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第五章 モブ Brother 中編②

 ペリペリ


 握手を交わしたモヴィーはシーフードヌードルの蓋を開ける。

 開けながら考えていた。


 お湯はどうするのだろう。

 と。


「ねえキャロライン。

 お湯はどうする……」


 そう尋ねるモヴィーを尻目に亜空間(サブスペース)に手を入れるキャロライン。

 取り出したのは五百mlのペットボトル。


 中身は水の様だ。


「ん?

 お湯ってこれよ……

 煮沸(シーズ)……」


 キャロラインの目が紅く光る。


 スポーーーンッッッ!


 気圧(アトモスフィア)使用時にも似た空気が弾ける様な大きな音が響く。


「うわっ」


 大きな音に少し驚くモヴィー。

 音の正体はキャロラインの手に持っていたペットボトルの蓋が弾け、空に飛び上がった音。


 ボコボコボコ


 見ると、ペットボトル内の水が沸騰している。


「さっ

 モブリアン、カップヌードルの器をこっちに」


「う……

 うん……」


 そう促すキャロラインの手には吹きこぼれた熱湯が浸している。

 常人なら悲鳴をあげそうなものだが、キャロラインは平然としている。


 色々情報が多すぎて処理が追い付かないモヴィー。

 今はただキャロラインの指示に従うのみ。


 トポトポ


 熱湯が注がれる。

 立ち昇る湯気が肌を撫でる。


 見た目でも解る。

 この水は完全に沸騰している。


「あ……

 ありがとう……」


 モヴィーはお湯を注ぎ終わったシーフードヌードルの上にフォークを載せて脇に置く。

 その様子を見ていたキャロラインから一言。


「ノンノン……

 モブリアン、貴方カップヌードル食べた事無いの?」


 キャロラインが脇に置いたシーフードヌードルを指差す。

 見るとフォークがズレて蓋が開いている。


「う……

 うん……

 食べた事が無いんだ」


「これはね……

 こうするのよ……」


 ドスッ


 蓋の端にフォークを突き立て、クリップの様に蓋を止めてしまった。

 なるほど。


 素直に感心するモヴィーであった。


 三分後


「そろそろかな……

 確か三分だったっけ?」


 ズルズルズルーーッッ


 キャロラインは無視して、ひたすらに麺を啜っている。


 ズボッ


 シーフードヌードルのフォークを抜いたモヴィー。


 ほわぁん


 暖かい湯気が磯の香りを載せてモヴィーの鼻腔に飛び込んでくる。


 正直物凄く良い匂い。

 これ本当にインスタントか。


 ゴクン


 グゥ


 モヴィーは生唾を飲み込む。

 同時に少し腹も鳴る。


 フォークでグルグル中身を混ぜる。

 充分汁を纏わせた状態で麺を掬い、おもむろに口へ。


 モグ


 !!!?


 何だコレ?

 凄い。

 物凄く美味い。


 咀嚼する前に口の中いっぱいに広がる磯の香り。

 これはタコのダシだろうか。


 ジュワッ


 咀嚼すると麺の中から溢れ出る豊潤なスープが舌の奥を包み、味覚神経を限界まで広げられた感覚がする。


 ズルズルズルーーッッ!


 一心不乱に麺を啜り出すモヴィー。

 食欲がみるみるうちに満たされて行き、脳内麻薬(エンドルフィン)が大量分泌される。


 これは美味い。

 カップヌードルが世界で売れているのがわかる。

 日本の技術恐るべし。


 十分後


「ふう……

 美味しかったァ……」


 スープまで全て飲み干したモヴィーは天を見上げ、美味の余韻に浸っていた。


「フフフ。

 どうだったかしら?」


 ニヤリと微笑むキャロライン。


「うん……

 物凄く美味しかった……

 正直食べる前は馬鹿にしてた……

 こんなインスタントのもの……

 しかも日本製の食べ物なんてって……」


「でしょぉっっ!?

 日本の技術、発想、思想は素晴らしいんだからっっ!」


 ズイッ


 金髪のツインテールを激しく震わせ、眼を爛々と輝かせながらズイッと詰め寄って来る。

 良い匂いがモヴィーの鼻に滑り込んでくる。


 思わず赤面するモヴィー。


「キャロライン……

 近いよ……」


「あぁっ……

 ごっ……

 ごめんなさい……」


 我に返ったキャロラインは距離を取る。


「……それにしても……

 珍しい髪型だねキャロライン」


「でしょ?

 これ日本のアニメの真似なのよ。

 月に変わって……

 OSIOKIよっ!」


 そう言いながらポーズを決めるキャロライン。

 呆気に取られるモヴィー。


「何それ……?」


「知らない?

 美少女戦士セーラームーンって日本のアニメ」


「へえ……

 日本のアニメ……」


 ■美少女戦士セーラームーン


 武内直子による日本の少女漫画、およびそれを原作としたメディアミックス作品。

 セーラームーンに変身する月野うさぎ、及び太陽系惑星のセーラー戦士の戦いを描いた作品。

 顔全割れの姿にも関わらず正体がバレない、タキシード仮面と言う姿は完全に変態の台頭等ツッコミ所も多い作品だが1990年代少女漫画の金字塔とも言われ、少女を中心に大人の女性・男性の間にも広く人気を博し、単なる少女漫画・アニメの域を遥かに超えたブーム・社会現象を産み出す。

 2020年現在もリメイクが制作される超人気作品。


 今でこそクールジャパンと言われ世界中で人気を博している日本の漫画、アニメだが1993年当時は知る人ぞ知ると言った認知度でしか無かった。


「ヘンかしら?」


「いやcute(可愛い)と思うよ」


「フフフありがと」


「それでさっきのお湯はスキルで作ったの?」


「ええそうよ。

 煮沸(シーズ)、私のスキルよ」


「凄いスキルだね。

 一体どういう原理でそうなってるんだろう?」


「そんなに凄くないわ。

 お湯作るだけよ。

 カップヌードル食べる時ぐらいしか役に立たないの」


 この話を聞き、マーフィの閃光(フラッシング)を思い出したモヴィー。


「そんな事は無いだろう。

 あの一瞬で熱湯を作り出すそのスキルは凄いと思う。

 例えば災害現場。

 現場で治療をしないといけない時、このスキルがあれば熱湯消毒をすぐに行う事が出来る。

 一分一秒を争う災害現場でこのスピードは絶対に役立つよ」


 熱心にキャロラインのスキルの有用性を語るモヴィーに面食らうキャロライン。


「あっ……

 Sorry(ゴメン)……

 つい熱くなっちゃって……」


「いえ……

 Thank you(ありがとう)……

 私のスキルを馬鹿にしなかったの貴方が初めてよモブリアン……」


「僕の事はモヴィーと呼んでくれよ。

 キャロライン」


「フフフごめんなさいモヴィー。

 なら私の事もキャロルって呼んでね」


 可愛らしくウインクして微笑むキャロル。


 トクン


 少し胸が高鳴るモヴィー。


「う……

 うん……

 キャロル……

 改めてよろしく」


「こちらこそモヴィー」


 二人は握手を交わす。


「それにしても……

 そのスキル……

 どうやって熱湯を生成してるんだろう……

 ねえキャロル、君の竜ってジャンル的にはどんな竜になるの?」


「ジャンル?

 よくわからないけど……

 ベルベット、わかる?」


【うん、僕が思うに彼は竜の種別を聞いてるんだと思うね。

 僕は熱竜という種別になるんだ】


 理知的な声を響かせるベルベット。


「熱竜……

 と言う事は水分子に魔力を送り込んで急運動させているという所かな?」


【ご明察。

 君はなかなかに賢いね。

 その通り。

 キャロルはスキルで掌から魔力を水分子に送り込んでいるんだ。

 するとどうなるか……

 あっという間にカップラーメンが食べれるという訳さ】


「そ……

 そうだったの?

 私初めて知ったわ……」


【オイ相棒(バディ)

 このWastedDick(ガリガリ野郎)は何だ?】


 ジュズが話し出した。

 ヤバい。


 ジュズを紹介しないといけない。

 見ると、少し怪訝な顔をしているキャロル。


「モヴィー……

 何……?

 その失礼な竜は……」


「あっっ!

 ごっ……

 ごめんっ……

 コイツは僕の竜で名前はジュズって言うんだ……

 口は…………

 うん……

 (マスター)の僕が言うのも何だけど、本当に悪い……

 でも何て言うんだろ?

 ジュズの場合本気で言っていないと言うか何と言うか……

 ホラ……

 ジュズ……

 挨拶して……」


【あ?

 まあ別に良いけどよ……

 おうBitch(あばずれ)WastedDick(ガリガリ野郎)

 俺の名はジュズだ。

 よろしくなSon of(こん) a bitch(ちくしょうめ)


 バン


 勢いよく右手の中指を立て、ファックポーズ。

 その姿を見て絶句しているキャロルとベルベット。


「ハァ……」


 やってしまったと言わんばかりに目を覆うモヴィー。


【君……

 ジュズとか言ったかい?

 まかりなりにも僕らは誇り高い竜なんだからその下品な物言いはどうかと思うよ】


【ハッ、You moron(この馬鹿野郎)

 そんなDisgusting(ムカムカする様)な言葉遣いなんか出来るかってのFuck】


【ハァ……

 こんな下品極まりない竜は向こうでもお目にかかった事が無いよ……

 インテリジェンスの欠片も無い……】


「えっと……

 ベ……

 ベルベットだったっけ……?

 こう見えても割と良い奴だよ?

 ジュズって」


「色々苦労してるのねモヴィー……」


 キャロルがモヴィーを気遣う。


「わかるかい?

 まあそれなりにね……

 キャロルのベルベットは賢そうで良いね……」


「でしょ?

 私の自慢の竜よ」


【キャロル……

 そんな事言って僕の知識ばかりアテにするのは止めて貰いたいね。

 今回もモヴィーのお蔭でスキルの仕組みが解ったんじゃないか。

 オタク趣味も結構だけど知識に偏りが出るのは感心できないね。

 だから常日頃から…………

 くどくど】


「あぁもうわかったわよベルベット。

 私が悪かったわ」


「タハハ……

 キャロルも苦労してそうだね……」


「わかるかしら……」


「……もしかしてキャロルのスキル……

 僕のスキルと相性良いかも……

 ちょっと試して見ようか……

 もう一本、水を用意してくれないか?」


「ええ良いわよ」


 キャロルは一本ペットボトルを取り出す。


「ありがとう」


 パキッ


 ペットボトルの蓋を開ける。


気圧(アトモスフィア)


 ドボドボドボ


 足元に創った空気の塊に向けて水を注ぎだすモヴィー。


「そして……

 この空気の塊を維持しつつ……

 形を変えるッッ!」


 元々お椀型に空気の塊を生成していたモヴィー。

 空中に浮いているように見えるお椀型の水がグググと形を変化する。


「出来た……

 成功だ」


 出来たのは長細い筒状の水。


「これをどうするのよ」


 やってる事がイマイチ理解できないキャロル。


「これをね……

 こうするんだよ……

 はいキャロル」


 足元にある筒状の水を拾い、キャロルに渡す。


「はいって言われても……

 わっ……

 不思議な触感……

 プニプニしてる……」


 初めて触れる気圧(アトモスフィア)の触感に少し驚くキャロル。


「フフ……

 さっこれに煮沸(シーズ)を使ってみて」


「うん……

 煮沸(シーズ)……」


 キャロルの目が紅く光る。

 次の瞬間……



 ズボァァァァァァッァァンッッッ!



