第四章 氷織 三時間目
氷織はゆっくりと目を覚ます。
今日も学校だ。
制服に着替え、リビングへ。
「おっ!?
氷織っ!
おはようっ!」
「……おはよう」
テーブルに着き、朝ご飯を黙々と食べ始める。
炊事が終わったヒビキも遅れて席に着き、朝ご飯を食べ始める。
(先日ファミリアマート近鉄郡山駅前店で乱闘事件が発生しました……)
「ん?
近鉄郡山駅って言ったら氷織の通学路じゃないか?」
ヒビキがニュース番組に注目する。
(暴走族チーム“大仏堕”内の乱闘とみられており、これでファミリアマートは窓ガラスを割る等の被害が出ております。
重軽傷者は四名…………)
「氷織、アンタも注意しなよっ」
「うん……
あと……
ヒビキ……
昨日で魔力が尽きちゃったから……
補給させて……」
「いいよっ
こっちきなっ」
トテテ
食事を終えた氷織はヒビキの元へ行く。
ヒビキは朝ご飯を食べながら白い光に包まれる。
スッ
氷織がそっと手をヒビキの身体に添える。
しばらく待つ。
「フウ……」
手を離す氷織。
魔力補給が完了した様だ。
「しかしどうしたんだいっ?
この前までは一週間に一度ぐらいしか補給しなかったのに」
「昨日……
ちょっと……
全開で履霜堅氷を使っちゃって……」
「全開でっ!?
おいおいっ!
一体何があったんだいっ!?」
ヒビキの問いに昨日の秋水との一連のやり取りを想い出す。
ビキッ
瞬時に眉間に皺。
眼に激怒の色がが宿り、口が正三角形に開く。
いわゆる思い出し怒りと言うやつだ。
「いえ。
別段何があったという訳では無いですよ」
声こそ冷静。
が、ヒビキの方を一瞥もせず虚空を見つめている氷織。
届かない怒りを放っているは丸わかりだ。
「氷織……
アンタ何て顔してんだい……
まあとにかく気をつけなよっ。
危なくなったら自動点呼ですぐにすっ飛んでいくからねっ」
■自動点呼
氷織の受動技能。
氷織が生命の危機など恐怖が一定以上に達した場合、ヒビキが感知する事が出来る。
座標も同時に伝わるので即駆けつける事が可能。
ただ氷織はこの受動技能を余り気に入っていない。
理由は過保護が過ぎると思うからだ。
中学二年生にもなって保護者に助けてもらうなどカッコ悪いと氷織は考える。
「……うん……
じゃあ行ってきます……」
今日は氷織の方が先に出る。
ほのかと待ち合わせている天理駅に向かう。
多少雲がかかった晴れ。
いわゆる曇り時々晴れといった天気。
気温もそんなに高くない。
特にスキルを使う事も無く待ち合わせ場所に向かう氷織。
天理駅
まだほのかは来ていない。
ポーっと待っている所にほのか到着。
「ひおりっちー、ちょりーっす」
「あ……
ほのちゃん……
おはよ……」
ほのかと合流した氷織は二人で通学する。
長い通学を終えて学校到着。
今日は何もなくクラスに到着。
いつものようにほのかは自席に鞄を置き氷織の席へ。
楽しそうに世間話を始める。
「おはようさん」
続いて秋水とロンジェが教室到着。
「あ……
おはよ……
秋ちゃん……」
「フン……」
頬を少し赤らめているほのか。
それと対照的に冷たい姿勢を崩さない氷織。
秋水はおもむろに鞄からプリントを取り出す。
そしてほのかに差し出す。
「えっ……
あっ……」
「何ち顔しちゅうんじゃほのか。
おまさんが昨日やって来いってゆうからやってきたのに」
「あっ……
あぁっ!
……テストねっ……
テスト……
ありがとね。
じゃあこれ後で先生に採点お願いしとくねっ……」
テストを受け取るほのか。
何やらほのかの様子がおかしい。
氷織がほのかの異変に気付く。
「ほのちゃん……
どうしたの……?」
「えっっ!?
ななっ!
