竜でもなかなかお目にかかれないのに人間風情に出来る訳が無い。


 そう考えはするもやはり気になるのは本音。

 だからこの話を受けたのだ。


「そうか、すまねぇな。

 ほんじゃあ、魔力補給させて貰うわ」


 ピトッ


 ナナオの鱗に手を添える踊七。


 ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!


 大型魔力補給。


「……ふう……

 もういっちょっ!」


 ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!


 更に大型魔力を補給。

 一気に二回の大型魔力を補給。


 踊七もやる気だ。


 集中(フォーカス)


 四肢に魔力を集中。


 発動(アクティベート)


 ガガガガガガッ!


 体内で響くタンピングランマ―の音。

 まずは両脚だけ三則起動。


「じゃあ……

 行くぜナナオ。

 準備はいいか?」


【……いつでも構わん……

 かかって来るが良い……】


 長い首は曲がり、そっぽを向いているナナオ。

 目線の先はまだまだ残っている食料品の山。


 要するに踊七をナメているのだ。


 当然だ。

 人間はあらゆる面で竜に劣った生物。


 何処の世界に格下の動物との争いに本気になる奴がいるというのか。

 言わばこれは人間に小蟻がケンカを売ってる様なもの。


 いつでも殺せる。

 幼児が戯れに虫を踏み殺すが如く。


 生殺与奪を完全に握った状態。


 勝率100%。

 敗ける事等天地がひっくり返っても有り得ない。


 見下した態度になるのも致し方無い。

 別に悪意があってやっている訳では無いのだ。


 逆に本気で向かい合ったら踊七の事を殺しかねない。

 このナメた態度はナナオの優しさと言えるかも知れない。


 かたや踊七の方も無謀な挑戦と言うのは解っている。


 しかし。

 だからこそ。


 ナナオに戦いを挑んだ。

 創り出した五行魔法(ウーシン)が一体どれだけの事が出来るのか確かめたかった。


 もちろん良い事ばかりでは無い。

 むしろ悪い所だらけだろう。


 何せまだ外殻しか構築していないのだ。

 詰める所はいくらでも出て来る。


 この手合わせは改善点の洗い出しが一番の目的。

 その為には命を張るぐらいひりついた戦闘で無いと意味が無い。


 だから無謀と解っていてもナナオと闘りたい。

 敵わずとも一矢ぐらいは報いてやる。


 そう考えていた踊七。


 ドンッッッ!


 地を強く蹴り、踊七が前方へ飛び出した。

 ナナオの方では無く、少し角度を入れた左斜め方向。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……」


 超速で移動している最中、L字に構えた左手を回転させ早口で呪文を唱える踊七。


「第一顕現ッ!

 水波能売命(ミズハノメノミコト)ォッ!」


 ジュルルルゥッ……


 右掌上に水流が集中し始める。


 ズザァァッッ!


 ここで踊七急ブレーキ。

 位置はナナオの左斜め後方。


 顔は右側を向いている。

 完全に死角の位置。


 ブゥンッ!


 体勢を整えた踊七の掌上には水球が複数生成されている。

 踊七は思い切り右手を振った。


 ビュビュビュンッッッ!


 ナナオに向かって飛んで行く水球群。

 物凄い速度。


 だがナナオは微動だにしない。

 何故ならナナオには魔力拡散があるからだ。


 この段階での予想。

 五行魔法(ウーシン)の起こす現象は魔力を形状変化させていると考えていた。


 ならば避ける必要は無い。

 どんな攻撃にせよ中身が魔力なのであれば全て霧散する。


 対魔力においてほぼ無敵の固有能力、魔力拡散。


 だが、一つ例外がある。


 バシャアァァッッ!


 水球弾、全弾命中。

 瞬く間にびしょ濡れになるナナオ。


【ム……?】


 ナナオは少し驚き、水球が飛んで来た方向へ首を向けた。


 てっきり霧散するものと思っていた水球群。

 が、全て命中した。


 これが意味する事。

 それは五行魔法(ウーシン)が魔力を形状変化させたものでは無いと言う事。


 魔力拡散が無効化する例外の魔力攻撃。

 それが物質生成、現象生成。


 魔力を形状変化させて起こす炎はあくまでも疑似的な燃焼。

 言わば熱を帯びた魔力。


 フィアンの放った火球も中身は熱を帯びた魔力の塊である。


 かたや魔力で現象生成すると言うのは、少し違う。

 燃焼と言う化学反応そのものを魔力を用いて生成している。


 熱を帯びていると言う点では違いは無いがアプローチに違いがあるのだ。

 ちなみに精度が高ければ高い程、内部に残存する魔力は小さくなる。


 例えばヒビキが生成する氷塊。

 これは通常時であれば再現度40~70%。


 最大30%は魔力が残っている為、竜の魔力壁(シールド)も反応する。

 別に再限度100%の氷塊が生成できない訳では無い。


 ただ少々時間がかかる為、取り回しの面から上記の割合で落ち着いたのだ。


 前話で解説した通り、魔力を使って物質や現象を生成するのは難度が高い。

 竜でも出来る者と出来ない者と別れる技術。


 それを人間が実現した事に少し驚いたのだ。


 ちなみに五行魔法(ウーシン)はどれも再限度100%。

 どれだけ踊七が物凄い事をやっているかお解り頂けただろうか。


 だが、所詮はただの水球。

 ダメージは無い。


 重々承知。

 踊七もこれでダメージを与えれるとは思っていない。


 現に踊七は既に次の動きに移っていた。


「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ……

 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた……

 さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じる…………

 第三顕現ッ!

 沙土瓊尊(スナツチニノミコト)ォッ!」


 バゴォォォンッッッ!


 踊七の前に競り上がる巨大な木壁。


【オオ……?】


 急に現れた木壁を見上げ、またまた驚きを隠せないナナオ。


 だがすぐに気付く。

 これは目眩ましだと。


 確かに踊七の姿は見えない。

 もちろん踊七も身を隠す為に発動させた。


 作戦の内。


 しかし……

 それは余りにも見通しの甘い作戦だった。


 ダンッ!


 巨大な木壁の向こう側で踊七が跳躍。

 一足飛びに壁の頂上へ。


 ガンッッ!


 重ねて蹴った踊七は更に高く跳ぶ。

 ポイントはナナオの頂上。


「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ……

 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。

 さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じる…………」


 超速で上昇する中、早口で呪文を唱える踊七。


 グルンッッ!


 空中で姿勢転換。

 両脚を上へ向けた。


「第三顕現ッッ!

 級長津彦命(シナツヒコノミコト)ォッ!」


 ブァンッッッ!


 唐突に吹き降ろす突風が身体の方向を真下へ変え、踊七をナナオの元へ運ぶ。

 重力も加わり、落下速度は倍加。


 右拳を引く。

 魔力注入(インジェクト)の準備だ。


 初めから踊七はこのつもり。

 五行魔法(ウーシン)でダメージを与えれるとは思っていない。


 ダメージを与えれる可能性があるのは貫通型ペネトレーションタイプのみ。

 そう考えていた。


 且つ、竜の形状から背中に視界を向けるには若干のタイムラグが発生する。

 ならば当たるはず。


 接触まで凡そ0.4秒。


 発動(アクティベート)ッッ!


 ドォォォンッッッ!


 見事、ナナオの背に右拳が命中。


 タイミングバッチリ。

 音からしても衝撃は伝わった。


 グラリ


 ナナオの身体が左に揺れる。


 どうだ!?

 たっぷり魔力を集中させた渾身の魔力注入(インジェクト)


 更に五行魔法(ウーシン)の力も借りた!

 流石の竜でもタダじゃ済まないだろう!


 身体が揺れたと言う事は衝撃が伝わったと言う事。

 これで転べば更に攻めやすくなる。


 そう考えていた踊七。

 しかし……


【……フム……

 数ならず(取るに足らない)……】


 だが、揺れたと言っても小さい。

 ほんの少々、横に揺れただけ。


 シュルルルンッッ!


 !!?


 踊七の腹にナナオの尻尾が巻き付いた。


 ギュンッッッ!


 気付く間も無く、踊七の身体は真横に飛ぶ。

 ナナオが投げ飛ばしたのだ。


 急速に変わる視界。

 状況が把握出来ない。


 ズダンッ!


 ズダンッ!


 ズザァァァァーーッッ!


 数回、跳ねて滑って行く踊七の身体。


「く……

 くそっ……」


 防御の魔力注入(インジェクト)を施していた為、さほどダメージは無い。

 それよりも精神的動揺の方が大きい。


 何故だ!?

 確実に衝撃は伝わった筈。


 何で反撃できる!?

