第四章 氷織 二時間目
次の日
いつも通り白いブラウスに袖を通し、チェックのスカートを履く氷織。
すぐに着替え完了。
「じゃあ……
行ってきます……」
ヒビキはもう既に出かけている。
今日は仕事なのだ。
ガチャリ
カギがかかったのを確認し、学校へ向かう。
今日の天気は曇り。
「曇り……
嫌だなあ……」
氷織は曇りの日が嫌い。
暑い日も苦手なのだが一番嫌いなのは曇り。
大抵曇りの日は嫌な事が起きる。
これはジンクス。
今まで生きてきた中で嫌な事があった時は大抵曇りの日。
普通は雨の日と言いそうなものだが逆に雨の日は良い事が起きる氷織。
足取りも重くなる。
直に駅に到着。
既にほのかが待っていた。
「ひおりっちー。
ちょりーっす」
「おはよ……
ほのちゃん」
「今日は昨日に比べて幾分かマシだね。
今日は氷はいいや。
んじゃいこっかっ!」
「うん……」
ほのかと氷織は電車に乗り込み一路学校へ。
世間話をしている内にバスロータリーまで到着。
グラウンドを歩いて本館を目指しているとNGプラザの外側にしゃがんでいる生徒がいる。
見覚えがある総髪。
それと隣に山吹色の竜。
途端に露骨に嫌な顔になる氷織。
「何やってるんですか……
あのヘンタイは……」
「おーいっ!
秋ちゃーーーんっ!
何してんのーーーっ!」
「ちょ……
ちょっとほのちゃん……」
「ん?」
大きな背中が動き、声がかかった方を見る秋水。
「おー。
ここの紫陽花の鉢植えが割れちょって危ないき、くるめようとしちゅうよー。
それにこのままじゃあ紫陽花の花が可哀想や思うてな」
「アハッ。
秋ちゃんってばそんな身体しててお花好きなんだ」
「ハハ……
姉ちゃんにもよう言われるんや。
こん軟弱者っちゅうて」
「へー秋ちゃん、お姉さん居るんだ。
どんな人?」
「まーまー待っとーせ。
そん前にこの紫陽花の花を何とかするき」
そう言いながら制服のポケットから種を取り出す秋水。
慣れた手つきで地面にばら撒く。
「株連蔓引」
ギュオッッ!
秋水の呟きに呼応する様に種をまいた所から蔓が急激に伸びる。
ズズズ
伸びた蔓はまるで蛇の様に這いずり地面にむき出しで横たわっている紫陽花の花に絡みつく。
一つ二つとどんどん絡め捕って行く。
鉢に入っている無事の紫陽花ごと。
ズズズズズ
その場にある紫陽花の花全てを絡め捕るとそのまま施設の壁を這いずり登り始めた。
蔓の先端が屋上まで辿り着くと蔓が収縮し紫陽花の花が壁に固定される。
するとどうだろう。
施設の壁に立体の紫陽花花壇が出来ている。
真っすぐ伸びた蔓と妙にマッチして美景となっている。
「ふう。
こがなもんじゃのう」
一連の流れを見ていたほのか。
「…………あっそうか。
秋ちゃんって竜河岸だったっけ。
今のも竜河岸のスキルってやつーっ?」
「ほうじゃ。
株連蔓引っちゅうんじゃっ!」
「へーーっ!
何が出来るのっ?」
「ん?
あぁこのスキルはのう……」
キーンコーンカーンコーン
「あ……
予鈴……」
「やっぱっ!
遅刻しちゃうっっ!
ひおりっちっ!
秋ちゃんっ!
走るよっ!
うおおおおっ!」
ほのかは一目散に走り出す。
「えー…………
もう……」
氷織も走り出す。
「あーっ!
いっつもかっつもっ!
どいてワシャこうなるがよーっ!
行くぞっ!
ロンジェッ!」
【あぁ……
秋ちゃん……
お婆ちゃんに走らせないでぇ……】
秋水とロンジェも走り出す。
二―A 教室
氷織達は滑り込みセーフ。
「ハァッ……
ハァッ……」
肩で息をする氷織達。
「な……
何とか間におうた……
ハァッ……」
【ゼィ……
ゼィ……
ンッ!
