第五章 モブ Brother 中編①
【前回のあらすじ】
時は1993年。
場所は米国サンフランシスコ。
そこに十六歳の白人の青年。
アメリカンヤンキー魂に溢れた少し毒舌の竜が一人いた。
青年の名前はモブリアン・ジョンソン。
竜の名はジュズと言う。
この物語は三重でD-1グランプリを企画した胡散臭い外人社長の若かりし頃の物語。
話はモブの十六歳の誕生日から始まる。
その日に父親から竜を受け継ぐことになったモブ。
備わったスキルの威力に戸惑う。
そこから練習を重ね、そこそこ使いこなせるようになったモブはスーパーヒーローになりたいと考えだす。
そして向かった先はコンプトンと言うアメリカ屈指の犯罪多発区域。
そこで地元でも有名なギャング団を壊滅させてしまう。
圧倒的なスキルの威力に何故自分がこんな能力を持ったのか疑問を持ち始めるモブ。
ふとモブは思う。
旅に出ようと。
エルポート
そこでは変わらずスキルの練習をしているモヴィーとジュズが居た。
「噴流散砲」
ボボボボボボォォォンッッッ!
ガンッッ!
ガガガガガァァァッァン!
離れた所に並べられたドラム缶の群れに超速で射出された石礫が炸裂する。
【ヒュウゥッ!
Fucking so goodッッ!
相棒、そのスキルもなかなか当たる様になって来たじゃねぇかFuck」
「あれから毎日練習してるしね……
ふう……
気団……」
モヴィー、スキル発動。
が、これは攻撃の為では無い。
見えない背もたれを作る為だ。
ゆっくりと砂浜に腰掛け、生成した空気の塊に背を預ける。
【ん?
相棒、どうしたんだ?
もう練習はやらねぇのか?】
「うん……
今日はもういいや……」
【Holy shit。
相棒、どうしたんだ?
昨日からAss holeみてぇなSon of the bitchの顔しやがって】
「うん……
ちょっとね……」
モヴィーは考えていた。
あのコンプトン・クラップスを壊滅させて一週間経つ。
翌日にトップニュースに取り上げられていた自分のやった事を見て、その時は誇らしかったが、日が経つにつれ、自身の力の強大さについて考える様になっていた。
僕のこの能力は何のために在るんだろう。
僕がドラゴンテイマーとして生まれたのは意味があるんでは無いだろうか。
そんな自分のルーツについての自問自答を繰り返した。
ここでモヴィーは決意を決める。
探しに行こう。
僕の力の使い方を。
僕が産まれた意味を。
カリフォルニアで見つからなければ、ロサンゼルスへ。
そこでも見つからなければニューヨークへ。
そこでも納得する事が出来なければラテンアメリカへ。
世界を見よう。
色々な人に出会って、色々なテイマーの話が聞きたい。
ギャング抗争の帰り、旅に出よう。
そんな考えが頭を過っていたが、今日この日決意をする。
「ねえジュズ……
旅に出ない?」
【あ?
旅?
何だそりゃ?
Fack】
「旅ってのはカリフォルニアから離れて色んな所に行く事だよ」
【Shitッ
行ってどうすんだよ相棒】
「気圧は凄い力がある……
僕はこの力の使い方を知りたいんだ……」
【Fuckッ
人間ってのはどうしてこうもWeiredな事で悩むんだよっ。
強ええ力があってそれが使える。
それで良いじゃねぇかFuck】
「いや、この力は下手したら大量殺戮兵器にもなる危険なものだよ……」
【ハッ
一週間前、Losersをブチのめしたヤツが言う台詞じゃねえなFuck】
「そっ……
それは……
僕もヒーローになりたいって気持ちがあったから……
ギャングって不思議だね……
あれだけブチのめしたのに……
全く罪悪感が湧かないんだから……」
【DickHeadッ!
知るかよそんな事。
でもまーそういやロジャーとそんな事したの思い出した。
今考えたらアレが“旅”ってヤツだったんだな】
「へえ……
Dadと……」
この話を聞いて、今夜ロジャーに相談することを決めたモヴィー。
家路に着く。
夕食後。
「Dad、ちょっと話があるんだけど良いかな?」
「ん?
何だいモヴィー?
…………っと、雰囲気的にアフターディナーのチークタイムを楽しむと言う感じじゃ無さそうだね……
じゃあこっちで話そうか……
アンジェ、コーヒーを二つ頼むよ」
真っすぐこちらを見ながら言うモヴィーの姿に只ならぬ空気を感じたロジャー。
「わかったわ」
ロジャーとモヴィーはリビングに行き、ソファーに座る。
「で、モヴィー何だい?」
「うん……
Dad……
僕……
旅に出たいんだ……」
「はいコーヒー」
コーヒーを入れて来たアンジェリーナ。
数は三つ。
アンジェリーナも話に加わる気である。
ロジャーの隣に座るアンジェリーナ。
「何の話?」
「うん……
Dad、Mom……
僕……
旅に出たいんだ……」
ズズズ……
コーヒーを一口啜るロジャー。
「プッ……
アハハハハハ」
急に笑い出すアンジェリーナ。
「Mom……
何……?
どうしたの?
急に笑い出して……」
「あー……
やっぱり、モヴィーはロジャーのSonねって思って」
「だろ?
アンジェ、この賭けは僕の勝ちだね」
「そうね。
フフフ」
「ちょっとちょっと。
Mom、Dad、何の話だよ」
「フフフ。
ロジャーが言ってたのよ。
そろそろモヴィーは旅に行くって言い出すよってね」
「えぇっ!?」
自身の気持ちがバレていた事に驚きの声を上げるモヴィー。
「フフフ。
僕もドラゴンテイマーになった時、旅に出た事があるんだよ」
さっきジュズ言っていた事だ。
「うん。
そんな事をジュズに聞いたよ」
「僕の場合は将来の事って言うか生きる理由が欲しくてね。
外の世界に答えを探しに出たんだ」
「うん……
僕もそんな感じ。
この気圧は凄い……
だから僕はこの力を使っても恥ずかしくない人間になりたいんだ……
で、Dad……
旅はどうだったの?」
「うん……
あの……
それがね……
一ヶ月で戻って来たんだ……
国もStatesから出ていない……
タハハ」
「え?
何で?
せっかく旅に出たのに?」
「それは……
ね……」
そう言いながらちらりとアンジェリーナを見る。
「フフフ」
目線に気付き優しく笑うアンジェリーナ。
「いや……
ニューヨークでアンジェと出会っちゃったからね……
もう運命を感じたよ……
僕はこの女性を幸せにするために産まれたんだ……
そう思うぐらいにね」
「Momに出会って……
どうしたの?」
「そりゃプロポーズだよ。
正確には婚約だけどね」
「フフフ。
そうね。
ステキだったわ。
“四年待ってくれ。四年経ったら必ず君をさらいに来る。心ごとね”
だった……」
「そうだね。
MITを卒業した日にすっ飛んで行ったよ。
そしたら四年前とちっとも変わらなかったねアンジェ」
「フフフ。
ステキだったでしょ?」
「あぁ……
今も変わらず僕の女神だけどね……
アンジェ、愛しているよ」
ギュッッ
アンジェリーナはロジャーに抱きつく。
「私もよ……
ロジャー……
愛しているわ……」
「あの……
Mom……
Dad……」
「あっ……
モヴィー、ゴメンゴメン……
まあ結論を言うとOKだ。
行ってきなモヴィー。
旅費に関しては心配しなくていい。
僕が持ってやるよ」
「ホントッ!?
Dadっ」
「ただだ……
条件がある……」
「な……
何……?
……Dad……」
「期間は僕が決めさせて貰う。
三ヶ月。
三ヶ月だ。
三ヶ月経ったらどんな状態であっても戻って来る事。
答えが見つかっても見つからなくてもだ。
これを破ったら僕はモヴィーを見捨てる。
コレは本気だ。
良いかい?