何でも無いよっ。
ひおりっちっ!」
真っ赤になりながら手を忙しなく左右に振るほのか。
明らかにおかしいのでもう少し聞いてみても良かったのだが、氷織はそうしなかった。
ほのかは親友。
少なくとも氷織はそう思っている。
そのほのかが何でもないと言うのならそうなのだろう。
氷織は追及はしない。
何でも無くなったら言ってくれるだろう。
氷織はそう信じている。
「ふうん……
なら良いけど……」
キーンコーンカーンコーン
「おっ。
予鈴やき」
ガラッ
(おーし。
お前らー。
席に着けー。
HR始めるぞー)
先生が入室。
HRは滞りなく終了。
キーンコーンカーンコーン
一時間目 社会
氷織は手早く教科書と板書用のノートを取り出し授業開始。
(えー……
だから竹本義太夫が義太夫節と言うのを考えてここから近松門左衛門に結び人形浄瑠璃が完成するという訳だー)
カキカキ
氷織がノートに黒板の内容を書き写している。
と、ここで昨日との違いに気付く。
後ろからイビキが聞こえてこないのだ。
どうしたんだ?
と思っている矢先、後ろから元気な声が響く。
「先生っ!
質問があるぜよっ!」
(ん?
何だ久我)
「浄瑠璃っちゅう文化は起源は戦国時代の御伽草子“浄瑠璃十二段草子”が起源や言われちょうがか、先生はどうお考えか教えて欲しいちや」
(おっ?
久我、よく勉強しているな。
もっと遡ると起源は琵琶法師とも言われる説もある。
ただ先生は個人的に三味線が無いと浄瑠璃とは言わないと思うからやはり信長に聞かせたものが最初だと思いたいな。
起源は小野阿通。
発展させたのが近松門左衛門と言った所か。
おっと話が横道に逸れたな。
授業を再開する)
「ありがとうございます」
秋水の方を向きはしないも少し驚く氷織。
「ずっと寝てるだけじゃないんだ……」
少し秋水を見直す。
が、その後の授業。
二時間目
数学
「ぐぁぁぁぁ~~
ごぉぉぉ~~」
ビキッ
三時間目
英語
「ぐぁあぁぁあ~~
ごぉぉぉ~~」
ビキビキッ
四時間目
理科
「ぐあぁあ~
ごぉぉぉぉ~」
ビキビキビキッ
キーンコーンカーンコーン
昼休み
眉間に大きな皺を寄せ、積み重なった怒りを乗せて真っすぐ見つめる氷織。
眼から溢れ、且つ全身から立ち昇る怒のオーラに誰も声を掛けれない。
一時間目は見直したものの残りの時間ずっと寝ていた能天気な秋水。
見直した分だけ怒りも倍増である。
「ひおりっちーっ
ご飯買ってくるよーっ
何が良いっ?」
こんな氷織に声を掛けれる人物は一人しかいない。
ほのかである。
「あ……
ほのちゃん……
えと……
イチゴコッペとマンゴーコッペ……
ゴメンね……
ほのちゃん……
飲み物はまた抹茶オーレで良い……?」
立ち昇ってた怒りが一気に霧散し、普段の氷織に戻る。
「うんっ!
お願いねっ!
んじゃーっ買ってくるねっ!
うおおおおっっ!」
ほのかは一目散に走って行った。
氷織も続いて飲み物を買いに教室の外へ。
購入を終え、教室に帰ってきてみると周りはそれぞれ昼食を取る為動き出していた。
ガヤガヤ
購買に買いに行くもの。
食堂へ出向くもの。
弁当を広げるもの。
様々である。
氷織はとりあえず席に戻る。
「のう氷織」
秋水が声を掛けてきた。
悪寒はもう走らないもののやはり気に食わない氷織。
ギロッと秋水を睨みつける。
「だから……
貴方とは……
まだそんなに仲良くなった覚えはないと言ってるでしょう……」
名前で呼ぶ事を拒否はしているが、先日の様な取りつく島の無い毒舌程では無い。
これには理由がある。
昨日のヤンキーに絡まれた時に助けてもらった事。
そして本日一時間目の社会の授業も手伝って秋水に対する気持ちが良く解らなくなっていた。
「もーわかったわい。
嘉島さん。
これでええか?」
「ま……
まあ……
それなら……」
気持ちがゴチャゴチャなっている状態の氷織はとりあえず了承した。
「じゃー嘉島さんよ。
昨日絡んできよったやとらぁ、おまさんの氷のスキルがありゃあ一蹴じゃが。
どしたんじゃ?
昨日は」
「残留魔力が……
尽きたんですよ……」
「何ちや。
昨日の朝補給してこんかったんか?」
昨日のやり取りを色々思い出す氷織。
何故魔力が尽きたのか。
色々と思い出される秋水とのやり取り。
「貴方の……
竜がっ……
ヘンな事言うからですよっ!」
「ヘンな事?
