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虫の話  作者: かまぼこ
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――これは虫の話だ。


きらびやかな異世界で、唯一お腹に虫を飼う苦難を背負わされた、かわいそうな女子中学生の話。

あたしの名前は蓼川すみか(たでかわすみか)。休日は引きこもりがちのごくごく普通の中学生。人と少し違うのは、よくお腹が痛くなることくらいかな。大きい方で。

いささかセンシティブなきらいのあるあたしは、学校でちょっと嫌なことがあったり寒風に晒されたり、冷たい飲み物を飲んだりするとお腹を下すのが常だったから、その日もいつものように帰りを急いでいた。


(いじめってわけじゃない。体育で転んだのを、ユキちゃんに少し笑われただけ)


悲しくなるとお腹の底がつままれたみたいに痛くなる。給食のカレーがお腹の中で、朝ごはんのトーストと出会い、手を取り合ってあたしを責めるみたいだ。


いつものように痛みをやり過ごしながら歩く。少し行けばコンビニがある。週に二回はそこでする。今日も厄介になる。曜日はバラバラにしている。同じ店員さんに当たると恥ずかしいからだ。

もう少し、もう少し、と暗くなりかけた街路でコンビニの照明が目に入った瞬間、あたしはすっかり悲しくなった。自動ドアから出てきた人物があたしを見て、「あっ」と声をあげたからだ。


「蓼川さん、帰りこっちなんだ?」

「うん」

「けが、だいじょうぶだった?」

「大丈夫、ありがとう山吹くん」


どうでもいい、どうでもいいやりとり。

彼の名は山吹ゆうたくん。童顔で運動神経がいい。運動部。小回りが利く。意外と足が長い。襟足の丈が左右微妙に違うのは、お母さんに切ってもらっているから。今日はコンビニで親の仕事が終わるのを待っているところ。どうでもいい情報。ユキちゃんの知らない彼の姿を、あたしはまた得てしまった。


ユキちゃんは山吹くんのことが好きだ。「ちょっと気になってる」と言っていたけど、確実に好きだと思う。そうでなければクラス替えの後、不可抗力で彼の隣の席になったあたしに冷たくする理由がない。あたしとユキちゃんはわりと仲の良い方だったのに、せっかく同じクラスになれたのに、急に疎遠になってしまった。ユキちゃんは人当たりがいいからすぐ友達ができるけど、あたしは隅っこスミちゃんなので、だいたい一人だった。だいたい隅っこスミちゃんってなんだ。ひどいあだ名だ。これもユキちゃんがつけた。それでもあたしは、あの子のズケズケいうところも、快活でしつこいところも好きだった。幼稚園から一緒だった。あたしは隅で一人で過ごしてたし、仕方ないと思ってたけど、やっぱりむかつく。


(何が隅っこスミちゃんだ。むかつく!)


山吹くんと別れた後、ひとりぼっちの帰り道であたしは泣くのをこらえていた。つまらない人間関係のもつれに振り回されるのが悔しいからじゃない。泣いたら漏らすからだ。草むらに入ってトイレをしようと思った。背の高いススキと枯葉が御誂え向きにあたしを迎える。他にも絶対、ここでうんこしてるやついるだろうな。しゃがみこんで、スカートをたくし上げた時だった。くすぐったい何が足に触れる。もぞもぞとした黒い塊が、あたしの視線を受けてピクリと固まる。


「イヤァァァァァァァ!!!!!!!!」


毛虫だった。蓑虫?どうでもいい、どうでもいい。私は喉が裂けるほど叫んだ。実際に裂けたのはまあお尻だったわけなんだけど。


それがあたしが異世界へ行くことになった大まかな流れだった。


自分の叫び声が終わるか終わらないかのところで目の前が暗転し、気がつけば森の中に横たわっていた。パンツ履いたままで。かわいそうに突然異世界に放り出されたあたしの臀部は大惨事だった。ので、パンツを泣きながら脱ぎ、わけもわからず木々の間をさまよい、水の音を聞き、川に入って泣きながら全身ごと洗ったはいいのだが虫に刺された。しかもなんか黒くてぷよつく、たぶんヒル的なやつに。ヒルとか初めて見たんですけど。やばすぎない? 太ももと腕にはりついて血を吸うの、やばすぎない? 泣くのも忘れて無心で取り除いたあとは、そんなに痛くもないのに血まみれだったけれど、もう一度川に入る勇気はなかった。


(どうしようこれ)


朦朧としてきた。意識が消えるなら天の助けだ、見たことのない景色も漏らしたのもびしょ濡れの服も血まみれなのも、ぜんぶ夢なんだ。今頃家に帰って、ゆっくり洋式のあったかい便座に座ってうたた寝してる、そういう、夢。


あたしはふわっと意識を手放したが、がつん、と頭を打った音がしてめちゃくちゃ痛かったので起きてしまった。髪にこびりついた血が、地面に落ちた枝葉を絡めとっている。鏡見たくないな。


なんだかどうでもよくなって、でもまた虫が来たら嫌なので、そこそこ乾いててまともそうな地面の上で膝を抱え、今度こそあたしはよく洗ったパンツを

履いてから寝た。



目が覚めたら馬上だった。あたしは誰かに抱えられていた。体を包んでいるのは目の粗い……ずた袋だろうか…?


「君、だいじょうぶだった?」


第一印象は『やばい』だ。あたしは暴れた。山吹くんだと思ったのである。山吹くんにこんな状態を見られたとあっては、ユキちゃんに嫌われるどころか人権をなくす。あだ名がうんこ女になってしまう。冷静に考えると血まみれのほうが失禁より衝撃度は強いのでたぶんセーフなのだが、いや、セーフではないが。


「コラッ暴れないでくれよ。君、川に入ったろう。喉でも渇いてたのか? 命知らずだなあ、嫌いじゃないけど、女の子にしては珍しいね」


ちがう、山吹くんじゃない……、と分かったとたん、さっきまでとは違う危機感に襲われ、完全に動きを停止した。

知らない人間、しかも男。ブヒヒンといういななき。この身を包むずた袋……


(ひとさらいだ)


「君行く宛はあるのかい? 家は? どうせ家出か何かだろ? ちょうどメンツが欲しかったところなんだよねえ。身売りって興味ある?」


(人身売買だ)


ひとまず死んだふりをして刺激しないようにしよう……と静かな呼吸を心がけるあたしであったが、「ごめんね、俺そういうのわかっちゃう方で。大丈夫だよ、痛いこととかはないから。君珍しい容姿だし、どっか遠くから来たんでしょ。傷だらけで見るからになんていうか、手を出したい感じとはちょっと違うっていうか。顔もよくわかんないくらい腫れてるし。痛いでしょそれ。まあ、寝てなよ、傷が治るまでの間でもさ、悪いようにはしないからさ」



そういうわけであたしは今、見世物小屋の床に転がっているわけなのである。

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