僕は息子の我儘を何でも許す甘い父親じゃ無いんだ。
これが飲めるんなら行って来な」
モヴィーは察した。
ロジャーは本気だと。
モヴィーを見つめる目がそれを物語っていた。
だが、モヴィーの決心も硬いものではあった。
ゴクリ
モヴィーが生唾を飲み込む。
「…………うん……
わかった……
僕行ってくるよ……」
「わかった。
ハイスクールの休学届は出しておくよ。
それで出発はいつだい?」
「明日には出ようと思う」
それを聞いたロジャーはニヤリと笑う。
「そうかい。
ならパスポートを渡しておく。
僕達に気を使わなくていいよ。
男の旅立ちと言うのは孤独なもんさmy son」
【このMinute manッッ!
明日のもう出んのかよっ!
早すぎんだろっ?
まだアンジェのアボカドパイ食べてぇってのに……】
「フフフ。
安心して。
明日の朝に山程作っといてあげるから。
確か亜空間って腐らないのよね」
【Thanks、アンジェ。
ほんじゃ頼むわ】
「あとコレも渡しておこう。
当面の路銀だ」
そう言ってロジャーは奥へ消えて行く。
やがて戻って来ると手には茶封筒。
それをモヴィーに手渡す。
中を確認すると百ドル札が二十枚入ってあった。
全部で二千ドル。
1993年時の為替計算で凡そ二十万円。
「ありがとうDad」
「キャッシュカードは持って行きなよ。
あと別国へ行く時はある程度おろしてから行くようにね」
「うんわかった……
じゃあDad……
僕……
行ってくるよ」
「フフ……
Bon voyage……
Mon fils……」
「え?
Dad、何て言ったの?」
「フランス語で良い旅をって言ったのさ」
「何でフランス語?」
「その方がオシャレだろ?」
さらりとそんな事を言ってのけるロジャー。
「フフ……
じゃあおやすみ」
モヴィーはそのまま眠りについた。
翌日
「う……
ん……」
目が覚めるモヴィー。
側に寝ているはずのジュズが居ない。
「あれ……
早起きだな……
ファ~~」
大きい欠伸をした後、徐々に覚醒して行く頭。
ようやく今日の目的を思い出す。
「そうだ……
今日は出発の日だ」
思い出したモヴィーは昨夜用意したバックパックを背負い、一階へ降りる。
くんくん
何やら香ばしい匂いと暖かい脂のコッテリとした匂いが漂ってくる。
匂いのする方へ足を向けるモヴィー。
辿り着くとそこにはうず高く積まれた焼き立てのアボカドパイとニヤニヤ笑っているジュズ。
そして見た目からも疲れているのがわかるアンジェリーナが居た。
【カッカッカ。
Fucking so goodッッ!
こんだけありゃあ当分困らねえなFuck】
「Mom……
何もこんなに焼かなくても」
塔の様に聳え立つアボカドパイを見上げながら言葉を失うモヴィー。
「あら?
モヴィー、おはよう。
ホントはもっと焼きたかったんだけどね。
材料が無くなっちゃったからこれで終わりよ」
「Mom……
門出の祝いにしても多すぎない?」
「あら?
ジュズの亜空間は腐らないから大丈夫よ。
それにね……
こう言う“家の味”って言うのは帰巣本能を揺さぶるものなのよ。
遠い旅先でパイを食べたら“懐かしいな。帰りたいな”ってね」
「へえ……
そういうものなのかな?」
「フフフ……
それでまず何処から行くの?」
「まずはニューヨークから行ってみるよ。
陸続きだしパスポートも要らない」
「あら?
私の故郷ね。
気を付けて行ってらっしゃい。
あとこれも渡しておくわ」
アンジェリーナはそう言うとチェーンがついたロケットをモヴィーに渡す。
中を開けると小さく折り畳まれた紙が一枚。
そこには氏名と住所と電話番号が書かれていた。
「もし何かあって喋れない状態とかになったらこれを渡して連絡頂戴ね」
「うんわかった」
チャラ
受け取ったロケットを首からさげるモヴィー。
【やっぱアンジェリーナのパイはクソ美味ぇなFuck】
僕とジュズは朝食のアボカドパイの残りを食べ終わり、外へ出る。
「えっと……
ニューヨークはここから東に真っすぐだから…………
角度はこんなもんかな。
大きさはジュズも乗るだろうから大きさは気持ち大きめに……」
弾道計算を始めるモヴィー。
「よし、ここだ」
「気圧」
フワッ
モヴィーとジュズの足元が浮かび上がる。
高さ二メートル程の高さ。
かなりの大きさの空気の塊。
長距離飛ぶ気なのだ。
「ジュズ……
行くよ……
空圧跳躍ッッ!」
バフォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!
瞬時に空高く弾け飛ぶモヴィーとジュズ。
気圧の壁を何層も突き破り、雲を突き抜け、空を駆ける一人の白人青年と一人の竜。
「イヤッッッッホォォォォォォォウゥゥゥッッ!」
【YEAAAAAAAAAAAッッッ!】
余りの爽快さに叫び出す二人。
そろそろ頂点を過ぎ下降し始める。
「気圧ッッッ!」
ぼよん
空中に現れた巨大な空気の塊に着地する。
「空圧跳躍ッッ!」
バフォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!
空中で更に弾ける空気の塊。
この空圧跳躍は角度は浅め。
高度は充分だからだ。
更に距離を稼ぐ為である。
ここで一つ断っておく。
ジュズは陸竜である。
羽など一切生えていないのだ。
だがご覧の通り空を飛んでいる。
ドラゴンテイマーのモヴィーと共に。
この心地良い違和感が少しでも読者に伝わればと思う。
空圧跳躍の重ね掛けで更に飛ぶジュズとモヴィー。
そろそろ弾道が下降気味になる。
一旦着地しようと考えるモヴィー。
雲を突き抜け超高高度から落下する二人。
下は荒野が広がっている。
その中に一本道がある。
そして、その道が建物が少し密集している町らしき所に続いている。
ラッキー。
町の人に場所を確認しよう。
重力に逆らう事無く、ぐんぐん落下していく身体。
落下まであと二分弱。
ゴォォォォォォォォォォッッッ!
落下速度の速さに風圧音が耳に響く。
三十秒を切った。
「気圧ァッッ!」
二人の足元に大きな空気の塊を生成するモヴィー。
バグォォォォォォォォォンッッッ!
街の前の荒野に着弾する二人。
大きなクレーターが出来る。
スタッ
モヴィーとジュズ着地。
「ふう……
こんな所来た事無いなあ……」
とりあえず歩いて民家が密集している地帯まで。
と、トラックに荷物を積んでいる中年の男性が居る。
藍色のオーバーオールがはち切れんばかりになっている。
「あの……
すいません」
(ん?
Boy。
何だい?)
「ここの州とこの町は何処か教えて下さい」
(ん?
ここはカンザス州のキンズリー。
ご覧の通り何もない街さ)
確かに高いビルなんて何もない寂しい街だ。
「えーと……
カンザス州のキンズリー……
って事は……」
ガサガサ
バックパックから地図を取り出すモヴィー。
「えーと僕らが居た所は……
マンハッタンビーチだから……
ゲッ……
千マイル近く跳んだぞ……」
千マイルとはおおよそ千七百キロ。
日本で換算すると鹿児島の端から北海道の帯広付近までの距離である。
その距離をたった二回のスキルで移動したのだ。
全くもって驚異的なスキルである。
気圧の驚異的な力を再確認したモヴィーであった。
「えっと……
ニューヨークだから……
あと……
千三百マイルか……
七百マイルで区切るとして……
次はインディアナ州か……」
モヴィーは念のため気圧で二回区切ろうと考えた。
【なあ相棒、こんな何もねえAssholeな土地で何かするのか?】
「そんな訳ないじゃんジュズ。
すぐに行くよ。
すいません……
インディアナ州って方角的にどっちですか?」
ジュズも大概だが、主のモヴィーも失礼である。
(ん?
えーと……
インディアナ州は……
確かこっちかな……?
……ってうお!
竜だっ!
Boy、テイマーだったんか……
へえ……
これが竜……)
自然にブニブニとジュズを触り出す中年男性。
【あ?
気やすく触るなよ。
殺すぞFuck。
俺に噛み殺されない内にとっとと消えなKissMyAss】
「あ、あの……
あまり竜に触れると危ないですよ……」
ビクッッ!
(そ……
そうかい……)
驚いた中年男性は即座に手を離す。
「それじゃあ僕らはこれで……」
ジュズとモヴィーは歩き出し、街の外れまで。
だだっ広い荒野まで出て来た。
「確か……
こっちだったっけ……?
