第四章 氷織 放課後
手術中のランプが消えた。
ガチャッ
手術室の扉が開く。
中から執刀医が出てくる。
ヒビキの所へ歩く。
「保護者の方ですか…………?」
「まあ……
そんな所です」
どことなしに神妙な面持の先生。
少しドキリとするヒビキ。
が、次のやり切った笑顔の先生にそれは杞憂であったことを知る。
(ご安心ください……
息子さんはもう大丈夫です)
「良かったぁ……」
「秋ちゃんっ……
秋ちゃんっ……
良かったよぉぉぉぉ~~っっ……
うわぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!!」
秋水の無事を聞いて大号泣のほのか。
もはやメイクもボロボロに崩れている。
「良かった…………
本当に良かった……」
誰にも聞こえない消え入りそうな声でぽつりと呟く氷織。
少し目には涙を浮かべていた。
この涙は半分うれし涙、もう半分は罪悪感から来る涙だった。
氷織はこの一連の騒動に一抹の責任を感じていた。
私が消しゴムを買いに行きたいなどと言わなければこんな事にはならなかったと。
ほのかを連れて行かず、一人でさっさと買って帰れば金髪ヤンキーに指をさされる事は無かったのでは。
後悔と自責の念が頭の中を回る。
(しかし……
出血量がかなりの量だったので間一髪だったと言うのが本音です…………
しかし運ばれた時に切創部のみが凍っていたのが幸いでした…………
そして手術台に移した途端に氷が霧散した事によりすぐに処置できたのも……)
先生が不思議そうにヒビキに話している。
「へっ……
へーーっっ!
不思議な事もあるもんっスねぇっ!?」
ヒビキが話を合わせている。
その日はとりあえず帰宅する事に。
ほのかはヒビキが送ってくれて、ロンジェについては秋水が退院するまで氷織の家で預かる事に。
二日後
秋水は夢を見ていた。
四国時代の父親から厳しい蔓技の指導を受けていた頃。
その最後の日。
(ええか秋水。
ようワシの厳しい修行に耐えてきた……
おまんの蔓技ならそんじょそこらの男にも負けんじゃろ……
そこでじゃ……
最後、おまんに戦うにあたっての心構えを授けとく。
けんどこの心構えは多分今のきさんに理解は出来んじゃろ。
しょう慢心もあるき、ぼっこな真似もするじゃろ……)
「あーもーっ
お父、説教はもうええけん。
その心構えを教えてくれんちあ」
(秋水……
おまん、わかっとんのか…………
まあええわい。
それはな……)
ここでゆっくり眼を開ける秋水。
視線の先には見慣れない天井。
「ここは……
どこやき……」
ガタンッ!
すぐ隣で何か勢いよく転がした音がする。
「な……
何じゃ……?」
ゆっくり音のした方を向く秋水。
驚いて立ち上がっている氷織と目が合う。
「ひ……
嘉島さんかや……」
「べべべっっ……!
別に私はお見舞いに来た訳じゃ無いんですからねっ……!
たっ……
たまたま登校ルートにッッ……
この病院があっただけなんですからっっ……!
貴方が死にぞこないのヘンタイなのはっ!
変わらないんですからッッ!!