何やゆうたんかロンジェ?」
【ヤだわ秋ちゃんウフフ。
昨日二人はお似合いだって言ったんじゃないウフフ】
ロンジェは優しい微笑を浮かべる。
「あっ……
あぁ~……」
言葉を失う秋水。
ちらりと氷織を見る。
カッッ
怒
そう形容するしかない眼を秋水に向ける。
ゆっくりと口が正三角形に。
「は……?
何を言ってるんですか……?
主が主なら竜も竜ですね……
出会って間もない貴方に私の何が解ると言うんですか……?
私が好きなタイプが性犯罪者って一言でも言いましたか……?
痴呆ですか……?
いや自分の都合の良い様に記憶を改竄する妄想家ですか……?」
ロンジェも巻き込んで辛辣な毒舌を放つ氷織。
「ま……
まーまー落ち着くぜよ。
ひ……
嘉島さん」
【ウフフ。
照れちゃって可愛い子ねぇ】
さすが一万五千年も生きているとこれしきの毒舌は意にも介さないらしい。
ガラッ
勢いよく教室の扉が開く。
「ただいまーっ
買ってきたよーっ
ついでに採点終わった秋ちゃんのテストも返してもらってきたよーっ」
「あ……
おかえり……
ほのちゃん」
「はいっ
イチゴコッペとマンゴーコッペッ!」
「ありがと……
ハイ……
抹茶オーレ……」
「ありがとっ!
さっ食べよ食べよっ!
秋ちゃんもおいでよっ!」
ほのかは秋ちゃんを呼びつける。
「じゃあ邪魔するぜよ」
ドカッ
二段重ねのお重。
いつもの弁当。
上のお重をロンジェに。
下は秋水が食べる用だ。
「さぁ食べながら秋ちゃんのテスト結果を見るとしますかッ!」
昼食開始。
「モグモグ……
どれどれ……」
ほのかはデニッシュを頬張りながら五枚のテストを机に広げる。
英語 十六点
国語 八十一点
数学 十八点
社会 九十六点
理科 九十二点
二人はどう声を掛けていいか解らなかった。
何とも極端な答案だったからだ。
ほのかが重い口を開く。
「英語と……
数学が……」
呟きにも似た小さな声。
「…………この英語の点数は何ですか……
貴方やる気あるんですか……」
氷織の辛辣な感想が飛ぶ。
「そがな事言われてもワシは日本男児やき英語なんぞ必要ない思うちゅう」
「思うちゅうじゃなくて…………」
堂々と言う秋水に呆れる氷織。
「しかし極端な答案……
何?
何で社会と理科が飛びぬけて良いの?
秋ちゃん……?」
「理科は問題が植物じゃったからのう。
植物はワシ好きなんじゃ。
あと社会は日本史、趣味で勉強しちゅうんじゃ」
「あ……
そう……
じゃあ数学はアタシが。
英語は氷織がみっちり教えるからっ」
「え…………?」
余り見せない露骨に嫌な顔をほのかに向ける。
「ひ……
ひおりっちー。
そんな顔しないでよー。
協力制度がある以上、秋ちゃんほっとくわけにも行かないでしょー」
協力制度の場合単純にチームの全答案の平均点がそのまま中間テストの結果となる。
赤点が一枚出るだけで全員の点数に響く。
学力の低い生徒をどう扱うかがこの協力制度のポイントである。
「じゃあ早速今日から勉強始めよっ!
秋ちゃんっ!
逃がさないかんねっ!」
「ええわい。
ワシのせいで二人に迷惑がかかんのもづつのうてたまらんぜよ。
まあ出来る限り頑張ってみるちや」
「よろしくっ!」
こんな感じで昼休み終了。
午後の授業もあっという間に終わり、放課後。
「さっ……
ひおりっちー。
秋ちゃんーっ。
図書室行こっ」
「…………うん」
「おう」
氷織ら四人は図書室へ向かう。
何やらロンジェがご機嫌だ。
【ウフフフ
秋ちゃん、みんなで学校終わりに勉強だなんてセーシュンねー
ウフフ】
「なん言いゆう。
ロンジェ、おまんはドラマの見過ぎちや」
「秋ちゃん、今ロンジェ婆ちゃん何て言ったの?」
「ん?
