泣かない少年②
――それから俺と優愛は部屋に戻り、優愛はベッド、俺は椅子へと着席した。
優愛はそのままごろんとベッドに倒れこみ、本日二度目の「つかれたぁ」を言っている。
俺は自販機で買ったすでに温くなったウーロン茶を掴み一口、口に含んで飲み込んだあと休もうと立ち上がった。
ふと、優愛が俺を見ていることに気づく。
「どうした?」
優愛はぱちくりと瞬きをして、口を開いた。
「翔馬ってさ」
「おう」
「いつも、こんな感じなの?」
「どういう事だ?」
「いやね、私みたいな不審者を拾ってくれて、更には男の子の面倒まで見てって…なんていうか、人がよすぎると言うか」
不審者の自覚はあったらしい。ってか
「それ誉めてんの?」
「え?う~ん…まあでもスゴくいい人だと思う、へへ」
と柔らかく笑う優愛、そうなのだ。
俺はこいつに出会って半日もたっていないにも関わらず、こいつに出会う前から沢山のハプニングに巻き込まれている。
いつもそうなのか?と聞かれればそんなわけない。
だが、優愛に至っては昔からの知り合いくらいの感覚になっている。1日が濃かったのもあるが、たぶんコイツは優愛の持つ空気感?みたいなものだろう。
こいつさぞモテんだろうなぁ。
顔は可愛いし、喋りやすい、この2つだけでもチートだろ。
おまけに何?ヤンキーみたいな奴だったのに急にアイドル系?みたいな?なんつうの?こう、ギャップ?ああもう!なんか腹立ってきたな。
人生イージーモード全開かよ!
まあ、上手いこと俺もそのギャップに少しやられたわけだが。
と、考えていたら優愛をガン見してたらしく
「え、なに?」
「え?いや、別に!早く寝ろよな!明日帰るんだろ…!」
そう口にして改めて気づかされる、こいつとは明日サヨナラなのだ。無駄に仲良くなってしまった分ちょっと情ができてしまっていること、そしてさみしいと思う自分に内心少し戸惑う。
「……そう、だね。」
優愛も何か思うところがあったのか、言葉に少しつまっていた。
それから俺はベッドに入り電気を消す。
明日のこの時間はたぶん、一人で道の駅辺りにテントを張り一人で寝ているのだろう。
眠る前に少しだけ話をしようと優愛に声をかける
「なぁ」
「ん?なに?」
すぐに返事が帰ってくる。
「おまえさ、学校はどうしてんの?」
今日ずっと、疑問に思っていたことを聞いてみる。
「休学してる、夏休みに入るまえくらいからかな、なんかいろいろめんどくさくなっちゃって」
「友達とかってことか?」
「うん、そう。どこにでもある話だとは思うんだ。仲の良かった子が急に冷たくなって、なんでかな?って思って聞いても別にいつも通りだとか言われてさ、でも絶対にいつも通りなんかじゃなくて、気づかないうちにどんどん周りの人がそんな感じになっちゃってて、でもみんな『そんなことない』とか言って…そのうち、こそこそ話が自分のこと言われてるんじゃないか?みたいに思うようになって、結局気づいた時にはひとりぼっち。」
優愛は仰向けだった体をこっちに向けて、溜め息をはいて続きを語る。
「それでまあ、結局避けられてたんだけど、その理由がなんだと思う?」
「さぁ?」
「その子の好きな男の子と仲良くなったから。」
―――確かに、よくあるような話かもしれない。
でもきっと、こうして他人事として聞くのと、実際に体感するのでは、天と地ほどの差があるのだ。
自分にとってはよく聞く話でも、それは自分が体験をしていないから、そう思えるわけで…優愛が話をまとめて話してくれているから、"ありがちな話"で片づくが………実際はきっと大なり小なり沢山の不安や悲しみで苦しんだのだろう。
俺は思うことがある。他人が私はこれだけ辛い思いをしたと話をしているのを聞いて、"いや、自分はもっと"と思う人がいる。
そう思うことは、あながち間違いなんかじゃなくて、きっと話した人も、聞いた人も間違いなくその事実を体感している時、"一番不幸"なのだ。
だからたぶん、優愛はその時本当に辛かったのだろう。
でも……
「そうなのか…」
「うん…て、あれ?それだけ?」
「なんだよ、可哀想とか言われたかったのか?」
「べ、別にそんなんじゃないけど…」
―――明日いなくなる。
それが頭を過り、素っ気ない態度になってしまう。これ以上はもっと優愛のことを知りたくなるのではないか?心配になってしまうんじゃないか?
