聖なる力とかさぁ、他にカッコいい言い方ないの?
全ては察しがついている。賢者の顔にはそう書いてあった。
賢者の顔は哀しげに目を閉じた。それは何かを憂いているような、憐れむようにエリザは感じた。
「どうか、私に。いえ、私たち人間に力をお貸しください」
「今の私ではあなた方の力になることは出来ません。私はかつての魔王との争いの中で全ての魔力を使い果たし、今はただの語り部」
「そんなことはありません!今この世界中を探してもあなたを越える魔法使いはいません!」
申し出を拒む賢者にエリザは思わず声が大きくなった。
失態をしたと一度目を背けると、粗相のないように慎重に言葉を選択した。
「賢者様、どうか今一度魔王討伐に力を貸しては頂けませんか?」
祈るように願いながら、エリザは膝をついて頭を下げた。
それでも賢者は首を縦には降らなかった。
「私ではあなた方の役には立てません」
「賢者様、どうかお願いします。人々が。世界が危機にさらされているのです。どうか、どうか、お願いいたします」
ついにはエリザは賢者を前に土下座して額を床に押し付けた。
勇者の血族がそこまでする姿をみて賢者はさすがに首を横には触れなかった。エリザの世界を守りたいという気持ちに偽りはない。彼女はきっと力を貸すまで折れることはないだろうと感じた。
「わかりました。ただ私では戦力にはなれません。代わりにあなたに勇者が使っていた聖なる力、スティグマを授けましょう」
「ありがとうございます、賢者様!」
「さぁ、あなたの右手を出して」
言われた通りに右手を差し出すと、賢者の両手が包み込むようにエリザの手を覆った。
賢者の手の中で白い光が輝き、手の甲が暖かくなるのを感じた。
両手が離れるとエリザの手の甲には魔法陣の中に十字架が描かれた聖痕が刻まれていた。
「魔を退ける力をもつスティグマです。これならば魔王にも対抗できるでしょう。さぁ、行きなさい。あなたは新たなる勇者なのです」
右手で拳を作ると、自身の胸に叩きつけた。
エリザは右手の甲にスティグマの力が宿ったのを感じ取っていた。清らかな、全てを慈悲で包むような、光に溢れる力。
同時にこの力ならば魔王にも対抗できると確信した。
「必ずや、必ずや魔王を倒し、平和な世界を護ります」
「ご武運を」
***
昼過ぎまで寝過ごした魔王と二匹は二度寝のけだるさに目を半開きにしながらベッドで遅い朝食を取った。
いつまでも寝ている三人に待ちぼうけた魔剣が寝ている三人に果実を投げつけて起こした。それが今日の朝食となった。
果実をかじりながら今日はどこを支配下に置くかとメルルはのんびり考えていると、はらりと天蓋カーテンが床に舞い落ちた。
「ありゃ、立て付け悪かったかな?」
「そんなことはありません。このベッドは私自らが組み立てました。いつでも魔王様と子作り出来るように安心安全設計にしておりますもの」
「今要らん言葉も入ってたな。朝の櫛といいカーテンといい。虫の知らせ多すぎじゃない?」
「虫の知らせ?魔王様、なんですかそれ?」
果実をかじりながらスライムがメルルの頭に被さった。
「何か悪いことが起きる前触れって意味だよ。ただの迷信だけどね」
寝ぼけ眼で落ちた天蓋カーテンをぼんやり見つめた。
ピンク色のカーテンは一部が日に焼けたように白くなっていた。




