第八章 梵踊七 Victims④
「…………スキル名……
竜脈理気……?」
踊七の中で異変が起きていた。
スキルの名前を皮切りにどんどん脳内に情報が溢れて来るのだ。
まるでド忘れしていた物を思い出すかの様。
そこから連想記憶の様に次々と浮かぶ。
!???
踊七はこめかみを押さえ俯く。
が、止まない。
情報は連鎖的に次々と記憶に認識されて行く。
突然の事に踊七は最初戸惑っていた。
が、次第に落ち着きを取り戻し、刻まれた記憶を注視する様になる。
突然起きた異変にもう対処している。
これは何も踊七の冷静な性格だけで為せた事では無い。
この情報はアイツのスキルの事だと言う見解を持ったからだ。
理由は刻まれた記憶の中に“汗”、“自動”等、敵に通ずる情報があったからだ。
これは踊七のスキル、掠奪速読。
相手のスキルを知りたいと願った気持ちに呼応し、無意識に発動。
踊七にして見れば渡りに船。
這い蹲ったまま情報を超速で精査し始める。
スキル名:竜脈理気
範囲:全身
概要:自分の願望に対して吉凶の位置を割り出し吉の位置、姿勢に術者の動きを制御する動作誘導スキル。
動作誘導スキル。
やはり。
あの不自然な動きはスキルのせいか。
次々と刻み込まれた記憶を精査し、理解して行く踊七。
なるほど。
どこが吉のポジションなのかは本人に解らないのか。
だから唐突な動きに驚いていたのか。
それにしても吉凶の位置を割り出すなんてまるで風水だな。
風水を元に組まれたPCのプログラムの様な動き。
こんな事も出来るのか魔力は。
それこそ何でも出来る。
今一度、博嗣の言葉が脳内を過った。
踊七は相手のスキルに驚嘆を覚え、魔力の奥深さと幅の広さを思い知る。
スキルとは魔力を使って単純な現象を引き起こすだけでは無い。
博嗣が言っていた事はある種、間違っていない。
魔力を使えば人間が思い付く事はほとんど実現可能。
空を飛ぶ事や瞬間移動はおろか。
あらゆる電波情報を盗聴したり、人を意のままに操ったりも可能。
挙句の果てには時間を遡ったりする事も出来る。
魔力で不可能。
と言うか実現した事が無いのは蘇生。
つまり生き返らせる事ぐらいである。
死が訪れた生物を今一度、生に回帰させる事は魔力でも出来ないと言われている。
それは魔力があくまでもエネルギーと言う枠組みのものだからである。
生命とは身体を形作っているエネルギーとは別に個を特定する別の何かが必要。
それは魂や魂魄、霊魂等と呼ばれるもの。
その別の何かは生命が死ぬと消失する。
消失。
文字通りこの世から消え失せる。
跡形も無く消失した魂魄を復元させるのは魔力でも不可能。
魔力を使って魂に似た様なものを生成する事は出来るかも知れない。
だが、それは生成であって復元では無い。
それは蘇生では無く誕生。
話が脱線してしまったが魔力で生物を蘇生出来ないのはこう言った理由から。
万能かと思われた魔力だが苦手としているジャンルが復元と言う作業。
かたや踊七は精査している中である部分に着目していた。
「…………と、言う事は……」
相手のスキル情報の精査完了。
すぐに攻略法を思いついた踊七。
身体の痛みも治まって来た。
集中。
踊七は体内に残った魔力を四肢に集中させる。
「おいお~い……
こんなもんじゃまだくたばってねぇだろォ~~?
起き上がれよォ~~?
起き上がらねぇならこっちから行くぜェ~~……」
ザッザッ
足音が聞こえる。
男が近づいて来た。
おそらくもう竜脈理気は発動しているのだろう。
願いは相手をブチのめしたいとかそんな所。
その願いを成就する為の行動で一番運気が良いのがこの真っすぐ歩くと言う事なのだろうか?
それともただ歩いて来ているだけなのだろうか?
どちらにせよ好都合。
もう少し近づいて来い。
五感を研ぎ澄ませ相手の気配を探る踊七。
ザッ
「起きねぇでもいいや……
どちらにせよブチのめすだけだからよォ~~」
至近距離まで近づいた。
行動開始。
発動!
ボンッッッ!
踊七の姿が消えた。
四肢を使って素早く立ち上がったのだ。
衝撃で地面が爆ぜる。
「うおっっ!!?」
まだダメージが抜けず倒れたままだと思っていた男は驚き、声をあげる。
ギャリィッ!
超速で飛び上がった踊七は相手の右側を通り過ぎ背後へ回った。
急ブレーキをかけてすぐさま体勢を立て直し、敵を観察。
相手は眼を擦りながらキョロキョロしている。
完全に踊七を見失った様だ。
「……なるほどな。
今のは対象型だったって事か……」
相手のスキル、竜脈理気には型が二種存在する。
対人用の対象型と対状況用の非対象型と。
対象型とは例えば敵をブチのめしたい、敵の攻撃を躱したい等。
非対象型は生き残りたい、出口に辿り着きたい等が例で挙げられる。
その願いを成就させる為、スキルは作用する。
■竜脈理気
理気風水の理論に則り、術者を運気の高い位置や体勢を変える動作誘導スキル。
全身に流れる汗に魔力を纏わせて身体を操る。
汗の流れている量が多く、汗の筋が増えれば増える程精度が増す。
術者の思う願望によって大きく二つに型が別れる。
対象型と非対象型。
〇対象型
願う願望に対象が存在する場合。
例)○○をブチのめしたい、○○の攻撃を躱したい、○○を転ばせたい等。
願いが成就する可能性が一番高い位置、体勢に術者を動かす。
対象が動いている場合、目まぐるしく吉凶の位置が変化する。
が、それもリアルタイムで対応する。
発動条件として視認が必要。
〇非対象型
願いに対象が存在しない場合。
例)この場を生き残りたい、出口に辿り着きたい等。
願いを成就する為の一番最適な動きを取る。
対象が存在しない為、特に視認は必要無い。
四肢に伝う汗の線に含まれた魔力が男の身体を操る。
まるでパワードスーツを装着している様な形。
もちろん魔力注入を重ねる事も可能だが自動では無く手動で発動させる必要がある。
言わば竜司の神通三世の下位互換の様なスキル。
汗の量が増し、汗の筋が増えればそれだけ精度が上がる。
先程かかり易いと言ったのはこう言う理由からだ。
基本的には非対象型で運用。
怪我をしない様にと常日頃から考え、スキルは起動しっぱなし。
竜脈理気は消費魔力が少ないスキルの為、こう言う使い方も可能。
ちなみにこの男、冬はあまり外へ出歩かない。
寒い為、あまり汗を掻かないからだ。
竜脈理気のかかりが弱くなり、事故に遭う可能性が出る。
踊七を見失ったのはこのスキルが相手を捕捉する機能は備わっていない為。
視界に納めるのはあくまでもこの男の能力によるもの。
至近距離で発動した魔力注入の素早さに対応出来なかったのだ。
つまり竜脈理気が対象型で発動している時は背中が弱点。
背後を取られるとスキルは全く効力を無くす。
ちなみに対象型から非対象型にチェンジするのはアクティブに出来ない。
時間にして凡そ10秒から15秒程かかる。
「んで……
こうしたら……」
集中。
踊七は両脚に魔力を集中。
ドンッッッ!
超速で前に飛び出した。
「何ィッ!?」
背後から聞こえた轟音に気付き、振り向く…………
が、時既に遅し。
発動ッ!
ドゴォォォォォッッ!!!
バキベキボキバキィィィィィッッ!
踊七の右蹴り一閃。
強烈な一撃が男の右脇腹に炸裂。
ギュンッッ!
真横に吹き飛ぶ男の身体。
ガンッッッッ!
