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第八章 梵踊七 Victims①

 皆さんこんにちは。

 マサラです。


 ドラゴンフライを楽しく読んで頂けてますでしょうか?

 ラストの話の前にいつも通り閑話を挟みたいと思います。


 ……正直迷いました。

 書くかどうか。


 閑話は竜司君が立ち寄った土地のサブキャラの掘り下げって事で設けた企画なんですが……


 もう残るは横浜しか無いんですよね。

 横浜となるとドラゴンエラーの詳細を書かないといけない訳で。


 もうこの段階で鬱……

 とまでは行かなくても悲惨で悲壮な話になる事が決定してしまいます。


 だから正直気が進まない所もあります。


 けど……

 僕が産み出した世界なので僕が責任を取らないと。


 だから頑張って書きたいと思います。

 お付き合い頂けたら幸いです。


 さて、今回の閑話。

 主人公は梵踊七(そよぎようしち)さんです。


 七尾(ロード・セブンス)を使役する竜河岸。

 魔法(マジック・メソッド)の発案者。


 肝の座り方は(げん)以上。


 同世代の竜河岸の中ではトップクラス……

 いや、使役している竜から考えても一番強いんじゃないでしょうか?


 そんな踊七さんの少し昔の話を書いてみたいと思います。

 それではスタート。



 時は2012年夏。


 昨年発生した東日本大震災。


 日本の危機だと世界中が支援を行い目覚しい速度で復旧

 そろそろ街並みが戻り始め、落ち着いてきた辺り。


 場所は横浜市中区北方皇太神宮きたかたこうたいじんぐう

 ここは竜儀の式を行える祭祀施設。


 ミーンミンミンミーン

 ミーンミンミンミーンッッ!


 大量の蝉が命を燃やし尽くさんと大合唱を奏で、天上の太陽が容赦無く日差しを地表にばら撒いている。


 上からの熱。

 地表からの輻射熱。


 熱のダブルパンチで気温は既に35度をマークしていた。


「暑……

 笑い事っちゃねぇ暑さだな……」


 大きな拝殿下の石垣に座る一人の少年。

 ジットリ汗ばんだTシャツを持ち上げ少しでも涼を得ようとしている。


 シャツに染み込んだ汗はネットリと粘性を帯びており身体から離れると糸を引く。

 とにかく気持ち悪い。


(暑いねぇ踊七くん、麦茶でも入れて来ようか?)


 ミーンミンミンミンミーン!


 依然として蝉が暑さの象徴と言わんばかりの大音を発している中、ニコニコと笑顔で声をかける男。


 夏袴を着てはいるが、首筋はしっとりと汗ばみ、持った手拭いで拭き取っている。

 眼鏡をかけたその奥の眼は優しい雰囲気を醸し出す。


 この人物は鵜戸(うと)博嗣(ひろつぐ)

 ここ北方皇太神宮の宮司である。


【オイ博嗣(ひろつぐ)

 テメー俺の主人(マスター)だろ?

 もっとシャンとしやがれシャンと】


(しょうがないじゃないか。

 コータみたいに暑さに強くないんだよ人間って)


 傍に浮いている一人の蛇竜。

 博嗣(ひろつぐ)の使役している竜である。


 鱗は燃える様な赤。

 名をコータと言う。


 竜儀の式を執り行える竜河岸は何故か皆、使役している竜は蛇竜なのだ。


鵜戸(うと)さん、いいッスよ。

 そろそろクソオヤジがアイス買って戻って来るし」


 麦茶の差し入れを断る少年が今回の物語の主人公、梵踊七(そよぎようしち)である。


 満12歳。

 今年中学に入学したばかり。


(おとーさーんっ!

 遊びに行って来るーっ!)


 遠くでブンブン手を振る男の子。

 健康的に焼けた肌は毎日遊び回ってる証拠。


(おーっ!

 何処に行くんだいーっ!?)


(竜ちゃんと本牧公園ーっ!)


 遠くで叫ぶ男の子の手には虫取り網。

 肩からは虫かごをかけている。


 おそらく虫取りに行くのだろう。


 この子は鵜戸(うと)大夢(ひろむ)

 博嗣(ひろつぐ)の息子で小学四年生。


(車に気を付けるんだよーっ!)


(うんっ!

 行って来まーすっっ!)


 返事をした大夢(ひろむ)は子供らしい元気な返事をして駆けて行った。

 ちなみに竜ちゃんと言うのはもちろん竜司の事である。


「……今の息子さんでしょ?

 この暑さの中、元気ッスね。

 やっぱ若いって良いわ。

 笑い事っちゃねぇ」


(……そんな事言っても君とそんなに年は変わらないだろう?)


「何言ってんスか?

 俺、もう今年で13っスよ?

 男なんて中学に上がりゃあもう笑い事っちゃねぇぐらい一人前じゃないっスか」


 この頃の踊七は何かと大人になりたい願望が強い少年だった。

 生き急いだ願望。


 そんな願いを持ったのには訳がある。


(おーいっ!

 踊七―っ!)


 男が階段を上がり拝殿に向かって来る。

 これが踊七の大人になりたい原因。


 この男。

 目撃してまず浮かぶ言葉は胡散臭い。


 ワッサワッサとアイスの入ったビニール袋ごと大振りで両手を振る。


 中国人がかけてそうな正円サングラスを額に載せ、にこやかに声をかける。

 が、眼は笑っていない。


 実に(いぶか)しい。

 清涼感のあるナチュラルな七三分けをしているのが逆に怪し気。


 しかも着ている服はアロハシャツに短パン、草履。

 南国の胡散臭いガイドの様。


(あ、お父さん戻って来たみたいだよ)


「ちっ……

 ようやく帰って来やがったかクソオヤジ……」


 両手を拡げたまま悠々とこちらに寄って来る胡散臭い男。


(おぉーっ!

 我が息子よっ!

 同じ場所でじっと待っているなんて何と行儀の良い子に育ったのだろうっ!

 本当にいい子に育ったなぁっ!

 俺なんかじゃ同じ場所でただ待ってるだけなんて退屈過ぎてぇっ!

 無意味過ぎて絶対に無理だァッ!)


 男はこの絶えず熱射が降り注ぐ夏の日に大声で他愛の無い事を大声で褒め出す。

 胡散臭い上に暑苦しい。


 且つ褒めている様でその実、待っていた踊七を馬鹿にしている様にも聞こえる。


 この男が踊七の父親。

 名を(そよぎ)虚往(こおう)と言う。


「ンな事、どーでもいいんだよ。

 笑い事っちゃねぇ。

 さっさとアイスをよこしやがれ」


 ガサッ


 さっさとアイスにかぶりついて涼を得たいと袋をひったくろうとする踊七。


 ガシッ!


 が、ひったくるより早く。

 虚往(こおう)の右手が踊七の手首を掴む。


(ん~~……

 踊七……?)


 さっきまで仰々しい程大声を張り上げていた虚往(こおう)

 だが、この声はさっきと何か違う。


 さっきまで白い歯を見せて貼り付けた様な笑顔だった顔が一転真顔。

 笑っていない目に倣った様な無表情に様変わり。


「な……

 何だよクソオヤジ」


(このアイスを買ったのは俺の稼いだ金だ。

 お前の金じゃない。

 別にだからと言ってアイスをあげないとかそう言う事じゃ無い。

 ただ……

 人の金で買った物を取ろうとするんなら……

 その前に言う事があるんじゃないのか?)


 グッグッ


 踊七は掴んだ手を振り解こうとするがガッチリ強く掴んだ手は強く離さない。


「……解ったよ……

 買って頂いてありがとうございますっ!」


 礼の台詞を吐き捨てる踊七。


 パッ


 この言葉を聞いた途端手を放す。

 また表情は胡散臭い笑顔に戻る虚往(こおう)


(そうっ!

 それで良いんだよぉっ!

 例え親子でも礼儀ってのはキチンとしないとねぇっ!

 いやー、聞き分けのいい子に育ってくれてオトーサンはウレシイヨォッ!

 ヨヨヨッ!)


 再び大声でおどけた様に泣き真似を見せる虚往(こおう)

 どうにも胡散臭い。


「……はい、鵜戸さん。

 バニラで良い?」


 そんな虚往(こおう)を無視して袋からカップアイスを出して手渡している踊七。


(あ……

 あぁ、ありがとう踊七くん……)


 博嗣(ひろつぐ)は異様な親子のやり取りに唖然としていた。


(オトーサンはチョコバリだかんなぁっ!)


「解ってるよ、オラ」


 ポイ


 アイスを投げ渡す。


 竜を含めた四人。

 アイスを食べながらじっと拝殿の前から動かない。


 何を待っているのか?

 それは本日、北方皇太神宮に来た理由と繋がっている。


「で……

 オヤジ?」


(何だい?

 我が息子よ)


「ヴァキューの奴はいつ帰って来るんだよ」


(ん~~?

 すぐに帰って来ると言ってたんだけどね~

 まぁ久しぶりの故郷だし友達と会って盛り上がってるのかもねっ!

 気長に待とうよっ!)