何で私がこんなヘンタイをッッッ…………
…………ハッ!!?」
氷織に似つかわしくない大声を出す。
何となく恥ずかしさをテンションで誤魔化している様にも見える。
軽く罵倒が入っているのは流石毒舌家の氷織といった所か。
ただ重傷から目覚めたばかりの秋水には毒舌の内容は解っても細かい感情の機微まではわからない。
「ハハ……
起き抜けにキツイぜよ……
ひ……
嘉島さん……
すまんが……
起きたばかりで頭がハッキリせんちや…………
ここはどこなんかと……
何時なんかと……
教えてくれんちや……」
「ここは大和郡山病院……
時間はお昼の十二時八分です……」
「昼か…………
か……
嘉島さん、学校はどうしたんじゃ?」
「何を言ってるんですか……
今日は中間テスト二日目ですよ……」
それを聞いた秋水は軽い溜息をつき、少し残念な顔をする。
「ふう……
そうか……
ワシは二日ぐらい寝てたんか……
まっこと迷惑をかけて申し訳なかったぜよ……」
「私の方こそ二度も助けて頂いてありがとうございます」
「せっかく嘉島先生に英語……
教えてもらったのに……
活かせんかったのう……
ハハハ……」
「事情が事情だからしょうがないですよ……
あ……
後いくつか連絡事項があります。
まずロンジェさんですが……」
「おうそうやそうや。
ロンジェはどうしちゅうき?」
「ロンジェさんは私の家で預かってます」
「ほうかほうか。
厄介をかけて申し訳無いぜよ……」
「貴方に比べたら物凄く礼儀正しい竜ですよロンジェさん」
チクリと軽い毒舌を吐く氷織。
「ハハ……」
乾いた笑いしか出ない秋水。
「あと御両親に連絡もさせて頂きました」
「ゲッッ!!
本当かやっっ!
な……
何ちゅう事を……」
「何言ってるんですか……
あれだけの重傷だったのに当たり前じゃないですか……
病院の場所も伝えてありますので。
本日お母様が到着するそうです」
「よりにもよってオカンか…………
はぁ~~~」
「貴方…………
母親が苦手なんですか……?」
「いや……
別にオカンは……
あのな……
オカンも竜河岸やけんど……
ワシが苦手なんはオカンの使役してる竜ぜよ……」
「はぁ……?
それってどんな竜なんですか?」
「名はフーロっちゅうてな…………
雄の翼竜……
好きなモンは編物やき……」
「編物……
確かに趣味は変わってますが苦手と言う程じゃないんじゃないですか?」
「…………まぁワシも人の趣味にとやかくゆうつもりはない……
けんどな……
もう一個の趣味が問題なんじゃ……」
「多趣味ですね。
お母様の竜。
それでもう一個って何ですか?」
当然の質問に口が重たくなる秋水。
「………………それはのう…………
こげな事おなごには言い辛い事やけんど…………
その…………
…………男色の気があるんじゃ……」
「男色?
何ですかそれは?」
氷織の問いに更に口が重たくなる。
「………………要するにアレじゃ…………
オカンの竜はホモッ気があるんじゃ…………」
「ホモッケ?
何ですかそれ。
何を言ってるんですか?」
「…………もうええわい……」
ヘンな沈黙が流れる。
ガチャ
「どうもありがとうございます」
そこへ三十~四十代ぐらいの女性が入って来た。
グレーのミドル丈スカートを履き、同色のジャケットを羽織っている。
インナーは白色無地のスクエアネックシャツ。
首に真珠のネックレスをかけている。
髪型はセミロング。
色は瞳と同じで黒色。
眼は大きめでパッチリと。
目尻は少し上がり、目力に快活さが伺える。
中肉中背と言った体型。
その風貌から氷織は察して立ち上がる。
「あっ……」
「あっ……
オカン……」
秋水の呼びかけにニコリと微笑みながら側へ歩み寄る。
「秋ちゃん、大丈夫ちや?