ゴクッ……
こんなに走ったのっ……
何千年っ……
ぶりでしょうッ……】
ロンジェは身体中に汗をかいている。
竜の巨大な身体から大量の汗が滴り落ちる。
ガラッッ
「おーし。
お前らー席に着けー。
HR始めるぞー」
ガタガタッ
他の生徒が席に着く。
「お前らー。
九日後に中間テストが始まるからなー。
グループ決めやるぞー。
好きなモン同士まず固まれー」
ガヤガヤ
クラスメートが各々友達同士集まり出す。
氷織はもちろんほのかの所へ。
「よーし……
あらかた集まり終えたなー。
あぶれたヤツは……
一人……
二人……
三人……
って所か……
それじゃあ近藤は……
こっちのグループに入れてやってくれ……
んで藤堂は……
こっちのグループ……
えーと久我はどうしよう……
あっ、嘉島のグループに入れてやってくれ……
同じ竜河岸だから大丈夫だろ?」
それを聞いた瞬間氷織の顔が変化。
全体で大嫌悪、徹底拒否の意思を示す。
「うわ……
ひおりっち……
すんごい顔になってるよ……」
「嘉島……
何て顔してるんだ……
なあ頼むよ……
同じ竜河岸じゃないか。
他の皆は竜を見てビックリしちゃうし……
なっ?
この通りっ!」
先生は頭を垂れて拝みながら頼み出す。
氷織は全力で拒否したかった。
何せ下着を御開帳させた張本人だから。
しかし氷織も事情を理解出来ない訳じゃない。
と、言う事で氷織が出した結論は……
「…………内申書…………
色付けて下さい……
それなら良いです……」
「わっ……
わかったっ……
内申書の忖度はしておくっ!
だから……
なっ!?」
「…………はい」
無事了承を得た先生は安堵の表情を見せる。
「ほっ……
じゃあお前らー。
プリント渡すからそこにグループの名前書いて提出しろー」
各グループにプリントが配られる。
カキカキ
嘉島氷織
「はい……
ほのちゃん……」
カキカキ
浪川ほのか
「はいっ秋ちゃん」
久我秋水
「じゃあワシが出してくるち」
秋水はプリントを前に提出。
HR終了。
一時間目。
英語の先生が教室に入って来る。
授業開始。
氷織は手早く教科書と板書用のノートを開く。
先生の話を聞きながら黒板の内容を書き留める氷織。
「ガァァァァッッ……
ゴォォォッッ……」
背中で大きないびきを聞く氷織。
音の発信源が解ると同時に眉間に皺が寄る。
口が綺麗な正三角形の形に変化する。
しかし後ろは振り向かない。
秋水の顔を見ると履霜堅氷で全身凍らしてしまいそうだ。
ただ真っすぐ前に嫌悪の表情を向ける。
(えー……
じゃあこの問題を……
嘉……
うおっ!?
……じゃ……
じゃあ近藤、答えて見ろ……)
最初、先生は氷織に答えてもらおうと思っていた。
が、氷織から向けられるおどろおどろとした空気にたじろいてしまい別の生徒に変えたという訳だ。
このまま当てたら呪い殺されるんでは無いか。
これが先生の見解である。
そのまま授業終了。
キーンコーンカーンコーン
(えー……
じゃあ本日はここまで……
今日やった所は中間テストに出すので復習しておくように)
(起立っ!)
(礼っ!)
(ありがとうございましたーーーっっ!)
休み時間
「ん……
もう終わりか……
ふぁ~~ぁ……」
ビキッ
この先生の挨拶もせず出て行ってから起きる秋水の能天気さと図太さに嫌悪の色に怒りの色も混ざる。
が、まだ後ろを振り向かない。
(か……
嘉島さん……
何そんなに怒ってるの……?)
一点を凝視しながらただただ真っすぐ嫌悪と怒りの表情を向ける氷織の不気味さに女子が声をかけてくる。
「いえ。
気にしないで下さい」
声こそ冷静だが顔から漂う雰囲気は真逆である。
(あ……
そう……)
氷織に圧され女子は諦めた。
そこへへほのかがやって来る。
「ねーひおりっちー……
ってうわっ!?