 ヴァキューと言うのは虚往(こおう)が使役している竜の事。

 現在は踊七の使役する竜を探しに竜界へ戻っている。


「……ちっ……」


 小さく悪態を吐く踊七。


 友達と会って盛り上がっている。


 この言葉を裏付ける根拠が何処にも無いからだ。

 その適当な言葉と風体が相まって虚往(こおう)の胡散臭さに拍車をかけている。


 やり取りを見ていて解る様に踊七はあまり父親を好ましくは思っていない。


 この常に軽薄な態度。

 且つ金が絡んだ時に打って変わって見せる真剣な表情。


 軟派な銭ゲバ。

 抱いている印象を言葉にするとそんな所。


 軽蔑している父親の庇護下にいる自分が許せない。

 だから早く大人になりたいのだ。


 虚往(こおう)にしても踊七に深い愛情は持ち合わせていなかった。


 自分の息子ではあるから最低限の世話はするが、自分を削ってまで何かしようとは思わない。


 それよりかは自分が楽しむ。

 快楽を得る事を優先したい。


 簡単に言うと親としては欠陥。

 落伍者。


 虚往(こおう)と言う人物はそんな男なのだ。

 今日もとっとと踊七に竜を宛がって自分の手のかからない様にしたいだけ。


 そんな虚往(こおう)の職業。

 と言うか肩書はウルトラメディアクリエイター。


 いわゆる虚業家。


 これと言った専門職を持たない。

 何処から得たのか解らない金を大量に持っている。


 言わば息子をあまり息子と思っていない虚往(こおう)と。

 父親をあまり父親と思いたくない踊七。


 こんな親子関係なのだ。


 ミーンッッ!

 ミンミンミンミンミーンッ!


 蝉の音は鳴り止まず。

 耳の中にまで暑さを伝えようとしているかの様。


 夏の北方皇大神宮。

 その拝殿前。


 誰も一言も喋らず、しばらく待っている。

 アイスも既に食べ尽くした。


 と、そこへ……


 ギュオッッ!


 亜空間が開く。

 踊七の目の前に薄暗い穴が現れた。


【はいはーいっ!

 お待たせしましたーっとっ!】


 軽い言葉と共に中から一人の陸竜が顔を出す。

 鱗の色は薄い卵色。


(ヴァキューさん、遅いじゃ無いですかァッ!

 この炎天下で待たされて僕ら渇き死ぬ所でしたよぉっ!)


【いやーっ!

 虚往(こおう)さん、申し訳ありませんっ!

 いやね……

 僕ちゃんがいそいそと竜界に帰った所……

 何とオカーサンがゴホゴホと病に臥せっているではありませんかっ!

 仕方なく僕ちゃんはァッ!

 仕方なくカンビューをしていてですねっ!

 そうっ!

 遅くなったのは仕方なくなんですよぉっ!】


 適当。

 雑な言い訳。


 竜に親子の情なんて存在しない。

 自分を産んだ母親だろうと他の竜と同等に見る。


 それが竜の親子関係。

 病気にかかろうと関係が無い。


 そもそも竜は病気にかからない生物。

 要するに遅れた言い訳を雑に述べているだけなのだ。


 虚往(こおう)にしてもヴァキューにしてもとにかく適当な性格。

 似た者同士。


(そうですかぁっ!

 なら仕方ありませんねぇっ!

 …………あと、ヴァキューさん?

 カンビューじゃ無くて看病ですよ)


 雑な言い訳を受け入れた虚往(こおう)


 だがこれは全く信用していない。

 毛程もヴァキューの言葉を信用していない。


 自分の使役している竜が負けず劣らず軽薄で適当な竜って事を知っているからだ。


【…………ククク……

 相変わらず愉快な奴よな……

 ヴァキュー……】


 別の竜の声。


 何処から?

 亜空間の中からだ。


【マーッ!

 でも皆々様安心して下さいっ!

 時間をかけただけのすんごい竜を連れて来ましたからっ!】


 ヴァキューの軽薄で適当な言葉の後、のそりと一人の翼竜が顔を出す。


 鱗は深い緑。

 角は威厳を示す様に太く立派な物が二本。


 瞳は吸い込まれそうな深い瑠璃色。

 体躯はヴァキューよりも二回り程大きい。


 そして最も特徴的なのは…………


 その尾。

 臀部から七つに分かれている。


 七つの尾を持つ翼竜。

 (ロード)の衆が一角、七尾(ロード・セブンス)である。


(へーっ!

 尻尾が……

 いちにーさんしー……

 七本もある竜なんて珍しいですねーっ!)


 虚往(こおう)もまず興味が行ったのは七つの尾。


 ベチャッッ!


 と、ここで後ろから何か物音がする。

 振り向いた踊七が見た物は地面に落下しているコータだった。


 ブルブル震えている。


(どっ……

 どうしたんですかコータ?)


 博嗣(ひろつぐ)は堪らず声をかける。

 コータが落下する所なんて見た事無いからだ。


【ヒェアッ……!

 ロ……

 七尾(ロード・セブンス)……】


 震えは止まらず。

 返答もせず。


 我を失っているコータ。

 怯えているのだ。


 その様子を見ていた博嗣(ひろつぐ)虚往(こおう)は言葉を失う。

 人間より完全に上位種である竜が怯える所なんて初めて見たから。


【フフフ……

 安心せい小僧……

 我はこんな異郷の地に来てまで力を振るう事はせん……】


【はぁいっ!

 僕ちゃんが連れて来たのは竜界三大勢力からお越しの(ロード)の衆っ!

 七尾(ロード・セブンス)さんでーすっ!】


(ロ……

 (ロード)の衆?

 カッコイイ名前ですが……

 鵜戸さぁん、聞いた事ありますぅ?)


(い……

 いえ……

 私も初耳ですが……)


 竜界事情の情報は各竜河岸によって知識に偏りがある。


 2012年には竜河岸組合は設立済。

 博嗣(ひろつぐ)も属してはいたが基本事が起こらないと会合などは行わない。


 最近あった会合と言うと東日本大震災の復旧支援の為。

 特に竜界の事情は話題に上がらなかった。


 知識としては無い。

 が、二人共この七尾(ロード・セブンス)と言う翼竜から発せられる得体の知れない凄みを感じていた。


 だが、そこへ来て……


「へっ……

 お前が俺の竜か…………

 いいじゃん……

 何か笑い事っちゃねぇぐらい凄そうじゃねぇか」


 踊七は。

 踊七だけは全く物怖じせず堂々と話しかけている。


【ム……?

 そこのちっこいの……

 貴様、我が恐ろしくないのか……?】


「何で初めて見た奴にビビらなきゃならねぇんだ。

 笑い事っちゃねぇ。

 それにこれから俺はお前の主人(マスター)になるんだ。

 ビビってたらそうも行かねぇだろ?」


 堂々と言ってのける少年時代の踊七。

 その姿は既に威風を漂わせている。


【クッ……

 ククク……

 ハーッハッハッハッ!】


 そんな踊七を見て笑い出す七尾(ロード・セブンス)


「何、急に笑いだしてんだよ。

 笑い事っちゃねぇ」


【ククク……

 いや、スマンな。

 こんな脆弱そうで小さな奴がよもや天災とまで呼ばれ恐れられている我にこうも堂々とした態度を取っているのが何とも新鮮でな……

 ククク……

 いやはや無知とはこうも無謀で残酷なものかとな……

 ククク】


「何ごちゃごちゃ言ってやがんだ。

 お前が何処で何と呼ばれてようと俺には関係ねぇんだよ。

 笑い事っちゃねぇ」


【フフフ……

 小さき者よ、そういきり立たんでもよい……

 おい!

 ヴァキューッ!

 確かこの異郷の地に留まるには人間(こやつら)に従わないといけないんだったな?】


【ソォーなんですよォッ!

 何で僕ちゃんらがこんな人間ごときに付き従わないといけないんだってネェ~?

 ヘソでチャをワカシチャイマスヨって感じですよねェ~?】


 このヴァキューと言う竜。

 性格が適当なくせにこう言った日本の諺は割と知識として持っている。


 言葉の意味までは解っていないみたいだが。


【ハッハッハッ……

 何を言っているのか我にはよくわからんぞ……

 本当に愉快な奴だ……】


【マーッ!

 言っても?

 地球(ここ)で勝手に暴れちゃあマザーの衆がやって来て即取り押さえられちゃいますからねェ~?

 それだったら別に付き従ってもいいかな~?

 なんて思いましてネェッ!】


「何ごちゃごちゃ言ってんだ。

 鵜戸さん、とっとと式ってのを済ませてくれよ」


(はっ……

 はい……

 多分この七尾(ロード・セブンス)って竜界でも重鎮じゃ無いのか……?

 こんなのと式なんて執り行っていいんだろうか……?

 ゴニョゴニョ……)


 ガサガサ


 ここで博嗣(ひろつぐ)が白いゴザの様な物を広げ始めた。


 バサッ!


 そのまま地面に敷いた。

 表面には墨で正円が書いている。


 ただそれだけ。


 広げ終わった博嗣(ひろつぐ)は屈んで未だ地面に伏して震えているコータに手を添えた。

 これは魔力補給。


(じゅ……

 準備が出来ました……

 じゃあ、七尾(ロード・セブンス)さん……

 で良いのかな?

 この円の中に入って踊七くんを背に載せて下さい……)


 背に載せる。

 このワードを聞いた途端、明らかに表情が変化する七尾(ロード・セブンス)


【……おい、小僧……】


 ギラッ


 鋭い視線を博嗣(ひろつぐ)に送る。


(こ……

 小僧って僕の事でしょうか?

 一体何でしょう?)


【背に載せんと式とやらは出来んのか……?】


(い……

 いや……

 別にそんな規制はありませんが……

 昔からの習わしとしてですね……)


【……特に縛りが無いのであればそのままやれ……

 我は七尾(ロード・セブンス)……

 他の者を背に載せるなど出来るかァッ!!】


 ブァンッッッ!


 唐突に七尾(ロード・セブンス)から突風が吹き荒れた様な感覚が周囲の人間に伝播。

 これは強者の圧。


 他の生物を背に載せると言う行為にこの上なく屈辱を感じたのだ。


【ヒィッ!】


 震えているコータの悲鳴が響く。

 七尾(ロード・セブンス)の持つ膨大な力の一端を垣間見て恐怖が増したのだ。


(わわっ……!?)


