表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/42

第八章 梵踊七 Victims③



 2013年 7月末



 踊七の中学校は一学期登校最終日。

 夏休みに入ろうとしていた。


 クラスメイトは長期休暇を前に浮かれていた。

 やれプールだやれ旅行だやれ海だとバカンスの計画に余念が無い。


 だが踊七は一人。

 無言でぼんやりと外を眺めていた。


 別に虐めに遭っている訳では無い。

 クラスでは普通に皆と会話はする。


 夏休みの遊びにも誘われた。

 しかし、全て何かと理由を付けて断っていた。


 原因は自分の境遇。

 みんなと遊んでいる最中に襲われる事を危惧していた。


 一人ぐらいなら何とか護れるかもしれないが多数となるとクラスメイトに危険が及ぶ可能性がある。


 新スキルを身に付けていない今なら尚更だ。

 目下の目標はやはり新スキルの習得。


 夏休みであろうと無かろうと関係無いのだ。


(お前らーっ!

 夏休みだからって言ってハメを外し過ぎるなー。

 間違っても夏休みデビューなんかするんじゃないぞー。

 はい、じゃあ日直ー。

 号令ー)


 きりーつっ!


 礼っ!


 さようならっ!


 一学期終了。


 ガヤガヤ


 学校が終わった開放感からクラスが賑わい出す。

 みんな今日からの夏休みが楽しみでしょうがないのだ。


「踊ちゃん、帰ろ」


 そんな中、踊七に声をかけるのは眠夢。


「おう」


(何だぁ?

 (そよぎ)ィ?

 お前、俺らの誘いは断る癖に花山院(かさんのいん)の誘いには乗っかるのかよ)


「うっせぇ。

 付き合いだ付き合い」


(付き合いっ!?

 キャーッ!

 やっぱり(そよぎ)くんって眠夢ちゃんと付き合ってるのっっ!?)


 勘違いした女子が話に喰い付いて来る。


「ちょっとっ!

 やめてよっ!

 踊ちゃんとはただの幼馴染なんだからっ!

 別にそんなんじゃないわよっ!」


 慌てて否定する眠夢。


 何気ないクラスの一コマ。

 平和な風景。


 何処にでもある至って平凡な中学生達の光景。


 …………だが、来年。

 来年の十一月。



 このクラスの大半はこの世を去る事になる。

 ドラゴンエラーによって。



「お前らうっせぇっ!

 その付き合いじゃねぇよっ!

 ご近所付き合いの方だっ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


(出たーッ!

 (そよぎ)の笑い事っちゃねぇーっ!

 そんな事言ってまんざらじゃないんじゃないのかよ?)


 このクラスメイトの囃し立ても。


(眠夢ちゃんもちょっと赤くないー?

 いいなぁ~。

 (そよぎ)くん、ちょっとカッコいいって思ってたのにー。

 羨ましいぞコノコノー)


 女友達の優しい茶化しも。


 全て。

 全てが来年には灰燼と帰す事となる。


 だがこの場にいる誰一人として。

 耐え難い悲劇が忍び寄って来ているなどとは露とも思っていなかった。


「あーもー……

 こいつらと来たら……

 笑い事っちゃねぇ……

 もう行こうぜ眠夢」


 グイッ!


「あ……」


 踊七が眠夢の手を掴み早々にクラスを後にする。


(ヒューヒューッ!

 お前らもう認めろっつーのっ!)


 クラスメイトのからかう声を背中で聴きながら帰宅の途に就く踊七と眠夢。


「全く……

 あいつらときたら……

 話を聞きやしやがらねぇ……」


 苛立つ気持ちを足に込めてズカズカと歩く踊七。


「あ……

 あの……

 踊ちゃん……?」


 後ろから声をかける眠夢。


「ん?

 眠夢、どうした?」


「その…………

 ……手……」


「手?

 ……うわぁぁっ!」


 パッ


 踊七は眠夢の手を掴んだままだったのだ。


 慌てて手を離すが眠夢は頬を赤らめ俯いている。

 踊七もそっぽを向いて何処か気まずそうな表情。


 ポリポリ


 そっぽを向きながら鼻頭を掻く踊七。

 お互い無言。


「か……

 帰ろっか……?

 ママも待ってるし……」


 最初に口を開いたのは眠夢。

 無言の空気に耐え切れなくなったのだろう。


 無言のまま眠夢の家へ向かう二人。

 今日は午前中で終わる為、昼食に呼ばれているのだ。



 花山院(かさんのいん)



 ガチャ


「ただいま~……」


 自宅のドアを開け、帰宅の挨拶。


(眠夢ちゃん~~?

 おかえんなさ~い~)


 パタパタ


 ほのぼの間延びした声が奥から聞こえる。

 続き栗色ゆるふわパーマを揺らせながら女性が忙しなく登場。


 眠夢の母親、花山院(かさんのいん)愛音(あいね)である。


 ちなみに髪の色こそ同じだが、この頃の眠夢はロングストレートだった。

 どちらかと言うと本編の眠夢に近いのは愛音(あいね)の方である。


(二人共おかえり~~

 お昼ごは…………

 ……オヤァ~~?)


 愛音(あいね)の目に映ったのは目を合わそうとせず頬を赤らめている二人。

 そんな二人をニマニマと含みのある笑顔で見つめる。


(……何かあったでござるかな~~?

 ご両人~~)


 茶化した様に尋ねて来る愛音(あいね)


「……別に……」


(おやおや~~?

 それは何処のエリカ様でございますかな~?)


 愛音(あいね)が言っているのは2007年、東京で起きた映画の初日舞台あいさつにて主演の沢尻エリカが起こした騒動からの引用。


「もう……

 ママったら古いわよ。

 そんな事よりご飯ご飯。

 私もうお腹ペッコペコよ」


 そう言って愛音(あいね)の両肩を押し、そそくさと家へ上がる眠夢。


(あらあら~~、この子ったらいつまで経っても子供なんだから~~

 これじゃあオムコさんになる踊ちゃんも大変ねぇ~~)


 愛音(あいね)はもう完全に踊七と眠夢をくっつけようとしている。

 学校のクラスメイトと変わりない。


 そんなやり取りを終始無言でそっぽを向いて我関せずの姿勢を貫く踊七。

 多分何を言ってもヤブヘビにしかならないと解っているのだ。


 愛音(あいね)はほのぼのとした性格だがその実、押しが超絶強い。


 何を言っても自分に都合の良い意訳、解釈を駆使してあらゆる方向から追い詰めて来るのだ。


 本編の眠夢がダサいトレーナーを踊七や竜司にグイグイ薦めるシーンがあったがそれは母親譲りなのである。


「よけいな事言わないっ!

 さっさと行くっ!」


 そのままグイグイと押しながら強引にリビングへ消えて行った二人。


「…………笑い事っちゃねぇ……

 お邪魔します……

 っと」


 踊七も家へ上がり、リビングへ。



 花山院(かさんのいん)家 リビング



(あ~~、踊ちゃん~~

 もうちょっとで出来上がるから座って待っててね~~)


 既にテーブルに座っている眠夢。

 踊七はその向かいに座る。


 二人共無言。


「…………そんなんじゃ無いからね……」


 この二人。

 外からの色々な茶々入れによって時折こうして無言になる。


 そんな時、いつも場を動かそうとするのは眠夢の方。


 日々の暮らしの指揮や指針を決めているのは踊七。

 だが実質、眠夢の尻に敷かれているのだ。


「……何がだよ……?」


「だっ……

 だからっ!

 わっ……

 私と踊ちゃんがっ!

 つっ……

 つつっ……

 付き合うとかそう言う話よっ!

 私は踊ちゃんの事好きだとかそんな事思って無いんだからっ!」


「…………何を今更言ってんだよ。

 笑い事っちゃねぇ。

 俺もそうだよ。

 お前はただの幼馴染。

 それ以上でもそれ以下でもねぇ」


「…………何かそうハッキリ言われるとそれはそれでカチンと来るわね……」


「どうしたいんだよ。

 笑い事っちゃねぇ。

 まぁ仮にお前から好きだとか何とか言われても俺は何も出来ねぇけどな」


 踊七は自分の現状に危険が孕んでいるから気持ちを伝えられても応える事が出来ないと言っているのだ。


 だがそれは裏を返せば巻き込みたくないと言う気持ちの表れ。


 冷たい物言いの様に聞こえるかも知れないが好意に近しい気持ちを抱いているのは確かなのである。


(あらあら~~

 やっぱり二人は仲良しさんねぇ~~)


 昼食を持って来た愛音(あいね)はニコニコ満面の笑み。


「どこがよ……?

 いがみ合ってるじゃない」


(ホラ、言うでしょ~?

 ケンカする程仲が良いって~~)


「……ママの時はどうだったのよ?

 パパとケンカとかしたの?」


(ん~ん~、マサちゃんてばいっつも優しいから~~

 ケンカなんかした事無いよ~~)


 ブンブン首を左右に振る愛音(あいね)

 栗色のふんわりとした長い髪が一緒に揺れている。


「…………何かすんごい説得力が無い……」


(ウフフ~~

 人にはそれぞれの~~

 カップルの数だけ恋愛の形と言う物があるのですぞ眠夢氏~~?