 効いてないのか!?


 俺の魔力注入(インジェクト)が!


 バッ!


 素早く立ち上がり、間合いを広げる踊七。


 全くダメージが無いナナオ。

 貫通型ペネトレーションタイプは効いていなかったのか?


 否。


 確かに効いた。

 踊七の編み出した貫通型ペネトレーションタイプは遮蔽を貫通し、内部に衝撃を与える。


 そう考案されたのだから。

 ならば何故ダメージが無いのか?


 それは単純な話。


 衝撃が足りないのだ。

 圧倒的に。


 竜の肉体にダメージを与えるには桁外れに衝撃が足りなかった。

 だからナナオはダメージが無いのだ。


 これがもし並の竜等であれば、ダメージはあった。

 が、ナナオは別。


 身体の作り自体が並の竜と比べて一線を画している。

 それは一般竜と高位の竜(ハイドラゴン)の差。


 人間(竜河岸)が対抗できるのは一般竜が精一杯。

 高位の竜(ハイドラゴン)に抗うなど出来よう筈が無い。


 天地が逆さになっても不可能。

 それは源蔵や滋竜、現役自体の銀司であろうとも同様。


 いくらスキルが使えようとも同じ。

 それ程、竜と人間には差がある。


 加えて、先の沙土瓊尊(スナツチニノミコト)による目眩ましは全く効果は無い。

 何故ならナナオには踊七の位置は丸解りだったから。


 踊七の中にはナナオの魔力があるのだから至極当然の話。

 跳んで自分の死角に回った事も気付いている。


 要するに踊七の立てた作戦は悉く失敗だったと言う事。


「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……

 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた……

 さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、残った陰気が西に移動して金行を生じた……

 第四顕現ッッ!

 賀茂別雷命カモノワキイカヅチノミコトォォッッ!」


 ピシャァァァァンッッッ!


 雷鳴が轟き、ナナオの身体に落雷。

 五行魔法(ウーシン)の中でも殺傷能力が高い第四顕現。


 ブルブルブルブルッッ


 光り輝く竜の身体。

 ブルブル震える。


 通電しているのだ。


【フム……

 魔力拡散は動作してない……

 となるとこの雷も現象生成している……】


 だが、ナナオは平然と踊七が落とした雷について分析している。


「……これも効かねぇって……

 マジか……

 笑い事っちゃねぇ……」


 ダンッッ!


 更に間合いを広げる為、後方へ跳ぶ踊七。


「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……」


 後ろへ跳ぶ最中、呪文を唱え始める踊七。

 五回目の五行魔法(ウーシン)


 だが……


【遅い……】


 ギュンッッ!


 ナナオが打って出た。

 超速で間合いを詰める。


 その動きは風よりも速く。

 時間は瞬きよりも短い。


 何も動かない踊七。

 いや、動けなかったのだ。


 余りの速さに対処のしようが無い。


 ドコォォォォンッッッ!


 そのまま反転し、下から数本の尾で踊七の身体を打ち上げた。


 ギャンッッッッ!


 上に真っすぐ飛んで行く踊七。


「く……

 は……」


 踊七の身体に響く激痛。

 表面だけの痛みじゃ無い。


 芯まで響く痛烈な痛み。


 効いた。

 防御の魔力注入(インジェクト)を施してこれか。


【踊七よ……

 貴様の編み出したスキルとやら……

 最初に言葉を発しないと発動出来ないのであろ……?】



 !!!!!?



 え!?

 何故!?


 何でここでナナオの声がする!!?

 俺は今、舞い上がってる筈だ!!?


 混乱する踊七。


 ナナオはまだ攻撃を止めてなかった。

 翼を広げ、踊七を追って来たのだ。


 闘ると決まったら相手が誰であろうと容赦しない。

 それが世話になっている踊七であろうとも。


 それが(ロード)の衆、七尾(ロード・セブンス)


 ドコォォォォンッッッ!


 思い切り右拳を叩き付けるナナオ。

 咄嗟に両手で防御した踊七。


 相手の攻撃を察知したからでは無い。

 ただの反射運動。


 ビュンッッッ!


 踊七、急速落下。

 両腕のカードなんて無いに等しい。


 ズダァァァァンッッッ!


 激しく下に身体を打ち付ける踊七。


 ドスッ


 ナナオ、着地。

 踊七に近づいて来る。


 気付いた踊七は顔を上げた。


 ゴゴゴゴゴゴ……


 空気が震えている気がする。


【……さて……

 踊七よ……

 我にケンカを売ると言う事が……

 どう言う事か……

 そろそろ理解出来たか……?】


 這いつくばる踊七の目に映るのは荒ぶる気性を表すかの如く波打っている七本の尾と鋭い眼。


 深い瑠璃色の瞳に宿るのは純然たる殺意。


 自分をナメた事を後悔しながら死ね。

 言葉は無くとも伝わるナナオの思惑。


 少し開く大きな口から見えるのは二百から成る大小の牙。

 その様相は肉食の獣。


 これが今まで一緒にいたナナオか?

 自分自身を疑ってしまう。


 踊七はすぐに立ち上がる事が出来ない。

 思いの外、動揺が大きい。


 恐怖により身体が竦んでしまっている。

 そう、踊七の身体を縛っているのは恐怖。


 初めて感じた竜と言う異生物に対する恐怖。


 最初に対峙した時も。

 強者の圧を浴びた時も。


 全く物怖じせず威風堂々としていた踊七が初めて感じた恐怖。

 原始的な生物としての殺意を向けられ、すぐに立て直す事が出来ない。


 だが……


 グァァァッ!


 しかし、ナナオは一片の容赦すらしない。

 踊七の頭を掴んで持ち上げた。


【……さて……

 覚悟は良いか……?

 踊七よ……】


 口を大きく開くナナオ。

 完全に殺す気だ。


 方法は?


 無数の牙で咬み殺すのか?

 長い爪で切り殺すのか?


 七本の尾で絞め殺すのか?

 それとも空中に放り投げて魔力光で消し飛ばすのか?


 どれにしたって絶命は必至。

 死は免れない。


 ナナオの問いかけに反応しない踊七。

 もう観念したのか?



 いや……

 違う。



 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる。

 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。


 踊七は既に立て直していた。


 まだ終わりじゃない。

 やれる事はある。


 しかし、立ち直ったのはあくまで気持ちの部分のみ。

 竦んだ身体はまだ動きそうに無い。


 だが関係無い。

 手、一つ動けば充分。


 震える右手でゆっくりL字を作り、手首を回した。

 五行魔法(ウーシン)の発動準備。


「第二顕現ッッッッ!!

 加具土命(カグヅチノミコト)ォォォォォッッッ!!!」


 恐怖で満足に動かなくても構わない。

 手と口さえ動けば良い。


 ゴォォォォォォォォォォォッ!


 突然巻き起こる巨大火災旋風がナナオ達を包む。

 視界は灼熱色へと急変。


【ヌオォッ!?】


 流石のナナオも驚きを隠せない。

 急激に上がる内部温度。


【クッ……】


 ギャンッッッ!


 翼をはためかせ、真横に真っすぐ飛んだ。

 急速退避。


 ナナオは少し焦ったのだ。

 理由は加具土命(カグヅチノミコト)の威力にでは無い。


 ズザァァッッ!


 火の嵐から抜けたナナオは急ブレーキ。


【踊七よ……

 貴様、自分諸共……

 死ぬつもりか……?】


 踊七が発動させた加具土命(カグヅチノミコト)

 土壇場だった為、位置をイメージしていなかった。


 結果、自分ごと大火災旋風に呑まれる事になる。


 まさに自殺行為。

 この行動が理解出来ずナナオは戸惑ったのだ。


 竜の中にも自殺行為と思しき行動を取るものはいる。


 が、それは自らの力量も推し量れずに格上にケンカを売る。

 例えば先のフィアンの様な行動。


 だが、それはただ愚かな行為なだけであって自らの手で自らの命を断とうと言う動きでは無い。


 竜は絶望や悲観等で自らの命を断つと言う行動はとらない。


 強大な力を持った竜に恐怖する事はあっても精神を病む程、感情が揺れる事は無い。


 だからナナオは焦ったのだ。


 理解出来ない。

 何故こんな行動を取ったのか。


 だから話を聞こうと踊七を連れ、とりあえず退避行動を取ったのだ。


 フィンッッ!


