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第八章 梵踊七 Victims②


 サァァァァッ


 外は強くは無い雨が延々と降っていた。

 そんな雨の中、外へ出向く踊七。


 傘は差さず雨合羽を着用。

 これからケンカが始まるのだ。


 傘で手を塞がるのを避けたのだ。


 外は雨雲が天を覆っており薄暗い。

 雨のせいでやや視界も悪い。


 サァァァァッ……


 環境音はまるで無く雨音だけが微かに鳴っているのみ。

 当然ではあるが人影は見えない。


 ゆっくりと左右を確認する。


 家の前は道路になっている。

 竜河岸が来るとしたら右か左からとなる。


 ゆっくりと。

 右、左。


 警戒する踊七。


「……ん……?」


 何かが視界に入る。


 左側から人影。

 隣に巨大な影が見える。


 踊七に向かって歩いて来ている。


「来たな……」


 左側に身体を向け、腕を組んで仁王立ち。

 何処からでもかかって来いと言う気持ちの表れ。


 目視出来る距離まで近づいた。


 相手も踊七と同様、雨合羽を着用。

 隣の竜は土色の鱗を持つ陸竜。


(……お前が(そよぎ)踊七(ようしち)か……?)


 深いフードの中から目を向けずに話しかけて来た。


「あぁ、そうだよ。

 お前も一億狙って来たクチだろ?」


(……噂通り生意気なガキだ……)


 明らかに相手の方が年上。

 にも関わらずお前呼ばわり。


 不遜な態度の踊七。


「何で人の金を盗ろうとしている奴を敬わなきゃいけねぇんだよ。

 笑い事っちゃねぇ。

 俺は敬語を使う相手を選んでるんでな」


 ピリッッ!


 瞬間、空気が張り付く。

 相手が臨戦態勢を取ったのだ。


 ザシャッ!


 察した踊七も身構える。


 来る。

 何か来る。


 魔力注入(インジェクト)か?

 それともスキルか?


 バチンッッ!


「!!!!?」


 突然。

 唐突に衝撃音と痛みが奔る。


 場所は踊七の左太腿。


(…………割と堅いな……

 ぶち抜くつもりで撃ったんだが……

 お前、本当に12、3かよ……)


 何らかの攻撃を放った竜河岸が静かに驚いている。

 魔力注入(インジェクト)の熟練度が想定以上だったからだ。


 もちろんこの男は踊七が竜河岸である事を知っている。

 使役している竜が得体の知れない事も。


 踊七の竜を見ると自分達の竜が震えて使い物にならなくなる。

 正体不明の竜にだけ警戒しろ。


 これが仲間内で回っていた情報。

 そこに加えて新情報として何故か踊七は竜を連れていないと言うのを聞いた。


 それで襲撃をかけたのだ。


 年齢は12、3の中一か中二。

 魔力注入(インジェクト)が使える事は聞いていたがたかが中坊のガキ。


 熟練度など知れているとタカを括っていた。


「いってぇっ!

 ………………」


 踊七は蹲り、患部を擦って傷を確認。

 雨合羽に穴が空いている。


 が、血は出ていない。


 患部からは熱さを感じる。

 腫れているだけの様だ。


 エアガンを至近距離で当てられた様なもの。

 そう踊七は判断した。


 痛い事は痛いが今の魔力注入(インジェクト)熟練度で充分防御可能。

 衝撃はあったが別に体勢が崩れた訳じゃ無い。


 となると数発被弾覚悟で突っ込んで胸か頭を殴れば終了。

 これが攻撃を受けた直後、蹲った踊七の思考である。


 痛みに恐れる訳でも無い。

 攻撃に対して怒る訳でも無い。


 ただ冷静に状況の確認を行い、打倒プランを組み立てたのだ。

 13歳の考える思考では無い。


 集中(フォーカス)


 両脚に魔力を集中。


 発動(アクティベート)


 ドンッッッッ!


 弾丸の様に飛び出した踊七。

 プランが決まったら即行動。


 方向は斜め。

 相手の視界から外れる様に。


 多分攻撃は何らかのスキル。

 近づいてから発動したと言う事は射程は近距離~中距離。


 有視界で無いと狙いはつけられないと判断した。


 魔力注入(インジェクト)を使い、瞬時に相手の視界から外れる。

 死角から側頭部を殴りつけようと考えたのだ。


 ガンッッッッ!


 斜めに飛んだ踊七はアスファルトに蹴りを入れ、方向を強引に変える。

 鋭角に曲がる軌道。


 集中(フォーカス)


 右拳に魔力を集中。

 相手はまだ正面を向いたまま。


 まだ踊七の姿を捉えていない様子。


 ガラ空きの側頭部に拳を叩き込めば確実に脳震盪を起こす。

 貫通型ペネトレーションタイプはそうなる様に編み出した型。


 そうなる筈だった。



 が……



 (アクティベ)……


 踊七が三則を発動しようとした瞬間。


 バババババチィィィィィッッ!


 大きく乾いた薄い音が連続して轟く。

 まるで太い鞭に打たれた様な。


「カ……

 ハッ……」


 虚を突いたつもりが逆に虚を突かれた。

 完全に動きが止まってしまう踊七。


(……オーラ……

 よっとォォォッッッッ!!)


 ドコォォォォォォォンッッッ!


 敵竜河岸の繰り出した強烈な右ストレートが踊七に炸裂。


 ギュンッッッッ!


 雨の中、真一文字に横切りながら飛んで行く踊七の身体。


 ズザァァァァーーッッ!


 雨でヒタヒタに潤んだ道路の上を滑って行く。

 100メートル以上飛ばされた。


 進行方向に民家等の壁が無かったのが幸い。

 踊七が殴られたのはT字路の交差点。


 相手は魔力注入(インジェクト)を使用している。

 魔力を込めた一撃で吹き飛んだ身体が壁に激突すればダメージは必至。


 とは言うものの一撃を喰らったのは確か。

 果たして踊七は無事なのだろうか?


「ふーっ……

 痛てて……」


 踊七は無事。

 ダメージはあるが致命傷と言う訳では無い。


 咄嗟のタイミングで両腕を前面で立て防御態勢を取っていた。

 もちろん魔力は集中(フォーカス)している。


 だが、発動(アクティベート)は間に合わなかった。

 言わば中途半端な防御の魔力注入(インジェクト)


 炸裂した両前腕部は重度の打撲症状を引き起こしていた。

 被害としては腕のみ。


 その他は無事。


 起き上がろうとすれば起き上がれる。

 しかし起き上がらない。


 起き上がろうとしない。

 降りしきる雨の中、大の字になって寝転がったまま微動だにしない。


 踊七は頭の中では考察を始めていたのだ。


 今の威力は魔力注入(インジェクト)

 魔力を込めた一撃を叩き込まれた。


 三則が間に合わなかった。

 そこは自分の力量不足を痛感。


 一体どうなってこうなった?

 まずはそこから考察する。


 確かに相手の死角には潜り込めた。

 証拠に右側面に移動した時、正面を向いていた。


 でも結果はこうだ。


 何故こうなった?

 踊七は攻撃を喰らった時の事を思い出す。


 そうだ。

 キツい一撃を喰らう前、別の衝撃があった。


 全身に。

 さっき太腿に喰らった一撃が全身に巡った様な。


 ここでまた反省点。


 相手にしているのは異能を使う竜河岸。

 不用意に突っ込むのは止めよう。


 スキルの幅は恐ろしく広い。


 近距離から遠距離。

 物理から精神系まで多岐に渡る。


 熟練し場数を踏んでいる竜河岸程むやみに手は出さない。

 先手必勝、速攻が上手く行くケースは本当に稀。


 まずはお互いのスキルを探る事から始める。

 従って踊七の様にのっけから飛び込むなんて愚の骨頂。


 今回の事でスキルの怖さを身を以て知った。


 だが、経験が不足しているとは言えそこは踊七。

 ここからスキルの解明に思考をシフト。


 まず勢いを殺された時。

 相手の動きを思い出してみる。


 何だ?

 何をしていた?


 一体どう言う攻撃だ?

 必死に攻撃を喰らった時の光景を思い描いてみる。



 ……右腕

 ……いや、右掌をこちらに降っていた。



 同時に顔面に降る雨粒に意識が向く。

 そうか、多分これだ。


 踊七は気付く。

 多分相手の攻撃は……


 雨。


 どう言う仕組みかは解らないが雨水を飛ばしたんだ。


 パシャ……


 水音と共に気配。

 相手が近づいて来た。


 敵が近づいてるにも関わらず未だピクリとも動かない踊七。


魔力注入(インジェクト)の熟練度は大したモンだがやっぱガキだな……

 俺のスキルも解んねぇ癖に突っ込んで来て馬鹿じゃねぇのか……?)