公園の巨木に強く叩きつけられる男。
踊七の魔力注入は貫通型。
衝撃は確実に肋骨へ伝播。
右肋骨粉砕骨折。
男は声も上げず微動だにしない。
決着。
スタッ
軽々と着地する踊七。
「こうなるって事か……
笑い事っちゃねぇ……」
何だ背中を取られたら弱いじゃ無いか。
こう思われた読者もいるかも知れないが、踊七が勝てたのは土壇場での掠奪速読発動が要因。
踊七のスキルが知りたいと言う強烈な願いに呼応し、作動した掠奪速読が功を奏した結果である。
往々にして複雑な仕組みを持つスキルはネタが割れれば脆いもの。
竜脈理気の概要を完全に把握した為、容易に勝ちを拾う事が出来たのだ。
「さて……
いつぅっ!!」
戦闘が終わり、眠夢達の方を向く。
身体を捻った瞬間、鈍痛が奔った。
思った以上にダメージが大きい。
まずは身体の治癒。
残存魔力も少ない。
ナナオの元へ向かう。
【クックック……
踊七よ……
どうした……?
もう少しでやられそうだったではないか……】
「うるせぇ。
余計な事言ってねぇで魔力をよこしやがれ」
ピトッ
ナナオの鱗に手を添える。
魔力補給。
「よ……
踊ちゃん……
ホントに大丈夫なの……?」
大きな不安が膨らむ眠夢の目に映るのは全身泥だらけの踊七。
じっと見てると背中と腹と左脇腹が淡い白色光に輝き出す。
回復の魔力注入。
これも虚往のノートに記載してあった。
「ん?
あぁ、別に問題ねぇよ。
心配すんな。
…………よしっ!
完治っ!」
光は止み、踊七は腰を捻り、身体を横に動かす運動。
傷の具合を確かめているのだ。
全く痛みは無い。
完治している。
その様子を見ていた眠夢は言葉が出ない。
「…………さ……
さっきすんごく強く殴られたりとか、蹴られて遠くまで転がってたりしてたけど……
何で……?
それも竜河岸だから?」
「竜河岸だからって言うか、魔力を使ったからだな。
魔力を使うとな、身体の傷を治せんだよ」
スッ
踊七の発言を聞いて眠夢が歩み寄る。
ギュッ……
踊七の胸元を掴みながら、額を踊七の肩に預けた眠夢。
「わわっ……?
ど……
どうしたんだよ眠夢?」
「ホントに……
本当に心配したんだから……」
「だっ……
だから言っただろうがよっ!
お前は絶対に無事に帰すって。
まぁお前を護るのはナナオに任せちまったけどよ」
「……私の事じゃ無くて踊ちゃんの事よ……」
そう言う眠夢の肩は小さく震えている。
踊七がやられていた時の不安と竜の力を目の当たりにした恐怖と踊七が無事だった安堵とごっちゃになり整理がつかないのだ。
ポリポリ
依然として肩から顔を外そうとしない眠夢にそっぽを向いて鼻頭を掻く踊七。
何となく気恥ずかしくなった様だ。
「…………笑い事っちゃねぇ……
あ、ナナオ。
眠夢を護ってくれてありがとよ」
【フン……
造作も無い】
「んで相手の竜が見えねぇけどどうしたんだ?」
【ん?
我にケンカを売ったのだぞ?
消し飛ばした……
当然であろう】
「そうか」
消し飛ばした。
これは殺したと言う事。
それは踊七も解っている。
特に罪悪感は湧かない。
自分じゃない。
ナナオのやった事だし、死んだのは人間じゃ無くて竜。
しかもさっき会ったばかりで一言も言葉を交わしていない。
罪悪感など湧く筈が無い。
それよりも考えていた事は別の事。
「さて……
眠夢。
悪ぃがちょっと離れてくれねぇか?
やる事があんだよ」
ポンポン
眠夢の頭を優しく叩きながら離れる事を促す踊七。
やる事が残っている。
チラリ
巨木の下で蹲っている男の方を見る。
そう、この敵をどうにかしないといけない。
「え……?」
パッ
ようやく顔を上げ踊七から離れた眠夢。
そのまま踵を返し、男の方に歩いて行く踊七。
誰もいなければ、もう少し痛めつけて二度と襲って来ない様にする所だが今回は眠夢が見ている。
あまり手荒な姿は見せたくない。
だが、今回はさほど気にはしてなかった。
おそらく何もしなくても二度と来ない。
何故なら奴の竜はもういない。
ナナオが消し飛ばしてしまったからだ。
残存魔力を使い果たしてしまうとそこに残るのは竜の言葉が解る一般人。
若い身空で既に竜河岸としては引退に近い状態。
「おい」
這い蹲っている男の近くまで来た踊七は声をかける。
寝ている男の右脇腹が淡く光を放っている。
魔力注入で治癒中の様だ。
「う……
うぅ……?」
ゆっくりと開けた眼に飛び込んできたのは冷徹な目で見降ろしている踊七の姿。
眠夢には見えていない。
とても幼馴染には見せられない程、恐ろしく冷たい目をしていた。
「ヒャァッッ……!!」
ドンッッッッッ!!
唐突に衝撃音。
短い悲鳴が聞こえたと思ったら男の姿が消えた。
男が両腕で地面を押したのだ。
両腕には薄い魔力注入が施されている。
そこに竜脈理気にパワーが重なった形。
「イギャァァァァァッッ!!」
更に大きな絶叫が聞こえる。
すぐさま悲鳴が上がった方向を向くと男が遠く離れた所に着地する間際。
絶叫の理由は骨折。
踊七がバキバキに叩き折った骨が体内で刺さり、激痛が奔ったからだ。
これは竜脈理気の作用。
踊七の一撃を叩き込まれた段階でモードを非対象型に切り替えていた。
願いは生き残りたい。
死を予感したのだ。
それ程、強烈な一撃だったのだ。
踊七の蹴りは。
生き残る。
パワーウェイトとしてはスキルが8に対して魔力注入が2。
両腕だけで青年の身体を遥か遠くに飛ばし、接地面を爆発させる程の力。
余程強い願いだったのだろう。
それもその筈。
右肋骨がほとんどバキバキに割られた状況。
更に吹き飛び、巨木に背中を強く打ち付けたのだ。
死の予感が頭を過っても致し方無い。
死の予感から生まれた強い願いを受けた竜脈理気。
結果、割り出した吉の行動が回避だったのだ。
ちなみに当スキルは術者の体調如何は全く考慮しない。
願いが成就する可能性が一番高い動きを取るだけ。
「アギャァァァァッッ!!」
更に両脚を曲げる男。
激痛が奔り、痛烈な絶叫が響き渡る。
竜脈理気は容赦無い。
まだ骨折が完治していようとしていまいと関係無い。
ダンッッッッ!
思い切り地面を蹴り上げ大空へ飛び上がった。
「イギャァァァァァァァァッッ…………!!」
大空に大きな悲鳴を響かせながら、そのまま遥か上空へと消えて行った。
竜脈理気が弾き出した答えは全力でこの場から退避だった様だ。
「…………アイツ、魔力足りんのかな……?