さっきよりも酷い顔になっているよ……」
「あ……
ほのちゃん」
ほのかが来てようやく普通の表情に戻る氷織
「どしたの?」
「後ろのヘンタイ……
授業中ずっと寝てて……
ホント何考えてるんだろ……
中間テストに出るって言ってたのに……」
「ロンジェ、何を言いゆう。
ハハハ」
秋水はのん気にロンジェと談笑中。
「はは……
ま……
まあまあとりあえず今日放課後に作戦会議やろっ?」
「うん……」
そんな感じに授業は進み、気が付いたら放課後。
「さっひおりっち。
図書室に行こっか?」
「うん……」
「ほんなら帰るかロンジェ」
早々に帰ろうとする秋水。
が、ほのかがそれを許さない。
後襟首をガッと掴む。
「ちょい待ちっ!」
「わっ!
離すぜよっ!」
「これから図書室行くのっ!
中間テストの作戦会議っ!」
秋水を引き摺って図書室へ向かう。
図書室
「まあ作戦会議って言っても私とひおりっちは大体どれぐらいの学力かは知ってるから秋ちゃんがどれぐらい勉強が出来るか確認するのが肝心だと思うワケ」
「…………それ、どうやって確認するの……?
ほのちゃん……」
「えっと……
どうしよう……
あっそうだっ!
先生に言って去年の期末テスト、もらってくるわっ!
ちょっと待っててっ!
うおおおおっ」
氷織の了解を得る事も無くズドドドと走って行く。
瞬く間にほのかはダッシュで図書室の外へ。
「あっ……
ほのちゃん……
待って……」
手を伸ばすがそこには空間があるのみ。
ワナワナしながら手を引っ込める。
氷織は内心焦っていた。
理由はこの場にある。
今、この場に居るのはヘンタイ(秋水)とロンジェ、氷織のみ
「どのくらい出来るかっちゅうても……
のう氷織?」
ゾワワワワワワ
氷織のお尻から頭のてっぺんまで悪寒が走る。
ギギギギギギ
錆び付いたからくり人形の様にゆっくりと秋水の方を向く氷織。
動きを鈍らせてるのは悪寒と怒りの為。
「は?
貴方に名前で呼ばれる程仲良くなった覚えは無いのですが……
初対面に等しいのなら苗字で呼ぶのが礼儀では無いですか?
貴方馬鹿なんですか?
死ぬんですか?
死にたいなら凍らせてあげますよ」
怒りと嫌悪を乗せて氷織の毒舌が飛ぶ。
「なんち顔しちょるんじゃ。
別に減るもんじゃ無かろうにええやか。
ワシは氷織と仲良うしたい。
名前で呼び合うんは親愛の証っちゅうがよ」
「私はヘンタイと仲良くする趣味はありません」
ピシャリと切り捨てる氷織。
「そがな毒舌。
ねーちゃんにもっとキツい言葉くらっちゅうき何とも思わんわい……
昨日の事はわさとじゃ無いき許しとうせよ」
「フン……
ヘンタイ程良く喋る……」
表情を変えず、顔全体から怨のオーラを秋水に発信し続ける氷織。
そんな氷織を見て秋水が行動を起こす。
ぐに
秋水は氷織の両頬を摘み、外側に引っ張る。
「いたたたっっ……
はにふるんへすか(何するんですか)っ……
はめてふはさい(止めて下さい)っ……」
「こりゃぁっっ!
そがな顔、人に向けたらいけんっ!
そがな顔ばっかしちゅうと“はしがい女”や思われて人間関係もちゃがまっぞっ!
笑えっ!
わーらーえーっ氷織っ!
