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新時代

 ファージに続いてエミルが玉座へと足を踏み入れた。

玉座の間ではファージとホーキンスが火花を散らしながら咆哮をあげて互いに譲らぬ戦いを繰り広げている。

奥には血を滴らせるメルルがドロシーに対峙している。

隣には敵対していたはずのエリザがメルルに肩を並べてドロシーに刃を向けている。


「お嬢ちゃん!待たせたな!」


 エミルを追っていたゴブリン、大工、そしてドラゴンに対峙していたものたちが次々に玉座の前へと入り込んでくる。

押し寄せる民、魔族、モンスター。

傷ついたメルルを見ると皆は一様に不安と同時に怒りを覚えた。


「やい勇者!テメェ、魔王様に手ぇ出してタダで済むと思うなよ!」


 声をあげた住民をドロシーは怒りのまなざしで睨みつけた。


「何故だ!勇者こそ正義!魔王こそ悪!勇者が魔王を倒すことの何が間違っているというのだ!」


「そういった固定観念に囚われているのがお前の誤りだ。ドロシー、もう分かっただろう」


 諭すようにエリザは声をかける。押し寄せた魔王を救出せんとするものたちを見て、もう戦いは終わるとエリザは確信した。


「ふざけるな!勇者が正義であることの何がおかしい!お前も、お前も、お前も!お前らはみんな間違っている!」


 怒り狂ったドロシーは取り囲まれた状況であるにも関わらず、全員に敵意を向けた。

真っ赤に染まったオーラを噴き上げると、ドロシーは全身を真っ赤にした。ドラゴンの力を最大限に発揮させると、周りを威圧する覇気が玉座の間に拡散した。

屈しないドロシーの姿に駆けつけたものたちは一瞬身震いをさせた。

狂信、ねじ曲がってはいるが絶対的に揺るがない信念がドロシーにもある。それ故に強い。それ故に刃を振るい続ける。

相手だ誰だろうと、何人だろうと、きっとドロシーは諦めないと感じられた。


「間違ってなんかいねぇ!」


 一瞬静寂する間にエミルの声が張り上げられた。


「オラたちの村は王様のせいで苦しんでいただ!みんな食うもんも無くて、明日生きているかもわかんないくらいだっただ!そこに魔王様が来て皆に食べ物をくれただ!魔王様は悪で無ェ!魔王様は…魔王様は皆の救世主だ!」