 直に火災旋風も。

 踊七が出した木の壁も消失、霧散した。


 ドサッ


 手から踊七を離すナナオ。


 気絶している。

 原因は酸欠。


 加具土命(カグヅチノミコト)によって内部の酸素が急激に薄くなったのだ。


【フム……

 踊七の意識が無くなると、スキルとやらは解除されるのか……】


 五行魔法(ウーシン)の解除方法は踊七の任意か意識を失った時。


 しばらくして……


 ゆっくりと目を開ける踊七。

 意識が回復した。


 酸欠と言っても症状は軽微。

 ナナオの行動が速かった為だ。


【ム……

 目を覚ましたか……?】


 ナナオの声に反応し、ゆっくりと身体をおこす。


 ズキィッ!


「イデェッ!!?」


 首の背に激痛が奔る。

 先程、上で殴られた箇所。


 もちろん防御の魔力注入(インジェクト)は施していた。

 が、痛みで解る巨大なダメージ。


 声を上げてしまう程。


【おい……

 踊七……

 貴様に聞きたい事がある……】


「ちょ……

 ちょっと待てナナオ……

 その前に回復させてくれ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 ピトッ


 ゆっくりとナナオの鱗に手を添える踊七。

 特に何も言わないナナオ。


 そのまま魔力補給を完了させる。

 続けて魔力注入(インジェクト)を使い、回復に取り掛かる。


 全身が淡く白い光に包まれ、やがて完治。


【さて踊七よ……

 傷が治った所で聞きたい事がある……】


「……何だよ……?」


【最後の炎は何故出したのだ……?

 自分も焼け死ぬとは考えなかったのか……?】


「……そんな事考えもしなかった。

 とにかくお前に一泡吹かせてやろうとしか思って無かったな……

 無我夢中って奴だ……

 笑い事っちゃねぇ……」


【何も考えてなかったのか!?

 あれだけの炎。

 脆弱な人間なぞ瞬く間に消炭になる……】


 ナナオの言っている事は間違っていない。

 通常の火災旋風でも内部温度は1000度を超える。


 しかも踊七のは五行魔法(ウーシン)によって生み出された魔火炎旋風。

 もちろん内部温度も通常のそれを遥かに上回る。


 もうあと数瞬、その場にいたら身体が自然発火していた。


 ナナオの挙動が早かったのと先に見せた超々速移動のお蔭で危機一髪、難を逃れたのだ。


「そうか。

 そんなに威力があったのか。

 まあそりゃお前の魔力を使ってるんだから当然っちゃあ当然か。

 笑い事っちゃねぇ。

 ……加具土命(カグヅチノミコト)……

 こりゃ使えねぇな……」


 加具土命(カグヅチノミコト)は対竜河岸戦では使えないと判断した踊七。

 殺傷能力が高過ぎるのだ。


【おい……

 ちょっと待て……

 いくら何でも軽過ぎないか踊七よ……

 貴様、自分で自分の命を断とうとしたのだぞ……?

 もはや死にたくて生きているとしか思えん……

 理解し難い……

 今まで数多くの竜を見て来たがそんな奴は一匹たりとも居なかったぞ……】


 ナナオが着目したのは踊七の行動そのもの。

 自殺と言う行為は竜の価値観では理解できないのだ。


「俺だって死にてぇ訳じゃねぇよ。

 だからあん時は無我夢中だったって言ってんだろ?

 ってかお前、俺を殺す気で来てただろ?

 それなのに何、驚いてんだよ」


【我はケンカを売って来た奴に手加減なぞは出来んからな……

 我が言いたいのは追い詰められたからと言って自らの命を刈り取る様な真似をすると言うのが理解出来んと言う事だ……】


「ンな事言われても知らねぇよ。

 無意識の内にやったんだからしょうがねぇだろが……

 けど……

 まぁ、そうだな。

 ナメられたままで生きるぐらいならお前を地獄に引きずり込んで死ぬのも悪くねぇかもな……」


【ヂゴク……?

 ヂゴクとは何だ?

 踊七よ……】


「地獄ってのは人間の話で出る、死んだら行く所の事だよ。

 要はお前を殺せるなら死ぬのも悪くねぇって話だ」


 自分の見解を淡々と述べる踊七。

 話している内容は生きてて良かった等の生還を安堵するものでは無くその逆。


 自分の尊厳を守る為なら死も厭わないと言っているのだ。

 それを聞いたナナオは言葉を失っている。


【…………踊七……

 お前正気か……?

 死ねば何もかもが終わる……

 仮に我を屠れたとしてもその証を受け取る事は出来ぬ……

 自身の強さを世に知らしめる事も叶わぬのだぞ……?】


「ンなもんいらねぇしやりたくねぇよ。

 俺はナメたお前がのうのうと生き続けているのが気に喰わねぇだけだ。

 笑い事っちゃねぇ」


 踊七の心境はイスラムの自爆テロを行う殉教者に近い。


 実行犯では無く、指示を出した者。

 その考えに酷似している。


 自爆テロの様な外道な指示を出す連中の思惑。

 それは自尊心を大きく傷付けられたからだ。


 殉教者と言う人種は自身の信じる宗教を崇拝する事でアイデンティティーやプライドを保つ。


 それを異宗教や外部の人間に侵され、汚される。


 だから報復するのだ。

 報復攻撃として自爆テロを敢行するのだ。


 もちろんこれは一面だけの話で動機としては様々な要因や思考が考えられるが。


 踊七は特に信じている宗教は無い。

 だが見下したナナオの態度。


 これが踊七の持つ自尊心を酷く傷付けた。

 その傷は自らの命すらどうでも良いと思えるものだった。


 ふざけんな。

 竜だか何だか知らないが俺を舐めるなよ。


 やってやる。

 眼にものを見せてやる。


 踊七が無意識下で火行の呪文を頭で連ねている時の心境を言語化するとこの様な形となる。


 その発言を聞いたナナオは絶句。


 有り得ない。

 理解出来ない。


 そんな些末な理由で自分諸共、相手を屠ろうとした行動が解らない。

 やがて……


【…………ククク……

 クァーッハッハッハッハッ!!】


 大きな口を開けて大爆笑するナナオ。


「な……

 なんだよ……?

 急に大笑いしやがって……」


【ククク……

 いやな……

 世と言うのは広いものだと改めて感じてな……

 こんなに狂った生物がいるとは考えも付かなかった……

 ククク……

 よかろう、踊七。

 仮だが貴様をひとまずは我の主人マスターと認めてやる……】


「仮って何だよ仮って。

 笑い事っちゃねぇ」


【何を言うか……

 我が認める者なぞ地球はおろか竜界でも数える程しかおらん……

 これは人間の言葉を借りるなら名誉と言うものでは無いのか……?】


「だったら仮なんて付けねぇできちんと認めやがれ。

 笑い事っちゃねぇ」


【確かに貴様が創ったスキルとやらは大したものだ……

 だが、簡単に付け入る隙が解る様ではまだまだ……

 お前のスキルと狂った行動……

 この二つの興味深さを買った上での評価だ……】


「くそっ!

 見ていやがれェッ!

 絶対、俺の事を笑い事っちゃねぇぐらい正真正銘の主人って認めさせてやるからなァッ!」


【ククク……

 せいぜい気張るが良い……】


 踊七は仮ではあるが晴れてナナオから主人(マスター)と認められたのであった。

 この後、踊七は五行魔法(ウーシン)に修正を加える事となる。


 新たな機能として生順破棄。

 そこから相克(コンフリクト)の項目も加筆。


 こうして五行思想に則した無数の自然現象を操る前人未到の大スキル。



 五行魔法(ウーシン)が完成した。



 後日、踊七は五行魔法(ウーシン)を産み出した一連の作業工程を魔法(マジック・メソッド)と命名する事となる。



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 時は遡り、2012年夏。



 場所は北方皇大神宮。


 境内前には鵜戸(うと)博嗣(ひろつぐ)

 (そよぎ)踊七ようしち


 赤い蛇竜、コータが居る。

 踊七の父親、虚往(こおう)を待っているのだ。


(おとーさーんっ!

 遊びに行って来るーっ!)


 ブンブンと元気に手を振る男子。

 健康的に焼けた肌。


 黒くショートカットの髪型。

 眼は大きくクリクリと。


 服装は水色のTシャツにデニムの半ズボン。

 素直さが身体全体から溢れ出ている様な雰囲気。


 博嗣(ひろつぐ)の一人息子、鵜戸(うと)大夢(ひろむ)である。

 満10歳の小学四年生。


(おーっ!

 何処に行くんだいーっ!?)


 笑顔で返答する博嗣(ひろつぐ)


(竜ちゃんと本牧公園ーっ!)


