泣かない少年④
それから、俺達は一度部屋へと戻り、後からロビーに集合することとなった。部屋に戻り、荷物をまとめながら確認も含めてもう一度優愛に聞く。
「なぁ、まじでおまえ良かったのか?」
「うん……あのね…」
そう言うと自分の荷物をまとめていた優愛は、手を止めてこちらを向き話を始めた。
「……たぶん、和人くん、すごく寂しいんだと思うんだ…。」
そうだろうか?見ていた限りそんな様子には見えなかったが、そんな風に考えていると優愛が話を続ける。
「昨夜ゆうべ、フロントのお姉さんが来たとき私に『お母さん』ってしがみついたでしょ?あの時、始めはふざけて私の事言ってるんだって思って、否定しちゃったけど…たぶん私を通して、本当のお母さんを思っていたんじゃないかな?って…。それに、急にお母さんがいなくなったのに、あんな、ずっと明るくしてられるのかなって、何にせよ私にはほうってはおけないと思ったんだ…!ごめんね、勝手に決めちゃって…"迷惑、だったよね…?」
そう話す優愛は少しだけ寂しそうな顔をしていて――。
「別に、まあ、もともと次は群馬行く予定だったしな。おまえがいいなら構わないが、今日泊まるとこ、テントかもしれないぞ。それでもいいのか?」
「うん、いい。ありがとう」
優愛は即答し、面目無いと苦笑する。
まあ、正直予定していたルートは少しそれるが、修正が難しくなるような距離でもない。
それに確かに、和人は子供だから、能天気のうてんきに考えていて、母親はいつか、もどって来るのだと信じているだけかもしれない。そう考えれば、"考える側"は楽だろう。そこには充分に納得できる理由があるし、事実、父親は側にいて"探す"と言うのだから。
でも、何度も言うが、人の気持ちを計ると言うことはできないのだ。
もしも、優愛が言っていることが正しいのだとしたら?
もしも、和人が無意識に気を使っているのだとしたら?
その寂しさこそ、計り知れないのではないだろうか?――
もちろん、"子供だから"と言う線も捨てきれるわけではない、だが、何よりこの問題を解決するのには、母親のもとへ行ってしまうのが一番手っ取り早いのだ。
それから荷物をまとめあげ、俺は優愛に「行くか」と声をかける、先に優愛が出ようとして、俺の前を過ぎる時にもう一度小さく
「ありがとう」
と優愛は言った。
***
ロビーへとおりた俺達は、義和さんと和人を待つ。
到着から数分後、相変わらず元気な声が聞こえてくる。
「翔馬!優愛!」
朝食の時と同じような形で歩いてきた二人と合流する。結構な量の俺の荷物を見て、和人にビックリされ、その様子を見て質問してきた義和さんに日本一周中だと言うと、これまた驚かれたりしながら、チェックアウトをすませる。フロントを離れるとき、お礼を言おうと思い、昨晩のお姉さんを探すが見当たらなかった為、伝言をたのみホテルを後にする。
それから、俺達は駐輪場へと行き、簡単な打ち合わせをすると群馬県へと出発したーー。
【群馬県】は、日本列島の内陸中央部に位置し、関東地方の北西部とされている。県西部、北部に自然豊かな山を有し、この山嶺によって、日本海や奥羽の他県と分けられている。【Wikipediaより】
更には、豊かな自然もそうだが日本有数の温泉県のひとつでもあり、その温泉を利用した施設数は900を越える。また、自噴量(ポンプなどを使わずに自力で温泉が吹き出す量の事)が日本一なのが、この群馬の誇る草津温泉だと言われている。
「これが、九重 翔馬のまるでWikipedia、ココペディアである……ふふ」
「え?なに?翔馬!何て言ったの!?聞こえなかった!」
バイクを走らせながら妄想を口にしていたらしい。どうしよう恥ずかしいッ!!