 これに関しては返す言葉も無い。

 だが、まだ敗けた訳じゃ無い。


 どうにかして一泡吹かせたい。


(死んでんのか……?

 結構派手に吹っ飛んだからな……

 となると面倒になるな……)


 動かない踊七の上でブツブツと呟いているチンピラ竜河岸。

 面倒と言っているのはもちろん一億の在処。


 自宅にあるのであれば乗り込んで掻っ攫えば良い。

 だが、もし無いとなると残るは何処かに埋めたか口座に預けたか。


 何処かに埋めたとなると痕跡や手がかりを踊七の自宅で探さないといけない。

 無ければ人を雇い、踊七の身辺捜査等が必要になって来る。


 口座に預けたとなるとカードは何とか見つかるにしても暗証番号を特定するのに一苦労。


 要するに手間がかかると言う事だ。


 ドッ


 軽く踊七の脇腹を蹴り飛ばす男。


「う……」


(お?

 生きてやがるか……

 なら場所を変えるか……

 集中(フォーカス)……)


 グィィィッッ!


 チンピラ竜河岸が魔力注入(インジェクト)を使用。

 そのまま踊七の胸座を掴み、軽々と持ち上げ肩に背負う。


 人気の無い屋根のある所で縛り上げ、尋問。

 最悪拷問にかけるつもりである。


 この男は踊七の事など露とも気に掛けていない。

 生きようが死のうがどうでも良い。


 見えてるのは踊七の持つ一億のみ。


 異能を扱える竜河岸と言う人種。

 人であるが故か格に差が出てしまう。


 スキルで人の命を救う十七の様な一流の竜河岸もいれば、暴力でしか異能を使わず、スキルを上手く使って地位や財を為せない三流の竜河岸も存在する。


 もちろん踊七に襲い掛かったこの男は三流。

 目先の大金があるのならスキルを使い奪おうと躍起になる。


 2013年、現在。


 特殊交通警ら隊自体は発足してはいるがメンバーがまだ足りず上手く機能しているとは言い難い状態。


 従って一見平和な世の中に見えても深い所ではこう言うチンピラ竜河岸が跋扈している世の中なのだ。


 動かない踊七を担いだこの男の頭の中にはどうやって一億の在処を吐かせようか。

 もうその事しか()()()()()()()()


 頭の中に無い。


 別にこの男の性根についてとやかく言う訳では無い。

 行動や考えから何かしら人として大事な部分が欠落しているのは解っている。


 頭の中に無い。

 つまりこの男の中では戦闘は終了したと言う認識。


 これが甘い。



「オイ」



 唐突。

 男が人気の無い場所を目指そうと一歩踏み出そうとした瞬間。


 足を上げ、重心を前にズラす。

 まさに上げた足を降ろそうとした刹那。


 背後から声がかかる。


 驚いた男が勢い良く後ろを振り返った。


 発動(アクティベート)


 コォォォォンッッッッ!!


 グラァッ……


 男が膝から崩れ落ちる。


 もちろん踊七が気絶したと言うのはフリ。

 狸寝入り。


 相手は踊七が中一か中二のガキと侮っていた。

 最初の動きも手伝ってまさか隙を伺っている等とは思いもしなかった。


「おっと……」


 ザシャァッ


 力が抜け拘束が解かれた踊七は上手く地面に着地。


「ケッ……

 笑い事っちゃねぇ」


 雨が降る中、道路に倒れ伏している男。

 完全に気絶。


 脳震盪を起こしている。

 右側頭部に踊七の魔力注入(インジェクト)が炸裂したのだ。


 これが貫通型ペネトレーションタイプの威力。


 衝撃は頭骨を貫通し直接脳に伝わる。

 頭に喰らえば確実に脳震盪を起こす。


 体勢やフォーム等は関係無い。


 発動(アクティベート)のタイミングさえ合えばどんなにスローな拳だろうと効果を産み出す事が出来るのだ。


 更に衝撃は貫通するので防御の魔力注入(インジェクト)も効果が薄い。

 まさに驚異の型。


【何だやられたのか。

 つまんねぇ、もういいや】


 ひどく残念そうな顔をしている土色の陸竜。

 この男が使役していた竜だ。


 気絶して倒れている姿を見て、何処かに歩き去って行った。

 早い話が見限ったのだ。


 竜儀の式の破棄。

 こんなに容易く行える。


 竜の脳に刻まれた半身と言う認識は簡単に塗り替えられる。


 付いていても利益が無い。

 メリットが見当たらないと思われてしまうと容易に蹴る事が可能。


 去って行く姿を特に何も声をかけず見送った踊七。

 頭の中は別の事を考えていた。


 それはこのチンピラ竜河岸の処遇。


 まず気付いたのは竜が去ると言う事でもう魔力補給が出来ないと言う事実。

 ここから踊七が取った行動は……


 集中(フォーカス)


 右脚に魔力を集中。


 スッ


 ゆっくりと足を上げる。


 ビュンッッ!


 ベキィィィィィッッッ!


 仰向けに倒れている男の右太腿を踏み抜いたのだ。

 鳴り響く骨折音。


 右大腿骨骨折。


(アガァァァァッッッ!!?)


 瞬時に奔る激痛に男覚醒。

 即座に身を屈め、外側へ捻じり、痛みの発信元を思わず手で押さえる。


 その様子を感情をまるで込めていない目で見降ろす踊七。


 痛がっている様子に眉をしかめる事も無い。

 まるで飛蚊を強くはたき込み、仕留めたかどうか確認するかの様。


(ハッ……

 ハッ……

 ナァッ……

 何ッ……!?)


 だが、男は何が起きたか理解出来ていない。


 突然奔った激痛。

 出所は解っているが何故痛みがするのかが理解出来ない。


 認識が追い付かない。

 パニック状態。


 発動(アクティベート)


 バキィィィィィィィィィッッッ!


 混乱している男の事はまるで意に介さず。

 再び魔力の込めた右足で踏み抜く踊七。


 次は左脛。


 呆気なく左脛骨分節骨折。

 左腓骨斜骨折。


(アギャァァァァァァァッッ!)


 悲痛。


 この男の事を知らない人間でも聞いたら眉を(ひそ)め、苦々しい顔を浮かべる。

 それ程の悲鳴。


 これで男は両脚が骨折。

 動く事は出来なくなった。


「オイ」


 もはや悶える事しか出来ない男の頭上から声をかける踊七。

 瞬時に記憶が奔る。


 さっき聞いた声。


 そうだ。

 この声を聞いた。


 確かに聞いた。


 激痛に激痛が重なり声を上げる事もままならない。

 痛みのノイズが脳を乱し、思考を阻害する。


 ノイズを掻き分けようやく自分の状態を認識する事が出来た。


 折れている。

 両脚が折れている。


 何故?


 防御の魔力注入(インジェクト)はまだ有効な筈だ。

 それがこうも簡単に。


 状況を確認出来た事が更に混乱に拍車をかける。


 これは踊七の貫通型ペネトレーションタイプの効果。

 魔力注入(インジェクト)で強化した部分を貫通し、骨に衝撃を与えたのだ。


 先に述べた効果が薄いと言うのはこう言った意味合い。


 強化した箇所が表層だけだと衝撃は貫通する。

 全体を強化するか衝撃が伝わる箇所を狙って強化しないと防ぐ事は出来ない。


 解らない。


 こいつは12、3のガキじゃ無いのか?

 気絶してたんじゃないのか?


 何故俺が気絶している?

 解らない。


 何で両脚が折れている?

 こいつがやったのか?


 解らない。

 魔力注入(インジェクト)は?


 防御の魔力注入(インジェクト)は施しているはずだ。

 何でこんなに簡単に折れている?


 解らない解らない解らない。

 なまじ状況が確認出来てしまった事により混乱している。


「オイ」


 更に声をかける踊七。

 今度は回り込み、顔の前でしゃがみ込みながら。


 地べたに這い蹲っている男を見降ろす。


(ウウッ……

 グゥゥッ……)


 身体に奔る激痛の為、上手く声が出せない。

 口から出るのは呻き声のみ。


「……とりあえず救急車は呼んでやる…………」


 救急車?

 何言ってんだコイツ。


 俺は魔力注入(インジェクト)使いだぞ?


 ……はっ?

 そうだっ!


 魔力注入(インジェクト)っ!

 回復っ!


 ここでようやく魔力注入(インジェクト)での治癒に気が付いた男。

 どれだけ混乱していたかが(うかが)い知れる。


 パァァァッ……


 男の両脚が白色光に包まれる。

 回復の魔力注入(インジェクト)


 内包魔力を使い、骨折の治癒に取り掛かったのだ。

 が…………


「景気良く俺の前で治癒してっけどな……

 お前の竜はもうどっかに行っちまったぞ」


(え!?)