 筒状の水がけたたましい破裂音を立て、弾けた。


 バシャッッ


Ouch(熱い)ィィィィィィィィィィィッッッッッ!」


 ゴロゴロゴロゴロ


 瞬時にかかった百度の熱湯に飛び上がり、ゴロゴロ転がるモヴィー。

 他の三人は……


 キャロル:熱耐性の為平気。

 ベルベット:熱竜の為平気。

 ジュズ:竜の為平気。


 ようやく熱さが収まり、見上げるモヴィー。

 眼に映るはキョトンとしている三人。


「何か……

 僕ばかり……

 三人ともズルいよ……」


【あ?

 相棒(バディ)が勝手にやったんだろがFuck】


「モヴィー、大丈夫?」


【フムフム……

 おそらくモヴィーはキャロルのスキルで武器を作ろうとしていたじゃないかな?】


 ベルベットがインテリな口調で語りかけて来る。


「いや……

 そこまで物騒な事はまだ考えて無いよ……

 でも僕のスキルと組み合わせたら熱湯の水鉄砲みたいなのが作れるんじゃないかなって……」


【うん。

 とても面白いアプローチだね。

 ごらんキャロル。

 もっと君は自分のスキルについて研究すべきだ】


「ホントね……

 これが上手く行ったら……

 アイツらも……」


 キャロルが少し気になる事を発言。

 だが、意気揚々と話すベルベットにかき消される。


【モヴィー、アプローチは面白いんだけど水を沸騰させた時の体膨張率を甘く見たね。

 千七百倍だよ。

 所でモヴィーのスキルは空気を操るのかい?】


「そうだよ。

 気圧(アトモスフィア)って言うんだ」


【OK。

 ならもっと厚めに創ればいい。

 ただそれを指向性のある攻撃にしようとするならば、筒状の先端だけ気圧(アトモスフィア)を解除しなければならない。

 これはスキル操作がなかなかに難しいと思うよ。

 それよりかは球状の気圧(アトモスフィア)に水を入れてキャロルに渡した方が簡単じゃないかい?】


「なるほど……

 それで熱湯に変えれば、即席爆弾の出来上がりだ。

 厚さを変えれば爆発するタイミングも変わるし充分脅威だ」


good(実にいい)ッッ!

 モヴィー、君のアイデアは大変興味深いよ】


「そうかな……?

 所でキャロル、アイツらって……?」


「私ね…………

 最近ヘンな連中に絡まれてて……」


(おっ

 キャロルじゃん)


 後ろから声がかかる。

 振り向くとそこに六人の青年と竜が立っていた。


「ホラ……

 噂をすればよ……

 ゴニョゴニョ」


 キャロルがモヴィーに耳打ち。


「こいつら誰だい?

 ゴニョゴニョ」


「こいつらはドラゴーネって言ってイーストビレッジを拠点としてる不良ドラゴンテイマー集団よ……

 ゴニョゴニョ」


「へえ……

 ギャングとかマフィアみたいなもの?」


「そんなカッコイイものじゃないわ。

 ただのチンピラの集まりよゴニョゴニョ」


Fuck you(クソッタレ)ッッ!

 てめぇッッ!

 何ボスの女と気やすく喋ってんだァッ!)


 グイッッ!


 一人の不良白人がモヴィーの胸座を掴む。


「ちょっと止めなさいよッッ!

 誰がアンタ達のボスの女なのよッッ!」


 たまらず制止するキャロル。


「いいよいいよキャロル……

 所で君……

 この手は僕にケンカを売ってるって事でいいのかな?」


Mother(クソ) Fucker(野郎)……

 何余裕ぶってスカしてやがんだぁぁっ!

 Screw you(クタバレ)ッッ!)


 相手の目が紅く光る。

 何らかのスキル発動のサイン。


 が、モヴィーの動きの方が速かった。


噴流砲(ジェット)


 ボォォンッッッ!


 ボコォォォォォォンッッッ!


 空気が弾ける音と同時に破砕音も響く。


 バターーーンッッ!


 声を発さず後ろへ大の字に倒れる不良白人。

 完全に意識を断ち切られた様だ。


(おおっっ!?

 ボブッッ!?

 ボブッ!

 どうしたーーッッ!?)


 急な出来事に驚いた他の不良共が一斉に駆け寄る。

 気にせずモヴィーは次の行動へ。


「キャロル、水もう一本あるかな?」


「えっ?

 ええ……」


 言われるままにペットボトルを渡す。


気圧(アトモスフィア)……」


 トポトポトポ


 足元に生成した球状の空気の塊に水を注ぐ。

 注ぎ終わると形状変化させて密封。


「よいしょ……

 はい、キャロル」


 球状の水が入った気圧(アトモスフィア)を拾い、キャロルに渡す。

 準備完了と言わんばかりにバックパックを背負って距離を取り出すモヴィー。


「キャロルッ!

 その水球に煮沸(シーズ)をかけて相手に投げつけてやりな」


「う……

 うん……

 煮沸(シーズ)……」


 ボコボコボコ


 水球内に気泡発生。

 内気圧が高まってるのが解る。


 ポイ


 言われるままに投げ込むキャロル。


 ピトッッ!


Ouch(熱い)ィィィィィィィィィッッッ!)


 仲間の身を案じている所に急に降って来た熱湯球が触れ、余りの熱さに飛び上がる。


 ズバーーーーーンッッ!


 飛び上がったと同時に熱湯球破裂。

 周りに熱湯がばら撒かれる。


(ハギャァァァッァァァァァッッッ!)


 悲鳴を上げ、のたうち回る不良テイマー達。


「ホラッ!

 キャロルッ!

 逃げるぞッッ!

 こっちだっっ!」


「……………………ハハッッ!

 ええっ!

 行きましょッ!

 ベルベットッッ!」


【了解、(マスター)


 そのままハイラインの奥まで走り去って行った四人。



 数分後



「ハァッ……

 ハァッ……

 ここまで来ればもう大丈夫かな……?」


【なあなあ相棒(バディ)よ。

 あいつら何だったんだ?】


「さあ?

 僕にケンカ売って来たから、叩きのめしただけさ」


「ハァッ……

 ハァッ……

 モヴィー……

 ありがとう……

 貴方に出会わなければ私のスキルであいつらにギャフンと言わせるなんて思いもしなかった……」


「別に僕は何もしてないさ。

 全てはキャロルのスキルがあってこそだよ」


Thank you(ありがとう)……

 スキルの考え方なんかも教えて貰って……

 私……

 自分のスキルがコンプレックスだったのよ……

 家族達にも役立たず呼ばわりされてね……

 父の側近とか妹たちは私の事、陰で何て呼んでるか知ってる……?」


 悲し気に微笑みながら問いかけるキャロル。

 無言で首を振るモヴィー。


Bath lady(湯沸かし女)よ」


「ねえキャロル……

 君のスキルは親から受け継いだものだろ?

 両親どちらかもドラゴンテイマーじゃないのかい?」


 それを聞いたキャロルは静かに首を振る。


「私……

 第一世代(ファースト)なのよ……」


「えぇっ!?

 ……って事は家族の中でテイマーはキャロルだけだってのかい?」


 静かに頷くキャロル。


 ■第一世代(ファースト)


 元々竜河岸やドラゴンテイマーと言うのが確認されたのは1939年。

 竜が(ゲート)を開いて来訪した直後から呼応する様に世界中で誕生し始める。

 それは老若男女問わず。

 日本で初の竜河岸と言われる谷崎潤一郎も七十八歳という高齢で竜河岸となる。

 この第一の接触(ファーストコンタクト)期に竜河岸、テイマーになった人間を第一世代(ファースト)と言う。

 後世、極稀に一般人の両親から竜河岸テイマーが産まれる事が確認されている。

 そう言った世代を俗に“遅れた第一世代(ディレイド)”と呼ぶ。


「キャロル……

 君……

 ディレイド(遅れた第一世代)だったんだ……」


 ディレイドで産まれた子供と言うのは大抵不幸になる。

 それもそのはず。


 急に産まれた異能を使う子供をどう扱って良いのか一般人の両親には解らないのだ。


 国それぞれでディレイドの扱いは違うが、アメリカの場合は公的機関に勤めているテイマーにより強制的にドラゴン・リチュアル(竜儀の式)が執り行われる。


 この制度も両親や家族からしたらたまったものでは無い。


 異能を持ったバケモノの子供に加え、竜を一匹養わないといけないからだ。

 国からは助成金は出るので金銭的な問題は無いが、やはり言葉も解らない得体の知れない竜と一緒に暮らすと言うのは耐えられない家庭がほとんどである。


「ええ……

 だからお湯しか作れない私をパパは失敗作と呼んだわ…………

 でも安心してモヴィー。

 私はもうスキルで悩んだりしない。

 もっと研究して上手く使える様になってやるわ」


 晴れやかな笑顔を見せるキャロル。


「そうかい……

 なら良かったよ」


「ねえモヴィー、次は貴方の話を聞かせてくれない?」


「いいよ。

 お安い御用さ」


 四人はハイラインを歩きながら話し出す。


 モヴィーは自身が旅人と言う事。

 スキルで跳んで世界を回る予定だと言う事。

 ジュズがメトロポリタン美術館の絵画が気に入った為、数日はニューヨークに滞在する事。


 ギャングとの争いに関しては敢えて話さなかった。

 何故ならギャングをやっつけたのはエア=ガイでありモヴィーでは無いからだ。


 スーパーヒーローと言うのは正体を隠すものである。


「プッ……

 モヴィーの言ってた通りね。

 割とジュズって良い(ヤツ)なのかも」


 メトロポリタン美術館のくだりを聞いて少し親近感が湧いたキャロル。


【あ?

 このBitch(アバズレ)、何言ってんだ?

 ナメた事言ってんなよFuck you(ブチ殺すぞ)


「………………相変わらずこの超失礼な物言いはどうかと思うけど……」


 さすがジュズの毒舌。

 たかが数時間で慣れるものでは無いのだ。


「タハハ……

 ごめんねキャロル……」


「それにしても凄いスキルね気圧(アトモスフィア)って……

 サンフランシスコを出発したの朝でしょ?

 ちょっとしたジェット機並みじゃない。

 モヴィーってスーパーヒーローみたいね」


「ハハハ、そうかも知れないよ」


 少し茶化すキャロル。

 それに冗談っぽく返すモヴィー。


 が、内心は少し……

 いや多分に誇らしかった。


 自分はもうスーパーヒーロー、エア=ガイなのだから。


 が、このモヴィーの認識も少しズレがある。

 周りの誰もエア=ガイと言う名前は知らない。


 ゲイリーで叩きのめしたギャング一人としてだ。

 ギャング達の頭にあるのは赤い目出し帽を被った全裸っぽい変態に襲われたと言う認識しかない。


「そう言えばモヴィーって今晩どこに泊まるか決めてるの?」


「いや、どこか適当な安宿に泊まろうと思ってるんだけど」


「なら私の家に泊まって行かない?

 正確には私の家で経営してるホテルだけど」


「え…………?

