揺れる心、淫魔の本能
体力の尽きた魔王メルルは目覚めずにいた。
当日は疲れもあり長く眠るのもわかるが、次の日になってもメルルは起き上がることがなかった。
「魔王様どうしたのでしょう?」
幾度か声をかけたが、それでも反応のないメルルにサキュバスは次第に不安を覚えた。
「光魔法ニヨル極度ノ疲労ダロウ。数日スレバ目ヲ覚マスダロウ。死ンダワケデハナイ」
「そうなのですか…ですが、わたくし、心配で心配で」
「ソウ思ウノナラバ果実デモ食ワセテヤレ。回復ガ早マル」
タイミングよく、一度外へと出ていたスライムが籠いっぱいに禁断の果実を持って寝室へと現れた。
「魔王様ー!ただいま帰りました!ペコーナの町長という人間から果実いっぱいもらいましたので持ってきました!」
「素晴らしいタイミング!」
ペコーナとは最初にメルルが訪れた町である。その住民を助けたお礼に今では住民が果樹園を開き、禁断の果実を栽培、供給している。
偶然都を訪れていた町長に会ったスライムは町長より預かった果実をメルルへ届けにきた次第だ。
「魔王様まだ起きないのですか?」
「そうなの…でも果実を食べれば少しは回復が早くなるそうなの」
「なるほど!ではスライム、もっと果実を持ってまいります!待っててください!」
籠に入った果実を全てベッドの上に置くと、スライムは空っぽの籠を豪快に振り回しながら、また外へと出て行ってしまった。
果実の一つを手に取るとナイフで丁寧に皮を向いて、八等分に切り分けると一つを摘まんでメルルの口へと運んだ。
軽く唇に押し付けてみるも反応はない。
「どうしたら…食べて頂けるかしら…そうだ、すり下ろしたら食べやすいかな?」
大急ぎで調理場から皿とすりおろし器を持ってくると、切り分けた果実を一つ一つ丁寧にすり下ろした。
粗がないように細かく、喉を通りやすいように汁気が多くなるように。
皿いっぱいにすり下ろすと、スプーンですくってメルルの口へと運ぶ。
しかし、それでも口を汁が伝うだけで、わずかに口腔内に入ってはいるかもしれないが、これでは回復が早まるようには思えない。
「だったら…」
すり下ろした果汁を自分の口に含むと、サキュバスはメルルに自分の顔を近づけた。
これは魔王様を回復させるため。回復させるために仕方なくすることだから。
胸の内にそう言い聞かせながら、唇を重ねた。
サキュバスの口からメルルの口へと果汁を送り込む。メルルは意識のないまま口に運ばれた果汁をごくりと飲み込んだ。
「やった。これなら」
再び果汁を口に含んで唇を重ねる。
これは回復させるためだから、回復させるためだから。
言い聞かせれば言い聞かせるほど、サキュバスの胸は高鳴った。
理由をつけることで重ねる唇。重ね合わせた唇に伝わる柔らかな感触、果汁の甘味ではないメルルの味。
繰り返すことでサキュバスは本能的に呼吸を荒くしていた。
「魔王様…」
唇を重ねながら淫魔の本能がうずいてしまう。
声を荒げながら、サキュバスは果汁を移しながら、ついその手でメルルの身体をなぞってしまう。
ダメ。これでは弱みにつけこんで襲う獣。
今は本能に負けないで、魔王様を回復させることに務めなきゃ。
誰にいうでもなくサキュバスは胸の内に自身に言い聞かせる。
もう襲わないと言い、しないと誓った。
だけれども、本能はうずいて止められない。淫魔として目の前のメルルの子を孕みたいという気持ちが隠せば隠すほどに暴れだしてしまう。
「魔王様…私…わたくしは…」
果汁を含まない口がメルルの唇を奪った。動かないメルルの舌に必死に自分の舌を絡ませ、口を放すと糸を引いている。
「サキュ…バス…?」
舌をいれたせいか、メルルが目を開いた。
覆いかぶさるような形になっていたサキュバスは目覚めたメルルを見て血の気が引いた。
襲っていたのがバレたという罪悪感、後悔がサキュバスの本能を一撃で萎ませている。
「ご、ごめんなさい!」
ベッドから離れるとサキュバスはすぐにも寝室から出ようと扉へ走った。
「待って」
去ろうとするサキュバスを止めたのはほかならぬメルルだ。
口元を手で拭うと口の中の甘さに気づいた。




