対立する正義、勇者たちの争い
崩れ落ちた身体からは大量の血が流れて広がった。
背中をぱっくりと割られたのは見るまでもないほどに重体に陥っている。
「ホーキンス見事だ!さぁ、これで勇者の正義が幕を開ける!」
感極まったドロシーは狂気に満ちた笑い顔と声をあげると、剣を楽しそうに振り回しながらメルルへと近づく。
ブーツで流れた血を踏みしめ、倒れた姿をみると自然と笑みが零れた。
「魔王よ、これで分かっただろう!悪が正義に勝つことはできん!これでやっと私は世界を導ける!」
「クソが…」
倒れたメルルは視線だけをドロシーに向ける。
体を動かそうにも痛みが体を支配して微動だに出来ない。
広がる血の海、周りは勇者のパーティに囲まれている。
どうしてか、メルルは今にも死にそうだというのに昔を思い出していた。
引きこもっていた時、魔剣を抜いた時、ルシールに会った時、ペコーナに行ったとき――現在までにつながる過去全ての映像が瞬く間に流れていく。
幸せだった過去、充実した過去を思い出せばメルルもまた笑みが零れた。
「死に際だってのに、どうして笑えるのかしら?さぁ、魔王。これで――」
鋸が振り上げられる。
「終わり!」
エリザの手の甲が光をあげた。
スティグマの力を一気に解放すると振りかざされたドロシーの鋸向かって聖なる力の宿った剣を一閃させた。
力に押されたドロシーは大きく後方に突き飛ばされると、姿勢を立て直して何があったのかと、魔王を見た。
魔王の前にはスティグマを発動したエリザが抜き身でドロシーを睨みつけている。
「え?なんで?どうして?」
理解が出来ないドロシーは敵意を向けるエリザに表情を作れずにただぽかんとしている。
同じ勇者の末裔が。同じパーティの仲間が。同じ目的を持っていたと思っていた勇者が。
謀反を起こしている。
「もう、終わらせる」
「な、何を言っているのエリザ…なんで?なんで邪魔をしたの?」
「お前のいう正義は…正義ではないッ!」
「エリザ…何を言って…」
「正義とは!誰かを想い救おうとする心ッッ!人を想いやる心こそが正義!」
謀反を起こし、正義を語るエリザにドロシーは目に怒りの炎を宿らせた。
「何を言っているエリザ!ここまできて貴様は…正義とは勇者だ!魔王とは悪だ!」
「違う…悪とは。悪とは、肩書に惑わされ身勝手に振る舞う暴虐者!ほかならぬ我々こそ悪なのだ!」
「エリザアアアアアアアアアアアア!!!」
鋸が怒り任せにエリザに食らいつく。
スティグマを全開にさせた光の刃が鋸と交差すると光を散らせてぶつかりあった。
「貴様は勇者ではない!エリザ…貴様も魔王に心を洗脳された悪だ!」
「勇者という理想に囚われた貴様はもう捨て置けん!今このとき、貴様の理想を終わらせる!」
勇者と勇者の刃が残像を描き、火花を散らし、何度も振るわれた。
怒りで鬼の表情になるドロシー、覚悟を決めたエリザは己の力を十二分に相手にぶつける。
「私が!私こそが正義なのだ!」
城を揺らす振動が響いた。天井から光が差すと、両者は上を見上げた。
粉々になった瓦礫、そしてドラゴンが天井を突き破って落下してきている。
お互いに後方に飛びずさって回避すると、二人の間には巨大なドラゴンが体にいくつも矢を受けて絶命してその場に落ちた。
舞い上がる煙、目の前には絶命したドラゴン。
何が起きたのかと、二人は一瞬気を緩めた。
「エリザ様!外を…外をご覧ください!」
マリアの叫びが聞こえると、エリザは玉座から出て城壁から外を見渡した。
城から遠い丘の上、魔族の旗が掲げられていた。