おまさんは昔からげにわりことしじゃったからねえ…………
こちらの娘さんは?」
「あぁ……
学校のクラスメートで嘉島氷織さんじゃ」
ぺこりとお辞儀をする氷織。
「初めまして。
嘉島氷織と申します」
「あらぁ礼儀正しい子ねぇ。
秋ちゃんもこれぐらいきちんと挨拶出来ればいいんだけど。
私は久我佐和。
秋水の母親です。
これ……
つまらないものですが宜しければお納めください」
お辞儀を済ませ、手に持っていた紙袋を手渡す佐和。
「ありがとうございます」
ちらりと紙袋の中身を覗く。
須崎市 しんじょう君饅頭
入っていたのは何やらゆるキャラの饅頭だった。
ヘンなモフモフしたキャラの台詞で“美味しいヨ”と書いてあるのが一層ゆるさを誘っている。
本当につまらないものだと思った氷織だったが礼を言い受け取った。
ゆっくりとパイプ椅子に座る佐和。
「さぁ秋ちゃん。
なしてこがな事になったか教えとうせ」
「いつも通りのケンカじゃ」
「秋ちゃん、ここに来る前に先生に症状聞いてきたわ。
ほんだらナイフで刺されて失血死寸前じゃったゆうやいか。
おまさん、お父さんにおせーてもろた蔓技があるがやに、何しとるんよ」
この佐和の言葉に少し俯く秋水。
「…………残心……」
「そうそう。
そん言葉お父さんもゆうとったわ。
“多分ケンカして油断からのモンじゃろ。残心が出来ちょらん証拠じゃ。バカタレ”じゃって」
父親の伝言が秋水の胸に刺さる。
■残心
技を決めた後も心身共に油断をしないという武道の心構え。
例え相手が完全に戦闘力を失ったかも様に見えてもそれが擬態である可能性があり、油断した隙を突いて反撃される事が有り得る。
それを防ぎ、完全なる勝利へと導くのが残心である。
「まだまだワシも修行が足らんっちゅう事じゃな……」
「それにしても秋ちゃんにこげな可愛いガールフレンドがいちゅうなんてのうウフフ」
それを聞いた秋水と氷織の顔が一瞬で赤くなる。
「おッ……!
おかんっっ!
なっ!
何ゆうとるがっっ!?」
「わっっ……
私が何でっ……
こんなヘンタイとっっ……!」
こんな二人のやり取りを見ながら、微笑んで母親としての本分を果たそうとする。
「あらぁ嘉島さん、そんなに照れなくてもいいのに。
でもこんなお昼にお見舞いに来てるなんてねえ。
それに……
ホラ……」
ちらり
佐和が病室の花瓶に視線を送る。
「あの花……
サンビタリア……
花瓶の水もきちんと変えてるし、水切りもやってる。
この花を大事にしてる証拠ねウフフ。
…………これの花言葉知ってる?」
「いっ……
いえっ」
「ウフフフフッッ…………
“私だけを見つめて”よっっ!
嘉島さん、クールビューティーに見えて意外に情熱系なのねえウフフ」
それを聞いた氷織の顔が更に真っ赤。
いくら恋愛に疎い氷織でも“私だけを見つめて”の見つめる視線に乗っている感情ぐらい判る。
「ちっっ!
違いますぅっっ!
この花はっっ!
昨日友達が買ってきたんですっっ!
私がっっ!
何でこんなヘンタイとっっっ!」
友達とはもちろんほのかの事。
そして全力で否定しながら氷織の内心に疑惑、懸念が生まれる。
もしかしてほのちゃん……
このヘンタイの事を……
ただ今はそれよりも自分の身の潔白を証明する事に必死の氷織。
「ウフフ……
それにしては切り花の手入れがキチンとしてるわね。
みんな水替えはしても水切りまではやらないものなのに」
「そっっ……
それはっ……
私のママに小さい頃……
教わったんです……」
「そう……
良いお母さんね……
それと嘉島さん…………
…………人の息子をヘンタイってどういう事かしら?」
ピシィッ
空気が一瞬で張り詰める。
佐和の顔は笑っているが急激に漂ってくる威圧。
圧された氷織はたまらず釈明する。
「ちっ……!
違いますッ!
それには訳があるんですっ!」
「へぇ…………
ウチの息子を捕まえてヘンタイ呼ばわりする訳を聞かせてもらおうじゃないの」
「話すのは構いませんが……
ここではちょっと……
こちらに来てください……」
氷織は佐和を連れて病室の隅へ。
黙って事の成り行きを見ている秋水。
「…………で…………
が…………
となりまして…………」
話している詳細は秋水には聞こえない。
「フンフン…………
えぇ……?