 大夢(ひろむ)の肩には黄緑色の虫かご。

 手には虫取り網。


 昆虫採集に出かけるのだろう。

 言っている竜ちゃんとは(すめらぎ)竜司(りゅうじ)の事。


 そう、大夢(ひろむ)は幼少期の友達。

 ドラゴンエラーで死亡した竜司の親友なのだ。


 ショックのあまり本編の竜司はもはや顔も。

 名前すら思い出せない。


 記憶の奥底に眠ってしまった悲しい存在。


 ここからは幼少期の竜司。

 ドラゴンエラ―を起こす前の竜司の物語を綴ろうと思う。


(車には気を付けるんだよーっ!)


(うんっ!

 行って来まーすっ!)


 こうして大夢(ひろむ)は竜司の家を目指す。



 (すめらぎ)



 平屋の和風家屋。

 広大な庭に巨大な門。


 (すめらぎ)家はもともと由緒正しい旧華族の出自。

 この家屋も明治からずっと(すめらぎ)家が住んでいる住居なのだ。


 本編で登場する竜司の実家と酷似している。

 源蔵が落ち着くからと言う理由で似せて建てたからだ。


 ピンポーン


 インターフォンを鳴らす。

 すぐに応答がある。


(はいはい、どちら様?

 あら、鵜戸(うと)さんトコの……

 竜ちゃんかしら?)


 女性の声。

 (すめらぎ)家のヘルパーである。


 現在、在宅している家族は源蔵のみ。


 父親の滋竜はもちろん外洋航海中。

 母親の十七は依然として紛争地域で医療活動。


 豪輝は特殊交通警ら隊の編成の為、各所に根回しや人材確保に大忙し。

 最近自宅に帰っていない。


 そんな環境の為、家事はホームヘルパーに一任している。

 家族以外で言うとヘルパーと黒の王ことカイザが居る。


 幼少期の竜司はこの三人と一緒に暮らしていた。


(ハイッ!

 オハヨウゴザイマスッ!

 竜司くんをお願いしますッ!)


(ウフフ、あらあら。

 いつもご挨拶出来て偉いわね。

 ちょっと待っててね……)


 待っている間、大夢(ひろむ)は巨大な門の日陰に入る。

 小さな身体には一際大きく見える門構え。


 ガラッ


 しばらく待っていると通用口の引き戸が開く。


「あっヒロちゃんっ!

 おはよーっ!」


 中からヒョコッと顔を出したのは小さな男の子。

 品の良いベリーショートの黒髪に白Tシャツとデニムの長ズボン。


 幼少期の竜司である。

 満九歳の小学四年生。


 大きな目に整った鼻。

 全身から感じられる空気は陽。


 本編当初に見られていた陰気な雰囲気は欠片も見当たらない。


 短髪の為、表情も良く解る。

 そもそも各パーツは美形の十七譲りで端正な作り。


 普通に学校に通っていたらゆくゆくはイケメンとしてモテていたと思われる。


(おはよーっ!

 竜ちゃんっ!

 虫取り行こっ!)


「うんっ!」


 こうして竜司は大夢(ひろむ)と共に本牧公園へ。


 一時間後。


 二人共、汗だくになりながら虫取りを続けていた。

 汗を掻いてはいるがまだまだ体力は充分。


 網を振り回して走り回っている。

 さすが子供パワー。


 その甲斐あって取れ高は充分。

 大満足の二人は一休み。


(ふーっ!

 いっぱい取れたねー!)


「セミばっかだけどねー、カブトムシとかクワガタとか居ないかなぁ?」


(見た事無いよねー。

 ()()()()のスキルとかなら見つけられるのかなー?)


「うーん……

 多分見つけられるだろうけど、そんな簡単に行くかなぁ?

 お爺ちゃんが言ってたけど()()()()()()()で貰えるスキルってどんなのか選べないらしいし」


 二人共、竜河岸。

 竜儀の式を終えていない竜河岸。


 今はただ竜の言葉が理解できるだけの児童に過ぎない。

 が、竜河岸の基礎知識程度は持ち合わせていた。


(そー言えば、今日も誰か来てたよ。

 コータも居たから()()()()()()()をやるんじゃないかな?)


「へー、知ってる人?」


 ぶんぶん首を横に振る大夢(ひろむ)


(うーうん。

 知らない人だよ)


「ヒロちゃん家っていつも忙しそうだよね。

 お父さん、夏休みって無いの?」


(忙しいのかな?

 良く解んない。

 けどいつも草刈りとかばっかしてるよ。

 お父さんのお仕事って神社だから夏休みって無いんじゃないかな?)


 神職者には基本休みと言うものは存在しない。


 一応、一般的な会社員に準拠する勤務体系とはなっているが、月に4日しか休みが無かったり年中無休なんて所もザラにある。


 鵜戸(うと)家の様に住居と神社が密接していると私生活と仕事の線引きが難しいと言う家庭もある。


 更に竜河岸の神職者は竜儀の式の執行と言う役割も担っている為、比較的忙しい。


 博嗣(ひろつぐ)の場合はそこら辺の線引きは特に敷かず、ごっちゃにやっている為、休みが無くても特に苦になっていないのだ。


「うへぇ、夏休みが無いなんて嫌だなぁ。

 って言う事はヒロちゃんも大きくなったら夏休み無くなるんだねぇ。

 キシシ」


 意地悪く笑う竜司。

 大夢(ひろむ)が成人したら神主を引き継ぐだろうとからかっているのだ。


(えーっやだよーっ! 

 神主なんてなりたくないーっ!

 ずぅっと家に居なきゃダメなんだよっ!?

 そんなのやだよう。

 僕はねー、()()()()になったら色んな人を助けるお仕事をするんだっ!)


「へー、じゃあ兄さんみたいな警察官になるの?」


 この頃、豪輝は既に警視庁で勤務。

 竜河岸刑事として銀司と共にバリバリ働いていた。


 近親者に警察官がいる為、竜司は警察に竜河岸がいる事を知っている。

 この様に竜河岸関連の知識は各々によって大きく偏るのだ。


(刑事さんもカッコイイよねっ!

 あと消防官もカッコいいなっ!

 僕はねー、すんごいスキルを貰って皆がピンチの時に颯爽と助ける立派な()()()()になるんだっ!)


「へー、何だかヒーローみたいだね。

 カッコいいっ!」


(ムフーッ!

 そうでしょっ!?

 竜ちゃんはどんな()()()()になりたいのっ!?)


 鼻息荒く、自慢気な大夢(ひろむ)


「僕はまだ解んないや。

 お父さんみたいな船長もカッコいいし兄さんみたいな警察官もカッコいいと思うけど……

 僕になれるかな?」


 かたや竜司の方はほのかに自信無さげな様子。

 これは本編で見られるオドついた性格から来るものでは無い。


 この頃の竜司は本編とは真逆の素直で明るい性格。


 これは単なる尻込み。

 日々源蔵から聞かされている話が起因している気後れなのだ。


「よいか竜司。

 (すめらぎ)家は名家。

 名家だから竜河岸としても一流なのだ。

 いや、一流でなければならん。

 竜河岸にも劣等生は存在する……

 お前はそうなるな。

 お前の名前は竜を司ると書く。

 竜を立派に使役し、竜を取り仕切る。

 そんな意味があるんじゃ。

 名前に恥じぬ様、日々精進せいよ……」


 耳にタコが出来る程、源蔵から聞かされたこの話。


 更に幼少の身でありながら、祖父の偉大さ。

 父親や兄が竜河岸の中でもエリートだとと言うのは解っているのだ。


 こんな家庭環境で暮らしていて自分の将来に自信が持てなくても致し方ないと言った所なのだ。


(竜ちゃん、違うよ。

 ()()()()()じゃなくて()()んだよ)


 かたや大夢(ひろむ)は自分の夢に真っすぐ進む決断力と実行力を匂わせる性格。

 名は体を表す。


「ヒロちゃんはいつもカッコいいよね。

 僕もそんな風に自信が持てれば良いんだけどねぇ。

 ウチは家族みんな凄いからなぁ……

 僕もそうなれるか心配だよ」


 前言撤回。

 竜司はこの頃から既に陰キャになる素養を持ち合わせていたのかも知れない。


 考えて見れば当然。

 祖父は竜極と称される国内最強の竜河岸。


 母親は国境なき医師団の会長を勤め、マザーの衆近衛の四で現マザードラゴンであるマザーダイナを使役する竜河岸。


 父親は日本郵船の船長を長年勤め、中東の海域で無敗を誇る。

 蒼の王、バキラを使役する竜河岸。


 兄は警視庁のキャリアで竜河岸警官。

 階級も警部補でバリバリと活躍している。


 黄金の陸竜ボギーを駆り、日本全国の竜河岸犯罪者を次々と検挙して行っている。

 そんな偉大な家族を持つとオドついた気性になるのも理解できる。


 だが、兄も兄で体内に魔力が溜めれないと言う体質の為、あわや落ちこぼれる寸前だった。


 この頃の竜司はそんな事は露として知らない。


 兄は生まれつき才能が溢れて何一つ挫折せず王道を突き進んでいると思っていた。

 まさか自分の兄が凶悪竜河岸犯罪者に殺されかけたなんて事は考えも及ばない。


 参照話:閑話 第七章


(ほらぁ、また()()()って言ってるよォ。

 だから()()()じゃ無くて()()んだよ。

 そんな事じゃあ、僕が先に立派な()()()()になっちゃうよ)


「……うん、僕も頑張る。

 まだどんな竜河岸になるか解んないけど……

 僕も頑張って兄さんや父さんやお爺ちゃんよりももっともっとすんごい竜河岸になるんだっ!