 さあさあ~~

 今日のメニューは特製冷やし中華だよ~~

 召し上がれ~~)


 昼食開始。

 三人は冷やし中華を啜り始める。


(そう言えば踊ちゃん~~?

 ナナオちゃんはどうしてるの~~?)


「ん?

 どうしたも何も家に居るよ。

 笑い事っちゃねぇぐらいTVにハマっててな。

 ずっと見てる」


(そっかぁ~~

 ナナオちゃんもお昼呼んだげたら良かったかなぁ~~?)


「いいよいいよ。

 アイツは別に食わねぇと死ぬ訳じゃ無いしな」


(またそんな事言って~~

 踊ちゃんがもっと積極的にナナオちゃんを紹介してくれないと私達も解んないじゃない~)


「ええ~?

 そんな事言われてもなぁ……」


 竜河岸と言う人種はスキル等の異能が使える反面、竜との懸け橋役を担う事が往々にしてある。


 竜が見た目通りの肉食獣では無く、きちんと物を考え、理解し発言している知能の高い生物である事を人の世に知らしめないといけない。


 だがこれは義務では無い。

 やるかやらないかは竜河岸本人の自主性に任せている。


 国の法律でも定められてはいるが努力義務に留まっているのだ。


(私だってもっと竜達の事知りたいも~ん。

 言葉解るの踊ちゃんだけだしぃ~~)


「ま……

 まぁそんなに言うなら構わねぇけどさ」


 愛音(あいね)の押しに負けて了承する踊七だった。

 が、そこに異を唱える者が一人。


「…………別に呼ばなくても良いんじゃない?

 食べなくても死なないって言ってるんだし」


 花山院(かさんのいん)眠夢(ねむ)である。

 前話でも話した通り、内心では竜が共存している世の中を良しとしていない。


(あら?

 この子ったら~~

 いつからそんなイジワルな事言う様になったのかしら~~?)


「別に意地悪で言ってる訳じゃ無いわ。

 呼ぶ用も無いのに呼ぶ必要は無いって言ってるだけよ」


 これは方便。


 呼ぶ用が無い訳では無い。

 愛音(あいね)七尾(ロード・セブンス)とコミュニケーションが取りたい。


 それを竜河岸である踊七に頼んでいる。

 それだけでナナオを招く理由としては事足りている。


 眠夢もそこには気付いていたが敢えて食事の部分のみを捉まえた方便。


 確かに食事の部分だけで考えると竜は食べなくても死なないので用が無いとも言える。


「その通りだぜおばさん。

 それにナナオ(アイツ)、誘っても来ないかも知れねぇし」


 妙な所で意見が一致する二人。


(も~~

 他だったらもっと竜と触れ合ってるって聞くのに~~

 二人共、淡白なんだから~~)


 こうして昼食は終了。

 踊七は花山院(かさんのいん)家を後にする。



 (そよぎ)



 帰って来ても踊七のやる事は同じ。

 新しいスキルの創作。


 今ではネット等を駆使してあらゆる所から情報を集めていた。

 それとは別に……


「ん?

 これそろそろ売るか……」


 ネットで株も始めていた。

 才能があったのか解らないが、現時点での踊七の資産は一億五千万程。


 虚往(こおう)が置いて行った一億より増えていたのだ。


 とにかく父親の金だけで生きているのが我慢ならなかった踊七。

 何の気なしに始めた株売買が功を奏して今では自分だけで稼いで生きていた。


「う~~ん……

 解んねぇなぁ……

 炎が出るイメージってどんなんだよ……」


 だが、スキル創作に関してはあまり進んでいない。

 博嗣(ひろつぐ)の言っていた効果のイメージがどうにも上手く行かない。


 一応、踊七はテーマとコンセプトは決めていた。


 テーマは自然現象系の攻性スキル。

 コンセプトはあらゆる局面に対応出来る汎用性。


 こう定めて考案するも、未だ形すら見えない。


 博嗣(ひろつぐ)は言っていた。

 スキル創作には効果をイメージする必要があると。


 だが当然の事ながら炎など出した事は無い為、イメージするのに難航している。

 文字通り想像もつかないのである。


 かたやナナオの魔力の形はイメージ出来ていた。


 それは湖。

 魔力の強大さからイメージするのは巨大な湖。


 体内に発生した深く大きな湖を想像していた。


 これはイメージと言うよりかはモチーフではあるが、形として頭の中に浮かぶのならばそれでも問題は無い。


 だが片方だけ出来てもスキルは創れない。

 未だ新スキルの影は見えずにいた踊七。


 そもそもスキル系統が違う踊七には土台無理な話なのだが。

 その事は知らずに出来る訳が無いスキルの創作に四苦八苦していた。



 数日後。



 ガタンゴトン


 踊七はナナオを連れて電車に乗っていた。


 路線はJR京浜東北・根岸線。

 向かう駅は横浜。


 時間は正午に差し掛かっていない昼前。

 一体何処に向かっているのかと言うと……


【ムウ……

 踊七よ……

 何故こんな面倒臭い移動手段を取っておるのだ?】


「ンな事言ってもしょうがねぇだろ?

 俺ら人間は竜みたいに翼なんて生えてねぇんだから。

 笑い事っちゃねぇ。

 お前が俺を載せて飛んでくれりゃあもっと早く着けるだろうよ」


【それはまだ出来ぬ相談だな……

 我はまだ貴様を主とは認めておらぬ……】


「なら大人しく付いて来やがれ。

 ……それにしても周りの竜は何で離れてやがんだ?」


 踊七達が載っている車輛は竜河岸専用車輛。

 それなりに他の竜河岸も乗車している。


 が、全員踊七らと距離を取っている。

 スペースは充分あるのだが、それでも車輛の端の方まで離れている。


 竜河岸よりも竜がガタガタと震えていた。

 踊七もこの異常な空気を察したのだ。


【ククク……

 どうやら我の事を知っている竜が居る様だな……】


 (ロード)の衆の恐ろしさを知っている竜が居たのだ。

 実際に目撃したのは伝聞を聞いたのかは解らない。


 更に底知れぬナナオの膨大な魔力量を察知した竜も居る。

 すべからくその場にいる竜はナナオに恐怖していた。


「……お前、竜界でどんな暮らしをしてたんだよ……?」


【……なあに……

 ただ暮らしていただけよ……

 だが我を見てケンカを売って来る阿呆な竜がいくらかおってのう……

 そいつらをちょっと撫でてやったりはしたがな……

 ククク】


 周囲の様子を見ていれば撫でた程度で済んでいないのは自明の理。


「…………笑い事っちゃねぇ……」


【それはそうと踊七よ……

 チウカガイと言う所はあとどれぐらいで着くのだ?】


「乗り換え一回挟むからあと30……

 ってお前、時間なんて解んねぇだろ?」


【ム……?

 何を言う踊七よ……

 我も伊達にずっとテレビを見ている訳では無いぞ……?

 貴様等がスージとか言う物であらゆる事を推し量っている事ぐらい知っている……

 そのジカンとやらは一日をスージで区切ったものの事であろう?】


「ん?

 そうか?

 TV見てたのも無駄じゃ無かったんだな。

 んじゃあ今から30分ぐらいで着くよ」


【…………だが、我にジカンを教えられても全くもってピンと来ぬ……

 長いのか短いのか……】


 時間とは長く生活をする事で大体の長短を感覚で判断出来る側面も持つ。

 全く時間なんて気にしてない暮らしをしていたナナオが解らないのも当然である。


「笑い事っちゃねぇ……

 お前は俺に付いてくりゃ良いんだよ」


【ム……

 宜しく頼む】


 ペコリ


 頭を下げるナナオ。

 礼儀に関してはそこそこ板について来た。


 この二人が目指しているのは中華街。

 江戸清(えどせい)と言う老舗のブタマン屋。


 先日TVで取り上げられており、レポーターが一言。


(やはり出来立てのブタマンは美味しいですね)


 出来立て。

 このワードに喰い付いたナナオ。


 踊七の説明を聞き、是非出来立てのブタマンを食べてみたいと言う事になり出掛けていたのだ。



 一時間後。



【ムゥッ!?

 モグモグ……

 この帯びている微かな熱っ!

 ムグムグ……

 これがウマイに大事だと言う事だなっ!?】


「あ~うっせ……

 まあそう言う事だよ。

 いつもは俺が持ち帰ってたからな。

 ……モグモグ……

 美味ぇ……

 温め直してんのとはやっぱ違うよな」


 とりあえず出来立てを買い、ブタマンを頬張る二人。


【モグモグ……

 これはウマイだな踊七よ】


「まあな…………

 ……にしても暑い……」


 今は7月末。

 夏の暑さも拍車がかかってきた所。


 炎天下で出来立てのブタマンを食べるのは苦行に近い。

 踊七は既に汗をびっしょり掻いていた。


【ン……?

 どうした踊七よ……

 水に浸かってないのに濡れているでは無いか……】


「……暑いんだよ……

 竜ってのは汗も掻かねぇのか……

 笑い事っちゃねぇ」


 既に踊七のブタマンを食べる手は止まっている。

 あと半分近くも残っているにも関わらず。


【ン……?