 驚いた男はキョロキョロと辺りを見渡す。

 確かに踊七の言う通り何処にも居ない。


 それもその筈。

 使役している竜は見捨てて去って行ったのだから。


 集中(フォーカス)


 驚いている男を尻目に再び魔力を右脚に集中。


 発動(アクティベート)


 ビュンッッ!


 ベキィィィィィィィィィッッッ!


 勢いよく踏みつけた踊七の右足。

 今度は男の腰。


 体勢としては横向き。

 腰を立てていた為、衝撃がモロに骨盤に伝わり腸骨翼が複雑骨折を起こす。


(ガッッッッッッッッッ…………!!)


 男が激痛の余り声にならない声を上げる。

 そして腰は白色光に包まれない。


 魔力切れ。

 内包魔力が両脚の治癒で尽きてしまった。


「……んで、オッサン……

 腰の骨はバッキバキに叩き折ってやったからよ……

 もしもっかいその顔見たらこれ以上の目に遭わせてやるからな…………」


 男は開いた口が塞がらなかった。


 凄みながら見降ろすその眼は完全に座り、自分がやった行いに一片の呵責も無い。

 罪悪感の欠片も見当たらない。


 こっちは両脚と骨盤を折られている。


 特に台詞自体はありきたりで怖くは無い。

 男の生活環境であればよく聞く。


 恐怖したのは淡々と静かに語るその踊七の目。


 こいつはやる。

 言葉にウソは無い。


 何だか知らないがコイツは防御の魔力注入(インジェクト)を無効化する。

 多分次に会ったら……



 殺される。



「……解ったのか……?

 解ったら頷け……

 頷いたら救急車を呼んでやる……

 頷かねぇなら……」


 スッと立ち上がる踊七。


 発動(アクティベート)


 ベコォォォォォォォッッッ!!


 三則を使い、思い切りアスファルトを踏み抜いた。

 足はいとも容易く舗装を貫き、地面まで貫通。


 周囲に破片を撒き散らす。


 魔力を込めた右足の前では人間の技術で作った道路など豆腐も同然。


「……解ったか……?」


 コクリ


 男はゆっくりと頷いた。


 こいつはヤバい。

 頭の中の大事なものがキレている。


 一億は確かに欲しいが命あっての物種。

 もう関わり合いたくない。


 踊七の脅しは完全に男の心を折ってしまった。

 戦意喪失。


「……よし……

 ここで寝とけ……」


 戦闘を終えた踊七は119番に電話をかける為、帰宅。



 (そよぎ)家 自宅



【踊七よ……

 今回はやけに時間がかかったな……?

 ……クックック……

 まさか敗けたのではあるまいな……?】


 帰宅し、電話をかけている踊七をからかうナナオ。


「笑い事っちゃねぇ事言ってんなよ馬鹿野郎。

 勝ったよ。

 余裕だこの野郎」


 余裕とは言っているがその実、勝敗の行方はギリギリだったと言わざるを得ない。


 もし相手が踊七を侮って無く、慎重だったら。

 もし倒れた踊七を徹底的に叩く動きを見せていたら。


 踊七が敗北していた目も充分考えられる。

 僅差の勝利。


 目先の一億に気を取られ気絶していると思い込み、不用意に担ぎ上げてしまったのが敗因。


 ちなみに男のスキルは名を高圧(ハイプレッシャー)と言う。


 概要は超近距離に魔力で超々高圧をかけ、射出すると言う物。

 飛ばしていたのは雨水。


 掌に溜めた雨水を飛ばしていた。

 このスキルの利点は特に投擲フォームを必須としない隠密性。


 最初の一撃。

 男は特に動いていなかった。


 雨合羽の裾から伸びる右掌で器を作り、雨水を溜めていただけ。

 溜めた状態でスキルを発動し、高圧をかける。


 射出時はその溜めた水を落とすのだ。

 

 落下した瞬間、スキル解除。

 高圧をかけられた水は超高速で飛び、標的に命中する。


 水弾自体は小さく目視は難しい。


 この男は相当練習したのだろう。

 落下直後のスキル解除はタイミング、狙い共にほぼ完璧に近い。


 更に魔力注入(インジェクト)で強化した腕の振りと合わせると威力は倍加する。

 

 踊七が仕掛けた時の攻撃は右手に溜めた雨水を左側に投げつけただけ。

 散布される水滴。


 高圧(ハイプレッシャー)魔力注入(インジェクト)が加わり、面の攻撃へと変化。


 点から面。

 虚を突いたと思っている踊七に避ける事は出来ない。


 結果全身に浴びる事となった。


 もちろん弱点も存在する。

 まず威力。


 踊七も言っていたが喰らってもエアガンを撃たれた程度の痛みしか無い。

 単純に水量が少ない為、威力が低いのだ。


 水量を増やせば威力は上がる。


 だがこのスキル。

 範囲が恐ろしく狭い。


 僅か10センチ四方。

 その中でしか高圧はかけれない。


 最大に使ったとしても1リットル。


 それだけの水量があればそれなりの威力は出るが、別にこのスキルは水を固定できる訳では無い。


 従って使用できる水量は掌に溜めれる程度が常となる。


 有効な戦術となるとあくまでもスキルは相手の動きを止める為に使用。

 動きを止めて、魔力注入(インジェクト)で攻撃となる訳である。


 踊七は相手の攻撃が水である事までは突き止めた。

 が、高圧をかけている事までは解らなかった。


 今回の戦闘で竜河岸同士の戦闘は慎重にする事を学んだ踊七。


 そして……

 自分のスキルは攻性を持たない事を痛感した。


 攻撃方法は魔力注入(インジェクト)のみ。


 貫通型ペネトレーションタイプと言う独自のアドバンテージはあるが、スキルと魔力注入(インジェクト)の両方を戦闘に使って来る竜河岸の方が上だと考えた。


 そして踊七は新たな攻撃方法を思案し始める。


 これが画期的な手法。

 竜河岸界隈、竜界で類を見ない脅威の魔力技術。



 魔法(マジック・メソッド)の始まりである。



 そこから更に一ヶ月ほど時が進み、2013年7月。


 梅雨が明け、世の中は初夏。

 気温も上昇。


 そろそろ蝉が例年の大コンサートを開くか開かないかと言ったそんな季節。

 ナナオが地球に来てもう少しで一年。


「う~ん……

 攻性……

 攻性……」


 踊七は登校中。

 頭の中では魔力を使用した新たな攻撃方法を模索していた。


「踊ちゃん、最近どうしたの?

 なーんかずっと考え事してるみたいだけど」


 隣には眠夢。

 一緒に中学校へ登校中。


 話しかけても上の空の踊七を心配して声をかけたのだ。


「ん?

 あぁ……

 ちょっとな……」


 眠夢には話さない。

 魔力絡みの為、一般人の眠夢に話してもしょうがないからだ。


 ……と言うのは建前。

 本音は巻き込みたくないだけ。


 踊七が普段、チンピラ竜河岸に襲われている事を眠夢はもちろん花山院(かさんのいん)家の誰も知らない。


 踊七は話していないのだ。


「ム~~ッ!

 そーやっていっつも話してくれないんだからっ!

 パパも心配してたわっ!

 時々しか来ないからっっ!

 来ない日はどうしてるんだろうってっ!」


「な……

 何だよ……

 今日はえらい突っかかって来るなぁ。

 笑い事っちゃねぇ」


「ホントよっ!

 笑い事じゃないわっ!

 踊ちゃん、13歳なのよっ!?

 子供が一人で暮らしてるなんて心配しない訳無いじゃないっ!

 それに踊ちゃん、最近ボーッとしてる時多いしっ!」


「子供って言うな子供ってっ!

 笑い事っちゃねぇっ!

 あんなクソオヤジと一緒に住んでたんだっ!

 一通りの家事はもう出来んだよっ!

 それに一人じゃねぇよっ!

 ナナオがいるだろっ!?

 問題ねぇだろがっ!」


 余りに突っかかって来る眠夢に語気を昂らせる踊七。


 言っている通り、踊七は家事を全てこなしていた。

 掃除、洗濯、料理と。


 使っていない部屋まで綺麗に掃除出来ている。

 13歳と言う年齢による世間体を気にしなければ特に問題がある訳では無い。


 眠夢もそれは理解したらしく反論が出て来ない。

 踊七の言葉を受け止めたまま沈黙。


「…………ねぇ踊ちゃん……?」


 やがて重い口を開く。


「……何だよ?」


「…………淋しく無いの……?

 いくらナナオ……

 さんがいるったって竜じゃない?

