無職だから勇者は無理です。
剣はアッという間に地面から抜けた。
またまた少女が魔剣を容易く引っこ抜いてしまい、周囲に動揺が走る。
すでに何人もの男たちが出来なかった様を目にしていた群衆は、メルルが引き抜いた様子を口をあんぐりと開けてただ無言で見つめている。
だが、それはメルルも同じである。再び抜けてしまったことにメルルもただ固まるしかなかった。何の間違いだよと胸の内に思っても声に出せずに空いた口をそのままにしている。
「やれやれ、いつかはと思ったが。ついにこの日が来てしまったか」
白い宗道着を纏った初老の男が杖をつき、群衆をかきわけながらメルルの前に現れた。
おそらくはこの教会を取り仕切るものなのだろう。他の人たちよりも目立つように頭には高く伸びた白い帽子を被っている。
「あなたのお名前は?」
「メルルです。メルル・プローブ」
「私はアーカム。この教会の代表です。メルルさん、あなたが引き抜いた魔剣は数十年前、伝説の剣士がこの地に蔓延る魔の手から勝利を収めた際に残したと言い伝えられるものです」
「本当に魔剣なんだ」
「その通り。しかしながら、その剣が抜かれたということは再び魔の手が忍びよっているのかもしれません」
「え、怖い」
「メルルさん、あなたは選ばれたのです。あなたはその剣を手に再び、魔の手からこの世界を救うのです」
メルルはまるで怪しい宗教にでも勧誘されているような気分になった。
確かに男たちが引き抜けなかったのは見てたし、本当の魔剣なのかもしれないが。
だからといって、再び魔の手が現れるだとか、メルルが世界を救うなんて。
メルルにはとてもとても想像がつかない。
むしろ、(いきなり何をいってやがるこのジジイは)、くらいにしか思えなかった。
「メルルさん、伝説の剣士の意志を受け継ぎ、次はあなたがこの地を。いや世界を救うのです」
アーカムの言う言葉に回りは飲まれてしまっている。
どうしていいかわからない群衆というものは余程のことでない限りは、指導者に従う。
そんな状況が出来上がってしまっている。
さらにはアーカムがいう魔の手という言葉に、場はわずかに恐怖しているのも感じられる。
勝手に勇者か救世主のように扱われて、メルルはその場から帰りたくて仕方なかった。
「せっかくのお話なんですが、私には無理です。剣は返しますので勘弁してください」
――世界を救うなんてマジ無理だから。
メルルは正義の勇者になれるわけがないと剣を刺さっていた場所に戻そうとした。
だが、剣が手から離れない。
まるで接着剤でもついてしまったかのように、手の平から離れてくれない。
「メルルさん、あなたは選ばれてしまったのです」
「いや、ほんと私には無理なんで。もぉ、離れてー!」
放り投げようと剣を振り回した。
しかし、剣は離れるどころか、メルルの意志とは関係なく動きだし、逆にメルルを振り回した。
「誰か止めてー!」
剣に振り回される様子に、アーカムが止めに入ろうと手を伸ばした。
一閃。伸ばされた手が宙を舞った。
まるでバナナを包丁で切るように容易く、魔剣の刃はアーカムの手を切断した。
飛び上がる手。舞う血飛沫。よろけるアーカム。
「キャアアア!」
一人の女性の叫び声が聞こえると、群衆は散り散りになる。
逃げ惑う者、その場で腰をつく者、アーカムを助けようと前に出るもの、メルルを止めようとする者。
結果、その場から逃げなかった全ての人々をメルルは自分の意志とは反対に切り伏せてしまった。