 踊七よ……

 喰わぬのか……?】


「だから暑いって言ってんだろ……

 もう要らねぇよ」


【だったら我が貰おう……】


 ヒョイッ


 残った踊七のブタマンを奪い取り、さっさと口に入れてしまう。

 この灼熱の真夏日に汗一つ掻かず食べてしまった。


 ベロリと舌を出すナナオは見るからにご満悦。


「……じゃあ帰るか……」


 目的を果たした踊七達はさっさと帰宅の途に就く。



 横浜駅



 乗り換える為、下車。

 JR京浜を目指す。


 ふと踊七の目に見慣れた後姿が映る。


「お?

 眠夢じゃねぇか。

 こんなトコで何してんだよ」


 栗色のストンとしたロングストレートの髪。


 間違いない。

 花山院(かさんのいん)眠夢(ねむ)である。


 首だけ振り向く。


「あれ踊ちゃん?

 ………………とナ……

 ナナオさん……」


 眠夢の目に映ったのは幼馴染と深緑の鱗を持つ巨大な爬虫類。


【ム……?

 こやつは最近、我にチイズフォンデュとやらを振る舞った女では無いか……】


 長い首を曲げ、眠夢の顔を覗き込むナナオ。

 瑠璃色の大きな両瞳が見つめている。


「……踊ちゃん……?

 ナナオさんなんて……?」


「何かチーズフォンデュを喰わせてくれた奴かって聞いてらぁ。

 お前の事覚えてたみたいだな」


 と言うのも昨日、花山院(かさんのいん)家の夕食に呼ばれていた踊七。

 ナナオも連れて行った。


 愛音(あいね)が連れて来いと言っていたからだ。


 その日の夕食はチーズフォンデュ二種。

 通常の熱々フォンデュと冷やしフォンデュ。


 愛音(あいね)が熱いフォンデュを作り、眠夢が冷やしフォンデュを作りみんなに振る舞ったのだ。


 もちろん味は熱いフォンデュの方が上。


 正成(まさしげ)愛音(あいね)は眠夢()()美味しいとは言ってくれたが、手の進み具合から差は歴然だった。


「あ……

 そ……

 その節はどうも……」


 ペコリ


 ナナオに会釈をする眠夢。


【ウムウム……

 主の作ったチイズフォンデュとやらはなかなかの匂いであった……

 また振る舞ってくれよ……】


「えっと……

 お前のチーズフォンデュ、美味かったってよ。

 また喰わせてくれって」


 先んじて踊七が通訳。


「え……

 そ……

 そう……?

 ……うん、また作るから()()()()()()()()食べに来てね……」


 何故ナナオは愛音(あいね)の方では無く眠夢の方を気に入ったのか?


「……あんなニンニク臭せぇのの何が良いんだ……

 笑い事っちゃねぇ……

 ボソッ」


 理由は簡単。

 眠夢のフォンデュはニンニクの匂いが少々強烈だったのだ。


 もちろんただ分量を間違えただけ。

 だが、それが功を奏したのかナナオはニンニクの匂いを大層気に入ったのだ。


「ん?

 踊ちゃん何か言った?」


 しかし、これで僅かに眠夢から竜への偏見が薄れたのは確か。


 だが、踊七を介さないと意思疎通が出来ない所や見た目がまだ慣れない部分はあるが。


「いや……

 別に……

 それよりお前、こんな所で何してんだ?」


「パパにお弁当持って行ってたのよ」


 正成(まさしげ)の勤める横浜地方検察庁。

 最寄り駅は地下鉄みなとみらい線日本大通り駅。


 元町・中華街駅と同線なのだ。


「ふうん、案外おじさんもおっちょこちょいだな」


「そうなのよね。

 まぁ仕事が忙しいみたいだからしょうがないのかも知れないけど」


「検事ってやっぱり忙しいんだな」


 自然と二人は帰路を共にしている。

 家は隣同士だから致し方ない。


 そのまま電車に乗り込んだ。



 JR京浜東北・根岸線 車内



 ガタンゴトン


「ね……

 ねぇ踊ちゃん……?」


「ん?

 どうした?」


「私……

 ここに乗って良いの……?」


 踊七達が乗った車輛は竜河岸専用車輛。

 もちろんかなりスペースは空いている。


「別に良いだろ?

 お前は俺の友達なんだし。

 これでお前だけ一般車両に乗るのも何か違う気がするしな」


「そ……

 そう……?

 それと……」


 チラリ


 周囲を見渡す眠夢。


「何で他の竜と竜河岸さん達あんな端っこに寄ってるの……?」


「あぁ、それはナナオ(コイツ)が強えぇからビビってるんだとよ」


 それを聞いた眠夢は絶句。


 ただでさえ恐ろしい肉食獣の様な見た目をしている竜。

 その竜が恐れるって一体どれだけ。


 この話を聞いて完全に委縮してしまった眠夢。


「…………ってどうしたよ眠夢?」


 顔が真っ青になった眠夢を見て声をかける踊七。


「い……

 いやっ……!

 ……別に……」


 ギュ……


 眠夢は無意識に踊七の服の袖を強く掴んでいた。


「お……

 おい……

 一体どうしたって言うんだよ?」


 突然の事に戸惑う踊七。


 だが、眠夢は無言。

 返答が無い。


「………………笑い事っちゃねぇ……」


 何だかよく解らない。

 が、掴みたいなら掴ませてやろう。


 別に知り合いが見てる訳でも無し。

 とりあえず放置する事に決めた踊七。


 かたや眠夢の胸中では様々な思惑が混在していた。

 

 確かに自分の作った美味いといったこの竜は良い奴……

 なのかも知れない。


 けど周りの竜の恐れ方を見る限り危険な竜なのかも知れない。

 それも物凄く。


 ……え?

 ……竜だけど良い奴って何……?


 そもそも竜に善悪なんて考えあるの?


 今は大人しくしてるけどもし何かのはずみで暴れ出したら……

 パパもママも私も死んじゃうんじゃ…………


 いや、でも私の料理をまた食べたいと言ってくれた。


 え?

 何なの?


 竜って一体何なのよ!?


 先日とさっき触れた竜の良い所。

 そして現在目の当たりにしている竜の危険性。


 一体どちらを信じれば良いか解らないのだ。


 何故踊七にその事を打ち明けないのか?

 そう思われた読者もいるかも知れない。


 確かにその通り。

 幼馴染である踊七なら相談に乗ってくれるかも知れない。


 しかし出来ない。

 確かに小さい頃から一緒にいる。


 だが、踊七は竜河岸。

 自分は普通の人間。


 これを隔たりと考えていたから。

 無論、普段接していて疎外感を感じた訳では無い。


 しかしここ最近の踊七の言動や振る舞いを見ていると距離を感じてしまっていた。

 近くて遠い距離感。


 こんな立ち位置になっている踊七を信頼して自分が竜を快く思っていないなどとと親にも話していない心情を吐露する事が出来なかったのだ。



 JR京浜東北・根岸線 山手駅



 最寄り駅到着。

 結局眠夢は無言で袖を握ったまま。


 歩き出す踊七。

 その歩速は緩やか。


 後ろから付いて来る眠夢に合わせているのだ。

 しばらくそのまま歩き、周囲の風景が見慣れたものになって行く。


 近所まで帰って来たのだ。


「…………ねぇ?

 踊ちゃん?」


 ここでようやく眠夢が口を開く。

 やはり無言になった時、口火を切るのは眠夢からなのだ。


「……何だ?」


 だが、未だ袖は握ったまま。


「…………何だっけ?

 スキル……

 って言ったっけ……?

 作るの上手く行った?」


 最近の踊七の行動から出た何気ない会話。


「……上手く行ってる……

 って言いたい所だけどな……

 正直上手く行ってねぇ……」


 普段であればうるさい等から始まり、現状などを話さない踊七。

 だが、今は違う。


 先程まで様子の変だった眠夢がようやく落ち着きを取り戻し、会話を振って来た。


 だからこの会話を続ける為に現状を素直に話した。

 ここでいつも通り厳しい言葉を発して会話を終了させるとまた元の木阿弥。


 上手く行ってないなんて話すのは少々カッコ悪いが眠夢が立ち直るのなら構わない。


 そう踊七は考えていた。


「そうなんだ……

 一体どんなのを作ろうとしてるの?」


「簡単に言ったら汎用性の高いスキルだ」


「は……

 汎用性……?」


「あ、知らねぇか。

 汎用性ってのは一つの使い方だけじゃ無くて色んな使い方が出来る性質の事だよ。

 万能ナイフってあるだろ?

 あんな感じによ」


「へぇ……

 スキルってそんなに色々な事が出来るの?」


「まあ、色んな事をするにはそれだけ数を持たないと駄目だけどな」


「何だか魔法みたいね」


「魔法?」


「うん、昔好きだった絵本でね。

 女の子が色んな魔法を使ってみんなを助けたり悪人を懲らしめたりするの。

 あ~懐かしいな」


「へぇ……

 その絵本ではどんな事をしてたんだ?」


「えっと……

 地面から樹を生やして氾濫してる川を堰き止めたり……

 雨が降らない所に水を出して湖を作ってあげたり……

 火を出して悪い人を追っ払ったりしてたわ。

 あぁ、そうそう。

 その女の子、自然と友達でね。

 魔法で風を起こして空も飛んでたの」


 まさに踊七が目指していた事。

 理想形。


 踊七が思い描いていたスキルそのものである。

 この眠夢の絵本の話が火種となり、踊七の頭の中でイメージが固まりつつあった。



 五種の自然現象を操る驚異のスキル。

 五行魔法(ウーシン)の誕生である。



 だが、まだ誕生と言うのは語弊があるかも知れない。


 と言うのも五行魔法(ウーシン)魔法(マジック・メソッド)の上にあるスキル。

 スキルの形がイメージ出来ても肝心の魔法(マジック・メソッド)が出来て無いと完成には程遠い。


 言うなれば子宮に精子が入った段階。

 まだ卵子と出会っておらず受精卵にも至っていない。


 その段階なのだ。


「フムフム……

 魔法か……

 良いかも知れねぇな……」


「フフッ……

 なぁに踊ちゃん?