 キャロルの家って何やってるの……?」


「私の名前…………

 キャロライン・ヒルトンって言うのよ」


 それを聞いてモヴィーは絶句した。

 ここニューヨークでヒルトンと冠するホテルは一つしか無いからだ。


 ■ヒルトンホテル


 アメリカの実業家コンラッド・ヒルトンにより創業された世界的に有名なホテルチェーンの一つ。

 先のキャロルが言っていた陰口を叩く妹と言うのがかの有名なヒルトン姉妹の事である。


「嘘だろ…………

 超お嬢様じゃないか……」


「そんな事無いわよ……

 Dad(パパ)からしたら私は居ないも同然だもの……」


「あっ…………

 Sorry(ゴメン)……」


 先程のディレイドの話を思い出したモヴィーは不用意な発言を謝罪する。


「気にしないで……

 こんな私でもね……

 一軒だけ私の無理を聞いてくれるホテルがあるのよ……

 ここから少し歩くんだけど、そこのホテルの責任者だけが私を色眼鏡で見ない人だったわ。

 私をきちんとヒルトンの娘として扱ってくれる…………

 ねえどうかしら?」


 確かにどこに泊まるか決めていた訳では無いので手間が省けると言えば省ける。


「じゃあお願いするよ……

 それなら一つ大サービスしちゃおうかな?」


 ハイラインを歩き終えた一行。


「ねえキャロル。

 この辺りに開けた場所って無いかな?」


「あるわよ。

 ここから左に行ったらハドソン川があるわ」


「わかった」


 左に歩き出す。

 すぐに空が広くなる。

 目の前に大きい川が見える。

 右から左へヨットや貨物船が行き交う。


「へえ……

 これがハドソン川……」


 ニューヨーク住みじゃなくても名前ぐらいは聞いた事がある。

 それぐらい有名な川である。


「モヴィー、ここで何するの?」


「フフフ……

 まずキャロル、君の言ってるホテルの方角と距離がどれぐらいあるか教えてくれないかな?」


「えっと……

 こっちで距離はどれくらいだろ……

 二マイルって所かしら?

 ……ってモヴィー、何するのってば」


「フフフ……

 宿賃代わりに空の旅をプレゼントしようと思ってね……

 ほらキャロル、ベルベットこっちへきて」


「う……

 うん……」


【ほほう。

 僕は空を飛んだ事が無い。

 大変貴重な体験になりそうだ】


 ベルベットは陸竜である。


 二人はモヴィーの側に寄る。


「じゃあ行くよ……

 二マイルって事はかなり短いな……

 気圧(アトモスフィア)


 フワッッ


 四人が宙に浮く。


「わっ」


【なるほど。

 足元に空気の塊を生成したと言う事か。

 Good(実にいい)


 少し驚くキャロルと対照的に冷静に状況を分析するベルベット。


「フフ……

 キャロル、驚くのはこれからだよ……

 空圧跳躍(リープ)ッ!」


 勢いよくモヴィー、スキル発動。


 バフォォォンッッ!


 呼応する様に足元の空気塊が弾ける。

 瞬時に空を駆ける四人。


 多人数を同時に運べると言うのも気圧(アトモスフィア)の特徴と言える。

 そしてスピードも出る為、二マイルの飛行時間なんてものの一分程度である。


 瞬く間に放物線の頂点を過ぎ、下降し始める。

 眼下に広がる景色は緑。

 どこかの公園の様だ。


 グルン


 すぐに反転するモヴィーとジュズ。

 ベルベットもそれに倣って反転する。


 が、キャロルは空中での姿勢制御が上手く出来ず、逆さまになったままだ。

 そんなキャロルにモヴィーの取った行為は……


 ぐい


 強く自分側へ引き寄せ、両腕で抱えたのだ。

 いわゆるお姫様抱っこのスタイル。


 着地まであと十五秒。


気圧(アトモスフィア)ッッ!」


 足元に空気の塊生成。


 バコォォォンッッ!


 一行着地。

 芝生が衝撃でひびが入る。


 ストッ


 気圧(アトモスフィア)をゆっくり解除。

 静かに降り立つ。


「どうだったかな?

 Princess(お姫様)

 空の旅は」


 両腕にキャロルを抱えたモヴィーは笑顔を下に向ける。

 目が合ったキャロルは真っ赤になる。


 お姫様抱っこなど経験が無いのだ。


 モヴィーはゆっくりキャロルを降ろす。

 こういうモヴィーの紳士的な態度はロジャーの教育の賜物である。


「えっ……

 えぇ……

 凄かったわ……

 スーパーヒーローってこんな気分なのね……」


「ん?

 キャロル、どうしたんだい?」


 赤面しながらまともにモヴィーを見れないキャロル。

 が、気になるらしくチラチラ横目でモヴィーを見るキャロル。


「えっと……

 あの……

 その……

 私……

 あんな風に抱っこされたの初めてで……」


 依然として赤面しているキャロル。


「フフ……

 見かけによらず、意外にPure(うぶ)なんだねキャロルって」


 この一言を聞いて、スッと頬の赤らみが取れるキャロル。


「ちょぉっとぉ~~……

 モヴィーッッ?

 “見かけによらず”ってどお言う意味よっ!?」


 ジロリとモヴィーを睨むキャロル。


「わわっ

 sorry(ごめんよ)……

 いやキャロルって見た目活発そうだからさ……

 それよりここはどこだい?」


「えっと……

 ここはニューヨーク市庁舎公園ね……

 ホントにモヴィーのスキル凄いのね……

 ここまでホンの一瞬なんて……」


Thank you(ありがとう)……

 ここからホテルって近いのかい?」


「ええ、すぐそこよ。

 行きましょ」


「うん」


 四人は歩き出す。

 やがて馬鹿デカい建物の前まで辿り着いた。


 目の前に聳えたつ超高層ビル。

 こんな建物マンハッタンビーチじゃ見た事無い。

 さすが都会ニューヨーク。


「ここよ」


 平然と入って行くキャロルとベルベット。

 続いて入るモヴィー達。


 中は暖色系の照明に照らされた高級感漂うシックな雰囲気。

 明らかにバックパッカーであるモヴィー達には場違いの雰囲気。


 カウンターまで歩いて行くキャロル達。


「ハァイ、キース。

 久しぶりね」


(あ、Miss carol(キャロル御嬢様)、ここに来るなんて珍しいですね。

 今日はどう言ったご用件で)


「うん、ちょっとね。

 Manager(支配人)呼んでくれない?」


(わかりました。

 少々お待ち下さい)


 しばらく待っていると、背の高い白人中年男性がこちらに歩いて来る。

 茶色に近い金髪をセンターで分け、パリッとしたスーツを着こなす。


 雰囲気からも身分の高さが伺える。


Miss carol(キャロルお嬢)、お久しぶりで御座います)


 ぺこり


 その白人中年男性は頭を下げる。


「ハァイ、ハーマン。

 久しぶり」


(今日はどういったご用件でしょうか?)


「その前にこの人を紹介するわ。

 私の恩人、モブリアンよ」


(恩人?)


 少し不思議そうな顔をする支配人。


「ちょっ……

 ちょっとキャロル……

 大袈裟だよ……」


「そんな事無いわ。

 モヴィー、貴方は私のコンプレックスを掃ってくれたんだもの」


「僕はただスキルの使い道を教えただけだよ」


(すいません、Miss carol(キャロルお嬢)

 私にも説明してくれないですか?)


「あぁごめんなさいハーマン。

 モヴィーはね、カップヌードル食べる時にしか役に立たないと思ってた私のスキルの使い道を教えてくれたのよ」


(ほう……)


「例えば災害現場の治療で熱湯消毒が必要な時私のスキルがあれば物凄く助けになるって……

 これは彼の受け売りだけど、聞いた時に目の前の雲が一斉に晴れた気がしたわ。

 もう私は負けない。

 Bath lady(湯沸かし女)上等よ」


 ニコッと白い歯を見せて笑うキャロル。

 この話を聞いた支配人はニコリと微笑みをモヴィーに向け、右手を差し出す。


(モブリアン様、この度はMiss carol(キャロルお嬢)がお世話になりました。

 私はハーマン。

 当ミレニアムヒルトンホテルの支配人を任されております)


「いえ、こちらこそ。

 モブリアンです」


 ハーマンとモヴィーは握手を交わす。


(見た所……

 モブリアン様は旅人でしょうか?)


 ハーマンはモヴィーが背負っている大きなバックパックを見つめ、問いかける。


「あ、はいそうです。

 理由があって世界を回ろうかと」


 それを聞いて少し考えこむハーマン。


(フム……

 Miss carol(キャロルお嬢)、ご用意する部屋は2ルームスイートで宜しいでしょうか?)


「ええ、さすがハーマン。

 話が早いわ。

 お願いね」


(かしこまりました)


 すっくと立ちあがりその場を去ろうとするハーマン。


「えぇっ!?

 ちょっ……

 ちょっとっ……

 スイートとかって何の話っ?」


 あれよあれよと話が進んでいく中、処理が出来ず戸惑うモヴィー。


「え?

 貴方が泊まる部屋に決まってるじゃない」


 あっけらかんと答えるキャロル。


「そんなっ!

 僕スイートルームなんて泊った事無いよっ!

 もっと普通の部屋で良いよっ」


「そんな事言わないでよモヴィー。

 本当に貴方には感謝してるんだから。

 せめて最高級の部屋で恩を返したいの」


(そうですよモブリアン様。

 Miss carol(キャロルお嬢)が大変お世話になりました。

 ヒルトン家に仕える者として誠心誠意尽くさせて頂けませんか?)


 どうしよう。

 正直悩む。


 今後生きていく中で最高級スイートにタダで泊まれる機会なんて無いだろう。

 そう言った理由からキャロルの申し出を受ける事にした。


 が、モヴィーはこの時、知る由も無かった。


 これから先、自身がアニメーション映画会社を立ち上げ巨万の富を得る事を。

 ドラゴンフライ本編でのモブリアンは気分でスイートルームに泊まれるぐらい羽振りが良い。


「わかりました。

 じゃあよろしくお願いします」


(かしこまりました。

 では準備をしてまいりますので少々お待ち下さい)


 微笑みながらぺこりとお辞儀をして立ち去るハーマン。


「何だかキリッとした人だね。

 まるで映画に出て来る使用人の様だ」


「って言うかハーマンは元々ウチの使用人だし」


「嘘だろ……」


 モヴィーは絶句した。


 自分の家もそこそこ金持ちだが、目の前にいる女性は掛け値なしのハイパーセレブ。

 使用人を雇っている家なんて映画の世界だけだと思っていたからだ。


(お待たせしましたモブリアン様。

 こちらへどうぞ)


 促されるままに歩き出す三人。

 エレベーターに乗り込む。


 押した階は二十二階。



 ミレニアムヒルトンホテル 二十二階。



 奥の角部屋がモヴィーの泊まるスイートルームの様だ。

 中に入ると広々とした二部屋がモヴィー達を出迎える。


「うわ……

 ホントに泊って良いの?

 ここに……」


「何言ってんの当り前じゃない」


【なあなあ相棒(バディ)

 ここ何なんだ?】


「あぁジュズ、ニューヨークにいる間はここに泊まるんだよ」


【ふうん】


(それではモブリアン様、ごゆっくりお(くつろ)ぎ下さいませ)


 ペコリ


 お辞儀してハーマンは去っていった。


「フフフ……

 邪魔者は居なくなった……

 さあモヴィーッッ!

 見るわよっ!」


「え……?