あぁ……
ワシらが勉強しに行くんが青春じゃて言っちょるき」
「プッ。
なあにそれっ。
ロンジェ婆ちゃんドラマの見過ぎじゃね?」
ほのかがからかう。
「ハハッ。
げにその通りやからてこにあわんちや」
白い歯を見せてニコッと笑う秋水。
その快晴の様な笑顔に思わず頬が赤くなるほのか。
「ん?
どしたんじゃ?
ほのか」
顔を近づける秋水。
ますます赤くなるほのか。
「なななっっ……
何でも無いよっっっ!
さっさと行こっ!」
氷織はそのやり取りを一部始終見ていた。
ここである悪い予感が頭を過る。
が、確定した訳では無い。
ほのかから言い出すまで言わないでおこう。
そもそもどう言う風に切り出して良いか解らない。
その悪い予感は心の奥底にしまう事にした氷織。
図書室
「さっ
何からやるっ?
秋ちゃん」
「ん~
正直前の学校でも英語の授業はとっと寝ちょったからのう。
全くわからんのじゃ。
だからまだ数学の方が良いのう」
「わかったっ!
数学ねっ…………
数学……」
そう呟くと同時に顔が再び赤くなる。
(ちょっとっ!
どうしちゃったのっ!?
アタシの身体ーっ!
何で秋ちゃんに見られるとこんなにドキドキするのーっ。
お昼とかは普通だったじゃんっ。
何でーーッ?
ハッ?
いけないいけないっ
平常心平常心……)
ほのかは内心こんな事を考えていた。
ここでハッキリさせておく。
ほのかの派手な所は外見のみである。
テカるグロスやピンクのチーク。
アイプチや金色のパーマも全て昔の地味な自分に戻りたくないという意思の表れである。
もともと何故ほのかが中学デビューしたかと言うと早い思春期に起因した従姉の影響である。
早くに来た思春期は自身の地味な外見を悩ませるのに充分だった。
そんな悩んでいるほのかを見て大阪に住む従姉が一言。
(ほのちゃん、メイクしてみりゃいいんじゃね?)
この従姉。
予想通り外見は完全ギャル。
ほのかがそのまま大きくなった様。
違うとすればその肌だ。
皮膚は不健康そうな浅黒で覆われている。
親戚の皆が不良になった不良になったと敬遠する中、ほのかの母親は受け入れてくれた。
それ以来従姉は頻繁にほのかの家に訪れる様になる。
そしてほのかは度々訪れる従姉を見て強い憧れを持つ。
この人は自由だなあ。
こんな風になれたら私も変われるのかなあ。
変わりたかったほのかは、従姉に教えを乞う。
(じゃあまずは美容院だねっ
行くべ行くべ)
そんな憧れを知ってか知らずか従姉はほのかを外に連れ出す。
連れられるまま心斎橋の美容院へ。
三時間後。
鏡に映る激変したほのか。
思わず見とれてしまう。
(へっ。
ほのちゃん、イケてんじゃん)
その後帰宅し、従姉と一緒にメイクの猛練習。
(ダメダメ。
ほのちゃん、アンタ丸顔なんだからそんなとこに濃くチーク入れてどーすんだってーの)
メイクは小学校卒業したてには少々難しい様で苦戦している様だ。
(うっし。
化粧水、ファンデ、チーク、アイプチと大体解ったねっ
さーっ
最後はグロスだっ)
慣れない手つきで従姉を見ながら一生懸命グロスを塗るほのか。
(最後ーっ
ん~~~……
パッッ)
従姉が両唇同士を合わせパッと前に弾き出す。
ドラマとかであるシーンだ。
少し憧れていたほのか。
「ん~~~……
パッッ!」
(アハッ出来た出来たっ。
ん~~…………
ほのちゃんイケてる。
すんげーカワイくなってんじゃんっ)
従姉がウインクしながらサムズアップ。
こうしてギャルほのかは誕生する。
が、中身まで従姉の様に男子馴れするかというとそういう訳では無い。
変わった外見で自信はついたが圧倒的に経験が足りないのだ。
それは昨日のナンパを見ても明らかだ。
「ほのか、どいた?
数学やるんじゃなかったのかや?」
秋水が顔を覗き込む。
更に赤くなるほのかの顔。
「すっ……
数学っ……
数学ねっ……
うんっ……
勉強しようっ」
カバンから数学の教科書とノートを取り出すほのか。
(いけないいけないっ
ちゃんと勉強しないとっ……
まずは秋ちゃんの解らない所から確認っ)
外見はギャルでも真面目なほのか。
ピシャッ
ほのかが両頬を叩く。
「さっ秋ちゃんっ
まず数学どこまで出来る?