笑い事っちゃねぇ……」
下から見上げていた踊七はポツリと一言。
そう、男にはもう使役している竜はいない。
つまり次の竜と式を完遂するまで魔力補給は出来ないのだ。
しかも竜儀の式が何度でも可能と言う事を知っているかどうかも定かでは無い。
今の跳躍は魔力注入をかけている。
となると跳んだ段階で残存魔力は残り僅かだろう。
それを肋骨の治癒に回すか着地の衝撃軽減に使うか。
どちらにせよもうこの男と出会う事は無いだろう。
こうして何とか踊七は襲撃を退けた訳だが、今回の戦闘は踊七にとって大きな意味があるものだった。
まず自身のスキルの理解。
今回の戦闘の勝因となった踊七の掠奪速読。
式で賜るファーストスキルは実に奥深い。
全容に気付くまで時間がかかるケースも往々にしてある。
踊七の掠奪速読も最初は範囲内にいる人間のバイタル情報を認識するだけだと思っていた。
が、奪取できる情報はそれだけに留まらず相手のスキル情報も認識する事が出来るのだ。
■掠奪速読
踊七のスキル。
範囲内にいる生物の生体情報を認識する事が出来る。
体温、心拍等。
加えて対象が竜河岸の場合はスキル概要も認識する事が出来る。
欠点は範囲が15メートル程度と狭く、使用中のスキルしか解らない点。
相手のスキルをどう理解するか。
竜河岸戦ではこれがかなり重要な位置を占める。
その中でこのスキルはかなりのアドバンテージ。
踊七は自身のスキルを掠奪速読と命名。
お陰でここからの竜河岸戦では容易く勝ちを拾う事になる。
加えて今回の相手のスキル、竜脈理気。
ここからある種の閃きが起こった。
それは……
魔力を使ってパソコンのプログラムみたいなものが出来るのなら……
それ以上の事も可能なのでは?
例えば魔力を変化させて炎を起すのでは無く、ある種のキーワードや動きをすると大炎が起きる様にイメージすれば……
眠夢の言っていた魔法の様な効果も可能なのでは?
この閃きが魔法。
並びに踊七の攻性スキル構築に拍車をかける事になる。
眠夢を家に帰した後、ナナオを連れてスーパーへ向かう踊七。
【ム……?
踊七よ……
塒に帰るのでは無いのか……?】
「あぁ、ちょっと買いもんだ。
お前にも付き合って貰うからついて来い」
【全く……
我はとっととTVを見たかったと言うのに……】
スーパーに行く前に踊七はATMで現金を金を下ろす。
その額、15万。
大金である。
大枚を持ってスーパーで何を買おうと言うのか?
近所のスーパー
「おい、ナナオ。
この店にある食いたいモンをどんどんカゴに入れてけ。
全部買ってやる」
【ムムッ!!?
踊七よ……
それは何種類でも良いのか……?】
「あぁ、今日は特別だ。
十種類でも百種類でも良いぜ」
【一体どうしたと言うのだ……?
いつもならば我がいくら欲してもルールだといって一つしかダメだとぬかすのに……】
時々、ナナオを連れて買い出しに出る事はある。
ナナオの今、地球上で一番興味を持っている物は人間の食べ物。
従って最初に一つ取り決めをしたのだ。
それは買い出しに行って買うのは一種類のみ。
この頃はまさか人間の食べ物がこれ程種類が多いとは知らなかったナナオ。
だからその取り決めを了承したのだ。
「だから特別だって言ってんだろ?
その代わり、お前の亜空間を使わせて貰うぜ」
【好きにしろ……
グフッ……
グフフ……
あれもこれも……
あぁそう言えばあんなものもあったなぁ……】
ナナオの頭の中にはもうスーパーの食材に囲まれてる自分しか無かった。
こうして買い物開始。
保存の効く食べ物と水を大量に購入。
その量は一ヶ月籠れるぐらいの量。
まるで何処かに山籠もりするかの様に買い込んだ踊七。
だが、それ以上だったのはナナオ。
スーパーの食品を手当たり次第に購入して行った。
種類は菓子、漬物、弁当、総菜等。
ありとあらゆるものを手当たり次第に購入。
全て亜空間に格納した。
不思議と肉と野菜には全く手を出さなかったナナオ。
曰く、ニクと言う物はどう言うものか大体解っている。
もう特に目新しくは無い。
ヤサイも同様だ。
との事。
こうして酷い成金の様な買い物は終了。
スーパーは十数品種、品切れ。
何故ならナナオの要望でバックヤードにある在庫も全て購入したからだ。
いわゆる箱買い。
その買いっぷりはまるで泉ピン子がブランド品を棚買いするかの如く。
いや、値段こそ敗けるが買いっぷりで言ったらそれ以上。
合計金額、占めて21万4853円。
さすがの踊七も言葉を失う。
もちろん手持ちが足りない為、再びATMで10万追加で下ろしたのだ。
まるで来日中国人の様に爆買いした二人は帰宅の途に就く。
梵家
【さぁッ!
さっそく人間の世のウマイを悉く堪能してやろうではないか……】
ギュオッ!
亜空間を開き、手を突っ込むナナオ。
そうそうに購入した物を食べようと言うのだ。
「オイオイ、ちょっと待て待て。
まだ食うな。
色々準備してからだ」
それを聞いたナナオは手を止める。
【ム……
準備だと……?
一体何の準備があると言うのだ……?
ウマイなどただ口に入れて噛み砕くだけであろうが……?】
「違う違う。
食う話じゃねぇ。
ちょっと試してみたい事があんだよ。
んで、これは成功しても失敗しても多分時間がかかる。
だからお前の亜空間を使わせて貰う。
亜空間の中って何が起きても地球には影響無いんだろ?」
【あれは別次元に存在するらしいからな……
……と、踊七よ……
我の亜空間で一体何をする気なのだ……?】
「いや、何。
ちょっと籠らせてもらおうかと思ってな。
もし俺の描いたイメージ通り出来たとした場合、検証もやりやすいしな」
【……踊七……
貴様、我の亜空間を塒代わりに使おうと言うのかっ!?】
声を荒げるナナオ。
「だから悪ィと思ってお前が欲しいモン、全部買ってやったんじゃねぇか。
それに買う前に言ったよな?
俺は亜空間を使わせて貰うって。
それにお前は好きにしろと言っただろ?
何だ?
お前が向こうでどれだけ偉い竜だったかは知らねぇがそれは簡単に約束を破る様な性根でも勤まるんだな。
笑い事っちゃねぇ」
挑発する様に言葉を発する踊七。
何故、煽る様な物言いをしたのか?
それはナナオを黙らせる為。
一年以上一緒に過ごして来て、ナナオの事は解って来た踊七。
コイツはプライドが高い。
だからプライドの土台を揺るがす様な言い回しをすればきっと言う事を聞く。
そう考えた上での発言。
【ムゥッ!?
何を言うかァッ!?
我は卿の衆、七尾ッッ!
他の竜から天災と恐怖されてる存在ぞぉっ!?】
ナナオが大きな口を開け、唸り声を響かせる。
「だからその天災とやらは約束を簡単に破る様な奴でも勤まんのかっつってんだよ。
笑い事っちゃねぇ」
が、全く怯まず自分の意見を通す踊七。
【何を言うゥァッ!!
我は七尾ッ!
どんな約束だろうと違えるものかっ!】
依然としてナナオの唸り声は止まらない。
「じゃあ、亜空間を使っても良いって事だな。
ありがとよ」
【お……
おぉ……?
解れば良いのだ……
解れば…………??】
唐突な会話の終了に戸惑うナナオ。
自分自身良く解っていない様子。
「んで、ナナオ。
決行は明日だ。
今日の内に頭のイメージ固めをやるからよ。
だから亜空間の食いもんを食べるのはもう少し待て」
【アシタ……?
それはよく解らんが、準備があると言っていたな……
我はTVでも見ているからやる時になったら声をかけろ……】
「あぁ、それで良いよ」
梵家 踊七自室
こうして自室に戻った踊七はPCを起動しブラウザを立ち上げる。
検索ワードは風水。
竜脈理気から感じたイメージ。
何故、襲って来た敵のスキルから調べているんだと思われるかも知れない。
だが、相手のスキル概要を知った時に沸き上がった感情。
感銘に似た心の動き。
魔力とは。
スキルとはこんな事まで出来るのかと。
深く心に刻み込まれたのだ。
魔力に制限は無い。
人間が思い付く事であればおそらく何でも出来る。
そう確信が持てる程大きいものだったのだ。
先の敵との戦闘は。
闘いを終えたばかりだからまだ心の高揚感は消えず、従って検索するワードも強烈な印象が残っている風水となったのだ。
「へぇ…………
風水って昔の中国から来たんだな……
……ん?