 ヒロちゃんには負けないよっ!」

 

 大夢(ひろむ)はこの頃の竜司にとって親友でありライバルであり憧れる面を持っていた存在。


 奮起された竜司も立派な竜河岸になる事を決意する。


 本編での竜司はある種、家族の誰よりも凄い竜河岸と言えるかも知れない。

 願いが成就した面も見受けられる。


 だがそれは……



 この決意があったからでは無い。



 何故なら竜司はこの事を覚えていないからだ。

 それどころか大夢(ひろむ)の存在や小学生の頃の自分がどんな人間だったかも忘れてしまっている。


(じゃあ二人で競争だなっ!

 どっちが早く立派な竜河岸になれるかっ!)


 この微笑ましい親友との約束も。


「うんっ!

 僕だって負けないよっ!

 ヒロちゃんよりも早く立派な竜河岸になってやるっ!」


 純粋で真っすぐな決意も。


 全てドラゴンエラーによって灰燼と帰す。

 結果、刻まれた悪夢の記憶の底へと追いやられてしまう。


 皮肉な事にこの立派な竜河岸になると言う夢の真逆の方向に進んでしまう事になる竜司。


 家族に負けない竜河岸になりたいと願っていたのにある種、史上最悪の竜河岸犯罪者と呼べる存在になってしまうと言うのは何ともやり切れない。


 悲劇にもならない極めて悲しい話だ。


(僕だって負けないぞっ!)


 こうして竜司と大夢(ひろむ)は一日虫取りをして過ごす事になる。


 二人は本当に仲が良い。

 同じ小学校に居た同世代の竜河岸。


 竜河岸は人口比率が低い。

 同じ小学校に同学年で二人いる事はかなり稀。


 仲良くなるのに時間はかからなかった。


 知り合ってからはいつも遊んでいた。

 一般人グループと遊ぶ事もあったがその時も二人一緒。


 忌まわしきドラゴンエラーが起きなければ或いは良きライバルとしてお互い切磋琢磨し、健やかに成長して立派な竜河岸になっていたかも知れない。


 夢を叶え、社会貢献を果たしていたかも知れない。


 だが、それはいわゆるたらればの話。

 これは過去の出来事。


 本編では大夢(ひろむ)の存在を忘れてしまっている。

 別に竜司は忘れたくて忘れた訳では無い。


 これは心因性の健忘症に近い。


 ドラゴンエラーを起こした事自体は覚えている。

 が、親友を自らの手に掛けた事は忘れてしまっていた。


 存在や幼少期の思い出ごと。


 おそらく未来永劫思い出す事は無いのだろう。

 仮に思い出したとすると竜司の事だ。


 膨大な罪悪感の大波に呑まれ人格崩壊する。

 身体がそう判断した為、記憶を封じ込めると言う措置を取った。


 本当に痛ましい。

 悲痛な出来事なのだ。


 ドラゴンエラーとは。



 時は進み2012年、12月。



 竜司はすくすくと育って行っていた。

 生活もさして問題は無く、過ごしている。


 家族がほとんど居なくても特に竜司は寂しくは無い。


 家には優しいヘルパーさんがいる。

 それに厳しいが優しくもある祖父が傍にいたからだ。


「ズズズ……

 竜司よ……」


 明くる朝の朝食中、不意に源蔵が話しかけて来た。


 この頃の源蔵はまだ竜司を一流の竜河岸に育てると考えていた為、特に当たりがキツいとかは見受けられなかった。


「モグモグ……

 なあにお爺ちゃん?」


「お前ももう十一。

 そろそろ魔力と言うものに慣れておいた方がよい」


 ドキ……


 竜司の胸が少し高鳴る。


 いよいよだ。

 僕もお爺ちゃん達みたいな立派な竜河岸になるんだ。


 輝かしい自分の将来を見据えてテンションが少し上がった。


「わかった……

 モグモグ……

 ご馳走様でした。

 で、どうやるの?」


 カチャカチャ


 一緒に食事を取っていたヘルパーさんが皆の食器を片付ける。


「まず、お前には魔力がどう言うものかを教えて置く……

 魔力とは竜が扱うエネルギーの事じゃ」


「エネルギー?

 石油とか電気とかの事?

 授業で習った」


「まぁそうじゃな。

 人間が扱う石油や電気。

 それが竜の場合、魔力になると言う事じゃ……」


 そこから源蔵による魔力の軽い講義が始まる。


 魔力とはイメージや感情などで変化するエネルギーと言う事。

 体内に取り込んで使用する事。


 それを使えば人智を超えた力を出す事も出来る事。

 淡々と語る源蔵。


()()()()()()()???

 どう言う事?」


 今の竜司には少々難しい言葉だった様子。


「……要は物凄い力が出せると言う事じゃ。

 お前に解り易く言うと超人になれるって事じゃろうか?」


「へぇぇぇぇっっ!

 すっごいすっごいっ!

 ねぇねぇっ!

 お爺ちゃんっ!

 魔力を使えば高いビルもひとっ飛びとか出来たりするのっ!?」


 超人。


 このワードに激しく反応した幼少期の竜司。

 テンション急上昇。


「造作も無い」


 さも当然の様に語る源蔵。


「すっごいすっごいっ!

 …………ん?」


 ひとしきりテンションが上がった竜司はふと疑問が頭に浮かぶ。


「どうかしたか?」


「ねぇお爺ちゃん。

 魔力が凄いのは解ったけど、別に超人なんて居ないんじゃない?

 TVとかでやってる競争とかも特に変わらないし、高跳びとかも普通って気がするよ?」


「あぁ、それは魔力が一般人には扱えない毒じゃからじゃ。

 それも超猛毒。

 少しでも一般人の中に侵入すれば死をもたらす……

 が、竜河岸は違う。

 生まれつき魔力に対して耐性を持っておる。

 竜河岸とは竜の魔力を扱える人種の事を指すのじゃ。

 お前が見てる番組は単に一般人しか出ておらんと言う事じゃろう。

 そもそも竜河岸がそんな大会に出場したら公平性を欠くしのう」


「毒ッ!?

 そんなの身体に入れて大丈夫なのっ?」


「ちゃんと使用方法を弁えれば問題無い。

 現に儂はピンピンしとるじゃろう?」


「あ、そっか」


「他にも色々あるが一先ずはこれぐらいで良かろう。

 では実際に魔力を取り込んでみるとするか。

 おい!

 カイザ!」


 ガラッ!


 勢いよく襖が開き、中から出て来たのは喪服スーツに身を包んだ長髪長身の男。

 両瞳は燃える様に紅い。


 源蔵の使役している竜。

 黒の王、カイザである。


 顔には黒線が横に数本奔っている。

 墨汁の線。


 隣の部屋で習字の練習をしていたのだ。


主人(マスター)、お呼びですか?」


「ウム、少々魔力を出して貰いたい」


「魔力補給であれば私に手を添えれば出来るのでは?」


「いや、儂では無い。

 竜司じゃ。

 ()()()()じゃから量は一番小さく頼む」


「御意」


 ムニョン……


 カイザの首筋辺りから蒼白色の光体が滲み出て来た。

 大きさは小さい。


 キラキラ光る様はまるでスーパーボール。

 フヨフヨと浮いて源蔵にゆっくりと向かって行く。


 魔力補給には大きく分けて二種類ある。


 使役している竜から魔力球が滲み出る捻出補給。

 それと竜河岸が竜の身体に触れて補給する接触補給。


 大抵の竜河岸は接触補給を使用する。

 何故なら捻出補給の場合、補給用の魔力球を妨害されたりするからだ。


 あと捻出された魔力球は出した竜の主人に向かって飛んで行く。


「よし、竜司よ。

 この青く光る球を握って見ろ」


「えっ……?

 えっ……?

