無職だけど魔剣引っこ抜いた。
その日、メルルは伝説の魔剣を引き抜いてしまった。
「え、え、どうしよ、これ」
抜いてしまったのは、どこにでもいるような町娘だった。
茶色いワンピース姿のメルルは筋肉質というわけではない。どちらかと言えば華奢で、魔剣を握る腕は白く細い。腰まで伸びた黒い髪が印象的な、町に出れば見るような一般的な少女である。
造作もなく魔剣を引っこ抜いてしまったメルルは茫然としている。引けた腰で抜いた魔剣を見た後に周囲を見回すと、少女が軽々と魔剣を引き抜いてしまった様子に、周りもメルルと同じように言葉を無くして魔剣を見つめていた。
事の発端は、魔法学校を卒業して尚定職につけず引きこもり状態になっていたメルルを、学友であった友人が外へと連れ出したのがキッカケだ。
近場の教会で毎年行われている収穫祭、そこの定例イベントとして伝説の魔剣を引き抜く催しが行われていたのだ。
魔剣レーヴァティンと呼ばれる剣。それがこの教会に収められていた。
収められていたといっても教会の前にある広場に何年、何十年も前より地面に突き刺さったまま、放置されていた。
いつからか収穫祭のイベントとなった魔剣の引っこ抜き大会は幾人もの力自慢が挑戦したが、魔剣は誰の手に収まることもなく、いつまでも居続けていた。
そんな代物をメルルは引っこ抜いてしまった。
周りが目を点にしている中で、間抜けな声で動揺しながらにメルルは剣を見つめた。
「…抜け、ちゃったよ?」
周囲に問いかけるように口を開くも、メルルを見るどの客や友人も口を開けたままどう反応していいかわからずにいる。
メルルもどうしていいか分からずに、とりあえずこの場を収めようとして再び魔剣を元の位置に突き刺した。
「バカな!何十年も抜けなかった代物だぞ!」
誰かが叫んだ。
それに合わせて周りが「あるわけない」「さっきもマッチョな男がやってダメだったじゃないか」「抜けるようになってたんじゃない?」なんて声があがった。
しかしながら、出来るわけがないと思ったのは群衆よりもメルル自身であった。
「お嬢ちゃん、本当に引き抜けたのか?なら、もう俺にも出来るだろうよ」
剣を前に群衆の中にいた男が前に出た。
掘りの深い顔をした短髪の若い青年だ。黒く焼けた肌にタンクトップ姿の彼は自慢の筋肉質な体を披露するように腕を組んで仁王立ちしている。
メルルに比べればこちらの青年のほうが遥かに魔剣を抜けそうな体格をしている。
男の手が剣に伸びる。
その鍛え上げられた肉体ならば確かに抜けそうな気はする。ましてやメルルのような華奢な少女に抜けたのだ。男の挑戦に周りは確認するように男に釘付けになっていた。
「一回引き抜けたんだ。なら、簡単に……抜け…」
群衆の眼が男に集まり、また抜けるのだろうかと息を呑んだ。男は顔を真っ赤にして力を込めているにも関わらず、剣はその場から離れるのを拒むように動かなかった。
やがて男が諦めると続いて何人かの筋肉自慢の男たちが挑んだが、結果は同じだった。
やはり何かの間違い。
これほどの屈強な男たちが挑んでも抜けないのだ。先ほどのことは何かの間違いか何かだろうとメルルは考えた。
そう思いながら、メルルは確認するように恐る恐る剣に手を伸ばした。