 見るって何を?」


「セーラームーンに決まってるじゃない。

 ベルベット、亜空間(サブスペース)お願い」


【ハァ……

 またかいキャロル。

 君も好きだねえ。

 まあ僕はたっぷり本が読めるから良いんだけど】


 ベルベットの右側に亜空間(サブスペース)が現れる。

 中に手を入れるキャロル。

 ヌッと出てきたのはビデオデッキ。


 ゴトン


 床にビデオデッキを置く。

 続いて取り出したのはカバン。

 中を開けるとビデオテープが何本か入っていた。

 ラベルには


 Sailor Moon Omnibus


 と書いてあった。

 Omnibusと言うのは総集編と言う意味。


 ナンバーは一から五まで。


「こ……

 これは……」


「私がセーラームーンのダークキングダム編全五十話を編集して作ったスペシャルビデオよッッ!

 これを見てモヴィーにも魅力を知って欲しいわ」


「うん……

 まあ別に良いけど……」


Thank you(ありがとう)ッッ!

 じゃあセッティングするから待っててねっ!」


【何だ相棒(バディ)、何かTV見んのか?】


「うん、ジュズも一緒に見る?」


【おう良いぜ】


 特に嫌事も言わずすんなり了承したジュズ。

 もともとジュズの下品な口調はほぼほぼTVの影響なのだ。


 要するにTVが好きなのである。


 美少女戦士セーラームーン視聴開始。


 月に変わってお仕置きよっ!


 セーラームーンが登場し、お決まりのキメ台詞披露。


「キャーーッッ!

 セーラームーンッッ!

 ステキーーっっ!」


 キャロル興奮。


 それを尻目に冷静なモヴィーとジュズ。

 まずはモヴィーが一言。


「ねえキャロル……

 うん……

 確かに君の髪型はこの月野うさぎって娘の髪型だって言うのは良くわかった……

 それにしてもこれ……

 何で正体がバレないの?」


「えっ!?

 そんな事言われても……

 アニメだからじゃないの?」


 モヴィーの心境からしたらかなり複雑だった。


 言わばセーラームーンもスーパーヒーロー(ヒロイン)である。

 そして自称とはいえモヴィーもスーパーヒーロー。


 かたや正体を隠す為にPervert(変態)と罵られても赤い目出し帽を被って頑張っていると言うのに、セーラームーンは顔を隠さずにヒーローをやっている。

 アニメだからと言えば解るのだが、やはり心中としては複雑である。


【オイオイ見てみろよ相棒(バディ)

 方向性は違うけど、オメェに負けねぇPervert(変態野郎)がいるぞ】


 ジュズが指差す画面には白いドミノマスクにシルクハットを被り、タキシードを着た完全に変態の男性が颯爽と活躍しているシーン。


「何だよっ!?

 ジュズッ!

 僕はこんな奴とは違うよッッ!」


 声を荒げて否定するモヴィー。


【なになに……?

 名前はタキシード仮面だってよ。

 ハハッ

 頭イカれてるぜ、このSon of(くそっ) the bitch(たれ)

 Hey、相棒(バディ)

 オメエもこれで行けよ】


 ■タキシード仮面


 劇中に登場するキャラクター。

 黒いシルクハットとタキシードに黒マントを羽織り、目元を白いドミノマスクで隠している。

 何処からともなく現れてセーラームーンを助けるキャラクター。

 登場時は必ず敵の前に赤いバラを投げてタンゴ調の専用BGMが流れる。

 都会にミスマッチなこのキャラは見た目、完全に変態。

 だが作品主人公の月野うさぎはこのタキシード仮面に憧れる。

 正体は地場衛と言う近所に住む青年。


「全くジュズはもう……

 あれ?

 何か気が付いたら月野うさぎの周りに四人増えてるね」


「そうっ!

 四人ともセーラー戦士なのよっ!

 これが日本のアニメの特徴なのっ!」


 興奮気味に教えてくれるキャロル。


「へえ……

 って事はこの四人もスーパーヒーローなのかい?」


「そうよっ!

 毎回五人が力を合わせて敵をやっつけるのっ!

 これが燃えるのよ~~ッッ!」


「ふうん……

 アベンジャーズみたいなものか。

 この他のセーラー戦士は別の作品の主人公なのかい?」


 ■アベンジャーズ


 マーヴルコミック刊行のクロスオーバー作品。

 劇中では登場するヒーローチームの名称として使われる。

 1963年に“それぞれ違う能力を持ったヒーロー達が協力して戦う”というコンセプトの元にスタン・リー、ジャック・カービーによって創られた。

 元々別作品で主人公として活躍していたヒーロー等が一堂に会するという豪華な作品。


「どうだろ……

 日本の友達からもそんなのあるって聞いた事無いし……

 多分セーラームーンだけのキャラクターじゃない?」


「てことはクロスオーバーじゃないのか……

 一作品に五人もヒーローが出るなんて豪華だな……

 どちらかと言うとXメンに近いのかな?

 でも他の四人も惑星や色がモチーフになっていてわかりやすいね」


 このセーラー戦士の色分けは日本に古くからあるスーパー戦隊ものからの発想だ。

 日本の特色と言ってもいい。


 ビデオはキャロルが編集したものなので要点要点だけピックアップされてテンポ良く進んでいく。


【何だよっ!

 このMother(クソッタレ) Fucker(野郎)ッッ!

 セーラーマーズッッ!

 こんなJackass(クソ野郎)、早く燃やしちまえよっ!】


 気が付いたらジュズも熱中して見ていた。

 どうやらジュズの推しは炎使いのセーラーマーズらしい。


「このマコトは恋多きGirl(少女)で良いな。

 基本的に五人のヒーローそれぞれの普段の生活を描いてるんだね。

 まるでスパイダーマンが五人居るみたいだ」


 モヴィーが言ってるまことと言うのは木野まこと、雷使いのセーラージュピターの事である。

 それなりにモヴィーも楽しんで見ていた。


 サクサクと話は進み、ついに最終話近くになる。


 ここからセーラームーンダークキングダム編は急展開を見せる。


 物語はついに敵の本拠地が南極にある事を突き止め、そこに向かう事になるセーラー戦士。

 最終決戦となる為、近しい人と最後の晩餐を執り行う場面から話は展開される。


 南極に辿り着くとラスボスの近衛兵とも言える強敵五人が待ち構えていた。


 対峙するセーラームーンとセーラー戦士。

 余りの強敵の為、序盤からセーラー戦士の一人が犠牲になる。



 そう、文字通り死亡するのだ。



 そしてそこからセーラームーンをラスボスの元へ届ける為、自らを犠牲にして次々と散っていくセーラー戦士。


What (何て)the fuck(こった)……

 オイBitch(アバズレ)……

 これセーラーマーズ、死んじまったのか……】


Jesus (何て)christ(事なの)……

 このシーンはいつ見てもショッキングだわ。

 ええ……

 そうよジュズ……

 セーラーマーズは戦友で友達でもあるセーラームーンを先に行かせる為、自らを犠牲にしたのよ……」


「嘘だろ……

 この()達、女子中学生じゃ無いのか…………

 何て事するんだ日本のアニメ……」


 余りに衝撃的な展開にモヴィーも言葉を失っている。


Holy shit(マジかよ)……

 オイッ!

 セーラームーンッッ!

 てめぇラスボス倒さねぇと許さねぇからなっ!】


 ジュズもすっかりセーラームーンが気に入った模様。


 画面はラスボスとのバトルを映し出していた。

 ラスボスとの死闘の結果、後に前世で恋人だった事が判明したタキシード仮面も絶命、そして自らの命も使い、幕を閉じる。


 結局セーラームーンはセーラー戦士五人、タキシード仮面全員死亡と言う衝撃的な形で戦いを終える。


【ん?

 何だ?

 何でこいつら普通に暮らしてんだ?】


 画面には死んだはずのセーラー戦士が普通に暮らしている姿が映し出されていた。


「何だか転生(メテムサイコシス)って言うので蘇ったんだって。

 日本の宗教観らしいわ」


 作品のラストとしては、劇中のキーアイテムである銀水晶の力で死亡した六人に関しては転生して普通の女子中学生として暮らしていくという形で締めくくられている。

 こうしてセーラームーン視聴は完了する。


 なおこの衝撃的なラストに関しては日本放送当時は抗議が殺到した。

 理由は余りの内容の為、体調不良、拒食症、登校拒否になる子供が続出した為である。

 なお1993年当時はBPOは存在しなかった。


 ふと外を見るとすっかり夜は更けていた。

 空はどっぷりと闇に包まれているが、ニューヨークの街並みは光を放っている。

 色とりどりの照明やビルボードの明かりがカクテルの様に混ざり、夜のニューヨークを煌々と照らしている。


 この夜の明かりにモヴィーはある種の純粋さを感じた。

 まるでこの明かりは駄々っ子が親の言う事を聞かず、まだ起きているんだいと言っている様な雰囲気。


「うわ……

 外はもう真っ暗だよ……

 今何時だろう?」


 スイートルームに備え付けられている時計を見つめる。



 二十時八分



「うわ……

 もうこんな時間……」


 ぐう


 同時にお腹も鳴る。


【すんげぇ内容だったな……

 セーラームーンって……】


「フフ。

 何だい?

 ジュズ、気に入ったのかい?」


【何ィッッ!?

 オイッ!

 相棒(バディ)ッッ!

 オメェはこの作品から伝わって来るパワーが解んねぇってのカァッ!?】


 ジュズが声を荒げる。

 何か既視感(デジャブ)を感じるモヴィー。


 どうやらジュズは割と感化されやすい性格らしい。


「ヒュウッッ!

 ジュズゥッ!

 貴方なかなか見る目あるじゃなぁいッッ!」


 好きなアニメを褒められて途端に上機嫌になるキャロル。


【オイBitch(アバズレ)……

 オメエ、名前何て言うんだ……】


「私はキャロラインよ。

 キャロルって呼んでねジュズ」


【キャロル……

 良い作品見せてくれてありがとよ……

 オメエも今日から俺のBrother(兄弟)だ……

 よろしくな】


 ジュズが右手を差し出す。

 これは握手の合図。


「フフフ。

 Sister(姉妹)じゃないのね。

 よろしくジュズ」


 握手に応じるキャロル。

 ジュズは普段、超絶に超絶を重ねる程口は悪い。


 悪いのだが、凄い作品を見せてくれたり、施しを受けたりした場合心を開く。

 割とこういう部分はチョロかったりする。


 これがジュズと言う竜なのである。


「…………お腹空いたな……」


 ゲンナリとするモヴィー。

 昼間の悪夢が蘇ったからである。


【ゲ…………

 オイ相棒(バディ)……

 腹が減ったって……

 まさかメシ食うつもりじゃねぇだろうな……】


 ジュズも同様にゲンナリしながら当たり前の事を聞いてくる。

 あの出来事が悪夢なのはジュズも変わらない様だ。


「ちょっ……

 ちょっとっ……

 何二人してションボリしてんのよ。

 そんなにお腹空いちゃったの?」


「いや…………

 まあ……

 それもあるんだけど……

 実は昼間にね……」


 モヴィーは昼食時の悪夢について説明した。


「うわ……

 それは運が悪かったわね……」


「ねえキャロル……

 ニューヨークの食事って全部あんな感じなの……?」


「そんな事ないわよっっ!

 きちんと美味しい店もあるからっっ!」


 モヴィーの嘆きを聞いたキャロルが全力で否定する。


「ホント……?」


 モヴィーは懐疑的。

 それだけ昼間の食事は超絶に不味かったのだ。


「よしっっ!

 モヴィーッッ!

 ジュズッッ!

 安心してッッ!