 博嗣(ひろつぐ)虚往(こおう)がバランスを崩す。


 突風が吹き荒れている訳では無い。

 しかし周囲には確実に伝わっている圧。


 だが……


「ふうん……

 お前、笑い事っちゃねぇぐらいスゲェんだな」


 全方位にばら撒かれた大きな強者の圧を全身に浴びても微動だにしない踊七。


 何と言う胆力。

 何と言う度胸。


 これでまだ12歳と言うのだから恐れ入る。


(は……

 ハイィッ!

 わかりましたァッ!)


 博嗣(ひろつぐ)の大声。

 かたやこちらは若干恐れおののいている。


【……ホウ、我の威を浴びても微動だにせぬか……

 小さいなりにやるではないか】


 が、七尾(ロード・セブンス)の興味は既に踊七へ移っていた。


(で……

 では二人共、円の中に入って下さい……)


 言われるままゴザに書かれた正円の中に。

 二人共並んでいる。


(では……

 行います……

 ハァッ!)


 博嗣(ひろつぐ)が力を込める。

 すると正円から蒼白い光が立ち昇った。


 その光は遥か高く。

 瞬く間に伸びて行った。


 何とも幻想的な光景。


 この竜儀の式。

 中身は一体何をやっているのか?


 蒼白い光はもちろん魔力の光。


 博嗣(ひろつぐ)が放った魔力によって形成されたフィールド。

 その中に入った者をある種の浅いトランス状態にする。


 変性意識状態下に置かれた二人の脳に植え付けるのだ。


 自分は七尾(ロード・セブンス)の主だと。

 自分は踊七に付き従うのだと。


 主従関係を植え付ける。


 だが植え付けると言ってもさほど強制力は無い。

 反抗、破棄は容易く可能。


 例えるなら家族と会って家族だと認識する。

 その程度の主従関係。


 状態としてもトランスと言うが特に行動等には影響しない。

 普通に話す事も自在に動く事も可能。


 本人や他人も気付かない程の些細なトランス。

 だがこの状態で相互に植え付けられた薄い認識が重要。


 式を行うと竜からしたら主人の竜河岸はぼんやりとした半身の様な存在となる。

 するとどうなるか?


 その竜から生成される魔力が扱える様になるのだ。

 ただ本作で口を酸っぱく言っているが魔力は猛毒。


 扱えると言っても毒性が薄められるだけで使用限度は存在し、使い過ぎると魔力酔いや魔力汚染を引き起こす。


 竜と人とで主従関係の契りを交わす竜儀の式。

 だが、どちらかと言うと使役する竜の魔力を扱える様にするのが目的と言える。


 そしてもう一つの目的は…………


(さぁ、これで竜儀の式は完了です。

 続いてスキルの授与と解明に移りましょう……)


 自身のスキル。


 竜儀の式を執り行うと各竜河岸には魔力を使った超能力。

 スキルを一つ得る事が出来る。


 魔力を扱える様にするのとスキル。

 この二つが竜儀の式の本来の目的。


 いそいそと社務所の方へ消えて行った博嗣(ひろつぐ)

 スキル関連で必要な道具を持って来るのだ。


「もう終わったのかな?

 笑い事っちゃねぇ」


【フム……

 さして何か変わった訳では無いな……】


「まぁ何にせよこれから俺はお前の主人(マスター)だ。

 よろしくな」


【……小さき者よ……

 まだ我は貴様を見極めてはおらぬ……

 主人(マスター)と言うのであれば我に認めさせてみせよ……】


「へっ……

 笑い事っちゃねぇぐらい上等じゃねぇか。

 いいぜ……

 この俺に付くぐらいだ。

 それぐらいじゃねぇと張り合いがねぇ」


【ククク……

 変わった奴だ……】


(お待たせしました)


 博嗣(ひろつぐ)が持って来たのは白くて大きい布。


 それと瓶子(へいじ)が二本。

 中には神酒が満たされている。


 ■瓶子(へいじ)


 神酒を備える際に使用する白い器。

 様々な色や形が存在するが一般的には白で口縁部が細く(すぼ)まる小さめの器形を言う。


 コトッ


 瓶子を地面に置き、脇に挟んだ白い布を広げ地面に広げた。


「鵜戸さん、何スかこれ?

 さっきの白いゴザみたいなのと違うみたいですけど」


(うん、さっきのは式をする為に必要。

 これはスキルを授与するのに使うんだ。

 じゃあまず使役した竜から魔力を補給してくれるかな?)


「補給ったって…………

 こうかな?」


 ピトッ


 七尾(ロード・セブンス)の鱗に手を添える踊七。


 ドッッッックゥゥゥゥゥンッッ!


「グウゥッッ……!?」


 瞬間、踊七の胸が大きく波打ち身体がくの字に曲がる。


 ドシャァッ……


 そのまま両膝を付いてしまった。


 踊七は今、生まれて初めて魔力を補給。

 例え使役している竜と言えども12歳の未成熟な身体には応える。


 それが七尾(ロード・セブンス)の魔力ともなれば尚更だ。


【クックック……

 どうしたどうした小さき者よ……

 今、我の力に()()()様だがそれで両膝を付いている様なら主人(マスター)と認めさせるのは一体いつになるのやら……】


 両膝を付いた踊七を頭上から勝ち誇った目で見降ろす。

 魔力を補給した筈だが七尾(ロード・セブンス)からすれば爪先でソッと触れたに等しい。


 グアッッ!!


 明らかに見下している爬虫類の顔を見上げ、踊七は立ち上がる。


 身体中に蔓延した巨大な怠さはまだ解消されていない。

 普段であればもうしばらく姿勢は変えない。


 だが立ち上がった踊七。

 使役し始めたばかりなのにナメられてたまるかと立ち上がったのだ。


「うるせぇっ!

 こんなの何ともねぇよっ!

 笑い事っちゃねぇっ!

 それよりも俺は小さき者じゃねぇっ!

 踊七だっ!」


(だ……

 大丈夫かい踊七くん……?)


「問題無いッス!

 さっさと始めて下さいっ!」


(じゃ……

 じゃあこの瓶子を持って。

 僕が合図したら中の御神酒を布に垂らして欲しいんだ)


「わかりました……

 けど、どんな感じで?」


(それは踊七くんの自由で良い。

 御神酒が描く形が君の中にスキルを産んでくれる。

 垂らす時にどんなスキルが良いか考えると良いよ)


「へぇ……

 一体どう言う仕組みなんですか?」


(そこまでは僕も知らない。

 けど、ここを訪れた竜河岸はみんなこうやってスキルを授かるんだよ)


「……何か得体が知れませんね……

 笑い事っちゃねぇ」


(フフ……

 そうだね。

 じゃあ始めるよ)


 ビシュッ


 博嗣(ひろつぐ)が残った瓶子を勢い良く振る。

 中の神酒が布に零れ、線となり図形を描いて行く。


 その形は何とも不思議で幾何学模様の様にも見えればシンメトリではなくアシンメトリーの様にも見える。


 博嗣(ひろつぐ)は器用に親指で瓶子の口を要所要所で塞ぎながらどんどん図形を描いて行く。


(今だっ!)


 博嗣(ひろつぐ)が声を上げた。

 無言で神酒を垂らし始める踊七。


 やがて……


(うん……

 解った。

 もう良いよ)


 踊七のスキルが判明した。


「俺のスキルってどんなのっスか?」


(君のは範囲収集スキルだね。

 一定範囲にいる対象の情報がすぐに解る様になるみたいだよ)


「へぇ……

 なるほどな……」


 考えていたのは得体の知れないものを知れる様になりたいと言う願望。

 踊七は得体の知れないものを嫌う。


 得体の知れないものは一体自分にどう言う作用をもたらすか解らないからだ。

 それが動く物なら尚更気味が悪い。


 ちなみに踊七は家庭にある電化製品の仕組みを粗方把握している。

 これは踊七の趣味みたいなもの。


 後にこのスキルは他の竜河岸能力を把握出来る様カスタマイズされ、掠奪速読(スキミング)と名付けられる。


「鵜戸さん、今体温が37度ぐらいになってるッスね」


 踊七が初めて掠奪速読(スキミング)を使用。

 最初は範囲内の人間のバイタル情報を把握するスキルだった。


(この暑さだからね。

 湿度も高いから汗も蒸発しないし、それぐらいになってるかもね。

 ……それって今スキルを使って解ったのかい?)


「はい。多分そうだと思います」


(おーっ!

 素晴らしいスキルだっ!

 これを上手く使えば相手がウソをついているかとかも解るかも知れないねっ!

 我が息子らしい素敵な()()()スキルじゃあないかっ!)


 ここで虚往(こおう)が大声で賛辞を送る。

 が、褒めている様で褒めていない。


 虚往(こおう)は自分の息子を愛してはいない。

 向けられた発言も適当そのもの。


「…………アリガトウゴザイマスッッ!

 くそ親父ッッ!」


 半ばヤケクソで礼を吐き捨てる踊七。


 発言が全て適当と言う事も解っている。

 真剣に話すのは金が絡んだ時だけ。


 踊七はそんな父親が嫌いなのだ。


(さぁ、用は済んだッッ!

 じゃあ帰ろうじゃ無いかっ!

 鵜戸さんっ!

 ありがとうございましたぁっ!

 この御恩はいつか精神的にお返ししますのでっ!)


