泣かない少年③
―――翌朝
俺は布団の中で身動をする。すると、"ふよん"とした何かとても柔らかい物に手が触れる。
「んぅ…?」
眠気眼にその触れたものを確認する。
がしかし、俺は布団に潜り込んで寝る癖があるため、肉眼では確認できない。
少し指をうごかしてみる。ポヨポヨと柔らかい何かを確かに触っている。少し覚醒してきた頭が近くにある柔らかいものを想像し始める。アレじゃない、これじゃない…
「え…」
ま、まさか…?!一番身近な柔らかいものが頭を過り咄嗟にガバッ!とベッドから体を起こした。
すると、視線に飛び込んできたのは―――。
何故か、俺のとなりで尻をつきだして寝ている和人の姿だった。
「いや、なんでだ。」 朝起きて一発目の発語がこれである。
なんだろう?死にたい。
マジで、正直めちゃくちゃ期待した自分をぶん殴りたい衝動にかられる。が、その期待したそれは遥か遠く、隣のベッドでスヤスヤと寝息をたてている…。待てよ、今なら触ってもバレなんいんじゃ?とか犯罪者かよ俺は!!落ち着け!!
「ふぅ。」と一呼吸おいて、ホテル備え付けのデジタル時計に目を向ける。
現在はAM6:40らしい。
割りと早起きになってしまったが、まあ別にいいだろう。
何故和人が部屋に入れたのか、という事も気にはなるが、何より今日お別れする優愛へと視線がいく。
無防備なその寝顔を見ていると、和人が急に立ち上がり「トイレ」といってふらふらと歩き始めた。
「おまえなんでここいるんだよ」
疑問をそのまま和人にぶつける、和人は目を擦りながらカードキーを渡してきた。
「ん…」
それを受けとる。明らかにこの部屋のカードキーだ。
「なんで俺の部屋のカードキーを持ってるんだ?」
「んぅ!トイレぇ!」
堪えていたのか、和人がぐずりだす。
「ああ、すまんすまん、トイレいってからでいいぞ!」
それから、和人がトイレから戻り事情を聴くと、昨晩優愛と遊んだときに優愛のカードキーをポケットにしまったままだったらしい。
カードキーポケットにいれるって、どんな遊びだよ。
さて、その後、優愛も起床していろいろと話をするうちに時間もだいぶたっており、朝食へ行くことにする。
和人はお父さんといくと言うことで一度自室へと戻った。
ビジネスホテルの朝食と言えば、大概がビュッフェ式である。
朝食会場にはオレンジや野菜などのジュース類、ウインナーや塩鯖、スクランブルエッグといったおかず類がデンと構え、まわりのテーブルは朝食をとる宿泊客であふれている。
会場に入り、料理の数々をみて優愛が言う
「ねぇ翔馬、私思うんだけど、なんで普段家じゃ朝食って今日はいいや、とか、食べてもなかなか口に入らなかったりするのに、こう言うとこだとパクパク食べれるんだろう?」
いや知らんがな。まぁ、でも確かに、そんな話聞いたことあるな。
「俺は割りと朝飯はしっかり食うから、あんまわかんねぇけど、なんか昔友人がにたようなこといってたな。不思議だって、雰囲気とかもやっぱりあるんじゃないか?」
「そっか、そうかもね」
各々が皿をとり、好きなおかずをのせていく。
俺はウインナー数本と筑前煮、そしてサラダ、ご飯とスクランブルエッグをとり、飲み物は野菜ジュースを選んで席につく。
行儀が悪いと言われるかもしれないが、俺はこのジュクジュクのスクランブルエッグをご飯にかけて卵ご飯にするのが好きだったりする。
機会があれば、うまいから是非試してほしいところだ。ポイントは醤油を少なめにかけるとこにある。
いざ、実食と言ったところで優愛がやってきてテーブルにご飯を置く。
なんとなくそれに視線がいく、白ご飯1つ、あとは……
納豆が5つ。
「いや、納豆多すぎるだろ。どんだけ納豆にうえてたんだよ」
「ええ!おいしいじゃん!納豆!」
と優愛は口を尖らせ、ほっぺたを膨らませて抗議する。
「いや、確かにうまいけどもっ!」
そうこうしていると、元気な声が聞こえてくる。
「翔馬!優愛!」
声のした方を向くと、和人が笑顔でこちらへと駆けてきており、その少し後ろを和人のお父さんが苦笑しながらぺこりと頭を下げてついてきていた。
和人が一緒に食べたいと言い出し、四人で席につく。
和人は明らかに食べきれないほどの料理を皿に盛ってきており、それをお父さんに注意されている。
そして、お父さんは白ご飯と
納豆5つ。
「いや、なんでだ!」
失礼は承知のうえだが、思わず口に出ていた。だが俺の気持ちも汲み取ってほしい、だって数あるおかずの中から納豆5つを選んでくることなんてある?しかも、二人だよ!二人!!