アラ…………!
まぁ…………」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
実際音がした訳では無いがプルプル震える身体と背中から立ち昇る気迫の様な物によって鳴っていない音が聞こえる秋水。
「秋水ィィィィッッッッ!!」
ビリビリ
窓ガラスが震える程の大声が響く。
発声者は佐和。
呼び方が秋ちゃんから変わっている。
これは完全に怒っている。
そう感じる秋水だった。
クルゥ~ッ
ゆっくりと秋水の方を振り向く。
ユラァッ……
ユラァッ……
フラフラとゆっくりこちらに歩いてくる。
真っすぐ歩けていない。
怒りの為だろうか。
歩きながら、クロスさせる形でジャケットに両手を入れる。
スッ
両手に持っていたのは緑色のスリッパ。
病院等でよく見る奴だ。
「ヒェッ!
おっ……
オカンッやめるぜよっ!
あっ……
あれは事故ぜよっ」
「おまん……
絶対に許さんぜよっっっ!」
スパァァァァンッッッ!
大きな乾いた音が響く。
と同時に秋水の顔、右斜めに大きな蚯蚓腫れが出来る。
「イテェァァァァッッッ!」
咄嗟に患部を押さえる秋水。
が、佐和には関係ない。
烈火の様なスリッパの乱打は止まらない。
スパンッ!
スパンッ!
スパパンッ!
スパパパパパパァァァンッッ!
「秋水ィッッッ!
きさんっ!
こがな女の子に恥がかかせてっ!
一人暮らしがしたいちゅうから世に出して見ればッッ!
てんごのかあしちゅうてッッ!
謝れっ!
謝れ謝れっ!
嘉島さんに謝れっ!」
キツい土佐弁を早口でまくしたてながらもずっと両手のスリッパで秋水の顔をはたき続ける佐和。
既に秋水の顔は二、三回り膨れ上がっている。
その凄惨な光景を見て、たまらず氷織がオロオロしながら制止する。
「まっ……
待って下さいっ……
おばさんっ!
この人は私を助けてくれたんですっっ!」
ピタッ
氷織の言葉を聞いて制止する佐和のスリッパ。
「どういう事かしら?
嘉島さん」
「もともとこの人が入院する事になったのは…………」
氷織は秋水が失血死寸前の重傷を負う事になった経緯を説明した。
最初に他校の男に絡まれた時助けてくれた事。
その男があくる日更に絡んできそうになった時、全てを引き受けてくれた事。
出会いこそ最悪だったが今ではそうでもない事も付け加え説明した。
「ふうん…………
まぁそれなりの“いごっそう”はやってたようね…………
でもまあこんな可愛い女の子に恥をかかせたんだから……
これぐらいは当然ね」
「当然…………
とは思えない有様ですが……」
「ホガ…………
モガ……」
バターーンッッ!
余りの痛さに倒れ込む秋水。
トテテテ
そんな秋水の元に駆け寄る氷織。
スッ
腫れあがった秋水の頬にそっと手を当てる。
「履霜堅氷」
パシピシ
秋水の頬に氷が張る。
冷たさが優しく秋水の頬を癒す。
「…………冷…………
気持…………」
今の秋水は話す事もままならない。
「ホラ…………
もうしばらく寝ていて下さい…………
フフ」
そう言いながら優しく撫でる氷織。
すうっと眠りにつく秋水。
「本当に……
貴方は……
困った人ですね……」
薄く微笑みながら眠った秋水を見つめる氷織。
「フフ……」
そしてその様子を見つめる佐和。
「そう言えば……
おばさん……
何で私に話しかける時は標準語なんですか?」
「ん?