(は……

 はぁ……

 まあ別に何もいらないですけどね)


 こうして北方皇大神宮を後にする四人。

 その帰り道。


 お互い口を開かず。

 何も話さず。


 踊七と七尾(ロード・セブンス)虚往(こおう)とヴァキューの後ろをただ歩いている。


 虚往(こおう)は竜儀の式がどうだったか等を聞きもしない。

 踊七もこれから自分がどんな竜河岸になりたいか等を話したりもしない。


 お互いの距離は近い。

 が、遠い。


 二人の間は果てしなく遠い。

 これが(そよぎ)家の親子関係。


 蝉の声がやかましい真夏の昼下がりに無言で歩く四人。


(我が息子よっっ!

 父はこれから用があるっっ!

 またしばらく留守にするが寂しくないぞっ!

 留守の間は花山院(かさんのいん)さんに頼んであるからっ!)


 そんな中、唐突に虚往(こおう)が口を開く。

 どうやら今から出掛けるらしい。


「また得体の知れない仕事かよ。

 別にいつもの事だから寂しくなんかねぇよ。

 笑い事っちゃねぇ」


 話を聞いた踊七はまたいつもの仕事と判断。


(じゃーねぇーっ!

 なるべくっ!

 なるべーくっ!

 早く帰って来るからっ!

 それまで生きていろよっ!

 我が息子よっ!)


 虚往(こおう)はヴァキューを連れて何処かへ去って行った。

 台詞はいつもの通りなのだが何処か急いでいる様。


 これで踊七の竜儀の式は完了。



 そして踊七と虚往(こおう)が再会するのは今日から十数年先となる。



 ヴァキューに至っては今生の別れ。

 これ以降、一度も踊七に会う事無く竜界に帰還する事となる。


 虚往(こおう)は別に仕事とは言っていない。

 用があると言っただけ。


 特に仕事では無いのだ。

 じゃあ用とは一体何なのか?


 それは…………



 何も無いのだ。



 別にこの後予定がある訳では無い。

 なら何故用があるなどとウソを吐いたのか?


 虚往(こおう)は恐れていたのだ。


 踊七の使役した竜。

 七尾(ロード・セブンス)を。


 外見では解らない。

 虚業家と言う仕事上、ウソの仮面を貼り付ける事には慣れている。


 内面の恐れを外に出さない事ぐらい容易い。

 発言や振る舞いは普段と変わらない。


 だが、内心七尾(ロード・セブンス)の強大さにビクついていた。

 血の繋がった我が子を見捨てる程。


 そう、虚往(こおう)は踊七を見捨てたのだ。


 金輪際、踊七とは関わり合いたくない。

 関わるとどんな事が起きるか見当もつかないと尻尾を撒いたのだ。


 この程度。

 虚往(こおう)が持っている親子の情なんてこんなもの。


 何処までも自分優先。

 身を挺してなんて言葉は虚往(こおう)の中には無い。


 ちなみに踊七を産んだ母親はとっくの昔に離婚している。

 その後も再婚を繰り返している虚往(こおう)


 バツは付きも付いたりバツ5である。


 そんな適当でだらしの無い父親の元で育った踊七。

 結果、自立心は想像以上に育っていた。


 育ち過ぎて親に甘えるなんて事を知らずに小学生まで終えてしまっていた。


 虚往(こおう)はこのまま半ば蒸発状態。

 こうして踊七は天涯孤独の身となる。


 本編の踊七は虚往(こおう)からのメールを数通受け取っている。

 現在はゲーム制作のしているとの事。


 虚往(こおう)七尾(ロード・セブンス)を恐れて離れた事実は本編の踊七も知らない。

 後日、夕方に魔力補給のトレーニングを終えて帰宅した踊七。


 見るとリビングのテーブルに何か置いてある。

 巨大なアタッシュケースと古びた大学ノート。


 ケースの中身は現金一億円。

 大学ノートの内容は魔力の扱い方が書かれていた。


 これは虚往(こおう)が使用していたメモ書き。

 魔力注入(インジェクト)使用のコツまで書いてある。


―――

 愛しの我が子よ。

 すまないが父は当分、戻れそうも無い。

 ただ心配するな。

 喰うに困らないだけの金と父が使っていた魔力マル秘必勝メモを置いて行く。

 これを読んで立派な竜河岸になってくれたまえ。

 父に会えなくて寂しいかも知れない。

 が、しかし。

 どれだけ遠く離れていても心は繋がっているよ。

 それじゃあそう言う事で。

――― 


 内容からゆんゆんと溢れる適当感。

 虚往(こおう)から送られてきたメールである。


 しかし、踊七がこれに気付くのは金とノートを目撃して大分後となる。


 何故か?


 それは虚往(こおう)が送ったのはPCだったから。

 この頃はさしてPCに興味を持っておらず、起動するのは稀だった為である。


 テーブルに置かれたさも怪しいアタッシュケースを開いて……

 

「そう言う事かよ……

 笑い事っちゃねぇ、あのクソオヤジ……」


 中身を見て凡その事情は察したのだ。


 この金で適当に生きろと。

 あの嫌悪している父親はそう言っているのだ。


 アタッシュケースに詰め込まれた大量の無機質な万札。

 そこから感じられる愛情は塵芥も無い。


 これだけ金を置いて行ったと言う事は当分帰って来ない。

 もしかして一生会えない可能性もある。


 が、踊七はさして気にしていなかった。


 父親の事は信用していない。

 常に自分をほったらかして自分が楽しむ事だけを優先している。


 家を空ける事も珍しい事では無い。

 日常茶飯事。


 が、今回はいつもと違い、大量の金を置いて行っていた。

 その点は少し戸惑いはしたが、すぐに頭を切り替えた。


 まず、一億円もの現金を家に置いておくのは危険。


 ならば、どうする?

 とりあえず自分の口座に預けるか?


 しかし、自分は中学一年生。

 一億もの大金をそのまま銀行に持って行って騒がれても面倒だ。


 ならドラマとかである様に床下に閉まっておくか?


 いや紙幣だから虫が湧いたり、穴が開いたりしないだろうか?

 やはり、一番良いのは口座に預ける事。


 しかしネックとなるのは年齢。

 さて、どうしようか?


 これが大金を置いて蒸発した父親を悟った直後の12歳少年の思考。


 普通であれば泣きはらしたり父親を恨んで非行に走るもの。

 それか大金を手にし、幼く拙い欲望を満たす為、豪遊する。


 もしくは呆けて思考停止。


 だが、踊七は違う。


 泣いても恨んでも時間と労力の無駄。

 それよりかはこれからどうするかを考えた方が幾分かマシだ。


 こう言った思考になるのである。


 大金が何故置かれていたのかをすぐに察知。

 即座に現在の自分でやれる事を模索し始めている。


 正直異常である。

 超放任主義の元で急激に育まれた自立心が生み出した結果。


 虚往(こおう)の素行についてはもはや諦めていた。


 父親(こいつ)はこう言う男なのだと。

 踊七に出来る事と言うと反面教師にする。


 それぐらいなのである。


「……しゃあねぇ、正成(まさしげ)おじさんに相談してみるか」


 今、呟いた正成まさしげとは隣に住む花山院(かさんのいん)家の家長。

 花山院正成かさんのいんまさしげの事。


 横浜地方検察庁に努める検事。

 正義感が強く立派な人格者。


 眠夢ねむの父親である。


 隣の花山院かさんのいん家とは長年懇意にしてもらっており、虚往(こおう)が不在の時などはよく世話になっていた。


 眠夢の両親に関しては虚往(こおう)なんかよりよっぽど信頼している。


 特に正成(まさしげ)には父親に似た感情も抱いており、間違った振る舞いを諫めてもらった時も素直に従う。


 隣のおじさんには事情を正直に話そう。

 正成まさしげであれば金に目が眩んだりはしない。


 そう信じていた。


 ペラ


 金の事はとりあえず決まった。

 続いては大学ノートを捲ってみる。


 まず目についたのは裏表紙。

 そこには……



 イメージせよ!



 と、大きく太字で書き殴られた言葉。

 その大きさ、線から発せられる物々しさ。


 一体どう言う状況で書かれたのか想像がつかない。

 

 異常な裏表紙の隣。

 第一ページ目。


 想像しろ!

 想像して創造しろ!


 これもまた裏表紙と同種の線で書き殴られている。

 そこから……


 イメージ!

 何をするにしてもイメージして行動しろ!


 想像力が力になる!

 魔力とはそういうもの! 


 まるで自分に言い聞かせる様に。


 自分の心に深く。

 深く刻みつけているかの様な文体。


「……笑い事っちゃねぇな……」


 鬼気迫る字から発せられる雰囲気に呑まれ、思わず呟いてしまう踊七。


 一体このノートを作成している時、虚往(こおう)はどう言う状態だったのか?

 想像もつかない。


 ペラ


 更にページを捲る。

 次からは魔力補給のコツや使用時の注意点などがビッシリと書いてあった。


「……へぇ……

 ん?

 何か感じが変わっ……

 ……魔力注入(インジェクト)……?」


 更に流して読み進めると文章構成が変化。

 そこには魔力注入(インジェクト)について詳しく記述されていた。


 竜河岸の技術と言うのは基本的に文献などで残してはいない。

 口伝のみ。


 これは日本だけでは無く世界共通認識としてそうなっている。

 魔力と言う代物が()()()()()()()()()なのかが解っていないからだ。


 書物に残して不用意な者、不注意な者、悪意のある者などが読んでしまうと大惨事を起こしかねない。


 そう言った理由で技術を教える側は文献で残す事を避けたのだ。


 それ以外には魔力等と言うとんでもないものを扱える様になった為、誰にも教えたくないと言う独占欲の強い者。


 自分だけが強ければそれで良いと言う利己的な者等も存在する為、魔力に関する文献は基本無い。


 だが、これは言わば公式。

 非公式となると話は別。


 物覚えが悪い者等が教わった事、成功した時の所感やコツ等をノートやメモに残すケースは稀にある。


 例として挙げるならばヒビキが竜司に渡した魔力注入(インジェクト)ノートの様なもの。


「ふんふん……

 なるほどな……

 魔力ってこんな事も出来るのか……」


 パタン


 とりあえず大学ノートを閉じる踊七。


 父親が残して行ったもの。

 それは理解した。


「おい、ナナオ。

 亜空間を出してくれ…………

 …………おっもっ!」


 金を格納しようとアタッシュケースを持ち上げる。

 が、ビクともしない。


 一億円の重さは10キロ。

 これにアタッシュケースの重さも加わると相当な重量。


 とても12歳の素の筋力では持ち上がらない。


【ククク……

 どうした踊七?