 人間は踊ちゃん一人だけじゃん……」


 眠夢はこの頃、竜にある種の差別意識を持っていた。

 確かに歴史の授業で竜を受け入れた経緯は習った。


 だが、見た目的には異常。

 街中を歩けばチョコチョコ見える爬虫類の首。


 何で?

 何で人の中に大きな別の動物が混じっているの?


 おかしいでしょ?

 世の中どうかしている。


 人ごみの中に竜が居る。

 世界では常識となっているこの現状を受け止めきれずにいた。


 竜は眠夢の生まれる前からいる。

 眠夢は幼少期から現状に違和感を感じていたのだ。


 両親の事は尊敬している。

 が、竜を受け入れているその感覚だけはまだ理解出来ていなかった。


 普通に生活している分には絡む事は無い。

 だから眠夢はその気持ちを吐露する事は無かった。


 スルー。

 見て見ぬふりをしていたに過ぎない。


 こう言うと聞こえは悪いかも知れないが言った所でどうにかなるものでは無い。

 既に地球では万単位の竜が来訪し、暮らしているのだから。


 それは海外に飢えで死ぬ子供がいると言うのを知った様な感覚に近い。


 眠夢の中では人は人。

 竜は竜。


 あくまでも異生物と言う認識なのだ。


「…………わーったわーった。

 教えてやるよ。

 えっとな、魔力で新しい事出来ねぇかなってずっと考えていただけだよ」


「新しい事?

 例えばどんな?」


「んーとな……

 説明するのメンドくせーから詳しくはしねーけどよ。

 スキルっつってな。

 解り易く言ったら超能力だ。

 竜河岸はみんなスキルを使えんだ。

 魔力ってのは凄くてよ。

 漫画やアニメみたいな事が出来ちまうんだ。

 んでそのスキルって創れるらしいからな。

 ずっと考えてんだよ」


「へぇ……

 その魔力ってどこから持って来るの?」


「竜からだよ。

 俺ら竜河岸は自分の使役している竜から魔力を貰うんだ」


「そ……

 そう……

 じゃあその魔力を使えば私でもスキルってのを使えちゃったりするの?」


「無理だムリムリ。

 お前が魔力を取り込んだら一瞬で死んじまわぁ」


 プラプラと手を振り、否定する。


 何故、踊七は説明をし始めたのか?

 巻き込みたくないと言っていたのに。


 それは踊七の生活環境の変化が要因。

 先の六月以来からパッタリ襲われる事が無くなったのだ。


 病院送りになった男の惨状が噂で流れたのか?

 踊七がヤバい奴だと言う風評が触れ回ったのかは解らない。


 が、とにかく最近の踊七は平和そのもの。

 ナナオも家で大人しくTVを見ているし全く問題が無い。


 だから話す事に決めた。


「…………で、何でそんな事を考えてるの?

 別に何か生活出来ないって訳じゃ無いんでしょ?」


「ん…………

 まぁちょっとな……」


 自分が何を考えているかは話したが動機は話していない。

 襲われて拉致られそうになったからとはとても言えない。


 話す事に決めはしたが物騒な部分は隠しておこう。

 そう決めていた。


 確かに生活は平和にはなった。

 しかしいつ襲撃があるか解らない。


 やはり攻性の高いスキルが必要だと思っていた。


「……ねぇ踊ちゃん……?」


 と、ここで怪訝そうな顔をして踊七を見つめる眠夢。


「な……

 何だよ……?

 笑い事っちゃねぇ顔しやがって……」


「それ。

 踊ちゃんの笑い事っちゃ無いって言う変な口癖」


「ずっと使ってんだろがよ。

 今更何言ってんだ。

 笑い事っちゃねぇ」


 口癖を指摘された傍から使用している踊七。

 ちなみに笑い事っちゃねぇと言う口癖の年季は長い。


 初めて使用したのは小学3年。


 ある日、泥酔して帰宅した虚往(こおう)のあられもない醜態を目の当たりにし、自然に出た言葉。


 それ以来、度々笑い事っちゃねぇと言う様になった。


「いや、その口癖の事じゃ無くて…………

 気付いている?

 もう一個ヘンな癖があるの」


「癖?

 何だよ?」


「隠し事してる時、ちょっとなって言う奴。

 別に言いたくないなら聞き出そうとは思わないけど……

 何かオジン臭いよソレ」


 眠夢が指摘したのは新たな口癖。


 確かに踊七はこの頃、隠し事をした時の言い分としてちょっとなで片付けていた所があった。


 画一的で対処的な所がジジ臭く感じたのだろうか?


「オジッ……!?

 テメェッ!

 子供(ガキ)っつったりオジンっつったりどうしてそう極端なんだよっ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


「アハハッ!

 早くガッコ行かないと遅刻しちゃうよっ!」


 ダダッ!


 学校に向かって走り出す眠夢。


「あっ!?

 暑いのに走るなよっ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


 後に続いて踊七も走り出す。



 市立本牧中学校 教室



 カツカツ……


(……で、あるからして……)


 教師が黒板を書きながら授業を進めている。

 踊七はシャーペンでノートを突いていた。


 別に授業が解らない訳では無い。

 授業中もずっと新スキルの事を考えていただけ。


 だけど、全く思い付かない。

 何から始めて良いか解らないからだ。


 父親のノートにスキルを新たに創り出す事についても記述があった。

 が、出来たと言う記録は無かった。


 幾度も試行錯誤しているのは文量で察する事は出来る。


 しかし成功。

 スキルが創れたと言う記載が見当たらない。


 スキル創作の記述に関しては解せない部分が多い。


 結果が書かれていない事もそうだが何より中途半端な状態でプッツリと記録が途絶えている。


 最後の失敗以降、スキル創作についての記述はどこにも書いていない。

 不思議には思ったが、そこに関して今はどうでも良い。


 この中途半端な記述で重要な点。

 それは竜河岸のスキルは複数所持出来ると言う事とスキルは作り出せると言う事。


 結果が書かれていない中途半端な記述で何故創り出せる確信が持てたのか?

 それは簡単に言うと虚往(こおう)の性格が要因。


 父親は軽薄で適当で不真面目でいい加減でそれはそれはどうしようも無い人間。


 しかし何の確信も無い行動はしない。

 無意味な行動を嫌う。


 ヤクザな父親だからこそ利が見いだせない行動はしないと確信が持てたのだ。


 具体的な方法は解らず結局どうなったかも解らない。

 だがスキルは創れる。


 その事だけは信じて考えを巡らせていた踊七。


 しかし思い付かない。

 一体何をどう考えたら良いのかが解らない。


 ポム


 そんな中、踊七は軽く頭を教科書で小突かれる。


(コォラッ!

 (そよぎ)っ!

 さっきから質問してるだろっ!?)


 授業を執り行っていた先生からの問いも無視して考え込んでいた踊七。


「ん?

 あぁ、すいません」


(それだけ無視するって事は解ってるって事だなァッ!?

 オイッ!

 (そよぎ)ッ!

 黒板の問いを答えて見ろっ!)


「あ……

 はい」


 カッカッカッ


 前へ行った踊七はチョークを滑らせて答えを書いて行く。


「こうです」


(せ……

 正解だっ!)


 キーンコーンカーンコーン


 ここで終了のベル。


「攻性……

 攻性……」


 ブツブツ呟きながら席へ戻る踊七。

 ベルが聞こえているのか聞こえていないのか良く解らない。


(じゃ……

 じゃあ今日の授業はここまでっ!

 (そよぎ)っ!

 確かに頭の出来は良いが最近の授業態度はなっとらんぞっ!

 ……全くっ……

 野村先生に言っとかないと……)


 こうしてあれよあれよと授業が進み、HRの時間。


(……はい、じゃあ今日はこれで終了。

 日直、号令を)


 きりーつっ!


 礼っ!


 さようならっ!


(はい、さようなら。

 あ、(そよぎ)

 お前は後でちょっと職員室に来い)


「げ……

 笑い事っちゃねぇ……」


「ここ最近よくノムセンに呼びされれるわね踊ちゃん。

 考え事するのも良いけど程ほどにしときなさいよ」


「うっせ。

 は~、面倒だけど行くしか無いか……」



 市立本牧中学校職員室



(おお、(そよぎ)

 まぁ座れ)


「すんませんした」


 呼ばれた理由に関してはもう解っている。

 授業態度についてだ。


 だから謝罪から入った踊七。


 確かに聞いていなかったのは失礼だとも思う。

 それに先んじて頭を下げた方が説教は短くて済むと考えたのだ。


(違う違う……

 いや、違う事も無いけど。

 今日は説教する為に呼んだんじゃない)


「じゃあ何スか?」


(いや、何か悩みでもあるんじゃないかと思ってな。

 4月5月は特に授業態度が悪いとか言われる生徒じゃ無かったじゃ無いか。

 だけど最近のお前の態度は各先生からも厳しく言っといてくれってうるさくてな)


「えっと……

 悩み……

 っちゃあ悩んでますけど……」


(何だ何だ、歯切れの悪い。

 らしくないじゃないか。

 いつもなら竹を割った様にスパッと答えるのに)


「いや……

 まぁ……

 自分の事なんで……」


(家庭の事か?