 もしかして魔女っ子に興味あるの?

 気持ち悪ぅい」


 踊七の前に回り込んだ眠夢が上目遣いで冗談を飛ばす。

 もう裾は握っていない。


「バッ……

 てめっ!

 違ぇよっ!

 俺が興味あるのは魔法の方だっ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


「ウフフッ……

 じょうだ……」



 その時。



 ドンッッ!


 眠夢が十字路で出合い頭の人とぶつかった。

 すっかり落ち着きを取り戻し、普段通りに戻った矢先の出来事。


「全く何や………………

 ……眠夢、ちょっとこっちに来い……」


 グィィィッッ!


 眠夢の返答を待たず、手を掴んで強く引き寄せる踊七。


「キャッ!?

 ちょっと踊ちゃんっ!

 一体どうしたって…………

 !!?」


 踊七の急変と自分がぶつかった相手を見て言葉を詰まらせる眠夢。


 そこに立っていたのは青年。

 踊七達よりか4、5歳ぐらい年上だろうか。


 髪はネーブルイエロ―のツーブロック。


 腸骨部辺りまであるサイズの大きい白の半袖Tシャツにボトムはダボッとしたジーンズ。


 眼は細く長い。

 更にその細い眼から覗く瞳は上下に白目が見えている。


 いわゆる四白眼。

 細い眼でもそうなのだからおそらく極端に瞳は小さい。


 頬は痩け、鼻筋も細い。


 体格は極度の痩せ型。

 有体に言えばガリガリ。


 そして……

 大量の汗を掻いていた。


 金の髪の下から溢れ出ている膨大な汗。

 まるで運動をして来たかの様な量。


 この男を見た瞬間、警戒態勢を取った踊七。



 何故ならその隣に竜が立っていたからだ。



「ん?

 ひーふーみーよー……

 七本の尻尾……

 なーフィアン?

 こいつじゃねぇの?」


【ン……?

 おーそうっちゃそうっちゃ。

 コイツが七尾(ロード・セブンス)っちゃ】


「って事はお前が一億持ってるっつー(そよぎ)踊七ようしちってガキか?」


「……だったら何だってんだよ……

 笑い事っちゃねぇ」


「何だ……

 って何かはお前が一番解ってんじゃねぇの?

 ケッ!

 こちとら竜付きでオンナ寄り付かねぇから苦労してるっつーのにお前は仲良く夏休みかよ……」


「え……?

 へ……?」


 突然の事に戸惑う眠夢。

 状況が把握出来ない。


 ただ心の中で湧き上がる不安。

 具体的に何がその不安を産み出しているのかは解らない。


 しかしその湧き上がる不安が状況のヤバさを物語っていた。


 ジリ……


 少しずつ。

 相手に解らない程度に間合いを広げ始める踊七。


 明らかに不利な状況。


 まず新スキルはまだ完成していない。

 且つ、今いる場所は市街地ど真ん中。


 ここでケンカを始めれば周りに被害も出る。

 更に今回は眠夢を護りながら戦わないといけない。


 どうする?

 どうやってこいつを撒く?


 相手を倒してやるという気持ちの前に浮かんだのは退避。

 逃走なのだ。


 理由は眠夢。

 眠夢が傍にいるからだ。


 何としても眠夢は無事に帰さないと。


【オイ!】


 そんな中、急に声を上げる臙脂(えんじ)色の陸竜。

 誰に向かって呼びかけたのだろうか?


 青緑の両瞳が見つめる先には…………



 ナナオ。

 七尾(ロード・セブンス)が居た。



【……ん?

 我に言っておるのか?】


【そうっちゃ。

 お前、七尾(ロード・セブンス)っちゃ?】


【そうだが……?

 貴様は誰だ……?】


【俺の名前はフィアンって言うっちゃ。

 炎竜っちゃよ。

 なあなあ俺とケンカしようっちゃ】


 フィアンと名乗ったこの陸竜から突然の提案。

 ナナオの事を知っている様子。


 にも関わらずケンカを売っている。

 正直、(ロード)の衆に単体でケンカを売るなど自殺行為以外の何者でも無い。


【貴様……

 我が誰だが解っているのか……?】


 踊七の後ろにいたナナオが呆れた眼でフィアンを見返す。


【知ってるっちゃ。

 お前は(ロード)の衆の七尾(ロード・セブンス)

 竜界で天災とか言われて暴れていた竜っちゃ】


「天災……

 オイ、ナナオ……

 お前、竜界で滅茶苦茶やってたのかよ……

 笑い事っちゃねぇ」


【ククク……

 何分、我は七つの尾を持っているから目立つのだろうな。

 一時期、何かと茶々を入れてくる奴が多かったのだ……】


 不敵な笑みを浮かべるナナオ。


【んでな。

 そんな竜を俺がぶっ倒したら俺スゲーってなるっちゃ。

 だからケンカするっちゃ】


 このフィアンと言う竜。


 よく言えば向こう見ず。

 悪く言えば頭がお花畑の猪突猛進タイプ。


 要はかなり頭の出来が残念な竜。

 ナナオとケンカする理由としてはあまりに短絡的。


 凄い竜が居る→それを倒せばもっと凄い→じゃあケンカしよう。

 言葉で表すなら大体こんな感じ。


 自分が誰にケンカを売っているか解っていない。

 更に敗ける事等全く考慮されていないのだ。


 頭のCPUが3ビットぐらいしか無いんじゃ無いかと疑いたくなる様な思考回路。


【ホウ……】


 フィアンのアホな提案の直後、瞬時に空気が変わる。


 ブアンッッッ!


「キャアッ!」


「眠夢ッ!」


 強者の圧。

 背後のナナオから発せられた。


 突然発生した強力な圧力に眠夢の身体が吹き飛ばされそうになる。

 だが、咄嗟に踊七が手を掴み抱き寄せた。


 強者の圧。


 度々作中で出て来る強い竜河岸が発する圧力。

 触れると吹いていないのに突風が吹き荒れている感覚がする。


 だがこの感覚がするのは竜河岸のみ。

 一般人には感覚は無い。


 これは一体何なのか?


 風の正体は体内に巡らせた魔力から発する余剰風。

 巡らせる速度、精度、魔力そのものの質等によって強弱が別れる。


 一般人は何も感じないが発している余剰風は浴びている。


 魔力を浴びて大丈夫なのかと思われるかも知れない。

 が、これはあくまでも余剰のもの。


 毒素は全て抜けきった搾りカスの様なものが噴き出しているに過ぎない。


 その一般人が感じる事が出来ない強者の圧を眠夢が浴びて吹き飛ばされそうになっている。


 これはナナオの魔力が超濃密で膨大であるとしか言いようが無い。

 竜河岸にしか感じる事が出来ない余剰風が実際の風として顕現している。


 こんな芸当が出来るのはマザードラゴンか(ロード)の衆の三人のみ。

 どれだけ強いのかが(うかが)い知れる。


 さて、ここで話を戻そう。


 何故ナナオが強者の圧を放ったのか?

 単純にフィアンの態度が気に喰わなかったからだ。


 ナナオは自身が恐怖の対象だと言う事は知っていて、何ならそれを誇りに思っている節がある。


 そんなナナオに対してフィアンがとった不遜な態度。

 しかもナナオが(ロード)の衆の七尾(ロード・セブンス)だと知っての事。


 まさに蟷螂(とうろう)の斧と言うべき行動。


 別にナナオは好戦的な竜と言う訳では無い。

 どちらかと言うと穏健派。


 先代マザーの様に平和を願ってる様な竜では無いがみだりに破壊行動を行い、楽しみはしない。


 が……

 だからと言ってナメられて放置する程、日和ってはいない。


 フィアンと言う愚竜には一度示さないといけない。


 自分がどれだけ愚かな行為をしたかと言う事を。

 自分が踏んではいけない虎の尾を踏んでしまったと言う事を。


 心の底から恐怖し。

 底知れなく深い後悔の念を抱いた上でこの世から去って貰おう。


 この様に考えていたナナオ。

 そう、ナナオはフィアンを殺すつもりだったのだ。


【おー凄いっちゃ凄いっちゃ。

 こんな竜を倒せるなんて俺って何て凄いっちゃあ】


【…………やれるものならやってみろォッッ!!!】


 バンッッッ!


「わっ……

 ととっ……」


 更に強者の圧を放つナナオ。

 一際強く発せられたその圧が作り出す突風は鉄砲風となり周囲に撒き散らされる。


 その強さに踊七も少しバランスを崩してしまう。

 ナナオは厚顔無恥なフィアンの物言いに完全に頭に来ていた。


「おいナナオ……

 ちょっと落ち着けよ」


 流石の踊七も少しナナオを窘めた。


「いーぃ感じに滴って来たァ……

 そろそろいいかなっ…………

 トォッ!」


 ドンッッッ!