ジュズ……
行くよ……
気圧……」
フワッ
二人の身体が浮かび上がる。
「えーと……
こんなもんかな…………?
空圧跳躍ッッ!」
バフォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!
空気の塊が破裂する巨大な炸裂音。
瞬時に二人の身体が弾け飛び、雲を突き抜け、大空の彼方へ。
バババボボボババババ
絶え間なく耳に雪崩れ込んで来る風圧音。
「イイイヤッッッッッホゥゥゥゥゥゥッッッ!!」
やはり長距離を飛ぶとテンションが上がるモヴィー。
今回は区切って飛ぶため出来れば一回で済ませたい所。
徐々に弾道が下降していく。
バフォッ
雲を突き抜ける。
北の方に大きな海……?
いや湖が見える。
ぐんぐん地表が近づいて来る。
ぐるん
すばやく反転するジュズとモヴィー。
着弾迄あと十秒。
「気圧ッッ!」
足元に空気の塊生成。
ドコォォォォォォンッッッ!
モヴィーとジュズ着弾。
接触音が響き、薄いクレーターが出来る。
「ふう……」
スタッ
大地に降り立つジュズとモヴィー。
辺りを見渡す。
辿りついた先はどこかの湖岸の砂浜。
自然の多い所。
ゴロゴロした岩が辺りに散らばり、枯れ草色の葉が点々と生えている。
「ここはどこだろう……」
少し歩いてみる。
しばらく歩くも、砂浜が続くのみ。
これじゃあ埒が明かない。
「ちょっと待ってジュズ。
ちょっと周りを探ってみるよ」
【Fuck、早くしやがれ】
「気圧」
フワッ
足元が浮く。
「空圧跳躍」
バフォォォォォッッッ!
弾ける空気の塊。
真上に飛び上がるモヴィー。
視線がぐんぐん上昇。
遠くの方で街が見える。
「こっちか……
距離にして……
五マイル弱って所かな……」
威力を調節した為ある程度上昇すると落下。
着地まで後五秒。
「気圧」
バァァァンッッ!
モヴィー着地。
スタッ
「ジュズ、町の場所が分かったよ」
【Fuck、じゃあサッサと行きやがれSon of the bitch】
「わかったよ」
ピトッ
ジュズの身体の手を合わせるモヴィー。
魔力補給の為だ。
「じゃあ、もう一度飛ぶよ……
五マイルだからこんなもんかな……
気圧」
フワッ
ジュズとモヴィーの身体が宙に浮く。
「角度は……
このくらいかな……?
空圧跳躍」
バフォォォォォッッッッ!
足元の空気の塊が弾ける。
空へ舞い上がる二人。
近場なので角度は浅め。
グングン進む身体。
すぐに着地点。
ぐるん
モヴィーとジュズの身体が反転。
着地点は思い切り道路。
「気圧ッッ!」
足元に空気の塊生成。
バフォォォォォッッッ!
着地成功。
道路のアスファルトはヒビが入った程度で治まった。
「ふう」
とりあえず、この町が何処かから確認しないと。
ここがインディアナ州なら多分さっきの湖はミシガン湖。
となるとこの街はゲイリー。
■ゲイリー
アメリカ合衆国インディアナ州北西部のレイク部にある工業都市。
マイケルジャクソン・ジャネットジャクソンらジャクソンファミリーの生まれ故郷で知られる。
と、同時に全米で有数の犯罪都市としても名高い。
原因は失業率の増加とシカゴに隣接しているためギャングの裏町として栄えている為である。
もちろんモヴィーもゲイリーという街がどう言う街かは知っている。
気持ち的にはヤレヤレ半分。
ワクワク半分と言った所。
ヤレヤレと言う部分は何故自分の落ちる所はギャングシティばかりなのかと言う点。
ワクワクはまたヒーローになれると言うワクワクである。
「すいません」
歩いていた女性に声をかける。
(はい、何かしら?)
「ここはインディアナ州のゲイリーと言う街で合ってますか?」
(え……
ええ……
そうですけど……
あら?
貴方テイマーなの?)
「ええ、ちょっと旅行中でして」
(私二回目ヨォ、テイマーに会ったの)
女性のテンションが上がった。
色々教えてくれそうだ。
ちょうどいい。
モヴィーはもう一つの目的を果たす事にした。
「あの……
もう一つ教えて欲しいんですが……
この街で全身タイツと目出し帽とか売ってる所知りませんか?」
(あらヤダ。
貴方犯罪でも起こすつもり?
やめときなさい。
この街で犯罪犯したらヤツらが黙っちゃいないわよ)
「ヤツらとは?」
(ギャングスター・ディサイプルズよ)
「それ有名なんですか?」
モヴィーはそんなにギャングに詳しい訳では無い。
(有名なんてもんじゃ無いわよォ!
シカゴ最大のギャング団ヨォ!)
女性のテンションが上がった。
■ギャングスター・ディサイプルズ
シカゴに拠点を置くストリートギャング。
六芒星をシンボルとし、黒色、もしくは青色をシンボルカラーとしている。
シカゴ最大のギャングとも言われる。
ロスアンゼルス発祥のクリップスとは友好関係を結んでいる。
シカゴの二大ストリートギャング同盟の一つフォークネーションに所属している。
ブルッ
モヴィーが少し震える。
コレは武者震い。
今日この街で無敵のヒーロー、エア=ガイは誕生するのだ。
「あ、話が逸れました。
別に犯罪をする訳じゃ無いですよ。
ゲイリーに知人が居てパーティの余興に使うんです」
(あら?
そうなの?
んーと……
ならIndie Indie Bang Bangかしらねえ……
あるとしたら……
この街自体工業都市だから娯楽に関しては薄いのよ)
「この地図で言うとどこ辺りですか?」
(そんな大きい地図で示せる訳ないじゃない。
この道を真っすぐ行った所よ。
右手に青い建物で黄色い文字で店名が書いてるわ)
真っすぐ方角を指差す女性。
「わかりました。
有難うございます」
女性と別れ、言われた通り真っすぐ歩いて行くモヴィーとジュズ。
「あ、あれだ」
やがて正面に青い建物が見える。
目的地到着。
Indie Indie Bang Bang
ここは土産物の雑貨店の様だ。
所狭しと品物が並んでいる。
どれかがわからない。
「すいません」
(いらっしゃい)
「全身タイツと目出し帽って置いてませんか?」
(あ?
何だそりゃ?
何でそんなもん探してんだ?)
「あ……
えと……
知人のパーティの余興に使うんですけど」
(目出し帽……
目出し帽……
たしかあったような……)
ガザゴソ
独り言をブツブツ言いながら、しゃがんでカウンター下をまさぐり出した。
(あっ……
あったあった……)
ヌッ
身体を起こした店員が持っていたのは埃を被った真っ赤な目出し帽。
「け……
結構埃被ってますね……」
(ンな事言ったってしょうがねぇだろ。
コレしか無いんだから……
どうする?
これだったら十ドルにまけといてやるよ)
「じゃあ下さい……
あと全身タイツってあります?」
(確か全身タイツはそこの衣類ブースの下のカゴにあったと思うぜ。
探して見な)
「あ、はい」
衣類ブースに向かう二人。
「えっと……
カゴ……
カゴ……」
【おい相棒、さっきから何探してんだ?】
「ん……?
いや……
変身スーツをね……
ホラ……
ギャングぶっ倒すにしてもこのままじゃ正体バレちゃうじゃん?」
【どうでもいい……
早くこの狭っ苦しい所から出ようぜshit】
「わかったよ……
えーと……」
ガサゴゾ
カゴの中をまさぐるモヴィー。
「ん?」
一番下に何かある。
引っ張り出してみる。
ズルズル
出てきたのは肌色の全身タイツ。
持ったモヴィーは絶句する。
「ゲ……
コレ……?
あの……
これ以外の色って無いですか……?」
(ねえよ)
「嘘だろ……」
考える。
モヴィーは考える。
これでいいのか?
この真っ赤な目出し帽と肌色の全身タイツでは完全に変態だ。
悩む。
モヴィーは悩む。
と、そこへ
パンッッ!
パパパンッッ!
銃声が外から鳴り響く。
(shit!!