おまさんは笑うと美人になるぜよっ!」
白い歯を見せ豪快な笑顔を向ける秋水。
美人という言葉を聞き、少し頬が赤くなる氷織。
まだ頬は引っ張られている。
ぐにぐに
「や……
止めて下さいっ!」
バシッ
ようやく秋水の手を振り払う事が出来た。
「全く……
何考えてるんですか……
わっ……
私が……
びっ……
美人だなんて……」
正直、男友達が一人も居ない氷織。
小学校は周りが子供っぽく見えて見下した状態で接する事無く卒業。
そして中学入学しても同様。
向こう側にしても竜河岸の存在に委縮し、氷織に声がかかる事は無かった。
奈良県には竜河岸は異様に少ない。
四十七都道府県の竜及び竜河岸分布図。
これはお世辞にも平均的、満遍なく散っているとはとても言えない。
これは国会で議題に挙がるほど問題になっている。
が、なかなか結論は出ない。
そもそも人間から竜にここに住めと言われて素直に聞く竜はほぼ居ない。
竜河岸がいない為、奈良県は竜河岸に対しての扱いにノウハウが無い。
それは庶民レベルでも言える事。
まあそんな感じで氷織には男友達は居ない。
女友達も数言交わす程度。
普通に話しているのはほのかのみである。
ただ氷織も十四歳のお年頃。
口では恋愛なんて馬鹿馬鹿しいとは言いつつも、興味が全くない訳では無い。
それなりに好きなタイプも出来ている。
氷織のタイプは要するに大人。
精神が成熟しており、自身が進むべき道を認識している。
且つそれに向かって進んでいる人物。
顔が美形なのは言うまでも無く、それでスポーツ万能。
家庭が裕福であればいう事無し。
要するに白馬の王子様がタイプなのだ。
氷織自身そんな理想像を描いている事を恥じており、その事はほのかにも話していない。
全く男子と接触をしてこなかったのだから当然と言えば当然とも言えるが。
そんな氷織がヘンタイと蔑んでいる相手とは言え“美人”だと初めて男子に褒められたのだからキョどってしまっても仕方がない。
「何や?
照れちゅうがか?
しょう可愛いのう」
笑顔で語りかける秋水。
土佐弁がキツくて台詞の全てが解った訳ではないが“可愛い”と言われた事は理解した氷織。
そしてそれが自分に向けられたと言う事も。
「なっ……!
何を言ってるんですかっ……
私が超美少女などとっ……
ヘンタイのくせに……」
頬を赤らめキョドりつつ答える氷織
「ハハ……
ワシは何も超美少女とは言うちょらんが……
まあええわい……
やけんどワシの名は秋水やきっ!
ヘンタイや無いきっ!」
「ヘンタイはどこまでいってもヘンタイです…………」
「ハハ……
おまさん、顔は良うても性格は悪いのう……」
「フン……」
会話終了。
場に気まずい空気が流れる。
【ウフフ】
ロンジェの大きな口から笑みが零れる。
「ロンジェ、何やか?」
【ウフフフ。
何だか恋の芽生えって感じかするじゃないウフフ】
これを聞いた秋水の顔が赤くなる。
「ロッ……
ロンジェッッ!
なん言いゆうかっ!」
【だってぇ……
お婆ちゃんとしては秋ちゃんにきちんとセーシュンを謳歌してほしいものんウフフ。
お婆ちゃんから見たらお似合いだと思うわよウフフ】
「ロンジェッ!
ちっくと黙っちょってっ!
…………やけんど……
氷織よ……
ワシとおまさんがお似合いや……
!!!??」
少し照れながら氷織の方を向く秋水。
言いかけた台詞が止まる。
その原因は向けられた氷織の目にあった。
殺意。
これはもうこう形容するしかない程の怨の念を込めた視線で秋水を射る氷織。
ギギギギギ
閉ざされた古の門が開くように氷織の口がゆっくりと開き正三角形の形に。
氷織毒舌モード。
「誰と誰がお似合いですって…………
私とこのヘンタイの性犯罪者とどうにかなるとでも……
は……?
そして……
ヘンタイ……
名前で呼ぶ程仲良くないと先程言いましたよね…………
貴方さっき言った事も守れないのですか…………?
痴呆ですか…………?
痴呆のまま死ぬんですか……?
死にたいのなら協力してあげますよ……」
ビシィッ!
パキパキパキッ!
机に置いている氷織の手から円状に凍り付いて行く。
厚い氷が瞬く間に机全体を覆っていく。
ビキィッ!