五行思想……?」
風水について調べている中で目を引いたワード。
五行思想とは古代中国に端を発する自然哲学の思想。
万物は火、水、木、金、土の五種類の元素からなると言う考え方の事。
また、五種類の元素は互いに影響を与え合う。
その動きによって万物は変化し、循環すると言う理念が根底にある。
風水の基となっている思想である。
「へぇ……
こりゃいい……
これで行くか」
踊七は五行思想の考え方にピンと来た。
この閃きを大事にしたい。
決断力の早い踊七は即決する。
さっそくコンセプトを更新。
テーマ:自然現象系の攻性スキル。
コンセプト:五行思想に基づいた五種の自然現象を操る。
どんどんイメージが固まって行く。
仮に魔法を使うとして名前はどうしよう?
仮に火を出すとして単純なファイヤーとかだとつまらない。
何か良いものは無いかと再びネットサーフィン。
「お……?
日本の火の神様……?
加具土命……
へぇ、笑い事っちゃねぇぐらいカッコイイじゃねぇか」
踊七は楽しくなって来ていた。
まるで自分のヒーローを思い浮かべる幼児の様に。
無邪気に。
純粋に。
思い浮かべ、並べて行くのが物凄く楽しくなって来ていた。
この大学ノートは一見するとただの厨二病ノート。
一般人であれば確実に黒歴史と成り得る代物。
恥ずかしい事やってるなと思われるかも知れない。
だが、踊七は竜河岸。
想像を魔力で現実に出来る人種。
それにカッコイイと思う事はスキル等を創造する。
更には魔力を扱う上で割と重要な事なのだ。
何故ならカッコいいと思う事は自分の美意識。
ひいては自分の中にある基準に合致すると言う事だからだ。
合致すると言う事は自分の中の基準とシンクロすると言う事。
俗に言うシックリ来ると言う物。
この感覚はスキルや魔力技術の精度や効果を飛躍させる。
あらゆるものを見てカッコいい、可愛いと思う。
それは何も幼稚な事では無い。
美意識と言う物はそれこそ死ぬまで付き纏う己の感覚。
色々新しいものに触れて自分の感覚に照らし合わせる事に幼稚も老練も無い。
ここから手当たり次第に日本の神様をピックアップして行く踊七。
〇水の神様。
水波能売命。
武美名別命。
〇火の神様。
天火明命。
加具土命。
〇木の神様。
沙土瓊尊。
〇風の神様。
級長津彦命。
〇鋳物の神様。
伊斯許理度売命。
〇雷の神様。
賀茂別雷命。
〇土の神様。
大苫姫尊。
面足尊。
「こんな所かな……?
これを五行に照らし合わせて分けて使う感じかな?」
楽しい。
しかもこれは空想の話では無く、もしかしたら実現するかも知れない事。
踊七も一端の男子。
ワクワクが抑えられないのだ。
ネットを駆使して情報を仕入れ、それを全て大学ノートに書き込んで行く。
ノート……
か。
書き込みながら自分が書いている大学ノートに何か引っかかる踊七。
が、今はそれよりやるべき事を思い出した為、後回し。
やるべき事。
それは眠夢への言伝。
踊七の見立てではイメージしているスキルは検証も含めると日数がかかる。
一気に形にしたい為、夏休みの大半を使う覚悟。
出来れば邪魔を入れられたくない。
だから前もって連絡を入れておこうと言うのだ。
踊七はスマホを手に取る。
---
スキル創作について一つ試してみたい事が出来た。
んで、それをする為に数日留守にする。
だから心配すんな。
それと今日の事はおじさん達に黙ってくれると助かる。
---
眠夢にメールを送った。
数分待っているとメール着信の音を鳴らす踊七のスマホ。
---
解った。
何処に行くかは知らないけど、車には充分気を付けてね。
心配しなくてもあんな出来事、パパ達に話す事なんか出来ないわよ。
---
「何処……
って言うかナナオの亜空間なんだけどな。
車なんか走ってるかよ。
笑い事っちゃねぇ」
踊七も返信。
---
ありがとな。
それじゃあ行って来るわ。
もし完成したらお前にも見せてやるよ。
---
更に眠夢から返信。
---
いってらっしゃい。
魔女っ子になれる様、祈ってる(笑)
---
「…………だから違ぇって言ってんだろが……
笑い事っちゃねぇ」
こうして一日は更け、夜が明ける。
決行当日。
時間は午前七時十分。
手早く朝食を済ませた踊七は早速準備に取り掛かる。
「おい、ナナオ。
亜空間を開いてくれ」
【ウム……】
ギュオッ
「あ……
物、入れるだけだからそんな大きくなくてもいいんだけど……
まぁいいか。
それじゃあ行くぞナナオ」
大型バッグを持った踊七は亜空間の中へ。
ちなみにバッグの中身は寝袋とタオル類。
それと踊七が購入した食糧や飲料。
ナナオの亜空間内
「…………何だこりゃ……?
笑い事っちゃねぇ……」
ナナオの亜空間内でまず目についたのは山の様に積まれた大型段ボール。
その量たるや。
少なく見ても踊七の三倍はある高さ。
全て昨日購入した菓子類だ。
甘いものからしょっぱいものまで関係無しに全て購入したもんだからこの量になっている。
更に下には夥しい量の大型ビニール袋。
刺身類、総菜類、調味料が詰め込まれている。
「…………まあ確かに何でも買えと言ったのは俺だけどよ……
改めて見ると笑い事っちゃねぇ量だな……」
大量に置かれた食料品以外は何も無い。
薄暗い空間がどこまでもどこまでも。
遥か彼方まで続いている様に見える。
水平線や地平線の類が見えない。
立っている場所も地面では無く、浮いている。
それか透明なガラスの上に立っている様な。
そんな感覚に囚われる。
【クックック……
なかなかの量を集めたな……
これはもう人間の作ったウマイを全て集めてしまったのでは無いか……?】
食料品の山を見上げてご満悦のナナオ。
「バーカ。
確かに量はスゲェけどよ、人間の食文化がこんなモンじゃねぇよ。
この一万倍はあらぁ。
それよりもよナナオ。
亜空間って竜全員が開けるんだろ?
何であるんだ?」
【ン?
我も何であるかはよく知らぬ……
普段はあまり使わぬからな……
他の竜は遠く離れた場所に移動する時に使用したりしてるな……】
「なっ!?
おいっ!
ナナオッ!
そんな便利な使い方があるならもっと早く言いやがれっ!
笑い事っちゃねぇっ!」
【フン……
何故、我が聞かれもせん事をわざわざお前に教えてやらないといけない……】
「それを使ったら通学路をショートカット出来て無駄に襲われる事も無かったんじゃねぇか……」
【……言ってる事は良く解らんが、移動できると言っても一度行った事がある所しか行けないぞ……?】
「あ、なるほどな。
それなりに制限もあるって事か」
とりあえず踊七は段ボールの山々を迂回し、少し離れた場所で座る。
ピトッ
その姿勢でナナオの鱗に手を添えて魔力補給。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
「…………グゥッ……」
胸を押さえて俯く踊七。
補給量は今までよりも多い。
大型魔力を体内に取り入れたのだ。
そして前には大学ノートを二冊、開けて置く。
一つは自分で作成した物。
もう一つは虚往の残したノート。
踊七はゆっくりと胡坐を掻いた右脚に頬杖を立てた。
そのスタイルはまるで棋士が次の一手を思案しているかの様。
「…………ん?
あぁ、もう食い始めて良いぞ。
また魔力補給が必要になったら俺から行く」
【ム……
そうか……?