またアイツらが暴れ出しやがったッッ!)
「何かあったんですかっ?」
(G.Dの連中だよ!
オイ兄ちゃん!
今日は店終いだ!
そのタイツはやるからとっとと逃げた方が良いぞ!)
そう言いながら強引に店の外まで出されたモヴィーとジュズ
ガラガラガラーッッ!
分厚いシャッターが内側から勢いよく閉じられる。
パンッ!
ダダンッ!
チュチューンッ!
銃声が響く。
「ちょっ……
ちょっとっ!
ジュズッ!
こっち来てくれっ……」
【何だよ相棒、どこ行くんだよ】
店の裏手にそそくさと回る二人。
「亜空間出して。
着替えるから」
【何だよ急に……
ほらよ】
ジュズの右側に亜空間が現れる。
手早く背負っていた大型バックパックを降ろし、急いで上着を脱ぎ、中にしまう。
半裸になるモヴィー。
ここで動きが一瞬止まる。
さすがに外で全裸になるのは抵抗があったからだ。
ダダンッ!
バンッ!
バンッ!
依然として響く銃声。
このままでは一般人に被害が出てしまう。
腹を括ったモヴィー。
ズルッ
パンツと一緒にデニムをずり下げるモヴィー
【オイそこのjack off。
何やってんだ外で……】
ジュズが呆れている。
早く着ないと。
肌色全身タイツに袖を通す。
一体型の為着るのは早い。
肌色の全身タイツを纏ったモヴィー完成。
パッと見、全裸と大差ない。
ズボンとパンツをバックパックにしまい、亜空間に格納するモヴィー。
「よし!」
モヴィーが勢いよく掛け声。
何が“よし”なのかは解らない。
続いて目出し帽を深くかぶるモヴィー。
モヴィー変身完了。
パッと見、全裸で真っ赤な目出し帽を被っている変態にしか見えない。
永井豪作のけっこう仮面を想像して頂ければ解りやすいだろうか。
■けっこう仮面
永井豪作の漫画。
1975年連載開始。
顔を隠して身体をかくさない怪人少女“けっこう仮面”が、スパルタ学園内で体罰を受けている女生徒、高橋真弓を助け出す物語。
変身ヒロイン物ではあるが正体は誰か読者にも知らされず、作中で様々なヒントが投げかけられると言う当時では珍しい作風であった。
キャッチコピーは
“どこの誰かは知らないけれど、カラダはみんな知っている”
「さあ、行くぞッ!
ジュズッ!
エア=ガイの華々しいデビュー戦だッ!」
パッと見、全裸で真っ赤な目出し帽姿が華々しいかはさておき、モヴィーのテンションは上がっていた。
【ハァ……
オイ相棒よ……
お前自分の格好見て言ってんのか……?
完全Full montyにしか見えねえぞ……】
「全裸じゃ無いだろッッ!
ちゃんと目出し帽と全身タイツ着てるじゃ無いかッッ!
さぁっ!
早くか弱い一般市民を助けに行くんだッッ!」
【ハァ……
こんなjack offが相棒で良いのかよ俺……】
ダダッッ!
大通りに駆け出す変態のモヴィーとジュズ。
パンッッ!
ババンッッ!
大通りで撃ち合う二組の黒人達。
一方は逃げながら撃っている。
(テメェッ!
ブツを返しやがれェッ!
Fuck youッッ!)
暴言を吐きながら銃を撃って追いかけている。
ワーワーッッ!
キャーキャーッッ!
現時刻は朝の出勤時間。
比較的人通りも多い。
幼稚園に子供を連れて行く母親等もいる。
そんな中、急に始まった銃撃戦。
辺りは騒然となっている。
(あぅっ!)
逃げ遅れた親子連れの男の子が倒れた。
位置的に追っている黒人ギャングの動線上だ。
ヤバい。
(ぼうやーーッッ!)
ガバッッ!
倒れた男の子に覆い被さる母親。
(このbitchッッ!
邪魔だーーーッッ!
どけーーーッッ!)
チャッ
追っている黒人ギャングが躊躇い無く銃口を向ける。
「空圧跳躍ッッッ!」
モヴィー、スキル発動。
バフォォォォォォッッッ!
空気の塊が弾ける音と共に急加速するモヴィーの身体。
「気圧ッッ!」
真横に加速しながら右手に横に長い空気の塊を生成。
銃口を向ける黒人ギャングの手に目掛け、真っすぐ右手を伸ばす。
バインッ!
長い空気の塊が銃口を向ける黒人ギャングの腕に接触。
(うおっっ!)
強制的に狙いを外される。
バンッッ!
チュンッッ!
(ヒエッッ!)
トリガーを引くギャング。
狙いは大きく外れ、銃痕がアスファルトに出来る。
ザシャァァァッッッ!
モヴィーが蹲っている黒人親子の前に立ち塞がる様に着地。
(キャアッッッ!
………………誰?)
「僕かい?
僕はエア=ガイ。
通りすがりのスーパーヒーローさ」
待ってましたとばかりに意気揚々と答えるモヴィー。
この瞬間自分がどんな格好をしているか忘れていた。
(え…………?)
恐る恐る顔を上げる母親。
目に飛び込んできたのは全裸に赤い目出し帽を被った変態。
(キャッッ……!
キャァァァァァァァァッッッ!
Pervertォォォォォッッッ!)
「なっっ!!?」
てっきり感謝して逃げると思っていたが、悲鳴を上げて猛ダッシュで逃げて行った黒人親子。
「だっ……
誰がPervertだッ!
全く失敬だなッッ!」
憤慨するモヴィー。
(このMotherFucker……
何だテメェは……)
くるん
黒人ギャングの方を振り向く。
今のモヴィーの格好を目の当たりにする黒人ギャング。
(プッッ……
ブワーーッッハッハッハッハァァッ!
何だテメエ……
頭イカれてんのか……
こっちは白人のPervertなんかに構ってるヒマはねえんだよ……
Piss off)
チャッ
対峙している黒人ギャングが真っすぐ銃口を向ける。
が、動きはモヴィーの方が速かった。
モヴィーの掌には岩。
いつの間にか握り込んでいたのだ。
「噴流砲」
ボォォォンッッ!
生成した空気の塊が勢い良く弾け、超速で岩石射出。
バコォォォンッッッ!
(く…………
あ…………)
バターーーンッッ!
ギャングの額に思い切り命中。
余りの勢いに放った岩石は割れ飛び散る。
至近距離での噴流砲に完全に意識が断ち切れた。
小さな呻き声を発しながら、後ろへ倒れ込むギャング。
「フン」
前述の通りモヴィーはギャングを叩きのめしても罪悪感が湧かないのだ。
(何だッッ!?
今の音はッッ!?
スッ……
スタンリーッッ!
スタンリーッッ!
何があったァッッ!)
ギャング仲間の驚嘆の声など関係無しに足元の岩を数個拾うモヴィー。
掌に載せ、ゆっくり構える。
狙いはギャング仲間には向けられていない。
「噴流散砲」
ボボボォォォォンッッッッ!
圧縮された空気がけたたましい音を立てて弾ける。
ギュンッッッ!
超速で岩石射出。
目にも止まらぬ速さでギャング仲間の真横を通り過ぎる。
バコォッッ!
ボコォンッッ!
ボコォンッッ!
遠く離れていた逃げていたギャング群に飛び込む岩石群。
破砕音が響く。
(何だぁッッ!?)
遠く離れたギャング数人が倒れる。
叫び声が聞こえる。
急な襲撃に逃げる脚も止まる。
これがモヴィーの狙い。
ここに居るギャング共全員、相手にするつもりなのだ。
(アニキィィッッ!
俺っちは見ましたぜェッッ!
何か顔の赤いFull montyがやったんですぜッッ!)
逃げていた黒人ギャング達がこちらに向かってくる。
追っていたギャング達と合流。
瞬く間に荒くれ共の集団が出来上がる。
(なあ……
Brother……
とりあえず俺達のいがみ合いは一時休戦だ……
クラック五キロについては後だぁ……
今は俺達、G.Dにケンカ売って来たこのDick headが先だ……)
(わかった……
テメェッッ!
何なんだァッッ!?)
