めんどくせ
「私を除くすべての者は今夜中に都を立って欲しい」
「魔王様…今、なんと?」
勇者との争いを覚悟した住民たちは、メルルの言葉に耳を疑った。
自分以外の全てのものに都から出ていけとそう言い放ったのだ。
「勇者とは私一人で戦う」
「そんな無茶だ!勇者はドラゴンの群れを引き連れていたし、聞いた話じゃパーティを組んでるそうじゃないですか!そんな数を相手に一人でどう戦うんですか!」
「うるさいなぁ。いいんだよ、そうゆうめんどくさいことは」
いつも通りの気だるいような少女の声に、住民たちは緊張の糸がほつれた。
このような事態にも関わらず、メルルの間延びした声は住民を落ち着かせるための安定剤となった。
「私もさー魔王になってからしばらく経つけどさ。すげぇ疑問だったんだよね、魔王と勇者の関係が」
「と、おっしゃいますと?」
「勇者が魔王を倒すのは当然のことじゃん?だから、最初は私も無意識に魔王らしくしようとしてたんだよね。でもさ、そもそも勇者と魔王って必ず争わないといけないの?」
「そ、それは」
「私が名乗りあげたら、当然のように勇者が出てきて、魔王を倒すぞー!って息巻いてたけどさ。普通に考えたらやばくね?肩書だけで判断して、お互い殺そうとしてんだよ?マジ、バカじゃねぇのと思う」
メルルの常識外れな考えは、住民たちの価値観に疑問符を持たせた。
いつしか怒りの声をあげることも忘れて、メルルの話に耳を傾けている住人たちがいた。
「そんでもって、そこそこ魔王やってこの都にきたわけよ。でもさ、ここだと人も魔族もモンスターもみんな種族に関係なく暮らせているわけじゃん。そこに私は未来を感じるわけよ」
「未来…ですか」
「そ。勇者も魔王も要らない世界。人間だから、魔族だから、モンスターだからって争わない世界。そろそろ古い価値観を捨てて、新しい世界を作るべきときが来たんじゃないかなと思うのよ」
間延びしながらも確信をついたようにいうメルルに住民は息を飲んだ。
考えもしなかった。だが、今目の前に現実として広がりつつある未来。住民たちも自分たちが魔族やモンスターへの抵抗のなさに気づくと、そういった未来があると感じられた。
「そこで辿り着いた答えは私の代を区切りに魔王と勇者を終わらせるんだ」
「魔王を終わらせる?それはどうゆうことですか?」
「まーそこは私と勇者たちで決着をつけるからさ。あのバカ勇者は多分、私以外もぶっ殺しちゃいそうだから、みんなは今日のうちに逃げてよ。命令ね」
釘を刺すように命令と告げた。
命令という言葉を普段使うことがなかったが、この時ばかりは住民に従うように下知した。
「魔王様がそうおっしゃられるならば…」
「はい。お話おしまい。帰ったら都を出る支度してね。終わったら戻ってきていいからさ」
これからメルルは何かしらの決着をつけるという言葉を信じ、その場にいたものたちは城をあとにした。
「ルシール、ペコーナの町長をひとっ飛びして連れてきてくれる?速達で」
「…かしこまりました」
事態は動き出してしまった。
民を治めるための間延びした声も、けだるそうにしていた口調も、どれも不安を悟られないための仮面に見えた。
メルルと共に過ごし、距離を近くしていたルシールには、彼女がいつもと違うのに気付いて胸を苦しくした。
それが別れの予感ではないようにと、何度も何度も願った。