 男が強く踏み込み前へ。

 疾風の如く突き進んで来る。


 速い。


 おそらく相手は魔力注入(インジェクト)をかけている。

 ヤバい。


 まさか今。

 このタイミングで襲われる事は想定していなかった。


 魔力補給も足りていない。

 残存魔力で何が出来る?


 回避?


 いや、駄目だ。

 魔力で強化した動きに眠夢が耐えれるか?


 無理だ。

 じゃあ防御?


 一番現実的ではあるが、眠夢を連れた状態で最初からダメージを負うのか?


 後は攻撃。

 もしかして最善手はこれかも知れない。


 使い慣れている魔力注入(インジェクト)


 今の俺なら拳を振るっている間に集中(フォーカス)をしてインパクトの瞬間に発動(アクティベート)かける事も出来る。


 且つ俺の魔力注入(インジェクト)貫通型ペネトレーションタイプ

 振りの速度や魔力の大小は関係無い。


 タイミングさえ合えば効果を発揮する。


 防御?

 攻撃?


 防御?

 攻撃?


 防御?

 攻撃?


 どっちだ?

 どっちが正解だ?


 この二択に辿り着くまで凡そ1.8秒。


 もちろん刹那の間際に超速で動かしている思考の為、浮かんでいる言葉はもっと少ないが、選出理由などを語るとこうなる。


 相手はもう間近。

 踊七の取った選択は……


 ビュンッ


 硬く握った左拳を相手目掛けて振り上げた。

 そう、踊七の取った選択は攻撃である。


 軌道は目の前の相手へ。

 真っすぐ顔面に向かって突き進んでいた。


 多数の竜河岸との戦闘を経て魔力注入(インジェクト)の動きにも目が慣れている踊七。

 迎撃には充分間に合う。


 後は発動(アクティベート)のタイミングだけ。


 これも練習、実戦と散々経験して来た。

 見誤る確率はかなり低い。


 突然襲って来て、面食らいはしたがこれで終わり。

 貫通型ペネトレーションタイプは顔に当たれば確実に脳震盪で気絶する。


 踊七の頭の中には戦闘後、眠夢にどう説明しようか。

 そんな考えも過っていた。


 簡単に言えば戦闘は終わったものと何処か考えていたのだ。


 前回解説した通り竜河岸同士の戦闘に置いて先手必勝、速攻で決着が付くのは稀。

 経験を積んだ竜河岸であれば誰もが後手に回りたがる。


 スキルの詳細が解らないからだ。


 だが、敵は速攻で踊七に攻撃を仕掛けて来ている。

 なら相手は経験の浅い竜河岸なのだろうか?


 答えは否。


 この男は少なくとも踊七よりかはずっと経験を積んでいて後手有利の竜河岸戦も承知の上。


 ならば何故、先に仕掛けたのか?

 それは踊七が拳を向けた直後の男の行動で明らかになり始める。


 踊七の拳が当たるか当たらないかの刹那。


 シュンッッ!


 消えた!?

 こちらに向かって来ていた相手の姿が消えたのだ。


 ブウンッ


 空を切る踊七の左拳。


 ズザァァァァーーッッ!


 右側から地を滑る音。

 鳴った方向にすぐさま身体を向けた。


 踊七の目には背を向けてしゃがんでいる男の姿。

 アスファルトが薄く削られて二本の線を描いている。


 真っすぐこちらに向かって来た。

 が、方向を急変させた。


 これは回避。

 踊七の攻撃を避けたのだ。


 踊七の中に疑問が過る。

 不可解。


 ついさっきまで超スピードで攻撃しようとしていた。

 が、回避に転じた。


 踊七の攻撃が見えていたからか?

 いや、見えてはいただろうが振りのスピードは速くなかった筈。


 魔力注入(インジェクト)であれば、躱して攻撃する事も可能。

 その方が現実的。


 相手の取った軌道は何処か外部。

 本人の意思とは関係無い。


 機械的。

 反応的な動き。


 そんな印象を受けた踊七。


「あ~……

 バビったァ~……」


 クルリ


 ゆっくりと立ち上がった男はくるりと踊七の方に振り向く。

 ちなみにバビると言うのは驚くと言う意味。


 スキルだ。


 男の発言を聞いて確信を持った踊七。

 あの動きは何らかのスキルの作用。


 驚いたと言う事は自身で制御してない動きだったと言う事。

 魔力注入(インジェクト)は修練を積めばどれだけ常人離れした動きをしようとも制御は可能。


 何故なら魔力技術。

 人間が産み出したものだからだ。


 しかしスキルは違う。

 式で賜る超能力。


 だからスキル作用により起きた唐突な軌道変更に驚いた。

 つまり奴は魔力注入(インジェクト)に自身のスキルを重ねたのだ。


 詳細は解らないがそれしか考えられない。



 それこそ何でも出来る。



 ここで博嗣(ひろつぐ)の言葉が頭を過る踊七。

 

 一体どう言うスキルだろう?

 持ち前の冷静さですぐにスキルの考察を始める。


 しかしまだまだ情報が足りない。


 今、解るのは所持スキルに攻性のものは無いと言う事。

 あったとしても運用段階に至っていない。


 何故なら攻撃方法が魔力注入(インジェクト)だったからだ。

 もし使える攻性スキルを持っているならそれで攻撃してくる筈。


 となるとダメージソースとして持ち合わせているのは自分と変わりない。


 攻性で無いならすぐに危険が及ぶ訳では無いがそれにしても得体が知れない。

 相手のスキルにゾワッと嫌悪感が湧く踊七。


 だが今はその嫌悪感は置いておく。


 それよりも現状。

 現状をどう動くか考えないと。


 ピトッ


 ナナオの鱗に手を合わせる踊七。

 魔力補給。


「おい、ナナオ……

 お前、俺が離れても何処に居るか解るか……?」


【ん?

 造作も無い。

 今お前の中にある力は我から出た物……

 自分の魔力が何処にあるかぐらいすぐに解る……】


「よし……

 ナナオ……

 場所を変えるぞ……

 眠夢……?」


「あ……

 あぅ……」


 唐突に起きた竜河岸同士の戦闘に巻き込まれ、声が上手く出せない様子。


「……すまねぇな……

 巻き込んじまって……

 でも安心しろ……

 お前は俺が死んでも護るからな。

 必ず無事に二人の元へ帰してやるから……」


 ブンブンッッ!


 声が上手く出せない眠夢は強く頷くぐらいが精一杯。


「んで、今からちょっと笑い事っちゃねぇ事するけどよ……

 俺を信じてしっかり捕まっといてくれ……」


 ギュッ!


 言われるまま踊七にしがみつく眠夢。

 眼は堅く閉じていた。


 集中(フォーカス)


 踊七は両脚に魔力を集中。


「何をゴチャゴチャとやってん……

 ダァッッッ!!!」


 ドンッッッ!


 敵は再び強く地を蹴り、超速で突進してくる。

 スピードはさっきよりも上。


 だが……

 タイミングは踊七の方が速い。


 ガッッ!


 しがみ付いている眠夢の頭を両手で強く抱きしめた踊七。

 勢いよく腰を落とし力を溜めた。


「ナナオォォッ!

 跳ぶぞォッッ!

 ついて来やがれェェェッッ!」


 発動(アクティベート)!!


 ダァァァァンッッッ!


 踊七は両脚で大地を強く蹴る。

 瞬時に飛び上がる二人。


「キャァァァッッ!」


 堅く目を閉じていた眠夢だが、上から下へかかる風圧と感覚でとんでも無い事を幼馴染がしている事は瞬時に理解した。


 眼を閉じたまま悲鳴を上げる。


 空高く舞い上がった踊七。

 中区の住宅街が見る見るうちに遠ざかって行く。


 角度は付けていたので軌道はアーチ状。

 方角は東。


 踊七達の軌道は頂点を過ぎ、下降。

 身体が落下を始める。


 遠ざかっていた地面が今度は近づいて来た。

 重力も加わった事により落下速度は跳ね上がり着地まであと10秒弱。


 集中(フォーカス)ッッ!


 再び両脚に魔力を集中。

 着陸準備だ。


 4、3、2、1。


 発動(アクティベート)ッッッ!


 ドコォォォォンッッッ!


 ブワァッ!


 着地と共に衝撃で砂埃が舞い上がる。


「エホッ!

 ……笑い事っちゃねぇ……

 正しければここは……」


 舞い上がる砂埃を手で払い、周囲を確認。

 目に映ったのは見慣れた木々。


「よし……

 着地バッチリ」


 立っていた場所は原っぱ。

 原っぱの真ん中辺りに出来た薄いクレーターの上に立っていた。


 踊七が着地した場所は本牧山頂公園。

 魔力注入(インジェクト)の修練をしている場所。


 ここなら開けている。

 更に大体何処に何があるかは解っている。


 地の利はこっちにある。


「さて……

 眠夢?

 眠夢?」


 ポンポン


 着地したにも関わらず強くしがみ付いている眠夢の頭を優しく叩く踊七。


「へ……?