 私が最高の肉料理を食べさせてあげるわッッ!」


 フンと鼻息が荒いキャロル。

 ムンズとモヴィーの手を引っ張る。


「ちょっ……

 ちょっと待って……」


 モヴィーはキャロルの手を振り解き、荷物の中からカメラを取り出す。


「ん?

 どうしたの?」


「いや、せっかく外に出るんなら記念撮影もしようとおもって。

 ホラ、ニューヨークって“眠らない摩天楼”って言うんだろ?

 だったら夜の方が見る所多いんじゃないかって。

 あとニューヨークに現像屋さんってある?

 出来れば早い所が良いんだけど」


「あるわよ。

 今夜そこに持って行けば明日の昼には出来てるわ」


「ありがとう。

 じゃあ……

 行こうか?」


「うん。

 ベルベットー。

 食事に行くわよー」


 そう言いながら隣の部屋に向かうキャロル。


 パタン


 ベルベットは読んでいた本を閉じる。

 うず高く積まれた本の山の前に座っていた。


【フム……

 そろそろ栄養を補給しておくのも悪くは無いか……】


 そう言いながら立ち上がるベルベット。

 外へ出て行く四人。


 一階に降りる。


(おや?

 Miss carol(キャロルお嬢)

 お食事ですか?)


 そこへ勤務中のハーマンと鉢合わせる。


「ええハーマン、ウルフギャングに行こうと思って」


(成程……

 ではご予約しておきましょうか?)


「ええお願い」


(かしこまりました。

 それではいってらっしゃいませ)


 ぺこりとお辞儀をするハーマン。

 本当にピッとしているなあと感心するモヴィー。


 外へ出る四人。

 道すがらモヴィーが()()()()()に疑問を投げかけてみる。


「ねえベルベット。

 竜って食事が必要なの?

 授業では竜って体内でエネルギーを生成出来るから基本食事って言う概念がないって聞いたけど」


【フム……

 良い質問だモヴィー。

 確かに人間の教育で言っている事は正しい。

 竜は等しく魔力を産み出す器官を持っている。

 僕にもジュズにもね。

 人間は代謝を行うために食事によって体内に熱量を発生させる。

 カロリーと言うものだね。

 竜も代謝に似た動きで生命を維持しているんだ。

 大きく違う点はその熱量の元を体外摂取で行うか体内生成で行うかだね】


 ベルベットが饒舌に話し出す。

 本当に頭が良いんだなこの竜は。


「なるほど……」


【だからモヴィーの質問に対する回答としてはNoが正解と言える。

 僕達、竜は体内でエネルギーを半永久的に生成出来るから食事と言う行為は生命維持と言う観点においては必要無いんだ。

 が、それはあくまでも今までの話。

 仮に竜が人間の“食事”と言う行為を行って見たらどうだろう?

 体内に質の高い、純度の良い魔力が生成出来たでは無いか。

 だから回答は必須では無いが必要であると言える】


「なるほど。

 凄く解り易かったよ」


【フフ……

 だがあくまでもこれは僕の場合だ。

 僕は質の良い魔力生成の為に食事をするが、人間の食文化に心酔し食事している竜も居る。

 (マスター)の行為に倣って食事をしている竜も居る。

 人間も色々居るだろ?

 それは竜でも変わらないと言う事さ。

 それにしてもモヴィー?

 何でジュズに聞かなくて僕に聞くんだい?】


「そりゃ……

 ジュズにこんな事聞いても……

 “食いたいから食ってるだけだろがよ。このFat Ass(ブタ野郎)”とか言うに決まってるからじゃん」


【タハハ……

 なるほど……

 賢明な判断だ】


 やがて店に到着する。


 ウルフギャング ステーキハウス


 店にやって来た四人。

 モヴィーら四人はキャロルの薦めるステーキセットを注文。


 夕食に舌鼓を打つ。

 確かにこのステーキハウスはそれなりに美味しかった。


「どうどうっっ!?」


 キャロルが爛々と眼を輝かせて聞いてくる。


「うん……

 美味しいよ……

 昼間の店に比べたら全然……」


「でしょぉっ!?

 私もお気に入りなのよっ!」


 キャロルのテンションが上がる。


【まあまあだなこの肉……

 モグモグ……

 アンジェの肉の方が美味ェな】


 ジュズが言っているのはアンジェリーナ手製のローストビーフの事である。


「そうだねジュズ。

 Mom(母さん)のローストビーフの方が美味しいね」


「へえ……

 モヴィーのお母さんのローストビーフ、そんなに美味しいの?」


「うん。

 眼玉飛び出るぐらい美味しいから。

 一流ホテルで出してもおかしくないと僕は思うね」


「へえ……」


【フムフム……

 今日の肉は格別美味いね。

 これは良い魔力が生成出来そうだ】


 夕食終了。


「ふう…………

 お腹いっぱい……

 Thank you(ありがとう)キャロル」


「フフフ。

 これからどうする?

 ニューヨークの街なら案内できるわよ」


「うん、何処かへ連れて行って欲しい。

 オススメある?」


「えっと……

 ブロードウェイミュージカル……

 は竜禁止だし……

 エンパイアステートビルの展望台と自由の女神って所ね」


「あっそうかっ

 自由の女神があったんだ。

 行きたい」


「フフフ。

 じゃあエンパイアステートビルから行ってみましょうか」


「うん」


 四人は店を後にする。


 パパー

 ピーピー


 夜の九時を回ったと言うのに周りの喧騒さと明るさは昼と遜色なかった。

 さすが眠らない街ニューヨーク。


 歩き出す四人。

 やがてエンパイアステートビルに到着。

 何処か見覚えのある風景。


「あ……」


 放射状にヒビ割れたアスファルトの道路が眼に飛び込んでくる。

 ここでモヴィーは気づく。


 到着した時にぶつかったビルはエンパイアステートビルだった事を。


「あれ?

 どうしたのモヴィー」


「いや……

 何でも……

 さぁ行こう」


 中に入る。


「どうする?

 八十六階と百二階に展望台があるけど」


「そりゃもちろん百二階だろ?」


「OK」


 直通エレベーターに乗り込もうとする。


【っと……

 ちょっと狭めぇな……

 ヨッと……】


 ジュズの身体が白色光に包まれる。

 やがて光が止むと中から出てきたのは二、三周り程小さくなったジュズだった。


「へえ……

 ジュズってそんな事出来たんだ……」


【コレやると身体ムズムズすっから、あんまし好きじゃねぇんだけどなFuck】


【全く何を言ってるんだいジュズ。

 僕達は言わばお客様。

 人間社会にお邪魔している身なんだよ。

 When in Rome,do as the Roman’s do.

(郷に入りては郷に従え)

 という言葉を知らないのかい】


 そう言いながら既に小さくなっていたベルベット。

 エレベーターに乗り込む四人。

 しばらく待っていると百二階へ到着。



 エンパイアステートビル 百二階 トップ展望台



 目に飛び込んできたのは漆黒の夜闇にキラキラと輝く街の明かり。

 それはまるで数多の星々が眼下に散らばっている様。


 赤、青、緑、黄色とあらゆる光が瞬き、煌き、輝く。

 余りの光量の為、薄いモヤの様な白色光がニューヨークの街全体を包んでいる。


(ご覧……

 サマンサ……

 この絶景のニューヨーク夜景が君へのプレゼントさ)


(ステキ…………

 幻想的な世界にいる様だわ……)


(フフフ……

 ならサマンサ……

 君はさしずめ幻想世界のPrincess(お姫様)だね)


(まあ、ダーリンったら。

 お上手ね)


(ホントだよサマンサ)


(ダーリン…………

 愛しているわ……)


(僕もだよ…………

 サマンサ……)


 先に来ていたカップルが超絶にイチャついていた。


「ハァ……

 まあ別に良いけどね」


 一見すると広がる景色は幻想的な雰囲気を醸し出している。

 が、モヴィーはこの眼下に広がる大光群を現実的なものと捉える。


 確かに光自体はどこか非現実的な幻想物に見える。

 だが、この光一つ一つは人間が灯したもの。


 人間が闇を照らそうと灯した光。

 裏を返すと光の元には必ず人間は居るのだ。


 夜の光が照らす所に命がある。


 つまり眼下の広大な光群は数多の命の()()()の輝き。

 これを現実的と捉えずしてどうするかとモヴィーは考える。


 しかし仲睦まじくしている二人に割って入り、自分の意見を主張する程モヴィーは厚顔無恥では無い。

 これでプロポーズの一つでもして家族でも育んでくれればそれはそれで結構な話である。



 ツカツカ


 くるん



 意気揚々と前に歩くキャロルがくるりとこちらを振り向く。


「どうモヴィー?

 これが私達の街“眠らない摩天楼”ニューヨークよ」


「うん……

 凄い……

 眠らない街と言うのを実感したよ……

 あ、そうだ。

 四人で写真を撮ろう」


「いいわよ」


 モヴィーは適当な見物客に写真を撮ってくれと頼む。

 快諾を得たモヴィーはカメラの使い方を教える。


「さっみんな並んで。

 ホラ……

 ジュズもこっちに来なよ」


 並び順としては左からジュズ、モヴィー、キャロル、ベルベットとなった。


Say cheese(はいチーズ)!)


Cheese(チーズ)ッッ!」


 パシャッッ!


【うお眩しッッ!

 何なんだ一体っ!

 Son of(ちく) the bitch(しょう)ッッ!】


「フフフ。

 ジュズ、落ち着いて。

 今、写真を撮ったのよ」


【シャシン?

 何だそりゃ?】


「紙に映像を封じ込める人間の技術よ」


【ふうん。

 んでもキャロルよ。

 何でそんな下んねぇ事するんだ人間って】


「うーん、何でだろ?

 人間が短命だから……

 かな?」


【何だそりゃ?

 よくわかんねぇよ】


「アハハッ

 私も言っててよく解んないっ

 ねっモヴィー、ジュズと二人で撮ってあげるよ」


「………………うん……

 それも良いかもね。

 ジュズ、こっちに来なよ。

 あと写真を撮る事はポーズを決めるものなんだよ」


【そうなのか?】


「ハイハーーイッッ!

 二人ともこっち向いてーっっ!

 Say cheese(ハイチーズ)ッッ!」


 バンッッ!


 二人とも同時にファックポーズを決める。

 特に示し合わせた訳でも無いのにだ。


 パシャッ


「プッ……

 アハハッ!

 やっぱりモヴィーはジュズの(マスター)ねぇ」


 息ピッタリだった二人を見て笑ってるキャロル。


【んでどんな感じに封じ込めてんだよ。

 俺に見せてみな】


「まだよ。

 お店に持って行かないと」


【何だ、今見れねぇのかよ】


「フフフ。

 明日には見せてあげるわよ」


 モヴィー達はエンパイアステートビルを後にした。


「ふぁ~~……」


 一階に降りると大欠伸をするモヴィー。


「あら?

 疲れちゃった?

 どうする?

 今日はもうやめとく?」


「うん……

 初日でちょっと疲れちゃったみたい……

 今日はもうホテルで寝るよ」


「じゃあカメラ貸して。

 私が帰りに現像屋に持って行っとくわ」


Thank you(ありがとう)

 じゃあお願いするよ」


「どうする?

