支配するまでもなく人間たちが死にそうな件
魔王らしい目標にメルルも同意した。
魔王なのだからそりゃそうだろう。魔王といえば人間界を支配すると相場は決まっている。
「じゃぁ目標は人間界の支配だね。何だかワクワクしてきた」
「手始めにこの近隣の小さな街を襲いましょう!人はさほど住んでいませんが、支配の第一歩です!」
よほど人間たちに恨みがあるのか、サキュバスは今すぐにでも行動を開始したいようだ。
着いたばかりではあるが、メルルも嫌ではない。むしろ、これからは自分の思うままに生きていけると考えると、何処か心躍ってしまう。
就職も社会的立場も気にしない。税を払ったり、誰かに頭を下げたりすることもない。
欲望のままに生きる。
これほど素晴らしいことがあるだろうか。
城から出ると、来たときと同じようにサキュバスに後ろから抱きしめられる形で空に舞い上がり城外へと飛び立った。
頭に大きな乳房の柔らかさを感じながら飛行していると、メルルの眼には小さな町が写った。
岩山に囲まれた町は建物も10数件ほどの民家程度しかなく、先に言ったように規模は大きくないが、それでも支配の第一歩には最適そうな場所である。
魔剣を持っているがこちらは二名のみの魔王軍。多数の人間に囲まれては勝機はないが、小さな町ならば支配するのに手こずることはないだろう。
噴水のある広場に着地して辺りを見回すが人影はない。
まだ夕方前だと言うのに生活感がない。
通常ならば誰かしらいそうなものだが、噴水の周りには人はおらず、人々の声すら聞こえてこない。
妙な静けさにメルルは何かあったのかと勘ぐり、サキュバスに上空から様子を見るように命じた。
「魔王様ー!」
空を旋回して戻ったサキュバスは遠くを指さしている。
「人間がいました!ですが、だいぶ弱っています!」
「案内して!」
サキュバスに案内をさせて広場から民家のある路地を進む。
民家はどれも人が住んでいるのかと疑うほどに生活感がなく、どれも雨風に曝されて壁や屋根を傷ませている。
しばらく走ると、やっと人影を見つけることが出来た。
民家の扉の前に腰を降ろす男性。しかし、メルルはその異様さに目を見張った。
男は異様なまでに頬をこけさせて、四肢は細く、ガリガリに痩せていた。身にまとう服も雨ざらしにあっていたようにボロボロで、もはやそれは服ではなくたたのボロ布のように見えた。
これではメルルたちが襲わなくても、放っておけば死ぬのは容易に想像できる。
「さぁ、魔王様!一思いにぶっ殺しちゃいましょう!」
相手が人間ならば容赦は無用。
サキュバスは弱っていようが何だろうが同情など引かずに殺すことを厭わない。
「待って。この人は私たちが殺さなくても死にそうだよ」
メルルは頭の中で立ち向かってくる人間たちに対して魔剣を持って無双する様を描いていた。
なのに、これではただの弱いものいじめだ。
それは魔王らしくはない。そんなのは三下のやることであると思うと、メルルはとてもではないが剣を握ることなど出来なかった。
むしろ何かしてやれることはないかと思うほどに、民は衰弱していた。
「お、おねーさん旅の人?ねぇ、食べ物持ってない?」
男に気を取られているうちに背後から忍び寄った子供がメルルの袖を引っ張っていた。
まだ他にも居たのかとメルルは振り返ったが、その有様にメルルは絶句した。
そこにはボロ布一枚羽織った少女が男と同じように痩せこけて、虚ろな眼でメルルにスカートを引っ張って物乞いしていた。