 お前んちの事情は知ってる)


「いや、家庭は全く関係無いッス」


 歯切れの悪い返答しかしなかった踊七だが一転。

 キッパリと否定する。


(お?

 らしい返答。

 じゃあ何なんだ?

 お前の悩んでる事って)


「ん~~……

 えっと……

 ノムセ……

 野村先生に言っても解んないですよ。

 竜河岸の事なんで」


(そうか。

 お前、竜河岸だったな。

 竜はどうした?

 校則で竜は禁止されとらんぞ?

 一年や三年にも竜を連れて来とる生徒はいるだろ?)


「俺の竜は家にいますよ。

 連れて歩くとちょっと都合が悪いので」


(ふうん。

 まあ先生は一般人だから竜河岸やら竜の詳しい事は解らんけどな。

 しかしだ。

 先生は大人。

 で、お前は生徒で子供。

 先生はお前よりは多く色々経験している。

 な?

 話してみろって。

 何かヒントになるかも知れんぞ?)


「え……

 でもなぁ……」


 踊七は躊躇していた。


 チンピラ竜河岸に襲われた時、圧倒出来る様な攻性スキルを考えている。

 なんて言える訳が無い。


 理解出来ないか、止められるに決まっている。


(お前は何でも一人で片付けようとする所がある。

 悩んでる時ぐらい大人を頼れ)


 が、どうにか話をさせようと押して来る。

 この教師、踊七と眠夢のクラスの担任で名を野村と言う。


 生徒からはノムセンの愛称で慕われ……

 ている訳では無い。


 どちらかと言うと口やかましい先生としてウザがっている生徒の方が多い。


「……解ったよ……

 野村先生、竜の魔力と竜河岸のスキルって知ってる?」


 踊七の野村に抱いている印象は好感。

 野村先生は生徒からの質問や悩みをきちんと正面から向き合って返答する。


 この姿勢を見ている為、野村の言う事は比較的素直に聞くのだ。


(知っとるぞ。

 魔力って言ったら竜の栄養でよく解らない凄いエネルギー。

 スキルは竜河岸が使う超能力の事だろ?

 俺は見た事無いけどな)


「うん、そう。

 んでスキルって自分で作れるって言うのを知ってな……

 んでちょっと必要だから作ろうと思ってんだけどよ……

 全然思いつかなくってな」


 だが眠夢と同様開示するのは何を考えているかまで。

 その動機などについては伏せて話した。


(ふうん、よく解らんけど何か作ろうとしとるんだな。

 なら(そよぎ)

 お前、テーマとコンセプトは考えとるんか?)


「ん?

 何だそれ?」


(古今東西、企画をする時にはな。

 まずテーマを考えて、その後にコンセプトを立ててやるんだよ。

 テーマは主題。

 どう言うものを作りたいか。

 コンセプトはそれを作る為の切り口の事。

 例えば京都旅行を企画したとする。

 テーマは寺巡り。

 コンセプトは数を見る為、乗り物を使って回る。

 みたいな感じでな。

 これを考えてから作り始めると幾分かまとまり易い)


「へぇ……

 そんなの全く考えてなかった。

 テーマ……

 コンセプトか……

 解った。

 ちょっと考えてみる。

 ありがとう、野村先生」


(な?

 先生に話してみて良かっただろ?

 あと、そう言う事はノートに書き出してまとめた方が整理しやすいぞ)


「解った。

 それじゃあ先生」


 こうして踊七は帰宅。

 帰宅後、新品の大学ノートを開く。


 まずはテーマから。


 創ろうとしているのは攻性スキル。

 どう言った攻撃にする?


 単純に身体性能を上げる強化系?

 炎や水を出す自然現象系?


 それとも物体を操る操作系?

 もしくは化学、物理変化を利用した変化系?


 はたまた人間の感情、意識を操作する精神系。

 思いつく限りのスキルジャンルを大学ノートに書き出して行く踊七。


 一番手っ取り早いのは強化系。

 スキルで魔力注入(インジェクト)の性能を上げれば、他の竜河岸を圧倒出来るのでは?


 ……いや、違う。


 確かに貫通型ペネトレーションタイプは有効。

 だが魔力注入(インジェクト)全体の熟練度としてはさほど高い訳では無い。


 おそらく襲って来る竜河岸の方が遥かに上。

 仮に強化スキルを使用して性能を上げたとしてその差が埋まるかどうか解らない。


 それに結局あるものを強化するだけだから選択肢が増える訳では無い。

 懐に入って魔力注入(インジェクト)を叩き込むだけ。


 ×強化系。


 ならば物体を操る操作系は?

 ……操ると言っても何を操る?


 石?

 前の竜河岸みたいに水?


 でも、襲われた時に運良く操作対象があるとは限らない。

 自分は襲う側では無く襲われる側。


 もし戦闘時に操作対象が少ない、もしくは無いとなると意味を為さない。

 となるとこれも駄目。


 ×操作系。


 変化系もそんなに物理や化学に詳しくないし、何となくシックリ来ない。

 欲しているものにピントが合って無い気がする。


 ×変化系。


 精神系はそもそも趣味じゃない。

 変化系以上にシックリ来ない。


 ×精神系。


「……となると残りはコレか……」


 自然現象系。

 自然現象を起こすと言っても何を出す?


 スタンダードに炎?

 物理的威力も期待出来る氷?


 それともスピードを活かした風?

 雷なんてのもある。


 自分は襲われる身。

 一番欲しい性能はどんな戦況でも対応出来うる汎用性。


 となると今思い浮かべたものは全部出せる様にした方が良い。


 それならあらゆる局面で使える。

 となると一つでは足りない。


 スキルは複数いる…………


 ん?

 ここでふと踊七の頭に疑問が過る。


 スキルって二つ以上持つ事が出来るのか?


 ペラペラペラ


 虚往(こおう)のノートを最後まで確認するが二つ以上持てるとは何処にも書かれていない。

 そもそもスキルが創れたと言う記述自体が無いのだ。


 テーマは決まった。

 自然現象系のスキル。


 だが自分が欲している性能が得られるのかどうかが解らない。


 個人の限界。

 一人で思案するにはどうにも無理が出て来ている。


 自分が竜河岸としての経験が浅いから致し方ない。


 誰か。

 何処かに経験を積んだ竜河岸はいないものか。


 これが踊七の得た自立心と引き換えに失くしたもの。

 いや、元々持っていなかったと言えるかも知れない。


 踊七には近くに色々教えてくれる大人の竜河岸が居なかった。

 普通の家庭であれば両親が行うべき、教育を受けていない。


 踊七の母親は既に出て行き、父親はあの虚往(こおう)

 教育など受けられる訳が無い。


 だが、踊七はこの環境を嘆いたり恨んだりはしない。


 なるべくしてなった。

 そんな事よりも現状をどうするか考えるのが先決。


 肉親がいない孤独な環境で育ったが故に備わった卓越した自立心。

 それと冷静で建設的な思考。


 考えた末、一人心当たりを見つける。



「…………あ、鵜戸(うと)さん」



 北方皇大神宮の宮司。

 鵜戸(うと)博嗣(ひろつぐ)


 自分が知っている大人の竜河岸は博嗣(ひろつぐ)ぐらいしか思いつかない。

 踊七はさっそくナナオを連れて北方皇大神宮へ向かう。



 横浜市中区 北方皇大神宮



 拝殿へ続く階段を登る踊七とナナオ。


【……で、踊七よ……

 珍しく我を連れ出すと思ったらここは初めて出会った場所では無いか……】


「そうだよ。

 ちょっと聞きたい事があるんでな。

 鵜戸(うと)さんは……」


 キョロキョロ


 拝殿の前を見渡すが博嗣(ひろつぐ)は見当たらない。


「自宅かな?」


 拝殿の脇から裏手に回る。

 そこには変哲の無い家があった。


 二階建ての一般家屋。

 博嗣(ひろつぐ)の自宅である。


 ピンポーンッ!


 呼び鈴を鳴らす。


(はいはーい)


 中から声が聞こえる。


 ガラッ!


(どちらさ……

 あれ?

 踊七くん…………

 !!?……

 ……っとナナオさん……

 どうしたの?)