 こ……

 ここは……?」


「本牧山頂公園だ……

 とりあえず、説明すっから離してくれねぇか?」


 ハッとした顔をした眠夢は手を離し、少し踊七から距離を取った。


「……あのな眠夢……

 多分今、笑い事っちゃねぇぐらい訳解んねぇと思うけどよ。

 これが俺の日常なんだ」


「あ……

 あの人、踊ちゃん知ってる人……?」


「いや、全然知らねぇ」


 ここから踊七の現状を説明し始める。


 まず自分の金を狙ってチンピラ竜河岸が襲い掛かって来る事。

 常に危険な生活を送っていた事。


 新スキルを考案してた事やみんなからの誘いを断った事。

 眠夢の家に出向くのがまばらな事。


 全てこれが理由だと説明。


「よ……

 踊ちゃん……

 急にそんな現実離れした話をされても……」


「元々竜河岸(俺ら)自体、現実離れしてるからなぁ。

 急に全部理解しろなんて土台無理だっつうのは解ってるよ。

 それでもクズみたいな竜河岸が襲って来るのは事実だからな」


「そ……

 それにどうして大金を持っている事をその人達は知ってるのよ……」


「そこら辺は俺もわかんねぇ。

 けど降りかかる火の粉は払わねぇと笑い事っちゃねぇ。

 んで眠夢、今の内に謝っとく。

 巻き込んでしまってゴメン。

 最近、全然来なかったから、油断してた……

 お前を連れて来たのは人質に取られる可能性もあるからな」


「ちょ……

 ちょっと待って……

 理解が追い付かない……」


「とりあえず現状は襲われてるって状態。

 俺が跳ぶのは見てたからな。

 多分、追って来る。

 何せ一億だ。

 そう簡単に諦めはしねぇだろうよ。

 笑い事っちゃねぇ」


「け……

 警察……」


「相手は竜河岸だぞ?

 一般の警官で止めれるかよ」


 この踊七の発言は合っている部分もあるが語弊がある。

 竜河岸の犯罪には竜河岸の警官が対応する。


 2013年現在。

 47都道府県全てに一人や二人の竜河岸警官は配備されてはいる。


 しかし、こと対竜河岸の暴力装置として機能しているとは言い難い。

 犯罪とのバランスがまるで取れていない。


 竜河岸犯罪に関しては有志の竜河岸による現行犯逮捕。

 竜河岸警官は連行するだけと言うケースも少なくないのだ。


 一応平和な世の中を保てているのはこう言った協力があったればこそ。


 数年後、竜司の兄である豪輝が指揮する特殊交通警ら隊が本格的に始動し、ようやく竜河岸犯罪への抑止力となる。


 ちなみに踊七は警察に竜河岸が居る事を知らない。

 だからこう言った発言になるのだ。


 バサァッ!


「キャッ!?」


 突然上空から吹き付ける風。

 驚いて悲鳴を上げる眠夢。


 ドスッ


 続き上空から着地した深緑色の翼竜。

 ナナオだ。


「おう、ナナオ。

 ……あ、そうか。

 お前がいたな。

 おい、ナナオ」


【何だ?】


「俺、多分忙しくなるからよ。

 眠夢がヤバい時は助けてやってくれねぇか?

 今回はお前も闘るんだろ?」


【何をふざけた事を……

 同族なのだから貴様が助ければよかろう……】


「もちろん基本は俺が護るよ。

 万が一だ。

 気に留めて置いてくれって事だ」


【そんな面倒な事は御免被る……】


「まぁ聞け。

 これでもし眠夢が怪我とかしたら、もうチーズフォンデュ喰わせて貰えねぇぞ。

 逆に助けたとなれば感謝されて喰い放題だ」


 この辺りから踊七はナナオの扱いに慣れて来ていた。


【ム……

 そうか……

 それはちと困るな……

 よかろう……

 この人間を護れば良いのだな……?】


「おうそうだ。

 よろしくな」


「ね……

 ねぇ踊ちゃん……

 人の名前出してナナオさんと何話してるのよ……?」


「ん?

 いや、今からケンカすっからお前が危なくなったら助けてくれって頼んだんだよ」


「ヒェッ……

 よ……

 踊ちゃんっ……

 大丈夫なの?

 私、竜河岸じゃないからナナオさんが何言ってるか解らないのよ?」


「大丈夫だって。

 基本は俺が護ってやるから。

 ナナオは万が一の保険だ」


 ドコォォォォンッッッ!


 そんな折、再び激しい衝撃音が響き渡る。


「キャアッ!?

 今度は一体何なのよっ!?」


 先のナナオと違い、ブワッと砂塵が巻き上がる。


「……来たか……」


 砂埃が周囲を包む中、何がこの状況を作り出したかは把握していた踊七。

 やがて砂塵は晴れ、中から現れたのは……


 極度に痩せた汗だくの男と臙脂(えんじ)色の竜。


「何だァオメー……

 てっきり女置いて行くと思ってたのによォ~~……

 予定が狂っちまったじゃねぇかァ~……」


「ケッ……

 お前みたいなクズがやりそうな事はすぐに解るっつーの。

 笑い事っちゃねぇ」


 ビキッッ!


 瞬時に場の空気がひりつく。


「おい……

 オメー年下だろォ……?

 あ~~……

 スンゲー頭にクる……

 お前みたいなチンケな年下にタメ口でクズ呼ばわりとかされっとよぉ~~

 猛烈にキレちまうぜェ~……」


 ブワッ


 同時に男の全身から汗が噴き出る。


 文字通り滝の様な汗。

 常人では考えられない程の量。


「お……

 おい……?

 何か笑い事っちゃねぇぐれぇ汗掻いてっけど大丈夫なのかよ……?」


「あ……?

 気にすんな……

 持病だ持病。

 俺ァ重度の甲状腺(こうじょうせん)機能亢進症(きのうこうしんしょう)でよ……

 感情が昂ると汗がドッと噴き出んだよ……」


「何で病人がこんなトコ来て人に襲い掛かってんだよ……

 病院で寝とけよ、笑い事っちゃねぇ……」


 ■甲状腺機能亢進症こうじょうせんきのうこうしんしょう


 甲状腺ホルモンの分泌が過剰になる代謝内分泌疾患。

 症状は人によって異なり、神経過敏や筋力低下。

 睡眠障害、心拍数の増加、発汗量の増加などがある。

 有病率はアメリカで人口の約1.2%。


 症状が多岐に渡る疾患だが、この男の症状は多汗と筋力低下。

 発症したのは竜儀の式を終えた数年後。


 現在は立っている事も出来ないぐらい筋力が低下している。

 一般人であればベッドで寝たきり。


 だが、この男は竜河岸。


 低下した筋力を魔力注入(インジェクト)で補っているのだ。

 常に弱い魔力注入(インジェクト)をかけ続けて生活をしている。


 暮らしに密着している。

 これがどう言う意味か?


 同世代と比べ、ずば抜けて熟練度が高いと言う事。


 そして多汗。

 これは男のスキルに利用している。


 そのスキルの概要は未だ明らかになっていない。


 ダンッッッ!


 男は強く地を蹴り、踊七に向かって来る…………

 と、思いきや軌道は大きく斜めに外れていた。


 集中(フォーカス)ッ!


 発動(アクティベート)ッッ!


 ダァァンッッ!


 両脚に魔力を集中し、爆発。

 相手を追撃する踊七。


 飛び出した所からやはりこいつの攻撃方法は自分と同じ魔力注入(インジェクト)

 スキルでは無い。


 ならば、攻撃を仕掛けても問題無い。

 そう判断したのだ。

 


 こいつ、馬鹿か?



 追撃している中で踊七の頭の中に浮かんだ言葉。

 何故なら相手は踊七の方を見ず、真正面を向いていたから。


 斜めに超速移動している相手に真っすぐ向かって行く踊七。

 ランデブーはあと0.5秒弱。


 集中(フォーカス)


 移動しながら右拳に魔力を集中する踊七。


 ブンッッ!


 すぐにパンチを繰り出す。

 目標はがら空きになっている相手の頭部、左側面。



 だが、衝撃音は聞こえなかった。



 !!!!?


 ギャリィッッ!


 グンッッッ!


 踊七の拳は空を切った。

 相手は急ブレーキをかけ、そのまま大きくスウェーバックしたのだ。


 先と同じ様な突然の回避行動。


 時間が止まった気がした。

 踊七の下にはニヤァッと嫌らしくほくそ笑む相手。


「なぁ~るほど…………

 ナァァァッッ!!」


 ドコォォォォォォォンッッッ!


 巨大な衝撃音が周囲に響く。

 同時に天高く舞い上がる踊七の身体。


 相手の拳が腹に突き刺さったのだ。

 敵はスウェーバックした体勢のままパンチを放って来た。


 こんな有り得ない程の無理な体勢で力の乗った一撃など放てる訳が無い。


 ドシャァッ……


 地表に落下した踊七の身体。

 だが、現に踊七の身体を天高く舞い上がらせる程の威力があった。


 これは魔力注入(インジェクト)

 インパクトの瞬間に発動(アクティベート)を使用したのだ。


 魔力注入(インジェクト)による一撃は基本目に見える動きがイコール威力では無い。

 発動(アクティベート)のタイミングさえ合えば甚大な威力を発揮する。


 これは踊七だけの特性では無い。


「キャアッ!」


 漫画やアニメでしか見た事無い程の吹っ飛び方をした幼馴染を前に悲鳴を上げる眠夢。


「…………いってぇ~……」


 ムクリ


 しかし割と平気そうに立ち上がる踊七。

 同時に相手も起き上がって来た。


「何か手応えがおかしいと思ったら……

 魔力注入(インジェクト)か……」


 そう、踊七は両脚以外にも集中(フォーカス)をかけていた。

 場所は上半身。


 ほぼ同時に腹で発動(アクティベート)をかけたので、威力はほとんど相殺。

 派手に吹き飛びはしたがダメージは軽微。


「よっ……

 踊ちゃんっ!?

