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絡みつく業火、激情せしは魔

 突如として火の手のあがった町。

悲鳴と叫び声が町に溢れかえると、町は急激に目を覚めした。


「一体なんだってんだ!」


 飛び起きた住民が燃える町を見ながら叫んだ。

急な襲撃。それが勇者からのものであるとはまだ分からなかったが、何かしらに町を襲われているのだろうと思うと、住民たちは火の手を止めようと翻弄した。


「動ける奴は動け!」


「水だ!はやく水を!」


 指揮のない混乱する場にいくつもの救助を求める声、頼る声が炎の燃える音と共に絶叫した。


「誰か!まだ中に子供がいるの!」


 燃え盛る家を前に女が泣き崩れていた。

張り上げる声を耳にしたゴブリンが駆けつけると、燃え盛る家に向かって呪文を詠唱した。


「空に住まいし竜神よ、今こそその涙をこの手に――ウォーターショット!」


 手のひらから水流が放たれ、燃え盛る家を叩きつけた。

しかし、それでも火全体を沈ませるにはまだ力が足りない。必死に手から水を放ち続けるゴブリンも治まらない火に歯を食いしばった。


「あぁ、神様、魔王様、どうかお助けを。どうかお助けを」


 祈る母親は涙を堪えながらに何度も悲痛に助けを求めた。


「火なら私にまかせなさーい!」

 

 駆けつけたのはメルルの部下、スライムであった。

身体をぷるぷる震えさせながらゴブリンの隣に立つと幾重にも分裂して、同じように手から水を放った。

分裂したスライムが水流を叩きつけると、火はその勢いを弱めて黒い煙をあげている。


「よし!俺が中に入る!」


「気を付けて!」


 水流は十分だと踏んだゴブリンは魔法を止めると、家の中へと駆けだした。

まだわずかに火はあるが、焼け死ぬほどのものではない。


「オーイ!どこだ!どこにいる!」


 火の粉舞う室内を駆け回る。

二階にあった寝室の扉をブチ破ると、ベッドの上で女の子が二人身を寄せて震えている。


「大丈夫だ!助けにきた!」


「うわあああああ」


 救助にきたゴブリンに抱きつくと、ゴブリンは二つの体をそのまま持ち上げて階段を駆け下りた。


「安心しろ!今かーちゃんの所連れてってやるからな!」


 玄関まで迫ったところで、頭上から燃え盛る柱が落ちた。

間一髪の所で避けると、ゴブリンは他に道はないかと周りを見回した。

煙の充満した部屋は視界が遮られて通路ですらよく見えない。


助ける。絶対に助ける。こいつらをかーちゃんに会わせる。


「うぅ、ママぁ」


「大丈夫だ!必ずかーちゃんに会わせる!」


 斬撃の音が響き渡って玄関と落ちた柱が粉々に切り裂かれた。煙ごと切り裂かれた先には魔剣を手にしたメルルが立っている。


「魔王様!」


「早く出ろ!」


 二人の子供を抱えながら出口へと駆けだした。

家から出ると祈りながら涙を流す母親の元へ子供を届けた。

子供と母親は涙ながらに体を抱きしめると、ゴブリンに向かって何度も感謝の言葉と頭を下げた。


「いいんだ。大丈夫なら」


 ゴブリンは今しがた見たメルルの姿を探したがすでにそこにはいない。

あの魔王様のことだ。すぐに他の助けにいったんだな、と考えると、ゴブリンも腹に力を入れて駆けだした。

まだ火の手があがる民家はいくつもある。

威力はなくとも水魔法が使える自分ならば助けになることは出来ると、一目散に駆けた。


 分裂した無数のスライムがあちこちで水を放った。

続いて水魔法を使える魔族や人間たちも加勢すると、町の火は徐々に鎮火へと向かった。



***


 中に人がいると聞いたメルルはスライムに事の次第を聞くと魔剣を手に玄関を切り刻んだ。

扉の向こうに子供を抱えたゴブリンを見ると、ここは大丈夫だと次の救助へと向かった。


 何故いきなりの襲撃を受けたかは分からない。

町を見ればどこも火の手があがり、空には竜が飛んでいる。

きっとあのドラゴンがやったのだろう。しかし、その竜は今は旋回して都を見下ろすばかりで攻撃する様子は見られない。


一体誰が。


 答えを指し示すように、殺気を感じた。

頭上から振り下ろされる刃。咄嗟に回避して距離を取ると、見覚えのある姿が目に映った。

いつか見た勇者。しかし、前にみた雰囲気は消え去り、今は怒りの業火に燃える鬼のようだ。


「魔王――覚えているか?」


「お前は…勇者、なの?」


 突き出された鋸状の剣。以前見たときは持っていなかった剣は歪で、怒りを表すように赤黒く染まっている。

手にする勇者も、まるで生まれ変わったかのように邪悪に見えた。


「我が名は勇者ドロシー。これは正義の戦の狼煙だ」


「正義の戦?無抵抗の町をこんなにして正義の戦?」


 身勝手な言い分はメルルをキレされるのに十分な理由だった。

勇者といいながら、町を民に手を掛けたコイツはもう生かさない。


「そうだ。勇者の伝説を。魔王を討伐する勇者が再び、この世界を導くのだ!」


「テメェ、ブチ殺す!」


 ドス黒いオーラを放った魔剣が目に捉えるのも不可能な速さで一閃した。

しかし、ドロシーはそれを見切った。怒り任せに振るわれる刃を鋸で受け止めると、火花を散らせながら剣を払った。


「違うな、魔王。貴様が正義の刃に倒れるのだ!」


 鋸が薙がれる。

避けはしない。魔剣が鋸を受け止めると今度は魔剣が下から上に振り払われる。


「これが正義!?勇者のくせに頭沸いてんじゃないの!?」


「そうだ。勇者こそが正義。魔王であるお前は悪。当然のことだろう!」


 刃が交わった。幾度も、幾度も、幾度も。

正義を信じる勇者の剣が、人を想い怒りに激情する魔王の剣が。

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