一体何を始めるのやら…………
人間の考えてる事は良く解らん……
まぁいい……
では我はウマイを堪能するとしよう……】
ドスドス
そう言い残しナナオは一人、段ボールの山の麓へ。
ガシッ
その内の一つを掴み、引き寄せる。
荒っぽい竜であれば力任せに手を突っ込んで中身を取り出しそうなもの。
だが、ナナオは違った。
シュッッ!
長い爪を高速で振った。
バリッ
おもむろに段ボールの蓋を開ける。
今の動きは封をしてあるテープのみを切ったのだ。
中から袋を一つ取り出す。
ポテトチップスうす塩味。
ピッ
更に袋の上部も同様に長い爪を使い、切り飛ばす。
ガサッッ
大きな手を中に入れ、ポテトチップスを一掴み。
【フム……
何故、人間と言うものは何重にもウマイを隠すのであろうか……?】
ヒョイッ
大きな口を開け、大量のポテトチップスを投げ入れた。
【バリッ……
ボリッ……
モグモグ……
フムフム……
相変わらずこの舌に伝わる軽い刺激がウマイだな……
まぁ我としてはもう少し匂いが欲しい所だが……
これはこれで……】
バリボリ
ブツクサ言いながら、うすしお味を食べている。
別に誰に聞かせる訳でも無い。
ナナオからしてみれば長い年月を生きて来た中で初めて触れ始めた食文化。
心を揺さぶる感動からあらゆる感情が湧いて来る。
どれもこれも初体験。
この言葉は言わば感情の発露。
誰に伝わらなくても良い。
ただ言いたいだけなのだ。
妙な食レポじみた言葉を吐きながら一人、どんどん食べて行くナナオ。
一方、踊七はと言うと…………
まだ動いていない。
胡坐に肘を立てて姿勢を崩していなかった。
自分のイメージを形にするキッカケを模索しているのだ。
どうする?
何か無いか?
このノートの内容を形にする方法は?
セオリー通り、一つずつスキルにして行くか?
……いや、違う。
何か違う。
それだと昨日感じた驚嘆の気持ちと合致しない気がする。
ペラ
右肘を立てたまま、左手でページを捲る。
自然と手が出た無意識の行為。
手をかけたのは虚往のノート。
自分のノートでは無かったのだ。
イメージしろ!
踊七の目に映ったのは最初に書き殴ってあった裏表紙の文字。
ここしばらく見ていなかった。
想像しろ!
想像して創造しろ!
続き目に入るのは虚往のノートの冒頭部分。
ペラ
イメージ!
何をするにしてもイメージして行動しろ!
想像力が力になる!
魔力とはそう言うもの!
次々と目に飛び込んで来る虚往の言葉。
最初にノートを開いて見た書き殴りの言葉。
踊七が竜儀の式を行い、ナナオと知り合って、虚往が置いて行ったノートを目にした時、初めて魔力を知った。
もう一年以上前の話。
たかが一年。
されど一年。
何か懐かしさを覚える踊七。
思えば、一人でよくここまで魔力を扱える様になったものだ。
途中、博嗣の助言があったとは言え、基本は一人で分析し、検証し実践して理解を深めて来た。
虚往の置いて行った一億と言うトラブルの種にもめげずにやってこれた。
「へっ…………
笑い事っちゃねぇな……」
薄く笑う踊七。
今まで一人でやって来たつもりだった。
だが、行き詰まると頼るのは虚往のノート。
不思議なものであれだけ嫌っていた父親だが、こと魔力の事だけに関しては感謝の念も浮かんでくる。
その奇妙な感情の湧き方に笑えたのだ。
悩んだ時は基本に立ち返る。
誰が言い出したかは解らないが主にビジネスシーンで言われるこの言葉。
踊七は自然と実践していた。
父親の荒ぶった文字を見て、次第にごちゃごちゃした頭の中が纏まって来る。
踊七の思考が回り出す。
そもそも親父が何故、魔力関連の事をノートに記して残したのか?
それは初心やその時に感じた気持ち。
湧いた感情を忘れない為だ。
それは何も親父だけでは無い。
一般的にノートを取る理由は新しく得た知識の記憶を忘れない為。
言わば外部バックアップとして利用する。
おそらくあらゆる作品で出て来る魔法の呪文書?
魔導書?
よくは知らないがそう言う魔法を扱う為のアイテムは書物である以上、役割は現代のノートとは変わりない。
やはり記憶のバックアップとして使用しているのだと思う。
ピシャァンッッッ!
雷鳴。
鳴った訳では無い。
それ程の閃きが踊七の脳内で発生したのだ。
ならば、いっその事……
ノートごと頭の中でイメージしたらどうだ?
そしてそのイメージしたノートに考案した魔法の種類やルールを書き込んで行く。
もちろんイメージ上でだ。
ノートとは記憶の外部バックアップなのだが、それを内部に持つと言う発想。
イメージにイメージを重ね、更に自分で考えたルールを書き連ねて行く。
これが実現出来るかどうかは解らない。
もちろん検証してみないと厳密には成就したとは言えない。
だが、踊七の中には確信があった。
何故なら昨日、竜脈理気を知ったから。
風水の吉凶を割り出す事が出来るのなら俺が考えた案も出来る筈。
それよりも懸念している事は別であった。
それは魔力量の問題。
形としては内部にあるナナオの魔力を固めてノートを生成するイメージ。
更に筆記具も同様にイメージする。
これは形があって形の無いもの。
あくまでも脳内、言わば記憶上にだけ存在する筆記用具。
おそらく書き込む為にも魔力を使う。
つまり相当量の。
膨大な魔力が必要になるだろう。
何せやった事の無い事。
いくら魔力を使うかも想像がつかない。
踊七は胡坐の姿勢のまま、俯き無言で思案。
やがて……
「笑い事っちゃねぇ……」
いつもの口癖を呟く踊七。
そもそも考えて見たら魔力注入の時もそうだった。
どれだけ魔力を使うかなんて想像もつかなかったじゃ無いか。
とどのつまり、いつも通り。
普段と変わりないと言う事だ。
やって見ればハッキリする。
ただそれだけだ。
まずイメージするノートはいつも使っている大学ノート。
これが踊七の魔導書となる。
筆記具もいつも使っているシャーペン。
さっそく開始。
静かに目を閉じる。
頭の中でまず思い浮かべるのはここ毎日開いていた大学ノート。
確か鵜戸さんが言っていた。
スキルを創作する時は効果をイメージして、それに魔力を混ぜ合わせると。
魔力を練るって言ってたっけ。
この場合、効果は大学ノートになるのかな?
踊七はとりあえずイメージした大学ノートと巨大な湖の様なナナオの魔力を頭の中で混ぜ合わせて見る。
画としては大学ノートを湖に沈め、グルグルかき回す感じ。
しばらくそのまま。
浮かんでいる絵は荒れ狂う様に大きく渦を巻いている湖。
湖を創造しつつ、底にある大学ノートには湖水が染み込んで行く様もイメージ。
これぐらいでいいかな?
湖底から浮かび上がる大学ノートをイメージ。
ん?
何か……
浮上した大学ノートは何かが違う。
別に形が変わっただとか色が変わったとかそう言う訳では無い。
当然だ。
今行ってるのは全て踊七の頭の中の想像に過ぎないのだから。
自分がイメージしない限り形や色が変わる等は有り得ない。
だから色形は変わっていない……
が、何かが違う。
そんな気がしてならない。
続いて筆記具。
シャーペンのイメージに取り掛かる。
やり方は同じ。
シャーペンを魔力の湖に沈める形。
ここで不思議な事が起こる。
イメージした大学ノートの絵が消えないのだ。
まるで頭の中にへばりついてる様に。
現在、踊七の脳内には三つの図が浮かんでいる形となる。
人間の脳とはデュアルタスクが限界と言われている。
トリプルタスクがこなせる人間など特殊なマルチタスカーと呼ばれる者で無いと不可能。
つまり人間の脳で想像し留めて置けるのは二つが限界。
だが現在、踊七の頭の中には三つのイメージ図が浮かんでいる。
もしかして成功か?