―――それは、【後悔】になるんじゃないか?
俺は、勝手にとった態度で勝手に気まずくなったと思い込み
「寝るか」と優愛に提案する。
優愛はこっちをじっと見て、「今度は私が聞いていい?」と言い出した。
まあこっちも踏み込んだ話を聞いたのだから、ちゃんと答えるのが筋と言うものだろう。
「翔馬はさ、なんで日本一周しようと思ったの?」
「ああ、それは小さい頃のじいさんの影響かな」
「おじいちゃん?」
「そう、俺さ両親いないんだ。俺が小学校上がったくらいに事故に巻き込まれてな、そんでじいさんが俺引き取って育ててくれて、そのじいさんがバイク屋でな、なんかやたらデカイバイクとか扱ってた訳、んで修理とかに持ってくる兄ちゃん姉ちゃん、外人とかもいて、おじさんとかその辺によく旅の話をしてもらってたんだよ。『こんな景色をみたぞっ!』『こんな奴にあったぞ!』って写真みせてくれんの。子供ながらに、すげえ羨ましくって、でかくなったら絶対にその写真の場所に行くんだ!ってな…あと、死んだ母さんや父さんに俺はでかくなったぞっ!って…勝手な思い込みなんだけどさ、そう伝えられるんじゃないかとか、そんな風に思ってさ…。」
ここまで話して、何語っちゃってんだ俺!!と少し恥ずかしくなり、優愛の方をチラッと見てみる。
「うっ…うぅ~ッ、グズッ、うっ…うっ」
な、な、な、泣いてるううううううう!?
どどどど、どうした!?
俺は驚いてベッドから飛び起きる
「おまっ!どうした!?どっか痛いのか!?」
慌てる俺に優愛は泣きべそをかきながら言う。
「ふっ…ぐっ…うっ…さっ、さっき…ちょっ…うぅ~っ…冷たかっらからっ!しかっ、仕返ししようろっ、!うぅ~っ!」
そう言うことか…と泣いている優愛を見て思う。
―――もしも、もしもである。人の心が水筒だとしたら、気持ちという水はどのくらい入るのだろうか?
すぐに溢れてこぼれてしまうのだろうか?それとも、どんどん飲み込んでいくのだろうか?
いいや、きっと深さなど知れないのだ―――。
だからこそ我々はビクビクと後悔に怯え嫌な思いを避けて歩こうとする。それはきっと間違いなんかじゃなくて、でも正しくもなくて――。
とても不器用な"仕返し"をくらった俺はたぶん、少し涙目で「なんで、泣いてんだよ。」と優愛にタオルを投げる。優愛は、それでぐじゅぐじゅの顔を拭いて落ち着きをとりもどしてこう伝えてくれた。
―――単純に想像したら泣けてきたのだと。始めは話を聞いてそっけなくしてやろう。みたいに考えたらしいが可哀想とかがんばったんだろうなとか、いろいろ考えてたら泣いていたのだと。
これだけ聞いたら、ただの情緒不安定な奴かもしれない、でもたぶん言葉にならないような事まで考えたのだろう。
それから、俺達はお湯を沸かしてお茶いれ、「ちょっと泣きそうじゃん」とか「おまえ、目真っ赤だぞ」とかくだらない話をしてその温かなお茶を、鼻をすすりながら飲んで落ち着いた。
そして改めて、ベッドへ入る。
電気を消すと、優愛がたぶん最初で最後の「おやすみ」を言ってくれた。
俺も、それに答え「おやすみ」と一言だけ呟いて目を閉じる。
言葉の音が消えたあと、部屋にはとても温かく柔らかなピアノの有線だけが流れていたーー。