 握って見ろったって……」


 急に指示が来て戸惑う竜司。


「はやくせんか。

 グズグズしとるとすぐに消失するぞ」


 源蔵の言う通りゆっくりと下降して行く魔力球。


「わわっ……!?」


 ギュッ!


 慌てて魔力球を握る竜司。


「グゥゥゥゥゥゥッッッ!!」


 途端に呻き声を上げながら胸を押さえて前へ屈み出す竜司。

 同時に何かが身体に入って来た感覚が奔る。


 全身から溢れ出る拒否反応。

 明らかに異物。


 異物が身体に入って来た。

 感覚で解る。


「フム……

 竜司はきちんと()()()()……」


 そんな竜司を心配する事も無く見降ろす源蔵。


「お爺ちゃん……

 これ……」


「初めて魔力を取り込めばそんなものじゃ。

 おそらく今日一日、身体が怠くてしょうがないじゃろう。

 が、心配いらん。

 体内に入った魔力は時間で消化される」


 竜司は初めて魔力を取り込んだ。

 且つ竜儀の式を執り行って無いカイザの魔力。


 更にカイザは王の衆トップ七人に名を連ねる高位の竜(ハイドラゴン)

 極々少量と言ってもこうなるのは致し方ないのである。


 ちなみに今回、竜司に魔力補給をさせた理由としてちゃんと魔力を体内に取り込めるかどうかを見て見極めたかったと言うのがある。


 何故なら豪輝の例があったから。


 もし竜司も魔力を取り込めなかった場合、教育方法を変えないといけない。

 こう言う事は早い方が準備し易い。


 豪輝を加藤に預けた事を少し反省している源蔵なのであった。


「……すんごい怠いんだけど……

 ホントにこれ一日で消えるの……?」


「儂の言う事を信用せい。

 今は冬休みじゃ。

 これから一週間ほど毎朝カイザの魔力を補給して貰う」


「えぇっ……!?

 ふ……

 冬休みの宿題とかあるんだけどな……」


「そんなもの、お前が魔力に慣れれば済む事じゃ。

 慣れればその分、怠さの解消も早い。

 それで時間を作れば問題無かろう」


「えぇっ……?

 慣れろったってなぁ……」


「もう一流の竜河岸になる修練は始まっとるんじゃ。

 お前も(すめらぎ)家に生まれた以上、腹を括れ」


「ちぇ……

 わかったよ」


 割と無茶な事を言う源蔵。

 正直な所、冬休みの宿題なんてどうでもよかったのだ。


 学業に関しては竜河岸のスキルを得た後で如何様にも変化する。

 竜河岸の学業は竜儀の式を終えてからと考えていた。


 竜司の手前、明け透けに自分の所感を述べる事は避け、半ば強引に話を進めた。


 考えて見れば当然。

 冬休みの宿題なんか放っておけなんて事を言う保護者は居ない。


 そんな事を我が子や孫に言う様な輩はただの毒親、毒祖父である。

 源蔵も自分が保護者であると言う認識はあったらしい。


 かたや渋々ではあるが了承した竜司。


 それは源蔵の発言にあった修練と言うワード。

 これに反応した。


 修練。


 何かカッコいい。

 漫画の主人公みたい。


 確かに魔力補給はキツい。

 だが漫画の主人公みたいでカッコいい面もある。


 そう考えた為、この話を了承した。

 が、竜司の思う漫画の主人公みたいにそう簡単に上手く行く筈は無い。


 結局その日は終日寝て過ごした竜司。

 いつまで経っても怠さは抜けなかった。


 頭の中では不安が渦巻く。


 こんな事で立派な竜河岸になれるのかな?

 全然出来なかったらどうしよう。


 グルグルと巡るネガティブイメージ。

 そのまま泥の様に眠ってしまった。


 こうして竜司は祖父の言われるままに一週間毎朝、カイザの少量魔力を取り入れる事となる。


 確かに源蔵の言う通り朝起きたら怠さは消えていた。

 先日の鉛の様な身体が嘘の様に。


 だが結局の所、慣れは実感できないまま一週間はすぐに過ぎてしまう。

 これは幼少期の竜司が言われるまま安穏と魔力を取り込んでいたから。


 身体に溢れる怠さに気を取られ、魔力を身体に取り入れる事に関して思案する事をしなかったからである。


 ただ取り込んでただ怠くなってを繰り返しただけ。


 魔力を扱う上で大事なのは想像力。

 それはもっと突き詰めると思考すると言う事。


 魔力を体内に取り入れて思考停止していては魔力に慣れる訳がない。

 一応多少は慣れはしたのだが本人は気付いていないと言った現状だった。



 更に時は進み、2014年10月初旬。



 早いもので竜司も小学六年生。

 体つきもほんのり大人に変わりつつある。


 一昨年の年末から始まった魔力に慣れる修練。

 これは学校が長期休暇に入る度行われていた。


 その甲斐あってか取り込んでも始めた当初程、怠いと言うのは無くなっていた。


 本編の竜司がガレアの魔力を最初からある程度使いこなせていたのはこの訓練があったからである。


 別に主人公補正等の超常的な力が働いた訳では無い。


 もちろん祖父とこんな訓練をしていた事を当の竜司は忘れてしまっている。

 が、身体に染み付いた感覚と言うのは簡単に拭い去れるものでは無い。


 記憶としては忘れていても身体は覚えていたのだ。


「お爺ちゃん、いってきまーす」


 今日も元気に学校へ向かう竜司。

 いつもの風景。


 澄んだ秋空が広がり、涼し気な微風が吹いている。

 夏の暑さがようやくフェードアウトし、短い秋の始まりを告げているかの様。


「おう、いってらっしゃい」


 源蔵も見送る。

 何の変哲もない朝の風景。


 だが、それは一般人の場合。

 (すめらぎ)家は竜河岸の家系。


 ガラッ


 源蔵は隣の部屋に続く襖を開ける。


 ビシュゥッッッッ!


 ビビッッ!


 中ではカイザが座り、習字の練習をしていた。

 部屋の様子は散々なもので天井から壁から縦横無尽に黒線が奔っている。


 全てカイザが付けたもの。


「おい、カイザ」


 ビシュゥッッッッ!


 大きく手を振り上げるカイザ。


「フム……

 まずまず。

 主人(マスター)、如何いたしました?」


 座った姿勢のまま、振り返るカイザ。


「お前に少々頼み事がある。

 竜界に行って一人、竜を見繕って連れて来て欲しいのじゃ」


「竜……

 ですか?

 それは構いませんが……

 何かなさるのですか?」


「竜司の使役する竜を今の内に選んでおこうかと思ってのう。

 竜司との相性が良ければそのまま竜儀の式を執り行うまで一緒に住まわせようと考えておる。

 期間はかかっても構わん。

 貴様の眼鏡に適う竜を連れて来い」


 源蔵が望む竜河岸を育てるとなるとこう言った方法になる。

 竜儀の式を執り行う前に使役予定の竜と絆を深めさせようと考えているのだ。


 更に連れて来る竜は黒の王であるカイザの基準。

 まさに竜河岸にとって一流の教育。


「わかりました……

 では……」


 すっくと立ち上がるカイザ。

 同時に敷居を跨ぎ茶の間に戻る源蔵。


黒白(こくびゃく)


 シュオォォッッ!


 カイザ固有能力発動。

 部屋中に撒き散っていた黒い線が墨汁に戻り、カイザの掌へ集まって行く。


 一瞬で部屋は元通りに。

 そのまま一点に凝縮された墨汁を雑巾で包み、掃除完了。


「では主人(マスター)、行って参ります」


「ウム」


 ギュオッッ!


 亜空間を開き、中へ消えて行くカイザ。

 墨汁を処理した雑巾もそのまま持って行った。



 その日の夕食時。



「あれ?」


 夕食が並ぶ前に座った竜司。

 ある事に気付く。


「どうかしたか?」


「カイザ……

 さん……

 だっけ?

 お爺ちゃんの竜の。

 あの人はどうしたの?」


「カイザなら今、所用で出ておる。

 数日は戻らん」


「ふうん、そうなんだ」


 竜司はさして興味が無かった。

 と言うのもカイザと話した事は数える程しか無い。


 しかも会話では無く、竜司から呼びかけただけ。

 返答は無かった。


 だから会話として全く成立していない。


 竜司も竜司でコミュニケーションを取ろうとはしなかった。

 何故なら……



 怖かったから。



 口数は少ない黒長髪のカイザ。

 燃える様な紅い両瞳。


 無言でその眼に見つめられると恐怖が湧いて来る。


 そして服装は常に詰襟のカッターシャツに真っ黒なスーツ上下。

 真夏の炎天下でも涼しい顔をしていた。


 しかも祖父が言うには竜が変化していると言う。

 得体が知れない。


 従って家の中で距離を置いていた竜司。


 カイザもカイザで竜司の存在を良く理解していなかった。

 竜界において親子関係は存在しても祖父・孫関係は無い。


 従って孫である竜司が何故いるか解っていない。

 しかし主人(マスター)である源蔵も懇意にしている様子。


 よく解らん。

 何なんだこいつは?