この現象を受け、踊七は第一段階の成功を予感する。
程なくしてシャーペンも湖面から浮上。
大学ノートと同様。
これも頭の中にへばりつき離れない。
よし、ひとまずはこれでOKの筈。
ここからシャーペンで大学ノートに書き込んで行くイメージ。
ニヤリ
目を閉じたままの踊七は片方の口角を持ち上げ含み笑い。
何故なら頭の中で大学ノートが開き、シャーペンが動き出したからだ。
第一段階成功を確信。
浮かぶのは大学ノートの真っ白い一ページ目。
まず記入する事。
それは名前。
スキルの名前。
これは前日に決めていた。
スキル名:五行魔法。
五行思想に準えて使用する自然現象系のスキル。
中国語で五行思想の事をウーシンと言う。
それをそのまま引用したのだ。
概要:呪文を唱える事で五種の自然現象を引き起こす事が出来るスキル。
〇呪文全文。
太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。
さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、残った陰気が西に移動して金行を生じた。
そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じた。
トリガー:魔力を込めて太極図に手を添えるか、指先で正円を描き呪文を唱えると発動。
使い分けは呪文を区切る事で可能。
〇第一顕現:水行。
呪文:太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる。
一、水波能売命。
水流を手から噴出。
集中させ水球弾として射出も可能。
「プハァッッッ!」
ここでカッと目を見開いた踊七。
思い切り息を吐き出す。
頭の中だけだから時間はかかっても体力的には平気だと思っていた踊七。
だが、それは甘い考え。
これはキツい。
予想以上に体力を消耗する。
何が体力を奪っているのだろうか?
おそらく体内に巡るナナオの魔力がそうさせているのだろう。
そして気付く。
体内に魔力がもうほとんど残っていない事に。
確かに魔力は補給したはず。
それもかなり大量に。
それが後、僅かまで減少している。
これは竜河岸固有の感覚で認識出来るのだ。
(ちなみにこれは出来る竜河岸と出来ない竜河岸と居ます)
「マジか…………
笑い事っちゃねぇ……」
とりあえず立ち上がりナナオの元へ向かおうとする踊七。
立った瞬間、巨大な倦怠感が身体を覆う。
怠い。
身体が怠い。
まるで全力ダッシュを数十回繰り返したかの様な怠さ。
ゆっくりとナナオの元へ歩き出す。
まだ動けない程では無いが、おそらく今日は後一回の魔力補給が限界だろう。
【ム……?
踊七か……
このフレンチサラダとやらもなかなかウマイだな。
新しい刺激が舌を包んでおるぞ……
この妙な刺激が無いとフレンチサラダのウマイは為せないと見た……】
バリバリバリバリ
忙しなく口を咀嚼しながら大量のポテトチップスを食べている。
袋にはフレンチサラダ味と記載。
「ん?
あぁ……
それは酸っぱいって奴だ……
確かにフレンチサラダ味はそれが特徴だな……」
まだ受け答え出来るぐらいの余力は残している踊七。
だが、怠い。
怠さは消えない。
正直休みたいと言う気持ちはある。
しかし、ここでやめる訳には行かなかった。
何故なら今、頭の中に大学ノートとシャーペンの画が消えているからだ。
この原因を判明させないとおちおち休んでもいられない。
完全に消えてしまったからさっきの工程をもう一度やらないといけないのか?
それとも残存魔力が減った為、一時的に消えただけなのか。
正直、さっきの工程をもう一度は勘弁して欲しい。
ピトッ
願う様に再び手を添え、魔力補給。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
「グゥゥゥゥゥゥゥッッ…………!」
心臓が高鳴る。
心臓をギュッと握られた様な感覚。
キツい。
体力が減少している所に慣れていない大型魔力補給はキツい。
が、取り急ぎ検証を行って判明させないといけない。
胸の痛みも治まった。
一先ず魔力補給完了。
ヨロヨロとさっき座ってた場所まで戻り、再び大学ノートの前で胡坐を掻く。
そしてゆっくりと目を閉じた。
イメージするのは大学ノート。
さっき五行魔法について記入したノート。
減った魔力も充分補給した。
どうだ!?
頭の中にハッキリと浮かぶ大学ノート。
しかもさっき記入した所まできちんと残った状態で。
どうやら後者。
魔力が減った為、一時的に消えただけのようだ。
胸を撫で下ろす踊七。
大学ノートでこうなのであれば、おそらくシャーペンの方も問題無いだろう。
踊七はひとまず大学ノートのイメージを一旦止める。
おそらくこの作業。
書くのにも体力を使うと推測。
今の消耗具合から考えて、このまま創作を続けたらおそらくぶっ倒れる。
それよりかは検証の部分を優先しよう。
そう考えた踊七。
ビリッ
大学ノートの後ろのページを一枚破る。
持って来ていたボールペンを手に何かを書こうとしている。
五行魔法の検証を行うのでもちろん書くのは太極図…………
なのだが、ここで一つ困った事に直面。
「……太極図って……
どんなんだっけ……?」
ボンヤリと頭には浮かぶのだ。
だがいざ書くとなると、きちんと書ける自信が無い。
「ちょっと調べるか……」
踊七はスマホを取り出し、ブラウザ起動。
……するもページを表示できませんの表示。
何度更新してもスマホを再起動しても改善せず。
「あ……」
ここで決定的な事に気付く踊七。
ここはナナオの亜空間。
電波が通っているのだろうか?
いや、結果は今検証した通り。
亜空間では電話やネットは使えない。
当然だ。
繋がる訳が無い。
マヌケな事に今気付いた踊七。
余程体力が消耗していたのだろうか?
調べられないならしょうがない。
とりあえず薄ぼんやりと浮かぶ太極図を白いノートに書いてみる。
「………………笑い事っちゃねぇ……」
書いては見たものの線はガタガタ。
歪み過ぎて太極図はおろか正円ですら無い。
これは多分使えない。
自分で書いたこの図をとても太極図だと思えないからだ。
クシャッ
紙を丸めて、仕切り直し。
とりあえず太極図を使用する検証は後回し。
もう一つの方を試してみる事に。
「……五行魔法……」
スキル名を呟き、指先に魔力を集中。
ポウ
右手の人差し指と親指の先が青白く灯った。
そのままL字を作り、手首を回転。
青白い正円が宙に現れる。
すぐに左掌を前に。
「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……
……水波能売命……」
ピュッ!
するとどうだ?
左掌から細い水流が飛び出たでは無いか。
「おおっ!?
スゲェッ!
何か出たッッ!
笑い事っちゃねぇッ!」
飛び出た水流に驚く踊七。
まるで手品の様。
しかもこの場合はタネ等は無い。
ジョボジョボ……
チロチロ。
水流はすぐに勢いが弱まり、水道ぐらいの細さになった。
そのまま左手を持ち上げ、自分の口の上へ。
ゴクゴク……
自分で出した水を飲んでみた。
喉を通り、食道を伝い、胃に水が流れ込む感覚が脳に伝わる。
間違いない。
これは水だ。
紛い物では無い。
純然たる水。
既に水流は止まっている。
特に何もイメージせずに発動させたからだ。
上を向いた踊七の顔とその上で広げている左手。
ポタッ……
ポタッ……
左掌から雫が落ちて来る。
いつも見ている何の変哲も無い自分の手。
だが、この雫がたった今水流を出したと言う証。
ギュゥゥッッッ!