 大丈夫なのぉっ!?」


 踊七の身を案じる眠夢の大声が跳ぶ。


「あぁ、別に問題ねぇよ。

 やっぱりな……

 ただ馬鹿な行動をしてた訳じゃねぇって事か……」


 踊七が追撃した理由。

 その目的は相手を攻撃する為では無い。


 スキルを見切る為だった。

 詳細を把握する為には攻撃を喰らうのが一番手っ取り早いと考えたのだ。


 だから、防御の魔力注入(インジェクト)を使用した。

 もちろん攻撃が当たればそれはそれで決着が付くから良かったのだが。


 しかし喰らいはしたが未だ概要が解らない相手のスキル。

 どうにかしてダメージを与える方法を考えないと。


 状況としてはやや劣勢な踊七であった。

 一方、ナナオと眠夢の方はどうなったのか?


 ドウンッッ!


 響く発射音。

 同時に眠夢の右半身に熱さを感じる。


 その熱さは物凄い勢いで範囲を広げて行く。

 明らかに初夏の気温の暑さでは無い。


 チラッ


 明らかに感じる異変に眠夢はチラリと横目を向けた。

 目に映ったのは…………



 火の玉。

 巨大な火球が猛然とこちらに向かって来ていた。



 !?!?!?


 思考が混乱。


 降って湧いた様に起きた非日常の出来事に言葉を発する事も。

 逃げる為に動く事も出来ない。


 これはフィアンが放った火球。

 ナナオを狙った攻撃。


 傍に居た眠夢は巻き込まれたのだ。

 ようやく出来た動きは身を屈め、眼を硬く閉じる事のみ。


 あわや激突する。

 そう思われた瞬間。


 フィンッ……


 熱さが消えた。

 瞬時に消えたのだ。


 さっきまであった。

 間近に太陽でも置いているのかと思わせる熱さが何処かに霧散した様に消えた。


「へ…………?」


 恐る恐る目をゆっくり開ける。

 先程まであった火球が何処かに消えていた。


 ゴシゴシ


 先程見た火の玉は夢だったのだろうか?

 強く目を擦ってみる眠夢。


 ドドドゥンッ!


 更に火球を放って来るフィアン。

 今度は連発。


「キャアッ!」


 やはり夢では無かった。

 悲鳴を上げる眠夢。


 が……


 スッ


 音も無く右手を広げ、前に掲げるナナオ。


 フィフィフィンッッ!


 猛然と突っ込んで来た火球群は瞬時に霧散。

 細かい光の粒子に変わり、散って行った。


 ただの一発たりとも掲げた右手を超える事無く四散。


「あっちも始まったか……

 ナナオォッ!!

 眠夢の事は頼んだぞぉっ!」


 踊七が声を張り上げる。


【ム……?

 そうか、チイズフォンデュを護らねばならなかったな……】


 グルン


「キャッ」


 眠夢の腹にナナオの長い尾が巻き付き、身体をリフトアップ。

 突然の出来事に眠夢は軽い悲鳴を上げる。


 だが締め付ける感じでは無く、あくまでも優しく。

 持ち上がった眠夢はそのままゆっくりとナナオの背に載せられる。


 何が何やら良く解らない眠夢。

 そんな眠夢に向かってゆっくりと長い首を曲げて顔を向けるナナオ。


【不本意ではあるが致し方ない……

 オイ、チイズフォンデュ……

 死にたく無くば我の背でじっとしておれ……】


「つ……

 捕まってろって事……?

 ホントに私を護ってくれるんだ……」


【だから護ってやると言っておろうが……

 その代わりチイズフォンデュをたらふく喰わせて……

 ム……?

 オイ、人間……

 首の背にしがみつくな……】


 護ってくれるのだと判断した眠夢は堅くナナオの首の背にしがみついていた。

 眠夢は一般人の為、ナナオが何を言っているかは理解できない。


【ヒャーッ!?

 俺の火球が消えたっちゃっ!?

 一体どう言う仕組みっちゃあっ!?】


 フィアンが驚いている。


 無理も無い。

 自分の放った火球が容易く霧散したのだから。


 魔力壁(シールド)の反応とは違う。

 静かに霧散した。


 これはナナオの固有能力、魔力拡散によるもの。


 (ロード)の衆の三人は皆、固有能力持ち。

 しかも全て魔力そのものに作用するものなのだ。


 四尾(ロード・フォース)は魔力吸収。

 七尾(ロード・セブンス)は魔力拡散。

 そして八尾(ロード・エイス)は魔力自乗。


 どれもズルだ卑怯だチートだと騒がれてもおかしくない。

 これだけでも(ロード)の衆が天災と称されてもおかしくない固有能力。


 ナナオの魔力拡散とはその名の通り魔力を拡散させる。


 範囲は全身。

 それと魔力を拡散させるフィールドとしても展開可能。


 便宜上魔散覆(まさんふ)と呼称しよう。


 その魔散覆(まさんふ)に接触すると先の火球群の様な反応となる。

 大きさはナナオの身体よりも範囲は大きい。


 文字通り身体を護る覆いの様に展開される。

 魔散覆(まさんふ)に触れた魔力は全て散らしてしまう。


 こと対竜戦においてほぼ無敵の防御となる。


 だが完全無敵と言う訳では無く当然攻略法や弱点は存在する。

 魔散覆(まさんふ)が散らすのはあくまでも魔力のみ。


 単純な物理攻撃は防ぐ事は出来ない。

 例えばヒビキの創り出す氷塊等は普通にダメージを喰らう。


 かたやフィアンの放った火球は魔力を状態変化させ、燃焼させている。

 これではナナオに一生ダメージは通らない。


 魔力を使って溶岩弾などを物質形成すれば良かったのだが魔力でゼロから物質を創り出すのは難度が高い。


 竜の中でも出来る者と出来ない者に別れる。

 そしてフィアンは後者となる。


 更にナナオの固有能力は七本の尾から発生している。

 つまり尻尾を切断されると魔力拡散は使用不可となる。


 ナナオを倒すには七つの尾を切断してから魔力光なり、固有能力なりを使うと言った段取りになる。


 が、そもそもの基本性能自体が恐ろしく高いナナオ。


 そのナナオの背後を取り、七本の尾を切断するのがどれだけ至難の業かお解り頂けたかと思う。


【貴様……

 それしきの力しか持ち合わせておらんのに我へケンカを売ったのか……?】


【クソォッ!

 ならこれはどうっちゃっ!?】


 カッッ!


 素早く口を開けたフィアン。

 魔力光発射。


 そこそこ太い。


 このフィアンと言う竜。

 向こう(竜界)では多少実力が知れた竜だったのかも知れない。


 しかし…………


 フィンッ


 太い魔力光は霧散。

 ナナオは右手を前に翳したまま微動だにせず。


 ()()強い程度ではナナオに勝てない。

 勝てる訳が無い。


 当然だが魔力光は魔散覆(まさんふ)に触れた為、四散。


【……クア……

 何かもうどうでも良くなって来た……

 我に不遜な態度を取り……

 ケンカを売って来たからどれだけの力を持った(やつ)なのかと思えば……】


 軽い欠伸をするナナオ。

 心底呆れているといった表情。


【クククゥッッ……

 クソォッ!

 クソォッ!

 ならこれならどうっちゃぁっ!!?】


 ダンッッッッ!


 天高く跳んだフィアン。

 ナナオの頭上を取る。


【頭に血が昇り……

 ヤケクソ混じりの行動……

 と言った所か……?

 まぁそれも竜らしくて良し…………】


【喰らうっちゃあぁぁぁぁぁっっ!!】


 上空から真下に魔力光を発射するフィアン。

 充分に魔力を溜めた一撃。


 飛んだのは攻撃する位置を変えようと考えたのだ。

 前方から駄目なのなら位置を変えてみてどうかと言う話である。


 ナナオの固有能力、魔力拡散は全身に付与される。

 従って攻撃する位置を変えたからと言ってダメージを与えられる訳では無い。


【ム……?】


 何かに気付いた様子のナナオ。

 そう、確かにナナオは魔力攻撃を無効化する。


 しかし……


 カタカタカタカタ


 ナナオの首の背に強くしがみ付き震えている眠夢。


 魔力を拡散させるのはナナオの鱗に接触した時。

 身体の前などでは無い。


 つまり背に乗っている眠夢には働かないと言う事。

 もちろん降って来るフィアンの魔力光を浴びれば眠夢は消し炭と化す。


 ナナオは素早く淀み無く首を天に向けた。

 ここで眠夢に死なれるのは本意では無い。


 何故ならまだチーズフォンデュを食べさせて貰って無いから。

 まだまだ食べ足りないのだ。


「へ…………?」


 ナナオが首を動かした事により、眠夢は場が変化したのかと恐る恐る顔を上げた。

 同時にゆっくりと瞼を持ち上げる。


 何か上が光ってる。


 眼を開けた眠夢の頭に浮かんだ言葉。

 その刹那。


 ゴッッッッッ!