 少し考えたカイザ。 

 最終的に弾き出した結論は気にしない。


 簡単に言うと無視。

 放置する事にした。


 さして興味も沸かない。

 それよりかは書を一枚でも多く書き記したい。


 やはりカイザが一番興味を惹かれるのは書道らしい。


 カイザが竜司に。

 ひいては孫と言う存在に興味を持ったのは源蔵との死闘後の話。


 仲違いしていた二人が和解するキッカケとなった激闘。

 その後、源蔵に聞いてようやく祖父・孫関係を知ったのだ。


 それ以来、竜司の事を主人マスターの孫と呼ぶ。 


 興味の無いカイザの話は簡単に流れ、その日の夕食は終了。

 更に数日経過。


 ギュオッッ!


「ム?

 ヘルパーさん、竜司。

 先に食べてて構わん」


 朝食時、庭に亜空間が開くのが見えた源蔵。

 立ち上がり、縁側から庭に出る。



 (すめらぎ)家 庭



 大きく開いた亜空間から顔を出したのは黒長髪に黒スーツの青年。

 カイザである。


主人(マスター)、只今戻りました」


「おう、思ったより早かったな」


「地球に興味のある妙な翼竜がおりまして」


「妙な翼竜?」


「はい、話の前にまず紹介します。

 おい!

 アルビノ!」


 カイザが亜空間に向かって呼びかける。

 するとのそりと顔を出す白い首と竜の顔。


 瞳の色は深い紫。


【ふわ~~、ここが地球かぁ。

 ヘンなトコ。

 ねえねえカイザ。

 いっぱい見える三角とか四角とか。

 あれってなぁに?】


「ン……?

 あぁ、あれは家と言ってな。

 人間達の(ねぐら)だ」


【へぇ、人間って洞穴で寝ないんだ。

 何で?】


「人間と言う生物は極めて脆弱でな。

 家に棲まないと途端に弱るのだ」


「おい、カイザ。

 内輪の話は後にせい」


「あ、申し訳ありません。

 主人(マスター)、ご紹介します。

 翼竜のアルビノです」


「ウム、こやつは高位の竜(ハイドラゴン)か?」


「いえ、マザーの話によると一般竜だそうです」


「ン?

 この翼竜はマザーの手の者か?

 王の衆であるお前がどうしてマザーの衆の者を連れて来る」


「やはり竜の事はマザーに聞くのが一番手っ取り早いので。

 それに私は王の衆と言いましてもマザーとの交流はありますから。

 あと主人(マスター)、一点誤りが御座います。

 アルビノは別にマザーの衆と言う訳では御座いません」


「???

 話が見えなくなって来た……

 ならばこのアルビノとやらは一体何処に居たのじゃ?」


「マザーの居城です。

 危険だから手元に置いておきたいとの事で。

 このアルビノと言う竜。

 一般竜は一般竜なのですが……

 どうやら変異種(ヴァリアント)らしいのです」


変異種(ヴァリアント)

 どの種族にも属さない変わり種の事か」


「御意。

 中でも一際危険な固有能力を有しているとマザーは言っていました」


「……一体どんな能力なのじゃ……?」


「それは教えてくれませんでした」


「…………で、強さの程はどうなのじゃ?

 お前の見立てでは」


「申し訳ありません。

 それに関しては未知数としか申し上げられません……

 ただあのマザーが危険視して置いときたがる程の竜ですから弱いと言う事は無いかと……」


「……まぁよかろう。

 ご苦労だった」


 アルビノ。

 本編では暮葉の名前で通っている白翼竜。


 今、二人で話していたのは魔力ブーストの事。

 現在は竜司が命名した恩寵(グレイス)と言う名になっている固有能力。


 無条件で極大バフ、バージョンアップを施す。


 竜の場合は内包魔力を倍増。

 同時に魔力光や固有能力の精度、威力も増大させる。


 竜河岸の場合はスキルの精度や効果、威力を倍加。

 場合によってはスキル自体の進化も果たす。


 効果は別物と思える程、高い。

 それだけでも驚愕なのだが真に恐ろしい所は別にある。


 何よりも脅威なのは……



 発動までの手間が極めて少ない事と無条件と言う点。



 発動は暮葉が触れればいいだけ。

 対象の大きさは問わない。


 どんな大きさだろうと魔力を扱っていれば暮葉が触れるだけで恩寵が受けれる。

 まさに恩寵(グレイス)の名に相応しい。


 さらに代償等が特に無い。

 無条件でいくらでも恩寵(グレイス)をかける事が可能。


 暮葉が望めば、マザーの衆全員を恩寵(グレイス)状態にする事も出来るのだ。


 完全にバランスブレイカーの能力。

 こんな固有能力が広まったら竜界の均衡は崩れ、滅びかねない。


 マザーが危険視し、秘匿するのも解る。


「お爺ちゃん」


 と、そこへ朝食を終えた竜司が庭に出て来た。


「竜司か。

 朝食は済んだのか?」


「うん、それよりも……」


 竜司がじいっと見つめる先にはアルビノ。


「何?

 その竜」


「これはお前の使役竜候補じゃ。

 今日から一緒に生活する。

 竜司、どうじゃ?」


「どうって……

 何が?」


「あの竜の最初の印象じゃ。

 第一印象と言う奴じゃな。

 こう言う事は人も竜も差は無い」


「第一印象……」


 そう呟き、もう一度アルビノを見つめ直す竜司。

 何かキョロキョロと忙しない。


 地球の風景が珍しくてしょうがないのだろう。


【ん?】


 竜司の視線に気づいた。


 ドスドス


 近寄って来るアルビノ。

 長い首を曲げて竜司の顔を覗き込む。


【ねぇねぇ、なあに?】


 あ、この竜。

 メスだ。


「あ、いや……

 綺麗だなって思って……」


 朝の光を反射してキラキラと光り輝く乳白色の鱗。

 均整の取れた顔に立派な両翼。


 角は立派な二本。

 トナカイの角の様な緩い曲線を描いている。


 体躯はやはり竜だから大きいのだが何処かスラッとしている印象を受ける。


【そお?

 そんな事よりも貴方ってちっちゃいのねえ。

 それに尻尾も牙も無いわ。

 人間ってみんなそうなの?

 ん?

 何これ何これ。

 何で布、被ってるの?

 あっ!?

 何アレ!

 あの透明なの!】


 最初の疑問を皮切りに次々と質問していくアルビノ。


 竜司の服を引っ張るわ。

 窓ガラスを指差すわ。


 割とやりたい放題。


 竜司は褒めたつもりだったのだがアルビノには上手く伝わっておらず、スルー。

 それよりも自身の好奇心を優先させた。


 こう言う所を見ると本編の暮葉だなと思う所ではある。


「ね……

 ねぇお爺ちゃん……

 何かこの竜、ヘンだね……」


「……まあ、お前の言う事も解らんでは無い。

 どうじゃ?

 今の段階で合わないと思うなら帰させるが」


 そう言われると帰していいとは言いにくい竜司。

 別に実害は出ていないし、ヘンなだけで嫌いと言う訳じゃ無い。


「いや、別に嫌って訳じゃ無いよ。

 身体はすっごい綺麗だと思うし。

 それにせっかく来て貰ったんだし帰さなくても。

 この竜、名前何て言うの?」


「アルビノじゃ」


「ふうん、アルビノね」


 グイグイ


【ねぇねぇ、だからアレ何なのってば】


 袖を引っ張り、早く教えろとせがむアルビノ。


「ちょちょっっ!

 強いっ!

 服が伸びるっ!

 教えるっ!

 教えるから引っ張らないでっ!」


 目一杯伸びている服の袖。

 振り解こうと身を離すが溶接された様に離れない。


 竜の力は強大。


 本編の暮葉ならいざ知らず。

 まだ地球に来たばかりのアルビノに力加減なんて出来る訳が無い。


【ん?】


 パッ


 突然、手を離すアルビノ。


「わぁっ!」


 ズデェッ!


 唐突に離すもんだからもんどりうって尻もちをつく竜司。


 にゅっ


 視界の外から白い爬虫類の顔が覗き込んで来た。

 何処か愛嬌のあるキョトンとした顔。


【ねぇねぇ。

 あの透明な板はなあに?