バキッ!
バキッ!
大気の温度差によって氷の割れる音が図書室に響く。
洪水のように押し寄せる毒舌と迫る氷に言葉も出ない秋水。
ガラッ
「いやーーーっ!
お待たせーーっ!
ゲットしたよーーーっ!
テストーーーっ!
………………寒ッッッ!
ひおりっち、どうしたの?」
ほのかの声で我に返る氷織。
瞬時に氷が霧散する。
スキルを解除したのだ。
「あ…………
ほのちゃん……
おかえり……
どうだった?」
「うんっ!
五教科ちゃんとゲット出来たよっ!
さっ秋ちゃんっ!
このテストやってみてっ!」
テストを秋水に渡すほのか。
黙ってテストを眺める。
「…………こいをやるんは別に構わんけんど……
今からやるんか?」
ほのかの方を見ながら後ろの時計を親指で指す秋水。
「へ……?」
午後三時四十五分
一教科一時間計算でも学校を出るのは夜の九時になる。
「あっ……
そっかー……
どうしよう……
えっと……
じゃあこのテスト、家でやってきてくんない?」
ほのかが片手で拝みながらテストを渡す。
テストを受け取る秋水。
「ああ。
良いぜよ。
明日まででええか?」
「うんお願いね。
あと……
ひおりっちー、このお婆ちゃん竜に伝えて欲しい事があるんだけど良い?」
「ほのちゃん……
竜って……
私達の言ってる事は解るよ……」
「えっ?
そうなの……
じゃあ……
お婆ちゃん?」
「お婆ちゃんはやめえ……
ロンジェやき」
「じゃあロンジェ婆ちゃん。
秋ちゃんがカンニングとかサボらない様にきちんと見張っててねっ!」
ロンジェがほのかの方を見る。
大きな口がゆっくり開く。
鋭い牙に付着した唾液が光沢を放つ。
【安心しなさいほのかさん……
私の眼の黒い内はそんな事させませんから……
ウフフ】
にっこりと微笑むロンジェ。
「…………ひおりっち……
何て言ったの?」
「えと…………
不正は絶対させないって言ってる……」
「オイオイおまんら、わやにすなや。
ワシャこれでも“いごっそう”ちや。
そん不正はせんわいっ!」
「ハハハッ。
ごめんってー。
それじゃあお願い。
秋ちゃんがやってこないとアタシ達の勉強も進まないからなるべく早くね」
「明日までにやってきちゃるわい」
その日はそのまま帰宅の途につく。
バスに揺られる氷織ら四人。
すぐにバスは駅に到着。
近鉄郡山駅
電車を待つ四人。
「トイレにきおうた。
ちっくと待っちょって」
一瞬何を言ったか判らない氷織とほのか。
確認する間も無く走って行く秋水とそれを追うロンジェ。
「あ……
なんだトイレか……」
二人で待っていると二人の学生らしき男子がこちらへ歩いてくる。
らしきと形容したのはそのスタイルに起因する。
首にはシルバーチェーンやゴールドチェーンをジャラジャラつけ、頭は金髪とメッシュシルバー。
アウターのブレザージャケットを腰に結ぶ。
ガバッとインナーカッターの胸元を開けている。
肌は一人は白く、対照的にもう一人は浅黒い。
長々と語ったが要するにヤンキーの風体と言う事だ。
(おっ。
イケてるギャルはっけーーんっ!)
ほのかを見つけたヤンキーが寄って来る。
(ねーねーカノジョー?
コーコーどこー?)
話しかけられた途端、顔が真っ赤になるほのか。
ほのかは外見こそナンパとかに慣れていそうな気がするが、その実全くと言って良いほど慣れていない。
無理もない。
小学生までは普通の地味な女子だったから。
似非のギャル。
ファッションギャルなのだ。
奈良県で暮らしているとナンパなんかに遭遇する機会も稀である。
数か月前、初めてナンパされた時もキョドって立ち去るだけが精一杯だった。
「えっ……
あのっ……
そのっ……」
言葉が出ないほのか。
ヤンキーが次は氷織にもチョッカイをかけ始める。
(おっ。
こっちはクール系美少女っ。
ねーねーカノジョー、どこ中学ゥ?)