それを教えて」
「えっとのう……
マイナスが付く所までは理解出来たんじゃが……
英語が加わるヤツになったらもう無理じゃき。
そこで解ったんじゃ。
ワシはいっぺん理解出来んとまっこと頭に入ってこんタチらしいわ」
「あー、一次方程式の事ね。
つまり秋ちゃんはXが入るのが良く解らないって事?」
「そうじゃ」
「ん~~……
えっと……
Xってのは何なのかよくわかんない数字で方程式ってのはその数字が何なのかってのを解き明かすやり方なワケ」
「ん?
なしてXなんじゃ?
aとかbとかじゃアカンのかや?」
「あ、それは別に何でも良いよー。
aでもbでも」
「何や。
そうなんか」
「それでねっ……
それを解き明かすにはいくつかルールがあってね…………」
フンフンと聞いている秋水。
あれよあれよと時間は進む。
「ホイ。
出来たがや」
本日の締めくくりとして小テストを終えた秋水。
解答を書いたノートを渡す。
答え合わせをするほのか。
「…………うんっ。
出来てるっ。
これで一次方程式は大丈夫ねっ」
「何や。
数学っちゅうモンはこがな簡単やったんか」
「秋ちゃん、一日で出来る様になってんじゃん。
何であんな点数だったの?」
「ワシもようわからん。
何しか前の学校の先生がXって何なんかっちゅう説明せんと進めよるけん、説明聞きよったら眠たなってのう」
そんな話をしていると、一人黙々と勉強していた氷織が。
「あ…………
もうこんな時間……」
とポツリ。
ほのかと秋水は時間を見る。
午後四時五十七分
「ひおりっち。
そろそろ帰ろっか」
「…………うん……」
教科書やノートを片付ける氷織。
秋水とほのかもそれに習って片付け、帰宅する。
次の日の放課後
本日は英語。
明らかに嫌そうな氷織。
「…………それじゃあまず、貴方……
どこまで解るか教えて下さい……」
「全然ちや」
「は…………?」
「だから全然ちやっ!!」
「……ちょっと言ってる意味が解らないんですが……」
「だからワシは四国の頃も英語の授業はほぼ寝とったけん、全くわからんっ!」
「…………助動詞は?」
「知らんっ!」
「……過去形は?
……現在進行形は?」
「知らんっ!」
ビキッ!
堂々とした秋水に段々イラつく氷織。
「…………代名詞、疑問詞と疑問文っ!
命令文、副詞、形容詞はっ!!?」
イラついた氷織は一気に中学一年で習う英語内容をまくしたてる。
語尾にほのかな怒りが乗っているのが解る。
「うむっ!
初耳ぜよっ!」
ビキビキッ!
さらに怒りが募る氷織。
「…………アルファベットを全部言ってみて下さい……」
ランクを更に落とし、英語を始める基礎の基礎まで立ち帰る氷織。
「ん……
わやにすなや。
それぐらいならワシにも出来るぜよ。
AーBーCーDーEーFーGー……」
唄う様にABCを言い始める秋水。
「H,I、ジェッケン、エレオロメン……」
何かおかしくなってきた。
どこぞのアーティストの名前が混じっている。
「オッペーキューアーエッテーユー」
もはや何を言ってるのか解らなくなってきた秋水。
「ブイダブリューエッキスワイジー……
じゃっ!
フフン」
何かやり切った顔の秋水。
ガン!
氷織が机に顔を勢いよく突っ伏した音が響く。
呆れ過ぎてプルプル震えている。
その状況を見ていたほのかがたまらず声を掛ける。
「でっ……
でも全く解んないって言っても十六点は取れてたじゃん?
何で?」
「フフン……
ほのか……
英語の答案をよく見るぜよっ!」
妙に自信満々な秋水。
「え……
どう言う……
あっ」
ほのかは気づいた。
この英語の答案、答えが書いてあるのは”ア”だの”ウ”だの選択肢のみだ。
要するに秋水は英語は完全に捨ててヤマカンで答えたのだ。
ギギギギギギギ
突っ伏していた氷織の顔がゆっくり持ち上がる。
再び現れた錆び付いたからくり人形。
目には怨み、怒り、鬱憤、憤慨などあらゆる感情を乗せた強烈な視線を送る。
そしてゆっくりと口が開き、正三角形に。
「貴方…………
やる気あるんですか……?