二度目のチャンス。
待ってましたとばかりに意気揚々と叫ぶモヴィー。
「僕かいっ!?
僕はスーパーヒーロー、エア=ガイッッッ!
お前ら社会の悪党を懲らしめに来たんだッッ!」
(スーパーヒー……………………
ブワーッッハッハッハッハッハーーーッ!)
どっ!
ギャング共の大爆笑が響く。
以前のコンプトン・クリップスと同じ反応。
「何がおかしいんだっっ!」
(いや……
だってよ……
オメエの格好……
どう見てもヒーローじゃねぇぜ……)
コレに関してはギャング共が正解と言わざるを得ない。
モヴィーの今の格好はただのけっこう仮面なのだから。
「うるさいっっ!
スパイダーマンも最初はカッコ悪いと言われてたんだッッ!」
(まあテメエがヒーローだろうとただのPervertだろうとどうでも良い事だ……
どうせミンチになるんだからな……)
スッと手を上げるギャング幹部
ガシャッ!
ガシャガシャガシャァッ!
周りのギャング達が次々と銃を取り出す。
中にはサブマシンガンを持っている者も居る。
(|Mother fucker……
KissMyAss……)
「気団……」
モヴィーもスキル発動。
サッ
勢いよくギャング幹部の手が振り下ろされる。
バァンッッ!
ババババババババババァンッッ!
パパパパパパパパパパァァッ!
一斉に数十の銃器が火を吹く。
大きな銃声が何度も鳴り響く。
が、銃弾は一発残らず、全てモヴィーの目の前で急ブレーキ。
パラパラパラパラパラパラ
エネルギーを失った弾丸は小豆の様に地面に落ちる。
「うわ……
気団って凄いなあ……
マシンガンの弾も止めちゃうんだ……」
自身のスキルの能力に静かに驚くモヴィー。
(なっ……!?
こっ……
このMuty風情がァッ!
野郎共ォッッ!
銃がダメなら斬り刻めェッ!
叩き殺せぇッ!)
(YEAAAAAAAッッッ!)
ギャング共は狂った様な咆哮をあげ、ナイフやらそこら辺にあった木の棒やらを次々に取り出す。
獲物を持ってない者は勢いよく拳を胸元で合わせたりしている。
(殺れェェェェェッッッ!)
ギャング幹部が命を下す。
その様子を見てニヤリと笑うモヴィー。
三十分後
(グゥッ……
クソッ……
テメェッッ……)
周りにはギャング共が一人残らず気絶し、倒れている。
倒れているギャング幹部は腕を押さえて蹲っている。
これは狙いを外したとかでは無く、敢えてである。
モヴィーは先のコンプトン・クリップスとのやり取りで学んだ事がある。
ギャングと言うのは根絶やしにしないといけない。
やると決めたら徹底的に。
そう認識したモヴィーなのである。
ゆっくりとしゃがむモヴィー。
手にはバラストが数個、握られていた。
「さあ……
お前らのボスはどこにいる……?」
(テッ……
テメェみてぇなPervertにだ……)
「噴流砲」
ボォォンッッ!
バコォォォンッッ!
ギャング幹部の言葉に被せる様にスキル発動するモヴィー。
一メートルも無い至近距離から超速で射出されるバラスト。
ギャング幹部の頬肉を削り、地面のアスファルトに弾痕を残す。
タラ
ギャング幹部の頬から流れる血と共に冷汗をたらりと一筋。
言葉を失っている。
「ぼ……
エア=ガイの技をこの至近距離で受けたらもしかして…………
額、貫通するかもね……」
真っ赤な目出し帽の中でニヤリと笑うモヴィー。
この時、モヴィーは無意識の底で自身の強大な力に酔い始めていた。
ほのかに。
有体に言うと“チョーシに乗っている”というやつである。
この笑みはいわゆる圧倒的優位から虐げた者を見下ろす笑みだ。
しかしモヴィーはまだ自分が調子に乗っている事はこの段階では気付いてなかった。
「あれ?
もしかしてボスは君?」
途端にモヴィーの目が鋭くなる。
(ちっっ……
違う……
俺はただの監督官……
インディアナ州のGovernorは別にいる……)
これはギャングスター・ディサイプルスの特徴。
ストリートギャングでは珍しいピラミッド型の組織構造を有している。
各州にはGovernorと呼ばれるトップが存在し、各州支部ごとに知事補佐、監督官、監督官補佐、調整官、治安責任者、会計などの役職が存在する。
このようにストリートギャングでありながら日本の暴力団に近い高度に階層化された組織となっている。
「へえ……
そのGovernorって人がボスなんだね……
その人にはどこで会えるの……?」
(へっ……
Governorは慎重な人ダァ……
俺達も所在は知らねぇ……
まあ会えたとしてもテメェみてえなPervertは秒でミンチだけどなあッッ!)
「噴流砲」
ボォォンッッ!
ボキィィィィィッッッッ!
躊躇い無くスキル発動するモヴィー。
掌から超速で射出されるバラスト。
ギャング幹部の左腕に命中。
無情にも左上腕骨を叩き折る。
瞬時に赤く膨れる左腕。
(ウギャァァァァッァァァァァァァッッッ!!)
ギャング幹部の悲鳴がこだまする。
立ち上がるモヴィー。
「しょうがないな……
じゃあ街の方まで行ってそれらしい奴らを片っ端から叩きのめしたら出て来るだろ……
行こう……
ジュズ」
【別にいいけどよ相棒……
オマエその恰好で行くつもりなのか……?】
「ん?
勿論だよ。
だってスーパーヒーローなんだもん」
【ハァ……
まあ暴れられれば良いか……】
一時間後
うって変わってモヴィーとジュズは都会の真ん中に立っていた。
依然としてモヴィーの格好はけっこう仮面のままである。
周りにはエンジン部に風穴を開けて煙を噴いている車が数台。
おそらくモヴィーの噴流砲により廃車にされたのだろう。
足元には既に意識が断ち切れている物言わぬギャング共の身体が横たわっている。
それはもう夥しい数。
パッと見、百人以上入るだろうか。
モヴィーは足元の岩片を拾い、亜空間にヒョイヒョイと入れていく。
さすがのモヴィー&ジュズコンビでも百人以上相手にすると弾切れになったのだ。
「う~ん…………
ちょっとやり過ぎたかなあ……
この中にGovernorが居たら良いんだけど……
多分居ないよねえ……」
ブロロローーッッ!
キキーッッ!
バンッ!
ダンッッ!
バンバンッッ!
そんな話をしているとギャングの増援がやって来た。
その数凡そ三十。
「さぁッッ!
ジュズッッ!
Round2だッッ!」
【Wha’t upッッッ!】
「次はこっちから打って出るッッ!
向こうの準備なんか待ってやるもんか」
【Holy shitッッ!?
テメエラ人間は弱っちい癖によ……
頭イカれてんのか相棒……
ククク……
いいぜ……
付き合ってやるよ……
全くStokedすんじゃねぇかァッッ!】
ジュズは拳銃の恐ろしさ、ギャング団の脅威などは解らない。
何故なら竜だから。
銃弾なんかも全く怖くない。
ギャング団に至ってはLoserのAss holeぐらいにしか思っていない。
ならば何故ジュズはモヴィーの攻勢を頭がおかしい奴と言ったのか。
それは降りて来たギャングが一人残らずこちらに怒りの激情を向けているのが感じ取れたからだ。
それはもう見えない怒気が立ち昇っているかの様に。
ジュズは竜の為、感情については良くわからない。
そんな得体の知れない渦中に自ら投じようと言うのだ。
頭がイカれてると言われても致し方が無い。
「気圧ッッ…………!
空圧跳躍ッッッ!」
バフォォォォォォッッッ!
空へ舞い上がる二人。
「亜空間ッッ!」
モヴィーが空中で叫ぶ。
ジュズの隣に現れる亜空間。
ズボッ
逆さまの体勢で素早く手を突っ込む。
取り出されたのはバラスト群。
バララッッ
空中にバラストを放り投げるモヴィー。
「噴流散砲ッッッ!」
ボボボボボボボボボォォォォンッッッ!
連続した空気の弾ける音。
空中へ投げ放たれたバラストが物凄い勢いで下に射出。
瞬時にトップスピード。
バガァッ!
ボコォッッ!