「びっ……
美少女っ……
なっ……
何を当然の事を言ってるんですかっ……」
若干氷織の方が対応できている。
これは昔からヒビキに美少女と言われ続けてきたからだ。
(ネー。
どう?
お茶でも行かない?)
ガッ
氷織の肩を持つヤンキー。
ここで“美少女”と褒められて少し浮かれた心が一瞬で覚める。
スッ
肩に乗ったヤンキーの手に触れる氷織。
「…………何するんですか……
離して下さいっっ……
履霜堅氷ッッッ!」
ピキピキッ!
途端に氷織の手からヤンキーの手に氷が張り出す。
(うわわわわっっ!)
が、氷は一の腕の半分ぐらいの所まで昇った段階で止まる。
思わず手を離すヤンキー。
パラパラパラ……
ヤンキーの腕から氷が剥がれ落ちる。
先の図書館に比べて薄氷だった模様。
「…………魔力が尽きた……」
氷織が呟く。
(な……
何だ……?
ヘヘ……
氷を出せるなんて凄くね……?
漫画みてー……
文字通りクール系ってワケね…………)
ヤバい。
現在氷織はスキルをもう使えない。
ヤンキーの手が伸びてくる。
もう駄目っ。
私はどうなるんだろう。
氷織は目を瞑る。
ガッッッ!
氷織に手が触れる刹那、ヤンキーの手が止まる。
トイレから帰って来た秋水の手がそれを許さなかったからだ。
思い切り手首を掴んでいる。
ギュゥゥゥゥッッッ!
秋水が思い切り強く掴む。
(イタタタタッッ!
何だよっテメーッッ!)
「おまんら……
ワシのツレに…………
何するんやかっっ!?」
ギリギリッ!
秋水は強く捻り上げる。
秋水はほのか達とヤンキーの間に割って入る。
(はっ……
離せぇっ……
人のナンパを邪魔してんじゃねーよっ!)
「おんしゃらぁ……
女子に声かけるにしても順序があろうがっ!
こん二人と仲良うしたいんならワシが相手しちゃろう……」
(おめー何なんだよっ!
邪魔すんなよっ!
どけっ!)
ほのかに声を掛けた金髪が秋水の顔面目掛けて右拳を放つ。
が、状態を横にズラし、拳を躱す。
ボクシングで言う所のウィービングの動き。
そして秋水の動きは止まらない。
カバンを素早く肩から外しカバンのベルトでヤンキーの右拳を上手く絡め捕る。
そして右拳を固定した状態で大きく左右に振る。
(うわっ!
うわわわわっ!)
自身の身体の急激な動きに焦り出すヤンキー。
そしてそのまま思い切り勢いよく両手を前に突き出す。
バランスを崩し転ぶヤンキー。
シュルルン
「どうするんじゃ?
まだやるんか?
おんしゃらぁっ!」
秋水が威嚇の怒号と鋭い眼光が飛ぶ。
(くっ……
くそうっ!
覚えてやがれっ!)
起き上がって消えていったヤンキー。
「フゥッ……
何ちゃあいつらお決まりの捨て台詞じゃのう……
さて……」
クルッと振り向く秋水。
氷織の目線に合わせる様にしゃがむ。
そしてニッコリと微笑む。
「氷織……
大丈夫やか?」
氷織の眼は涙目だった。
「フ……
フン……
だっ!
大丈夫ですよっ……!
全く余計な事をしてくれたもんですっ!
ヘンタイに助けられるなんてっ……!」
「そんだけ毒舌が吐けるなら大丈夫じゃ。
やけんど……
氷織……
おまさん、泣いちょらせんかや?」
「ばっ……
馬鹿な事っ……
言わないで下さいっ!
私は泣いてなんかっ……
ゴシゴシ」
泣いてないと言いつつ目を擦る氷織。
「ほのかも大丈夫かや?」
「う……
うん……
秋ちゃん……
ありがと……」
少し頬が赤いほのか。
そのまま帰宅する四人。
三時限目に続く