 戸を開けた博嗣(ひろつぐ)の目に映ったのは少年と深緑の巨大な翼竜。

 訪ねて来たのが踊七と解った瞬間、隣の陸竜が七尾(ロード・セブンス)だと悟る。


 竜儀の式のくだりが脳内にフラッシュバック。

 博嗣(ひろつぐ)は驚き、(すく)んでしまう。


「ちょっと鵜戸(うと)さんに聞きたい事があってさ」


 そう言いながら大学ノートを見せる踊七。


(ひょっとして竜河岸か魔力の事かな?

 なら僕に聞かなくてもお父…………

 って聞けるならここには来ないか。

 いいよ、上がりなさい)


「ありがとうございます。

 お邪魔します」


 会釈をした踊七は家の中へ。


【ムウ……

 踊七よ。

 頭を下げるのは知っているがオジャマシマスとは?】


「ん?

 お邪魔しますって言うのは他人の家に入る時に言う礼儀の言葉だよ」


【ム……

 礼儀とは頭を下げる所作の総称だったな……

 本当に人間とは不思議な生物だ……

 礼儀なんぞ無くても生きて行けるだろうに……】


「生きて行けねぇんだよ人間は。

 (おまえら)みたいに一人で暮らしてねぇからな。

 礼儀を欠いた人間ってのは周りから疎まれて助けてくれねぇんだよ。

 一人じゃ何も出来ねぇから簡単に死んじまう」


【ククク……

 寄り集まらんと自分の命すら護れんとは……

 人間とは真に脆弱な生物よな……

 まぁいい……

 ならば我は人の世にオジャマシマスと言わねばならぬ立場と言う訳だな……】


「ん……

 まぁ言ったらそう言う事だな」


【ならば……

 オジャマシマス……】


 ぺこり


 頭を下げるナナオ。

 尊大で不遜な発言をしたかと思えばこうして頭を下げて挨拶を言っている。


 頭を垂れる事を屈辱だと思わないのだ。


 ただ人間の習わし。

 生物としての習性を準えているだけ。


(あ……

 あぁ……

 ナナオさんもどうぞ)



 鵜戸(うと)家 和室



 二人は和室に通される。


(適当に座っててくれるかな?

 今、飲み物を持って来よう。

 何が良い?)


「あ、御構い無く。

 何でも良いですよ」


(フフッ。

 少年らしくジュースでも言えば良いのに)


「子供扱いは止めて下さいよ」


【ム……

 踊七……

 そのジュウスと言うものはまたウマイか?】


 人の世に降り立ち約一年が経つナナオ。

 食べ物や飲み物が出される時が何となく解るようになって来た。


 当面、一番興味があるのは人間の食べ物。

 何千年も使われてなかった舌を存分に振るっている。


「ん~……

 美味いのは美味いけど……

 いや、美味いって言うよりかは甘いだな」


【アマイッ!

 アレかっ!?

 以前お前がクッテいた柔らかいシウクリイムとか言う奴だなっっ!?

 あれもカレエとは違う快感であったなっ!

 オイッ!

 男ッ!】


 唐突に色めき立ち、博嗣(ひろつぐ)を呼び止めるナナオ。


(はっ……

 はいぃっ!

 なっ……

 何でしょうか……?)


【我はジュウスを所望する……】


「お前……

 ジュースとシュークリームは……

 まぁいいか」


(は……

 はぁ……

 じゃあ持って来ますのでちょっと待ってて下さい)


 そう言って和室を後にする博嗣(ひろつぐ)

 やがてお盆に飲み物を二つ載せて帰って来る。


 一つは麦茶。


 もう一つは山吹色の液体。

 オレンジジュース。


 両方共テーブルに置く。

 長い首を曲げてコップを見つめるナナオ。


「頂きます……

 ンッ……

 ンッ……

 ふう……」


 そんなナナオはお構いなしに麦茶を飲む踊七。


【踊七…………

 これは何だ?】


「何……

 ってお目当てのジュースだよ」


【……中の橙色の水がそうなのか……

 で、これはどうやってクッテするのだ?】


「喰ってって言うよりかは飲んでだけどな。

 こうやってコップを持ち上げて口を付けるんだよ。

 んで傾けて中の水を流すんだ。

 んっ……

 んっ……

 って言うかお前ら竜は水も飲まないのかよ」


【いや、水ぐらいは飲むぞ。

 何だ……

 同じ様な感じで良いのか……

 ……ん?

 ……ん?】


 ナナオが顔を顔を近づけ、ジュースを飲もうとしている。


 が……


「ん?

 ナナオ、何やってんだ?

 コップの周りで顔をウロウロさせやがって。

 笑い事っちゃねぇ」


 コップが小さくて上手く飲めないのだ。

 ナナオの顔の大きさならばコップを丸呑み出来てしまう。


【人間の扱うものが小さ過ぎて飲めんのだ……

 オイィッ!

 男……】


(はっ……

 はいぃっ!)


【……何とかしろ……】


(わ……

 わかりました……)


 頭を掻きながら再び和室を後にする博嗣(ひろつぐ)

 ヤレヤレといった雰囲気。


 やがて大きなボウルを両手で抱えて戻って来る。


 タプン


 中はなみなみと注がれたオレンジジュース。


 ドスッ


(はい、これでどうでしょう?)


【ウム。

 これなら何とか……】


鵜戸(うと)さん……

 面倒ですいませんです……」


(ハハ……

 竜のワガママには慣れてるからね)


 ズズ……


 ボウルに口を付けてオレンジジュースを吸い込むナナオ。


 クワッ!


 途端に目を見開く。


【オオッ!

 何だこれはっ!?

 アマイッ!

 アマイだが違うっ!

 以前のシウクリイムとは全く違うアマイだッ!】


 初めて味わうオレンジジュースの甘酸っぱさに驚嘆しているナナオ。


「あ~うっせぇ。

 で、鵜戸(うと)さん。

 今日来たのはスキルについて聞きたい事があるからなんだ」


 ナナオを無視して話を進める踊七。


(う……

 うん……

 スキルの事?

 そう言えば名前は付けたのかい?)


「あ、そう言えば名前はまだ付けて無いです。

 今日、聞きたいのはスキル創作についてです」


(へぇ……

 そんな事、どこで聞いたんだい?)


「それは……」


 ゴソゴソ


 踊七はカバンから別の大学ノートを取り出す。


「これです。

 クソオヤジが置いてったノートに書いてあったんです」


(……ちょっとそのノート見せて貰っていいかな?)


「あ、はい。

 どうぞ」


 ペラペラペラ


 その大学ノートを流し見する博嗣(ひろつぐ)


(フムフム……

 それで今、スキルを創ろうとしてるって事かな?)


「はい、それでテーマは決めたんですがその後で一個疑問が出まして……」


(疑問?

 お父さんのノートもあるし、君なら別に僕に頼らなくてもそこそこ良いスキルが創れると思うんだけど)


「いや、ノートをよく読んでもらうと解るんですけど……

 あのクソオヤジ、スキル創作に関しては途中までしか書いて無いんスよ」


(そうなの?

 …………あ、ホントだ。

 ここから全く書いて無いね。

 何でだろ?)


「知らないです。

 多分出来ないから諦めたか。

 もっと面白い物を見つけたか。

 まあ何にせよロクな理由じゃないですよ。

 笑い事っちゃねぇ」


 踊七の予想は正解。

 虚往(こおう)はいくらやっても出来ないスキルに愛想を尽かしたのだ。


 ちなみに虚往(こおう)にはきちんと師匠の竜河岸が居た。

 大学ノートの内容は全てその師匠からの教えを参考に創り上げた物。


(ハハ……

 それで何に疑問を持ったんだい?)


「簡単に言うと竜河岸が持てるスキルの数って限界や上限があるのかって事です」


 踊七の疑問を聞いた博嗣(ひろつぐ)は無言。

 何か踊七を猜疑心の孕んだ目で見つめている。


(……踊七くん……

 君は何をしようとしてるんだい……?)


「……そんな眼で俺を見て……

 一体、何スか?」


 クイ


 俯き加減で目を伏せ、メガネの位置を直す博嗣(ひろつぐ)


(踊七くん、いいかい?

 スキルというものは超能力。

 いわゆる人間の能力、本分を超えたもの。

 僕らの生活、営みには本来不必要なものなんだよ?

 一つでもあれば充分なのに何故複数持とうとするんだい?)


「えっと……

 それは……

 その……」


 野村が言っていた様に踊七は竹を割った様なスパッとした性格。

 普段はハッキリとした物言い。


 だが、また口籠った発言をしている。

 動機などを話したら怒られて帰されると考えたからだ。


(……何だい?

 ……もしかして犯罪を犯す為じゃ無いだろうね……?)


 いつも温和な博嗣(ひろつぐ)の目が鋭くなる。

 この発言にムカついた踊七。


「なぁっ!?

 俺が犯罪なんてくだらねぇ事やるわきゃねぇだろぉっ!?