バカァンッッ!
(グハァ……)
(ウギャァァッッ!)
(ガハァァッ!)
次々に響く破砕音と呻き声や悲鳴。
スタッッ
モヴィーとジュズ着地。
周りは噴流散砲により叩きのめされたギャング達が倒れている。
(Screw youーーーッッッ!)
怒りでブチ切れているギャング達はもはやモヴィー達とコミュニケーションを取る気は無い。
激情に任せた言葉を放つのみ。
ガシャッ!
チャッ!
チャチャッ!
ギャング達のリーダーらしき男の掛け声に、周りが銃を抜き始める。
「気団」
モヴィーもコミュニケーションを取る気は毛頭無く、ただスキルを発動するのみ。
バンッッ!
バババンッッ!
ダンッ!
ダンッッ!
さすがギャング団。
一片の躊躇いも無くトリガーを引き、周りの銃が一斉に火を吹く。
が……
パラパラパラパラ
只の一発もモヴィーには届かず。
エネルギーを吸い取られた弾丸は力無く、真下に落ちていく。
「…………相変わらず、君達は学習しないねぇ……
かかってこい……
Kick ass……」
(テメェーーーーッッッ!)
バッッ!
バババッッ!
さすがシカゴ最大のギャング団。
銃が効かないと解るや否や、すぐさま獲物を切り替える。
銃の次は鈍器。
角材、鉄パイプ、ナイフ、バットと何でもござれだ。
(ウオオオオオオッッ!)
叫び声と共に踏み込んでくるギャング達。
「空圧跳躍……」
バフォォォンッッ!
が、やはりモヴィーの方が動きは早かった。
真上に飛び上がる。
間合いを詰めて来た事によりギャング達は密集する。
空中で素早く亜空間に手を突っ込むモヴィー。
バララッッ
空中に投げ放たれるバラスト。
「噴流散砲」
ボボボボボボボボボォォォンッッッ!
ギャング達の頭上で圧縮された空気が弾ける音がする。
空から超速で降り注ぐバラスト。
ドカァンッッ!
ボボボコォン!
ドコォンッッ!
バタンッ
バタバタバタバタバタァンッッ
次々に響く破砕音。
頭のてっぺんからまともに岩を叩きつけられた奴が大半なので、瞬時に意識が断ち切られ、声を発さず倒れていくギャング達。
スタッッ
モヴィーとジュズ着地。
三十人強居たギャングの増援がもうひと桁前半までとなっていた。
ほぼ戦意を喪失し、後退りしている。
「この中に……
Governorは居るの……?」
静かに語り掛けるモヴィー。
ブンブン
モヴィーとジュズの脅威に言葉を失い、腰を抜かしているギャングは首を横に振るだけ。
ここでモヴィーの心境に変化がある。
とにかくギャングの数が多すぎる。
Governorを探すまでぶちのめして回っても良いが…………
めんど臭い。
モヴィーの心に宿った正直な感想である。
確かにモヴィーはスーパーヒーロー(自称)かも知れない。
だがそれ以前に旅人なのだ。
こんなアメリカの州でモタモタしているぐらいなら先に進みたくなった。
「ねえ……
そこのキミ……
ニューヨークがどっちの方角か教えてくれたら見逃しても良いよ……」
それを聞いたギャングの一人がブルブル震える手で方向を指し示す。
「わかった……
じゃあもういいよ……
Fuck off……」
(ヒィィィィィィッッッ!)
残存していたギャング達は一目散に逃げていった。
ズボ
ジュズの亜空間からバックパックを取り出すモヴィー。
手早く着替え始める。
【何だ相棒、もうスーパーヒーローはおしまいか?
Fuck】
「うん。
僕達の目的はギャング団の壊滅じゃ無くて旅だからね」
【Bitch。
すんげぇ中途半端じゃねぇのか?】
「う……
まあね……
正直……
ゴキブリ退治が面倒になったって感じかな?」
バックパックを背負うモヴィー。
本当にここを離れるつもりだ。
【…………
まあ相棒がそれで良いなら良いけどよ……】
「行くよ……
気圧」
フワッッ!
二人の身体が浮かび上がる。
「確か…………
こっちって言ってたっけ…………
空圧跳躍ッッッ!」
バフォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!
超圧縮された空気の塊が一気に弾ける音がする。
物凄い勢いで空を駆けるモヴィーとジュズ。
バフッ
雲を突き抜け、更に上へ。
「YEAAAAAAAッッ!」
【YEAAAAAAAAッッ!】
やはり超高高度を飛行していると、やはりテンションが上がってしまう二人。
だが、あくまでも超圧縮した空気による射出の為、源蔵の様に音速まで出る訳では無い。
が、そうは言っても相当のスピードであるのだが。
ゲイリーからニューヨークまで約七百マイル。
一回のスキルで出来れば辿り着きたい所である。
超速で突き進む中、内心ワクワクしていたモヴィー。
と言うのもニューヨークに行くのは初めてなのだ。
そろそろ頂点から下降し始める。
バフッ
雲に入る。
やがて厚い雲から抜けると眼下に広がる景色は先程と全く違っていた。
都会。
大都会である。
ニューヨークの高層ビル群は摩天楼と呼ばれる。
グングン地表に近づいて来る。
「あっっっ!?」
衝撃の事実に気付くモヴィー。
このまま行くと高層ビルの壁面に激突する。
やばいぞ。
このモヴィーが激突しようとしているビルこそ当時ニューヨークで一番高いビルとして知られていたエンパイアステートビルである。
グングン落下。
もう駄目だ。
ぐるん
モヴィーとジュズは身体を反転。
「気圧ッッ!」
足元に空気の塊生成。
ドコォォォォンッッッ
エンパイアステートビルの壁面に激突。
中に居る人々が驚いた顔で見つめている。
少し気恥しいモヴィー。
フラッ
モヴィーとジュズ落下。
高度三百メートルを物凄い勢いで落下していく二人。
ぐるん
体勢を整えるモヴィーとジュズ。
重力に逆らう事無くグングン落下。
着地迄あと十五秒。
「気圧ッッ!」
足元に空気の塊を生成。
さすが都会。
下には往来している人も多い。
「どいてどいてーーッッ!」
大声で下に向けて叫ぶモヴィー。
蜘蛛の子を散らす様に歩行者が散っていく。
バコォォォォォォォォンッッ!!
モヴィーとジュズ、無事着地。
スタッ
ニューヨークに降り立つ二人。
ガヤガヤ
衝撃で凹んだ道路に降り立つ二人を一定の距離で見つめる人々。
「あ……
失礼しました~~……
ほら、ジュズ行くよ……」
周囲の視線に耐えきれなくなったモヴィーはそそくさとその場を後にする。
【何かえらい騒がしい街だなFuck。
人間もマンハッタンビーチに比べてクソ程居やがるしよ。
こいつら全員losersなんだろ?
相棒】
「いや……
それは知らないけど……」
【んでこのクソやかましい街で何するんだ?】
「まずはセントラルパークに行こう。
一回見ておきたかったんだよ。
最近ホームアローン2で見たんだ」
■セントラルパーク
ニューヨーク市マンハッタンにある都市公園。
南北四キロ、東西八百メートルもの広大な公園。
映画やドラマの舞台としても度々使用され、世界的に有名。
公園内に有名なメトロポリタン美術館もある。
【ふうん……
何だそりゃ?】
良くわかってないジュズを尻目に歩き出す。
セントラルパーク
そこは一面青々とした背の高い木々に包まれていた。
「ここだ……
へえ……
ここでマコーレ・カルキンがなあ……」
モヴィーは完全にお上りさんと化していた。
歩く。
二人は無言。
歩く。
二人は無言。
歩く。
二人は。
【Mother Fucker……
オイ相棒……
これの何が面白れぇんだ……】
先に限界が来たのはジュズだった。
「確かに……
まさかこんなに大きいとは思わなかったよ……
でも……
もうちょっと行ってみようよ……
何かあるかも……」
【Bitch……】
足取りも重く歩く二人。
余りに広大過ぎて景色にも飽きてしまった。
言葉的に言うと森林酔いとでも言おうか。
二人が歩いていると大きな建物に辿り着く。
ここが有名なメトロポリタン美術館である。
「あっ!
ここが有名なメトロポリタン美術館だよ?