 ホテルまで送っていこうか?」


「おいおいキャロル。

 その台詞は僕に言わせてくれよ」


「フフフ。

 じゃあお願い…………

 って言いたい所だけど私の家、ここから五分も歩けば着くのよ。

 だから私は良いわ。

 ベルベットも居るし」


「わかったよ。

 じゃあ写真はよろしくね」


 カメラを手渡すモヴィー。


「あ、そうそうモヴィー。

 明日の予定とかはあるの?」


「予定って言ってもジュズをメトロポリタン美術館に連れてくぐらいだけどね」


「そう。

 じゃあ明日、写真渡しに行くわ。

 十一時に美術館で良いかしら?」


「…………キャロル……

 多分ジュズ……

 三、四時間ぐらい見てるよ……」


「あ……

 あらそう……

 じゃあ十二時半に美術館に行くわ……」


「うん。

 それぐらいで大丈夫だと思う」


「わかったわ。

 See you(じゃあね)Nite nite(おやすみ)~」


「うん。

 Nite nite(おやすみ)


 モヴィーはキャロル達と別れ、ホテルに戻る。


(お帰りなさいませ。

 モブリアン様)


 ぺこり


 夜も大分更けたと言うのに全く変わらないハーマンにただただ驚くモヴィー。


「ただいま。

 ハーマンさん」


Miss carol(キャロルお嬢)はお帰りになられましたか?)


「あ、はい……

 あの……

 ハーマンさん、一つ聞いていいですか?」


(はい、何でしょう?)


「この近くに美味しい朝食が食べれる所ってありませんか……?」


(フム…………

 ならばJack’s wife Fredaなどは如何でしょう?

 厚切りベーコンエッグなどスタンダードなニューヨークの朝食が味わえますよ)


「じゃあそこにします。

 何処にあります?」


(ここから近いですよ。

 前の通りを左に歩けばすぐです)


「わかりました」


(…………モブリアン様…………

 ここは眠らない街ニューヨーク……

 飲食店だけでも数多に御座います……

 一店、口に合わなかったとしても決して勘違いは為さらぬ様願います……

 ではお休みなさいませ……)


 ゆっくりとお辞儀をするハーマン。

 モヴィーはただ朝食を摂る場所を聞いただけなのに、全て見抜かれてしまった。


 この洞察力は驚異的である。


「わ……

 わかりました……

 それではGoodNight(おやすみなさい)……」


 モヴィー達はハーマンと別れ、部屋に戻る。

 その日は旅の初日と言うのもあって早々に風呂に入って寝てしまったモヴィー。



 二日目



「う……

 ん……」


 モヴィーは巨大なベッドの上で目覚める。

 ゆっくりと起き上がると、目の前に広がるのは縦にも横に広い真っ白なベッド。


 まるでアラブの石油王の様だ。

 一瞬自分がどこに居るのか解らなかった。


「あ……

 そうか……

 旅に出たんだった……」


 ようやく目が覚めたモヴィー。

 ベッドから降り、目覚ましにテラスに出てみる。


 二十二階下から見下ろすニューヨークの街はもう動き出していた。

 北へ南へ忙しなく車が移動しているのが見える。


 空は快晴。

 今日もいい天気だ。


 部屋に戻ったモヴィーはテレビを付ける。

 朝のニュースがやっていた。


(ただいま私はゲイリーにきております。

 周りはスクラップになった車が無残に散らばっています。

 昨日午前、この辺りでギャングの大抗争がありました。

 ギャング団はギャングスター・ディサイプルズ。

 シカゴ最大のギャング団です。

 抗争と言われておりますが、目撃者の証言によると一方的な暴虐であったとの事です。

 被害に逢ったギャング団の構成員は全員入院。

 運ばれる際に口々にこう言ったそうです。

 RedPervert(赤い変態野郎)にやられたと。

 以上現場からお送りしました)


 プツン


 何も言わずTVを消すモヴィー。


「誰がPervert(変態)だよっ……

 あのカッコ良さが解らないなんてさ……」


 くるりと振り向くとニヤニヤ笑いながらもう起きていたジュズ。

 どうやら後ろでTVを見ていたらしい。


【カッカッカッ。

 ようRed Pervert dick】


「誰がRed pervert dickだよっ!

 RedPervert(赤い変態)だよっっ!」


【オイ、そこのJerk off(アホ)

 オメエ、自分でPervert(変態)って認めてどうすんだよSon of(くそっ) the bicth(たれが)


 今モヴィーが漏らした変態と言う言葉は本音である。

 正直肌色タイツに赤い目出し帽がカッコいいとは全く思っていなかったモヴィー。


 ただもうデビューしてしまったから引っ込みがつかなくなったと言う事である。


 スパイダーマンも最初はカッコ悪いと言われていたんだ。

 いくら今は変態扱いされていても社会の悪を叩きのめして行ったら正義のヒーローとして扱われるはずだ。


 やっている僕がカッコいいと思わないでどうするんだ。

 言い聞かせる様に信じるしか無かった。


「ハァ……

 じゃあ朝食を食べに行こうか……

 ジュズ……」


 朝の爽やかな気分は霧散し、ずんと気持ちが沈んだモヴィーは身支度を整えて外に出た。



 Jack’s wife Freda



 昨日ハーマンが言っていた店に到着。

 店内に入り、ベーコンエッグとトーストを二つずつ注文。

 やがて注文した品が来る。


 ぱくり 


 一口食べてみる。

 うん、普通に美味い。


【うん、そこそこ美味ェな】


 ジュズもそこそこ満足した様だ。


「ふうご馳走様。

 さあジュズ、今日も美術館行……」


【行くっ!

 連れてけッッ!

 とっとと連れてけっ!

 このFat ass(ブタ野郎)ッッ!】


「誰がブタ野郎だッッ!

 さっ行くよッッ!」


 店の外に出る。

 そのままセントラルパーク方面に歩いて行く。



 セントラルパーク メトロポリタン美術館



(あら、貴方達。

 また来たのね)


「ハイ……

 ウチの竜が大層気に入っちゃったみたいで……

 えと入館料は二十四ドルで」


(はいThank you(ありがとう)

 キミの竜に伝えてね。

 今日はお行儀良くしてねって)


「はいわかりました……

 だってさジュズ」


Gotcha(わかったよ)


 中に入る二人。


「ジュズ行って来な。

 僕はまたここで待ってるよ」


What’s up(おう)


 そう言って奥へ消えていったジュズ。


 ごろん


 モヴィーは待合ブースの長ソファーに寝転がる。

 そのまま転寝してしまう。



 四時間後



【……イ……

 オイ……

 起きろ相棒(バディ)


「う……

 ん……

 あぁジュズ……

 絵画は堪能したかい……?」


【あぁ……

 Awesome(ヤベぇ)……

 人間ってのは恐ろしいな……

 相棒(バディ)


 目をトロンとさせているジュズ。


「そうかい?

 まあ満足してもらえて良かったよ。

 さて……

 今は……」


 腕時計で時間を確認するモヴィー。


 十二時ニ十分


「さっキャロルが来る。

 そろそろ行こうか」


What’s up(おう)


 二人は外に出て入口付近で待つ事に。


「ハァーーイッッ!

 モヴィーッッ!」


 ブンブン


 大きく手を振りながらキャロルとベルベットがこちらに歩いて来る。


Morning(おはよう)モヴィー、ジュズ」


Morning(おはよう)、二人とも。

 今日は気持ちの良い朝だね】


Morning(おはよう)キャロル、ベルベット」


Hey(よう)、キャロルにWastedDick(ガリガリ野郎)


「フフフ。

 ジュズ、美術館は堪能した?」


【おう!

 キャロルッッ!

 ココの絵はAwesome(ヤベぇぞ)っっ!

 すんげぇパワーだッッ!】


「フフフ。

 ジュズってもしかして物凄く鋭いセンス持ってるのかもね。

 あ、そうそう写真持って来たわ。

 ベルベット」


 ベルベットの隣に亜空間(サブスペース)が現れる。

 中に手を入れ、写真を取り出す。


「現像終わってアレなんだけど……

 写真、三枚しか無かったけど良かったの?」


「良いよ別に。

 旅行で写真は付き物とか思って昨日撮ってみたけど、どうにも僕は写真を撮るって行為が性に合わないらしい。

 それより写真見せてくれよ。

 一体どんな風に写っているんだい?」


「プッッ……

 これ傑作よ……」


 そう言って差し出された写真はタイムズスクエアのビルボード前で撮ったものだった。


 モヴィーはビシッと気をつけ体勢。

 顔もガチガチに強張り、見るからに緊張しているのが見て取れる。


 ジュズはキョトン顔でモヴィーの方を見ている。


「うわ……

 すんげぇ緊張してる……」


【おうこれが昨日言ってたシャシンってやつか…………

 何だこりゃ?】


 長い首を曲げ、覗き込んできたジュズも不思議そうに見つめている。


「アハハッ……

 モヴィーったらガッチガチ。

 Visitor(おのぼりさん)って感じがすっごいしてる」


【フフフ。

 まあまあキャロルいいじゃない。

 それだけこの街(ニューヨーク)が刺激的だったって事じゃ無いか】


「フフフそうね。

 あと……

 これ」


 もう一枚は昨夜エンパイアステートビル展望台で撮ったもの摩天楼の夜景をバックに写る四人。

 フラッシュが眩しかったのか、ジュズが顔を背けているのが印象的。


「へえ……

 さすが日本製のカメラ。

 上手く撮れてるね」


「そうね…………

 それで……

 ププッ…………

 最後はコレ」


 少し吹きだしながら最後の写真を見せるキャロル。

 そこには見事にファックポーズを決めているモヴィーとジュズが写っていた。


 そのファックポーズは同じ高さで綺麗に二つ並んでいる。

 まるで二人の絆の深さを物語る様だ。


 顔は二人とも挑発的な表情。


「いいじゃん。

 ほらジュズ、見てみなよ」


【あ?

 …………ヘヘン……

 なかなかイカしてんじゃん俺】


「ププッ…………

 二人ともBrother(兄弟)みたいね。

 このポーズって打合せとかしてないんでしょ?」


「うん、写真を撮る時はポーズをとるって教えただけ」


【あ?

 Brother(兄弟)だぁ?

 キャロル、やめてくれよ。

 相棒(バディ)Brat(クソガキ)の頃から知ってんだ。

 こそばゆくってしょうがねぇ】


「フフフ、そういうのを人間の世界じゃBrother(兄弟)っていうのよ。

 あ、そうそう。こんなの貰ったんだ。

 いる?」


 そう言ってキャロルが更に亜空間(サブスペース)から取り出したのは頑丈そうな金属製の写真立て。


「何それ?

 えらく頑丈そうだけど」


「写真立てよ」


【オイ相棒(バディ)

 何だそりゃ?】


「これは写真を入れて飾るものだよ。

 ホラ、その写真貸してごらん」


 モヴィーは二人の写真を受け取るとその写真立ての中に格納した。

 正面を見ると鮮やかに写るモヴィーとジュズのファックポーズ。


【ヘヘン……

 なかなか良いじゃねぇか。

 なあ相棒(バディ)、これ俺にくれよ】


「キャロル、別にいい?」


「いいわよ」


「それじゃあジュズにあげるよ」


【ヘッThank you(ありがとよ)


 嬉しそうに写真立てを亜空間(サブスペース)にしまうジュズ。


「さあこれからどうする?」


「そうだな……

 自由の女神……」


 ぐう


 言いかけた時にモヴィーの腹の虫が鳴る。


「プッ……」


「タハハ……

 その前に昼食だね……

 どこか美味しい店ある?」


「任せてっ!