 我は亜空間をもう開いたぞ?

 その銀色の四角を格納したいのでは無いのか……?】


 ピクリとも動かないアタッシュケースと踊七を見つめ嘲笑を浮かべる七尾(ロード・セブンス)


「うるせぇっ!

 ……ぜぃっ……

 ぜいっ……

 あ、そうか。

 何も本物を持って行く必要は無いのか……」


 アタッシュケースを持ち上げる事は諦めた踊七。

 続いてスマホを取り出し、撮影モードに切り替える。


 カシャッ


 まずはアタッシュケースの写真を撮る。


 ガチャ


 続いてアタッシュケースを開け、敷き詰められた札束を写真に収めて行く。

 正成(まさしげ)には写メで説明しようと言うのだ。


「ナナオ、俺は今から隣に行って来る。

 夕飯も一緒に食って来るけどお前はどうする?」


 お気付きの方もおられるかも知れないが踊七は既に七尾(ロード・セブンス)の事をナナオと名付けている。


 本人から特に異議を唱える事が無かった為、そのまま採用。


 七尾(ロード・セブンス)からすればどう呼ばれようと自身の強大な力に変わりは無い。

 名前などどうでもいいのだ。


【特に興味は湧かぬな……】


「お前、そんな事言って地球(こっち)に来て何も食ってねぇじゃねぇか。

 竜ってのは一体どうなってやがんだ?」


 ナナオが地球(こちら)に来て既に一ヶ月以上経っている。

 ()()()()()()()()()その間、何も口にしてはいない。


【クッテと言うのは踊七や人間共がよくやっている物を口に入れている所作の事であろ……?

 その様な事を竜はせぬ……】


「……冗談だろ?

 一体どうやって栄養を摂ってんだ?」


 ここで踊七は竜が体内で生成している魔力が栄養になっている事を知る。


「……マジか……?

 じゃあ何か?

 (お前ら)ってもしかして死なねぇのか……?」


【いや……

 そう言う訳では無い……

 体内の魔力生成器官に寿命が来れば竜でも朽ちる……】


「……その魔力生成器官ってのは一体どれぐらい持つものなんだ?」


【それは竜によって大きく変わる……

 長ければ1万年……

 短ければ数日と言う竜もいる……】


「何でそんなバラつきがあるんだよ。

 数日ってのは何なんだ?」


【何だとは何だ……?

 ただ竜が争いに敗れて消滅するだけだが……?】


「何だそりゃ……?

 笑い事っちゃねぇ……

 まぁいいや。

 今日はついてこい。

 俺が人間の食事ってのを教えてやる。

 おばさんの作るメシは笑い事っちゃねぇぐらい美味ぇんだ。

 お前も人間みてぇに口を使って食えばメシってのがどれだけ素晴らしい物か解るよ」


【……フム……

 確かに人間共が何故こうもメシと言うものを口に入れてるかは……

 ほのかに興味はある……

 か……】


「決まりだ。

 じゃあ行くぞ、ついて来い」


 踊七とナナオは隣の花山院(かさんのいん)家に向かう。

 とりあえずノート内容の実践は後回し。


 時刻は午後18時半を回り、辺りは既に夕闇から夜闇に変化しつつあった。



 花山院(かさんのいん)家。



 ピンポーン


 ガチャ


 すぐに玄関のドアが開いた。


「あ、踊ちゃ……

 どわぁっ!?」


 眠夢が暗がりに浮かぶ大きな爬虫類の顔を見て驚き、声を上げる。


「何だ眠夢、どうしたんだ?

 急に笑い事っちゃねぇ声出して……

 あ、そうか。

 お前、ナナオを見た事が無かったんだったな。

 紹介するぜ。

 こいつが俺の使役している竜、ナナオだ。

 そんなアブねぇ奴じゃねぇぜ」


「あービックリした……」


【フム……

 小さき者よ……

 よろしく頼む……】


 ペコリ


 ナナオは頭を垂れた。


「ハハッ、何だお前。

 そんな事も出来るんじゃねぇか」


【何……

 この前、人間が同じ様な所作をしているのを見かけてな……

 興味が出てそのまま見ていたらその行動は相手に敬意を払っていると言うのが解り、敬意を示すのに手軽だと感心してな……

 さっそくやってみようと思ったのだ……】


「ま……

 まぁ人間の礼儀に興味が出たってのは良いが手軽って言うな手軽って。

 笑い事っちゃねぇ」


「ね……

 ねぇ踊ちゃん……

 このナナオ……

 さん?

 何言ってるの?」


「ん?

 あぁ、よろしく頼むって言ってるよ」


「へ……

 へぇ……

 よ……

 宜しくお願いします」


 何とか笑顔は作れたが若干引きつっている。

 これだけ竜を間近で見たのは初めてなのだ。


 とりあえず踊七達は家に上がる。


(眠夢~~っ!

 踊ちゃん~っ?)


 奥から女性の声。

 大きいが妙に語尾が間延びしている。


「うんーっ!

 あと踊ちゃんの竜も一緒ーっ!」


 負けじと大声で返答する眠夢。


 お気づきの読者のおられるかも知れないがこの頃の眠夢はどちらかと言うと活発側。


 本編の様な超絶おっとりした人格では無い。

 至って普通の12歳。


 踊七とは小学生低学年の頃からの幼馴染。



 花山院(かさんのいん)家リビング。



(あらあら~~

 これは大きなお客様ねぇ~~)


 ニコニコとナナオを笑顔で見上げるその女性。

 名を花山院(かさんのいん)愛音あいね


 眠夢の母親である。


「こんばんは愛音(あいね)おばさん。

 コイツはナナオ。

 んで悪いんだけどナナオの夕飯も用意出来ねぇかな?

 人間のメシが笑い事っちゃねぇぐらい美味ぇって事を教えてやりてぇんだよ」


(あらマァ~~

 ねぇねぇ~マサちゃん~?

 こーゆーのってぇ~~

 イブンカコーリューって言うんだよねェ~~?)


(フフ、そうだね。

 竜の場合は異文化と言うか異生物交流になるのかな?

 こんばんは踊七くん。

 それにしても立派な竜を使役したねぇ)


 微笑みながらソファーから立ち上がる男性。

 ナナオを見ても恐れる事は無く、平然としている。


 この男が花山院(かさんのいん)正成(まさしげ)

 眠夢の父親である。


「フフン、そうでしょ?

 なんせ俺が使役する竜だぜ?

 これぐらい立派じゃ無いとなっ!」


 自慢気な踊七。


【ククク……

 人間とは他の威を借りるのが余程好きと見える……

 我が如何に凄かろうとも己の小ささは変わらんと言うのに……】


 そんな踊七にナナオがちくりと皮肉。


「ナナオ、うっせぇっ!」


(ハッハッハ。

 僕達には何を言ってるか解らないけど、その様子じゃ着実に仲良くなってるみたいだね)


(ウフフ~、オバさんにはギャースギャースにしか聞こえないのに踊ちゃんにはちゃんと解るのよねぇ~

 凄く不思議ねぇ~~)


 花山院(かさんのいん)夫婦が一般人にも関わらず竜を全く恐れていないのには理由がある。

 正成(まさしげ)は検事と言う職業柄、竜と接する機会が多い為。


 もちろん悪意としか言いようの無い感情を溢れさせている竜も存在する事は知っている。


 だが、優しい竜が居る事も良く知っている。

 そう言う部分では人間も竜も変わりない。


 ただ言葉が解らない。

 形が違うと言うだけで避けるのはナンセンス。


 これが正成(まさしげ)が出した結論。

 愛音(あいね)の方は基本動じないほのぼのとした性格なだけである。


(ハッハッハッ。

 同じ様な事を虚往(こおう)さんのヴァキューを見ても言ってたねぇ。

 全くアイちゃんは忘れんぼだなぁ)


 そしてこの二人。

 未だにマサちゃんアイちゃんと呼び合う絵に書いた様なおしどり夫婦なのだ。


(ム~~、そんな事無いも~ん。

 ヴァキューちゃんも覚えてるも~ん。

 毎回ビックリするだけだも~ん)


(ハッハ、ごめんごめん。

 じゃあ踊七くん、ナナオくんは今日が食事を初めてするって事かな?)


「はい、そうです。

 ナナオ(こいつ)ってこっちに来てから何も食ってねぇんだ」


「え?

 踊ちゃん、何それ?

 何にも食べずに平気なの?

 竜ってどうなってんの?」


 踊七と同じ所に疑問が浮かぶ眠夢。


 これは同い年だからか。

 はたまた幼馴染だからか。


「何か知らねぇんだけど竜は身体で栄養作ってっから平気なんだと。

 笑い事っちゃねぇ」


(そう言う竜の生態に関してはある程度中学校で習う筈だよ。

 それにしてもアイちゃん?

