Prologue
――1789年 パリ
「武器をとれ!」
カミーユ・デムーランの演説を聞いた市民たちは口々に叫んだ。
その2日後――7月14日、民衆は廃兵院で武器を手に入れた群衆は火薬を求めてバスティーユに集結した。
バスティーユの長官、ド・ローネイは迷った末に「命の保障が得られるなら、降伏する」ことにした。
ところがそんなことが暴徒と化した民衆にわかるわけもなく、ド・ローネイはあっさりと嬲り殺しにされた。
こうして長きにわたる騒乱の火蓋が切られた。
それから遡ること20年、この物語の主軸となる二人が誕生した。
一人は後の「フランス人民の皇帝」ナポレオン・ボナパルト、その人である。だが今はナポレオーネ・ブオナパルテという名であった。
もう一人はこの物語の主人公――ジャン・フィリップ・クリストフ・ド・ブリュネである。今はまだ、フランス南部トゥールーズを拠点とする商家に生まれた赤ん坊であるが、やがてヨーロッパ全土に知られる英雄の一人となっていく。
尚、未来の元帥たちのうち一線級の3人――スペイン戦役で敵から称賛された「フランス大元帥(※ナポレオンが任命した訳ではない)」スールト、ナポレオンの数少ない親友である「我らがローラン」「フランスのアイアース」ランヌ、恐るべき運と勇気と生命力を持つ「勇者の中の勇者」ネイもこの年の生まれである。
さらに、ナポレオン最大のライバルの一人で後のイギリス首相「鉄の公爵」アーサー・ウェルズリーもこの年の生まれである。
* * * * * * * * * *
フランス南部の大都市トゥールーズの一角に大きな屋敷がある。
それは、見る者が見ればそれなりの家柄を持つ者の住まいであることなど容易に想像がつくだろう。
事実、この屋敷に住んでいるのはフランス南部を中心に展開する大商人――ブリュネ家である。
彼らは主に南西部のガスコーニュ地方と南東部のプロヴァンス地方を中心に活動している。
彼らにとって首都パリとの関わりは少なかった。
しかし、たった今生まれた三男坊にとって、パリは彼らと深く関係する都市になる。
ブリュネ家はあくまでも大商人である。ただ、並一通りの辺境貴族や貧乏貴族よりは比べるべくもない財と力がある。
そのことの証明に、ブリュネ家の家族は皆、名前に「de」をつけている。
これは本来は貴族にのみ認められていることだが、彼らは特例に含まれた。
この、たった今生まれたばかりの赤子、ジャンの人生の転機から、彼と彼の運命の上司の物語は始まる。
それでは、史実とは少し異なるフランス革命からナポレオンまでの物語をお楽しみください。