学生の本分が勉学にあるってご存じですか……?
教委も酔狂で五教科指定している訳じゃ無いんですよ…………
日本で人として生きる為に必要な知識として指定されているんですよ……
貴方は人じゃないんですか?
クズですか?
クズだから私が言ってる事も理解できないんですね……
とっとと隅で可燃ゴミと一緒に燃えて消え去って下さい……
英語は日本男児だからやらなくて良いとか抜かしてましたね……
そんな時代錯誤な事言ってるから貴方はクズなんですよ……」
多い。
いつにもまして毒舌の量が多い。
さすがの量に秋水も絶句している。
「ちょっ……
ちょいまちっ!
ひおりっちっ!
さすがにそんなに言っちゃあ秋ちゃんも可哀想だよっ」
「ほのちゃん……
でも……」
「まーまー。
協力制度もあるんだしさっ。
秋ちゃんも含めてどうするか考えよっ」
三人はとにかく壊滅的にダメな秋水の英語をどうするか話し合う。
時々、秋水が能天気な言動。
それに対する氷織の毒舌。
なだめるほのか。
結論。
残り一週間。
三割を数学。
後の七割は英単語の暗記に努める事になった秋水。
もちろんこれで満点が取れるなんて誰も思っていない。
ただ英単語問題を取りこぼしなく解答。
且つ秋水の本番での運の強さに賭けて、選択肢問題も解答してどうにか三十点前後を目指そうという事で一同納得。
指針も決まったと言う事でその日は帰宅する事になった。
そこから放課後は図書館で勉強する毎日を送る。
土、日も天理市立図書館に集まりみっちり勉強する三人。
それを微笑ましく見つめるロンジェ。
そしてテスト前日。
「ぅこぉれでぇどうがよぉっ!
嘉島先生っ!」
息せき切って英単語小テストを氷織に渡す秋水。
「フン…………
ハイ……
ハイハイ……
まぁ……
これぐらい出来て当然ですけどね……」
これは氷織特有の誉め言葉。
満点を取った時にしか言わず、この勉強漬けだった一週間強で一回しか聞いた事が無かった。
「はぁ~~……
良かったちや~~っっ……
げにくつろいだぜよ……」
「何安心しきっているんですか?
本番は明日なんですよ?
私のテストで満点取っても本番でダメなら何の意味もありません」
氷織がピシャリと窘める。
「ハハ……
そいや、おまさんらの勉強は大丈夫なんか?」
「ムッフー。
お陰様でバッチリよっ」
ほのかは満面の笑み。
「人の心配より自分の心配をして下さい………
そんじゃ帰ろっか…………
ほのちゃん……」
四人は下校。
バスに揺られる事二十五分。
駅のターミナルに到着。
近鉄郡山駅
「あ……
ほのちゃん……
消しゴム買って帰っていい……?」
「うんっ
いいよーっ」
「何ちや。
おまんらコンビニ行くんか。
ほいじゃあワシも晩飯買って帰るかのう」
「…………貴方は別に来なくてもいいのに……」
四人はコンビニに向かう。
先日のニュースが頭を過る。
念のためファミリアマートでは無く、セブントウェルブに向かう。
セブントウェルブ近鉄郡山駅前店
「ん……?」
コンビニの前の異変に気付く秋水。
「あ……」
コンビニ前に五~六人程たむろしている。
ほのかが気づき、ほんの少し驚く。
理由はたむろしているグループの中にナンパした金髪ヤンキーが居たからだ。
(ん?
あーーーっ!)
金髪ヤンキーがこちらを真っすぐ指差す。
その所作と同時に秋水が氷織とほのかの前に立つ。
ほのかの目にはその背中が物凄く頼もしく見える。
(ゴトーさん、アイツっすよ。
この前ナンパを邪魔してきた奴はっ!)
金髪ヤンキーがヤンキー座りをしている男に声を掛ける。
その男はスカジャンに革ズボンを履いている。
汚い金色の髪がグワッと不自然に上へ伸びている。
おそらくセットスプレーで固めているのだろう。
正円の小さなサングラスをかけ、その小さな黒眼鏡の向こうにある眼は虚ろ。
半開きの口から一筋の涎が垂れ、覗く歯は不揃いに乱れている。
これはシンナー中毒者の症状。
が、秋水はそんな事は知らない。
ゴトーと呼ばれる男はゆっくりと起き上がる。
じっと虚ろな目を秋水に向ける。
(げっ……
竜が居る……
俺初めて見たぜ……
ならコイツは竜河岸っ!?