力強く左手を握る踊七。
そのまま勢いよく振り下ろしガッツポーズ。
身体は小刻みに震えている。
歓喜の震え。
喜悦の身震い。
やった。
為した。
やはり自分の考えていた事は可能だったんだ。
自分が立てた仮説が実証出来た事に喜びを隠せないのだ。
「……よし……
もう一度だ……
五行魔法」
ポウ
今度は左手でL字を作る。
人差し指と親指に魔力を込める。
青白く灯るのを確認し、手首を回転。
宙に浮かぶ蒼白色の小さなサークル。
これが五行魔法のスタート。
「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……
第一顕現、水波能売命……」
シュルゥゥゥ……
右掌の前に水が集中。
その様子はまるで見えない金魚鉢に水が溜まって行くかの様。
今度は水流では無く水球弾を試してみようと言うのだ。
踊七は呪文を唱えながらイメージしていた。
右掌の前で浮いている水球。
大きさはバレーボール大。
「へぇ……」
プニプニ
浮いている水球を指て突いてみる踊七。
接触面から表面に薄い波が立つ。
触感としてはグミをもっと緩くしたもの。
もしくはダルダルに表面が伸び切った水風船。
しかもいくら突いても穴が空く様子も無い。
何とも不思議な感触だ。
しかも浮いている。
これも魔力の作用だろうか。
「よっと……」
ギュンッッ!
踊七が軽く右手を振ると、水球弾が真横に飛んで行った。
そのまま薄暗い風景に溶け込んで行く。
踊七の耳には着水音は聞こえない。
バリッボリッ
【フムフム……
これもなかなか……
悪くない……】
ナナオの咀嚼音が邪魔をして聞こえなかっただけかも知れない。
ただそれを差し引いたとしても射程は相当長い。
少なくとも1~2キロはあるだろう。
速度はさほど速くは無い。
魔力注入を施した竜河岸であれば充分目視出来るレベル。
「……なるほど……
距離は充分だが速度は控えめ……
そこは発射準備の短縮とかでカバーするか」
ニヤリ
薄く笑う踊七。
ここからあらゆる面で改良の余地がある事が嬉しいのだ。
グウ……
ここで腹の虫が鳴る。
一体何時間やっていたのか見当もつかない。
とにかく何か食べようと立ち上がる。
フラッ
フラつく踊七。
五行魔法は消費魔力に幅がある。
今の踊七ではまだ出力面までに頭が回らない。
「……これも今後の課題だな……
笑い事っちゃねぇ……」
ギュゥ~……
キョルキョルゥ~~!
立ち上がった事で更に大きく鳴る腹の虫。
ヨロヨロ
更に体力を消耗した踊七はおぼつく足で自分の用意した食糧の元へ。
ガサガサ
取り出したのはカロリーメイト。
震える手で封を開け、口の中へ放り込む。
モグッ!
モグモグッ!
「ンンッ……!!?
ゲホッ!
ゲホゲホッッ!」
あまりの空腹の為、一気に詰め込んだ踊七は咽てしまう。
バッ
パキッ
急いでペットボトルの口を開け、ミネラルウォーターを流し込んだ。
「フウ……
死ぬかと思った……
笑い事っちゃねぇ……」
モグ……
モグモグ……
腹の虫も治まった踊七は落ち着いて食事を続ける。
ドスドス
そんな踊七の元に寄って来るナナオ。
手には何やら透明のパックが持たれている。
【オイ踊七……
何だこれは?
今まであらゆる快感に打ち震えていた我の舌が全く反応せんぞ……】
そう言って見せるのは総菜のパック。
中はビーフコロッケ。
「何って…………
コロッケだろ?」
さも当然の様に言う踊七の目に映ったコロッケに何か違和感。
【……今まであらゆるウマイを堪能したが……
これは全然ウマイでは無いぞ……
人間が何故この様な物を作ったか理解し難い……】
違和感の正体が判明。
舌が反応しない。
と言う事は味がしないって事。
そう、ナナオは何もつけずにコロッケを食べていたのだ。
「……お前……
そりゃコロッケを何もつけずに食えばそうなるだろ。
笑い事っちゃねぇ」
【つける?
……と言う事はこれは未完成なのか……?】
「いや、それはそれで完成してるし何もつけなくて食う人もいるんだよ。
でも俺もソースをつけて食うな」
【ソオス?
ソオスとは何だ踊七……】
「お前、確か調味料も大量に買ってただろ?
多分そん中にあるよ。
ホラ、袋の中に長細いのがいっぱい入ったやつがあっただろ?」
【ん?
あの黒、白、赤と目を引くやつか?
一応持って来たがあれは一体何なのだ?】
「持って来たって言うな。
買ったんだよ俺が。
てか、総菜買ったから調味料も買ったんだと思ってたけど適当かよ。
笑い事っちゃねぇ」
ガサッ
【そんな事はどうでも良い……
ホラ、これであろ……?
この中のどれを使うのだ……?】
既に調味料が詰め込まれたビニール袋を持って来ていたナナオ。
「えっと……
ほら、これとこれだよ」
踊七が袋から取り出したのはお好み焼きソースとウスターソース。
【ホウ……
この黒いのを使うのか……
して、この二つはどう違うのだ……?】
「こっちはネットリしてんだよ。
んでこっちはネットリしてねぇ。
俺はウスターの方が好きだな。
味が染み込みやすい」
【そうか……
ならばお前の推すウスタアとやらを使ってみよう……】
キュポ
巨大な手を器用に使い、ウスターソースの蓋を開けるナナオ。
元々竜は知能の高い生物。
人間がどれをどの様に扱っているかは見て学んでいるのだ。
さすがに内蓋は小さ過ぎて踊七に開けてもらったが。
ドボドボ
口から勢いよく飛び出るウスターソース。
「あ、言い忘れてた。
ほぼ液体だから勢い……
って……
遅かったか……
笑い事っちゃねぇ……」
踊七の目には黒々と様変わりしたコロッケが映っている。
これはもはや惨劇と称しても過言では無い。
【踊七よ……
黒くなったが……
これで良いのか……?】
「…………ま……
まぁいいんじゃねぇか?
それぐらいかける人もいるだろうし」
【フム……
何やら不思議なウマイだな……
人間のウマイとは本当に幅広い……】
ヒョイッ
モグ……
クワァッッ!
ウスター塗れになったコロッケを口に入れ、咀嚼した瞬間。
様相が急変。
眼を大きく見開いたナナオ。
【ヌオォォォッ!?
何だコレはァッ!!?
ありとあらゆる刺激が我の舌を震わせるゥッ!
柔らかい刺激から激しい刺激とォッ!
しかも濡れているせいかホロホロと崩れる感覚も何とも快感ッッ!】
唸る竜。
ここ一番の感動具合。
「あ~~、笑い事っちゃねぇ……
ナナオ、そのウスターソースってなフライ……
っつっても解んねぇか。
同じ感じで周りが毛羽立ってるやつあんだろ?
それ全部に使えるぞ」
【……クックック……
そうか……
そう言う事か……
解ったぞ踊七よ……
人間はこのチョウミリョウをあらゆる食べ物に使い、ウマイの幅を広げておるのだなぁっ!!?】
ムフーと鼻息荒く、したり顔のナナオ。
秘密を暴いてやったと言わんばかり。
「何、当たり前のことを言ってやがんだ。
笑い事っちゃねぇ。
それより俺も何か食いたくなって来た。
ナナオ、適当に貰うぞ」
【ム……
我がもうクッタものなら構わんぞ……】
総菜の山からコロッケを取り出し、ウスターソースをかけてパクつく踊七。
「ホレ、かけんのはこれぐらいで良いんだよ。
パク……
モグモグ……
ハァ~~……
疲れた身体に揚げ物が染み渡らぁ……
……こうなると甘いものが欲しくなって来るな」
踊七は立ち上がり、菓子の段ボールが積まれた山を目指す。
多少栄養が入ったせいか比較的足取りはしっかりしている。
ドスドス
そんな踊七を見たナナオが追いかけて来る。
【踊七ィッ!?