 さっ行きましょっ!」


 四人は歩き出す。

 タイムズスクエア方面へ。


 ここでもよおしてくるモヴィー。


「ごめんキャロル。

 ちょっと……

 僕トイレに行ってくる」


「うんわかった」


 三人を置いて一人トイレに行くモヴィー。



 五分後



「ふう……

 スッキリした」


 用を足したモヴィーが戻って来る。


 あれ?


 元居た場所にはジュズとベルベットのみ。


「あれ?

 キャロルは?」


【ん?

 何か知んねぇよ。

 車に放り込まれてどっか行った】


 あっけらかんと答えるジュズ。

 それを聞いてぐんぐん顔が青ざめるモヴィー。


「嘘だろ……」


(ハハッ!

 オイ見てみろよ。

 MutyのBitch(アバズレ)が攫われたぜ。

 あいつら頭イカれてやがる)


(ヘッマジかよ。

 RedPervert(赤い変態野郎)が助けに来るんじゃねぇの?

 ハッハ)


(あの全裸に赤い目出し帽のPervert(変態)だろ?

 イカれてるぜ。

 まー俺達には関係無いんだけどな)


 通りすがりの若者の会話で確信した。

 キャロルは攫われたのだ。


 攫われる瞬間を見ていない。

 手がかりが全く無い。


「どどど……

 どうしよう……」


【まあ落ち着きたまえモヴィー】


 平然とモヴィーを窘めるベルベット。


「ベルベットッッ!

 君は自分の(マスター)が誘拐されたのに何故そんなに平然としていられるんだッッ!」


 緊急事態に平静を保っていられず声を荒げるモヴィー。


【だから落ち着けと言っている。

 大体誘拐した奴の目星は付いている。

 いや……

 奴らと言った方が正しいね。

 このニューヨークでテイマーにチョッカイかける人間は皆無だ。

 それはギャングやマフィアでもね。

 自分から手を出す事はしない。

 ならキャロルを攫った連中は誰か?

 答えは簡単だ。

 同じテイマーだよ。

 おそらくドラゴーネの連中だろう】


 ドラゴーネ。

 昨日キャロルが言っていた不良テイマー集団だ。


「あいつらの拠点てどこかわかる?

 ベルベット」


【具体的な場所は僕でも解らないなあ。

 それならハーマンに聞いてみるといい。

 彼なら解るはずだ。

 時間的な余裕はある】


「どうして?」


【キャロルを攫った目的はドラゴーネのボスに宛がう為だろう。

 僕は人間の恋愛って感情は良く解らないけど、どうやらボスはキャロルに“好き”という感情が湧いているらしい。

 となると危害を加えると言う事はしないだろう。

 良く解らないけどね】


 確かにベルベットの言う事には一理ある。

 となると僕がやるべき事は一刻も早くホテルに帰る事だ。


 僕は一目散にホテルに戻った。



 ミレニアムヒルトンホテル



(おや?

 モブリアン様、如何されました?)


「ちょっ……

 ちょっとっ待っててくださいっ!」


 モヴィーはまず急いで部屋に戻る。

 荷物から取り出したのは肌色タイツと赤い目出し帽。


【ハァ…………

 もう好きにやれよ相棒(バディ)……】


 モヴィーの変身グッズを見て呆れるジュズ。


「つべこべ言わず亜空間(サブスペース)ッッ!」


【ハイヨ……】


 ジュズの隣に亜空間が現れる。

 その中に変身グッズを入れ、踵を返す様に一階へ。


「お待たせしましたっっ!

 ハーマンさんっっ!」


(一体どうしたと言うのです?

 さっきから血相を変えて)


「…………落ち着いて聞いて下さい…………

 キャロルが攫われました……」


(フム…………

 ではニューヨーク市警に連絡しましょう)


「ちょっ……

 ちょっと待って下さいっ!

 ベルベットの話によると犯人はドラゴーネって言うテイマーの集団らしいんです」


(ムウ…………

 となると弱りましたね。

 ニューヨークでテイマー関連の事件が起きると少し手配が手間なんです)


「安心して下さいッッ!

 キャロルは僕が必ず助け出しますッッ…………!

 ………………いっ……

 いやっ…………!

 僕の友達がですっっ!!」


 もちろん助けるのはエア=ガイになったモヴィー。

 自分では無いアピールをしておかなくては。


(友達?

 確かモブリアン様は旅人では?)


「そっっ……

 それはっっ!

 僕の昔からの友達でグーゼンニューヨークに来てるんですよッッ!

 その友達もテイマーで物凄く強いから大丈夫ですっっ!」


 苦しいとか思ったが勢いで押し切ろうとするモヴィー。


(フム………………

 色々解せない点は御座いますが……

 それだけ自信がおありと言う事は何らかの根拠はあるのでしょう…………

 かしこまりました…………

 ではモブリアン様……

 Miss carol(キャロルお嬢)を宜しくお願いします)


 ぺこりとお辞儀をするハーマン。


「わかりました。

 それでドラゴーネがいつも何処を根城にしているか教えて下さいませんか?」


(ハイ……

 ドラゴーネはイーストビレッジにあるトンプキンズ・スクエア・パーク右の赤い廃アパートを根城にしていると言われてます。

 外装はボロボロでGraffiti(グラフィティ)まみれなのですぐに解るかと思います)


「わかりました。

 最後にイーストビレッジの方向とここからの距離を教えて下さい」


(方角はこちらで距離は……

 そうですね……

 二マイルもありません)


「わかりました。

 では行って来ます」


(お気を付けて行ってらっしゃいませ。

 Miss carol(キャロルお嬢)を宜しくお願いします)


 ぺこりとお辞儀をするハーマン。

 ホテル外へ出る三人。


 まず向かう先は市庁舎公園。


 直ぐに辿り着く。

 そそくさとジュズを連れて茂みの中へ消えていくモヴィー。


 やがて出て来る肌色タイツに赤い目出し帽の変態。


 それを目の当たりにしたベルベットが絶句する。


【ハァ…………

 まさか巷を騒がせているRedPervert(赤い変態)がモヴィー……

 君だったとはね…………

 念のため聞いておくけどその珍妙な格好は何だい?】


「スーパーヒーローは正体を隠すものだろ?

 格好のチョイスに関してはしょうがないとしか言いようがないッッ!」


 言い切るモヴィー。


(ママー、RedPervert(赤い変態)だよ。

 RedPervert(赤い変態)がいるー)


 子供が無邪気にエア=ガイに変身したモヴィーを指差す。


(シッ!

 見ちゃいけませんッッ!)


 母親が当然の注意。


「フフン……

 ぼうや……

 僕はRedPervert(赤い変態)なんかじゃないんだよ。

 僕の名前はスーパーヒーロー、エア=ガイッッ!

 良かったら応援してね!」


 モヴィー、地道な営業活動。


【もう恥を晒すなよ……

 相棒(バディ)……

 とっとと行こうぜ】


 呆れながらもっともな意見を呈するジュズ。


「わかったよ……

 気圧(アトモスフィア)


 フワッ


 三人の身体が浮く。


「方向はこっちで……

 二マイルだから……

 こんなもんか…………

 空圧跳躍(リープ)ッッッ!」


 バフォォォンッッ!


 ギュンッッ!


 足元の空気が弾け、瞬く間に空の彼方へ飛んで行く三人。


(わーーっっ!

 すっげーなっ!

 RedPervert(赤い変態)、バイバーーーイッッッ!)


 エア=ガイの認知はまだまだ遠そうだ。


 ゴォォォォォッッ!


 空気の層を力任せに突き破る音が響く。

 今回は近距離の為、既に放物線の頂点を通り過ぎ、下降していた。


 眼下にはレンガ色の建物が沢山立ち並ぶ地区。

 タイムズスクエア付近の都会の様相では無く、まさにダウンタウンと言った街並み。


 ぐんぐん下降していく。

 目測ではおそらく着弾点は向こうに見える公園内だろう。

 着弾迄残り十秒。


 くるん


 三人は身体を反転。


気圧(アトモスフィア)ッッ!」


 モヴィー、足元に空気塊を生成。

 着地体勢。


 ボコォォォォォォンッッッ!


 モヴィーら三人着弾。

 気圧(アトモスフィア)の衝撃で地面が抉れ、薄いクレーターが出来る。

 無事着地。


 スタッ


「ふう……

 多分ここがトンプキンズ・スクエア・パークだと思うけど……

 どうだろう?

 ベルベット」


【ハァ……

 オイWastedDick(ガリガリ野郎)……

 ウチのJerk off(アホ)が何か言ってるぞ……】


【すまない……

 モヴィー……

 まだ君の姿に脳の中がエラーを起こしている様だ……

 その狂気とも言える珍奇な姿にまだ慣れそうもない……

 まあでも安心してくれ……

 ここは確かにイーストビレッジのトンプキンズ・スクエア・パークで間違いないよ。

 恰好は森羅万象の理を遥かに凌駕する程、奇怪で滑稽だが気圧(アトモスフィア)の精度は大したものだよ。

 モヴィー、君は空間把握能力が優れているのかもね】


 難しい言葉を並べてインテリに馬鹿にされたのはわかったモヴィー。


 ■イーストビレッジ


 マンハッタン南西部、グリニッジ・ヴィレッジの東からイースト川に至る、ハウストン・ストリートから十四丁目間の地域の名称。

 かつてはロウアー・イースト・サイドの一部と見なされていたが二十世紀半ばから独立した地域と見なされる。

 1950年代からビートニクの拠点となり、1960年代後半から多くの学生、芸術家、音楽家、ヒッピー達が住み付く様になる。

 “ニューヨークのボヘミア”とも呼ばれ、自由奔放な若者やアーティスト等が多く居住する地区となった。


「さっ行くか……

 確か右に廃アパートが……」


(ハッ。

 見てみろよBrother(兄弟)、あそこに頭のイカれたPervert(変態)が居るぜ)


(ハッハ。

 ホントだな。

 いくらイーストビレッジが自由な街って言っても……)


噴流砲(ジェット)


 ボォォォンッッ!


 バカァァンッッ!


 バターーンッッ!


 馬鹿にした若者に向けてスキル発動するモヴィー。

 空気の弾ける音と破砕音が響き、一瞬で意識が断ち切られた若者は後ろへ大の字に倒れる。


(オイッッ!?

 Brother(兄弟)ッッ!

 Brother(兄弟)ッッ!

 どうしたーーっっ!?)


 囚われのヒロインを助けると言うシチュエーションがモヴィーの精神状態をスーパーヒーローのソレに変えていた。

 そんな正義のヒーローに向けられた悪口は許さない。


 しかし、この大人気無さはヒーローとしてどうかとは思うが。

 それ以前に姿を何とかしろ。


【ハァ…………

 人間同士で全く愚かしい……】


 溜息をつくベルベット。


「ごちゃごちゃ言ってないで廃アパートを探してよ」


 モヴィー達は少し辺りを散策。

 すると公園の右側にレンガで建てられたボロボロの建物を発見する。


 外装表面は剥がれ落ちてボロボロ。

 一階周辺はGraffiti(グラフィティ)で彩られている。


 それらしき建物だ。


【ん?

 アレ、キャロルが乗ってった車じゃねぇか?】


 建物の前に止まっている大型バンを指差すジュズ。


「間違いないか?

 ジュズ」


【あぁ、間違いねぇな】


「よし……

 行くぞ二人とも……」


What’s up(おう)


 ザッザッザッ


 歩速を早めるモヴィー。

 建物内に突撃するつもりである。


 ガチャ


 建物のドアが開く。


(あー……

 何か食いに行こうぜBrother(兄弟)


(俺は食いモンより酒だな)


 中から出て来るテイマー二人と竜二人。


 ザッザッザッザッザッザッ


 走り出すモヴィー。


(ん………………?

