破られた約束
もしこのまま最悪な結果を迎えたら、もしこのままメルルを失ったら。
きっと自分は後悔しながら虚しい人生を送る。
そんな後悔はしたくない絶対に。
ならば、ここにいていいわけがない。
屋敷から出たルシールの心は固まっていた。
もし何があったとしても、メルルの傍に居たい。今この瞬間から動きださねば一生後悔する。
――都に戻ろう。戻ってメルルの傍にいよう。
勇者と戦い敗れることになったとしても、メルルに約束を破ったと怒られたとしても。
今動かなければ、ルシールの未来に光が差すことはない。
ローブに身を包んで身を隠し、納屋から馬を連れ出すと、周りに動きを悟られないように静かにペコーナの町から出ようとした。
「おい、待ちなよサキュバス様」
町から出ようとするルシールの背後に声がかかった。それもローブで姿を隠しているにも関わらずルシールだと感づいている。
思わず声の方向へ振り向けば、数人の住民が体に鎧を、手には剣や斧を持って笑っている。
「サキュバス様、ローブから尻尾が見えてますぜ。それじゃぁサキュバス様だって一目瞭然だ」
言われて気づくとルシールはローブから出た先端がハートになった尾をローブの中へ隠した。
「それよりサキュバス様、一人で魔王様の元へ行こうなんて、そらぁ捨て置けねぇ」
「……あなたたちは、ここで待っていてください。私は魔王直属の幹部です。私は…」
「建前はいいんですよ。あんだけ叫び声あげといて」
「私は…」
このままでは住民も武器を手に都へ駆けつけてしまう。
メルルはそれを望んでいない。しかし、今ルシールがいけば、彼らは確実についてきてしまう。
どうするか悩み言葉を詰まらせると、ペコーナの村に一台の馬車が向かってきた。
ルシールたちの前に馬車は止まると、荷台から三人の人影が下りてくる。
見覚えのある顔。忘れもしないメルルを追い込んだ顔がそこにある。
「よぉ!サキュバス!」
「サキュバスさん、自体はすでに聞き及んでいます」
ファージとラミエルだ。さらにもう一人服を絵の具だらけにした褐色の女が一人。
「あんたがサキュバスか!ファージとラミエルにだいたいの話は聞いてるがアンタが魔王の嫁さん候補か!」
褐色の女は興奮したようにルシールの前に来ると無理やりに手を握ってニンマリとほほ笑んだ。
急に現れたファージやラミエルたちもすでに戦の支度が整っているように見えた。
ファージの剣は丁重に磨かれたのであろう刃が鋭く輝き、ラミエルもすでに手に杖を持つと魔力がオーラとなって杖に溢れている。
「この絵描きは魔法使いのアンってんだ。俺たちの町の幼馴染でよ。魔王討伐を目論む勇者がいるってんで、俺らに伝えにきたんだ」
「魔王討伐なんてとんでもねぇ!アタイは見たことァないが魔王様が好きだからね」
「ペコーナの町長より伝令を聞きました。魔王様は一人で勇者たちに戦いを挑むと」
ラミエルの問いかけにサキュバスは黙ってうなずく。
「そうなのですね。伝令ではここに皆が避難していると聞いてまいりました」
「勇者と魔王の大喧嘩を魔王様一人でするなんてさ!アタイらはいてもたってもいられないよ」
「全くだ。サキュバス、お前もこんなとこで燻ってるつもりはないんだろ?」
「私は…魔王様に避難しろと言われました。ですが、私は魔王様との約束を破り、都へ戻ります」
「へっ。アンタ一人じゃもう行けねぇよ」
「そうだ!俺たち民だって魔王様を助けたい!」
「皆…」
一人抜けようとしたルシールは魔王救助を申し出るものたちに囲まれていた。
あぁ、そうか。すでに世界は統一されていたんだ。
ルシールはそう思うとローブを脱ぎ捨てた。
「私はこれから都を目指します。メルル様を…助けに!」
「俺たちもいくぜ!野郎ども!武器をとれ!」
「オウ!」
住民たちが声をあげた。その騒がしさを聞きつけた屋敷の中にいた住人たちも、待ってましたと言わんばかりに一人が「魔王様を助けに行くぞ!」と声を張り上げると、屋敷の中は一気に騒がしくなった。
住民たちは出来る限りの装備を手にすると、外へと集まりだした。
さらにはそこにペコーナの住民も参加し、さらに数を増している。
「サキュバス殿」
「町長」
ルシールの前に町長が孫娘エミルを連れて前に出る。エミルもまだ幼いながらにボウガンを手にし、頭には鍋を被って武装している。
「サキュバス殿、魔王様との約束を破ってしまうことになることをお許しください。ですが、私も、民もこのまま見ていることなど出来はしません」
「んだ!魔王様はオラたちを救ってくれただ!今度はオラたちが助ける番だ!」
ボウガンを振り上げながらエミルは声を張り上げると、ペコーナの住民たちから同調する叫びがあがる。
「へっ、お前たちだけいい格好つけようとすんじゃねぇよ。オーイお前ら、そろそろ出てきやがれ!」
アンが背後の茂みに声をかけると、木や草がごそごそと揺れるとそこからゴブリンやゴーレム、犬型のモンスターたちが姿を現した。
それも次第に数を増やし、茂みは見渡す限りモンスターの群れとなっている。
「こいつらも魔王様への恩を感じている奴らさ。さぁ、サキュバスさんよ。もうここにいるアタイらは魔王様への恩を感じる軍隊だ。あんたの一声でどうにでも動く。さぁ…どうする?」
アンが挑発するように下からルシールの顔を覗き込んだ。
答えは決まっていた。
ルシールは手に魔族の旗を取り出した。角の生えた髑髏マーク。
漆黒の旗は風を受けて盛大に靡いている。
「私はメルル様――魔王様ではありません。だからあなた方に命令するつもりはありません――だから!メルル様を救おうとするものを止める気はありません!私はメルル様を救いに行きます!」
「聞いたかクソヤロウども!魔王様を助けてぇ奴ァテメェの命勝手に張っていけ!誰もテメェらを止めるもんはいねぇ!」
「魔王様を助けるぞー!」
「ウオオオオオオオ!!!!」
混ざりあった声が響く。全員の目的が一つとなって、時代はうねりをあげて回り始めていた。