入ってみようよジュズ」
【美術?
あのlosersがやってるやつだろ?
そんなモン大層に建てモン作って並べてんのか。
ご苦労なこったな人間。
Son of the bitch】
歩き疲れたのか、ジュズの毒舌も一際辛辣だ。
「ま……
まーまー……
景色にも飽きて来たし入ってみようよ」
メトロポリタン美術館内
(いらっしゃい)
受付にいる白人ブロンドが声をかけてきた。
「入館料っていくらですか?」
(あら?
貴方ニューヨークは初めてかしら?)
「あ、はい」
(ふふ。
ようこそ芸術とエンターテイメントの都ニューヨークへ。
ここメトロポリタン美術館は本人の希望額で入れるのよ)
「えっ?」
一瞬何を言ってるか理解できないモヴィー。
(ペイ・アズ・ユー・ウィッシュっていうウチ独自のポリシーでね。
本人の希望額で入れるのよフフフ)
メトロポリタン美術館は独自のポリシーにより本人希望額で入館できた。
が、2020年現在は改訂により入館料はかかる。
入館料は大人25ドル。
65歳以上17ドル。
学生12ドル。
この値段はポリシー適用時の推奨額である。
「え……
でも急に値段って言われても……」
(一応推奨額で学生12ドルっていうのはあるわよ)
「じゃあジュズと二人で24ドルで」
(Thank you。
いってらっしゃい)
午前中のせいか人はまばらだった。
【Son of the bitch……
こんなLoserが描いたモンなんか……】
絵画名:ヴィーナスとリュート弾き ヴェチェッリオ作
【ヘン……
こ……
こんなモン……】
絵画名:マルスとヴーナス ヴェネローゼ作
【フ……
Fuck……】
この辺りからジュズの様子がおかしくなる。
絵画名:ソクラテスの死 ダヴィット作
【ホ……
Holy shit……】
「ジュズ……
どうしたの?」
モヴィーの問いかけにも応答しないジュズ。
絵画名:アンデスの中心 チャーチ作
【I’ll be damned……
これマジで人間が作ったのかよ……
相棒……】
「いや……
まあそりゃそうだろ?
…………何?
ジュズ、気に入っちゃったの?」
【気に入る気に入らないって……
オイ相棒……
オメーはこの絵から伝わって来るパワーが判らねぇってのか?】
「いや……
凄いとは思うよそりゃ」
ジュズはその後、食い入る様に名画を見つめていた。
見終わる二人。
「ふう……
じゃあジュズ、行こうか?」
【相棒……
俺、もう一回見て来るわ……】
「プッ……
そんなに気に入ったのかい?
じゃあ行って来な。
僕は待ってるから」
そのまま三時間帰って来なかったジュズ。
【What The Fuck……
凄かった……
人間、ヤベェな……】
「ZZZZZ……」
待ちくたびれたモヴィーは待合のベンチで眠ってしまっていた。
それは転寝などのレベルでは無く、熟睡レベル。
それには理由がある。
正反対の西海岸からここニューヨークまでの長距離飛行。
加えて途中ギャング団との諍いによるスキル多用。
更に環境の変化なども加わる。
先程まで平然と歩いてはいたが極度の疲労が蓄積していた為だ。
【オイ……
相棒……
起きろ……】
グイ
モヴィーを揺らす。
「ZZZZZ……」
全く起きる気配がない。
ガンッッッ!
イラついたジュズがモヴィーが寝っ転がっていた長ソファーを蹴り飛ばす。
ドサッッ
勢いで宙に投げ出されたモヴィーの身体が床に落ちる。
「う……
ん……」
ようやく目を覚ますモヴィー。
寝ぼけ眼で辺りを見渡すとひっくり返ってる長ソファー。
良く状況が解らないモヴィー。
【何寝てんだよ相棒】
「ごめん……
何かドッと疲れてさ…………」
(Boy……)
「ん?」
振り向くとそこにはフウと溜息をつくさっきの受付女性が立っていた。
(貴方……
テイマーでしょ?
なら自身の使役してる竜の管理はキチンとしなさい……
騒ぎを起こしたら入館禁止になるわよ)
「はっ!?」
迷惑をかけた。
直感でそう感じたモヴィーは完全に覚醒した。
すぐさま起き上がる。
「すっ……
すいませんっ……
ホラッ!
ジュズも謝ってっ……」
そう言ったもののジュズの性格からしてすんなり謝るとは思えない。
言ってからしまったと思うモヴィー。
が、現実は違った。
【あぁ……
Very sorry……】
「え!?」
頭を下げたままモヴィーは驚きの余りジュズの方を向く。
(Boy。
今、竜は何て言ったの?
私、一般人だから解らないわ)
「えと……
あの……
僕も……
驚いてるんですけど……
本当に悪かったって……」
(プッ……
なぁにそれ?
貴方、どんな竜連れてるのよ)
「ええまあ……
多分……
この美術館の作品が気に入ったからだとは思うのですが……」
それを聞いた受付女性はにこりと微笑む。
(そう……
気に入ってくれたらなら良かったわ。
そこの竜に伝えてくれない?
お行儀良くしてくれるなら何度でも来て構わないって)
「はい、わかりました。
あっ……」
そそくさとひっくり返っている長ソファーを片付けに行くモヴィー。
(Thank you)
直ぐに片付け終わる。
「では失礼します」
バックパックを背負ったモヴィーはペコリとお辞儀をする。
(NiceTrip)
モヴィーとジュズはメトロポリタン美術館を後にする。
【オイ……
相棒……】
出るなり話しかけてくるジュズ。
「ん?
どうしたのジュズ?」
【すぐにどっか行ったりしないよなっ!?
何日かいるんだろ?
この街にっ!?】
モヴィーはすぐに察した。
そんなにメトロポリタン美術館が気に入ったのか。
でもそれは好都合。
モヴィーも行きたい所がまだあったからだ。
「フフ……
わかったよ。
何日か滞在しよう」
【Shut upッッ!
さっすが相棒】
「その前にお腹空いたよ。
何処かでお昼食べよう」
モヴィーが腕時計を見ながら空腹を訴える。
それもそのはず。
時間は十三時を回っていた。
そのまま適当に店に入る二人。
二時間後
セントラルパークで前を見つめながらアンジェのアボカドパイを齧る二人が座っていた。
お互い無言。
サクサク
【なぁ……
相棒……】
重い口を開いたジュズ。
サクサク
「…………何……?
ジュズ……」
【何だったんだ…………?
アレ……】
「………………わからない……」
サクサク
二人は沈黙。
またアンジェのパイを食べ出す。
「ねえ……
ジュズ……
アメリカって広いね……」
【……そうか……?