「小娘…だったら、もう終わらせてやるよ!何もかもさぁ!」


 赤いオーラを纏ったドロシーが勢い任せに魔王向かって飛び込んだ。

感情任せに刃を振るう。大きく牙を向きだし、瞳を怒りに染めて。


「ウオオオオオオオ!」


 剣を振り上げたドロシーの腹部に剣が一閃する。

迫るドロシーをエリザの刃が切り崩した。赤いオーラを浴びたドロシーの体を光の刃が打ち砕く。

眩いばかりの光が衝突した腹部から弾ける。スティグマの力をもろに浴びたドロシーの手からは刃が離れ、身に着けた鎧を砕け散らせながら、ゆっくりと倒れていく。


「もう終わりだ。終わりなんだドロシー」


 スティグマの力を治め、倒れたドロシーに声をかけた。か細く、か弱い勇者ににつかない声でエリザは意識をなくしたドロシーに物語の終わりを告げた。


「メルル様ー!」


 群衆をかき分けてルシールがメルルの前に飛び出してきた。

よろけながらメルルはルシールを見つけると、声をかけようとしたが、それよりも先にルシールの胸が顔に飛び込んできて言葉を出せずに抱きしめられた。


「メルル様、メルル様、メルル様!約束を破ってごめんなさい!でも、私にはメルル様しかいないんです!」


 抱きしめられた勢いでメルルはその場に腰を落とした。

涙を流しながら精一杯抱きしめるルシールの背を軽く叩くと、ルシールを離してくたびれた顔を向けた。


「おっぱいで苦しいわ…ったく。どいつもこいつもデケェ乳しやがって」


 嫌味を吐く姿はいつものメルルだった。


「ありがとうルシール。会いたかった」


 堪えきれなくなってルシールは盛大に涙腺を決壊させながらメルルに口づけた。

押し倒し、何度も何度も何度も。二度と離さない、二度と離れない、二度と傷つけないと言葉を発する代わりに唇を重ねた。


「メルル様、終わったんですね。終わったんですよ」


「やっとかよ…ハァ。ねぇ、ルシール」


「なんですか、メルル様」


「生きながらえちゃったし、結婚して子供作ろうか」


 また答える代わりにメルルの唇を奪った。

いきなり出てきたルシールとの濡れ場を見せられたエリザはやれやれと溜息を吐きながらも、その顔には笑顔が宿っていた。

もう振るうことのなくなった剣を捨て去ると、口づけされるメルルへと手を伸ばした。


「魔王――これで終わったな。もう、勇者も魔王も必要ない。新しい時代が幕を開けたんだ」


 差し出された勇者の手に、魔王の手が重なった。


「なげぇよ、まったく。こちとら元引きこもりの穀潰しなのにさ。もう二度と魔王って名乗らねぇわ」


 重なった手を引いてメルルを立たせるが、ふらつく足にエリザは腕を回して肩を組んだ。


「さぁ、開幕式といこう。外から聞こえるだろう、お前を待つ声が」


「背中切られたせいで今割としんどいからね?視界はゆがんでるし、ハウリングして聞こえるわ」


「お前からの宣言がないと閉まらないぞ」


 勇者に体を預ける魔王、魔王を支える勇者。

二人は玉座の間から城壁へゆっくりと歩き出した。城壁からは城を前に魔族の旗を掲げた全てのものたちがメルルの行方を安否して声を張り上げていた。

城壁の向こうからエリザとメルルの姿を見ると、魔王の姿に声が張りあがった。魔王をよぶ声、涙を流す声、喜びに舞い上がる声。


「うるせー!こちとら疲れてんの!」


 鳴りやまない声にメルルの怒鳴り声が響いた。

大衆は「はーい!」「黙りまーす!」「お疲れ様ー!」などと声をあげ、しだいに静まっていく。


「今、戦いは終わったから!でもこれは勝利でもない、敗北でもない」


 メルルの言葉にエリザが続いた。


「これは古い時代との決別だ!歪んだ思想に染まった時代は終わった!」


 エリザとメルルの視線が交差する。

ニヤリと笑うとメルルは再び口を開く。


「これからは勇者も魔王も――魔族も人間もモンスターも関係ない!新しい時代の幕開けだ!」


 歓声があがった。

戦いの終わり。もう争いは終わった。

勇者と魔王は手を取り合い、今こうして肩を組んで心を通わせている。

二人の目の前に広がる景色も同じく、種族を変えて新時代の幕開けにいつまでも歓喜の声をあげた。


「魔王、いや、もう魔王とは言わん。名を教えてくれ」


「メルルだよ。メルル・プローブ」


「メルルか。私はエリザだ。メルル、お前の行いが世界を導いた。お前の思想が時代を新しい一歩へと踏み出させた。心から礼を言う」


「別に。私はただルシールとの約束を守っただけだよ」


「フン、どこまでもお前らしい」


「ルシール、ルシールの顔が見たい」


「あぁ、任せろ」


 メルルの肩を引きながら後ろへと振り向かせた。

すぐ後ろには両手で口を押えたルシールが大粒の涙を流しながら肩を震わせてメルルを見つめている。


「ルシール、終わっ…た…」


 最後にルシールの顔を見れたメルルは口元を緩ませると、そのまま力が抜けた。

ゆっくりと息を引き取るように、メルルはその場で崩れ落ちた。

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