 間近で。

 更に激しく。


 眩く。

 刺す様な閃光が眠夢に降り注いだ。


 バッッ!


 咄嗟に身を屈める眠夢。

 これは人間の生理反応。


 フラッシュグレネードを喰らった時と同様の反応。


 ナナオは天に向かって魔力光を放ったのだ。

 大きさはフィアンのそれより遥かに大きい。


 真下に放った魔力光ごとフィアンを呑み込んだ。

 悲鳴も上げず、フィアンの身体は塵となる。


 しかも今、ナナオが撃った魔力光は迎撃。

 魔力を溜める時間は無い。


 にも関わらずこの威力。


 これが(ロード)の衆。

 天災と称される竜の力である。


【……フン……

 身の程を弁えんからそうなる……】


 決着。

 早々に集結したフィアンとナナオの戦闘。


 ポンポン


【オイ……

 チイズフォンデュ……

 終わったぞ……】


 眠夢の背を優しく叩き、戦闘が終わった事を告げるナナオ。


 もうお解りかも知れないがこの頃のナナオは眠夢の事をチイズフォンデュと呼んでいた。


 名前で呼ぶ様になるのは数年先の話。


「お……

 終わった……

 の?」


 ゆっくりと背筋を伸ばす眠夢。


 キョロキョロ


 さっきまでいた臙脂(えんじ)色の陸竜は何処にも居ない。

 ふいに空を見上げる。


 さっき上が光っていた。

 その光は何処に?


 眠夢の目に映るのは何の変哲もない空。

 ただの大空が広がっている。


 しかし、何処かおかしい。

 大空に違和感を感じる眠夢。


 ゾクリ


 違和感の正体に気付き、背筋に寒気が奔る眠夢。


 何の変哲の無い大空。

 そこに感じた違和感。



 無いのだ。

 雲が何処にも。



 遠くを見渡しても雲が一つも見当たらないのだ。

 先程まで夏らしく積雲がそこかしこに浮いていた筈。


 その雲が一つ残らず消失している。


 頭上に広がるのは紺碧の大空。

 抜ける様な青空。


 何が雲を消したかは解っている。

 竜の戦闘だ。


 具体的に何をしたかは解らない。

 解らないだけに得体が知れない。


 知れないが大きさだけは解る。

 竜の強大な力が作用して雲を消し飛ばしたのは感覚で理解した。


 その事に恐怖が湧いた眠夢。


 スッ


 自然とナナオの背から降りる眠夢。

 確かにナナオは自分を護ってくれた。


 だが、目の当たりにした常識から大きく逸脱している力に恐怖も生まれ、心中での竜に対する印象はぐちゃぐちゃに混在してしまっていた。


 証拠に眠夢は確かに背からは降りたがナナオの側からは離れようとしなかった。


 怖いけど護ってくれる。

 その二律背反的な心境から出た行動。


【さて……

 踊七の方だが……?

 …………クックック……

 少し劣勢では無いのか……?】


 ナナオの目に移っている光景。

 それはは傷つき、這い蹲っている踊七と無傷の敵の姿だった。



 時は数分前に遡る。



 ドゥンッ!


 フィアンの最初の一発。


「へへへェ~~……

 向こうもおっぱじめやがったかァ~~……」


 炎竜の火球を一瞥し、すぐに視線を踊七に移す男。


 ニヤァ~ッ……


 細い顔に乗っかった細い口が弧を描く。

 亀裂の様な笑みは魔力注入(インジェクト)で防がれた事を特に問題にしていないかの様。


 ザッ……


 歩み寄って来る男。

 戦闘続行。


「あっちも始まったか……

 ナナオォッ!

 眠夢の事は頼んだぞぉっ!」


 踊七もナナオの戦闘が始まった事は気付いていた。

 大声を出して眠夢の事を頼む。


 自分が護るとは言っていたがそんな事を言っている場合では無い。


「……俺のあだ名って知ってっかァ~~……?」


 不意に男が話しかけて来た。


「お前とは初対面だろ?

 ンなもん知るか。

 笑い事っちゃねぇ」


 ドバッ


 男の額から滝の様な汗が噴き出た。

 いや、額だけでは無い。


 半袖の裾からも大量の汗が纏わりつくかの様に滴り、線を描いている。

 Gパンの上からでは解らないがおそらく下半身も同様。


 これは男がキレた証。

 甲状腺機能亢進症によりかなりキレやすくなっている。


「オメーホントにムカつくガキだなァ~~……

 まぁそのお陰で()()()()()なんだけどよォ~~……」


 かかり易く?

 踊七はこのワードを聞き逃さなかった。


 かかり易くなる。

 このワードに関して超速で考察を始める。


 かかり易くなると言うのはおそらくスキルの事。


「ンでお前のあだ名は何て言うんだよ……?」


 特にあだ名に興味がある訳では無い。

 ただ考える時間が欲しい。


 時間稼ぎの為に会話を続けたのだ。


 スキルがかかり易い。

 つまり場合によってはかからない、もしくは効果が薄い事があると言う事。


 かからない事があるスキルなんて有り得るのだろうか?

 少なくとも今まで経験して来たスキルの中では聞いた事無い。


不死人(ブースーレン)……

 中国語で不死人って意味なんだってよォ~~……」


 不死?

 死なないと言う事か?


 おそらく所持スキルによってそう呼ばれているのだろうが、不老不死なんていくら魔力でも有り得るのだろうか?


 否。


 仮にもしスキルによって不老不死であればもう少し違うあだ名になると考えた。

 となると一体スキルの何を持って不死と呼ばれているのか?


 ここである仮説を立てる踊七。


 奴のスキルは高精度の回避挙動。

 かなり高い確率で攻撃を回避する。


 攻撃が当たらない所から死なない。

 だから不死人(ブースーレン)と呼ばれる様になったのでは?


 今までの動きからそう予想。

 しかし…………


 ザッッ


 更に歩み寄って来る男。


 駄目だ。

 正解への道筋は出来たものの圧倒的に時間と情報が足りない。


 どうする?


 気が付いたら男は無造作に間合いへ入り込んでいた。


 しまった。

 考察に気を取られ過ぎた。


 集中(フォーカス)ッ!


 ブンッ!


 堪らず拳を繰り出す踊七。


 発動(アクティベート)ッ!


 踊七の拳が炸裂……

 するかと思われた。


 ガンッ!


 グルンッッ!


「うおっ!!?」


 男は真っすぐ進む踊七の右腕を真横からはたいたのだ。

 ボクシングで言う所のパリーに近い防御法。


 相手が放ったのは魔力注入(インジェクト)を発動させた一撃。

 その威力は強引に体勢をズラすのに充分。


 勢いで身体が回転する踊七。


 ドンゥゥッッッ!!


「ウポウッッ……!!」


 続き踊七の腹に男の左膝蹴りが突き刺さる。


 息が詰まる。

 防御の魔力注入(インジェクト)を施しているにも関わらず効く。


 ガシィィィィッッ!


 男の攻撃は止まらない。

 くの字に曲がった踊七の上から思い切り左拳を叩きつけた。


 ドシャァァァッッ!


 倒れる踊七。

 全て魔力注入(インジェクト)による一撃。


 どれも極めて重い。

 ダメージは大きい。


 腹には防御の魔力注入(インジェクト)をかけていたが背中にはかけていない。

 着実にダメージは踊七に響いていた。


 この短時間で仕掛けられた連続の集中(フォーカス)発動(アクティベート)

 男の高い熟練度を物語っている。


 ドカァァァッッ!


 ゴロンッッ!

 ゴロゴロォォッ!


 更に這い蹲った踊七を思い切り蹴り飛ばした。


 吹っ飛ぶ踊七の身体。

 公園の原っぱを転がって行く。


「く……

 笑い事っちゃねぇ……」


 受けたダメージに危機感を覚える踊七。


 駄目だ。

 情報が足りなさ過ぎる。


 このままだとやられちまう。

 頭を過る敗北の文字。


 せめて。

 せめてスキルが解れば。


 知りたい。

 相手のスキルの事を。


「あららァ~~……

 寝てる奴を蹴り飛ばしちまったァ~~……

 俺、相当お前にキレてたんだなァ~~……

 オイオイ、さっきまでの生意気な威勢はどうしたよォ~……?

 ゲヒャヒャヒャヒャァァァッ!」


 為す術の無い踊七に向かって下卑た高笑いを上げる男。


 悔しい。

 ここまで辛酸を舐めさせられたのは初めて。


 心中に大きく膨らむ屈辱。


 悔しい。

 せめて相手のスキルが解れば。


 グググ……


 上体だけ起こした踊七は悔恨の念を込めて相手を睨む。

 頭の中には相手に対する悔しさが多分に混ざった好奇心。


 知りたい。

 奴のスキルを。


 この踊七の感情が作用したかは解らない。

 解らないがここで……


 踊七の中に異変が起きる。



「…………スキル名……

 竜脈理気(ロンメイリーチー)……?」



 続く


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