あぁ……
それは私の職業柄ですよ」
佐和の現職業は社長秘書長。
全国区になりつつある大造園会社“久我園芸”の秘書長を勤めている。
立場上、四国外の人間とも接する事が多くなった彼女は外の人間と話す時は標準語を使う様にしている。
「そうなんですか……
それで彼は何故、奈良県へ?」
そもそも秋水が言い始めた一人暮らし。
父親曰く蔓技を習得した事により外で実力を試してみたくなっているだろうとの事。
了承した父親が出した条件は近畿地方までとの事。
それ以上離れてしまうと何かあった際協力がしづらくなるからだ。
あとこれは佐和からの条件。
進学校に編入合格すればとの事だった。
そこで選んだ県は奈良県。
理由は緑が多そうだから。
そして選んだ学校は奈良学園中学校という訳だ。
元々佐和は一人暮らしに反対だったが何故か通ってしまったため認めざるを得なくなった。
「ま―私達も十年ぐらい経ってからの子供だったから少し過保護が過ぎたのかもって思う所もありましてね……
でも一人暮らしさせたら一週間も経たずにコレですからねえ……」
「彼……
姉弟居たんですね……」
「そうなんですよ。
十歳離れた長女がいます。
今静岡で自衛官やってるんですけどね」
「へえ……
どんな方なんですか?」
「真緒里って言う子なんですけど、誰に似たのか……
男勝りのわんぱく者に育ちましてねえ……」
そのまま病室での会話は続き、気が付いたら一時間程話をしていた二人。
主に氷織が秋水についての質問だった。
「う……
ううむ……」
秋水が目を覚ます。
「あ、起きたがや?
秋ちゃん」
「お目覚めですか……
顔の調子はどうです?」
「ん?
おおっ!
喋れるっ!
喋れるちやっ!」
これは氷織のスキル“履霜堅氷”によって皮下部分の水分を状態変化させたお陰。
表面が凍ったのはいつもの癖である。
「そうですか……
初めてやった処置でしたが……
上手く行って良かったです……」
「オカンのスリッパはたき喰ろうたら、腫れ引くまで何日もかかるけんどまっこと凄いスキルぜよ」
白い歯を見せ笑顔を氷織に向ける秋水。
その笑顔を見た氷織の頬が赤くなる。
「………………!!?
わっっ……!
私っ……!
トイレに行ってきますっっ!」
そう言って勢い良く立ち上がり、そそくさと病室を出る氷織。
「ンフーー」
その様子を見ていやらしく笑う佐和。
「何ちや。
そん笑い方は?」
「んふ~。
別に何も無いけん、ええがや」
「気持ち悪いのう……
んでオカンよ。
フーロはどこにおろうが?」
「ん?
フーロは四国で留守番じゃ。
竜河岸やと飛行機の手続きおっこうやき」
「まあ……
ならええけんど……」
「あ、でもフーロからお土産預かっちょうよ」
「ゲッ……
ヤな予感しかせんわ……」
佐和は紙袋から包みを取り出し秋水に渡す。
無言で包みを開く。
ガサガサ
「何じゃこりゃ?」
中から出てきたのは手編みのセーター。
三色の毛糸が使われアラン模様に織り込まれている。
そして何より前面にある文字に絶句した。
SYUCHAN LOVE
そして背面にはビッシリと“♂”マークが編み込まれている。
「オカンには言いとうないが……
あん竜、アホか」
「……うちの竜やけんど、そう思うわ……
今六月やき……」
「まあ……
勿体ないき部屋着にでも使うわ……」
PURURURURU
どこかで携帯の着信音が聞こえる。
「うちやないぜよ」
佐和ではないとなると秋水の携帯。
キョロキョロし出す秋水。
音の出所判明。
脇に置いてあった着替えの中だ。
中から携帯を取り出し、ディスプレイを見る。
「ゲッ」
思わず声が漏れる。
ディスプレイにはこう書いてあった。
思わず佐和も覗き込む。
久我真緒里
「あー姉ちゃんにも、今回の事報告しちょうよー」
「オカッ……
何でッ……」
「ホラホラはよう出んと。
ねーちゃんのカミナリ落ちるぜよ~」
覚悟を決めて電話に出る秋水。
「もしも………………」
「こりゃぁーーーーーッッッ!