そして優愛がそれをみて、共感したのか「やっぱりそうなりますよね!」とか意味のわからないことを言っている。
なにがどう"やっぱりそうなる"んですかね?
それから俺達は朝食をすませ、昨日の経緯を詳しくおじさんに話した。
おじさんは橘 義和と言うらしい。
義和さんは、昨日のお詫びにと早朝からやっている土産屋でお菓子を買ってきてくれていた。
「いやぁ、翔馬くん、優愛ちゃん!本当に申し訳なかった!私が寝てしまっていたばっかりに!」
改めて謝罪を聞いた俺達は
「いやいや、気にしないでください。迷子とかじゃなくて良かったですよ!むしろ、お菓子までいただいちゃって…」
それに、便乗するように優愛が言う。
「そうですよ!プラスに考えましょう!それに、私も和人君と遊べて楽しかったですし!」
「そうかな?そう言ってもらえると助かるよ、ありがとう」
「ええと…」
会話が途切れ、俺が次の言葉を探していると義和さんが先に口を開いた。
「事情は、和人から聞いてるのかな…?」
義和さんは俺の方を向いてそう聞いた。
「ええと、その、まあ、大まかに?ですけど」
「そうか。ははは、お恥ずかしい話なんだがね、ちょっと妻に逃げられてしまってね、」
そこまで話すと和人が口を開く
「お母さんさがしてんの!」
それを聞いて、困った顔で笑う義和さん
「ははは、そうだな。もう、2ヶ月になるか、私には昔からの夢があったんだ…会社も正直あまり好きではなかったし、いつまでこんな生活をするんだろう?と考えることが増えていってね、きっかけは小さなことだったんだ。上司のモノの言い方に腹をたててね、辞めちゃったんだよ。会社。きっと今思えば、何か口実が欲しかっただけなのかもしれないなぁ」
そこまで話、コーヒーを一口のむと続きを話す。
「夢を…叶えたかったんだ。私の夢はパン屋さんになることでね、毎朝早く起きて、仕込みをして、妻においしいコーヒーをいれてもらって、朝食には私の焼いたパンをたべて、和人を学校に送り出す。そんな夢をみていたんだよ。でも現実と言うのはそう甘いものじゃなく、会社を勝手にやめた事に私を信じられないといってね、始めは謝っていたんだが、どうも、しつこく言われると腹が立つだろ?まあ、悪いのは自分なんだけど、そんなことで口論になり、妻は実家にいってしまった。だけど今はちゃんと謝罪して理解を仰ぐべきだったと後悔しているよ、だから勇気をもって、妻の実家へ行こうとしているんだが…その…」
急に話の歯切れが悪くなる。
「私の妻は…なんだ、俗に言う、鬼嫁でね。怒るとスゴく怖いんだよ」
俺と優愛は思わず口をそれえて言った。
「「え?」」
話の状況が変わったようだ。
「その、実家は群馬にあるんだが、実話、もう三日ほどここに滞在しているんだよ」
和人が笑って言う「もう常連なんだよ!」
「ええと、ここからなら2~3時間もあれば行けますよね?なんで…」
「だから…!翔馬君…彼女は鬼嫁なんだよ!どう話をすればいいかわからないんだ…!!スゴく怖いんだよッ!?怒ったら、枕や人生ゲームが飛んでくるんだ!!」
「人生ゲームがっ!?」
そんな話をしていると、一部始終を聞いて、沈黙していた優愛が急に立ち上がりいいはなった。
「分かりました。それじゃあ、4人で行きましょう!言い訳とかは道中、4人で考えましょう!」
おいおい、この子どうしたの?何いきなりしきりだしちゃってんの?てかおまえ今日帰るんじゃなかったのかよ。
「いやいや、おまえ、今日飛行場に行かなくていいのかよ、群馬入ったらまた今日は飛行機無理だぞ、それに泊まるとことかも…」
「あ、ええと、ありがとう。でも大丈夫…それに、翔馬がまた助けてくれるかもしれないし」
ニッと、笑った顔で言われる。いやまあ、助けますけどね、いなくなるの嫌だなとか思ったりしてましたけどね、内心嬉しかったりしますけどね。
いやほら、惚れたのとかじゃなくて、一人って寂しいじゃない?
だからまあ、あと1日くらいならとかね!
そんな会話を聞いて、義和さんが言う
「いやいや、気持ちは嬉しいけどそんなわけにはいかないよ、話聞いてると優愛ちゃんも用事があるみたいだし」
「ああ、ありがとうございます。でも急ぎって訳でもないので大丈夫なんですよ。…迷惑でしたか?」
「いやいや!そんなことは!むしろ助かるよ!妻と話している間に和人を預かってもらえれば、やっぱりあんまり、子供には見せたくないしね、そういうの。」
「なら決まりですね!行きましょう!群馬へッ!」
――こうして、急にしきりだした優愛によって群馬行きが決まり、慌ただしい朝は過ぎていくのだった。
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