 何であんな所に透明の板が何枚もあるの?】


 竜司が見上げる先にある白いキョトン顔。


「……プッ……

 ……ククク……

 あぁ、ごめんごめん。

 あれはね、ガラスって言うんだよ。

 何で……

 何でだろ?

 ……多分、外の光を家の中に入れる為じゃないかな?」


 何だか噴き出してしまった竜司。


 自分が倒れてる事を全く気にせず、キョトンとした顔で真っすぐ見つめ、赤ん坊の様な疑問を投げかけて来る。


 そんなアルビノの姿に微笑ましさを感じたのだ。

 心がホッコリして出た笑い。


【へぇ、外の光を……

 暗いのが嫌なら魔力で灯りを創ったらいいのに】


「いや……

 人間なんだから魔力なんて持ってる訳無いじゃん」


【えっ!?

 そうなのっ!?

 人間って魔力持って無いのっ!?

 じゃあどうやって生きてるのっっ!?】


 逆に魔力がどう作用して生命を維持しているのか聞きたい。

 純粋にそう思う竜司なのであった。


「フム……

 どうやら相性は悪くない様か……

 アルビノとやら、ようこそ地球へ。

 歓迎しよう」


【ん?

 私?】


 キョトン顔のまま源蔵の方を見るアルビノ。


「……一先ずはそこに寝っ転がっておる竜司に付いておれば良い。

 疑問に思った事は全てそやつが答えてくれる。

 ……と、その前に竜司。

 いつまでも寝っ転がっておらんと自己紹介でもしたらどうじゃ?

 まだ名乗っておらんじゃろう」


「あ、うん」


 起き上がった竜司はアルビノの前へ。


【ん?

 どうしたの?】


「えっと……

 僕の名前は(すめらぎ)竜司。

 これからよろしくね」


【ん?

 ん?

 何でよろしく?】


 キョットーン


 擬音で表すならばこんな感じ。


 大きな目が更に真ん丸に。

 何言ってんだこいつと言わんばかりに見つめるアルビノ。


「え?

 あれ?

 お爺ちゃんの話、聞いてなかったの?

 今日から僕らと一緒に暮らすんでしょ?」


【アレ?

 そうなの?

 でもまあいいや。

 それで名前なんて言ったっけ?

 スムレゲ?

 ステメケ?

 フメタケ?】


 どんどん正解から離れて行く。


(すめらぎ)だよ(すめらぎ)

 (すめらぎ)竜司。

 フメタケって何さ」


【ん?

 ん?

 クニステ?

 スメリュジ?】


 何か合体してしまった。


「…………もう何でも良いよ。

 好きに呼んで……」


 竜司は早々に匙を投げてしまったとさ。

 ここから数日の間、アルビノとの共同生活を行う事となる。


 人間三人、人の姿をした竜一人、竜の姿をした竜一人。

 合計五人の共同生活が始まった。


 そんな生活にも慣れて来たある日の事。



 (すめらぎ)家 竜司自室



 竜司は小学校を終え、帰宅。

 自室ではアルビノがじいっと一方向を向いていた。


 その方向にあるのはTV。


「ただいま~……

 ってアルビノ。

 またTV見てるの?」


【あっスメリュジ。

 凄いのね人間って。

 ホントに色んな形をしてるの。

 私ビックリしちゃった。

 ホラこれなんて黒い輪を四つ付けて走ってるわ】


「うん……

 うん……?

 そう……

 だね……?

 じゃない、黒い輪って何さ」


 ランドセルを置いた竜司も一緒にTVを見る。

 ちなみに竜司の事はスメリュジで落ち着いた模様。


【ホラ、これ。

 ヘンなの。

 中に小さい人間が入ってるの。

 それで声もヘンなの。

 ブロロローって。

 色んな人間がいるのね】

 

 大きな目を丸くさせ、画面を指差すアルビノ。

 TVには車のCM。


 これを見て色々察した竜司。


「えっと……

 あのねアルビノ。

 これは乗り物って言って人間じゃ無いよ。

 人って竜みたいに速く移動したり出来ないから乗り物に乗って移動するんだよ」


【ノリモノ?

 ヘンな名前の人間ね】


「だから人間じゃ無いってば。

 って言うか仮に乗り物が人間だとして何で人間の中に人間が入ってるのさ。

 何かそれってヘンじゃないか」


【うん、だからヘン】


「う……

 うん、そうでしょ……?」


 どうにも微妙に話が噛み合わない二人。

 よくよく話を聞いてみた所、何故噛み合わないかが判明。


 要するに生物は人間しかいないとアルビノは思っていたのだ。


 且つ動く物=生物と言う認識の為、車も飛行機もこう言う人間だと言う考えになるのだ。


 何故こう言う見識になっているのか。

 それは竜界が竜しか生物がいないからである。


 竜司は一生懸命、長い時間をかけて説明し誤りを正した。



 明くる日の夕食後。



「ん?

 アルビノ、何見てるの?」


 自室に戻って来た竜司。

 依然としてずっとTVを見ているアルビノ。


 何か普段と様子が違う。

 いつもならポーッと見つめているだけなのに何か目が爛々と輝いていた。


 言うなれば画面に呑まれている。

 魅せられてる。


 そんな印象を受ける表情のアルビノ。

 竜司も少し気になり、声をかける。


【スメリュジッ!

 何かすっごいのコレッ!

 みんなキラキラ!

 全部ぜーんぶキラッキラしているのっ!

 ムフーッ!】


 グルンッッ!


 長い首を素早く曲げ、何やら興奮気味。


 みんなーっ!

 今日は来てくれてありがとーっ!

 まだまだ盛り上がって行くから付いて来てねーッ!


 TVから聞こえる声。

 そう、これはあるアイドルのライブの模様。


 ワァーーーッッ!


 大歓声がTVのスピーカーから轟く。

 ビクンと小さく震えるアルビノの身体。


 会場はかなり大きい様だ。

 万人規模の観客からの発声。


「あぁ、アイドルのライブだね。

 あんまり詳しくないけどこのグループは知ってるよ。

 クラスでも好きな奴多いし」


【へぇぇぇぇ……

 その()()()()って歌を歌ってるのよね?

 でも何で聞いてる人間はみんなニコニコしてるの?】


「そりゃ、好きなアイドルのライブだもん。

 不機嫌な訳無いじゃん。

 って言うか歌は知ってるんだ。

 歌う竜とかいるの?」


【うん、いるよ。

 でも聞いてこんなニコニコにはなんないよ。

 歌って聞くとぐんにゃあってなったり粉々になるものだもん】


 それを聞いた竜司は絶句。


 確かに歌う竜は存在する。

 が、あくまでも歌うのは聴衆を楽しませる為では無い。


 攻撃手段。

 歌を聞かせて対象の竜を体調不良にさせたり、振動波で粉々に破壊する。


 竜の常識では歌は恐ろしいものとなっているのだ。


「……少なくとも人間の歌う歌とは違うね。

 人間の歌って言うのはこんな感じにみんな笑顔になる様なのばかりだよ」


【へぇぇぇ……

 凄いのね人間って】


 初めてアルビノがアイドルと言う存在を知った瞬間。


 この頃はまさか自分自身がアイドルとなって、多数の同胞と共に数万の聴衆を沸かせる存在になるとは露とも思っていなかった。


 奇しくもアイドルの事を最初に教わったのは竜司から。


 もちろん、この事を竜司は覚えていない。

 アルビノも竜司から教わった事を忘れている。



 全てドラゴンエラーが原因。



 日本史上最大の魔力事故。

 死亡者は延べ30万人。


 広島の原爆に匹敵する死傷者を出した。


 数え切れない悲しみと怒りと憎しみを生み、横浜を憎悪の街(ヘイトシティ)へと変貌させた忌まわしき出来事。


 眠夢の両親を初めとする無数の被害者を出す、最悪の時事。

 夥しい数の怨みを横浜中に溢れさせる事になる。


 竜排会が発足し、中田宏を狂気に誘い、刑戮連(けいりくれん)によるテロ行為のきっかけとなった事象。


 竜司に大親友の命と思い出を放棄させ、トラウマを植え付け、引き籠る事となった事故。


 事故だった。

 しょうがなかったでは消化出来ない。


 悔やんでも悔み切れず。

 悲しんでも悲しみ切れない。


 ありとあらゆる負の感情が濁流となって被害者達、遺族達を呑み込む。 


 日本史上最悪の凶事、ドラゴンエラー。

 ついにその運命の日がついにやって来た。



 2014年11月3日



 続く。

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