予感
町の広場でゴブリンの子供と人間の子供が一緒になって遊んでいた。
二人は手に白い石を持って地面に落書きしている。
描きだされたのはお互いの姿だった。人間がゴブリンを描き、ゴブリンは人間を描いている。
子供らしいバランスも何もない自由な絵。
絵の中のゴブリンと人間は手を繋いで釣り竿を持って魚を釣り上げている。
些細な日常風景。
それを見るメルルは些細な、しかし大きな変化をしているのに気付いた。
落書きする子供も、二人が描いた絵も、魔族や人間の諍いも壁も一切無い。
もし、この二人に勇者と魔王の肩書があったらどうなるだろう?
今みたいにこうして遊んだりするだろうか。きっといつかはその肩書に飲まれて刃を交えることになるのではないだろうか。
勇者と魔王なんてものがあるから争いが生まれる。魔族と人間が対立する。争いが生まれ、悲劇が生まれる。
負の連鎖を生むのならば、魔王も勇者も要らない。
そんなもの無いほうがよっぽど平和に過ごせるのではないか。
魔王と名乗りをあげたから勇者が現れた現実。
もう魔王も勇者も要らない。
「ってことを考えたわけよ」
二人の子供を見て考えていたことをルシールに話した。
掛布団の中で行われる二人だけの秘密の会話。いつになく真剣に物事を捉えるメルルは思いの丈をルシールにぶつけていた。
「そこまで考えていたのですね」
「うん、そんな肩書があるせいで争いが生まれるなら、魔王も勇者も要らないんじゃないかって思うの。私が魔王として名乗りをあげたことで勇者が現れた。そして今当たり前の出来事として互いに牙を向いている。このままでいいのかなって疑問なの」
「私も魔族というだけで蹂躙する人間たちに――特に勇者には怒りを覚えます。もしかしたら人間たちも同じ考えなのかもしれませんね…ですが、魔王と名乗りをあげたメルル様は人間。そして魔王といいながら魔族も人間も助けています。最初のペコーナの人間も、この都の人間たちも魔族に偏見を持たなくなりました。人間も魔族もここでは魔王様を慕い、感謝しています。人間も魔族も同じ気持ちになっています」
「だからこそだよ。せっかく出来上がった環境を勇者や魔王のせいで壊したくない。私が魔王と名乗る限り、勇者たちは私を倒そうとしてくる」
「えぇ、そうなると思います。先代がそうだったように…」
「この古い歪んだ価値観はもう終わらせなきゃいけないと思うの」
「どうなさるおつもりですか?」
「わからない。でも、勇者が正義で、魔王が正義の時代は終わる。これからはそれぞれの正義と悪の時代が来る。そんな予感がするんだ」
その終わりが来た時、メルル様はどうなっていますか。
喉まで出かかって言えない言葉。ルシールはまるでメルルがこれから消えてなくなるといっているように聞こえた。
そう考えると悲しくて。
そう考えると怖くて。
そう考えると失いそうで。
目の前にある幸せが消えて無くなりそうで、ただ涙が流れた。