 竜にしても人間にしても第一印象ってのは物凄く重要だ。

 その腕を振るって見事ナナオくんを感動させてくれよ)


(んっふっふ~~

 ま~かせて~~

 頑張って作っちゃうから~~

 みんなはもうちょっと待っててね~~)


(あぁ、いいよ。

 頑張ってね)


「俺も別に構わないです」


「えー、私お腹空いているのにー。

 早く食べたい」


 眠夢だけがブーたれて不満を呈している。


(だ~め~

 ご飯はみんなで食べるのが一番美味しいんだから~~

 私達だけ先に食べちゃったらナナオちゃんが可哀想でしょ~?

 すぐに作るから待ってなさい~~

 みんな揃っていただきますだよ~~)


「はぁい」


 チクリ


 そんな眠夢と愛音(あいね)のやり取りを見ていて軽く胸が痛む踊七。

 みんなで食べるのが一番美味しい。


 このワードが心を軽く刺したのだ。


 自分の家庭を(かえり)みるとそんな風景が数える程しか無い。

 しかもこの一家が造る暖かく何とも居心地の良い空気とは真逆。


 虚往(こおう)と食事を共にする機会があっても貼り付けた笑顔はそのままで無言で食べる。


 しかも食事は出前やコンビニ飯。

 金を出しているのが虚往(こおう)なだけあって不満を口にも出来ない。


 イメージして欲しい。


 乾いた笑みを浮かべたまま無言で食べる大人と。

 向かいに座り、黙ったまま無表情で食べる子供の食事風景を。


 本当に異様な空間となる。


 時々ロクに話した事も無い何処の誰かもよく解らない女性も共にしていた事もある。


 その時に虚往(こおう)が話すのは女性のみ。

 踊七には一瞥もしない。


 本当に非行に走らないのが不思議な生活環境。

 これはひとえに花山院(かさんのいん)家のお陰。


 踊七は花山院(かさんのいん)家の人達を羨ましくも思いつつ多大な感謝もしていた。

 

 隣に住んでいる。

 ただそれだけで赤の他人の自分をこの暖かい空気に入れてくれたのだから。


「あ、そうだ。

 おじさん、ちょっと相談したい事があるんですけど」


(ん?

 何だい?)


「えっと……

 何から話していいか……

 とりあえず親父がまたどっかにいきました」


(ハハ……

 まぁあの人は忙しいからねぇ。

 でもまあ良いじゃ無いか。

 ウチで良ければいつでも来てくれて良いし)


「いや……

 今回はちょっといつもと違いまして……

 ……これを見て欲しいんです」


 そう言ってスマホを取り出し、画面を見せる踊七。


(ん……?

 写真……?)


 ディスプレイに映し出されたアタッシュケースの写真を見た途端、正成(まさしげ)の目付きが少し変わる。


(…………踊七くん……

 これは何だい?)


 スライドした次の写真を目撃した瞬間、先程までのにこやかで温かい空気が鳴りを潜める。


 無理も無い。

 映っていたのは大量の札束。


 一介の中学生が写真に収めて良いものでは無い。


「ん?

 何々?

 踊ちゃん、何見せてるの?

 …………うわっ!

 すっごいお金!?

 これどうしたの!?

 ま……

 まさかっ!?

 竜を使って銀行強盗ッッ!?」


 見た事も無い程大量の万札を見て眠夢の発想が少々飛躍し過ぎる。


「馬鹿野郎、俺がそんな事するかよ。

 全く笑い事っちゃねぇ。

 えっと……

 おじさん、見ての通りです……

 親父が置いてったんだと思います。

 ……だから当分帰らねぇんじゃねぇかなって」


(…………フゥ……

 踊七くん、君は凄いね……

 頭が良い……

 いや、察しが良いのかな?)


 正成(まさしげ)も大量の万札が踊七の父親が置いて行ったものだと聞き、当座の生活費だと察した。


 そして当分帰らないと言う踊七の発言から同じ理解だと気付いた。

 軽い賛辞を送っているが最初の溜息は踊七の末恐ろしさに驚嘆を抱いているのか。


「まぁ、あんなクソオヤジと一緒に暮らしてますからね」


 はたまた12歳とは思えぬ肝の座り方を持ってしまった踊七の境遇からか。

 それは解らない。


(で、この札束を踊七くんはどうするつもりなんだい?)


「えっと……

 とりあえず現金をそのまま家に置いてるって言うのは危険だと思うんで俺の口座に入れておこうかなって。

 それで出来れば預ける時に付き添って欲しいなって思いまして」


(なるほどね。

 良いよ付き合おう。

 建前は踊七くんが僕の親戚でお爺ちゃんの遺産を相続したって体で行こうか?)


「……何かすいません。

 ご迷惑をかけて」


 ペコリと頭を下げる踊七。


(いやいや、別に気にしないでくれ。

 別に親戚の話は聞かれないかも知れないしね)


「踊ちゃん、一攫千金だね。

 ねぇねぇ一体いくらあんのこれ」


「数えたら全部で一億……

 って何言わせんだ眠夢っ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


 確かに現金一億と言うのは笑い事では済まない額だ。


(はいは~いっ!

 ナナオちゃんのゴハンが出来ましたよ~~)


「おっ?

 おばさん出来たのかっ?

 んで何作ったんだ?」


(ムフフフ~~ン、それはねぇ……

 特製カレーナノデスッ!)


「カ……

 カレーっスか?」


 カレーと言う庶民的な料理だった為、少し残念と戸惑いを隠せない踊七。

 先程のやり取りからもっとご馳走が出て来ると思っていた。


(あ~~踊ちゃん、カレーをナメてますなぁ~~?

 どう思われますか~?

 眠夢氏~~?)


「そうですなぁ。

 愛音(あいね)氏が造る絶品カレーの味を甘く見ておりますなぁ。

 ウフフ」


 悪戯っぽく囃し立てる二人。


「ぜ……

 絶品カレー……?

 確かにおばさんのカレーは美味いですけど、何かいつもと違うんスか?」


(ウフフ、そうナノダヨ踊七くん~~

 ベースとなるカレーは昨日作って寝かせたもの~~

 それにマサちゃんが買って来た良い牛肉をビールで煮込んだものを足しておるのだゾエ~~)


「あっママッ!

 パパが買って来た牛肉使っちゃったのっっ!?

 私も食べたかったのにぃーっ!」


(安心したまえ娘よ~~、ホントにいっぱい買って来たからまだあるゾヨ~~)


「ホッ……

 良かったァ」


 クン


 踊七達三人がほのぼのしたやり取りをしている最中、ナナオが鼻を鳴らす。


【……ムウ……

 何やら……

 得も言われぬ匂いが……】


 リビングに充満するスパイシーなカレーの香りにさしもの七尾(ロード・セブンス)も反応する。


「おっ?

 さすがのお前でも笑い事っちゃねぇカレーの匂いには反応するんだな」


【……そのカレエと言うのがこの匂いの正体か……?

 フム……

 匂いの元には興味がある……】


(踊ちゃん、ナナオちゃんなんて~~?)


「あぁ、こいつカレーに興味があるってよ」


 ポン


 優しく柏手を打つ愛音(あいね)


(じゃあ~

 ゴハンにしましょう~~

 マサちゃんはお味噌汁入れて~~

 眠夢はゴハンの準備~~

 メインのおかずとナナオちゃんのカレーは私が受け持ちます~~

 踊ちゃんは配膳係ね~~

 じゃあみんな~~

 やぁっておしまい~~)


(よしきた)


「うん、わかった。

 ようやく晩御飯食べれるわ」


「おばさん、今日のメニューは何?」


(豚の生姜焼きだよ~~)


「やったっ!

 おばさんの生姜焼き大好きっ!」


(フフ。

 そう言う所を見ると年相応の少年なんだけどねぇ)


 踊七が見せる少年らしい反応に少し安心した正成(まさしげ)

 こうして着々と夕飯の準備が整う。


 ■メニュー


 花山院(かさんのいん)一家と踊七。


 豚の生姜焼き。

 生野菜。

 トマトの味噌汁。

 漬物。

 ご飯。


 ナナオ。


 カレー大盛。


 夕飯開始。


【前に置かれたこの茶褐色の液体と……

 この細かい白いのは何だ……?】


 初めて見るカレーライスに戸惑いを隠せないナナオ。


「モグモグ……

 やっぱおばさんの生姜焼きうんめぇ~……

 ってその茶色いのがさっき匂ってた奴だよ。

 匂いで解るだろ?

 そんでその白いのは米ってんだ。

 米と茶色いのを一緒に口に入れんだよ」


【ムウ……

 何とも面倒な……】


 ガブッ!


 ナナオが床に置かれたカレーライスにかぶりついた。


 モグモグ


 周りに倣って口を動かし始めた。


 クワッ!


 急に眼を見開いたナナオ。


【ムウ……

 こ……

 これは数千年生きて来て初めての体験だ……

 そうか……

 口の中にある長い物はこの快感を味わう為にあったのか……】


「へっ……

 うめぇか?

 俺達人間が飯を大事にすんのも解んだろ?

 ……ってお前、何千年も生きてる癖に舌を使ったの初めてかよ。

 笑い事っちゃねぇ」


【我らの身体は昔の名残で残ってる部分も多いからな……

 ……しかし……】


 食べていた口が止まる。


「ん?

 ナナオ、どうした?」


【これは匂いが足りんな……

 このカレエと言う物はこの匂いが魅力であろ……?

 こんな薄い匂いでは我の心は動かせんな……】


(ん~~~?

 踊ちゃん~~?

 ナナオちゃん、何か言ってる~~?)


「……えっと……

 匂いが弱いってさ。

 カレー自体は気に入ったみたいなんだけど……」


(何~~~っ?