ヤベーッ!
これヤベーっすよっ!
ゴトーさんっ!)
金髪ヤンキーがロンジェの存在に気付き、その事をゴトーに告げる。
そして竜河岸が脅威と言う事も。
ゆっくりと。
本当にゆっくりとゴトーは虚ろな目を金髪ヤンキーに向ける。
(……………………あ?)
近い秋水の元にすら届かない小さな呻吟の様な声を出すゴトー。
が、ここから事態は一変する。
ガッッッ
先程までのゆっくりとした動きが嘘の様に素早く金髪ヤンキーの髪の毛を掴む。
(ィィィィィキェェェェェェェッッッッッッ!!)
急
突然気が狂ったような絶叫を上げ、力任せに金髪ヤンキーの顔を降ろす。
降りてきた顔目掛け、右肘を鋭く叩きこむ。
(ブハァッ!)
金髪ヤンキーは突然の事と鼻を襲う猛烈な痛みに突発な呻き声しか出ない。
両膝を付く。
(オメーーッッッ!
それでも大仏堕のメンバーかぁぁぁっぁぁぁっっっ!)
金髪ヤンキーの頭上から絶叫が響く。
ゴトーは思い切り打ち下ろしの右フックを金髪ヤンキーのコメカミに炸裂させる。
(あぁあぁぁっっっ!)
ドシャァッ
力無く倒れる金髪ヤンキー。
痛々しいその姿に思わず目を背けてしまう氷織とほのか。
(相手がよぉぉぉ~~……
竜だろうとカンケーねーよぉぉぉ……
ジョートーくれる奴はぁぁぁぁ~~
誰だろうとぉぉぉ~~
ボコボコにぶちのめしてェェェ~~……
大仏堕に逆らえねえようにするぅぅぅぅ…………
それが俺達だってぇぇぇ~~……
教えたよなぁぁぁぁぁぁっっっ!!)
ドゴォッ!
(うぐぅっっ!)
横たわる金髪ヤンキーの腹を思い切り蹴り飛ばす。
何度も何度も何度も。
直に呻き声すら出なくなる。
声を出さない人の形をした肉の塊となった金髪ヤンキーを未だ強く蹴りつけるゴトー。
(ペッッ!)
しばらく蹴っていると飽きたのか、唾を吐きかけて秋水の方を向く。
ゴトーの口がゆっくり開く。
溜まった唾液が糸を引き、その様子はまるで人外の獣の様。
(オメー…………
ドコ高だよ…………)
「きさん、なん言うゆうが。
ワシは十四歳。
中学二年ぜよ」
(あぁ……?
チューニだぁぁぁ…………?)
体格や顔立ちから普通の十四歳と比べ、二~三歳は年上に見える秋水。
歳を聞いてゆっくりと動かない金髪ヤンキーの方を向くゴトー。
(ちなみに奈良学園中じゃ)
(キィィィィィヤァァァッァァァァッッッ!!)
通ってる中学を聞いた瞬間、絶叫を上げるゴトー。
ドカァッッ!
再び金髪ヤンキーの腹を強く蹴り出すゴトー。
(テメーーッッ!
チュー坊にナメられるだけで無くッッッ!
あんなお坊ちゃん学校にナメられるだとぉぉぉぉォォっっっ!!)
ドカァッ!
ドカァッ!
金髪ヤンキーはいくら蹴り飛ばされても揺れるだけで何も発しない。
(オラァッッ!)
ドカァァッッ!!
ガァァァァンッッッ!
ゴトーは思い切り蹴り上げる。
金髪ヤンキーの身体が吹き飛び、コンビニの外壁に接触。
(ケホッ……
コホッ……)
吐血する金髪ヤンキー。
おそらく内臓を痛めたのだろう。
(ペッッ!)
金髪ヤンキーの身体に唾を吐き捨てる。
「何じゃコイツ。
気違えか」
様子を見て、そう断ずる秋水。
ゆっくりとこちらを振り向くゴトー。
(オメー……
このアホがどうしたとかは聞かねー…………
がナァ……
こんなアホでも大仏堕のメンバーだ…………
て事はテメーは大仏堕にジョートーくれたって事だァァァ……
なら判ってんだろぉぉぉなぁぁぁぁっっ!)
