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勇者伝説のはじまり

 異なる勇者像だと感じるのはドロシーも同じだった。

魔族が蔓延り、魔王が支配を強めている現実。歯止めをかけねばならないと焦りは増すのに、エリザは魔族に手をかけるのを弱めていると思えた。

焦る心についてこない仲間の姿はドロシーにとって歯がゆいなんてものではなかった。


――ならば、自分がやるしかない。


 一匹でも多くの魔族を倒し、やがては魔王を倒し魔族を根絶やしにする。

それが勇者としての責任であり義務である。

勇者こそが正義であり、人を脅かす魔族は悪である。

 代々語り継がれてきた魔王を倒す勇者になろう。ならなければならない。


 魔族や魔王を倒せば民もきっと目を覚ますはず。魔王に支配されて喜ぶ民の姿など、ドロシーにはとても見ていられない。

酒場で魔王討伐を呼び掛けた時を思い出す。志願してきたものは、そのどれもが『魔王討伐』と口にすると、何故倒さなきゃならないのか、何故そんなことをするのかと言い、今の世の中のほうがいいとまで吐き捨てた。

 まるで魔王が正義であり、勇者が悪者にされてしまっているようで、ドロシーはむかっ腹が立って仕方なかった。

勇者こそが正義であり、魔王は悪。それこそが理想であり、現実であり、ドロシーを作り上げた礎であった。


 自分を下着姿にして吊るしたサキュバスと魔王がいつまでもトラウマとなって残っていた。

一度魔王に破れたドロシーはサキュバスに身ぐるみを剥がされると、下着のみの姿になって吊るしものにされた。

敗北してしまったという勇者のプライドが傷つき、女としてそんな辱めを受けた体験が、心に錆となって纏わりついてしまっている。


 畜生、畜生、畜生。

勇者の私をあんな姿にして、笑い、コケにした。

だから次は負けないと誓った。魔族に対抗出来る力を手にし、同じように力と志を持った仲間を手にし、必ずや勝利をあげようと誓いを立てた。


 しかし、そのパーティは今溝を作っている。

ここで仲間を失うわけにも行かない。勝つためには無理矢理にでも戦いに参加させなければ。

勝つためならば、もう手段は選んでいられない。

支配が強まり、民は先導され、このままでは本当に勇者たちが勇者とみられなくなってしまう。

そんなことは絶対に避けたかった。

 

 焚き火が消えて寝静まったのを確認すると、ドロシーは起き上がり、ドラゴンの背に乗った。


「おい、待てよ、どこに行く?」


 狙ったかのようにホーキンスの声が背後からした。

ドロシーの異常さを目の当たりにしながらも、ホーキンスはそれを嫌に思わなかった。

むしろ焦りからではあるが、目的のために猪突猛進する姿にホーキンスは光るものを感じていた。

 ドロシーが何かをしでかすだろうと感じていたホーキンスはすでに用意は出来ていると、装備を整え、背には自慢の斧を背負い、分かっていたかのようにニヤついている。


「ドラゴンを集め、都を攻める。宣戦布告し、私たちの戦いの引き金を引きに行く」


「そんなこったろうと思ったぜ、俺も行くぜ」


「お前は臆病風に吹かれなかったのだな」


「あっちの勇者よりもアンタのほうがいいぜ。さぁ、勇者さんよ正義の戦いを始めようぜ」


 正義の戦い。

そうだ、これは勇者が魔王を倒す正義の戦いである。

ホーキンスの言葉はドロシーに何物にも代えがたい勇気となって背中を後押しした。


「そうだ、正義は我にある。これは魔王を倒す勇者たちの――正義の戦だ」


 ドロシーとホーキンスはそれぞれのドラゴンの背に乗ると、静かにその場から飛び去った。

 目指すは魔王が支配する都。ドロシーは正義を証明出来る戦い、因縁を晴らせる戦いかと血が騒ぎだしていた。


***


 そろそろ夜が明けそうな明朝にそれは始まった。

 都街の広場を散歩する老人は徐々に明るくなる空に無数の翼を見た。

空を舞ういくつもの黒い点が少しずつ大きくなっていく。

老人は鳥の群れが朝の縄張りルートの巡回か、朝飯でも取りにいくのだろうと、ぼんやりと空を見つめた。


「随分な数だなぁ」


 空に浮かんだ群れは徐々に数を増やしていく。それらはやがて形を表し、ドラゴンであると分かった。

黒い巨体にトカゲのような姿。背に生えた翼を豪快に振って都へと近づいている。


 やがて都にたどり着いたドラゴンの羽ばたきが老人の帽子を空に舞い上げた。

帽子を掴み取ろうと手を伸ばすと、眼の前の民家が爆発音を響かせながら火に包まれた。

一瞬にして朝のさわやかな空気が煙の臭いに代わる。破片が飛び散り、火の粉が舞い上がると、やっと異常な事態が起こっていると老人は認識した。


「た、大変じゃ···魔王様、魔王様に知らせないと!」


「魔王がどうした?」


 駆けだした老人はいきなり現れた人影にぶつかると、その場に尻もちをついて倒れた。

尻を摩り、ずれたメガネを直しながら見上げれば、鋸状の剣を手にした乳房の大きな金髪の女が立ちふさがっている。

騎士のような姿ではあるが、老人は一目でこの異常事態の原因はコイツだと思えた。

瞳には殺意のような邪悪なものが宿り、鋭く相手に刺さるような視線はまるで狩りを行う獣だ。


「だ、だれじゃ!」


「――勇者。勇者ドロシーだ」


 ドロシーの背後にいくつもの火の手があがった。

剣を手にし、背後に炎がゆらめく姿は勇者というよりも物語に出てくる魔王そのものに見える。


 空を舞っていたドラゴンたちが再び口に炎を貯めると、火球を作って都めがけて何発も打ち込む。

都のあちこちで火の手があがると、同時に叫び声や泣きわめく声が響いてくる。

ドロシーのいった正義の戦は、まるで地獄絵図が繰り広げられているようだ。しかし、今のドロシーには炎も叫びも正義が開始された喝采のように聞こえている。


「はじまりだ。勇者の伝説が今、再び始まる」


 燃え上がる都が、夜明け前の空を照らしていた。

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