 だったら~~……)


 パタパタ


 箸を置いた愛音(あいね)はパタパタと忙しなくキッチンへ。


(これでどぉだぁ~~っ!)


 ドスンッッ!


 カレーが満たされた大鍋ごと持って来た愛音(あいね)

 リビングに充満していたカレー臭が更に強まる。


 ピクッ


 匂いに反応したのか長い首を持ち上げるナナオ。


【ムウ……

 なるほど……

 これだけあれば確かに魅力的だな……

 では……】


 ガブッ


 大鍋の中に口を突っ込む。


 ズズッ……

 ズズズズズッ……


 カレーを啜る音がリビングに響く。


「うわ……

 竜ってゴハン無しでカレー食っちゃうの……?」


 余りに豪快で極端な食べっぷりに若干ひいている眠夢。


 ズズッ……

 ズズズズッッ……


【プハーッ!

 何とも心を弾ませる匂いよっ!

 これはいいなっ!】


 ピッ!

 ピッ!


 ナナオは勢いよく口を持ち上げた。

 周囲にカレーの雫が散らばる。


 長い口はベットリと茶色に染まり、まるで赤ん坊が食べた後か趣味の悪い化粧。


「うわっ!

 汚ねぇっ!

 オイッ!

 ナナオッ!

 感動するのはいいが、もっと静かに食いやがれっ!

 笑い事っちゃねぇっ!」


【???

 踊七よ……

 何を喚き散らしているのだ?】


(あらあら~~、いいじゃない踊ちゃん。

 それだけ私のカレーに感動したって事でしょ~~?

 布巾布巾~~)


 パタパタ


 ニコニコ満面の笑みでキッチンに布巾を取りに行く愛音(あいね)

 カレーを気に入られたのがそれ程嬉しかったのだろう。


「全く……

 ナナオ(お前)、確か竜界じゃ(ロード)の衆とか言う偉い竜なんだろ?

 カレー塗れでみっともなくねぇのか?

 笑い事っちゃねぇ」


【人間の美意識を竜に押し付けられてもな……

 しかし……

 何とも心が(はや)る……

 これを作っただけでも人間には価値があるな……】


 ベロベロ


 カレーが吸い尽くされ、空になった鍋の内側をペロペロ舐めているナナオ。

 何ともカッコいい台詞とやっている事がアンバランス。


(ロード)の衆?

 踊七くん、それは何だい?)


「何か強い竜の集まりらしいっスよ。

 そんなのが何か三つあってとりあえず竜界は落ち着いているって言ってました」


(へぇ……

 そう言うのってマザーの衆と王の衆だけだと思ってたのにもう一つあったんだね。

 ん……?

 って事はナナオくんは高位の竜(ハイドラゴン)かいっ!?)


「そうなんスか?

 そこら辺は良く知らないです」


【そこの男の言う通りだ……

 我は高位の竜(ハイドラゴン)ぞ……】


「その高位の竜(ハイドラゴン)と普通の竜って何が違うんだよ?」


【……フム……

 ……考えて見たら明確な区分は聞いた事が無いな……

 まぁ言うなれば魔力放出量の違いか……

 高位の竜(ハイドラゴン)と通常の竜ではまず魔力を放出する量がケタ外れに違う……

 が、中には高位の竜(ハイドラゴン)に匹敵する魔力放出量の竜もいるらしいしな……

 要は我にもよく解らんと言う事だ……】


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ」


 竜の区分として一般の竜と高位の竜(ハイドラゴン)が存在する。

 まず大きな違いとして魔力放出量が挙げられる。


 放出量とはイコール竜の強さと言える重要なファクター。


 これが高位の竜(ハイドラゴン)の場合大きくなる。

 これは土台からして圧倒的な差。


 ボクシングで言う所の4、5階級ぐらいの差がある。

 が、それもナナオが言う通り生まれなどの明確な違いがある訳では無い。


 親竜も高位の竜(ハイドラゴン)を産もうと考えて生成している訳では無い。


 時の悪戯か神の導きか。

 桁外れの魔力放出量を持って産まれて来る竜も居る。


 更に竜も生物である。

 故に経年によってマクロレベルでの生態やミクロレベルでの身体の変化がある。


 寄り合いの長をやっていた竜が気が付いたら高位の竜(ハイドラゴン)並みの魔力放出量になっていた話も往々にしてある。


 もはや高位の竜(ハイドラゴン)、一般竜と言う区分は形骸化していると言える。


(いやーっ!

 驚いたよっ!

 大体使役される竜って普通の竜だからさ)


 以前語った事があるが日本における竜分布と言う物は偏りがある。


 当時横浜に居た高位の竜(ハイドラゴン)はナナオのみ。

 正成(まさしげ)が驚いても無理は無いのである。


「そ……

 そうなのかっ!

 へへっ!

 さすが俺だっ!

 ナナオッ!

 これからも宜しくなっ!」


【……フン……

 何を言う……

 我はまだ貴様を主人(マスター)とは認めておらぬ…………

 とは言うものの……

 このカレエと言う物は少なからず我の心を揺さぶった……

 尻尾も翼も牙も持たぬ……

 魔力も満足に扱えぬ……

 吹けば飛ぶような矮小な生物だが……

 なかなかに人間が作り出す物には少し興味が湧いた……】


「何だよゴチャゴチャと勿体付けた言い方しやがって。

 要はカレーが美味かっただけだろうがよ。

 笑い事っちゃねぇ」


【……踊七よ……

 そのウマカッタと言うのは?】


「あ?

 何言って……

 あ、そうか。

 お前、舌で味わうの初めてだったな。

 口の中にあんだろ長いのが。

 それを人間は舌って言ってんだ。

 んでその舌ってのはメシを味わう為に付いてんだ。

 舌で美味いとか不味いとかを判断してんだよ。

 んでおばさんのカレーが笑い事っちゃねぇぐらい美味いからお前もガッついたって話だ」


【ム……

 ムウ……

 何かよく解らんが……

 我の心が沸き立ったのはカレエがウマかったと言う事で良いのか……?】


「そう言う事だ」


【……時に踊七よ……

 人間の世とはカレエ以外にもウマイはあるのか……?】


「当たり前だ。

 世の中カレーだけじゃねぇよ」


【……なるほどな……

 おい踊七……

 人の世のウマイをもっと我に差し出せ】


「へっ……

 何を偉そうに言ってやがんだお前。

 要は人間の飯に興味が湧いたって事だろうがよ。

 いいぜ。

 俺が美味いと言う物を色々喰わせてやるよ」


【フム……

 宜しく頼む……】


 ペコリと頭を下げるナナオ。

 尊大な態度を取ってはいるが敬意は示している様だ。


「おう」


 こうして夕飯を終える。



 半年後。



 季節は夏の暑さを消化し秋の紅葉もすっかり散り、そして季節は冬。


 夏のうだる様な暑さが。

 立っているだけで汗が滲み出てくる様な暑さが嘘の様に周りはすっかり寒くなってしまっていた。


 季節は二月。

 場所は本牧公園。


「フゥゥ~~……」


 真っ白な息を吐くジャージ姿の少年。

 傍には七本の尾を持つ深緑の大翼竜。


 踊七とナナオである。


 目の前には朽ち果て錆びたドラム缶。


 ピトッ


 ゆっくりとナナオの鱗に手を添える踊七。

 魔力補給。


 保持(レテンション)ッ!


 ガガガガガガガガガッッ!


 削岩機の様な音が体内で響く。

 踊七のイメージしているのは正確には削岩機では無くタンピングランマー。


 ■タンピングランマー


 土木作業において地面を固める際に使用する建設機械。

 内燃機関の爆発力を利用し、反力で機械本体を跳ね上げると共に落下時の衝撃で締固めを行う機械。

 かかしの様な外見。

 管工事や道路の舗装面の部分的な掘削など局所的な締固めに用いる。


 もちろん、イメージしているのがタンピングランマーなる建設機械である事は知らない。


 保持(レテンション)のコツは圧縮。

 圧縮をイメージ。


 以前見かけた工事現場でやっていた締固めの風景を想像したのだ。


 集中(フォーカス)


 右拳に保持(レテンション)をかけた魔力を集中させる。

 そのままゆっくりと拳を引く。


 発動(アクティベート)ッッ!


 ビュンッッッッ!!


 拳をドラム缶目掛けて解き放った。


 ドコォォォォォォォンッッッ!


 ガァァァァァァァァンッッッ!


 踊七の拳が命中したドラム缶は瞬時に消え、遥か後方へ吹き飛ぶ。

 そのまま巨木に激突。


 ガランッ!

 ガランッッ!


 反動で跳ね返ったドラム缶は天高く舞い上がり落下。


【フム……

 小さき人間と考えるならば……

 なかなか良いのでは無いか?】


「いや、駄目だ。

 イメージがまだ足りねぇ」


 ザッ……


 大きくへしゃげたドラム缶の側へ歩み寄る踊七。


「これ見てみろよ。

 大きく凹んでるだろ?」


【これが何だと言うのだ?