秋水ーーーーーーっっ!」
出た瞬間、怒声から入る。
「ま……
真緒里ねーちゃん……」
「真緒里ねーちゃんやないきっっ!
きさんっっ!
一人暮らしするっちゅうて一週間も経たん内に何しちゅうーーーっっっ!」
■久我真緒里
自衛隊陸竜大隊医官。
二十四歳。
性格は明朗快活。
時間系スキル“時空翻転”を操る。
普段は一人称が“ボク”の少し元気な娘と言った印象。
が、感情が昂ったり田舎に帰って油断したりすると地の土佐弁が出る。
本編:九十一話参照
「じゃあ母さん、トイレ行ってくるわ」
そう言って病室を出る佐和。
入れ違いで氷織が部屋に帰って来る。
氷織の眼に飛び込んできたのは携帯を片手に正座してペコペコ頭を下げている秋水。
「…………何やってるんですか?」
「すませんっっ!
すませんっっ!
許しとうせっっ!
許しとうせっっ!
ねーちゃんっっっ!」
謝るのに必死で氷織が帰って来た事に気付いていない。
「はいっっ!
はいっっ!
これからはてんごのかわがしませんのでっっ
はいっ
はいっ
お仕事、頑張ってくださいっっ!」
プツッ
ようやく電話終了。
「ふう……
ようやく終わったがよ……」
「あの…………」
「うわぁぁぁぁっっ!
な……
何ちや……
ひ……
嘉島さんかや……」
「貴方……
お姉さんが苦手なんですね…………」
「うっ…………
昔っから姉ちゃんには頭が上がらんちや……」
「羨ましいですね…………
私は姉弟は居ませんから…………」
秋水が無言で氷織を見つめる。
「な…………
何ですか…………?」
「いや……
らしゅうないと思ってのう……
こん素直なひ……
嘉島さんは初めて見るがよ……」
それを聞いた氷織の顔がまたまた真っ赤に。
「ななっ……
何を言ってるんですかっっ!
私はいつでも素直ですっっ!!」
常に感情のまま毒舌を放っている氷織は素直と言えなくもない。
「わっ……
悪かったちや……
ハハ……
ワシャ……
ひ……
嘉島さんに怒られてばっかじゃのう……」
ほんの少ししょんぼりした秋水を見て我に返る氷織。
「ハッッ…………!!?
べっ…………!
別に気にしなくて良いですよっっ……
貴方のバカはもう私は知ってますからっっ…………
さて、もう元気を取り戻したようですし私はそろそろ帰ります……
あと最後に連絡事項が一つあります……」
「見舞いありがとう。
ほいで連絡事項て何ちや?」
当然の問いに三度真っ赤になる氷織。
「えっっ……!!?
えっと…………
これからは…………
私の…………
事を…………
氷織って呼んで良いです……
ゴニョゴニョ」
語尾が小さくなり秋水の耳には届かない。
「えっ?
何ちや?
よう聞こえんわ」
「だっ……
だから私の事を…………」
「えっ?
聞こえんて」
「あーっっっ!
もーっっっ!
私の事を氷織って呼んで良いって言ったんですよっっっ!!」
大声で叫んだ氷織の恥ずかしさマックス。
バンッッッ!
走って病室を飛び出す。
入口付近で佐和とすれ違うが恥ずかしさの為、一瞥も出来ず。
そのまま走り去ってしまう。
大和郡山病院一階
走りながら外へ出る氷織。
その顔は少し笑っていた。
何の微笑なのか?
胸中に芽生えた恋心に気付いたからか?
答えは否。
氷織が秋水への気持ちに気付くのはもう少し後。
気づいてからもほのかとの三角関係に陥ったりもしますがそれはまた別のお話。
今はただ初めて出来た男友達に胸が躍るぐらいの気持ちを持って嬉しそうに帰宅する氷織の姿を愛でようでは無いか。
完