 笑い事っちゃねぇッッ!」


 そもそも踊七が攻性スキルを求めた理由は襲われるから。

 一億を狙ってチンピラ竜河岸が狙って来るからだ。


 踊七からすると降りかかる火の粉を払っているだけ。

 その火の粉で大火傷を負う可能性が浮上した為、新たなスキルを欲しているのだ。


 つまり襲われなければ必要とはしなかったと言う事。

 自衛の為にやっている事を犯罪行為だと言われては堪らない。


(なら理由を話しなさい。

 やましい事が無いなら言える筈だ)


 声を荒げる踊七を前に凛と姿勢を崩さない。

 真っすぐ真剣な目を向けている。


 博嗣(ひろつぐ)は式を執り行っている立場からこう言う相談を受ける事が多い。

 道を踏み外そうとしている若い竜河岸を諫め、留めさせる事も珍しくない。


「あの……

 よ……?」


 重い口を開く踊七。

 姿勢を崩さず真っすぐ見つめる博嗣(ひろつぐ)の目に気圧され、話す事を決めた。


(ゆっくりでいいから話しなさい。

 決して悪い様にはしないから)


 目の鋭さを解放し、ニコリと微笑む博嗣(ひろつぐ)


 竜河岸は大なり小なり重い事情を抱えている事が多い。

 その事をよく知っているのだ。


「……俺、去年辺りからよく襲われてんだよ……」


 ピク


 襲われている。

 この単語を聞いた博嗣(ひろつぐ)の眉が動く。


(……他の竜河岸に襲われる心当たりは?)


 別に踊七は竜河岸から襲われているとは言っていない。


 ナナオを連れている踊七が襲われている。

 この事から賊は竜河岸だと判断したのだ。


「……えっと……

 俺の持ってる一億円を狙ってます……」


 唐突に出て来た一億円と言う単語。

 立て続けに降って来る突飛なワード。


 さしもの博嗣(ひろつぐ)でも言葉が咄嗟に出て来ない。


(い……

 一億……?

 何を冗談……

 いや、君はそんな冗談を言うタイプじゃ無い……

 けど、そんな大金何処から……?)


「あ、鵜戸(うと)さん。

 今、クソオヤジは家にいません。

 何処かへ行きました。

 んで一億円はそのクソオヤジが生活費として置いて行ったんです。

 さっき見せたノートと一緒に」


(せ……

 生活費ったっていくら何でも……

 一体どれぐらい家を空ける気なんだ……)


「少なくとも五年は帰って来ないと思います」


(し……

 仕事か何か……

 かな?)


「さあ?

 竜儀の式が終わった直後に急にっスからね。

 そこに関してはもう考えない様にしてます」


(ま……

 まぁ色々腑に落ちない点や色々聞きたい事はあるけど今は置いておこう。

 君がスキルを増やしたい理由は解った。

 スキル創作について知っている事を教えてあげてもいい。

 だけど、約束して欲しい)


「何ですか?」


(創作したスキルは決して犯罪に使わないと言う事)


「へっ……

 約束しなくても犯罪なんかに興味はねぇよ。

 笑い事っちゃねぇ」


(そりゃ解ってるけどね。

 スキル創作ってのは最初に賜るモノとは訳が違うんだ。

 コツさえ掴めれば自分の思い通りに作れてしまう。

 危険度が違う)


 この博嗣(ひろつぐ)の発言は間違ってはいないが正確では無い。


 ファーストスキルは式で賜るものの為、超常的な現象を引き起こす事が出来る。

 が、セカンド、サードスキルはあくまでも竜河岸のイメージにより創り出す。


 従って創れる幅には限界が存在し、使用時の精神状態などで精度が変化する。


 且つ、創作にはファーストスキルの系統に沿ったものしか創作不可。

 余りにもかけ離れたスキルはいくらイメージしても作れない。


 例で挙げるならファーストスキルが探索系の全方位(オールレンジ)だった竜司は攻性スキルは創作出来ないと言う事。


 そしてそれは踊七にも当てはまる。

 同じく探索系の掠奪速読(スキミング)がファーストスキルの踊七では攻性スキルは創れない。


 なら不確かな事を教えてるのか?

 こう思われる読者もいるかも知れない。


 博嗣(ひろつぐ)は別に事実を教えるとは言っていない。

 知っている事を教えると言っただけ。


 教えた事は全て実体験だったり他から聞いた事。

 特に化学実証などを行った訳では無いのだ。


 だから言ってる事が正確で無くても仕方ない。


「解ったよ。

 それで鵜戸(うと)さん、スキルって数に上限はあるんですか?」


(うん、結論だけ言うと無い。

 千だろうと万だろうと持つ事()()は可能だよ)


「マジっスか?

 笑い事っちゃねぇな竜河岸って……」


(でもあまり数を持つ事はオススメ出来ない)


「どうしてですか?」


(スキルを沢山持ってる竜河岸ってのは得てして個々のスキルの精度や効果が弱いんだよ)


「へぇ……

 それって数を持ってる事と関係してるんですか?」


(うん。

 魔力がイメージで変化するってのは知ってるだろ?

 それでスキルの精度や効果を上げるって言うのは繰り返し使って自分の中にイメージを定着させる事が肝心となる。

 スキルを大量に持つって事はそれだけ個々の使用回数が減るからね。

 偏って使うならそもそも複数持つ意味が無いし)


「なるほど……

 要は手の届く範囲の数にしろって事か……」


(そう言う事だね。

 それでテーマを決めたって言ってたけど、どんなのなんだい?)


「えっと、一応自然現象系にしようかなって。

 炎とか風とか水とか。

 俺って今、襲われる立場なんでどんな時でも対応出来る汎用性が欲しいんですよ」


(なるほど。

 自然現象をスキルで起こすとなると魔力は相当量必要になるね。

 それに色んな状況で対応するとなると多数のスキルを創作しないといけない。

 ちょっと君には荷が重いかも知れないね)


「何でですか?

 魔力量ならナナオですよ?

 充分でしょ、笑い事っちゃねぇ」


(いやいや、そっちじゃない。

 って言うか人間の魔力使用量が竜の魔力量を上回る事なんて有り得ないから。

 僕が言ってるのは君。

 受け手側の事だよ)


「俺っスか?

 俺の何がいけないって言うんですか?」


(いけないとは言っていない。

 多分出来るとは思うよ。

 でもね……

 さっきも言った通り、自然現象を魔力で起こすってのは結構魔力を使うんだよ。

 だから大体みんな別のものを使って威力を増したりするものなんだよ。

 簡単な所で言うとスキルで起こす火は小さくして油を撒いて威力を上げたりとかね)


「そんなモンなんですか?

 何かガッカリしますね」


(まぁ気持ちは解るよ。

 スキルなんて超能力を身に付けたらおっきな炎が出せるって考えるもんね。

 でも結局の所、火力向上に関しては別を頼った方が効率が良かったりするんだよね)


 スキルは超常ではあるが万能では無い。

 物質や現象をゼロから産み出すとなると相当量の魔力が必要となる。


 本編でも水を操るスキルを持つ竜河岸が居たかと思われるが、それは大気中の水分を寄り集め、魔力で増殖させていると言う仕組み。


 豪輝の不等価交換(コンバージョン)もゼロから物質を作り出す事は出来ない。

 何か別物質を触媒とし、あらゆる物質に変換すると言うスキル。


 劇中でゼロから作り出せると言った発言をしているが厳密には大気を触媒としている。


 この様に魔力を使って無から物質や現象を作り出すと言うのは極めて困難。


 物質を作り出せるスキルを持つ竜河岸も存在はするが、使用魔力が膨大の為一度使用すると一日寝込む者もいる。


 所持はしているが運用もままならない。

 平たく言えば使い物にならないと言う事。


 事実上物質生成スキルを運用出来ているのは十七の生命の樹(ユグドラシル)のみ。


 魔力物化(コーポリアル)と言う魔力技術はあるが、これはあくまでも疑似。

 本物では無いのだ。


「その点に関しては俺の方で考えます。

 それよりもスキル生成のコツとかってありますか?」


(コツかぁ……

 う~ん、僕の場合はどう言うスキルを創りたいかまず考えて、その後はスキルで生まれる効果を思い浮かべる。

 それは具体的な方がいいね)


「へぇ、効果を思い浮かべ……

 ん……?

 あれ?

 鵜戸(うと)さん、ちょっと待って下さい。

 じゃあ、貴方はスキルを複数持ってるって事ですかね?」


(うん。

 僕は二つスキルを持ってるよ。

 竜儀の式で賜ったものと後で創ったものと)


「へえ……

 それって……」


(最初に賜ったのは吸着(アドソーブ)

 で、自分で創ったのが血流(ブラッドフロ―)って言うんだ)


「どんな事が出来るんですか?」


(フフ、論より証拠。

 吸着(アドソーブ)はすぐに見せる事が出来るよ。

 やってみせようか?)