俺の居た所はもっと広いぜ……】
「そう……
それは凄いね……」
サクサク
お互い顔を見合わせず、終始歯切れの悪い会話を続ける二人。
やがて一切れ食べ終わる。
一切れでも大きい為お昼には充分なのだ。
ただジュズからするとまだまだ食べれる。
が、ジュズも一切れで止めてしまう。
【なあ……
相棒……
アンジェのパイはやっぱ美味ぇな……】
「そうだね……
ジュズ……」
色々勘づいている読者も居るだろうが一応説明しておこう。
まず昼食を食べに行った二人が何故アボカドパイを食べているか。
答えは単純。
入った店で出された料理が超絶に不味かったからだ。
ボリュームだけは山の様にあるのだが、一口齧ると瞬時に味覚と嗅覚を侵略する人工物が堪らなく不快。
何とか一口飲み込むもゆっくりと食道を焼きながら降りる人口甘味に大脳が拒否反応を示し始める。
プルプル震える手でもう一口齧るももう限界だった。
吐いたのだ。
二人とも。
モヴィーは大量の吐瀉物に突っ伏して倒れ、ジュズは噴水の様に噛み砕いたモノを空に吐き出した。
そして影響はそれだけに留まらなかった。
モヴィーの胃がおかしくなり、三十分程トイレに引き籠る事になったのだ。
そしてセントラルパークに逃げる様に戻って来て一時間程無言で佇み、ようやく体調も落ち着いてきたので昼食を摂ったと言う事だ。
これはアメリカという国の広さによる弊害。
モヴィーが住んでいた町は最西のサンフランシスコ。
港町である。
あらゆる国の文化が入り乱れ、料理の質も良い。
和洋折衷のフュージョン料理が楽しめる。
かつアンジェリーナが料理が上手と言うのもあった。
ちなみにモヴィーはマクドナルドを食べた事が無い。
本人曰くあんな量だけのものを食うぐらいならMomの料理を食べるとの事。
尚、この内容は1993年当時と言うのと筆者の偏見が多分に混じっている為真偽は不確かである。
ジュズがパイを一切れで終えたのはジュズの中でのパイの位置が変わった為である。
ジュズは最初パイはオヤツ的な位置だったのだ。
理由は土地が変わってもたかが料理。
それなりに喰えるだろうと思っていたのだ。
だが、それは大きな誤りで人間二人いれば好みが二つ産まれる様にどこでも料理が美味いかと言うとそうでは無い。
只の人間と竜二人でコレなのである。
それが億単位になるとその幅も果てしなく広がる。
要するにジュズは料理文化の最底を垣間見てしまったため、パイを大事にしようという考えにシフトしたのだ。
「ふう……
酷い目に遭った……
じゃあ行こうかジュズ……」
【What’s up……
酷い目に遭った……】
落ち着いた二人は歩き出す。
次に見る所はタイムズスクエアだ。
■タイムズスクウェア
ニューヨーク市マンハッタン区ミッドタウンにある繁華街・交差点の名称。
近辺建物外壁には広告の設置が多く、世界中の企業が広告や巨大ディスプレイ、ネオンサイン、電光掲示板等を設置しており、アメリカのみならず世界の繁華街の代表的風景ともいえる。
世界中からの観光客が集まる場所でもあり、ここの交差点は世界の交差点と言われる。
なお広告の設置は観光振興策として法律で義務付けられている。
「うわぁ……
本当に映画とかのまんまだ……」
四方八方から見下ろす広告群を見上げながら世界の交差点を堪能するモヴィー。
ピピー
ブロロー
ガヤガヤ
【何だここは。
何処よりも騒がしいなFuck】
ジュズは余り騒がしい所があまり好ましく無い様だ。
「ここは世界の交差点とも言われる場所だからね。
色々なものが集中してるんだよ」
しかしそんなに歴史などにじっくり想いを馳せる趣味は余り持ち合わせていないモヴィー。
鑑賞系の観光名所でそんなに時間がつぶれる訳では無い。
「あっそうだ。
折角だし……」
道路の脇に寄り、バックパックを降ろす。
中から取り出したのは一眼レフカメラ。
【ん?
相棒、何だそりゃ?】
「これ、Dadから貰ったんだ。
日本製のEOS kissってカメラなんだって」
■EOS Kiss
1993年キャノンから発売された一眼レフカメラ。
発売当時は世界最小、最軽量を達成したオートフォーカス・マルチモードAEの35mm一眼レフである。
カメラ性能としては中堅機種に匹敵する機能を世界最小のボディに組み込んでいる。
手軽に簡単操作で扱える一眼レフとしてファミリー層にも人気を博し、長期間にわたりトップシェアを築いた。
なお北米ではEOS REBEL XSと言う。
劇中での機種はロジャーが日本から取り寄せたものなのでEOS Kissとなる。
【カメラ?
それで何すんだ?】
「せっかく旅に来たんだから写真を撮ろうと思ってね。
ほらジュズ行こう」
モヴィーとジュズは一番有名な中央ブロードウェイビルボードの前まで行く。
「ほら、ジュズ……
ここで待ってて…………
すいませーん、写真撮ってくれませんか?」
歩行者に写真撮りをお願いするモヴィー。
(ええ良いわよ)
ムチムチで肉付きの良い白人女性が快諾してくれた。
シャッター操作を説明し、そそくさと戻って来る。
(行くわよォ~
Say cheese!)
「cheeseっ!」
【ん?
何だそりゃ?】
カシャッ
この写真の撮り方はアメリカの特徴。
元々、日本で言う“ハイ、チーズ”というのはアメリカの“Say cheese”から来ているのだが、アメリカの特徴としてシャッターを切る時、写る人たちも“cheese!”と答えるのだ。
チーと言う発音をする時口角が上がり笑顔になると言う効果がある。
ジュズがキョトンとしてたのは写真を撮った事が無い為だ。
とりあえず写真を撮った二人はタイムズスクウェアを後にした。
続いて二人が向かった先は、ハイライン
■ハイライン
ニューヨークにある全長2.3キロにも及ぶ線型空中公園。
廃止されたウエストサイド線と呼ばれる鉄道の高架部分に設立。
年間五百万人が訪れるニューヨークでも人気スポット。
公園での犯罪率は非常に低く、公園の開設以来暴行や強盗と言った主要犯罪は報告されていない(ニューヨークタイムズ調べ)
開園は1993年。
劇中ではアンジェリーナに開園の事を教わり、やって来たと言う事である。
「うわぁ……
凄いねジュズ。
空中に公園があるよ」
ウエスト34ストリートの入口まで辿り着いた二人。
九メートル上にある十万種にも及ぶ植物のレールを見上げている。
【ヘンな所だな相棒。
空中に植物が浮いてやがら】
「ここがニューヨーク最新の観光スポットさ。
さあ行こうジュズ」
【What’t up】
階段を上がり、空中公園へ。
そこは鉄道の廃材をリノベーションした木材が床に敷かれ、木材の間は鉄道で使われたであろうバラストが敷き詰まれていた。
完璧にリノベーションされているため全く廃材を使っているという雰囲気は無く、新品同様の輝きを放っていた。
そして両脇には都会に似つかわしくない木々が出迎える様に並んでいる。
新緑の翠緑が眩しい。
「うわぁ……
気持ちの良い所だね。ジュズ」
【ヘン。
まあな】
ゆっくりと歩いて行くと左手に背もたれが付いている木製の長ベンチに腰かけている女性と一人の竜が見える。
その女性は明るい金髪で当時では珍しいツインテール。
タイトなTシャツとデニムを履いている。
背中越しだから良くわからないが何か俯いている模様。
竜の鱗は鮮やかなベルベット色。
ジュズに比べるとスマート。
悪く言えば痩せっぽっちの竜だ。
少し近づくと、俯いてる女性の顔から湯気が立った。
ズルズルズルーーッッ!
立ったかと思うと何かを啜る音が聞こえてくる。
思わずドキッとしてしまうモヴィー。
「ん……?
モグモグ」
振り向いたその女性は年齢は同じくらい。
パッチリとした眼に瞳はブルー。
おそらく快活な性格なのだろう。
それを象徴するかの様な明るいスカイブルーの瞳だった。
何か咀嚼している。
左手にはカップが。
右手にはフォークが持たれている。
これは見た事ある。
カップヌードルだ。
モヴィーにはアンジェリーナが居るので食した事は無い。
ゴクン
生唾を飲み込む。
アンジェリーナのアボカドパイを食べたとは言え、お腹いっぱいになっていないのだ。
二人の間にヘンな沈黙。
すると、その女性が。
「……………………食べる?」
「いいの?」
「ええ、いっぱいあるから。
どれにする?
アメリカのチキン……
ビーフ……
シュリンプ……
チキンベジタブル……
日本のレギュラー、カレー、シーフードなんかもあるわよ。
私のオススメは日本製ね。
やっぱりアメリカ製は大味だわ」
「じゃあ日本のシーフード貰おうかな?」
「シーフードね。
ベルベット、お願い」
【うん】
隣のベルベット色の竜が亜空間を出す。
中に手を入れ、取り出したのは白いカップに水色の文字が刻まれたシーフードヌードル。
「いいかな?
隣に座らせてもらっても?」
「あ、ごめんなさい」
女性は長ベンチを横にズレ、スペースを作る。
「ありがとう」
隣に座るモヴィー。
「貴方旅人?
Nice to meet you、私はキャロラインよ」
スッと右手を差し出す。
「そうさ、サンフランシスコから来ててね。
Nice to meet you、僕はモブリアン」
二人は握手を交わす。
親は子に似ると言うが、まさかこのキャロラインがモヴィーの妻になるとはこの時二人とも露とも思って無かった。
ただロジャーと違う所が一点。
モヴィーは旅を続けたと言う事だ。
中編②へ続く。