我が手を付けて無いウマイに触れる事は何人もまかりならぁんっ!】
「うっせぇなぁ。
なら一緒に食えば良いじゃねぇか……
おっ?
あったあった、板チョコ」
バリッ
中型の段ボールを開けた。
山の様に積まれた菓子の中から踊七がチョイスしたのは板チョコ。
中には10枚セットが合計十個。
合計100枚。
中から一セット取り出す踊七。
ポイ
「ホレ、俺は一個ありゃあ充分だよ」
段ボールごと残り90枚を投げ渡す。
【おぉ……
まあ……
我も器量の狭い竜では無いからな……
一個ぐらいは大目に見てやろう……
貴様には何かとウマイの味わい方で世話になってるしな…………】
ナナオは竜の中でも比較的義理堅い気性。
先の戦闘で眠夢を護った理由としてチーズフォンデュが食べれなくなると言うのもあるが、それ以上に美味いものを喰わせて貰ったと言う恩義を感じていたからである。
だからこそ誇り高い自分の背に眠夢を載せたのだ。
パキッ
踊七は堅い板チョコを噛み割る。
同時に体温で口の中のチョコが溶け始め、灼ける様な甘さが舌全体を包む。
そのまま溶けたチョコは喉を通り、食道を通り胃へ。
全身に巡る糖質は血糖値を急激に上げ、踊七にリラックス効果をもたらした。
「ふう……
どうにか落ち着いた……
ナナオ。
俺、少し仮眠を取るからお前は好きに食ってろ」
【フム……
解った】
踊七は持参した寝袋に潜り込み、眠りについた。
寝付きの早さから余程疲れていたのだろう。
ここは亜空間。
昼も無ければ夜も無い。
時計も無いからどれぐらい時間が経ったのかも解らない。
と言うより亜空間内では経過と言う概念が無い。
従って格納されている総菜や弁当は腐らない。
踊七が感じた空腹は時間経過によるもので無く、エネルギー消費や魔力疲労によるもの。
数時間後。
パチッ
踊七が目を覚ます。
ミノムシ状態の上体をムクリと起こした。
その眼に飛び込んで来た光景。
一言で言うと惨状。
とにかく広範囲にありとあらゆる食べ物の包装や段ボールが転がっていた。
まさにゴミの野。
「……まぁ別に俺の管理してる所じゃねぇから良いっちゃあ良いんだけどよ…………
笑い事っちゃねぇ」
ゴミが広がる中、まるまっている深緑の塊。
ナナオだ。
ナナオが寝ている。
食べ疲れでもしたのだろうか?
踊七はすぐさま寝袋から飛び出す。
軽い。
体力が回復している。
頭も回る。
疲れは取れた様だ。
ガサッ
ガサガサ……
ゴミを踏み越えてナナオの元まで。
「おい……
おい……
ナナオ、何寝てんだよ。
笑い事っちゃねぇ」
【ん……?
踊七か?
どうした……?】
「いや……
別に用って言う用は魔力補給ぐらいしか無いんだけどよ……」
チラリ
踊七が周りを見渡す。
広範囲に散らばるゴミ。
「……別にお前の亜空間だからとやかくは言わねぇけどよ……
ちょっとは片付けるってのをしねぇのか?
笑い事っちゃねぇ」
【片付ける?
何を片付けろと言うのだ?
今ここには我とお前しかいないであろう……】
?
踊七の頭にハテナが浮かぶ。
話が噛み合っていない。
どうやら竜の感覚で片付けると言うのは敵を掃討する意味の様だ。
「ま……
まぁいいよ。
それより魔力を貰うぞ」
【好きにしろ……】
踊七はナナオの鱗に手を添える。
ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!
「くっ……」
心臓が大きく高鳴る。
少し慣れたのか最初の時ほど声は上がらない。
補給を終えた踊七はナナオから離れ、大学ノートが開いている場所まで移動。
胡坐を掻いて目を閉じる。
イメージするのは大学ノートとシャーペン。
よし。
頭の中でページが開いて行く。
きちんと水波能売命まで書かれた状態。
きちんとメモリーされているのが何とも不思議な感覚。
さてお次は……
二、武美名別命。
前方に巨大な水の竜巻が立ち昇る。
手でマニュアル操作可能。
「フゥッ……」
目を開けた踊七。
今回は水行の続きなのでさほど記述する事は無い。
が、明らかに感じる疲労感。
やはりこの作業は大幅に体力を消耗する。
膝に手を立ててすっくと立ちあがる。
踊七はとりあえず一つずつ書いて検証してを繰り返そうと考えた。
一気に書いてしまうよりかは休息を挟んで徐々に慣らして行く算段だ。
「よしっ!
やるか。
……五行魔法」
ポウ
右人差し指と親指が青白く灯る。
L字を形作り、手首を回転。
宙に浮かぶ蒼白色の正円。
五行魔法発動。
「太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……
第一顕現ッ!
武美名別命ォォッ!」
続き呪文を唱える踊七。
スゴゴゴゴゴォォォッッッッ!
瞬く間に上へ立ち昇る巨大な水の竜巻。
爆音が鳴り響く。
【ム……?
何だ……?】
轟音に気付いたナナオが長い首を曲げ、竜巻の方を見つめる。
ドスドス
歩いて踊七の元へ。
「よし……
そして、このまま……」
クイクイ
左手を動かしてみる。
ギュゴォォォッッ!
すると、水の竜巻が蛇の様に曲がる。
ザッパァァァァァンッッ!
U字に曲がった水の竜巻は着水。
大きな水飛沫を上げた。
「プワァッ!?」
一番近くにいた踊七はモロに水を被った。
全身ビショビショ。
「……結構、操作が難しいな……
これも要練習……」
【踊七よ……
今の水はお前が出したのか……?】
「ん?
そうだけど?」
【フム……
我の魔力を使ってなかなか面白い事をするでは無いか……
もっと見せてみろ……】
「いや、見せてみろったってなぁ……
まだまだ試行錯誤してるトコなんだよ。
もう少し待ってろ。
それよりもまた魔力をよこしやがれ」
【……その言い分だとまだ何かするみたいだな……
よかろう、我の魔力を持って行くがよい……】
三度魔力補給。
こうして踊七は五行魔法の構築を続行。
一つ記述しては検証。
記述しては検証を繰り返して行く。
時折仮眠や食事を挟みつつ作業を進めて行った。
どれだけ時間を経たのかわからない。
幾日経ったのかも解らない。
ただひたすらに魔力を補給し、スキルを構築し続けた結果……
「…………よし、これでひとまずのガイドラインは完成……」
ついに形となった踊七のメインスキル、五行魔法。
一先ずはこれで運用し、その都度、必要な部分などは書き足して行くつもりだ。
構築完了した踊七は食事を取り、仮眠を取る。
数時間後。
踊七がゆっくり目を開ける。
眠りから覚めたのだ。
最初の時に比べて大分睡眠時間が短くなっている。
これはナナオの魔力に身体が慣れて来た証拠。
そのまま寝袋から這い出た踊七は軽い足取りでナナオの元へ。
【フムフム……
ベントーとやらは色々なウマイが堪能出来るが量が少ないのが難点だな……
モグモグ】
相変わらず食事を続けているナナオ。
と言っても大分量は減っていた。
「おーい、ナナオーっ!
あらかた終わったぞー」
【モグモ……
ん?
終わったのか……
で、お前は何をやってたのだ……?】
「新しいスキルを創ってたんだよ」
【……確かスキルとはお前ら人間が魔力を使って行う固有能力だったな……
その様子だとそこそこ使えるものに仕上がったのか……?】
「そればっかりは使ってみねぇと…………
あぁ、そうか。
お前がいたな」
何かに気付いた踊七。
じっとナナオの方を見る。
【……ん?
どうした……?】
「ちょっと、俺と手合わせしてくれよ」
続く。