「何じゃこの気違え、ワシとやる気かや。
いいぜよ、やるちや。
ただここでケンカ始めるとワシのツレや店やかに迷惑がかかるぜよ。
場所を変えるちや」
(いぃぜぇぇ…………
死に場所ぐらい選ばせてやるゥゥゥ……
ギョヘッ!)
語尾に奇声を上げるゴトー。
「わかった」
了承した秋水はくるりと振り向く。
「ほのか、ひ……
嘉島さん。
おまんらは危ないき、店ん中入っちょけ」
「…………はい……」
「秋ちゃん、大丈夫?」
「心配はいらんぜよ。
こがなケンカ、四国じゃったらよくやってた事やき」
「そう……
気をつけてね」
ほのかと氷織が店に入ったのを確認する秋水。
「さあ、すんぐに行かぁよ」
(こっちだぁぁ……
ついてこぉぉいっっ……)
フラフラと歩きだすゴトー。
黙って取り巻きもついて行く。
少し歩くと駐車場の跡地のような場所に着く。
(ハヘァァァヘャァァァ……
このチュー坊がァァァ……
キョーイクしてやるぜェェェェェッッ…………)
秋水は右から左へ連中を見渡す。
「おんしゃら……
別に良いが……
五対二か……
男として恥ずかしゅうないんか…………」
(安心シナァァァァ……
チュー坊をキョーイクすんのにィィィ……
ヘータイは使わねェェよ……
ギャヘッ!)
ピッピッ
涎が地面に落ちる。
「汚いやっちゃのう……
じゃあそろそろ始めるかのう……」
そう言いながらゆっくり胸ポケットに手を入れる秋水。
(ヘヘェ……
アヘァ……
裂いてヤルァァ……)
ゴトーがスカジャンの胸元から取り出したのは小型の肉切り包丁マチェットナイフ。
「タイマンやゆうても獲物を使うんきや……
ワシも似たようなモン使うけん、ええがの……」
ピッ
秋水がポケットから取り出した小さなモノを地面に向かって弾き飛ばす。
何を弾き飛ばしたのか?
種である。
ツルマサキの種。
「株連蔓引」
秋水の眼が翡翠色に光る。
と同時に。
ギュオォォッッ!
種が飛ばされた位置から一瞬で五メートル上空辺りまで伸びる蔓。
「よっと」
ブチッ
真ん中の蔓を引きちぎる秋水。
手早く折り畳み両手で持つ。
「ホイ、準備OKじゃ。
かかってこんかい、こん気違え」
(蔓…………
蔓ダトォォォッッ……
キェェェェヤァァァッッ!
……こんバケモンがァァッッッ!)
目の前で起きた非日常の事象に狼狽えるゴトー。
ナイフを振りかざし、猛然と突進。
「バケモンて……
きさんに言われとうないき……」
迫る刃。
右斜め上から勢いよく振り下ろされる。
その軌跡に合わせ蔓をピンと張る秋水。
(ヒャァァァァァハァァァァッッ!
そんなモンでェェェッ俺のナイフが躱せると思ってんのかぁぁぁぁっっ!)
ナイフの勢いは止まらない。
刃から殺意が溢れる。
「躱せるかどうかはやってみんとわからんぜよっ!」
前に突き出した秋水の両手。
間には一本の蔓。
ゴトーは秋水の首筋しか狙っておらず。
張られた蔓には全く警戒せず。
ゴトーの刃が蔓に接触する前、秋水は両手の力を抜きほんの少しのたわみを作っていた。
ゴトーの刃が蔓に触れるか触れないかの刹那。
煌めきの様な瞬間。
ビンッッッ!!
秋水は両手に思い切り力を込めて張力生成。
バィィィンッッ!
(うぉぉぉッッ?)
ピンと張った蔓にゴトーのナイフは跳ね返され、バランスを崩すゴトー。
その瞬間を見逃さない秋水。
「どっせいっっ!」
(グホォォッッ!)
前に踏み込み、ゴトーの腹目掛け思い切り前蹴りを炸裂させる秋水。
後ろへ吹き飛ぶゴトー。
ドシャァァァッ
地面に倒れ込むゴトー。
受け身を取らず倒れた為、腕など擦り剥く。
腹の痛みも手伝い、ヨロヨロと半身を起こすゴトー。
(クソォォォォッッッ!
何なんだァァァァッッッ!
その蔓はァァァァッッッッ!)
「どうじゃ?
蔓技っちゅうんじゃ」
両手に蔓を持った状態でニヤリと不敵に笑う秋水。
四時間目に続く。