白いバラ
呼び寄せられたペコーナの町長は黙って事の次第を耳にしていた。
「ってことで、避難先が必要なの。ペコーナの町で皆を匿ってくれないかな?」
「魔王様の頼み事でしたら何事でも受け入れる所存です。しかし、魔王様一人で勇者のパーティ、加えてドラゴンの群れを相手にするなど、無謀に思えます。このように言うのは厚かましいのですが、魔王様は自分一人の命を犠牲に民を救おうとしているのではと思えてなりません」
町長は依然よりも逞しくなった腕を組んで答えた。
町長の言うことにルシールも同じ意見だった。メルルはその命を犠牲に最後に民を救おうとしているのではないかと。
「いやー死ぬにはまだ惜しいなぁ。まだやりたいこと沢山あるし」
「魔王様は我が町を救ってくださいました。その後も数多の町を再生させたと耳にしております。あなた様の行いはこの都を中心に良い方向へ導いております。まだその命が果てるには早すぎます。まだあなたを必要とする町はあります」
「だから、死なないってば」
「…左様でございますか。分かりました。丁度うちの町も土地を拡大し、力のあまった住民たちがその発散口に家を建てていたところでございます。空き家ならばあります。ご安心して私にお任せください」
「ありがとう。助かるよ。町長さんがそんなムキムキなら今頃皆ボディビルダー並みになってそうだね」
「これは自慢になってしまいますが、うちの町の男たちよりも頼れる輩を見たことはありません」
「余計に安心したよ。みんなを頼むね」
「かしこまりました」
***
ペコーナの町長の承諾を得ると、住民たちは荷物を纏めて闇夜に紛れて移動を開始した。
ペコーナより派遣された若者たちが民や魔族、モンスターを誘導し、一行はペコーナを目指した。
城壁の上からメルルは灯りのない町を見下ろしていた。
普段ならば民家や居酒屋などに灯が点り、夜中でも活気が感じられる町であったが、この時ばかりは闇が広がって嵐の前の静けさのように黙り込んでいた。
「メルル様…全ての住民たちが都を出たようです。あとは私たちのみです」
「そっかありがとう、ルシール」
何故、笑うのですか?
闇に紛れて笑うメルルを見ると、ルシールは胸が苦しい。
これから一人戦うというのにメルルが笑っている姿が不思議で仕方なかった。
その笑顔が闇に包まれて、そのまま消えてしまったりしませんか?
両手握って胸に当てると自然に涙腺が緩んだ。
「置いていかないで」
目を瞑ると涙が零れた。
きっとメルルは私を置いていく。どこか遠くへいってしまう。不安が大きな口を開けて、牙を向いてルシールを内側から食らう。
涙を零す顔にメルルは優しく口づけた。
いつもなら甘く幸せに感じる口づけは、しょっぱくて切なく感じてしまう。
「泣かないで、ルシール。置いていったりはしない。でも…」
「私も…私もここにいてはならないのですね…」
メルルから切り出される前に自分で言った。
耳にしたくはなかった。メルルからここを去れと言われたくなかった。
だったら自分で言うことで、言葉を殺そう、そう思った。
「きっと…私の隣にルシールがいたら、勇者たちは容赦なくルシールに刃を向ける。私はそんなの絶対に見てられない」
「私は…それでも…」
傍にいたいです。
「そこから先は言わないで」
言葉を飲み込ませるキス。
言えばメルルも隣にいて欲しくなってしまう。そんな選択肢を選んでしまえば最悪の事態だって考えられる。
ドロシーの凶悪さを目の当たりにしていたメルルは確信していた。
「メルル様は…ずるいです。そうやって口づけて私の言葉を奪ってしまう」
「私男っぽいのかな?ずるい男のほうがモテるんだってよー」
ごまかす様に笑うが、メルルの目も潤んでいるのを見るとルシールはもうこれ以上の言葉を言えなかった。
「ねぇ、ルシール」
「…はい」
「これが終わったら結婚しよう。二人でウェディングドレス着よう」
「本当ですか?」
ごまかしのない笑顔だった。メルルの目から一粒零れた涙がその言葉が信頼できるものだと語っているように見えた。
メルルは力強くルシールを抱きしめた。
脆く壊れそうな感覚を覚えながら、震える手でメルルを抱きしめる。いつものメルルの香りがするのに、いつものような安心感が無い。
「うん、約束ね」