 貴様が魔力を込めて殴ったのだから当然であろう……】


「だがら違うんだよ。

 俺の目指す形は貫通型。

 これだと衝撃が表面に伝わっちまってる。

 う~ん……

 イメージイメージ……

 衝撃が貫通して内部を破壊する様な……」


 踊七は現在魔力注入(インジェクト)の型決めを行っている。

 その事も虚往(こおう)が残したノートに記述があった。


 ■力型(パワータイプ)


 一撃必殺。

 魔力の効果が一番解り易く、汎用性の高いタイプ。

 一番習得人口が多い。

 何か個性が無いからボツ。


 ■防御型(ガードタイプ)


 堅守堅牢。

 上手く経験を積めれば銃弾をも跳ね返す鉄壁の防御を敷く事も可能。

 防御と言うのが何だか地味なのでボツ。


 ■敏捷型(アジリティタイプ)


 疾風迅雷。

 極めると人が持つ体感時間が別次元へと到達する。

 瞬時に最大速度まで到達する脅威の加速度。

 消去法で敏捷型(アジリティタイプ)に決定。

 何か逃げる時に使えそう。


 白いノートに箇条書きで魔力注入(インジェクト)の型が書いてある。

 それぞれの語尾に付いている言葉は虚往(こおう)の所感だろう。


 最後の言葉と大きく丸をしてある所からおそらく虚往(こおう)魔力注入(インジェクト)敏捷型アジリティタイプ


 隣のページから魔力注入(インジェクト)をタイプに分類する方法()()()()()が書かれてある。

 と言うのも具体的な方法が書かれている訳では無いのだ。


 何やら日記調になっており、日付と上手く行かなかった原因の推測と改善する為の案が書かれてあった。


 その日数凡そ一ヶ月。

 前半はほとんどイメージ不足が原因で失敗している模様。


 改善案として新幹線を見に行ったりF1を見に行ったりと色々イメージ固めに試行錯誤している様子が書いてある。


 ようやく一ヶ月続けて形になった様子。

 これを見た踊七がまず考えた事は……



 この中には無い。

 自分の習得したい型がこの中には無い。



 だった。


 まず力型(パワータイプ)

 これは虚往(こおう)と同じく大多数と一緒と言うのが気に入らない。


 そして防御型(ガードタイプ)

 防御と言うのはあまり性に合わない。


 最後に敏捷型アジリティタイプ

 これだけは絶対に嫌。


 断固として拒否。


 理由は簡単。

 虚往(こおう)が習得したからだ。


 嫌悪している父親と同型なんてまっぴらゴメンだ。


 どうしたものかと考えた結果、踊七はある事に気付いた。


 そうか……

 無いなら自分で創ればいいじゃないか。


 魔力とはイメージで変化するエネルギー。

 ならば出来る筈だ。


 こう考えた踊七が考えたのは貫通型ペネトレーションタイプ

 何故貫通型を思いついたのか?


 まず魔力を込めた拳で普通に衝撃を加えていたのでは辺りの被害も大きくなってしまう。


 破壊音も巨大な轟音が響く為、居場所がバレてしまう。

 これではケンカに不向き。


 一般人なら相手の戦意を削ぐのに使えるかも知れないが対竜河岸戦となると不利になってしまうかも知れない。


 出来れば無音で吹き飛ばさず対象を無効化出来ないだろうか?

 そう考えて辿り着いたのが貫通型。


 俊敏に。

 的確に。


 相手に衝撃を与えて倒す。

 目指す形はこれ。


 貫通型を考えた動機としてはこんな所だが、何とも物騒な考え方である。

 踊七がこんな血の気の多い発想をしているのは訳がある。


 それはこの半年の間に何回か竜河岸に襲われたのだ。

 目的は踊七の持っている1億。


 何処から聞きつけたか知らないが13歳のガキが1億持って一人で住んでいると知ったチンピラ竜河岸がこぞって踊七にたかろうと寄って来た。


 その時はナナオの力もあり、何とか事なきを得た。

 と、言ってもナナオはただやかましいからと家から顔を出しただけだが。


 周囲には敵が多い。

 自らを守る為に強くならないといけない。


 こう言った考えになるのも致し方無い。


 更にこの頃の踊七は諍い事が起きたら魔力注入(インジェクト)を使用すると考えていた。

 魔力を込めた一撃がどれだけ危険な代物か理解していなかったのだ。


 周りに魔力の危険性を説く竜河岸が居なかったから。

 それ所か肉親すら居ない。


 居るのはナナオだけ。


 対竜河岸と言えど魔力の危険性を理解しているのとしていないのではあらゆる面で使用に差が出る。


 人間相手なら尚更。


 そんな竜河岸としての重要且つ基本的な倫理観を持たないまま、魔力技術だけメキメキと上達していっていた。



 更に時は進み2013年6月。



 ジトジトと湿気が多いうっとうしい季節。

 梅雨が到来していた。



 (そよぎ)



「ふーっ……

 全く良く降りやがる雨だな。

 笑い事っちゃねぇ。

 ただいま~」


 ブンッ

 ブンッ


 勢い良く傘を振って雨の水滴を飛ばす踊七。


【ム……

 帰ったか】


 ノソリと奥から顔を出すナナオ。


「おう」


 そのままナナオが居るリビングに向かう。


【人間の(ねぐら)は恐ろしく狭いが……

 面白い……

 気温を一定に保つ事が出来るのだな……】


 そう言って見上げる先にあるのはエアコン。


「ん?

 エアコンの事か?

 まぁ人間ってのはどれだけ自分の生活圏を快適にするかってのを突き詰めた所があるからな。

 それよりも大人しくしていたか?」


【なかなか人間のTVと言う物がおもしろくてな……

 ずっとそれを見ていた……】


「TVったって何やってるのか良く解んねぇだろ?」


【まぁ人間(貴様等)が何をやっているか良く解らん。

 が、地球の色々な所がその場で見れると言うのはなかなか興味深くてな……

 後エンと言う物がお前らの中で重要な指標になっていると言う事は解ったぞ……】


「エン……

 あぁ金の事か。

 そうだよ、人間ってのは金がねぇと生活出来ねぇんだよ。

 無かったら一瞬で飢え死にしちまわぁ」


【何かと不便なものだな……

 まぁ良い……

 それよりも今日は持って帰って来たのか……?】


「ん?

 あぁホラ。

 これがシウマイだ」


 ガサッ


 そう言いながらビニール袋を持ち上げる踊七。

 中身は持ち帰り用の焼売(シュウマイ)が入っている。


【おお、これが前にTVでやってた崎陽軒(しょうようけん)のシウマイか。

 さて貴様がウマイと言うシウマイ。

 どれだけウマイか推し量ってやろうぞ】


 ウマイウマイとうるさいナナオ。


「このシウマイを買うのも金がいるんだよ。

 笑い事っちゃねぇぐらい美味ぇから覚悟しとけ」


 こうして夕飯開始。


「モグモグ……

 やっぱシウマイは美味ぇな。

 ナナオはどうだ?」


【ムグムグ…………

 フム……

 アジはなかなか……

 だが、匂いが弱い……

 我の心を揺さぶるとまではいかんな……】


「何を贅沢な事言ってやがんだ。

 ならお前の分、俺によこしやがれ」


 ヒョイッ


 そう言ってナナオの前にあるシウマイが入った箱を取り上げる踊七。


【あっ?

 踊七っ!

 何を言うかっ!

 何も食べんとは言うてないであろうっ!

 食べんとはっ!】


 パッ!


 更に奪い返すナナオ。


「気に入ったのなら素直にそう言やいいのに。

 笑い事っちゃねぇ」


【モグモグ……

 何を……

 ムグムグ……

 言うか……

 モグモグ……

 我は……

 ムグムグ……

 (ロード)の衆ぞ……

 モグモグ……】


 シウマイを頬張りながら忙しなく喋るナナオ。


「ンなシウマイ食いながら言っても説得力ねーっつーの。

 あぁ、そういや今日も何か襲われたわ」


【またか……

 人間と言う動物は懲りると言う事を知らぬのか……?】


「ンな事俺が知るかよ」


【で、どうしたのだ……?】


「いつも通り返り討ちにしてやったよ。

 貫通型ペネトレーションタイプもそろそろ様になって来たって感じだな」


【フム……

 まぁ良いだろう……

 仮にも我を使役すると言うておるのだ……

 敗北など喫している様ではまだまだ主人(マスター)と認めてやるのは先になるぞ……】


「ちっ……

 テメーはとっとと俺を認めやがれェッ!

 笑い事っちゃねぇッ!」


 独自の型、貫通型ペネトレーションタイプを習得した踊七。


【クックック……

 まだまだ……

 敗北せぬぐらいではな……

 我を驚嘆させる様な事でも無い限り主人(マスター)と認める事は出来んな……】


 が、まだナナオは未だ踊七を主人と認めていない。


「チッ……

 笑い事っちゃ…………

 ……………………おいナナオ」


 と、ここで何かに気付いた踊七。


 席から立ち上がり、ナナオの鱗に手を添える。

 魔力補給。


【……踊七よ……

 なかなか、察しが良くなって来たでは無いか……】


 ナナオも踊七と同種の察知。

 いや、ナナオの方が正確に把握している。


 踊七の家に近づいて来ているのだ。

 竜河岸と竜が。


 踊七はそこまで察している訳では無い。


 妙な空気。

 いわゆる虫の知らせ。


 第六感が働いた。


 何度か襲われてから大分用心深くなった踊七。

 警戒し始めたら魔力補給。


 もはやこの所作は習慣化していた。


「ちっ……

 何で今日は立て続けなんだよ……

 笑い事っちゃねぇ……

 雨降ってるのにご苦労なこった……」


 感じたのはぼんやりとした妙な空気。

 何がどうなっているか理解した訳では無い。


 だが、ナナオの発言で敵が近づいてきているのが確定。


【今日も我は出ぬぞ……】


「あぁ、お前が出ると練習にならねぇからな。

 じゃ、行ってくるわ」


 練習と言ってはいるが相手の竜河岸は踊七の一億を狙って本気で来ている。

 それこそ手にする為に手足の1,2本は叩き折る気だ。


 敵は悪意を持った竜河岸。

 そんな連中を相手にしている。


 これが梵踊七(そよぎようしち)、13歳の日常である。


 続く

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