「な、なんでもねぇよ!」
出発した俺達は、お互いにバイクに乗り義和さんがサイドカーに和人を乗せて先行し、その後ろを俺と優愛がついていく形で夢の大都市東京、埼玉を経由して行こうと言う話で、群馬へと向かっている途中なのだが……ひとつ問題が出てきた事に気がついてしまう。
そう、俺が高速道路に入れないのである。
俺一人なら問題ないのだが、いかんせん今は後ろに優愛をのせている。
原則、道路交通法では、二十歳以上で尚且つ大型自動二輪、もしくは普通自動二輪(旧・中型自動二輪)の免許取得歴が三年以上ないと二人乗りでの高速道路走行は禁止なのだ。
それを義和さんに伝え忘れていたのだが、まあいい大人なのでその辺は配慮してくれるか……と考えていた矢先、先行していた義和さんが、高速道路入り口へとウインカーをつける。
まてまてまてまて、乗れない!乗れないから!
そう思ってじわじわと減速すると後ろから優愛が声をかけてくる
「翔馬!何してんの!和人くんたち行っちゃうよ!」
いや分かってんねん!
「ほら、いそいで!」と急かしてくる。
「いや、わかってんだけど乗れないんだよ!」
一度道路のわきに止めて、ヘルメットをとり、優愛に説明する事にする。優愛も俺にならってヘルメットをとり胸元にかかえる。案の定彼らは高速道路へと入っていってしまった……。
「あぁ~あ、なんで入らないの?行っちゃったよ?」
別に、優愛に悪気があるわけではないが説明がめんどくさい。
だが、ここはしないわけにはいかないので、とりあえず説明しておいた。
「へぇ、なるほど!そうなんだ!」と興味津々で聞いてくれた事は嬉しかった。
「そう、ちなみに一般道は免許取得から1年で許可降りるから俺が優愛を乗せれてるわけ」
「勉強になりました、先生!」
ビシッ!と何故か敬礼をされる。てか、こんなことしてる場合じゃない!さっき打ち合わせの時に聞いておいた電話番号に電話を掛けることにする、まあ、運転中だから出ないのは当たり前だし着信履歴があればかかってくる事だろう、その時合流する所を決めればいい。
そう思い「出発しよう」と優愛に声をかけ、バイクに乗ろうとしたとき
着信音が鳴り出した。俺はすぐに自分のスマホを出すが、俺ではない。となると、優愛か?
優愛を見るとスマホの画面をみて固まっている。
「どうした?でないのか?義和さんじゃない?」
声をかけるが固まったまま動かない。
「おまえどうしたんだよ。」
そう言って優愛のスマホをなんとなく覗きこむ、そこには着信者の名前が出ていて
【パパ】と表示されていた。
もう一度、優愛を見ると目を丸くしてガタガタと震え始めた
「あわわわわわわどどどどどどどどどどどうしよう!翔馬!?ま、ままま、パパからだよっ!!」
「まままって何!?知らねえよ!何をどうしてほしいんだよ!」
「いや、だって!だって!」
「だってなんだよ!出ればいいだろ!」
「あわわわわわ……ッ!」
優愛はガタガタと震えている、どうしたと言うのか…。そしてあたふたしているうちに着信が切れてしまった。
「「あ…」」
二人揃って同じリアクションをとる。
そして、もちろんなぜでなかったのかを聞くことにする。
「おまえなんででなかったんだよ!」
そう聞く俺の肩を掴み、優愛はこっちをジッとみて少し青い顔をしてこういった。
「パパね、めっちゃ怖いの……!」
お父さん、僕は無罪ですからね!!ちょっと下心とかありますけど、今は断じて何もしてないですからねっ!てか優愛は俺なんかと一緒にいて大丈夫なのか?あとで叩かれたりとかしないだろうなコイツ。
そんなことを考え、肩を捕まれたままの俺はため息をはきながら、一度軽く、青い空を仰ぐのだった――。