「え?

 は……

 はい。

 お願いします」


(じゃあちょっとこっちに来てごらん)


 博嗣(ひろつぐ)は廊下へ向かう。

 手にはゴミ袋が数枚。



 鵜戸(うと)家 廊下



「何スか?

 そのゴミ袋」


吸着(アドソーブ)で使うんだよ。

 まぁ見てて……)


 そう言いながらしゃがみ込み、人差し指で床を抑える。


吸着(アドソーブ)


 博嗣(ひろつぐ)スキル発動。


「ん?

 何か……

 触れた……?」


 踊七の感覚に微かな違和感。


 それは不快なものでは無くただ何かが触れた。

 触れて通り過ぎたと言った感覚。


 だがその違和感の正体を探る暇も無く場は変化する。


 パンッ


 軽く小さな音。

 爆竹の音を何十分の一に小さくした様な。


 そんな音が唐突に響いた。


 次の瞬間、踊七は目を見開いた。

 音に驚いた訳では無い。


 さっきまで無かった。

 博嗣(ひろつぐ)の前は廊下が続いているだけだった筈。


 だが、今は違う。

 何かがある。


 いや、何かが出たと言う表現が正しいか。


 踊七は一歩踏み込んで博嗣(ひろつぐ)の前にある物体を確認。

 それはバレーボール大の球。


 薄灰色の球が床に転がっている。


(踊七くん、これが吸着(アドソーブ)だよ)


「いやいや、だよって言われても。

 笑い事っちゃねぇぐらい訳解んないッスよ。

 その灰色の球は何スか?

 ついさっきまで無かったですよね」


 ガサガサ


 用意したゴミ袋にその灰色の球を入れた。


(これはね。

 埃だよ。

 家中にある埃を一ヶ所に吸着させたんだ。

 いやーこのスキルがあると掃除が楽でねぇ)


 さっきの音は膨大な量の埃が衝突音。


「いやいやいや。

 一か所に集めるったって二階の床とか壁とか隔たりはいっぱいあるじゃないですか。

 素通りして集まったって事ですか?」


(う~ん……

 そこら辺は僕にもよく解らないんだよね。

 まあ魔力が作用してる事だし何かいい感じにやってるんじゃないかな?

 うん、多分そうだよ)


「……笑い事っちゃねぇ……

 じゃあさっき床を押さえてたのは下の埃を押さえてたって事ですか?」


(そう言う事だね。

 これが僕のスキル。

 それでもう一つの血流(ブラッドフロー)は体内の血の流れをコントロール出来るんだよ)


「血の流れ?

 何でそんなものを?」


(これがあると草刈りをしてても腰がちっとも疲れないんだよね。

 どちらも重宝してる)


 博嗣(ひろつぐ)のスキルはどれも家事に使用する。


「……どっちも平和なスキルっスね」


(まぁ今の君からしたらどっちも全然戦えない平和なスキルに見えるだろうね。

 けど、それは僕が平和な使い方しかしてないからだよ。

 吸着(アドソーブ)血流(ブラッドフロ―)も使い方によってはいくらでも戦える。

 それがスキル。

 人によっては道具って例えたりする人もいるけど僕もそうだと思うよ。

 使う人によって便利にもなれば危険にもなる)


 博嗣(ひろつぐ)の言葉に踊七は無言。

 何も発さず和室に戻る。



 鵜戸(うと)家 和室



【おい……

 男……】


 チンチン


 戻るなり空になったボウルを爪で軽く弾いているナナオ。


(は……

 はい、何でしょうか?)


【我はジュウスを所望する……】


 要はもっと飲みたいからおかわりをよこせと言っているのだ。


「おいっ!

 ナナオッ!

 人の家なんだからもうちょっと遠慮しやがれっ!」


【踊七……

 何を訳の分からん事を喚いておる……

 我はこのジュウスとやらが気に入ったのだ……

 もっとよこせ……】


(あぁいいよいいよ。

 まだあるし。

 ちょっと待ってて下さいね)


 そう言って空になったボウルを持って台所へ向かう。

 その間、踊七は考えていた。


 何故、博嗣(ひろつぐ)がスキルを実演して見せたのかをだ。


 多分見せた理由はスキルのジャンルを再考させる為。

 多様性を見せてもう少し考えて見たらと暗に言っている。


 動機は自然現象系が難度も高いし危険もある物騒なスキルだからだろう。

 確かに博嗣(ひろつぐ)の言いたい事も一理ある。


 まずこのまま自然現象系のスキルを複数、創作したとして全スキルを高レベルで維持する事が出来るだろうか?


 おそらく難しい。

 熟練度に偏りが出てしまう。


 偏りが出ると言う事はそこが弱点になると言う事。


 まだ自分は竜を使役して一年。

 経験も実績もまだまだ未熟。


 それは解っている。


 ならば博嗣(ひろつぐ)の言う通り別ジャンルに変更するか?

 …………それは何か嫌だ。


 何か人の言いなりって感じがして気に喰わない。


 野村先生の意見にしても博嗣(ひろつぐ)の意見にしても参考にはするが自分の進路に関しては自分で決めたい。


 それに自然現象系に決めたのは省いて省いて辿り着いた結論でもある。


(はい、どうぞ)


 ドスッ


 そうこう考えている内に博嗣(ひろつぐ)が戻って来た。


 再びボウルいっぱいに注がれたオレンジジュース。

 ナナオの前に置かれる。


【オッ?

 来た来た……】


 ズズッ……

 ズズズズッ……


 待ちわびたと言わんばかりに口を突っ込みオレンジジュースを吸い出すナナオ。


(おまたせ踊七くん。

 で、僕が言いたいのは……)


「解ってますよ。

 別ジャンルのスキルに変えた方が良いって言うんでしょ?

 それに関しては考えますよ。

 それよりもスキルが出来たってどうやって解るんですか?

 それを教えて欲しいです」


(あぁ、それはね……

 まず具体的な効果をイメージするじゃない?

 それと一緒に身体の中にある魔力をイメージするんだよ。

 自分の中にある力を形作るって言うのかな?

 四角でも丸でも何でもいい。

 で、その二つがイメージ出来たら混ぜ合わせるんだよ。

 もちろんイメージ上でね。

 それである程度混ざったかなって思ったらスキルの名を発するか念じる。

 効果が現れたら完成って感じ)


 ???


 それを聞いた踊七はポカンとしている。


(まぁ、そうなるよね。

 うん、解るよ。

 僕も初めて知った時はそんな感じだった。

 まず踊七くんがする事は身体の魔力の形をイメージ出来る様になる事。

 混ぜ合わせるのはその後だね。

 その事を魔力を練るなんて言う人もいるけど、僕もそんな感じで血流(ブラッドフロー)を作ったんだ)


「形をイメージ……

 ねぇ……」


 カリカリ


 さっそく自分の大学ノートに書き込んでいく。


 形。

 魔力の形。


 丸?

 三角?


 それとも四角?


 ナナオの魔力=凄い。

 だとするととても大きい筈。


 等々

 

(フフ、熱心だねぇ。

 僕がスキル創作に関して知ってるのはこれぐらいだよ。

 あと最後に魔力ってのはホントに際限が無いエネルギーだ。

 それこそ何でも出来ると思う。

 僕はこの方法でスキルを創ったけど他にいくらでも方法はあると思うんだ。

 あくまでも僕の意見は参考程度に留めて発想は柔軟にね)


 踊七からしてみるとこのスキルが形にならないと死ぬ可能性もある。

 熱心になって当たり前。


 襲われていると言う話を聞いても、現実感の無いせいか何処か他人事の博嗣(ひろつぐ)であった。


「はい、解りました。

 今日はありがとうございます。

 ホラ、ナナオ。

 帰るぞ」


【ムムッ!?

 我はまだジュウスを飲みたいぞっ!?】


「ンなもん、帰りに買ってやるよ。

 笑い事っちゃねぇ」


【ム……

 ならば良かろう……】


(頑張ってね、踊七くん。

 くれぐれも無茶な事だけはしない様に)


「はい、それでは失礼します」


 こうして踊七とナナオは鵜戸(うと)家を後にする。

 帰る道すがら考える事はやはり新スキルの事。


 ここから踊七は発想を柔軟に飛躍させ、魔法(マジック・メソッド)を編み出す訳だが、現時点ではまだその形すら見えていなかった。


 そして…………



 鵜戸(うと)博嗣(ひろつぐ)とはこれが今生の別れになる等思いもしなかった。



 ドラゴンエラー発生まで後1年と111日。

 暑い初夏の一日。


 続く

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