 うわァーーーーーッッ!!

 何だアレーーーーーッッ!!

 何かPervert(変態)がこっち来るぞーーーーッッ!!)


(気持ち悪りィッッ!

 何だッッ!?

 襲撃かッッ!?

 どうすんだッッ!?

 どうすんだよっっ!?

 Brother(兄弟)ッッ!)


 この二人はキャロルを攫った誘拐実行犯である。

 ボスからの命令をこなし、一仕事終えたと建物から出てきた所だった。


 そこへ猛然とダッシュし、向かってくる赤い目出し帽にパッと見全裸の変態。

 混乱するのも無理はない。


 不意を突かれたというレベルでは無いのである。


 モヴィーは既にバラストを数個、手に納めていた。


噴流散砲(ショットジェット)ッッ!」


 ボボボボボボォォォンッッ!


 バカァァァァンッッ!


 けたたましい連続した空気の弾ける音と破砕音が同時に響く。


 ドゴォォンッッ!


 各々数個の噴流砲(ジェット)を被弾する相手テイマー。

 余りの威力に後ろへ吹き飛び、建物外壁に背中を痛打する。


 ズル


 地面にずり落ちた二人は俯き、そのまま物言わなくなってしまう。


【オイ(マスター)、どうしたんだよ】


 相手テイマーの竜が比較的落ち着いた感じで安否を確認している。


気圧(アトモスフィア)


 フワッ


 そんな竜を気にせず、スキル発動するモヴィー。

 宙に浮く三人の身体。

 突撃の為だ。


空圧跳躍(リープ)ッッ!」


 バフォォォォォンッッ!


 空気が弾ける。

 圧縮空気の膨張圧力に乗って、空を駆ける三人。

 狙いは廃アパート入口。


 ぐるん


 モヴィーは素早く反転。

 鋭い矢の様に右足を入り口のドアに向ける。

 蹴りの体勢。


気圧(アトモスフィア)ッッ!」


 モヴィー、スキル発動。

 右足下に小さな空気の塊生成。


 ドコォォォォォォンッッッ!


 閉じられたドアが力任せにこじ開けられる。

 強い力にドアの蝶番は簡単に外れ、ドアだったモノはただの鉄枠と化し、周りに吹き飛ぶ。


 ガランッ!

 ガラガラーーーッッ!


 接触音を響かせ、勢いのままに転がっていく鉄枠。


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 モヴィー着地。

 惰性で床を滑る。


 先の気圧(アトモスフィア)はキックの威力増強の為ではない。

 単に反動吸収の為である。


 モヴィーには魔力注入(インジェクト)の様な身体強度増強術は使えない。


 だが、特にそれはデメリットにならない。

 拳や蹴りの威力を増すには気圧(アトモスフィア)の圧縮率を上げれば良いだけの事だからだ。


(何だぁっ!?

 何の音だぁっ!?)


 バタバタバタバタ


 各部屋からドラゴーネ構成員が次々現れる。


 モヴィーは立ち上がる。

 見ると廊下の幅や天井は比較的広めになっていた。


 おそらく竜が出入りする為、広めに改築したんだろう。

 しかし改築するなら外装も治せばいいのに。

 そう考えるモヴィーであった。


 モヴィーは若干落ち着いている。

 それは全く負ける気がしなかったからだ。

 ドラゴンテイマー数人との対峙は初めてにもかかわらずだ。


 それは何故か。

 まず一つの根拠としてこのシチュエーションが気圧(アトモスフィア)を使うのに適していたから。


 続いての根拠は相手の慢心。


 昨日ドラゴーネとの諍いで気づいた事がある。

 それは奴らのスキル発動の遅さだ。


 奴らはおそらく自身の異能の力に酔い、研鑽を積むのを怠っているのだろう。

 昨日もモヴィーがムカついたのであればとっととスキル発動させて撃退にかかれば良かったのだ。


 そして現在、明らかな敵襲にもかかわらず何もしてこない。


(ウワッッッ!?

 何だこのPervert(変態)はッッ!?)


Fuck(クソッ)

 こいつ今朝ニュースでやってたRedPervert(赤い変態)だぜっ!

 完全に頭イカれてやがる)


 まあ向こうが戸惑い、手出しできないのはモヴィーの珍妙な姿が原因でもあるが。

 だがこれはモヴィーにとって好都合。


気圧(アトモスフィア)ッッ!」


 バフォォォォォンッッ!


 モヴィーは足元に空気塊生成。

 瞬時に爆裂。


 ギュンッッ!


 宙を駆け抜ける三人。

 角度は浅めなので天井には当たらない。

 相手テイマーの頭上を物凄い勢いで通り過ぎ、背後へ。


噴流散砲(ショットジェット)ッッ!」


 逆さまになったモヴィーは手に握り込んでいたバラストを宙に放つ。

 スキル発動。


 ボボボボボボォォォンッッ!


 連続した破裂音。


 バカァァァンッッ!


 ボコォォォォンッッ!


 ドコォォォォンッッ!


 放ったバラストの破砕音が響く。


 バターーンッッ!


 次々に倒れていく構成員のテイマー達。


 基本的に竜河岸同士やテイマー同士の争いと言うのは人か竜のどちらかが戦闘不能になれば勝敗は決すると言われている。


 知ってか知らずか頭上からモヴィーの放った噴流散砲(ショットジェット)は的確に構成員テイマー数名の頭部を捉えていた。


 スタッ


 モヴィー着地。

 残る人数は四組。


Mother(こん) Fucker(ちくしょう)……

 許さ……)


 怒りを発しようとした構成員の言が止まる。

 モヴィーが妙な行動を取り出したからだ。


「ねえ、ジュズ。

 このタンス持ってあいつらに向けてくれない?」


 モヴィーが眼を付けたのは廊下脇にあった大きめのタンス。


What’s up(おう)


 ひょい


 成年男性一人分ぐらいの重量はあるだろうそのタンスを軽々と持ち上げるジュズ。

 そのまま構成員達に向ける。


(オイ…………

 テメェ…………

 まさか……)


 この所作を見て、構成員の一人が絶望的な想像を巡らす。

 そしてその想像は合っていた。


「じゃあジュズ、行くよーーっ

 結構反動凄いと思うから踏ん張っててねぇ…………

 噴流大砲(ビッグジェット)……」


 バフォォォォォォォォォォォォォンッッッッ!


 今までニューヨークで響かせた中で一番大きな空気塊の破裂音。


 ギャンッッッ!


 ジュズの手にあった大型タンスが真横に超速で駆け抜けた。


 ドカァァァッァァァッァァァァァッァンッッッッ!


 けたたましい破砕音と煙が舞い上がる。


 やがて煙が晴れるとそこには気絶し、倒れている四人の姿。


【あら?

 (マスター)、負けちまったよ】


 相手側の竜がのん気な事を言っている。


「ふう……

 こんな所かな?

 威力は上々」


【ヒュウッ!

 Fucking(めちゃくちゃ) so good(いいじゃねぇか)ッッ!

 相棒(バディ)、こんなスキル使えるなんてなっ!

 見た目、完全に頭のイカれたPervert(変態野郎)なのにやるじゃねぇかっ!

 こっそり練習してたのかよ】


「スキルの練習する時はジュズが絶対いるじゃん。

 今のスキルはぶっつけ本番だよ……

 …………って誰がPervert(変態野郎)だよッッ!」


 肌色タイツに赤い目出し帽のモヴィーは必死に否定する。

 そのまま上階へ向かうモヴィーら三人。


噴流大砲(ビッグジェット)


 ドカァァァァァァァァァァァァァンッッッ!


(ウワァァァァァァァッッ!

 何かPervert(変態)がァァァァッッ!)


 更に上階へ。


噴流散砲(ショットジェット)


 ボコォォォォォォォォォォォンッッッ!


(オゴォォォォォォォォォォッッッ!

 な……

 何だ……?

 突然……

 Full monty(フルチン野郎)が……)


 しらみ潰しに大暴れして階を登っていくモヴィー。

 階を登る毎にどんどん心が傷ついて行く。


 ここでようやくコスチュームの変更と言うのが頭を過るモヴィーなのであった。


 廃アパート 最上階


(へへへ……

 良いじゃねぇかキャロル。

 そろそろ俺の方に振り向いてくれてもよ?)


「嫌よっっ!

 アンタみたいなテイマーのスキルで迷惑ばっかりかける自分勝手な男なんて大っ嫌いッッ!!」


(相変わらず気の強ええオンナだ。

 まあそこが堪んねぇんだけどな。

 なあ良いじゃねぇか。

 キャロルが首を縦に振らねぇと俺も縄を解けねぇよ)


「いーーーッッッやッッッ!!」


 奥の部屋で話し声が聞こえる。

 聞こえる部屋の方へ向かう。


 ドアは開いていた。

 とりあえず状況確認の為に中を覗いてみる。


 ぬっっ


 赤い目出し帽のモヴィーは中を覗く。

 キャロルは椅子に縛られて座っていた。


 その側に金髪リーゼントのやや大柄白人が座っていた。

 横顔からも良く解る。


 こいつケツアゴだ。

 そのケツアゴの側に陸竜が一人。

 鱗の色はライトブルー。


 中を伺いながらどう踏み込もうか思案するモヴィー。


 スキルなりを使用して混乱の中踏み込むのも良いがキャロルに危害が及ぶかも知れない。


 こういう時スーパーヒーローならどう言う感じで参上するのだろう?

 そしてあのボスのスキルはどういうものか?


 赤い目出し帽を被ったモヴィーの頭の中は色々と思惑がグルグル回っていた。

 中の様子を伺いながら。


「ん…………?」


 ついにキャロルの目線にモヴィーの姿が飛び込んでしまった。


「キャッッ……!

 キャァァァッァァァッァァァァァァッッッッ!!

 Pervert(変態)ィィィィィィッッッ!」


 部屋にキャロルの悲鳴がこだまする。

 当然の反応。


 ぐさり


 正常な人間であれば至極真っ当な反応なのだが、助けに来たヒロインに変態呼ばわりされると哀しみの刃がモヴィーの心を貫く。

 少しションボリする。


(ん……?

 何だ?

 どうしたんだよキャロル)


 くるん


 椅子から立ち上がり、入口の方を振り向くケツアゴボス。


(ウオッッ!?

 なっ……

 何だッッ!?

 このPervert(変態)はッッ!)


 モタモタしてると気づかれてしまった。

 もうしょうがないとゆっくり中へ入るモヴィー。


 赤い目出し帽に肌色タイツの全容が明るみに晒される。


(なッッ…………

 何だテメェ…………

 Full monty(フルチン)……

 いや肌色タイツか……

 あっ…………

 お前がゲイリーで暴れたRedPervert(赤い変態)って野郎か……)


「違うッッ!

 僕の名前はスーパーヒーロー、エア=ガイッッ!

 友人のモヴィー君に頼まれて攫われたLady(女性)を助けに来たッッ!

 キャロライン君ッッ!

 安心したまえッッ!

 このエア=ガイが来たからにはすぐに助け出す事を約束しようッッッ!」


 モヴィーは意気揚々とスーパーヒーローの名乗りを披露する。

 正体を隠しつつ名乗れたとそこそこ満足した。


「………………………………モヴィー……?

 貴方何やってるの…………?」


 が、秒でバレた。


 中編③に続く。

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